公開中
One Carat of John Doe
青玉 大概でありきたりな話
紫水晶 よくあるお酒の話
青月長石 綺麗な月の話
金緑石 昼と夜が交わる話
金剛石 変わらない話
キッチンカウンターの片隅。
黒革に繋がった小さな文字盤が光を独り乱反射させている。
俺のものではない。言葉も数回しか交わしたことがない人物の、浮世での忘れもの。
其の文字盤は、静かに時刻を固めたまま動かない。
「……行ってきます」
誰に向けてともしれず、電光を落とした部屋で呟いた。
カーテンの隙間から漏れ入る光が眩しい。
太宰が離反して、今夜で丁度一年が経つ。
---
「太宰が、裏切り、ですか」
一年前。
俺が長期の出張から帰ってきた当日。
報告の後、首領に呼び止められ伝えられた内容は、相棒が組織を裏切り出奔したという知らせだった。
予想だにしなかった知らせに思わずぼうっとしていると、首領がこくりと頷いた。
「うん、そうなのだよ。だから、ごめんね。先ず、君の組織に対する貢献はよく解っている。其れでも、君の手引きを勘繰る者たちも少なくなくて──」
其処で少し言葉を切り、申し訳ないと云うように眉を下げる首領を見て察する。
当たり前だ、組織の五大幹部が出奔したとなれば一大事。混乱を収めるには容疑者を作り、ヘイトと安堵を集めることが手っ取り早い。其の生贄に俺が選ばれただけの話だ。
抑も離反を許したのは監督不行き届きと云う見方もある。
寧ろ俺一人で済みそうならば良いものだと、俺は半歩下がって首を垂れた。
「承知致しました。拷問でも懲罰でも、謹んでお受け致します」
「あ、否、そう云うことではなくてね」
慌てたように口にされた訂正に、ふっと顔を上げる。そうすると、此方を見つめる首領と目が合った。
私の言い方が悪かったかぁ、と苦笑している姿に首を傾げる。はて、どう云う意味だろうか。
如何言ったら良いのかな、と目線を彷徨わせる首領に首の角度を深くする。
何処から現れたのか、真紅のスカートを翻し此方へ寄って来たエリス嬢が、非難がましい目で夫を見た後、続きの言葉を引き取った。
「リンタロウが謝ったのはそう云うことじゃないわ。拷問だとか、激務だとか、そう云うものでチュウヤの心を紛らわせることが出来ないことに対してよ」
エリス嬢は其処で言葉を切ると、青藍の瞳を哀しみに浸して此方を見つめた。
何故そんな目で見るのだろう。俺はとうとうあの陰険野郎から解放されて歓喜しか感じていないと云うのに。
抑もなし崩しでマフィアにいた奴が、何かしらなし崩しでない理由を見つけたのだろうから、大きな声では言えないが喜ばしいことだ。
そう考えながらエリス嬢の瞳を見つめ返す。その瞬間に気付く。
違う。此れは哀しみではない。此れは。
「チュウヤは頑張り屋さんだから、ずっと前を見て歩くでしょう? けれどね、一寸くらい足を止めても良いと思うの」
哀しみではない、慈しみの小さな宿主は、白い腕を此方に伸ばす。旋毛の辺りに降りた優しい温度に、自分がやっと、地面に足をつけたように感じた。
「片割れが消えたら、感情を出したって良いのよ」
“片割れ”。通常は、お互いが切っても切り離せない、想い合った関係に使うだろう。
その言葉が今は正しく当てはまるように感じた。──少なくとも、此方からは。
せめて今だけでも、と呟きながらぽんぽんと置かれた掌が、もう終わったから休みな、と俺を掬い上げる温い手にそっくりで。
磨り硝子みたいな目をしないで頂戴、と云う笑みが、時折見せたあの不器用なはにかみに似ていて。
出さなかった感情は歓喜と祝福だけではない。もう二度と戻ってこないであろう相棒の、“元”相棒への喪失感と隠すべき情。
「……ッはい、…有り難う、御座います……」
其の相棒に似た思考をトレスした|彼女《エリス》によって、歓喜で覆い、見ないふりをした風穴を、やっと其の儘に見ることができたのだ。
