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公開中

ハリボテ裁判

オレンジ色の夕日が、旧校舎の廊下を長く引き伸ばしていた。 埃っぽくて、どこか甘ったるい放課後の空気。そんな中で、吉沢有芽は鼻息荒く、視聴覚室の扉を勢いよく開けた。 「見つけたわ!ここを今日の『作戦会議室』にするわよ!」 有芽の元気な声が、誰もいない部屋に反響する。彼女の趣味はアウトドア。と言っても、山に登るわけではなく、常に外を歩き回って「誰かが悪いことをしていないか」をパトロールすることだ。そして何か見つければ、すぐさま先生や親に報告する。その徹底ぶりから、ついたあだ名は「チク子」。本人はそれを「正義の代名詞」だと信じて疑わない。 「……ふわぁ。有芽ちゃん、元気だねぇ。私はここでお昼寝でもいいよ?」 後ろからトボトボとついてきたのは、白川音無。インドア派で、常に自分の世界の中にいるような女の子だ。有芽とは正反対の性格だが、なぜかいつも一緒にいる。音無は、たとえ自分が有芽に「昨日、宿題忘れてたよね」とチクられて怒られても、「あっちゃー、よく見てるねぇ」と笑って済ませてしまうような、底抜けにマイペースな性質だった。 「お昼寝なんてダメ!今日は特別なものがあるんだから」 有芽が指差した先。部屋の隅にある機材テーブルの上に、場違いなものが置かれていた。 T字の形をした、木製のような、でも少し安っぽい質感の小さなハンマー。 「あ、それ私の。さっきゴミ捨て場で拾った」 いつの間にか部屋の真ん中の椅子に座り、スマホをいじっていたのは氷川有無だ。彼女はアウトドアでもインドアでもない。「どっちでもいい派」を自称し、常にネットの海を漂っている。 有無はスマホから目を離さず、片手でそのハンマー……「ガベル」を手に取った。 「これ、裁判官が使うやつでしょ? テレビで見たことある。悪い子を指差して、カンカンって叩くやつ」 「裁判……?」 有芽の目がキラキラと輝き出した。彼女にとって、それはまさに理想のシステムに思えた。悪いことをした人を、公の場で、堂々と、合法的にチクることができる場所。 「それよ、それ!私たちで『裁判』をやりましょう!私が悪い子を見つけて、有無がそれをカンカンって裁くの!」 「いいよ。面白そう。これ、叩くといい音しそうだし」 有無は興味なさげに言いながら、机を軽く叩いた。コン。 軽いプラスチックのような音が響く。 「じゃあ、私はなにすればいいの?」 音無が首を傾げると、有芽が不敵な笑みを浮かべて彼女を指差した。 「音無は、裁かれる人!……えーっと、ヒコクニン、よ!」 「ひこくにん? よくわかんないけど、座ってればいいなら楽そうでいいね」 音無は「まぁいっか」と、用意されたパイプ椅子にちょこんと腰掛けた。 法も、秩序も、倫理も知らない三人の。 ただ「言葉」と「リズム」だけをなぞる、ハリボテの裁判が幕を開けようとしていた。
数分後、チャイムが鳴り響き、3人は教室を後にした。 有無は割れたガベルをゴミ箱へ放り込み、有芽はチクりノートを鞄にしまった。 校門を出ると、街の巨大モニターに本物の裁判のニュースが流れていた。 難しい顔をした大人たちが、難しい言葉で「正義」を語っている。 「ねえ、本物の裁判って、あんなに楽しそうじゃないね」 音無が不思議そうに呟く。 「どうせ、あっちもハリボテよ。私たちがいないんだもの」 有芽が胸を張って言い放つ。 有無はスマホをいじりながら、歩き出した。 「……明日は、何ごっこする? 警察官? それとも……普通に、どっか遊びに行く?」 「どっちでもいいよ!」 「まぁ、そういう時もあるよねぇ」 3人の足音が、軽やかなリズムとなって夜の街に消えていく。 彼女たちの世界では、今日も「正義」はカラフルで、デタラメで、そして最高にハッピーなハリボテのまま。 (完)
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