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知らなかった兄の存在。⑵
「本当は……会わないつもりだったんだ」
雷の言葉に、蒼は混乱した。
せっかく見つかった兄弟なのに。
どうしてそんなことを言うのか。
「待って」
蒼は雷の腕を掴んだ。
「ちゃんと話してよ。俺たち兄弟なんだろ?」
雷はしばらく黙り込んでいた。
やがて諦めたように小さくうなずく。
「場所を変えよう」
二人は近くの公園へ向かった。
夕暮れのベンチ。
子どもたちの笑い声が少しずつ遠ざかっていく。
雷は空を見上げながら話し始めた。
「俺たちは双子だった」
蒼は黙って聞いた。
「でも五歳の時に別れた」
「なんで?」
雷は苦しそうに笑った。
「それが俺も全部は知らないんだ」
雷の話によると、ある日突然、母に連れられて遠くの町へ引っ越したらしい。
父も蒼もいなかった。
雷は何度も泣きながら聞いた。
『蒼はどこ?』
『お父さんは?』
そのたびに大人たちは困った顔をした。
そして決まって同じことを言った。
「蒼なんて子はいない」
「そんなはずないだろ!」
蒼は思わず声を上げた。
雷はうなずく。
「俺もそう思ったよ」
でも、子どもだった。
大人に何度否定されても、一人では何もできなかった。
やがて雷は自分の記憶がおかしいのではないかと思うようになった。
しかし十五歳になった頃。
亡くなった父の遺品整理をしていた時だった。
古い箱の中から、一枚の写真が見つかった。
そこには幼い雷と蒼が写っていた。
裏にはこう書かれていた。
『蒼と雷、5歳の誕生日』
雷は泣いた。
忘れたことなんて一度もなかった。
夢の中で何度も会っていた兄弟が、本当にいたのだと知ったから。
「それからずっと探してた」
雷は言った。
「役所、学校、昔住んでた町。手がかりを探し続けた」
「じゃあ、なんで会わないつもりだったんだよ」
蒼が尋ねる。
すると雷の表情が曇った。
「蒼」
静かな声だった。
「お母さんは元気か?」
「え?」
「ちゃんと笑ってるか?」
蒼は戸惑った。
「普通だと思うけど」
雷は少し安心したように目を閉じた。
「ならよかった」
「だから何なんだよ」
「俺が現れたら、母を苦しめると思ったんだ」
蒼には意味が分からなかった。
母が苦しむ?
なぜ。
雷は深く息を吐いた。
そして言った。
「俺たちが別れた理由は、お父さんの事故じゃない」
「……え?」
「その事故の前から、家族は壊れてたんだ」
蒼の背筋が冷たくなる。
雷の目に悲しみが浮かんでいた。
まるで思い出したくない記憶を見るように。
「五歳のあの日」
雷は震える声で続けた。
「母さんは俺を連れて家を出た」
「なんで」
「父さんが、お前を連れて行けって言ったからだ」
蒼は息を呑んだ。
「そんなわけ……」
「俺も信じたくない」
雷はうつむく。
「でも聞いてしまったんだ」
風が吹いた。
空がゆっくりと赤く染まっていく。
「蒼」
雷はポケットから一枚の封筒を取り出した。
古びた茶色の封筒だった。
何度も開いた跡がある。
「これは父さんが亡くなる前に残した手紙だ」
蒼の目が大きく開く。
「父さんの……?」
「ずっと渡すか迷ってた」
雷は震える手で封筒を差し出した。
「でも、お前には知る権利がある」
蒼はゆっくり受け取る。
封筒の表には、自分の名前が書かれていた。
見覚えのない字。
けれど不思議と温かい字だった。
その時だった。
突然、スマートフォンが鳴った。
母からだった。
「蒼!」
電話の向こうで母が叫ぶ。
今まで聞いたことのない声だった。
「今すぐその人から離れなさい!」
蒼は凍りつく。
どうして。
なぜ母が雷といることを知っているのか。
そして次の言葉に、蒼は耳を疑った。
「その人はあなたのお兄ちゃんじゃない!」
夕焼けの公園で。
雷は静かに目を閉じた。
まるで、この言葉を知っていたかのように。
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