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春の夜の夢
性被害についての描写がありますので、お気をつけください。心を鬼にして書きました。読む側は桃太郎にしてお読みください。今回、やりたいことを詰め込んだせいで過去最長です。そして、しばらくネタが切れる気がします。けど良いです。ついでに私も何が描きたかったんだかわからなくなってまいりました。
中原中也には、数個、嫌悪するものがある。
某元相棒は勿論として、責任から逃げる者、生半可に|マフィア《かぞく》に手を出す者。そして──。
「……中也や」
自分がよく慕う、花の如き柔らかな声が耳に届いたが、咄嗟に言葉を返すことができなかった。
鉄の酸化する臭いと、この目で確認した、悲惨で目も当てられないような女の姿。真っ赤な液体の滲む胎とは裏腹に、安らかな笑みを浮かべる女の顔。
石牢に滴る水音でさえも跳ねるのを躊躇うような静寂と空気の中で吐き出された声にかける言葉を、俺は持ち合わせて居なかった。
姐さんが手にした得物から、払われることもなく白刃を伝う血糊の持ち主は、彼女の女中の一人だった。
俺がマフィアに加入する以前から姐さんの下につく構成員であった彼女は、それはそれは姐さんを慕って居た。今だって、弾けるような笑みを浮かべて姐さんに付き従い、時には剣呑な輝きを宿して警護する姿を脳裏に描くことができる。
けれども、それは描かれるばかりで、もう現実に輪郭をもつことはなかった。
冷たい石床に預けられた頸には、誰のものとも知れぬ輪が刻み込まれている。姐さんが厳重に、慎重に、護って来たはずの彼女の貞操は、最も簡単に何者かに手折られてしまっていた。
事が起こったのは、今から一週間ほど前だった。出張に出る姐さんの代わりに、フロント会社に訪問に行った帰りのことだった。簡単な任務。殲滅の命令も下されて居ない、顔を合わせて親睦を図るだけの任務の筈だった。けれど。
『……? おい!?』
『……中也、くん?』
同じく任務の帰り道であった俺が目にしたのは、見るも無惨に衣服を乱され暴かれ、路地裏に背を預ける姉弟子の姿だった。清楚に結っていた黒髪は乱れ、瞳は熱を潤ませているというのに、表情には恐怖と絶望がありありと張り付いて居た。何より、彼女の周りには咽せ返るような淫靡な匂いが漂っていた。
『ッ手前、真逆』
『……うーん、あは、一寸しくじっちゃった』
そう言って、悲痛な引きつりを浮かべる彼女の頸は、ちぎられたチョーカーと、異質な赤い歯型が錘のように纏わりついていた。その刻印から俺は目を逸らしつつ、姉弟子の肩を担いで地面を蹴る。
重力遣いならではの移動法を使ってまで急いだのは、元々の行き先でもあった本部ビル。その最上階に位置する首領室に、連れて行かなければならなかった。
目にして直ぐに表情を曇らせた首領が口にしたのは、姉弟子が見ず知らずの人物に番にされてしまったであろうこと。発情誘発剤を使われたであろうこと。
──近頃、こんな事件がヨコハマを闊歩していた。
名前なんぞ無い、強いて言うならば『バース事件』としか呼びようの無いもの。
男女の他に、α、β、Ωの性が存在するこの世界。先月ほどから始まったその事件は、胸糞悪いものだった。
悪質な発情誘発剤を使用し、Ωをレイプするその事件。その魔の手が、偶然にも姉弟子の身にも迫ったのだ。そして、哀しきことに、それはマフィアにとって最初の被害者であった。
「……|私《わっち》は……」
事件を回想していた俺の耳に届いた声によって、現実に引き戻される。
目の前で、いつの間にかしゃがみ込んでいた姐さんの肩は、小刻みに震えていた。俺は知っている。その震えが、悲しみなんていう生易しいものでは無いことを。ふと、右手の平に痛みを感じて視線を落とす。己の拳が、手袋越しにもわかるほどに強く握りしめられていた。
「この子が無念でならぬ」
「……嗚呼」
自らの師である、闇の花は長刀を取り落とすことも、涙を溢すこともしない。体を支えるように床に突いた左手でさえ、慈しんでいた女中に伸ばすことはしない。その髪を撫でて慰めることなど、彼女にとっては冒涜に過ぎないからだ。
『それなら。それならせめて、紅葉さまの手で、私を始末してはくれませんか』
彼女は何も悪く無い。ただの、一人の被害者だった。だった筈だ。
けれども、人一倍師を慕っていた彼女には、その傷は矜持を砕けさせる巨きな生傷と等しい。
紅葉さまに顔向けができない、できるわけがないよ、と虚な瞳で下腹部を握りしめた姉弟子に、俺ができることなど有りもしなかった。
加害者不明の精液で穢された胎を、師が愛用する長刀で貫かれた彼女の最後は、無惨で、無念で。それでも、当人にとってはこの上ない幸せであったことは間違いなかった。胸の前に置いた帽子に力が籠る。型崩れしてしまってはいけない、と、俺は鋭く息を吐いて心を落ち着かせた。
任務失敗による粛清。死因:下腹部からの大量出血による失血死。
書類に刻まれるのは、一行にも満たない、感情も葛藤も含まない冷徹な一言。
俺には、それが口惜しくてならなかった。
「首領殿に伝えておくれ」
「……」
「このバース事件、五大幹部が尾崎紅葉が、苛烈な粛清を求めておるとな」
「……勿論です、姐さん」
姐さんの声色は、最後まで震えることなく、柔らかく、そしてこの上ない怒りを含んだままだった。
石牢を隔てる、分厚い扉を閉める瞬間まで、其れは変わらないままだった。
中原中也が嫌悪するもの。
元相棒。無責任。領域の侵犯。
そしてもう一つは、身勝手な暴力だ。
---
姐さんの意向を伝えてから数日後、再び首領からの呼び出しを受けた。
「失礼致します、首領。中原です」
「嗚呼。入っていいよ」
一礼をして押した重厚な扉の向こうでは、常とは違い、一切の柔らかさもなかった。
いつもなら部屋の隅で寝転び、絵本を読むか絵を描いているエリス嬢でさえ、今日は大人しく首領椅子の縁に腰掛けている。
その面前に俺は近づくと、帽子をとって跪いた。直様掛けられた、『顔を上げなさい』という言葉に従う。目の先にあった小さな白い手が座りながら弄んでいるのは、色とりどりの布切れで作られたお手玉。絵画にもなりそうな可愛らしい構図だが、その感想をすぐさま抱かせないのにはその瞳が関係しているのだろう。凪いだ青玉には、ナイフの鋒のような鋭い光が宿っていた。
「却説、中也くん。先日の粛清の件だが──、一つ。進展があった」
「! 本当ですか!?」
白手袋に包まれた指を組みながら首領が口にした言葉に俺は身を乗り出す。
そんな俺の反応を見て、首領は落ち着きなさい、と顔を傾けた。
見るからに冷静さを欠いていたであろう自分に、はっと我に帰って俯く。
一連の行動を見届け、首領は再び口を開いた。
「使われていた発情誘発剤。それが売買されている可能性のある|招宴《パーティ》の招待状を入手したよ」
其の言葉と共に机の引き出しから出された、二枚のカードを手に取る。
