幼い頃に生き別れた兄弟のお話。
弟:蒼(あお)
兄:雷(らい)
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目次
知らなかった兄の存在。
高校二年生の蒼は、自分が一人っ子だと思って生きてきた。
母もそう言っていたし、疑ったこともなかった。
ある夏の日までは。
その日、蒼は母の代わりに市役所へ書類を取りに行った。
窓口で待っていると、職員が何かを確認しながら首をかしげた。
「ご兄弟の方のお名前も確認しますね」
「え?」
蒼は思わず聞き返した。
「兄弟なんていませんけど」
職員は慌てて画面を閉じた。
「あ、失礼しました。こちらの確認ミスです」
だが、その一瞬だけ見えた。
パソコン画面に表示されていた名前。
「神崎 雷」
家に帰った蒼は気になって仕方がなかった。
夕食の時、何気なく聞いてみる。
「雷って名前、知ってる?」
その瞬間。
母が持っていた箸を落とした。
カラン、と乾いた音が響く。
顔色が真っ青だった。
それだけで蒼は確信した。
何かを隠している。
その夜。
母が寝た後、蒼は押し入れを探した。
別に悪いことだとは思わなかった。
ただ知りたかった。
自分の家族のことを。
奥にしまわれた古い箱の中から、一通の封筒が見つかった。
封は開いていた。
中には一枚の写真。
そこには幼い男の子が二人写っていた。
肩を組んで笑っている。
一人は幼い頃の蒼。
もう一人は見覚えがない。
けれど、不思議だった。
顔がそっくりだった。
写真の裏には文字がある。
「蒼と雷 5歳の誕生日」
蒼の心臓が大きく鳴った。
知らない名前。
知らない少年。
なのに、どこか懐かしい。
次の日。
蒼は学校を休んだ。
写真を持って、市役所へ向かった。
何か手がかりが欲しかった。
だが当然、個人情報だからと教えてもらえない。
諦めて帰ろうとした時だった。
市役所の出口で、一人の青年と肩がぶつかった。
「すみません」
相手も同時に謝る。
顔を上げた瞬間。
二人とも固まった。
蒼は言葉を失った。
相手も同じだった。
鏡でも見ているのかと思うほど似ていた。
目。
鼻。
笑った時にできるえくぼまで。
全部同じ。
青年は写真を見る。
そして顔色を変えた。
「その写真……」
震える声だった。
蒼も写真を握りしめる。
「この人、知ってるんですか?」
青年は答えない。
ただ写真の裏に書かれた名前を見つめていた。
そして、小さく呟く。
「……蒼?」
蒼の全身が凍りついた。
初対面のはずだった。
名前を言った覚えはない。
なのに、どうして。
青年の目には涙が浮かんでいた。
今にも泣きそうな顔で笑う。
「やっと会えた」
その一言を聞いた瞬間。
蒼はすべてを悟った。
この人だ。
この人が、
ずっと知らなかった自分の兄なんだ。
しかし次の瞬間、雷は苦しそうに笑った。
「ごめんな、蒼」
「え?」
「本当は……会わないつもりだったんだ」
その言葉の意味を、
蒼はまだ知らなかった。
兄が16年間隠し続けてきた秘密。
そして二人が引き離された本当の理由を。
読んでくれてありがと〜!
