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目次
シティ・ロマンス 第一話
いつもの時間。
僕はピアノを弾く。
普通の奏者は鍵盤に目が行くだろう。
ただ、僕だけは一瞬、どうしてもよそ見してしまう。
今日はマグカップに500円玉が入っている。
小遣い稼ぎに始めたストリートピアノ。
バイト帰りのこの時間。幸せだ。
---
いつもの、海が見える公園。
コンビニで適当にパンを買い、持って行く。
最近、移動遊園地が来ているらしい。
荷物をベンチに置き、隅の自販機へ。
置き引きが怖いが、この味に変えられるものはない。
瓶で飲むジンジャーエール。
大学生なのにお酒が飲める年齢じゃない僕は、これだけが最高の食の娯楽。
ベンチに戻ると、1人の女性が座っていた。
「あの…」
「ん?あぁ、先客がいたか。気にしないで」
いや、どけよ。
仕方なく僕は隣へ座る。
「君、冴えない顔してるね」
「な、なんですか急に」
失礼にも程があると思う。
「ここにはよく来るの?」
「まあ、一応大学ある日は…」
「ふーん。名前なんていうの?」
急にプライベートなところへ突っ込んできた。
「清水…です」
「下の名前は?」
「智也です。清水智也」
その女性にはどこかミステリアスな印象があった。首にかかった三日月のネックレスや、その顔立ちがそう思わせるのかもしれない。
僕は女性にとっととどいてもらおうとスマホを開いた。
【人気漫画家 肩叩き陽一氏に殺害予告 イタズラか】
【男性が飛び降り 肩に銃撃の跡】
【新幹線が予告なく運行休止 謝罪出ず】
なかなか目を背けたくなるラインナップだ。
「見たくないんでしょ?」
女性がまだいることに驚いた。
「そんなもの見ないで、私と話そ」
彼女の顔はメリーゴーランドの明かりに照らされ、鮮明に見えた。
シティ・ロマンス 第二話
「話って言っても…」
「なんかさ、あるじゃん。友達とどこ行ったーとかさ」
「ないですね」
「趣味とかないの?」
「趣味って言ったらアレですけど…」
「なにー?あ、ちょっと待って、当てる」
僕はピアノ演奏と言うつもりだ。特段見た目でわかるようなものじゃないから、当てられないだろう。
「手開いてみて」
言われるがまま膝に手を置き指を開いた。
「はい、ビンゴ。ピアノでしょ?」
「え!?」
「驚いてやんの。わかっちゃうんだなぁ私は」
「なんでわかったんですか?」
「普通の人は手を開けって言われたら手のひら見せてくるでしょ。それにそんな姿勢の人、なかなかいないし。あとは…雰囲気?」
ただ言葉が出なかった。情けない顔をした僕を横目に彼女はタバコに火をつけた。
「あの…名前って…」
「サクラだ。佐藤の佐に、倉庫の倉、かな。下の名前は言わない」
僕には名前を聞いてきたのに自分だけ苗字だけなんて卑怯だ。そんなことを思いながら時計に目をやるともう十時。
「あ、僕もう帰ります。また明日大学なんで」
「そう。ばいばい」
パンの残りをリュックサックにしまっているうちに佐倉さんが質問してきた。
「遊園地いつまでいるか知ってる?」
「知らないですよ」
「そう、じゃ気をつけて」
その言葉を背中に僕は帰路へ着いた。
シティ・ロマンス 第三話
「下手くそ!うるさいぞ!」
遠くから声が聞こえた。たまにくるおじさんの声だ。
僕は演奏をやめなかった。これこそ彼に対する最大の反撃だと勝手に思っている。ざまぁねぇな。
指先が作る椎名林檎が今日はアップテンポだと感じる。ミスをしそうで怖い。
---
「やっほー」
公園に行くとまた佐倉さんがいた。
「こんばんは」
「また浮かない顔してるねぇ。絵に描いたような落ち込み方じゃないか。はははっ」
「笑い事じゃないですよ。大変だったんですから、もう」
「そんな怒ることないじゃん。で、なにがあったの?」
「…ピアノが趣味で、駅で演奏してたんですけど、ミスっちゃって」
「そんだけか。つまんねーの」