薔薇が金で刻印された、高級感溢れる招待状だ。裏返すと、日時、場所と言った簡単な情報しか書かれていない。他に書かれたものといえば、平服かつ仮面を着けて、という指定と右端に記された数字程度だった。
1枚は、No.51。もう一枚はNo.52と書かれている。
「前々から目は光らせていたのだが、事件後に確証を得てね。申し訳ない」
「いえ、そんな──」
指を擦り合わせながら、目線を落として紡がれた謝罪に、俺は急いで首を振った。首領が謝るようなことではない。
案外強い口調になった否定の言葉に、首領は目を瞬かせると、眉を下げて微笑んだ。
「ありがとう。話は戻るが、君に頼みたい任務がある」
「は。何なりと」
「この招宴に潜入してほしい」
首領はそう言いながら、机に置かれたままだった招待状に指を滑らせた。
「此の招宴は、αを主な客層として設定している“エリート”会合だ。ただ、少々汚い噂も蔓延っていたのだよねぇ。確定しているのは……」
発情誘発剤の取引と、Ω性の不同意性行為だ、という言葉が空気を震わせた。
しゃん、と軽い音がして、エリス嬢の手の内へ吸い込まれなかったお手玉が一つ、床の上に落ちた。金髪が揺れ、椅子の縁からエリス嬢が腰を上げる。その動きを目で追いながら、紅葉くんには猛反対されたし、ヴェルレエヌくんには塵を見るような目で非難されたのだけれど、と付け加えられた。静かに動いて此方を見つめた双眸に、殆ど無意識に口を開く。
「ッ首領、其れは──」
「勿論単独任務ではないよ。誰か適任な人を連れて、二人で向いなさい。……此れは、君の判断能力や戦闘能力を見込んでのお願いだ。できるなら──」
「首領」
弱々しく続いていく、フォローの言葉を遮る。首領が言いたいことは分かっている。蔑ろにしているのではなく、期待しているのだと言いたいのだろう。けれども、俺にとってはどちらでも良かった。
「其の任務、謹んでお受け致します」
使えるものは全て使うべきだ。
改めて最敬礼をとった俺の姿に、首領は柔らかく微笑んだ。
「うん。期待しているよ」
「──っつー話だ。やってくれるよな、芥川」
「……。……はい?」
黒蜥蜴の談話室前でとっ捕まえた芥川は、此奴にしては表情豊かに目を丸くさせた。二、三回薄い瞼を動かして状況を整理したのか、芥川は口を開いた。
「一つ宜しいでしょうか」
「何だ」
「何故|僕《やつがれ》なのですか」
心底嫌そうな顔を前面に出す芥川に噴き出す。普段は基本真面目なのだが、極偶に幼い挙動を見せるのだ。今回持ち掛けた任務は余程琴線に触れたらしい──嫌な方向で。
「戦闘能力とセンスもあるし、的確なアドリブ力もある。今回は仮面をつけることが前提だから、面が割れてる手前でも関係ねェ。充分だろ? 序でに云えば……手前はαだ」
α。
俺が最後に付け加えた要素に、芥川が眉を寄せた。
「……体は貧弱、頭脳に於いても良いとは云えぬ出来損ないですが」
「……誰もそうは思ってないだろうに……」
此奴は自分がαであることを善く思っていない。
頭脳明晰、文武両道の名を欲しいままにする二次性であることが後ろめたい部分もあるのだろう。其の徹底さと気概に、恐れを成すか敬意を払う者が多いと思うというのに。
誰の所業か、自己肯定感が矢鱈と低い遊撃隊隊長は、何か仰いましたか、と首を傾げた。其れに対して、なんでもないと首を振る。
そんな俺の様子を見て、芥川が小さくため息をついた。
「……承知致しました」
目を泳がせながらの其の返答に、今度は此方が瞬きをする番だった。
「え、良いのか?」
「其方が持ち掛けたのでしょう。……元より、彼処まで言われて断る理由は持ち合わせておりませぬ故」
口元を押さえて逸らした横顔の、僅かに覗いた紅みに俺は頬を緩ませた。
心なしか、獰猛な筈の黒獣が嬉しげに尻尾を振る幻覚まで見えた気がする。
「ははッ、そうかそうか!」
「笑わないでください!」
褒められて嬉しい、なんて、うちの禍狗も可愛らしい部分を多分に持ち合わせているらしい。
青白い肌を幾分か紅潮させてむきになっている其奴を見ながら、俺は思った。
---
「ほー、こりゃあ良い所じゃねェか」
「……中也さん、コホッ、お待ち下さッ……けほ」
「あー、悪りィ」
マフィアお抱えの運転手が送ってきたリムジンから、芥川が慌てたように此方へ走ってくる──が。
車酔いでもしたのか足元が覚束なく、流石に俺も足を止めた。
「ッ……其れから、此方、本日の──」
「! おう。持たせて悪いな」
「いえ」
芥川が胸元から取り出したのは、2枚の黒く装飾がなされた仮面。目元を隠す程度のものだが、充分なものだろう。
それを芥川の手から受け取る代わりに、此方も懐からカードを取り出す。先日首領からいただいた招待状2枚だ。そのうちNo.52を芥川に手渡し、No.51の方を胸ポケットに入れる。
「しかし、此処は随分な会場だな。此処を所持しているなんて相当だぜ」
「そうですね」
位置や外見はいわゆる別荘というようなものだが、規模が大きい。見えている限りでも部屋数は多く、取り囲むようにデザインされた庭にはありとあらゆる花が香っている。
建物の白い煉瓦に添うように咲いている紫のライラックは、見ているだけでも華やかな雰囲気を醸し出していた。土地だけに飽き足らず、管理にも金と手間暇をかけているようだった。
ちらりと腕時計に目を向けると、すでに招宴の開宴時刻近くなっている。
「そろそろ行くか」
「解りました」
黒い仮面を目元に重ねると同時に、石畳を革靴が打った。
色とりどりの庭を抜け、エントランスへ足を踏み入れると、温かみのある照明が視界を照らした。思いの外すぐに目が慣れ、天井を見上げてみれば、煌めく瀟洒なシャンデリアがぶら下がっている。このまま真っ直ぐいけば、会場に直通しているのだろう。そこまでさっと目を走らせ、近くに目線を戻す。扉のすぐ横で、一人のスーツ姿の男が立っていた。こいつも同様に仮面をつけている。胸元に刺したライラックと、ナンバーのない白いカードが目を引いた。
「ご機嫌よう」
目を細め、口角を上げてなされた挨拶に此方も笑みを浮かべて対応する。上から下まで舐め回すような視線を感じたが、気のせいだと流すことにした。
「嗚呼、どうも」
「招待状を拝見させていただいても?」
「勿論だ。連れのも頼む」
そう言いながら、親指を隣の芥川の方に向ける。いつもの外套を身に付けず、ジャケットのみの格好のためか、心なしか落ち着かないように見えてしまう。男はそんな様子に少々首を傾げ、俺は弁明を口にする羽目になった。
「少し緊張してるみたいでな、気にしないでやってくれ」
「あぁ、そうでございましたか。どうぞ肩の力を抜いてください」
大きく頷きなく男にカードを渡す。
男は恭しい手つきでカードを手に取ると、裏に返し、また表に返し、と矯めつ眇めつ眺めた。
二、三回、白手袋の手で表面を撫で、また、照明に照らして透かしを見る。
数秒してやっと見聞を終えたのか、口元ににこりと笑みを浮かべると、カードを揃えて其々に手渡した。
