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冷えた
臘梅
「さようなら、って言葉はさ」
こつこつと、机を叩く音がした。顔を上げて見れば、彼女の手には1本のボールペンが握られていて、その先端を机に当てていた。ペン先が出たままなのは、しまうのを忘れていたからなのか、ただの怠惰か。そうでなくとも、私には関係の無いことだ。口に出すこともなく、私は手にしていた本に目を落とした。
「どうにも冷たすぎるとは思わない、キミ」
「またその手の話かい?毎度思うけれど、君、よく飽きないね」
「仕方ないじゃないか、暇なんだもの」
彼女は不貞腐れたように言うと、ようやくボールペンを机から離して、ペン先をしまった。ちらりと目を滑らせて見てみれば、机上に黒いインク溜りが出来ている。それを拭いもせず、彼女は横柄に頬杖をついて、その鈍く赤い瞳を伏せては、どこかを見つめていた。私はといえば、先程から本のページが1枚も進んでいないどころか、目が滑って文字を一つも追えていなかった。根本的に脳が理解を拒むというか、働かないような感覚で、どうにも文字を文字として認識できていない。きっと疲れているのだろう、今日は調子が良くない。結局私は、開いて1時間も立たないうちにその本を閉じた。椅子から立ち上がる。彼女の瞳が動いて、こちらを刺すように見つめた。
「ねぇ、どこ行くの」
「本を直しに行くんだよ、見て分からない?」
ふぅん。彼女は答えにもならないような、殆ど吐息のような何かを漏らして、そしてまたどこかを見つめた。何を考えているのか、よく分からなかった。いや、そもそもこちらが分かろうとしなかっただけか。彼女の髪に付けられた紺鳶色のヘアピンが、うざったいほどに照明の光を跳ね返して、チラチラと輝いていた。それが嫌に目について、眩しかった。目を細め、彼女を視界から外す。私が構ってやる必要も無いだろう、どうせあと数分もすれば出ていく。彼女は大体そんなものだった。暇だからと唐突に来たかと思えば、飽きたからと唐突に帰っていく。嵐というには静かだが、凪というにはやかましすぎる人間だった。
「冷たすぎるよ、キミ」
彼女がぼやいた声が、ふいに耳に入った気がした。
手を掛けたドアノブは、触りたくないほどに冷えていて、痛かった。