そんだけなんて言っても、僕にとっては大問題なんだ。
「あ、今怒ったでしょ」
「当たり前ですよ。僕にとっては大変なことなんですから」
「じゃあ私の昔会ったやつの話でもする?」
「昔ね、変な男の人に会ったんだ。『俺は今会社で大成功しかけてる。そろそろ社長になれるかもしれない。もし俺が社長になったら、結婚して欲しい』なんて言っちゃって」
「借金までして色々進めてたんだって。でもねー、直前で信頼してた部下が逃げて、2000万負けてた」
「その挙句一文無になったそいつは借金返すためにまた借金、その借金返すために…っていう風になっちゃったんだ」
そこまで行くと僕のさっきのミスなんてどうでも良くなってきた。
「ありがとうございます。気が休まり…」
「本当に話したいのはこっからだから!私の話を聞け!」
「はいっ」
「お利口さん」
「それでね、裏社会の人に頼むようになっちゃったんだ。ま、それも返すの遅れに遅らせて」
「そんなことしてるうちにもうカンカンになっちゃって。ちっちゃいグループの2人に小刀でお腹切られて内臓売られて死んじゃった」
「えっ!?」
急展開すぎて声が出てしまった。グロすぎる。
「驚いた?はっはっは!」
「嘘だったんですか…?」
それは確認というより希望だった。頼むから嘘であってほしい。
「全然マジだよ。怖い?」
「怖すぎるでしょ…」
シティ・ロマンス 第四話
さっきの話を聞いてやけに喉が渇く僕はジンジャエールをもう1瓶飲み干してしまった。
「飲み物買ってきます」
「うぃー」
自販機まで歩き購入しようとしたところで、回収ボックスに入れようと思っていた空き瓶を持ってないことに気がついた。
「おかえりー。早かったね」
「忘れ物しちゃって」
「あ、じゃあはい」
佐倉さんはタバコを咥えた。
「ほい、火。ライターあるから、これ」
「僕のことなんだと思ってんですか」
「内臓売っちまうぞ〜っ」
「ごめんなさい」
消化ができなくても嫌なので僕はライターを受け取った。
火をつけた瞬間、とんでもない火力の火が飛び出してきた。
「うわっ!!」
「はっはっは!引っかかった〜」
「ひどい!あんまりだ!」
僕は空き瓶を手に取り歩き出した。
---
ベンチに帰ると佐倉さんはしょんぼりしていた。
「何してるんですか」
「落ち込んでる」
「なんで」
「君がそんなに怒ると思ってなかった」
「もうしないでくださいね!」
「わかったから機嫌直してよう」
こういう時だけ仔猫のような顔をしてくるから驚きである。
「じゃあなんか面白い話してくださいよ」
「ん〜…中世の独裁者の話?」
「興味ないです」
「じゃあ、メリーゴーランドの女神様の話とか?」
「御伽話じゃないですか。なんか僕知ってますよそれ」
「…ん、もうない」
「ないことはないでしょ」
「ないんだもん。いい加減許してよ〜」
「はぁ…わかりました」
「やったね!」
---
「じぁあ僕そろそろ帰ります」
「えーもう?」
「もう散々喋ったじゃないですか」
「わかったよ、ばいばい」
「おやすみなさーい」
公園から出る間際、後ろを振り返ってみた。タバコを吸い、メリーゴーランドの、乗降口の真上、月の看板を見ていた。
シティ・ロマンス 第五話
今日も公園で一休み。
「いつもピアノで何弾いてるの?」
「えっとー、いろいろ弾いてますけど、最近はMrs.GreenAppleとかですね」
「ふーん、知らない」
「本当ですか?すごい流行ってるのに」
「そんな最近の音楽聴く機会ないもん」
「じゃあ何聞くんですか」
「最近は聞かない。ビートルズとオアシスしか覚えてない」
---
「ねえ、タバコ隠れて吸っちゃおとか思わないの?」
「嫌ですよ、ダサいし」
「今ちょっとカッコつけたでしょ」
「してないですよそんなの」
「嘘だ絶対したよ」
「…」
「…」
「私があんたくらいだった頃何してたかな…」
「今何歳くらいなんですか?」
「レディに年なんか聞くかね普通。こりゃモテ期は当分先かな」
---
「すいません、もう僕帰ります」
