春夏秋冬。生活においても人生においてもそれらは存在し常に人々の身近にある。
「青い春」とはいい例でそのほかの季節にもまた色がある。___
青春-
紫梅雨-
赤夏-
緑秋-和やかでいて肌寒い季節
黒冬-
⚠️注意書き⚠️
ネタバレに繋がる恐れもありますが、地雷防止策としておきます。
こんなの見なくても大丈夫!雑食!な方のみ読まなくて大丈夫です!
#同性愛描写あり
#不穏
#家庭内不和
#関係破綻
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目次
輪の終着点そして始点
数人の御さきさん*(おさきさん)たちの足袋を縁側で行き交う足音が私を微睡からゆっくりと確実に引き剥がす。
私はそれに抗ってこの温かい日が照らす草花の香りが眠りへとまた誘われることを望んで膝を抱えて側にある縁側の雨戸の内にあるガラス戸によりかかる。
そうするとまた身体の芯から熱が沁み渡っていくように感じる。
眠気がもうそこまできた頃にその話は無慈悲にも私の耳を貫いて一生忘れることのない記憶へとこびりつく事となった。____
「ねぇ、来月で蕊(はな)様は八歳を迎えますでしょ?
お祝いの場では鷹一(たかいち)様が次期当代として蕊様にお言葉をかけるよう当代からのご指示があったそうな」
「まぁ、鷹一様直々に?へぇ、それは大層お気の毒、ですね」
「、、っ気の毒とはどういったことなんです?
ああ!ごめんなさいっ私はまだここに勤めて来月で丁度一年でしてまだまだ知らないことが多くてですね、、
ですが!このお家に住み込み初めて間も無くの頃に私はまだ右も左もわからず立ち止まってしまっていた時に坊ちゃんやお嬢さんに折り鶴をいただいて_____
『鶴宮家*のみんなは職人さんや御さきさんを大事に大事にしてきたことで長い間酒蔵の名家として栄えてきました。
そこで働く者たちによって僕たちやお父さんはこれまで支えられて頑張ってこれたんだ!
だから僕達はあなた方のためにも必死になってこの家を後世まで残し続かせてみせるよ!』
まだ中学校に上がって間もない坊ちゃんがあんなにご立派であられたのはこのお家の、当代様のご教育の賜物、でしょう?」
______場に静寂が戻った。
「っっ、あなたは、ここに勤められてまだまもないとおっしゃっておりましたわよね?」
話を始め出した御さきさんのうちの1人が手に持っていた重い木箱をおろし、
先ほどまでつらつらと私達兄妹を思っているかのような言葉を発した新人の御さきさんに向き直った時、
また新たな緊張感を場に吹き荒らした。
彼女は端的に事実のまま話した。
「このお家に古くから伝わる風習には当代には長女が望ましいとあるの。
いえ、望ましいのではなく決定的な話、ね。
先代までは例外はあれど全員が女性だったのはご存知でしょう?……
現・当代はその例外のうちになります。
先代が蕊様をお産みになって産後まもなくに……
元々お身体を弱くしてらしたから鷹一様がご誕生の際にはもうその望みはないものとされていましたが……
それから5年の歳月が流れ蕊様を孕(はら)まれてから先代もさきのお端の方も大変お喜ばれになりましたわ。
----------------------------------------」
それからの話は記憶にはない。
ただ、すぐ近くまでやってきていた背中と瞼を覆ってしまうほどの眠気が帰ってこないことにこれほど悔やんだことはないだろう。
……………
御さきさんらの会話を聞きつけて、
隣の部屋から早足になった足音で襖を開けて現れた人がいた。
直属の上司であり、家政の実権を握る方。お端の方(おはのかた)だった。
そうしたら、私語はいけません、だの、士気が下がります、だの言って、
早々にその場にいた全員の御さきさんを出払わせていた。
お端の方は伝統文化である酒蔵を代々継いできた
歴史の長いこの家で私達兄妹を当代の子供としての教育。
生きていく上で大事な作法。
そして長い歴史を繋ぐこの家でこの業界で生きていくための心の根を強くはっていく気概さえも厳しく叩き込まれた。
お兄ちゃんが中学校に上がった頃までは私はまだおば様と呼ぶことを許されていたけれど、それ以降はお端の方と呼んでいる。
また静かになった縁側で深く息を吐いてみる。
「今年もまた暑い夏になるでしょうね。、、、
さあ、蕊様!貴方の誕生日ももうすぐそこですよ!
呉服屋でお着物を拵えてもらったものが用意できたそうですので、このまま呉服屋まで出掛けますよ!