そんなエリス嬢と俺の対話から数分経った頃。
エリス嬢が俺の元から離れたのを見届けると、首領が口を開いた。
「それとね──」
取り出された物品に、俺は再び瞬きを繰り返した──
---
あの日からもう一年が経った。
車は爆破されており怒りを覚えるわ、祝福をこめてペトリュスを開けるわ。24時間にしては色々と経験した一日。
感慨深いような、そんなことないような。
預かり知らぬところで死なれたら困るが、どうせ太宰の奴ものらりくらり生きてんだろうし。
今日の任務であった殲滅作戦も終了し、まだ硝煙の煙漂う中で溜息を吐く。
終了の報告を部下から聞きながら、ふと胸がざわついた。
ちらりと腕時計を確認しようと左腕を見たとき、あることに気が付いて口の中で舌打ちをする。
全く、何故気が付かなかったのだか。気づいて仕舞えば全てに違和感があるというのに。
其の文字盤は割れていて、動かない。
「中也さん、其の時計……」
「……昔のを間違えて着けてきちまったみたいだな、気にすんな。報告ご苦労さん。直帰で良いぞ」
俺の労いの言葉に小さく礼をして去る部下の背を見送りながら、心の中で付け加えた。
(昔のつっても俺のじゃアないけどな)
黒いベルトの其れは、俺のものではない。
丁度一年前の作戦で一騎打ちの末殉職した、ある末端構成員のものだった。
其の名は織田作之助。
生前は数回しか言葉を交わしたことはない。
だが、時期からしても、其の経歴からしても、太宰の出奔の理由の一部に其の名があることは確かだった。
其の遺品を何故俺が所持しているかと言われれば、一時の気迷いというしかない。
唯、あの日、首領が遺品所持の意思を問うてきた際に思ってしまったのだ。
此の止まった瞬間が、太宰が夜の世界で過ごした最後の瞬間かもしれないと。
実際はどうか判らない。
とうに壊れていたものなのかもしれないし、時計が進んでいるか、もしくは遅れていたかもしれない。けれども。
『あの幽鬼が、自分の道を決めた瞬間かもしれない』『此方の手を離し、“正しい”手を取った瞬間かもしれない』
そんな一縷の可能性に気づいて仕舞えば、もう其の考えは離れてはくれなかった。
穴を荒ぶ風と感じると共に、自分の側に居た最後の瞬間を手にして置きたい、と一瞬でも思ってしまったのは事実だったのだから。
我ながら後ろ向きの女々しい考え方だとは思うが。
そんなこんなで、着けることもなく、直すこともなく、部屋の片隅に保管して──或いは除いて──きた今日。
どんな偶然か、自分のものと誤って着けてきてしまった訳だ。
再び溜息を吐く。
土煙も、硝煙も、血溜まりも関係のなくなったであろう太宰。
今も恐らくは、図太く生きているのであろう太宰。
無理やり光の中にいる彼奴を思い浮かべてみようとしたが、乾笑いが喉から漏れる。自分には想像もできない。
当たり前だ、彼奴が最終的に取った手は俺の手ではないのだから。
俺には、あやふやな最後の瞬間と其れへの懸想しか残されていない。
ふと、風に混じって懐かしい空気を感じた。
暗闇を見上げても、空には墨汁を煮詰めたの如き闇が広がっているばかりだった。
__サファイア──慈しみ・貞節__
---
---
真夜中、暗い路地裏に小さな灯をともすバー。
外で雨が降り出した故か、客足も遠のく此の店にみっつの影があった
一つは此の店のバーテンダー。
一つは上背のある男。暗闇の中で其処彼処に巻かれた白い包帯が目立つ美丈夫だ。
一つは小柄な男。カウンターに突っ伏し、既に酔っているように見えた。黒い外套を背に掛け、被っていたのであろう帽子も横に置かれている。
お互いの顔も、目が慣れなければ見えないような薄暗闇の中、バーテンダーのグラスを拭く音ばかりが聞こえていた。
「……糞鯖」
カウンターと体の隙間から発せられた独り言に、もう一人の客が反応する。
「……糞鯖、というのは誰かの渾名かい?」
「あ? 何だ手前」
