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目次
【第一話】あのチラシが見えたなら
「……ここ、だよな?」
宮下あおいは、手元の薄汚れたチラシと、目の前にある古びた雑居ビルの入り口を交互に見比べた。
財布の中身は、さっき自動販売機で安いお茶を買ったせいで、残高わずか24円。今月の生活費を完全に使い果たしたあおいにとって、街角の電柱で見つけたそのチラシは、まさに蜘蛛の糸だった。
『時給3000円! 未経験者大歓迎! 学歴不問! 業務内容:お悩み相談の受付』
あやしさ100%。裏バイトの可能性すらある。だが、背に腹は代えられない。
「頼むから、真っ当な仕事であってくれ……!」
あおいは意を決して、錆びたた階段を上り、どん詰まりにある『お悩み相談所』と書かれた木製のドアをノックした。
「失礼します! バイトの面接に来た、高校生のあおいです!」
勢いよくドアを開ける。
部屋の中は、どこか線香のような、あるいは古い本のような不思議な香りが漂っていた。外の喧騒が嘘のように静まり返ったその空間の奥、古めかしい応接ソファに、一人の少女が座っている。
あおいと同じ高校生くらいに見える少女だった。
黒髪を無造作に伸ばし、美人だが、ガラス細工のように冷たい無表情。彼女は、あおいの乱入にも眉一つ動かさず、手元にある大きな大福を、もぐ、もぐ、と小さな口で熱心に頬張っていた。
「あの……」
あおいが声をかけると、少女はゆっくりと大福を飲み込み、お茶をズズッとすする。そして、ゴミを見るかのような冷ややかな視線をあおいに向けた。
「……何? ここはあんたみたいな人間が迷い込む場所じゃないんだけど」
「いや、バイトの募集を見て来たんですけど!」
あおいは慌てて、握りしめていたチラシを差し出した。
少女――雫は、そのチラシを一瞥すると、ほんの一瞬だけ、その綺麗な眉をピクリと動かした。彼女はあおいからチラシをひったくるように奪い取ると、じっと見つめる。
「……これ、どこで拾った?」
「拾ったんじゃなくて、そこの商店街の電柱に貼ってあったんです。時給3000円って本当ですか?」
雫はふっと鼻で笑い、チラシを机に放り投げた。
「本当なわけないでしょ。それ、20年前に私が剥がし忘れたヤツだから」
「はぁ!?」
あおいの口から、素っ頓狂な声が出た。
「20年前!? え、じゃああんた何歳……っていうか、剥がし忘れってどういうことですか!?」
「そのままの意味。20年前、この街の妖怪どもを集めるために私が貼って回った募集要項。当時としては破格の条件だったんだけどね」
雫はそう言うと、ソファの背もたれに深く寄りかかり、値踏みするような目で、あおいを頭のてっぺんから足の先まで凝視した。
「……でも、おかしいな。これには、人間には見えないように『認識阻害の術』をかけてあったはずなんだけど」
雫の瞳が、妖しく細められる。
「それが見えるなんて。……アンタ、ただの人間にしては、ずいぶんと『目』がいいみたい。合格」
「はい?」
あおいは呆然とした。
「決定。今日からアンタは私の助手。時給は……そうね、20年前の『妖怪レート』で払ってあげる。だいたい、う〇い棒3本分くらい?」
「安っっっ!!! 暴動起きるわ!! ちょっと待ってください、俺バイトなんか――」
あおいが文句を言おうと一歩踏み出した、その時。
ドゴォン!! と、相談所の頑丈なドアが、内側へ向かって激しく吹き飛んだ。
「た、助けてくださーーーい!! 先輩がたぁーーー!!」
飛び込んできたのは、涙目でセーラー服を着た、だが全身がかすかに透けている、見知らぬ女子高生だった。
「うわあああ!? 幽霊!?」
あおいは思わずソファの後ろに飛び退いた。
「違う。……あれはトイレの花子さん。一応、怪異のくくりね」
雫は驚きもせず、最後の大福を口に放り込みながら冷静に呟いた。
花子さんは床に膝をついたまま、すがるような目で雫を見上げる。
「聞いてください雫さん! 私、今春新しく開校した『私立 瑞穂ガ丘高校』の女子トイレに配属されたんです! 念願の新築、念願のピカピカトイレだったのに……!」
「いいじゃない、綺麗で」
お茶を飲み干した雫が、めんどくさそうに返す。
「良くないです!!」
花子さんは床をバンバンと叩いた。
「最新式のトイレ、設備が良すぎるんです! 個室に入ったら自動でフタが開くし、最新の〇姫が爆音で流れるし、何よりLEDライトが明るすぎて影が一つもできないんですよ! 3番目の個室で『あ〜そ〜ぼ〜』って声をかけても、床がピカピカすぎて私の顔が反射して、ただの自撮りみたいになっちゃうんです! 全然、人間をおどかせません!!」
「……は?」
あおいはソファの陰から恐る恐る顔を出した。
「あの、すいません。おどかせないって……悩みの方向性、そっち?」
「当たり前じゃない! 私たち都市伝説は、人間に怖がられてナンボなのよ! このままだと『怖くない、ただの不審者』として私の存在価値が消えちゃう! お願いです雫さん、現代のハイテクトイレでも通用する、最新のおどかし方を教えてください!!」
花子さんは床に額をこすりつけ、必死に懇願した。
雫はふぅ、と深いおため息をつくと、顎でこっちを指した。
「……聞いた? あおい。今の人間は『ドロドロ〜』って出るだけじゃ驚かないの。時代に合わせなきゃ。アンタ現役の高校生でしょ。今のガキが一番恐怖を感じるものを、この子に教えてあげなさい」
「え、俺に振るの!?」
あおいは目を丸くした。
「当然でしょ。アンタは私の助手なんだから、これくらい働きなさい。さもないと、さっきの時給すら無しよ」
「理不尽すぎるだろ!!」
あおいは頭を抱えた。だが、ギラギラした目で自分を見つめてくる花子さんのプレッシャーに耐えかね、必死に知恵を絞る。
(今の高校生でもビビるもの……? トイレの中で、起きてほしくない絶望的な状況って、なんだ……?)