知らなかった兄の存在。⑵
「本当は……会わないつもりだったんだ」
雷の言葉に、蒼は混乱した。
せっかく見つかった兄弟なのに。
どうしてそんなことを言うのか。
「待って」
蒼は雷の腕を掴んだ。
「ちゃんと話してよ。俺たち兄弟なんだろ?」
雷はしばらく黙り込んでいた。
やがて諦めたように小さくうなずく。
「場所を変えよう」
二人は近くの公園へ向かった。
夕暮れのベンチ。
子どもたちの笑い声が少しずつ遠ざかっていく。
雷は空を見上げながら話し始めた。
「俺たちは双子だった」
蒼は黙って聞いた。
「でも五歳の時に別れた」
「なんで?」
雷は苦しそうに笑った。
「それが俺も全部は知らないんだ」
雷の話によると、ある日突然、母に連れられて遠くの町へ引っ越したらしい。
父も蒼もいなかった。
雷は何度も泣きながら聞いた。
『蒼はどこ?』
『お父さんは?』
そのたびに大人たちは困った顔をした。
そして決まって同じことを言った。
「蒼なんて子はいない」
「そんなはずないだろ!」
蒼は思わず声を上げた。
雷はうなずく。
「俺もそう思ったよ」
でも、子どもだった。
大人に何度否定されても、一人では何もできなかった。
やがて雷は自分の記憶がおかしいのではないかと思うようになった。
しかし十五歳になった頃。
亡くなった父の遺品整理をしていた時だった。
古い箱の中から、一枚の写真が見つかった。
そこには幼い雷と蒼が写っていた。
裏にはこう書かれていた。
『蒼と雷、5歳の誕生日』
雷は泣いた。
忘れたことなんて一度もなかった。
夢の中で何度も会っていた兄弟が、本当にいたのだと知ったから。
「それからずっと探してた」
雷は言った。
「役所、学校、昔住んでた町。手がかりを探し続けた」
「じゃあ、なんで会わないつもりだったんだよ」
蒼が尋ねる。
すると雷の表情が曇った。
「蒼」
静かな声だった。
「お母さんは元気か?」
「え?」
「ちゃんと笑ってるか?」
蒼は戸惑った。
「普通だと思うけど」
雷は少し安心したように目を閉じた。
「ならよかった」
「だから何なんだよ」
「俺が現れたら、母を苦しめると思ったんだ」
蒼には意味が分からなかった。
母が苦しむ?
なぜ。
雷は深く息を吐いた。
そして言った。
「俺たちが別れた理由は、お父さんの事故じゃない」
「……え?」
「その事故の前から、家族は壊れてたんだ」
蒼の背筋が冷たくなる。
雷の目に悲しみが浮かんでいた。
まるで思い出したくない記憶を見るように。
「五歳のあの日」
雷は震える声で続けた。
「母さんは俺を連れて家を出た」
「なんで」
「父さんが、お前を連れて行けって言ったからだ」
蒼は息を呑んだ。
「そんなわけ……」
「俺も信じたくない」
雷はうつむく。
「でも聞いてしまったんだ」
風が吹いた。
空がゆっくりと赤く染まっていく。
「蒼」
雷はポケットから一枚の封筒を取り出した。
古びた茶色の封筒だった。
何度も開いた跡がある。
「これは父さんが亡くなる前に残した手紙だ」
蒼の目が大きく開く。
「父さんの……?」
「ずっと渡すか迷ってた」
雷は震える手で封筒を差し出した。
「でも、お前には知る権利がある」
蒼はゆっくり受け取る。
封筒の表には、自分の名前が書かれていた。
見覚えのない字。
けれど不思議と温かい字だった。
その時だった。
突然、スマートフォンが鳴った。
母からだった。
「蒼!」
電話の向こうで母が叫ぶ。
今まで聞いたことのない声だった。
「今すぐその人から離れなさい!」
蒼は凍りつく。
どうして。
なぜ母が雷といることを知っているのか。
そして次の言葉に、蒼は耳を疑った。
「その人はあなたのお兄ちゃんじゃない!」
夕焼けの公園で。
雷は静かに目を閉じた。
まるで、この言葉を知っていたかのように。
読んでくれてありがとう!
知らなかった兄の存在。⑶
「その人はあなたのお兄ちゃんじゃない!」
母の叫び声が、スマートフォン越しに響いた。
蒼は言葉を失った。
目の前には雷。
写真と同じ顔。
自分とそっくりな顔。
初対面なのに自分の名前を知っていた人。
そんな人が兄じゃない?
