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つらつら
少なくとも数か月以上前の話。
日記よりの個人の見解。
日記一覧を見ていたら、「書けるはずの小説も書けなくなり、ほかの小説も読めなくなり、とうとう書きたいと思える文章も書けなくなった」という意味を汲み取れた日記が転がっていた。
何かしらのコメントを書こうと思ったのだが、思っただけになった。
余計なお世話かもしれない。どうしても説教臭くなってしまう。
今では更新ストップ。
そんな人は短カフェでは10人以上いる。
というわけで、時間が経ってしまった。ここでつらつらすることにする。
まず、こういったニュアンスの投稿は短カフェ以外のサイトでもよく見かけるタイプのものであり、ありていに言えばスランプ。
とりあえず休んでみたら、というのが一つの提案となる。
燃え尽き症候群のようなものだ。
ガソリンが切れちゃったね、てへへ。そんなもん人生で106回くらいあります。
スランプ=挫折なのです。
そもそも文章書きなんていう種族、年単位で長続きする人は化け物です。
ここでいう化け物というのは、頭がおかしい人だという比喩です。
気にしない。気にしない。休め休め。
しかし、数か月以上経過しても、一向に病状が変わらない。
というものなら、それはスランプではなくて、別の理由を疑ったほうが良いだろう。
飽きてしまった。そうであればそれでよい。今やってることに対して頑張って。
問題は、独りで抱え込んで余計なことを考えているんじゃねえのか、という感じの人。
ほかのサイトであれば、どうなのかは知らん。
しかし、ここ短カフェにおいては、閲覧数もないし誰も見ていないようなものなのだから、基本何を書いてもいいのである。
文字数が短いからダメとか、表現力が乏しいからダメとか。
そんなことを言っている人はいない。何を背負っているのか、という話なのである。
というか、誰からそんなことを言われたのか。
自分だ。
全部、自分だ。
自分の作っている文章に対して、みっともないとか、そういったことを言っているのは、他人ではなく自分なのだ。
自分の心が勝手に言っている。
自分でハードルを作り、それを飛び越えないといけないと勝手に思い込んで、どうして書けないのか、どうして書けなくなったのか。
などと、堂々巡りタイプの自問自答をして、自分を追い詰めて苦しくなっていると思う。
抜け出すための提案を一つ。
新しい文章を書きましょう。
たとえば、エタった小説があったとしても、それを書き直してはいけない。
これは、創作界隈ではやってはいけないと類するものである。
ある種の自傷行為なのかもしれない。
向き合いたくない、新しいものを生み出せないと思っているから過去の文章にすがっている。逃避なのだ、という。
エタった事実は、エタった理由があってエタったのであって、それなりの理由がある。
書き直したく気持ちは分かるけど、書き直せるほど単純なものではない。
かなりの時間をそれと向き合うことになる。多分、書き直せないと思う。また「エタる」確率の方が高い。早い話が諦めて、新しいものに手を付けて肩慣らしをしたほうがよい、という話。