支度なさって式台*の方からでますよ。」
「はい。あ、お端の方、お兄さんはいつ頃お帰りでしょうか。___________
〈鶴宮蕊の全てのことわり〉
*御さき(おさき)さん*
鶴宮家に仕える女性(女中)たちの総称。
お端の方とは異なり、血縁関係のない者が主だが、中には遠縁の者や、一族へ嫁入り・婿入りした縁で奉公に上がる者もいる。
家事のみならず、酒蔵の細かな実務や行事の設営も支える、家の屋台骨である。
*お端の方(おはのかた)*
「御さき」たちを束ねる中間管理職であり、家政・渉外・行事設営のすべてを取り仕切る実務のトップ。
本作では蕊(はな)の叔母(亡き母の妹)がその座に就いている。
若くして夫を亡くした後、先代の逝去と前任者の隠居に伴い、鶴宮家の秩序を守る「番人」として呼び戻された。
子供たちにとっては、厳格な教育係でもある。
*鶴宮家(つるみやけ)*
古くから続く、由緒正しい歴史を持つ酒蔵の名家。
独自の風習や「女性当主」を尊ぶ不文律があり、現代においてもその伝統を厳格に守り続けている。
*式台(しきだい)*
鶴宮家の正門に構えられた、格式高い表玄関。
一段低い板敷きが設けられた構造は、かつての武家屋敷や限られた名家にのみ許された建築様式である。
重要な来客や、当主一族が公式な行事へ臨む際のみに使われる「聖域」に近い場所。
何も
暗くて重い気分っていうのは
所詮、空虚のようなモノ
まるで、降り積もる雪みたいなものだと思う
そこにあるのに景色もガラッと変わるくらいには引き込ませるものがある。
けど、やっぱりそうだな
それは綺麗で儚いものだから、いずれは______
今年でいくつになったかな。
誕生日がくるたび、自分が"生きてる世界"に戻されるような感覚になる。
ちゃんとしっかり生きて生活もしてる人間なんだけどね
誕生日は好きだ。祝われると嬉しい気持ちになるから。
今日まで、人生の中で忘れられない出来事も、素晴らしい出来事も、思い出すことも憚られるような嫌な事もたくさんあった。
でも、嬉しいと同時に焦燥感と絶望感がやってくる。
……今まで経験した全てを否定されてく階段みたいなものを登り続けているような、
そうしていくと先程まで足を踏み締めた段が次々とまるでダルマ落としみたいにランダムに打ち落とされて、無かったことにされていって、
最後には自分がひとり残って_____
鬱屈とした気分を隅に追いやって、今日もまた煙草と安いライターを持ってベランダに吸い込まれるようにして戸を開ける。
ぼーっとすると思い出してしまう。
この|仄暗《ほのぐら》い、冷ややかな早朝ともよべない、短くて切ない夜明け前。
酒を中途半端な量を飲むと中々深く眠れないのが、最近の悩み。
酒はワタシを酔わせて、ワタシを苦しめる記憶ばかり夢にみせる。
煙草を咥えて風除けに手をかざし火を灯す。
浅くも深くもなく吸ってみる。
「ふぅぅぅぅーーー……………。もうそろ電子タバコに完全シフトすべきなのかぁぁ?…………」
不意に気配を感じる、
向かいの棟のガラスに映る自分だった。
遠く、そして視力が弱かったのと寝起きだったのもあった為によく見えない。
でも、なんだか物悲しく見えるのはきっと気のせいなのではないのだろう。………
机にあった、スマホからバイブ音がする。
サンダルを乱雑に脱ぎ捨て、煙草を咥えつつ音のする方に向かう。
手に取り、画面に顔が照らされる。
「ゔっ」
眩しい。目に悪い。
そこには、昔からの腐れ縁の男からの単調なメッセージが表示されていた。
『一緒に見る約束の映画だけど、遅れるかもだから録画だけしてて!ごめん!』
……あの男のことだから、
きっと約束を守れなくなるかもしれない事にも、
こんな雑な連絡になってしまった事にも、
申し訳なさに打ちのめされていることだろう。
すげぇ不器用で繊細で苦労人な男。
繁忙期になってしばらく会えていない事にも応えているだろうから、今日の晩は荒れるだろう。…
…ブーブーブーブー
画面がまた、着信画面に切り替わる。
表示されたのはワタシが学生時代から社会人になってもずっと住み続けているボロアパートに泊まりに来た友人の1人の名前であった。
|深久朔吉《ふかみりきち》
緑に光る受話器のアイコンをタップしてみると、
いつもよりくぐもったような低くて少しテンションの高い声が聞こえた。
[もしもしぃ?まみえちゃん?もう起きてる?笑笑はや起きじゃーん]
「あんたのがはやいよ。てか、居間にも寝室にもいないから帰ったのかと思ったよ」
スピーカーに切り替えて、机に置いて音量を上げて台所の換気扇を回すついでに煙草を灰皿にグッと押し付ける。
[えー??帰るわけないじゃーん!まみえちゃんち、居心地いいんだもーん笑でもさーここ最近泊まる頻度高いからさーお礼にちょっと豪華な朝食作ろうって|蕊《はな》と話して、冷蔵庫開けたらよ!]