「唯の居合わせた客の一人さ。何だか悩んでいるように見えたものだから声を掛けたのだけれど、お邪魔だった?」
「……否、そんなことねェよ」
「そう?」
「あんた、彼奴に似てンな」
小柄な影が、カウンターから顔も上げずに言った。恐らく相手の顔を見るつもりも端からないのだろう。
背高な影は、そう言った客をじっと見つめたが、顔を上げるつもりの無い素ぶりを見て視線を戻した。
「……彼奴っていうのは、先刻の鯖さん?」
「嗚呼」
「じゃあ、こういうのは如何? 今だけ、私が例の鯖さんだと思って」
「……。……で?」
「酔って悪態吐くくらいなら、何か言いたいことでも有るんでしょう? 言ってみてよ」
「…………。……あんた変人だな」
「酷いなぁ」
其の言葉を最後に、暫く沈黙が降りた。
鯖の代わりを打診した男はグラスを傾け、小柄な方は未だ突っ伏している。
男のグラスが最初の丁度半分に達した頃、突っ伏したままだった客から声が発せられた。
「絶対死なす」
「……」
「阿呆。無責任野郎。悪徳人間。迷惑かけやがって──」
「え、待って。先刻の続き?」
「……そうだが」
「あ、了承してくれてたんだ」
断られたんだと思った、と呟かれた一言には耳も貸さず、小柄な方が口を開く。
「……置いて行きやがって」
「……。……其れは──」
背高の客がもう一人を見ながら口を開いた。けれども其の一秒後には閉じられ、口元には悪戯げな笑みが浮かぶ。
「一つ質問して良い?」
「あんたは彼奴の代わりじゃねェのかよ。黙っとけ」
「一寸。一寸だけ」
「……はァ。何だ」
「置いて行ったって言ってたけれど、鯖さんは何で置いて行ったんだと思ってるの?」
「そんなん知るかよ。でも──」
小柄な客が自身の髪を弄りながら言った言葉にもう一人は目を丸くすると、ふっと目元を緩めた。
「そう」
「じゃあ、其の鯖さんとやらに会ったら言ってあげて」
「……何をだ」
「其れ位はご自分でどうぞ?」
「……チッ」
背の高い客はご馳走様、とカウンターに金を出すと、引っ掛けてあった外套を手に、其処を後にした。
砂色の其の外套の残像も消え去った頃、ぽつりと、小さく声がした。
「……莫ァ迦」
──『でも、彼奴が彼方を選んだンだから、理由ができたンだから……酷くは責められねェ』
__アメシスト──酔わない・愛情__
---
---
「あーあ、すよすよ寝ちゃって。敵の前でこんな姿晒して良いのかい? 此の駄犬」
ぷにぷにと土埃が付いた頬を突っつくが起きる様子は一切ない。煩わしげに手を払われることもなく、されるがままになっている。
そんな醜態に私は大きくため息をついた。全く、何もしない私を讃え傅いてくれても良いと思う。
まあ、私は寝こける彼を此処に置いていく心算なので、『送り届けるっつったろ!』と怒られるのだろうが。
先程までいた組合の葡萄使いくんもいなくなったことで、此の空き地には今私たち二人とQ以外誰一人として居ない。Qは小屋に寝かしているので、此の場には実質二人だけだ。
湧き上がった悪戯心のまま、赭い髪に指を滑らせる。
一度私の指を嫌がるようにすり抜けた巻き毛は、もう一度潜らせた指を離すまいとでもいうように絡んだ。
其の様子に私は瞼を下げる。何故こうも此のわんちゃんは私を苛つかせることが上手いのだろう。
「……でも、嬉しかったなぁ」
『手前を信じて汚濁を使ったんだ……ちゃんと拠点まで、送り、届けろ、よ……』
残念ながら──私からすると嫌がらせの一環だが──其のお願いの後半は聞き入れることができないけれど。
「裏切った私は、未だ君の手を握っても良いんだね」
まるで変わって居ない。
そう思ったが、其の考えを直ぐに打ち消す。
周りの状況が変化したというのに、其の思いが変わって居ないということは、“以前と変わらないように変えた”ということだ。
其の変化を見過ごしたなんて、と少々もやもやとする。