「どういうことだよ、母さん」
『お願いだから帰ってきて!』
「説明して!」
『帰ってきたら全部話す!』
電話は切れた。
重い沈黙が流れる。
先に口を開いたのは雷だった。
「母さん、そう言ったんだな」
不思議なほど落ち着いた声だった。
驚いている様子もない。
まるで予想していたように。
「知ってたのか?」
蒼が尋ねる。
雷は小さくうなずいた。
「たぶん、こうなると思ってた」
「何を隠してるんだよ」
「……まだ言えない」
「なんでだ!」
蒼は立ち上がった。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
兄弟だと言われたと思ったら違うと言われる。
いったい何が本当なのか。
雷は封筒を見つめた。
「その手紙を読めば分かるはずだ」
「父さんの手紙……」
「読め」
静かな声だった。
「全部」
蒼は封筒を開いた。
中には一枚の便箋。
少し黄ばんでいる。
父の字だった。
蒼へ。
もしこの手紙を読んでいるなら、私はもういないだろう。
まず謝らなければならない。
私はお前に、大切なことを隠している。
蒼の手が震えた。
雷は、お前の兄として育つはずだった子だ。
だが血のつながった兄ではない。
蒼の心臓が大きく鳴る。
十五年前のある夜。
病院で大きな事故が起きた。
その混乱の中で、生まれたばかりの子どもが行方不明になった。
その子が雷だ。
蒼は目を見開いた。
雷も黙って聞いている。
私はその子を見つけた。
しかし事情があった。
雷は家族の元へ戻れなかった。
だから私は、自分の息子として育てようと決めた。
蒼の頭が真っ白になる。
私は蒼と雷を同じように愛していた。
だが雷の本当の家族が見つかった。
そこで二人は離れ離れになった。
いつか真実を伝えるつもりだった。
しかし私は臆病だった。
便箋に小さな涙の跡が残っていた。
父が書いたものなのか。
それとも誰か別の人なのか。
最後の一文を見て、蒼は息を止めた。
雷は血のつながりがなくても、間違いなくお前の兄だ。
どうか兄弟でいてほしい。
蒼はゆっくり顔を上げた。
夕日が沈みかけている。
目の前の雷は泣いていた。
「知ってたのか……?」
蒼の声は震えていた。
雷は笑った。
「高校生になってから知った」
「じゃあ本当の家族は」
「見つかったよ」
「会ったのか?」
雷は首を横に振った。
「会えなかった」
それはあまりにも悲しい言葉だった。
「どうして?」
蒼が尋ねる。
雷は空を見上げる。
しばらくして答えた。
「もう、いないんだ」
風が止まった気がした。
「探し当てた時には、父親も母親も亡くなってた」
雷は笑おうとした。
でも笑えなかった。
「だから俺にとって家族は、おじさんとおばさんだけだった」
おじさん。
おばさん。
つまり蒼の両親だ。
「俺、本当は怒ってたんだ」
雷が言う。
「なんで離されたんだろうって」
「……」
「でも大人になって分かった」
雷は涙をぬぐった。
「育ててもらった十五年間は本物だった」
蒼は何も言えなかった。
血がつながっていない。
だけど一緒に遊んだ。
一緒に笑った。
一緒に育った。
その時間まで嘘になるわけじゃない。
すると雷は突然立ち上がった。
そして少し照れくさそうに笑う。
「蒼」
「なんだよ」
「一個だけ夢があったんだ」
「夢?」
「お前とまた兄弟になりたかった」
その言葉を聞いた瞬間。
蒼の目から涙がこぼれた。
血なんてどうでもよかった。
本当の兄かどうかなんて関係なかった。
目の前にいるのは。
ずっと会えなかった大切な家族だった。
蒼は立ち上がる。
そして雷を強く抱きしめた。
「おかえり、兄ちゃん」
雷の肩が震える。
何年も我慢してきた涙があふれ出していた。
夕焼け空の下で。
離れ離れだった兄弟は、ようやく再会した。
しかし二人はまだ知らない。
父が命を懸けて隠したもう一つの真実を。
その真実が、二人の運命を大きく変えることを。
読んでくれてThank you.