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甘泥々を泳ぎ役者
土砂降りの廃工場の鉄の匂いと雨音が混ざり合う中、レッグウィッグは自らの腹部に突き刺さった巨大な鉄筋を、汚い言葉と共に引き抜いた。腹の中から鉄が血とともに噴き出しては皮膚を縫うようにして滴り落ち、全て落ちた後には鉄の抜かれた傷口はすっかりと塞がっていた。レッグウィッグの視線の先には、灰色のコートを纏った一人の男が立ち、男の喉元には、先ほどレッグウィッグが叩き込んだはずのナイフが深々と刺さっていた。だが、男は声も出さないまま平然とそれを引き抜いて傷口は、まるで映像を巻き戻すかのようにレッグウィッグと、まったく同じで一瞬にして塞がっていた。
「……ああ、なんだ。同類かよ、最悪だな……」
「おい、そういうのは報告しろよ。アンデットだけに案が出ないのか?」
通信越しに軽口を叩いたアルビーの声には、いつになく緊張が混じり、どことなく不安や心配がミキサーでぐちゃぐちゃになっているものを飲み干したような不安定さが控えていた。
「ん……俺と同類っぽいが……痛みを感じてないのかもな、あれ」
「へぇ、お前の上位互換ってことか」
「言い方が酷いな」
レッグウィッグの死に戻りは、常に壮絶な激痛を伴い、細胞が無理やり増殖するたびに、彼は自らの人間性が削れる音を聞くが、目の前の男にはそれがない。ただ機械的に、効率的に、対象を破壊するためだけに肉体を復元し続けている。
「いいか、レッグウィッグ。そいつはかつて、こっちが廃棄した失敗作だ。お前のような成功例じゃない。痛覚を切り離し、ただ再生の連鎖に陥った『生ける屍』だ」
「へぇ~……超ホラーじゃん?最悪な仕様だな」
男が地を蹴り、目にも留らぬ速さで軽口を切り裂くように肉を刈り取る。レッグウィッグの腕が、肩から先を容易く刈り取られて鮮血が舞い、焼けるような痛みが彼を襲っていた。
「っ、ぃ゙……アクション、激しいンだってェ!……あっ」
激痛の奔流の中で、レッグウィッグの脳裏に、焼けた実験室の光景がフラッシュバックする。かつて彼は、名もなき兵士だった。爆発に巻き込まれ、全身を焼かれ、死を待つだけだったはずの身体に“庭”の前身組織が流し込んだのは、異常な活性を持つ未完成の細胞群。『死なせてくれ』と願った彼の口に、無理やり葉巻を押し込んだ研究員の冷たい指。『お前はもう人間じゃない。国家の、永久欠番だ』と言い放った研究員の名前。名前、名前、名前は?
「……アルビー」
「あぁ?!レッグウィッグ?!目の前の奴に斬らせてから殴れ!お前の取り柄は『痛みに耐えながら動ける』ことだけだろ?!」
アルビーの怒声が、過去の霧を強引に引き裂く。
そうだ。俺はこいつとは違う。痛くて、苦しくて、不真面目な冗談を叩き続けないとやってられない、どうしようもない人間だ。それでいて、庭ん中に土を掘り返してでも、出てくるような骸を植えつけた奴だ。
レッグウィッグは、再生途中の不完全な左腕で、敢えて敵の刃を掴んだ。骨が砕ける音が耳へ響くも、その隙に彼は男の胸元に、完全な自決用の腐食剤を突き立てた。
「……じゃあな、先輩。地獄へ行くなら、俺より先に並んでな。先を譲るよ、俺って紳士だろ?まぁ、先客がいるって、フロントに伝えてくれよ」
言葉を聞いてもくれない腐食剤が男の細胞を内側から崩壊させていく。再生の連鎖が止まり、男が初めて、静かな死へと倒れ込む。その光景を、レッグウィッグは焼け爛れた顔で、どこか悲しげに見つめていた。
「……アルビー」
「なんだよ」
「前に覚えてないって言ってたよな」
「……ああ。なぁ、『言ってほしい』か?」
「言えよ、さっさと」
通信越しの声が、すぐ横の耳元に“アルビー”の声で、『カット!』と呟いた。
「あ〜、もう!最悪だ!ミスったんだよ、ほら起きろ!」
“レッグウィッグ”が倒れている男を少しこづいて、カメラの中の“レッグウィッグ”が少しずつ剥がれ、崩れていく。そうして、そのまま、カメラが止まった。
「お疲れ、“レッグウィッグ”」
「……それ、役名だぞ、“アルビー”」
止まったカメラの外で動く二人の役者が、まだ一拍遅れて笑っていた。“アルビー”は受話器を持ったまま、“レッグウィッグ”は、腹を少し痛そうに抑えたままで。