「はっはっはぁ!!笑笑そっかぁ!びっくりしたでしょ?なーんも入ってなくてぇ」
ベランダが先程散らかしたサンダルと開けっぱなしだったので、サンダルを揃えて、戸を閉める鍵もかけて、カーテンをひくため手を伸ばす。
日の出前だけど、遮光カーテンまでは閉めなくてもいいか、
そう考えていると向こうの駐車場からこちらに向けて、大の大人2人が大手を振って手を振っているのが見えた。
そばにある机と戸に少し反響するように、
この時間帯にしては些か大きい声量で、
[[みっちゃーーん!!!]]
「おいおい!?ちょっと、蕊に深久?もう少し声落とさないと近所迷惑!笑笑」
少し声を落としてみせて、電話越しに伝えると
ガラス戸からは両腕を丸にした動作をした様子が伺える。
少ししたら玄関の鍵が開くような音が聞こえた。
「「ただいまー」」
「うーい。おかえり」
「ちょっと待ってて下さいねー。お父さんご飯すぐにできますからねー」
「誰がお父さんだよ!笑笑笑」
なんだか昨夜もこんなくだらない会話があった気がする。
「深久は、相変わらず酒が入るとテンションが高いなー笑笑」
「ねぇー?りっちゃん、それでいて二日酔いしない体質でしょー?うらやましぃわー」
「私に言わせれば、蕊のその若わしさも羨ましいよぉ!」
「あら?!お父さん!浮気ですか?酔うとすーぐ誰からかまわず口説く癖があるんだから!!」
「いや、お前の酔い方に比べりゃまだ、まともだよ。ワタシは!」
不思議だな。全く。
ほんの少し前まで、ずっと暗い中を潜って、
抜け出せずにいたっていうのに。
お前らがいれば、息継ぎができる。
恵まれてるよ。ワタシは。
きっと
〈嵯峨崎まみえの本心とよすが〉
ワタシの誕生日は誰も知らない。
ワタシの本心は誰にも預けず、これからも
でも、本当は_________
情とは依存、ともなう縛りそれは愛
目の前に広がっていた景色には、私の身体の熱が段々と上がっていき、喉が乾いて、ムワッとする湿度に内臓が蒸されてしまう程に熱いのに、まるで目の前で私の手によって乱れた女に酷い嘘をつかれ、騙さされてしまったかのような大きなショックを受け、募っていく不信感が肌の表面の温度を急激に下げ、鳥肌が一気に身体の末端からゾワゾワと上に上にと、広がっていった。どうしてだろうか。この女には息が上がって首筋から肩まで真紅に染まり、目を合わせる事も恥ずかしいからと、背中を向けて汗で彼女の短くぷつりと毛先の揃った後ろ髪がうねって湿る、長くて細い首筋に張りついて、首をこてんと傾けてその綺麗に真っ直ぐな髪に潜んで色めかしい視線を此方に向ける、愛しい彼女。そのいじらしい姿に、唆られて、こたえるようにその、甘い香水が汗と交じってラストノートとなり、彼女の甘さとあどけなさそして、私の愛を一心に受けそれに応えるよう、『貴女の愛しい私を見て』と訴えかける愛を享受し、支配的に微笑み、何処かかげりのあるその表情をじっと見つめ、艶々とひかる背中を両腕できつく抱擁し、女の子らしく甘くて可愛らしいシャンプーの香りが肩口からふわふわと漂って、肩からうなじそして鎖骨へと順に唇を当てつけていく。その行為に彼女は甘い嬌声を僅かに漏らす。ふーっとみるみる紅くなり、温度が上がっていく彼女の身体を私の冷たい舌で舐めとる。耳裏までじっくりと虐めぬくと辛抱かなわず、勢いよく私の胸に飛び込み、今にも泣き出しそうな淡くうるうるとした瞳と共に、真っ赤になった頬と唇が私の唇に迫ろうと顔が近づいてきた。なんだか余裕のない彼女がいじらしくて、可愛らしくて、愛おしいと思った衝動にかられ、小さな頭を腕で鷲掴むように抑えてそのぽてっと丸く、小さな唇に思い切りかぶりついた。理性なんていう咎なんて既に捨ててしまったように一心に互いを求めて、受け入れる。次第に彼女との息遣いや目線がゆっくりと間合いをもって、調和していく。苦しいくらいに、痛いくらいに胸の中で心臓が跳ねている。「興奮」ってこういう事をいうのか、と変に俯瞰的に頭が働くも、彼女の一挙手一投足には目が離せない。こうして身体が重なるという快楽は恐ろしいくらいに人のブレーキを破壊させる威力があった事に今更、驚かされていく。そうして互いの隙間を無くしてひとつに紡ぐ、生温い体温で汗となって溶かされていく。