次回、解決編
はじめまして!作者の「かしわ餅」と申します
私ここに小説を投稿するのが初めてでして、慣れないところもありますが暖かい目で見て頂けると嬉しいです!
この妖怪相談所はシリーズ化させようと思います。雫ちゃんとあおいくんの恋愛事情や可愛い仲間も増えますので⋯(笑)
次回もお楽しみに!
【第二話】現代社会と花子さん
あらすじ(細かく知りたい方は第一話を見ることをオススメします)
金欠高校生の宮下あおいは、半強制的に「雫」という妖怪がいとなむ妖怪相談所でバイトをすることになった。
1人目のお客さんは「トイレの花子さん」。
現代のトイレがハイテクすぎて困っているという⋯。
じゃあ、現代でしかできないやり方でやれってことですよね?」
不敵に笑うあおいに、雫は少し意外そうな目を向け、もぐもぐと口を動かすのを止めた。花子さんは涙を拭い、期待に満ちた目で身を乗り出す。
「現代でしか、できないやり方……?」
「そう。今の高校生は、トイレの個室に入ったら何をしてると思う? 大半がスマホを見てるんだよ。だったら、おどかす舞台はトイレの空間そのものじゃなくて、スマホの画面の中だ」
「スマホの⋯中?」
翌日の夕暮れ時。あおいが通う『私立 瑞穂ガ丘高校』の、新築ピカピカの女子トイレ。
一人の女子生徒が、誰もいない個室に入り、便座に座ってスマホの画面を眺めていた。LEDの白い光が室内を明るく照らし、怪しい雰囲気は微塵もない。
生徒がいつも通り、SNSのタイムラインをスクロールしていた、その時。
ぶるり、とスマホが震えた。
画面が突然暗転し、数秒のノイズのあと、勝手に「インカメラ(自撮りモード)」が起動する。
「えっ……? 何これ、バグ?」
生徒は首を傾げ、画面に映る自分の顔を見つめた。
だが、すぐに違和感に気づき、背筋が凍りつく。
画面に映る自分の、ちょうど真後ろ。
本来なら誰もいないはずの狭い個室の壁から、じっとこちらを見つめる、セーラー服を着たおかっぱ頭の少女の顔が……くっきりと映り込んでいたのだ。
『あ・そ・ぼ』
スマホのスピーカーから、背後から囁かれているような生々しい声が響く。
「ひ、いやああああああああああ!!!」
生徒はスマホを床に放り出し、悲鳴を上げて個室から飛び出していった。
誰もいなくなった個室で、床に落ちたスマホの画面から、花子さんが「にやぁ」と満足そうな笑みを浮かべて這い出てくる。
「――っていう都市伝説が、今日さっそく学校で大バズりしてたわ。おかげで俺、女子トイレの近くを通るだけでなんかドキドキするんだけど」
放課後、相変わらず埃っぽい『妖怪相談所』のソファで、あおいは深くため息をついた。
「いいじゃない。実績第一。これで花子さんの存在も保たれたわ」
雫は窓辺の席で、嬉しそうに何かを頬張っている。
「いや、実績はいいんですけど、俺の給料は……?」
あおいが手を差し出すと、雫は満足げに息を吐き、机の上に何かを置いた。
それは、あおいの高校の購買で、毎時間10個しか販売されない幻の「限定高級メロンパン」が3個だった。
「はい、今回の報酬。花子さんからのお礼。人間のお金は持ってないって言うから、代わりにこれをむしり取っておいてあげたわ」
「いや、現金じゃないんかい!!」
あおいのツッコミが室内に響き渡る。
「……何よ、不満? 私の取り分は2個、アンタは1個。有難く食べなさい」
雫はすでにメロンパンの袋を破り、目をキラキラさせながら大きな一口をかじっていた。その瞬間だけは、いつもの冷徹な無表情が消え、本当に幸せそうな少女の顔になる。
「(う、食べてる時の顔は可愛いお嬢さんだな⋯)って、騙されるか!俺の時給はどう考えてもこれじゃ足りねえだろ!」
「別に何も騙しちゃいないんだけど。ま、そういうことだから明日からも来なさいよ。」
雫はそう言って、窓の外の赤く染まった街を見つめた。
こうして、金欠高校生と食いしん坊な妖怪の、奇妙な相談所の日常が幕を開けたのだった。