「正真正銘、本物だと確認させていただきました。開場時間前ではありますが、すでに始まっているかと思われますので気兼ねせずお入りください」
「嗚呼。ありがとう。えっと──」
「No.1とお呼びください。此の招宴では、立場も名も性も忘れることが目的ですから」
口角を上げながら吐き出される言葉に、白々しいと心底ため息をつきたくなる。
「嗚呼、それから──」
そこまでいうと、男は口元に手を当て、俺の耳に寄せて囁いた。
「酔った場合には休憩する部屋もご用意しておりますので、ご自由にお使い下さい」
それでは、今宵の宴お愉しみ下さいませ。
姿勢を戻し深々と頭を下げた男に礼を返しながら、俺は胸の内で舌打ちを打った。
---
大きく開け放たれた両開きの扉を通れば、ここまでの庭ともエントランスとも比べ物にならない華やかさが待ち受けていた。
上座にあるステージの方では演奏家たちがゆったりとしたクラシックを奏で、酒を片手にドレスやスーツに身を包んだ男女が笑みを交わしていた。その胸元には白いカードが光り、目元は仮面、もしくは厚いベールで覆われている店が、どこか異世界を思い起こさせている。点々と置かれた丸テーブルには、幾つかの料理とフラワーアレンジメントが見せつけるように飾られていた。
先ほどの男のように、胸元にライラックを下げたウェイターたちが歩き回っている。手にしているグラスの中に、深い赤色を見つけて手を伸ばしそうになるがぐっと堪えた。流石に早々赤に手を出してはいけない。
「中……51番さん……」
「だぁああ! 未遂だ未遂! いいだろ別に」
咎めるように此方を見つめる芥川に小声で言い返す。名前を言いかけたのは、目を瞑ってやろう。
しばらく壁に背をつけて留まっていれば、ステージ上がゆっくりと暗くなっていく。
ざわざわと客が集中し始めたところで、パッとライトが灯った。
仮面をつけ、短い黒髪をなでつけたスーツの男。
「……あれは……No.1か?」
「そのようですね」
こそり、と言葉を交わす。その間にも、No.1は登壇の礼と拍手を受け、話し出そうとマイクを握っていた。
「紳士淑女の皆様、今宵はご出席いただきありがとうございます。本日もどうか、実りと花が溢れる夜となりますように、心から、お祈り申し上げます。それでは皆様、ご歓談ください!」
最後の言葉で、大きく右手を頭上にあげて礼をする。
(実りと花、ねぇ……)
すん、と目を細める俺などつゆ知らず、客たちはわっと沸く。割れんばかりの拍手を受け、再び暗くなったステージには、数分後には演奏家たちが再び集っていた。
その頃には、客たちも酒を片手に思い思い──否、先ほどよりも酒の香りが濃くなっただろうか──に交流し始めていた。それを眺めながら、俺は背を壁から離す。
「却説、此処からは別行動と行くか」
「承知。インカムは?」
「準備OKだ」
俺はそう返すと、左耳に指を軽くやる。硬く小さな金属質が指に触れた。
「くれぐれも壁の花にはなンなよ」
会場の輪の中心へと歩む視界外で、青い己の外套がひらりと舞った。
端の方、確か来たばかりの時は女を連れていた男に近寄る。
来る途中で取ったシャンパンを片手に、男の肩を叩いた。
「どうも、今晩は」
「! おや、どうも。お一人?」
「さっきまでは二人だったんだがな」
ちらりと胸元に目を走らせると、No.42とある。雰囲気は商社のエリートといったところだろうか。
「それはそれは。君のような人物を放っておくなんて、その人の目は節穴なんじゃないのかい?」
「同性相手にそう口説かれてもなぁ」
「と、いうと──君はαなのかい?」
「そうだが」
「矢張りか! その雰囲気があると思ったよ……」
此奴は存外口が上手い男らしい。手にしたグラスもあまり減っていないところから見ても、酒には強そうだ。
面倒な相手に話しかけたか? と内心冷や汗をかく。
「あんたの方の連れはどうしたんだい?」
「あぁ、彼奴か? 一寸話したげな奴がいたからな、譲ってやった」
「捨てたの間違いじゃねえのか?」
「はは、どうだろうな?」
連れの女に同情する。どうせ遊びだったんだろうが。可哀想なこともあるものだ。
不意に居た堪れなくなり目線を外す。ふと、エントランスの扉の方へ駆けていく姿を見つけた。長い黒髪が特徴的な女だ。どうしたのだろうか。
「どうしたんだい? ええとNo.51、さん?」
「辿々しいねぇ、No.42サン?」
「こうした方が女受けは良いんだよ」
「は、俺ァ女じゃねェぞ? それより俺は初めてなんだが……此処の黒い噂とかって聞いたことあるか?」
突然声を顰めた俺に、No.42が顔をしかめた。そんな反応に俺は慌てる演技をしながら手を振る。
「上司から勧められて来たんだが、こういう場に慣れてなくて。イメージとして裏の印象がないか? 仮面舞踏会、でもあるし」
そう言いながらおれはちらりとステージ側に目を向ける。開けた場所で、男女が何組がダンスのステップを踏んでいるのが見えた。
「まぁそういうイメージはあるよな。此処の支配人も思わせぶりだし。けど──」
多分、お忍び逢引は未だしも、裏取引は無いんじゃないかと思うけどなぁ。
男は続けた。
(一般客には知れていない、か……)
もう少し年嵩の、助平そうなやつを狙った方が良かったか? と今更ながら思う。右手のグラスを傾けると、シュワッとした炭酸が喉を突き抜けた。女性も捕まえた方がいいだろうか……と逡巡していると。
「それよりさ」
とん、と足を軽く蹴られる。否、蹴られるというより、戯れるように触れる、と言った方が正しいか。
「一寸二人だけで飲まない?」
その台詞に思考がフリーズする。
数秒後。
(面倒臭ェ……)
此処までの問答からして引き出せる情報も少なそうだというのに、これ以上時間を食うのはまずい。
そもそもそういう目で見ていない。にも関わらず、相手がグラスを持っていたはずの手は俺の肩に回されている。
「あー、否ァ、えっと」
「どう? 上の階で部屋があるらしいけど」
気まずさと思考時間を稼ぐために、グラスを傾け続ける。3回目ほど経った頃、冷たい液体が流れてこないことに気づく。空になっていた。口元に笑みを浮かべたまま伸ばされる片手に焦りを感じる。
「あ、グラス空──」
「おや、そこな麗人、グラスが空だけれど?」
だが、前から伸ばされた手は呆気なく空を掴んだ。だが右手にはグラスは無い。
シャンパングラスは、後ろから伸ばされた長い手指に取り上げられてしまっていた。長い腕は白いブラウスに覆われている。
「!? お前は!?」
だが、俺はその男の正体なんぞ気になってはいなかった。なんならよく知っている。それ故に、俺の頭を占めているのは疑問と焦りだった。
(何故だ。何故手前が此処に?)
俺の心の声を察したのか、それとも男の声に返答したのか、後ろの人物が口を開く。
「私? 私のことはどうでもいいじゃ無い。というか、どうしたの、No.42さん。この方に何か迫っていたみたいだけれど」
真逆、口に出せないようなことじゃアないよねぇ?