でもきっと、中也は今も思っているだろう。
『彼奴が彼方を選んだンだから、理由ができたンだから、酷くは責められねェ』
そう言った彼の言葉がリフレインした。
恐らくは彼も、織田作と同じ位、私を理解している。私以上に、理解している。
そうだ、私には理由がある。
「……でも、其れは此処に来た君も同じだ」
昔は、君には理由があって、私には理由がなかった。だから一緒に居られた。
今は違う。君には理由があって、私にも理由がある。だから一緒には居られない。
今日の月が綺麗でも、雨が止まずとも、雪が止まずとも、姫百合が咲こうとも。
其れは変わることのないものだ。
遠くの方で梟のなく声がする。そろそろ帰らなくてはならない。
私は重い足を動かしながら、もう一つの嫌がらせ実行に移る。中也が汚濁中に散らばらせた帽子やら外套やらを集めて完ッ璧に畳んで置けば、さぞ苛立つことだろう。蛞蝓の感情のツボは知り尽くしている。
其の様子を想像して、ふふ、と笑みが浮かんだ。想像でしか見られないのだから其れ位は許して欲しい。
「──却説、と」
満月も頂上を過ぎた。良い加減帰らなくては。
自分をこうして律しないと、帰りたくなくなってしまう。
矢張り、私の血は黒いのだ。光の中は楽しく素敵だが、少しだけ、私には眩しすぎる時がある。勿論私には理由があるから、光から移る心算は無い、けれど。
黒の中にいても白く、黒の中の黒を見ても受け容れる。そんな子といると、離れ難くなってしまうから。
でも。聞こえておらずとも、これだけ置き土産にでもしようか。
「明日の月は綺麗でしょうね」
どちらの意味でも構わない。明日がいつになるかもわからない。
希くば此の耳に、蒼く遠い、あの光の如く届きますように。
__ブルームーンストーン──恋の予感・希望__
---
---
徹夜連勤明け深夜。
玄関ドアを開けた瞬間に感じた違和感と突発的な衝動を押し込む。
考えすぎだ。頭が疲れているのかもしれない。
玄関に脱ぎ散らかされた革靴があろうとも、廊下には小さな水溜りができていようとも。
前に自分が此処に来た時に蹴ったのかもしれないし、何か溢したのかもしれない。
……否、此の靴は自身のものではない上、水は蒸発する。現実逃避にも限界はある。大概にしろ、俺。
いやいや、まだ確証はない。そう首を振って深呼吸をし、リビングの扉を開いた──が。
まあ、詰まり。
「あー、人の家で呑む人様のワインは美味しいなぁー!」
「太宰ッ、手前何で此処にいやがる!? 出てけ不法侵入者!」
煌々と電気のついたリビングのソファに、我が物顔で座っている其奴──太宰から、丁度空になっていたワイングラスをひったくる。
床に面倒臭そうに投げ出された砂色の外套は妙にしっとりとしていて、恐らく入水したその足でやって来たのだろう。
周りに目をやるとキッチン、ベッドルーム、トイレ、バスルーム等々。凡ゆる部屋の電気が点いている。何時からいたのか知らないが、電気代の無駄だ。絶妙に苛つく嫌がらせである。
取り敢えず電気を消そう。話はそれからだ。全く、俺は休みたいだけなのだが。
俺はふう、と溜息を吐いてグラスを置き、脱いだ帽子と外套を片手に廊下へ戻る。
点いた電光を片っ端からOFFに変えてリビングへ戻ってくると、再びワインに手をつけているかと思われた太宰は、何もせずにソファに寝そべっていた。
「おい。此の儘居るつもりなら、取り敢えず外套を掛けろ」
返事が無い。
真逆、ものの数分で眠ったのか、と顔を覗き込むが、生憎狸寝入りの上手い此奴は寝ているのか寝ていないのか見分けがつかなかった。
妙にムカついてその形の良い小鼻を摘む。情けない声と共に、ぱちりと双眸が開いた。
「全く、酷い起こし方過ぎない? 起きてたけど」
「だろうな」
投げやりな返事を返せば、拗ねたようにあーだこーだと言い返される。子供か。俺は寝たいんだ。寝かせてくれ。
