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《梅雨の影》
暗い廊下、降り続く雨。
響く音は自分の足音だけで、ここを歩く度にこの世界に誰もいないのではないかという感覚に囚われる。
そんなことを考えながら一つの扉の前で止まると、だいぶガタが来た扉を力一杯開ける。すると、小さな部屋とそのほぼ真ん中に位置し、頭の方だけ壁についたベット、小さな窓が現れる。ベットにはカーテンが掛けられて中が見えない。
そのカーテンを人思いに開けた先には、ベットの上で起き上がり窓の外を眺める少女がいた。
黒いウルフカットに銀の丸眼鏡、そして切れ長で神と同じ色の目をした少女。その見事に黒に統一された姿は自身の影に溶けてしまいそうである。
いや、それは不可能だ。比喩表現としてとではなく、その少女の影はところどころ欠け落ちている。
「…何?いきなり来たと思ったら人をジロジロ見て。」
怪訝そうな目をこちらに向けてくる月影にごめんごめん、と軽く謝り持ってきた昼食を近くのテーブルに置く。来たついでに週一回の診察をしてしまうことにして、近場にある椅子に腰掛けた。
「で、調子どう?」
「…それで悪いって答えれる人いないと思うんだけど。」
ご尤もである。無言で病院食の豆腐ハンバーグを頬張る茜の影をちらりと見ると、先週より少し右頬が欠けているようだ。カルテに短く記載しておいて、他にも体温とか色々測っていてもらう。
「…この前来た患者さんは?」
この前来た患者さん、というのは、一ヶ月前ほどに来た刹那天音のことだろう。
茜の病室とは少し遠い病室に居るので、話すのは談話室(という名の空き病室)にたまたま行ったときぐらいだろう。茜は人付き合いが苦手でなかなか談話室に出向こうとしない。なので殆ど会わないが、彼女もなんだかんだ患者さんのことを気にかけていると気付き、少し嬉しくなった。
「元気だよ。俺嫌いみたいで全然話してくれないけど。」
「私もあなたは嫌い。」
ぇぇ傷つく〜と返しても大きなため息をついて食べ終わった食器をまとめて机に置こうとするので、預かるよと言ってトレイを受け取る。
「じゃまた。」
そう言って苦労して戸を閉めると、榊渚は職員棟へ歩き出した。
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「……うへ、今日は点滴の日か。最悪。」
壁にかけてあるカレンダーを見て内田和樹は呻いた。
自分の病気のせいで点滴を打たないと死ぬこともわかってるし、こんな奇病で死ぬのもゴメンだが、やっぱり恐怖症で点滴や注射は嫌いだ。
その前に一服しようと煙草の箱を持ってトイレに行くと、そこには運悪く藤咲創也という医者が居た。
「あれ、内田さん。こんにちはー」
「あ、ど、どうも」
少し動揺したもののすぐ煙草を隠すと、藤咲はどうやら気が付かなかったようだ。心の中で胸を撫で下ろしながら煙探知機が作動しない個室に入ろうとすると、
「あ、内田さん次点滴行きますのでー。…それと、煙草吸うと肺がんになりますよ。」
どうやらバレていたようだった。
「あぁ、やっと来た、それじゃアイマスクつけてくださいねー」
「ありがとうございます。」
最近は私が先端恐怖症なのも伝わり、点滴や注射などのときはアイマスクを付けて見えないようにしてもらえるようになった。それでも怖いものは怖い。
無意識のうちに目をギュッと瞑って顔を背けていると、一瞬の痛覚の後、アイマスクが外された。
「はい、終わりましたよー!このまま診察やっちゃいますねー!」
「ああ、わかりました。…特に体調も悪くなく良好ですよ。」
「そうですか。…にしては隈も少し良くなってきましたね。じゃ、角の長さ測りますね。」
胸ポケットからメジャーを取り出し藤咲が測っている間、内田はずっと窓の外に響く雫の音に耳をすませていた。
「1.‥8センチ!2週間後ぐらいには切りますか!」
「…わかりました。」
素っ気なく返事すると、藤咲はじゃあまた!と爽やかに言い残し、病室を出ていった。
重い疲労感を覚えて枕に頭を沈めると、そのまま深い眠りへと落ちていった。