口調だけでも、そいつが口元に笑みを浮かべて話しているのであろうことがわかる。ちらりと振り返ってみれば、No.63、という数字が目を引いた。
其奴に男はぐっと言葉を詰まらせると、だ、だが! と反論するように口を開いた。
「部外者には関係ないだろう! 何より其方が誘惑してきたんだ! αの癖して淫らなΩのように!」
「ハァ?」
言われのない難癖に思わず目を剥く。漏れたがなり混じりの声に、後ろの人物はくすりと笑いを溢すと此方に話しかけてきた。
「彼方の方はそう言っているけれど、あなたはどうなのですか?」
「全く言われがありません。俺は断ろうとしていたと思いますが」
「とのことですけれど?」
まぁ、抑も私は一部始終見ていたんですけどね、と其奴が付け加える。心なしか背後から、ぎらりとした圧がかかったように感じた。
「序でに彼は私と先約があるので」
そう付け加えて仕舞えば、言い負かしたも同然。
商社マンらしくない舌打ちを残し、去っていった背を見送った。
その影が人混みに紛れていったのを確認して、俺は大きくため息をついた。不愉快なことに、後ろの人物も同じタイミングだったらしい。
「全く、飲みすぎては駄目だと言っているでしょう」
俺は苛立ちを覚える頭のまま、後ろを振り返った。
「なんで此処にいやがる──太宰」
俺の空のグラスを手にしたまま、ニコニコと笑うのは、白ブラウスに茶色の外套を羽織った男、太宰治だった。
---
「で──なんで手前が此処にいるんだよ」
「それはこっちの台詞」
「裏地の色、青で合わせて来やがって」
「それは知らないよ」
偶然会ってしまったいけすかない野郎──もとい太宰が、言い返しながらもぐでぐでと横になっているのは、とある個室の寝台の上だった。先程までつけていた仮面は早々に寝台上に投げ出されている。
部屋に入った当初こそ、すごいだのふかふかだの小学生のようにはしゃいでいたが、すでに飽きたようで、今は枕を頭の下に入れてうつ伏せに寝っ転がっている。開始数分も経っていないと言うのに飽き性な奴である。奴の外套の袖に縫い付けられた薔薇が、くしゃくしゃになってしまっていることに気づいて眉を寄せる。
「おい、外套が皺になるだろうが。寄越せ」
「え、脱げって? きゃッ中也のえっち!」
「一ミクロンも思ってねェ事言うな!」
ふざけたことを抜かしながら寝台上を転がりまわる其奴から目を離す。結局、お互いが来ていた外套をハンガーに掛けると、俺は帽子をサイドテーブルに置いた。そこには数本ミネラルウォータが備えられており、ありがたくキャップを開ける。変な匂いもしないし大丈夫だろう。
片手でペットボトルに口をつけながらベッドに腰を下ろす。飲むか、と太宰に差し出せば、飲む、と奪い去っていったので安全性には問題なさそうだ。
「はー、生き返るー」
「手前は其処迄働いてねェだろうが」
「失礼だねェ中也。私も今日は歴とした仕事で来たのだよ?」
どや、と胸を張りながら言う太宰に、少し驚く。このサボり魔が珍しいこともあるものだ。まぁ寝転んだままのドヤ顔なので、全くもって締まりがない。
「へぇ? 誰とだ」
「其方が教えてよ」
「チッ」
「こぉら」
ぶっすーと唇を尖らせながらも嗜めてくる包帯野郎の頭をチョップする。ひ弱な木乃伊は呆気なく枕に沈んだ。
「ッ痛いなぁ、もう。全く、元気なわんちゃんだね、感心感心」
「犬じゃねェっつーの!」
「あーはいはい。まぁそれはさておき。今回の情報は共有すべきだと思うけれど?」
枕から顔を出し、此方を見つめる鳶色に射抜かれる。
いつになく真面目な色を宿したその目に、俺は口を噤んだ。こう言う目をする時は、大抵全力の揶揄いか任務の時と相場が決まっている。今回は話の内容から見ても後者だと確信して良さそうだった。
ちらりと部屋全体に目を走らせる。テレビ、クローゼット、テーブル。先ほど見た時盗聴器等は見受けられなかった。証拠を残されても拙いためだろう。おそらくその方面は大丈夫だ。
俺は、ほっと息を漏らすと向き直る。
「因みに、何故だ」
「君たちが来たのはどうせ、バース事件の調査及び粛清だろう?」
大きくため息をつき、面倒臭そうに太宰が言う。此奴のことだ。事前に知っていた、もしくは推測していたに違いない。
「……嗚呼。そうだが」
「やっぱりね。あの人の考えることなんて解りきってるよ」
その代わり私の考えも筒抜けなんだけど、と付け加える。心底迷惑そうな顔だ。首領に伝えたら太宰くん酷い! と泣き真似をするに違いない。
「俺らはバース事件に頻繁に使われる発情誘発剤と、此処で噂のあるΩのレイプ関係についてだが……。探偵社がそうとは思えねえな、大方Ωの中に何処ぞの令嬢でもいたんじゃないか?」
「んー、大体あたり。此処の招宴に入り浸って、帰って来ても上の空、怯えるような素振りを見せるΩの令嬢がいるので調査を頼む、とは言われた」
ごろん、と仰向けになり、手足をぐっと伸ばしながら太宰が言う。その表紙に、胸ポケットからカードが落ちた。
「あ、おい太宰」
拾おうと手を伸ばす。だが、その手は包帯の巻かれた手に阻まれた。ひょいとナンバリングされているカードが摘まれ、太宰の手の内へ戻る。
「ちょっと触らないで。蛞蝓の湿気が移るでしょう」
「ああん!?」
「はーい、どうどう。暴れ馬は大変だ」
「犬か蛞蝓か馬かどれかにしろ青鯖!」
「わあ滑舌が抜群に良いねぇ」
全く、親切にしようとした俺が莫迦だった、と伸ばした右手を振る。ふと、女物のような甘い香りが鼻を掠めた。どうせサボりついでに女でも引っ掛けていたのであろう。女ならば見境なく甘い言葉を囁くαである太宰には、昔から悩まされていたものだ。
不愉快な香りを嗅いだことにため息を漏らしながら、寝台に手をついて太宰の方に顔を向ける。
「んで、気になる点があるんだろ?」
軽口を終わらせ、顔を傾けた俺に太宰は、ぱちぱちと瞬きをすると小さく唸った。
「そうだねぇ。不同意性行為をされたのなら、二度と其処に行かないのが賢明だ。それで脅せることなど、加害側にもないしね」
ただし、と太宰は付け加える。
「それをされていないなら話は別だ」
その言葉に目を細める。
「されてない?」
「そうだ。私が建てた仮説では、おそらく此の招宴の被害者には2種類ある。一つ目は、中也が言った通りのもの。誘発剤を使用しての性被害。そしてもう一つは、誘発剤をばら撒く駒だ。」
「駒?」
太宰の言葉に、はて、と首を傾げる。しかし数秒後、ああ、と手を打った。
「駒というだけなら二次性関係ないしな」
「うん。まぁ、カモフラージュの真っ白なゲストもいるけれどね」
誘発剤は此のヨコハマにおいて、裏社会全体に回るほど広まっている。近頃では、表社会にもちらちらと影を見せているという話だ。沢山の売人、広め役、運び屋がいる。もっと言えば宣伝役として潜入する人間も必要かもしれない。短期間で其処まで広めるとなると、かなり強大な組織と考えるべきだろう。取引で潤ってもいそうだ。
「広めた組織が、此処の招宴に一枚噛んでるっつーことか?」
「そういうこと」
太宰が寝転んだまま、右の人差し指をタクトのように振った。どうせ推論だとしても、此奴の目には事件の全貌が見えているんだろう。指揮者というより魔術師のような其奴から目を逸らす。
