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泣き方を知らなかった頃
死の描写あり。
2025/09/14
「2人とも、おいでー。」里美のお姉ちゃんである春ちゃんが私たちのことを呼んだ。私と里美が砂場やらブランコやら滑り台やらで夢中になって遊んでいる間に、日が暮れてしまっていたようだ。私は春ちゃんの方に駆け寄った。里美ももう帰るのーと不満げにしながら立ち上がった。私と里美と春ちゃん、それぞれのお母さんの5人で帰路につく。
「お腹すいた!」私が言うと、お母さんが「今夜はシチューだよ。」と微笑んだ。シチューは私の大好物だった。やったーなんてはしゃいでいると、里美が声を上げた。「いいなーねえうちもシチューがいい。それかハンバーグ!」「だめよー、もう決まってるもの。今夜は野菜炒め。」「えーっ。お姉ちゃんだって野菜炒めは嫌でしょ?」里美が春ちゃんに同意を求めるも、春ちゃんは困ったように首を傾げただけで何も言わなかった。里美がぶーっと頬を膨らませているのを眺めながら、青になった横断歩道に足を踏み出す。里美たちもうちに来たら楽しそうだな、みんなでシチュー食べれるし。そんなことを考えていたから、気が付かなかった。信号無視のトラックがこちらに突進してきていることに。
「さやちゃん!」
春ちゃんの声か、お母さんの声か、里美の声か。誰の声なのかよくわからなかった。でも、さやちゃんって呼ぶってことは春ちゃんかな…。私の思考はやけに冷静だった。もうどうしようもないから。トラックが至近距離にあって、それはもう私にぶつかってくるだろう、避けられないだろう。その光景がやけにゆっくりに見えた。その時、何かが私の背中を押して、私は前に飛ぶように倒れた。直後にドンッと言う音が真後ろから聞こえて我に返る。私の体はどこも痛くなかった。生きてる。助かった。誰かが私を救ってくれたのだ。誰が?その人はどこ?ゆっくりと後ろをむいた。トラックの車体が、まず目に入った。次に、鮮やかな赤色。
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」
甲高い里美の声が響き渡っていた。
春ちゃんが死んだ。私を庇ったせいで死んだ。
葬式で、里美は私を責めた。「さーやのせいだよ!全部全部さーやが悪いんだよ!だってさーやがいなかったら、お姉ちゃんだって…お姉ちゃんだって…。」里美の両親が必死に宥めていたけれど、里美の本音が変わることはないし、私のせいで春ちゃんが死んだと言う事実も事実としてそこにあり続けるのだ。
「ごめんね。」葬式の後で私は里美にぽつりと告げた。それはきっと、里美にとってはあまりに軽く、あまりに足りない謝罪だっただろうと思う。里美は俯いたまま言った。
「さーやのことなんて嫌いっ…。大嫌い、この世で1番嫌い。さーやのせいだよ!!」
頭も舌も回らないまま、怒りと悲しみに任せて言葉を紡ぐ里美を見て、私まで涙が出てきた。頬をボロボロと伝っているのがわかった。鋭い瞳で顔を上げた里美が、私の涙ではっと目を見開く。眉を歪ませ、下唇を噛む。私は自身の手を、爪が食い込むほど強く握りしめた。痛いとか、そんなのは今、大事じゃなかった。
「さーやが悪いから…全部…さーやがぁ…。」わーっと、2人で声を上げて泣いた。それは傷の舐め合いじゃなくて、春ちゃんの死を純粋に悼んでいるわけでもなくて、友情を深めるためのものでもなかった。ただの醜い、責任の押し付け合いだったのかも知れなかった。でもそれが、今の私たちには必要だったんだ。
責任の押し付けウンタラカンタラの部分だけすき