「え、今日早くない?」
「明日みんなで遊び行くんです。熱海まで」
「ひどーい!もうちょっといてくれたっていいのに」
「しょうがないですよ、んじゃ」
「………しかないのに」
「え?」
「なんでもない。熱海楽しんで」
「はぁ、ありがとうございます」
最後の一言がなぜかとても重大なことを隠してるみたいで、僕は聞き取れなかったことを悔やんだまま帰った。
シティ・ロマンス 第六話
熱海の旅館で変な夢を見た。
小さい時のことをそのまま流しているような夢だった。
ただ、人の声とか音は聞こえなかった。
ピアノの曲が流れているだけだった。
お袋が隣で僕におとぎ話をしてくれてた。
とっても素敵で、神秘的で、ファンシーなお話だったことは覚えている。
ただ、内容は覚えてない。
---
東京へ戻ってきた。
大学は明日も休みだが、お土産を渡すため公園に行った。
「あ、おかえり〜」
「毎日ここにいるんですね」
「そりゃそうよ。ここにしか居れないんだもん」
「何言ってるんですか。そんなことより、ほら。お土産」
「買ってきてくれたの!?」
「はい、一応。チーズケーキです」
「…」
佐倉さんの頬に涙が伝っていた。
「ど、どうしたんですか」
「嬉しい…」
「そんな…大したものじゃないし…」
「人から旅行のお土産もらうのとか初めてだもん」
「喜んでくれたみたいで、何よりです」
「ありがと」
シティ・ロマンス 第七話
いくらかの沈黙の後、佐倉さんが口を開いた。
「遊園地、明後日行っちゃうんだって」
「そうなんですか」
「寂しい?」
「うーん…こういう雰囲気も嫌いじゃないですけど…静かにいる方が…なんていうか」
「…そう」
---
「…じゃあ、お土産も貰っちゃったし、今日は思う存分楽しんじゃおっかなぁ!行くぞー!!」
「あ、レポート書かないといけないんで、帰ります」
「は!?」
「うわビックリした」
「もうちょっといてくれたっていいじゃん!」
「そうは言っても単位落としちゃいます僕」
「そんなん知らないよ辞めちゃえ大学なんて」
「そんな!」
「やーだーもっといて、ダメ?」
いつもの数倍輝く佐倉さんの目に僕は逆らうことができなかった。
「…わかりましたけど、パソコンとか持ってきてないんで一回帰りますよ。また戻ってきますから」
「そうこなくちゃ!」
---
家からパソコンと図書館で借りた本数冊を持って、僕は家を出た。駅前で猛スピードで走るトラックに轢かれかけながらも、なんとか公園へ辿り着いた。
「おっかえりー!」
「どうも、って、お酒呑んでるんですか?」
佐倉さんの手には瓶のビールが握られていた。
瓶に唇をつけ、幸せそうに目を閉じた。
「今更?ここにいる時大体呑んでたんだけど」
「気付かなかったです。てかどこで買ってるんですか」
「ちょっと今は言えなーい」
「困りますよ、僕のレポートの邪魔したら」
「わかってるって大丈夫大丈夫」
佐倉さんの豪快な笑い声は多分月にも届いた。
シティ・ロマンス 第八話
「眼鏡なんてかけるんだぁ」
邪魔しないでと言った五秒後、佐倉さんが口を開いた。
「まぁ…」
「なんだようその返事。掛けさせてー」
「あっ、ちょっと!」
「…」
「…」
「…これ度強くない?」
「これじゃないと何も見えないんですよ」
「こんな時間に外でパソコンなんかいじってるからじゃないか〜?」
「そうは言っても締め切りやばいんですよ」
「なんのレポートなの?あ、眼鏡返すね」
「なんか…裁判の平等性とか…」
「君法学部なの!?!?!?!?」
「言いませんでしたっけ」
「聞いてない聞いてない!!」
「弁護士志望なんです。おじいさんの代から続いてて」
「へぇ〜。夢があるね」
「…」
「…うん?」
「本当は…なりたくなんです」
「へ?」
「父さんがなれって言ったから…一応法学部で頑張ってるんですけど…」
「…」
「僕は弁護士なんかになりたくないんです」
「本当は…作曲家になりたい。音楽がやりたいんです。産まれた時からずっとそう思ってるんです。僕には夢があるんです」