「なぁに? 私の鮮やかさと美貌に感動しちゃった?」
「抜かせ」
「酷ぉい」
よっこいせ、と体を寝台から持ち上げる太宰に目を向ける。自然とこちらに伸ばされてきた手は、俺の目元で止まった。
「というかさぁ、いつまでこれ着けてんのさ」
不愉快なんだけど、というように唇を尖らせて、外した俺の仮面を振る。そう言えば着けたままだった。
子供のように拗ねている餓鬼の手から仮面を奪う。最も簡単にそれは俺の手に戻ってきた。
「ぶすくれてんじゃねぇよ、餓鬼」
「ぶすくれてないもん」
「そういうところだ。何でだよ」
「鈍感中也に言われたくありませぇん」
軽口に軽口を返しながら俺も寝台に腰掛ける。
顔を横に向けると、じっと見つめる鳶色と視線が交差した。
「其方は誰がいるんだ?」
「私と、敦くんと、それから鏡花ちゃんだね」
雑談代わりで尋ねた言葉の返答に目を剥く。
「はぁ!? 鏡花だと? 彼奴未だ未成年だろ!」
こんな酒と色が渦巻く宴に連れてきて良いのか、探偵社は意外と黒いのか、と疑う。
そんな俺を差し置いて、太宰は肩をすくめた。
「うちは少数精鋭なのだよ。男で固めるわけには行かない、と思っても、戦闘系の女性社員が少なくてね。与謝野女医は後援だし」
与謝野──というと、黒髪の治癒系異能力者か。組合戦の際は中々にバイオレンスそうなやつだったのを覚えているが、そういうところばかりでも無かった筈である。流石に治癒系を前線に置くのは厳しいだろう。となると未成年でも仕方ないのか……仕方なくない気もするが。
「本当に人手不足なんだな……」
「一寸、憐れむような目で見ないで」
太宰が大袈裟に両手で自分の身を掻き抱く。情けないそぶりに瞼を半分下ろしながら、俺は両手を頭の下で組んだ。
「此方は俺と芥川だけだな」
「へぇ? 意外……とは思ったけど、面が割れてたら何人も連れて行くものじゃないものね。どうせ応援部隊はあるんでしょう?」
「一応な」
「あっそ、ま、知ってたけど」
「……そうだろうよ」
だから言ったんだよ……、とじっとりと太宰を睨む。普通に暴露していたら背信問題だろうが。
「そういえば……」
「? 何だい」
「その令嬢とやらはどういう奴なんだ?」
どう俺が問いかけた時だった。
『太宰さん! 一寸大変です──ちょ、お前退け』
太宰の耳元から声が聞こえた。少しばかり高めな、少年然とした声。その声に俺は心当たりがあった。太宰も勿論思うところがあったらしく、むっと眉を寄せると体を起こして右耳に指を添えた。
「一寸、どうしたの。手間取るならビデオ通話にしてくれない」
『び、ビデオ通話ですか? 一寸待って下さい、今上階の個室にいるんですけど……あぁもう、煩いなぁ! 少し黙れって!』
その少年が言い返している人物に、とてつもない悪い予感を覚える。すると突然、今度は己の左耳から声が聞こえた。びくりと肩を揺らして飛び起きる。
『其方こそ黙れ人虎! 先ず何故貴様が居るのかを答えよ!』
当たってしまった悪い予感に額を抑えた。俺は左耳に触れてインカムのマイクをオンにすると、その先の奴に話しかけた。
「おい、芥川。落ち着け。取り敢えず人虎とビデオ通話を繋げ」
『ですが中也さん……』
「一旦ビデオにしろ。話はそれからだ」
「……承知」
しばらくして、太宰の携帯からバイブ音が鳴る。はーい、とお気楽な返事と共に繋がった画面の向こうには、人虎と芥川が揃って不機嫌そうに映っていた──が、数秒後、その不機嫌は驚きの表情に変わった。
「えぇ! どうして太宰さんと中也さんが一緒にいらっしゃるんですか!?」
「話せば長くなるよ、敦くん」
「あ、良いです」
嬉々として嘘をねじ込んだ話をしようとした言葉は、敢えなく防がれていった。ざまみろ。
ふん、と勝ち誇った笑みを向けていると、むっと顔を顰めて足を蹴られる。全くもって痛くも痒くも無かった。余裕そうな俺に苛立ったのか、太宰は一つため息をこぼすと画面内の人虎に視線を向けた。
「それで、一体どうしたんだい敦くん」
『あ、はい。一つは芥川に会ったということなんですけど、もう一つが──』
芥川に噛みついていた人虎が、太宰の言葉に我に帰る。一度言葉を止め、写真を出してから再び口を開いた。が、俺はその人虎が手にした写真に、目が釘付けになった。この女は──
『尾行していた依頼人の令嬢ですが、会場内から姿を消しました』
「待ってくれ」
『はい?』
画面を見ながら、人虎に手を突き出す。素直な彼は、きょとん、と首を傾げつつも俺の言葉に従った。俺は眉が自然と険しく寄せられて行くのを感じながら、太宰に尋ねる。くらりと目の前の写真が歪んだ。
「これは、本当に件の令嬢なのか」
「うん」
平然と答える声色に、つう、と汗が伝った。
「これは……これは、先日亡くなった、姐さんの女中じゃなくて、か?」
『……!?』
写真に目線もくれず、長い黒髪を揺らす女。その姿は、俺が招宴中に走り去る姿を見た女であり、そして。数日前に亡くなった、あの姉弟子に瓜二つだった。
驚きを隠せないままに、太宰を見やる。動揺する俺に比べ、相手は案外平然としていた。
「うん、違う。何故なら、この容姿に彼女がなったのは同じく数日前からだからだ」
「この容姿になった?」
以前の容姿はこれね、と太宰がスマホ画面をいじる。はい、と目の前に出された女性の姿は、カールした栗色の髪に二重の、姉弟子とは似ても似つかない姿だった。血縁者ということでもなさそうだ。抑も姉弟子は天涯孤独であった筈。
「そう。因みにこの容姿になってから、彼女は真昼のヨコハマ市街に現れていない」
目を細めながら続いたその言葉に、チッと顔を背ける。女の身に起こったことが大体察せられたからだった。降りてきた前髪をかきあげながら問う。
「詰まり、組織の駒に正真正銘取り入れられた、っつーことか」
「せいかーい」
やる気のなさげな褒め言葉を口にする太宰を半眼で見ながら、しかしと考える。何故姉弟子の姿にする必要があったのだろうか。故人そっくりの人間が街に居れば、遠からず足がつくことは見えているというのに。
そんな俺の疑問を汲み取ったのか、太宰が大きく伸びをしながら言った。
「ま、その姉弟子さんの容姿が気に入ったんだろうね、恐らく潜入先が。元々連れて行こうとして、失敗した結果が姉弟子さんの死亡だったんじゃないの」
なんてことでもない、というように澱みなく話された推論に、手を握りしめる。姉弟子の命は兎角弄ばれたということなのだろうか。手の位置にあった白いシーツが、くしゃりと皺になったのを目の端で捉えた。
太宰は俺の方をちらりと見た後、スマホの画面にもう一度向き直る。
「えっと、それで? 令嬢を見失ったって?」
『あ、はい。実は──』
人虎の話をかいつまんで聞けば、おそらく撒かれてしまったらしい。容姿の変化も兼ねて考えると、組織に取り込まれていると考えるのが妥当だろうから、探偵社に助けを求めることもできないのだろう。
なんとなしに同情を覚えた。
「そう……」
