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████の御伽噺
むかしむかし、あるところに████がいました。
████はおおきなもりにすんでいて、そのなかにひっそりとくらしていました。
████はふしぎなものでした。
████は「いのち」をたべるのです。
せいめいではなく、「いのち」そのものを。
████はおおいなるものですから、にえがひつようです。
にえがひつようなので、████にはおおくの「いのち」があつまりました。
やがてもりはきりひらかれ、にんげんが████にふれました。
にんげんのせいで、どうぶつはいなくなり、████のたべものである「いのち」はすくなくなっていきました。
████はかんがえ、ひらめきました。
そうだ、にんげんをたべればいいんだ。
████ははなしあいからはじめました。
にんげんはもちろん、████にいけにえをささげることをいやがりました。
ですが、████のていあんをきょひするためににんげんがしぬのです。
まえぶれもなにもなくからだがくさり、しんでしまうのです。
にんげんはそれがいやだったので、████ににえをささげました。
████は、たべるものにはふじゆうしなくなりました。いいことになりました。
にんげんたちは、████をまつるほこらをたて、ぞうをつくりそこにまつりました。
そしてねんにいちど、にえをささげました。
いちど████がにえをたべるようすをみたものがいますが、ひじょうにきみょうだったといいます。
とつぜん、いけにえがくさるのです。
どうやらこれが「いのち」をたべるというこうどうのようだ、とそのものはかんがえました。
やがてときがたち、ひとびとはまちをつくりました。
████はしんせいなものでしたが、それゆえにひとびとのせいかつけんからははなれていました。
まちをつくりると、████はじょじょにわすれさられていきました。
いけにえをささげるきまりはすたり、████はたべるものがまたすくなくなりました。
████はこまり、じぶんでにえをよぶことにしました。
もりにはいったものにささやき、よぶのです。
これで████は、たべものにこまらなくなりました。
いまでもたまに、████はささげられたいけにえをたべているそうです。