……………
あれからもうどれだけの時間が経ったのか、わからない。まだ深く眠り続ける彼女を起こさないように、ベットから起き上がり、掛け布団を肩まで掛けてやると、ゆっくりとカーテン越しに雫が反射している濁った明かりが漏れる窓に近づく。もう息の乱れようもないのに、まだ心臓がやけに背中や手のひらにうるさく響いている。あれほどにかいた汗は、籠った匂いと合わさった形跡は残したものの消えていた、というのに相変わらず、窓の外の雨は止む事はなくて、そればかりかトントンと屋根に弾く雨音はザーという古い機械のモーター音のような不快なノイズが空から降り注がれている。
いつも通りの1日であったなら、この雨もいち早く止む事を望んでいただろう。
否、彼女と出会った時から、既にいつも通りなんていう不確定でいて安心感のある日常など、もうとうに消え失せてしまっていただろう。
雨が止めば、きっと我にかえってしまう
梅雨があければ、もう二度と………
鼻歌交じりにショッピングモールを1人で練り歩く。どうやら大勢の人間との関わる時間の割合より、1人で気ままに過ごす時間を多くとっていた方が性にあっている、とここ最近気づいた。
その事実を受け入れるのには、少々抵抗があったが、こんなにも悠々自適な時間を過ごせる1人の時間というものに気付いてからは大人しく、対人関係に関する苦手意識を受け入れている。
もうかれこれ、大人になって何年経ったのだろうか、とふと思い起こし、浸る事も1人であれば気軽に出来る。快適で充実した休日にして満喫しようと気合いを入れてまた、違う階層へと繋ぐエレベーターへ向かい歩く事を繰り返す。趣味や生活必需品と違った、生活に彩りを与える事に関しての物欲が昔からあまりなく、社会生活を送る上での買い物は最低限できる方だと自分を認識している。だからこそ、必要な物以上に欲しい物を、という近年のご褒美システムか未だに理解できないところがある。読書や音楽といった娯楽文化には物質的なものとして保存できるが、ゲームや推しといった、不確定要素の多いものに対して心が動かないのだ。
そんな私が、不確定でフィクションで都合の良い物語を描き、売り、それで毎日うまい飯をしこたま食っているのだからなんとも不思議な話だ。
丁度、目当てのアパレルファッション店へと着いた。この店は価格帯も機能性も優れているし、何よりもデザインが好みだ。さて、今日はもう直ぐ夏も来る頃だし、Tシャツを何枚か買い込むとするかな、と様々なコーナーをぐんぐん進んでいき、流行り物のキャラクターとのコラボTシャツが販売しているコーナーへと最終的に行き着いてしまい、正直なんの興味もないキャラクターを単純に可愛いから、気に入ったからと身につけて、周りに好きでもないのに?と、何故だか冷めた目で見られた事が大昔にあってから気が引けてしまい、こういったコラボなどのコーナーは服屋以前に、全てにおいてあの不愉快な記憶が無条件に反芻されるので嫌だ。それに近年はヲタク文化がじわじわと若者を中心に当たり前に浸透していき、それぞれの趣味嗜好に余計な干渉が野暮だという事にようやく世間が気づき始めてきたのはいいものの、それ故に"誰某の軽率な言動がどうこう"といった、リスペクトが感じられない好意的な言動を無差別に叩き潰す風潮もよくみられる。ネットの普及も相まって、『匿名』という|誰もが簡単に自身の意思を平等に貫ける権利が得られた《軽はずみな言動に大いなる責任の排除が可能になった》事が、何よりの要因であろうが。
ああああ、思考が散開していく。
やっとこさ、えられた休日だったというのに。
これも職業病なのかもしれないな、なんて隙あらば、脳の休息を阻む回転速度に見切りをつける。
はあ、こんな時いつも私を労り、慰めてくれた彼女が恋しくなる。
それほどに彼女の存在は私にとって大きなものだ。10年前に別れたはずなのに、今も私は飽きもせず、彼女のそばに……………
