【中古本】「教養」とは何か

①宗教 科学的知見が得られなかった古代、人びとは「死んでしまったら、人はどうなるんだろうか」あるいは「この世界はどうやって生まれたんだろうか」と問い、その答えを、超自然的な存在に求めました。 地震が起きたり台風が来たりして、人間があっという間に死んでしまう。大自然に比べて、人間はとても力の弱いものです。そうなると、人間の力の及ばない、もっと強くて大きな力があるに違いないと古代の人びとは考え、そこから宗教というものが生まれてきました。宗教によって、古代の人びとは世界の成り立ちを理解しようとしたのです。 --- ➁宇宙 宗教が生まれると、人びとはその後「神が作った世界の論理」を追究していくようになります。たとえばユダヤ教やキリスト教では、神がこの世界を創造したと考えました。では、世界はどういう仕組みで動いているのだろうか。空を見ていると、星が動いています。太陽は東から昇り、西に沈んでいきます。月には満ち欠けがあります。こういう規則正しい動き方は、神さまが定めたに違いない。では、神の論理とはどのようなものだろうかと考えていくところから、実は科学というものが生まれたのです。 この科学は、やがて、地球の外には宇宙があり、私たちの銀河宇宙の外にも広大な宇宙が存在することを明らかにしていきました。さらに科学者たちは、この宇宙がいつ、どうやって生まれたのかを研究し、現在では一三八億年前にこの宇宙が生まれ、四六億年前に地球が生まれたことがわかっています。いま話題のヒッグス粒子も、宇宙誕生の瞬間を知りたいという人びとの欲求から発見されたものです。 宇宙を知るという営みは、「自分はどこから来たのか」を知ることにつながるのです。 --- ③人類の旅路 宇宙が誕生した後、地球が生まれ、やがて人類が生まれました。では、人類がいつ登場したのか、ということが知りたくなります。 いろいろな建設現場などから、昔の人類の骨が出てきますが、どうも現代の人類とは違う骨の化石もある。サルと人間の中間のような骨の化石が次々に出てくると、それを調べることで、私たち人類が、いつごろ生まれたのかということがわかるようになるのです。 人類の誕生にはさまざまな説がありましたが、研究が進むにつれて、どんどん説も新しくなっていきます。私が子どものころは、ネアンデルタール人から今の人類が生まれたという説もあったのですが、現在はネアンデルタール人と人類は、まったく別のものだということがわかってきました。 さらに言うと、ネアンデルタール人と現代の私たち人類が交わった時代もあったということもわかってきました。私たちの染色体の中に、ネアンデルタール人の染色体が少し入っているからです。 現在、人類は二〇万年前にアフリカで誕生したということもわかってきています(年代については諸説あります)。どうして、そんなことがわかるのか。アフリカから人類はどのようにして世界に広がったのか。このような人類の旅路を知ることもまた、「自分自身を知る」という問題と大きく関係しているのです。 --- ➃人間と病気 人類が誕生する前には、生物の誕生と進化があります。生物はなぜ進化を遂げることができたのでしょうか。実は生物や人類の進化の過程には「病気」というものが深くかかわっていることがわかってきました。 たとえば人間の遺伝子を見ていると、ウイルス由来のものが入っています。人間の体の中にウイルスが入り、そのウイルスの遺伝子が人間の遺伝子の中に入ってきました。それによって実は私たちが進化してきました。 つまり病気によって、私たちは進化してきたわけです。だとすると、病気を知ることも、私たち人間を知ることになるのです。 --- ⑤経済学 人類はやがて社会を形成し、食べていくため、子孫を残すために、経済活動を始めるようになりました。すると、景気がよくなったり悪くなったりします。また、お金持ちがいたり、貧乏な人がいたりします。なぜ、景気は変わるのか。なぜ金持ちと貧乏人が生まれるのか。そのメカニズムを知りたいという欲求から、経済学という学問が誕生しました。さらに経済学によって、社会あるいは歴史が大きく変わってきたということがあります。 たとえばマルクスという人物が現れ、マルクス経済学というものを打ち立てたことによって、ソ連や東ヨーロッパ、中国といった社会主義の国が生まれ、それが大失敗をするという歴史が生まれました。 経済学が生まれ、経済学者が新しい理論をつくることによって世の中が動いていく。私たちが生きている世の中の仕組みを知るためには、経済学を学ぶ必要があるのです。 --- ⑥歷史 私たちの祖先はどのように生きてきたのか。その経緯を知りたいという願いは、さまざまな事実を列記することから始まります。そして、さまざまな事実の発生には、それなりの論理があるのではないかという思索が始まり、多様な歴史が書かれることになりました。 歴史の研究が進むと、「事実」がどんどん書き換えられていきます。たとえば、昔の日本史の教科書では、六〜七世紀の日本に聖徳太子がいたと書かれています。聖徳太子の肖像画も一緒に掲載されていました。ところが現在の日本史の教科書を読むと、「聖徳太子」という言葉は消えつつあります。｜厩戸皇子《うまやどおうじ》という言葉になり、肖像画もありません。あの肖像画は聖徳太子ではなかったという説が有力になってきたからです。 さらに聖徳太子という存在自体が、実はいなかったのではないかという説も出てきて、まだ確定はしていないのですが、教科書にうっかり「聖徳太子」という名前は書けなくなったということです。 こうした研究の面白さと共に、「歴史とは何だろうか」ということも考えておきたいと思います。たとえば平城京や平安京の時代に、関東地方はどうだったのかは習いません。日本史の中では、鎌倉幕府ぐらいからようやく関東地方の話が出てきます。これは、どうしてでしょうか。 誰かが書き残したものがあるから、後の世代がそれを歴史として記すわけです。すると、さまざまな時代で記録を残すのは、その時代の勝者や権力者ということになります。ですから、歴史は時代の勝ち組によってつくられてきたという側面があります。 こうしたことも含めて、私たちの過去を記した歴史をどのように捉えればいいのか、ということを考えていきます。 --- ⑦日本と日本人 そして最後は、「日本とは何か」「日本人とは何か」ということを考えます。いったい「日本」や「日本人」はいつから存在するようになったのでしょうか。 大昔から日本はあった、日本人もいたに決まっているじゃないか、と考える人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。江戸時代まで「日本人」はいませんでした。 「日本とは何か」「日本人とは何か」という問いを深めていくと、それらが非常にあいまいなものであることがわかってきます。そんな思索を通じて、「自分とは何か」を考える手がかりにしたいということです。