横を見てみれば、予想通りとでもいうようになんの驚きもない男の顔が入って苛ついた。そんな横顔を見ながら考える。令嬢が尾行を巻いた、ということは、此処から先で見られてはいけないものでもあるのだろう。普通に考えれば、発情誘発剤の取引と考えるのが自然だろうが……。どうも胸騒ぎがする。
ふむ、と指を唇に当てて考える。数秒して俺は、芥川と口を開いた。
『は』
「俺はその令嬢を探して追うことにする」
『はい?』
太宰が手にした画面の外で、白と黒が二人揃って間抜けに口を開けたのが見えた。仕草や行動がまるでそっくりである。
双子のようなそいつらに吹き出しかけつつも、俺は続けて口を開く。
「多分その令嬢がやってるのは発情誘発剤についてだろう。それなら探偵社が動くよりも俺が動いたほうが早い。協力と行こうぜ。丁度同じ方向の案件な上に、真っ黒な荒事は専門じゃねェだろ?」
何より──。
そう口に出しかけて押し留めた。これは黙っておこう。
「兎に角、俺が動く。鏡花にも伝えておいてくれ」
そこまで言っても、中々首を縦に振らずに顔を見合わせる二人にため息を吐く。実際効率がいいと思うのだが、此処まで反対を受けるとは思っていなかった。もう動くつもりなんだが、と若干悩んでいると、それまでだんまりだった隣が、やっと口を開いた。
「良いんじゃない」
『太宰さん!?』
自らの上司の、真逆のゴーサインに人虎が驚愕を示す。ええでも、とおろおろする姿をみて、此奴は中々優しすぎるな、と胸の内で苦笑した。純粋も純粋、全くもって黒くない。
「そのほうが効率は良いし、勝率あるんでしょう?」
「ああ」
「極小蛞蝓を頼るのはものすごぉく癪だけれど、事件を解決に導くなら安いものだ」
ね、と画面内に同意を求めた一音に、人虎も渋々ながら頷いた。八の字に下がった眉からして、納得しきれていないのがよくわかる。太宰の一言余計な呼び名に一瞬苛ついたが、取り敢えずこの場では耳から流した。
「却説、君たちには後で私から指示を送るよ。招宴会場に戻っておいてね」
『解りました』
芥川の静かな声を最後に電話が切れる。穏便に対話が終わったことに、ふうと息を吐いた。俺も動くか、と街灯を取りに新台から立ち上が──ろうとしたが、すとん、と腰から再び寝台へ落ちた。
首を回せば、俺のシャツを長い指が摘んでいるのは見える。
「おい。放せ」
「……」
もう一度立ち上がってみれば、長い指は裾を掴むことなくシーツに落ちた。どうしたのか、と思いながら、外套をかけていたクローゼットへ近づく。
「ねえ」
外套を肩にかけたところで、突然呼び止められる。一瞬誰に何を言ったのか認識できず、右手をスリットに通したところで体を止めてしまった。
「ねえ」
「……」
「聞いてってば。お宅の芥川くんみたく独断専行ばっかりしないでよね」
新台に背を向けている俺には全く顔が見えないが、何故だかひどく不満げな声色に感じられた。
「手前の所為だろ」
「つれないなぁ。結果オーライでしょ。……手は大丈夫なの?」
「手?」
俺は、太宰が指差した右手をちらりと見る。
(嗚呼……)
ちっと舌打ちをした。置いていた仮面と帽子を身につけてドアノブを握る。
「はいはい、ご心配ありがとさん」
個室の外の、カーペットが敷かれた廊下を歩きながら、俺は再び手を見た。
今度は、目の前に広げ、まじまじと見る。
俺の手には傷など一つもついていなかった。
---
どうしよう。どうしよう。
私はひどく怯えていた。私は、此の悪趣味な招宴の客の一人でありそして、とある組織の一員だった。
頭を抱え、狭まった視界の端で見慣れない黒髪が揺れる。
さらさらとしたそれは、中々私の体には馴染んでくれなかった。
『君は今日から、君ではない。此の組織の駒であり、一人のΩ構成員だ』
まだ栗色だった頃の私の髪を無造作に引っ掴んで言い放った男の顔が忘れられない。
その時のことを思い出し、ふるりと肩が揺れた。
違う。
これは恐怖なんかじゃない。
違う。
違う筈だ。
従わないと。そうでなければ私は殺されてしまう。
先程まで、さりげなく何人かが私に視線をやっていたような気がして、化粧室に駆け込んだけれど、あれはお父様の命を受けた方々だったのかしら、とふと考える。
助けを求められたら良かったのに、と小さくため息をついた。
けれどそんなことをしたら大きな迷惑がかかってしまう。お父様にも、命を受けた方にも。
私が絡め取られた組織が、Ωの蹂躙や、最近噂になっている発情誘発剤を扱う極悪組織なのは入れられてすぐに勘付いた。
でも、従わないと私が蹂躙される立場になってしまう。扱われる立場になってしまう。そんなのにはなりたくない。
私は、備え付けられた鏡に映る女を睨んだ。化粧が崩れて酷い顔になっている。メイクだけでも直してしまおう、とバッグから化粧ポーチを取り出した。ポーチに入れていたナンバーカードが目に入って取り出す。
取り出した途端、甘ったるい香りが鼻に届いて握りつぶしたくなった。それと同時に、今日の私の指令を思い出す。
恐らく他の組織の奴もやり始めた頃だろう。私もやらないわけにはいかない。
私は軽くリップだけ塗り直すと、化粧室を後にした。
会場に戻ろう、とエントランスに足を踏み入れる。扉付近を見ると、今はNo.1はいないようだった。
そのことに少しばかりの安堵を覚えながら会場の扉に近づく。そのとき、喫煙所の扉が僅かに空いていることに気がついた。
「誰かいる……?」
もし一人ならば好都合だ。そしてそれがαならば。
ごくりと無意識に唾を飲み込む。そっとガラス張りの部屋に近づくと、曇ったすりガラスの向こうに、一つ、オレンジ色の塊が見える。人がいるのだ。
私は気配を殺しつつ、背伸びをする。透明なガラス部分から除けば、一人の男がいることがわかった。
赭色の髪、切れ長の瞳、高級そうな服装。
明らかにエリートとわかる外見。これは──
(きっとαだ)
此の人を捕えれば今日の指令は遂行したことになる。私は片手てバッグの中を探る。直ぐに右手を掠めたプラスチックの感触に心臓がどきりと跳ねた。
少しの申し訳なさと安堵、そして意味不明の恐怖を抑えつつ、私はガラスドアを開く。極めて静かに、後ろ手に鍵を回した。私の耳にしか届かないほどに小さな、ガチャリという音が空気を揺らす。
「? あんたも吸いに──!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい!」
入って直ぐに、私はバッグを床に投げ出した。途端に散らばるポーチやハンカチ、カードに男の人が目を丸くしたことがわかる。だが、次に驚いたのはそのせいではなかった。
「な、……この、甘、ッたるいの──まさか、」
私は右手に収めていた注射針を、太腿に思い切り突き刺した。
途端に喫煙室に立ち込めた甘い香りに、男の人が顔を顰めて口元を覆う。だが、その手も直ぐに意味をなさなくなり、その人は抜けた力を補うように壁に背を預けた。ライトを反射させる粒が、額や頬、首筋をつう、と伝っている。
私が自らに刺したのは、発情誘発剤だった。
自分自身もふらふらとしながらも、私はその人の元へ歩み寄る。
熱に浮かされたような瞳のその人を壁際まで追い詰め、その上へ覆い被さった。
「ッてめ……ッく、ぁ」
未だ理性が残っているのか、必死で私を払い除けようとする小柄なその人の手を抑える。