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ネガティブな思考に陥っていき、買い物どころではなくなっていく精神的疲労度にまた自らの"被害妄想"でどん底へと落ちていくスピードに拍車がかかる。そのまま一定のリズムで歩き続けて、遂には気づけばフードコートまで行き着いてしまい、『take free』と書かれた表示の下にある紙コップと蛇口から水を汲んで、勢いよく飲み干した。
そのまま空になった紙コップを捨てようとゴミ箱を探していたら、
ふと、ポケットのおくそこに眠っていたスマートフォンのマナーモードから、バイブして、足に振動が軽快なリズムで着信がかかっていることが伝わる。きっと、仕事の電話だろうと、悶々としながらポケットから取り出すと、珍しくその予想は外れていた。
彼女からの電話だった。迷いや戸惑いなんかに、翻弄される私に彼女は、気づいていないのだろうか。それとも、既に彼女は全て受け入れてしまったのだろうか。だとすれば、ここで切ってしまうのは身勝手すぎる。私は既に、彼女の元の居場所から望んで引き摺り落としたのだから。
己の軽率で、稚拙な言動の数々が記憶によぎり、その度に彼女を結果的にいつも苦しめていたのかもしれないと、身体の節々に痛感する。そんな罪悪感ともいうどこまでも自己中心的な感情に苛まれながら、居ても立っても居られずに、直ぐに電話に出た。
「………もしもし、」
『!…もしもし……|朔吉《りきち》さん、こうやって話すのは久しぶりね』
「……そうかもしれないね、あぁでもこの前2人で話したばかりだから案外久しぶりでもないのかも」
『、そうね……』
「ねぇ、どうして今日になって電話を?……」
『っそれは、……………』
「ああ、ごめんね。急かしたい訳ではないの」
『ただね、伝えなきゃいけない事があったから、思い切って電話をかけてみようと思ったの。』
『…………っ、今度の日曜日にどこかで会える?』
「っ…………それ、本気?」
『………うん、』
「…………わかった……また連絡して!今度の日曜は丸一日空けとくから、時間とか場所は好きに決めて」
『ありがとう、じゃあまた…………』
表情が固まったまま、耳元にあったスマートフォンをポケットへとまた戻す。
最悪な気分だ。こうしてまた、2人で会える事に無邪気にも喜びを感じてしまう、自分に吐き気すら覚えた。ふと、手にした紙コップを捨てなければと、冷静な頭に切り替えるように手元を見れば、持っていた紙コップはグシャグシャに握りつぶされていた。手のひらの乾燥が酷くて角が指に食い込んで、摩擦で赤くなっていた様に、大きな溜息が漏れてしまう。
とりあえず、彼女に会っていくために新しい服を買いに行こうとグシャグシャに丸まった紙コップだったモノを乱雑に『燃えるゴミ』と赤く大きな文字で書かれた蓋付きのゴミ箱に投げ捨て、人混みに溢れ返り、侘しい私をかき消す騒々しさに少しだけ救われた。私は重い足取りでフードコートを後にした。
「いらっしゃいませー」
明るく、軽やかな声色で先程まで訪れていた、アパレルファッション店の店員が私を出迎え、期間限定セールを大々的に宣伝していた。
「すみません。ラフで動きやすく、きちっとした印象のパンツってありますか?」
何となく、彼女のいつも見る私服姿とは違った格好で会うことになるのだろう。と予想して、柄にもなく、店員に声をかける。
「はい!そうなりますとー、あちらの看板の下を通った先にお勧めの商品がいくつかございますー」
「では、ご案内致しますねー」
………………
「じゃあ、これとこれを試着します。」
「はい!かしこまりましたー。では女性用試着室までご案内させていただきますね」
いやに、丁寧な接客をされて少し疲れてしまう。店員の首から下がる名札にはバッチが2つほどあったので、とても仕事のできる人なんだなぁと勝手に詮索まがいな思考が働き、自己嫌悪に陥る。
それより、無自覚にも彼女との約束に舞い上がっている自分がまだ心に巣食っているこの状況が、一番怖いとさえ、思う。
私はここまで彼女を想っていたとは、付き合っていた時には気づきもしなかったというのに。