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信心なる幽霊より火葬
鉄橋が悲鳴を上げ、鋼鉄の巨躯が夜の淵へと沈んでいく。
豪華私鉄レイントン号の残骸が谷底の岩場に激突した瞬間、爆発的な火柱が闇を塗り潰した。
「……っ、が、は……」
ひしゃげた食堂車の瓦礫の下。レッグウィッグだった肉塊が、不気味な音を立てて蠢き始めていた。押し潰された肺が形を取り戻し、焼失した皮膚の下で血管がのたうち回る。骨が接合されるたびに、脳髄を直接炙られるような激痛が身を襲う。
「……あぁ、くそっ!アルビーの……野郎……」
数分前、仲介人は設計図を渡す代わりに、レッグウィッグの眉間に弾丸をぶち込み、仕掛けた爆薬を起動させていた。死ねば任務失敗だが、死ぬことすら許されない「消耗品」には関係がないことだった。ぐちゃぐちゃになった指が、岩場に突き刺さったナイフを掴み、どろりとした再生の痛みに耐えながら、這い出していく。焼け爛れた顔のまま、葉巻を探してポケットを探るが、あるのは無残に折れた吸い殻だけだった。
「予備も全滅かよ……最悪だ……」
視線の先、火の海を抜けて逃走する仲介人の影が見える。手には、国家の命運を分ける『新型生物兵器の設計図』。レッグウィッグは、まだ生温かい自身の再生途中の肉体を無理やり動かし、立ち上がった。足首の骨が未完成で嫌な音を立てるが、構わず一歩を踏み出す。仲介人が車へ身を投じても尚、勢いが緩むことはなかった。
「追いかけっこは嫌いなんだけどなぁ……仕事だな。あ~、嫌だ嫌だ……天引きされた修理費分くらいは、働かねぇと」
地獄の底から這い出してきた亡霊は、折れた脚を引きずりながら、獲物へと向かって静かに走り出し、凄まじい轟音と共に、逃走を図る仲介人の車両へ、文字通り肉弾となって突っ込んでいく。再生が追いつかず、露出したままの筋肉が悲鳴を上げ、仲介人が恐怖に顔を歪めて引き金を引くが、レッグウィッグは弾丸を肉で受け止めながら、その喉笛をナイフで断ち切った。
「悪いな、死ぬのに慣れてるんだ」
喉からナイフの柄に血が垂れ、直後に噴水のように噴き出す生暖かいものを浴びつつ、レッグウィッグは事切れた仲介人の手から、血に汚れた設計図のケースを回収する。それでも安堵の溜息をつく暇はなかった。仲介人の車は制御を失い、断崖のガードレールを突き破る。激しい衝撃に車体は何度も回転しながら、深い谷の底へと転落していった。
レッグウィッグの暗転した意識を呼び戻したのは、鼻を突くガソリンの臭いと、鉄が軋む不吉な音だった。辺りは暗く、何も見えそうにない。新しい罠が牙を剥いていた。
「……痛っ……つぅ、ああ……」
レッグウィッグが目を開けて見た車体は無残にひしゃげ、ひっくり返った状態で岩盤に突き刺さっていた。ドアは岩壁に押し潰され、フロントガラスには土砂が堆積している。彼は、歪んだ座席とハンドルの間に、再生途中の身体を挟み込まれる形で閉じ込められていた。
「おいおい……笑えねぇぞ、これ」
狭い車内に、かちかちと不規則な音が響く。燃料タンクから漏れ出したガソリンが、ショートした配線の火花に触れようとしかけ、慌てて彼は配線を引っ掴み、ガソリンから遠くへ離す。
「おい、アルビー!聞こえるか?ターゲットは、その、いつも通りだ……けど、状況は最悪だ。棺桶に閉じ込められちまった」
耳の奥に埋め込まれた通信機に怒鳴るが、返ってくるのは砂嵐のようなノイズだけで、じわじわと火の手が回りつつある。逃げ場のない狭窄した空間で、レッグウィッグは血を吐き出しながら、不敵に笑った。