シャワーを浴びるのも億劫に感じる。明日でいいか、休みだし。
そう思いながらタイを外す。ちらりとカウンター脇の止まった時計が目に入ったが、今は良いか、と目線を外した。
口元から勝手にふわあ、と欠伸が漏れる。寝るか、寝よう。人は寝ないと死ぬ。仮眠を取るのが先決だ。
結論を出すと、自分の欲求のままに眠る体制に入る。
よろよろと睡眠の場所へ辿り着き、倒れ込む。頭の上付近から、ぐえ、と声がしたのはご愛嬌だ。
「ちょ、君、重、邪魔」
「うるせぇ……」
煩い敷布団に文句を返す。布団は黙っとけ。それか寝台に運べ、魔法絨毯の如く。
「んもー、全く君は……」
そんな声が聞こえたあと、何やら温かなものが腹の辺りへやってくる。下にあった塊が、よいしょ、と左脇へ移動した。ぽん、ぽん、と緩やかな振動が体を伝う。その揺籃歌のリズムに沈み込むように、俺の意識は薄まっていった。もう殆ど無意識下の内だったのだろう。そうに違いない。そうで無いと理由がつかない。
だから屹度、彼れは俺の隠すべき幻想に過ぎないのだ。
「おやすみ、中也」
その声がとても甘やかだったことも、髪を梳く手が柔らかかったことも、恐らくは。
---
「……あ、寝た」
強張りが解けて完全に瞼を下した中也の髪を梳く手を止める。
花瞼の下にはくっきりと黒い翳が刻まれていて、余程疲れていたことを如実に表していた。
完全に意識を手放したその姿を見ながら、私は先ほど見たものを思い出していた。
「本当、可愛いことしてくれるよね」
カウンター脇に無造作に、けれど目につくように置かれた、壊れた腕時計。
あれの持ち主を、私はよく知っていた。
あれを見て中也がどう思ったかなんて、大体察せられる。
(ごめんね)
何も言わずに出ていって、と心の中で呟いた。
(だって、わかんなかったのだもの)
どうすれば佳い人間になれるのか、どう君に言ったら良いのか。その他も色々。
私は寝ている彼を起こさないように、小さく息を吐いた。
白い頬をなぞり、先程されたように鼻を柔く摘む。
直ぐに顔が顰められて、しっし、というように手がゆるゆると払われた。
暫くして元に戻り、安らかな表情を浮かべた彼を見つめる。
少しばかり上体を起こして、赭色の髪が覆う額を掻き分ける。
ほんの一瞬。その場所に、自分の唇を落とした。
些か安直とも言える、直情的な行動。
今此の瞬間だけ、君が夢を見ないことに安堵を覚えた。
「知らなくて良いよ」
そう言って目を瞑りながら。
__アレキサンドライト──秘めた想い・情熱__
---
---
「遊びに行こうよ」だなんて、戯れにも言えない歳になってしまった。
いつかは息苦しく感じていた光の世界にも漸く馴染み、明るい服装も板に着いた。
誰かの言っていたことを借りれば、諸行無常。行く河の流れは絶えず、元の水は帰って来ない。
今風に言えば、全ては変わりゆく。
とは言っても、私は未だに清く元気な明るい自殺に励んでいるけれど。近頃、敦くんの怒り方が有無を言わせない形になり始めたので恐ろしい。
入社したばかりの頃はあんなに素直で弄りがいがあったのになぁ、と思いながら、河につけた足の上に頬杖をつく。絶賛勤労放棄中の身としては、此の儘誰にも見つかりたくはない。
幾分かの湿気を纏った風が、包帯のほつれた端を攫って行った。
白い布切れが水面に落ち、波紋を浮かべる。其れは少しずつ水を吸っていきながらも流れに逆らわず、沈む前に視界の端から消えた。
私も早く、あんな風に常世へ旅立ちたいものだ。誰にも知られず、流るるままに。
却説、私も河に身を委ねることとしようか、と立ち上がって河の中心部へ進む。腰のあたりまでが水に沈み、外套が茶色く染まったのを確認する。今だ、と身を水の中に沈めると、水面を映す視界に光が映った。
夕暮れ時故に、朱に染まったまるい燈。しゅわしゅわと彩る気泡に囲まれた光を眺め、苦しくなってくる呼吸に従って目を瞑ろうとした──が。