「…」
「まあ…そう言ったとこで……」
そこで言葉が詰まってしまった。そして泣いた。声をあげて泣いた。
「ごめんなさい…情けないですよね…」
「…夢、叶うと思うよ」
「…」
「私、そういう人たちいっぱい見てきたんだ。みんなよく頑張ってた。君も頑張ってると思うよ」
「…」
「まだ、間に合いますかね」
「All our dreams can come true, if we have the courage to pursue them.」
「…?」
「私が一番尊敬して、信頼して、憧れてる人の言葉」
「頑張ってね」
その言葉は、僕の背中を強く押した。
シティ・ロマンス 最終話
「もういたんですね、佐倉さん」
「うん、今着いた」
「今日はお酒飲んでないんですね」
「あぁ、そうそう」
昨日母さん以外の女性の前で初めてギャン泣きしたことを忘れているといいが…
「…あのね、」
「はい」
「明日、朝イチで出掛けなきゃいけないんだ」
「…どうしたんですか急に」
「いや…なんでもない」
---
「今日ピアノはしてきた?」
「ええ、よくできましたよ」
「よかった」
「あのね、演奏して欲しい歌があるんだ」
「なんて歌ですか」
「すっごく最近の人の歌なんだけどね、くるりっていう人たちの、ばらの花っていう曲なんだけど、すっごい良いんだ。ここ最近の曲で、一番好き」
「また、機会があれば。あ、それか今楽譜プリントアウトしてきて今弾きましょうか?」
「…うーん」
「…?」
「自分の好きなように、やりたいように」
「今行って来ちゃおっかなー」
「またすぐ戻ってきて」
---
「結構難しいですね」
「そうなんだ」
「リズムとか取りづらいかも」
「…」
「なんか、さっきから僕の顔見てばっかですね」
「うん…」
「…」
なぜだろう。
---
「…今、何時?」
「今九時半ですね」
「…」
「…?」
「私、もう行かなきゃ」
「え、もうですか?」
「朝早いからさ…」
「今日なんか変ですよ、佐倉さん」
「…あのね、明日出掛けたら、もう、会えないと思う」
「…え?」
「ごめんね、仕事の都合で、引っ越すことになったんだ」
「そ、そんな…」
「大丈夫だよ、忘れないでね」
佐倉さんはベンチを立ち、スカートを軽く叩いた。
「嫌ですよ…電話番号とか教えてください」
「教えられるほどキレイな数字じゃないよ」
「どこへ行くんですかっ」
「ここからずーっと離れたところ」
「…」
「…わかった。これ、あげる」
いつの日か僕が握り、火をつけた百円ライターが佐倉さんの手に握られていた。暗い中でもわかるほど擦り傷がついている。
「タバコ吸い始めてから、ずっと持ってたんだ、なかなか捨てられなくて」
「…」
「傷だらけでしょ?よく落としちゃってさ〜」
「…」
「…君がタバコ吸える歳になったら、使いな?」
「…」
「あ、ガス交換はね、ここの穴にガスボンベ突っ込んで」
「いつ帰ってきますか」
「…」
「いつ、また会えますか」
「…」
「佐倉さん」
「…君が」
「有名になって、また噂が入ってきたら、会ってあげる」
「…!」
「じゃあ…もういくね。ばいばい」
そう言って振り返り、彼女は去ってしまった。
僕は帰り支度をした。
すると
「大好き、だよ!」
バックハグの衝撃と、佐倉さんの声と、左腕に落ちた水滴を、鮮明に感じた。
---
公園から出る途中、遊園地を眺めてみた。
熱海の旅館で見た夢を思い出した。
「智也、いい?」
「うん、母さん!」
「メリーゴーランドにはね、女神様がついてて、頑張ってる人や、努力してる人のことを見て、応援してくれてるんだよ」
「僕も会えるかなぁ?」
「夢をずっと追いかけなきゃ会えないね」
「僕、がんばる!」
確か9歳とかの話だった。
まさか、ね。
上を見上げると、
佐倉さんのつけていたネックレスと同じデザインの看板が、メリーゴーランドの上部に、設置されていた。
ED ばらの花/くるり