居た堪れない。申し訳ない。端ない。
やりたくない。
けれども私にはそうするしかなかった。
勝手に煮えたぎっていく内側を押し付けるように、その人物の腕を胸に押し付ける。
「……はな、せ…ッ……」
「すみません……お願いします、その手を、私に──」
伸ばして下さい。
私に与えられていた指令は、新たなα顧客の連れ込みだった。
---
「太宰さん……良いんですか?」
「んー? 何がだい」
「中也さんのことですよ!」
オレンジジュースを手にしながら、むうと此方を睨む敦くんを軽く受け流す。
どうせ言いたいのは、あのちびっこマフィア一人に令嬢について任せてしまって良かったのかということだろう。
気遣いしいの此の子らしい、と私は思った。
「大丈夫大丈夫! 何かあってもあのゴリラさ! 抑も何か起こることがあり得ないと思うけどね」
「いやぁ、でも……うーん」
先程電話を切ってから既に数十分経っているというのに、未だに心配している後輩に自然と口角が上がる。
本当に優しい子だ。私は全く心配なぞしないけれど。
そんなことを思っていると、二つほど離れたテーブルの方で、少女がこちらに手を振っているのが見えた。
「あ、鏡花ちゃん!」
黒いワンピースドレスを着こなした彼女に、敦くんが同じく小さく手を振った。微笑ましいその様子に、くすりと笑いをこぼして言う。
「行ってきたらどうだい?」
「え、良いんですか?」
「今の所まだ指示はないからね。少しくらい二人でいても良いんじゃないかな」
私がそう言ってみれば、溌剌とした笑顔で小さく礼を言って去っていった。直ぐに人混みに消えていった白い背中を最後まで見送って、私は振り返った。
「却説──君は誰かな」
「ご同行願いましょうか──No.63、こと太宰元幹部さま」
背中に軽く当てられた硬い質感に、私も小さく両手を上げるしかなかった。
表面上はにこやかに。
そして中では拳銃を押し付けられつつ歩いてやってきた場所は、屋敷の周りを取り囲む庭の隅、小さな小屋の中だった。キィキィと耳障りな音を立ててドアが閉まる。
かびは生えていないが蔦が侵食し、所謂古小屋になってしまっているそこに入るなり、私は壁に押し付けられた。頭上でガチャリと音がするあたり、手錠だかなんだかで高速でもされたのだろう。苛立ちを感じながらも、私はそれを空気に雲散させた。
「ずいぶん手荒な真似をするものだねぇ、No.1さん」
「おや、名前で呼んではくれないのですか? それとも忘れてしまったとでも」
拳銃を消して外すことのないように定めつつ返された言葉に、私はにこにこと笑みを返した。
「えぇー、どうだろう。一寸待ってね、思い出せそうな気もする──」
「早くして下さいよ、僕だって暇じゃないんだ」
口元をぐにゃりと歪めて笑うその男に、私はあぁ、と息を漏らした。
「思い出したよ、君は昔の取引先の重役だね? 確かその時は準幹部だった気がするが、今此の場にいるとは随分出世したものじゃあないか! 感心だよ」
つらつらと思いもしないことを吐き出し笑いを浮かべつつも、私の目は冷え切ったままだった。大抵のものならば息を呑み、思考も止まるであろうその視線を受けながらも、男は気色の悪い笑みを浮かべたままだった。否、これは笑みというべきではない。どちらかというならば、恍惚とした、という方が正しいものだろう。
「元取引先の
をとっ捕まえて銃で脅すなんて、どういう了見だい? 何が目的だ」
「太宰さん、あなたを拘束しているのは僕だと頭にとどめておいた方がいいのではありませんか?」
「ふふ、成程」
どこか勝ち誇ったような態度を取る男に隠れて苛立ちを募らせる。ここ迄で大体狙いを察した。そういえば、こいつは妙に私への──否、私と中也への崇拝が煩くて煙たかったのだっけ。
気に食わない昔のことを思い出して眉を寄せる。そんな私の行動を、今の状態への苦悶と受け取ったのか、目の前の其奴は更に顔面に愉悦の笑みを浮かべた。
「とても素晴らしい! 強がっても無駄ですよ。既にあなたの体内にはΩのフェロモンと似た作用のものが吸収されている筈です」
「……、Ωの?」
その言葉に、私は興味をそそられた。中也の話では、発情誘発剤だけだった筈だが、まさか他にも薬をばら撒いていたのだろうか。私の興味を、自らの言葉が引いたことに気づいたのか、男は嬉々として私の胸ポケットを指差した。
「そのカードです」
「カード?」
私は目線を左胸にやる。No.63と記された白いカードがポケットからのぞいていた。
「其れ、甘い香りがしませんでしたか? それはΩのフェロモンを人工的に作り出した媚薬成分なのです。あなたの目をも欺けるとは、研究させた甲斐がありました」
そんな作用があったのか、と密かに驚く。少し怪しんではいたが、そこまで危険な物品だとは正直思っていなかった。確かにカードなら、此の会場にいる全員が触れることになる。そう言ったことに使うのなら最適なものだろう、悪趣味だが。私は少し顔を俯かせたまま口を開いた。
「……そこまでして何を?」
男はその問いに数秒間黙り込むと、小さくため息をついて話し出した。
「あなた方を、私の支配下に置きたかったので」
その返答に眉を寄せる。
「そんなこと、何故できると思った?」
「誰しも本能には忠実だからです」
男は私の不機嫌さなどお構いもせずに、近くへにじり寄ってきた。白手袋に覆われた指が首に触れる。
「私は今も覚えています、あなた方に初めて対面した時のことを! 秀麗な目鼻立ち、らしいトップたる風格、もはや美麗なまでの残虐さと徹底さ!」
男の目は薬にでも漬けられたように、現在ではないどこかを見ている。熱に浮かされたように喋り続けるそれに、私は穢らわしいと瞬間的に思った。
「美しい猛獣を見たようでした──解るでしょう? 此の感情が」
「うーん、そうだね。美しい猛獣──解らなくもない」
「そうでしょう!」
熱っぽい目でこちらを見る男に、私は始終冷たい目を返した。
「けれど、それで此処にどう繋がるんだい?」
「猛獣は手なづけたくなるものです。ですがあの頃の私にはその術を持ち合わせていなかった。故に、私は尽力したのです! 誰もが抗えない、二次性ゆえの本能を支配することを!」
「へえ。あっそ。興味ないね」
顔を背けるため首を捻ったが、その頭は力強く押さえつけられた。必然的に目が合う。湿度の高い視線を、気持ち悪いと逸らした。
「先程も言いましたが、今のうちです。今Ωでも連れてくれば、α足るあなたは溺れざるを得ないでしょう。既に中也さんはその手に落ちたとの報告がありますよ?」
「へぇ? 其れは本当かな?」
男が最後に言った言葉に、私はにやりと笑った。どうやら此の男は気づいていないらしい。
今、此の小屋の上空から感じる、重い空気を。
そして数秒後にやってくるであろう、岩の塊を。
「まぁ、いいでしょう。今、あなたに見合う──」
男がそこまでいった時だった。
巨大で重いものが木をぶち破る大きな音と、其れに伴う砂埃が小屋に充満する。
突然の衝撃に男は受け身をとって壁へ吹き飛ばされた。
そんな中で、私は一人、笑いを顔に浮かべている。先程までとは違う、愉しくて仕方がないという笑みを。
「全く、2分の遅刻なんだけど?