その瞬間、光が遮られる。何だ、と瞼をもう一度上げると、光とは違う朱色が水上に見えた。
其の朱色はきらりと一筋一筋に火花を伝わせながら大きくなっていく。その朱色が透明な壁を破った、と思った瞬間、肺を新たな酸素が満たした。
軽く触れた熱と尋常でない圧迫感に、一瞬の困惑を覚える。
暴力的なまでに突然現れた余剰と、比例して感じ始めた圧迫感を押し出すように、げほげほと咽せた。
喉を逆流して、冷たく汚れた臭いのする河水が体外に出て行くのを感じる。
はあ、と大きく息をつくと、ゆっくりと隣に首を回した。
「……もう、何てことしてくれるんだい中也」
「お、生きてたか」
良かったなぁ、と悪い笑みを浮かべた彼に顔を顰める。特にしっとりとした唇から見るに人工呼吸をしてくれたのだろうが、有難迷惑である。接吻だどうだでわーわー言う歳でも無い上、それ以上のこともやるような関係性なら尚更だ。
にやにやと笑う彼は外套を脱ぎ、ベストだけになって河原に座り込んでいた。
「あぁ、もう最悪」
「そりゃアこっちの台詞だ太宰、帰りがけに突き出た足二本を発見しちまった俺の身にもなれよ」
負けじと言い返してくる中也に外方を向きながら外套を脱ぐ。少しずつ力を掛けて絞っていくと、水滴を弾けさせながら水が落ちていった。
横からも同じような水音が聞こえるのを鑑みるに、中也も髪を絞るか何かしているのだろう、と思った。
幾分かマシになった外套に袖を通しながら振り向くと、中也は此方に背を向けていた。
長い赭い髪を絞るために傾けた小首に、つう、と水滴が伝っている。
其の姿に理由もなく苛立ちを覚えて、背後に忍び寄ると、チョーカーの生えた白い首に唇を寄せた。
突然首筋に感じた温度に驚いたのだろう、ぱっと首元を覆うと、素晴らしい速さで中也が振り返った。
「ぎゃあッ──何しやがるッ!?」
「一寸、色気なさ過ぎない? 何だい、『ぎゃあッ』って」
本当に何なの? と眉を顰めながら言えば、煩え、と鉄拳制裁が腹を襲った。痛い。
「全く、驚かせやがって」
そうぶつくさ言いながら、中也がしゃがんで自分の外套を拾った。慣れた手つきで其れを肩に乗せ、帽子を被り直すと立ち上がる。土手に向かって歩き出した彼の耳は、薄らと赤みがかって見えた。
自然と頬が緩む。
私は置いていかれないように、膝の土汚れを払って砂利を蹴った。
「ねぇねぇ、今日の夕飯なに」
「食える前提で聞くなよ。……和食」
「本当!? 私、和食大好きー」
「否、手前の分は無ェし」
全ては変わりゆく、とは言うけれど、此の会話だけは変わらない。
「あ、そうだ。今度何処かに遊びに行こうよ」
「否、子供か。……何処だ」
「え、決めてないけど?」
「行く気無しじゃねェか……」
ほら、君はこうして返してくれる。
右手の隣で、彼の左手首に巻かれた腕時計の秒針がゆっくりと廻っている。私は少し下に位置する彼の姿を見て目を細めた。
透明な此の足跡が、君のものと最後まで交わり行きますように。
__ダイヤモンド──不変・永遠の絆__
髪を弄ぶ風に、暖かい空気を感じる季節となりました。
本気でお久しぶりです。眠り姫です。
リアルの方で忙しかったがために、全く書いておりませんでした。
Xの喜劇は話の筋が混み合って来てしまったがため今整理中です☆
普段、プロットなんてしらねぇッついて来やがれ! って態度で書いて来たのが仇になりました。
話と話を繋げるのって大変なんですね。今更すぎて笑えもしないわ。
そうして腕鳴らしと現実逃避に書いた小説もいつも通り腐ったものです! 通常運転!
コンテストに全然人が来てくれなくて悲しい。
人のオマージュ小説が読みたいだけなんだけど。私の知名度とプロフィールのせい? 腐女子故?
ま、ええわ。
ではこの辺で。
ここまで見てくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
眠り姫