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〖赤い華は言葉に身を隠す〗
「...それで、そのUSBには何が入ってるんですか?」
堂々と備えつけのパソコンを弄る日村にネカフェの利用料金を確認しながら言葉をかけた。
「なんだろうな?」
「...分からないんですか」
「いや、ちょっと解析中でね...少し、待っててくれるかな」
「USBに解析も何もあるんですか?」
「......ウイルスとかあったら、怖いだろ...?」
その言葉に確かに一理あると考え、借りている部屋である221B室から足を出す。
本の並ぶ廊下を歩き、カウンターの横に料金を置いた。
勤務表を確認し高校生のバイトが来る時間を確認しつつ、カウンターで作業をする。
以前に奇妙なイベントに参加させられたことについては非現実的だと感じつつあったが、ようやく日常が戻ってきたと感じる。
ずっと、そのままでいい。そう思っていたが、それを掻き消すように知らない声が耳に入った。
「...せん、ません...すみません」
「申し訳ありません、お待たせいたしました。どうかされましたか?」
顔をあげて、声の主を見た。紺に近い青髪の眉目秀麗な顔立ちで、ガタイが良い。手の大きさやゴツさを見るに男性だと分かる。
「ああ、いや...特に急ぎではないんですが、この作者の本ってどこにありますか?」
「本ですか。少し、お伺いしてもよろしいですか?」
「...どうぞ」
やけに古い本を手渡され、微かに読める『鹿狩』や『本宗教学全書』、『る調査と研究』を見て、カウンターの端末で一先ず、『鹿狩』と検索する。...何もヒットしなかった。
「...すみません、その鹿狩って方のお名前は分かりますか?」
「作者の名前ですか?」
「ええ...もし覚えていらしたら、ですが」
「それは...ごめんなさい、覚えてないんです」
「そう、ですか...でしたら、もう少しだけお待ち下さい。店長に伺ってみ_」
「ああ...もう大丈夫です」
不意に流れた言葉が止まった。もう探し物は良いのだろうか。手元の本を男に渡し、顔を見る。
「もう、大丈夫です。有り難うございました」
「...は、はぁ...」
去り際に見た顔がまるで笑顔が貼りついたようなものだと感じる。本当に_
「和戸くん」
今度は聞き覚えのある声だった。安心するように振り向いて、パソコンを持った日村を見た。
肩は上下し、頬は紅潮している。どうやら、終わったようである。
「終わりましたか」
「ああ、目を通すといい」
パソコンのデスクトップには赤毛の女性の証明書カードとパソコンのキーボードの写真上に奇妙な文字。
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t3ms8e
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「...あれですかね、キーボードと対応しているやつ」
「おそらく。それだと人名になるな...《《さかもとゆい》》、だったか」
「ですね...他にデータは?」
「一応、まだ」
そう言って日村がまたパソコンを弄り、画面をこちらへ向けた。
これは先程とは変わり、文字列だけだった。
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みてゆみびょえうあ
しきやなよう
ぬあすあ
すあぞえうすょけ、へき
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「...なんですか?これ」
「さぁ、私にも今は分からない。しかし、何らかの暗号なんだろう」
「......とりあえず、長期戦になるでしょうから飲み物でも持ってきましょうか?」
「ああ、頼むよ」
軽く返事をした日村に近くの椅子を勧め、飲み物を取りに行こうとした。
頭の中は先程の文字列で埋もれていてあの奇妙な男のことは忘れかけていた。
そう、忘れていた方が良い話だった。