──中也」
「五月蝿え、社会不適合者!」
砂埃の中から姿を現したのは、小柄な一人の男、私の相棒だった。どこから持ってきたものか、大きな岩と共に天井を突き破ってきたらしい。私はさっさと手錠を外して駆け寄る。
流石というべきか、衣装にも何の乱れ一つなかった。
「な、何故だ。何故中原中也が此処に!? あれはΩの発情期を受けた筈じゃ……」
壁の隅で此方に震える指を伸ばす男に、私はふっと笑いかけた。隣の中也が大層引いていたので、あまり柔らかい笑みではなかったようだが。
「頭をもっと柔らかくしてご覧よ。Ωのフェロモンは効く人間が殆どだが、効かない人間もいる。その代表的なものは?」
「真逆。真逆! そんなことが──」
ようやっと気づいたらしい男に見せつけるように、私は隣の者の肩を引き寄せる。その拍子に揺れた橙色の柔らかな髪から、蠱惑的な甘い香りが鼻腔をくすぐった。──紛い物のカードなどからは、感じなかった香りを。
恐らく側から見れば、私は熱に浮かされたような目で中也を見つめているのだろう。若しくは捕食者と被食者であろうか。
顔を顰めつつも収まってくれた小柄な其れに何ともいえない優越感を感じながら私は口を開いた。
「双黒が一人、中原中也はΩで、正真正銘私の番だ」
---
鏡花ちゃんと太宰さんの指示を待ちつつ食事を楽しんでいると、突然地鳴りのような轟音が響いた。
びくり、と肩を揺らし、辺りを見回す。ふわりと静かな気配がやってきたかと思えば、いつの間にやら近くに芥川が来ていた。窓の外を見、臨戦体制に入っている。
「狼煙が上がっている」
「え!?」
芥川に釣られて外を見てみれば、庭の隅の方で大きく土埃が上がっているのが見えた。あの感じだと──
「あにさま……」
「然り」
中也さんの名を呟いた鏡花ちゃんに芥川が頷く。如何やら既に連絡を外部に入れていたようで、マフィアの黒服の人たちが一斉に雪崩れ込んできた。
「そういえば」
僕たちは令嬢の確保を急ごう、と動き出す。そのとき、後ろから声が掛かった。
「先程も喫煙所の前で黒髪の女が倒れているのを見かけたが」
恐らく依頼人の令嬢のことだろう。
「感謝する、芥川!」
「ふん、礼には及ばぬ」
僕たちは黒服さんにとばっちりを受けないよう、急いで会場を後にした。化粧室やお手洗い横の喫煙所前に行ってみれば、言われた通り、黒髪の女性が床に伏している。目を瞑って気を失っているが、依頼人のご令嬢で間違いなさそうだった。
気を失っているようだし、担いだほうがいいだろうか、と蹲み込んだが、後ろで鏡花ちゃんが『夜叉白雪』と口にしたのが聞こえる。
僕の代わりに、令嬢を夜叉が抱えていた。
「これなら疲れない」
ぐっとサムズアップをする鏡花ちゃんに、ありがとうと言いながらエントランスへ向かう。このまま外へ出て、社内で待機している国木田さんへ連絡すれば迎えの車を寄越してくれるだろう。そこまで思って、ふと、いつのまにか消えていた先輩のことを思い出した──が、直ぐに何ともいえない心持ちになる。
「ねぇ鏡花ちゃん……」
「何、敦」
「太宰さんの番って……」
「? 正真正銘あにさま」
「デスヨネー……」
前を行く鏡花ちゃんに尋ねれば、何を当たり前のことを、というように返された。
薄々勘付いてはいたけど、今此処にいない状況を目の当たりにしちゃうとなぁ、と頭を掻く。
太宰さんは番の方と一緒に現地解散しました、なんて言ったら国木田さんの眼鏡が無事で済むかわかったものではない。
かといって今から小屋の方に行くと、馬に蹴り上げられそうな気がする。もしかするとこのまま一週間音沙汰無しになりそうな気もするので、少し不安なのだが。
人の発情期事情に首を突っ込むのは野暮だろうが、此処最近の太宰さんの苛つき具合と今日のキラキラ具合からして可能性が高い気もする。
「……はあ……国木田さんになんて報告しよう……」
「正直にいうしか、ない」
「ええ……」
鏡花ちゃんのにべもない返事に肩を落とす。とぼとぼと歩いていると、不意に袖を引かれた。うん? と首を傾げつつ引かれた方を見やる。同じように傾けられた瑠璃色と目があった。
「其れよりも。帰ったら夜食でも食べよう。しっかり食べれてない」
「! うん、そうだね、湯豆府とお茶漬け食べようか」
「うん」
隣の少女と笑い合いながら、僕は報告をするために携帯を耳に当てた。
---
月の光が僅かに注ぐ寝室で、私はぼんやりと隣の人物を眺めていた。
あの招宴後、誘発剤の影響もあったのだろう、直ぐにやってきた中也の発情期に喜んで便乗してから七日間。
流石にほぼ不休での交わりはきついものがあったのか、発情期も落ち着いた今は気を失ったように眠っている。しっとりと艶を含んだ赭色に触れると、シーツの中の椿は小さくみじろぎをした。
可愛らしい仕草に思わず笑みをこぼしたが、ふと、七日前にあの男が言っていたことを思い出した。
「あんな、中也も私も自分のものだとでも思っていた奴がいるなんて」
心底腹立たしかった。
「君は私のものなのにね」
素面の状態の君にいえば、気持ち悪いと一刀両断されるだろうが。
猫のように丸まっているせいで、無防備にさらされている項に触れる。朱みを帯びた噛み跡が、強く甘く、その存在を主張していた。
「私も一寸は自惚れていいのかなぁ」
いつも硬い装甲を崩さない我が番を眺め、その髪をもう一度確かめるように撫でた。
「おやすみ」
また明日。
Happy Birthday! 中也さん!
誕生日に送るとは思えない内容だけど許してね!
いやもう言葉にできないほど愛してます!!
マフィアという家族に、大切な幾人かの人に、そして元相棒に、沢山の愛を伝え、受け止めて、末長く生きることができますように、あなたらしい紅椿をひと枝添えて。
お誕生日、おめでとう!
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目次
- 1......きゅうくらりん 歌詞パロ
- 2......Aでもなく Bでもない
- 3......文ストワンライ詰(BL)
- 4......文ストNLワンライ詰(not BL)
- 5......文スト数年後妄想
- 6......メーベル 太中
- 7......感電 歌詞パロ
- 8......SS詰め(notBL)
- 9......ビタァ・ストレェト・ティタイム
- 10......定結糸の所在
- 11......I got you!
- 12......キャスケード・ブーケ
- 13......此の銀梅花を、
- 14......ワンライ『孤月』 太中
- 15......文スト雑多SS
- 16......雪中花のキセキ
- 17......One Carat of John Doe
- 18......春の夜の夢