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お孵り
言葉が嗤いかける。数字が嗤いかける。音が嗤いかける。誰も、味方ではない。
点数は散々で、紙も散々。普通が背中を押して、押し続けて、戻れることはない。
ベランダ越しの風は、びゅうびゅうと、どこまでも当たりが強くテストの紙も彼方へ飛んでいってしまいそうだった。
飛んでいったところで、テストの点など10点もいかないのだから、どうでもいいテストだった。その度に怒鳴られても、理解のできない授業を延々と繰り返される私の方が怒鳴り散らしたくなる。普通であれと言われても、普通ができない。中途半端に濁った脳があるばかりで、普通を飲み干そうにも喉奥に現実が引っ掛かる。吐きたくなっても上手く吐くことはできず、ただただ泥沼の中に沈みゆくばかりで、抜け出そうにもない。風は強さを増して、視界の隅でカーテンが激しく揺れ出す。机の上にはスタンドアロン型のVRゲーム用のヘッドセットが適当に転がって、もう一つの脳は動いていない。
悠く、悠くへ何もかも思い出せない程に、脳を紙のように薄っぺらにしてでも夢の中へ堕ちてしまいたい。
ただ、それだけを普通のように願うばかりだ。風が、生暖かい。
微睡みつつある脳がゆっくりと溶け出して、地面の中に一体化していく。どろりと溶けて抜け出そうともしない。逃げたくもない。
「普段、主は逃げてばかりじゃからのう」
厭な声がする。どこか、女の子らしい可憐で、のびのびとしているような声。逃げたくなる消耗品の愛が嗤っている。
小学生低学年程の小柄で華奢な身体つきに、夏の陽射しによく焼けた小麦色の褐色肌が特に目を引くものの、それよりも劣らず、頭から飛び出た二本の角と、褐色の肌を突き破るように生えた黒い羽が印象的だった。そのうえ、角の出た太陽のような金髪と淡い水色の瞳が海のようで、いやに眩しく恐ろしい。さらに、柔らかで豊満な肉付きのいい身体に腹の見える黄色いタンクトップがよく映え、灰かな青色のレザーショートズボンが肉付きを強調させたその上に黒く先がハートのようになった尻尾が見える。その中で、淡い桃色のサンダルに褐色の小指が覗いて随分と可愛らしく、花の子のようだった。
「そう足を速く動かしていると、逃げ癖がついてしまうぞ?聞いているか?」
そうやって、花の子が似つかわしくもない言葉遣いで、小さな胸の膨らみに手を当てて諭してくる。
「チビで悪いものか、初老で悪いものか。妾は稚児にあらず……名を“リリス”と候て、実しやかな言葉遣いは似而非を帯びているものよ」
水色の海が、顔を差す。花の子のような少女の“リリス”は言葉を止めることがない。
「して、己は夢を憶えておらず、ただ春を待つ如くの冬の子。文殊の知恵と言えども、阿呆鳥が集ってしまっても油を売るだけで、知恵など塵と化している……それもまた、此処には在らず。主よ、名をなんと申し候?」
混乱した頭はまだ、卑し酒にどっぷりと脳を浸からせたまま這い上がりもしない。それでも唇は動く。ここは、自由だ。誰もが才女だ。
「……“イデア”」
「イデア、イデア、イデア……ああ、プレイヤーか。イデア……さて、主は何をする?」
リリスの後ろに複数のポータルのようなものが現れ、どれも千紫万紅なものが集まっている。
「此処はネバーエラー、夢とゲームが混ざった場所と言えば……主の愚鈍な脳みそにも分かってもらえるか?それとも、また違う勘を働かせてしまうか?」
「…………」
「役立たず、鈍間、馬鹿、優柔不断、お荷物、無能、腰抜け……気狂い」
「わ、分かった……分かった……!」
脳に垂らした罵倒を慣れきっているはずが、ひどく響く。笑うだろう。否定するだろう。本当の意味を言うでもなく、ただほんの少しの距離感を置いた言葉を重ねる。友達なんてものを願ったとて、続くはずもない。
「……フレンドを作りたい」
零した言葉に含んだ意味は、本来の意味よりも格下なのかもしれない。
それを花の子は、悪魔は、リリスは、咲うのだから。