「……ま、いいか。どうせ死ぬなら、せめて派手に燃えてから、また『庭』で会おうぜ」
「なに格好つけてるんだ?ダサいぞ」
「うわ、繋がったのかよ」
アルビーの声が聞こえた途端、軽さを覚えたレッグウィッグの声が車内に木霊した。
「さっきも言った通り、早めに死ぬのか棺桶に閉じ込められてる。アルビー、脱出の手当はないか?」
「……いっそのこと、爆発させて出ればいいんじゃないのか?」
「嫌だよ!痛いだろ?!お前、そういうところがあるモテないんだぞ!」
「はぁ、分かった、分かった……お前のポケットに信号拳銃はあるか?」
その声にレッグウィッグが辺りを手探りで探し、拳銃とよく似た形状が手に触れた。
「……多分」
「そうか。車の座席は無事か?」
「な、なんとか……でも、車体がひっくり返ってるな」
「なら、今から下を開くような形になる説明をするぞ」
「下?車の下が開くのか?」
「……元々、組織の車だ。脱出用としてのものだが……敵対組織の罠が仕掛けられているかもしれない」
「……へぇ……それって、助手席にグレネードがあるようなものか?」
「わぉ、そりゃ幸運の車だな」
アルビーがそう茶化した後、レッグウィッグが小さなボタンをいくつか見つけ、手当たり次第に押そうとした瞬間、「変なことしてないだろうな」とアルビーが釘を刺す。
「いや?ちょっと“ボタニスト”の性ってやつが抑えられそうになかったんだ」
「してるんだな、変なことを」
「そういうなよ……で、指示は?」
「いいか、まずはその『手当たり次第』って発想をゴミ箱に捨てろ。その左側、赤いカバーがついたスイッチがあるはずだ……それを上げろ」
アルビーの指示は、火災の熱気に包まれつつある車内でも冷徹に響き、曲がった金属板の隙間に指をねじ込み、強引にそのスイッチを跳ね上げることになった。
「上げたぞ、次は?」
「足元のコンソールボックスを蹴り壊せ。中にある黄色いレバー……緊急パージと書かれたそれを、思い切り引くんだ」
レッグウィッグは再生が追いつかず、まだ皮膚の薄い右脚を振り抜き、プラスチックの蓋を砕いて露出したレバーを掴み、自身の体重をかけて引き抜いていく。凄まじい衝撃と共に、車体の底板が爆発ボルトによって切り離され、ひっくり返った車の下部、つまり今の彼にとっては、頭上の鉄板が吹き飛び、夜空が顔を覗かせる。だが、同時に車内に充満していたガソリンに火が移り、炎が龍のように躍り狂った。
「熱い!おい、アルビー!髪の毛がチリチリだ!」
「贅沢言うな、出口は開いただろ。さっさと這い出せよ……それと、『幸運』が助手席に転がってるらしいぞ」
レッグウィッグが燃え盛る車内を見渡すと、ひしゃげたダッシュボードから無骨な金属の球体が転がり落ち、掌の中にアルビーの予言通りのピンが半分抜けかかった手榴弾が転がり込んでいた。
「……はっ、本当にあったよ。プレゼントが!」
「お前ならそれを抱えて爆風で跳んでも死なないだろ? 回収ポイントまで最短距離で来い。一分でも遅れたら、回収班は撤収させる」
「人使いが荒いなぁ……だからモテないんだろ」
手榴弾を掴み取り、頭上の穴から夜の闇へと身を躍らせる中、レッグウィッグの背後で車が完全に爆発し、熱風が彼の背中を焼き、前方へと押し出す。彼は空中で不敵に笑い、仲介人の返り血と自身の再生組織が混じった顔で、夜の底へと着地した。
「アルビー、コーヒーに塩を入れた件……まだ怒ってるか?」
「……任務を完遂したら、砂糖に変えてやる。早く来い、アンデット」
通信が切れる。レッグウィッグは設計図を胸に抱き、痛みと高揚感が入り混じる足取りで、暗い森の奥へと走り抜けていった。