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第二話 ヘレニウム
ーいなくならないでよ、勝手にー
ーいつまでも、自分勝手なんだからー
「なにこれ」
なんとか耐えてページをめくりつづけていた、よく分からない無駄に長いタイトルのついた小説を閉じる。
私のこの悲しい失恋に寄り添ってくれる本は無いのかと思い、部活をサボって図書室に来たのに見つかったのは笑っちゃうような薄っぺらいセリフだけ。
時間を無駄にしたなと思って、本をもとあった場所に返しに行くと、誰もいないと思っていた図書室に一人しゃがんで本を探しているひとがいた。
(中村だ)
伸びきった前髪に、白い肌。ぽっちゃりとまではいかないけど体格がいいとも言えない、数字的には標準体重なんだろうな。顔はムカつくけど綺麗で、痩せたらきっとモテると思う。
中村は小学生の時に仲が良くて、よく海辺で遊んだっけ。貝殻を探して、ネックレスにして…。
一年生の時に同じクラスで、二年生の夏まではたまに小学生の頃仲が良かった四人で一緒に帰っていた。そこで恋バナをしていたし、中村はショウくんと仲が良いから沢山相談をしていた。部活終わりにその日あった出来事を三人に話していたことを思い出す。
でも中村は急に部活を辞めた。
初めて出来た彼女にフラれて、もう何もかも嫌になったんだと思う。昔から感情の突起が激しい奴だった。そこから時々学校を休むようになったみたいで、なんとなく距離が出来ていた。
中村が部活を辞めてからしばらくは三人で帰っていたけれど、私以外の二人が付き合って、なんとなく気まずくて私はなにかと用事を付けて一緒に帰るのを断り続けてついには誘われなくなっていた。
だからもう中村の話を聞くことは無いと思っていたけれど、中村の元カノ、カオルと同じクラスで仲が良いので少し会話で名前が出てくることがあった。
中村はフラれた当初未練たらたらで、むやみに私たちのクラスに来たりストーカーじみた行為をしていたのでカオルはそれにおびえていたのだ。
最近はあまりそういう話を聞くことはなくなっていたから、少し懐かしい気持ちになった。
まえは中村がどうしてそんなに落ち込むのかよく分からなかったけれど、今なら痛いほどに分かる。
甘酸っぱく恋に焦がれていた自分はもういなくて、世界の色が変わったような気がした。
フラれてから二日経つけど、今日は月曜日で、昨日ショウくんと顔を合わせていなかったのもあって朝教室に入るときに死ぬほど緊張した。
もしかしたら噂が広まっているかもと思ったけど、やっぱりショウくんは告白されたことを自分の自慢話にするような人ではなかった。
フラれましたとカオルたちには伝えたけど、多分辺に気遣ってくれていて、今までと変わらない、笑いの絶えない、何の変哲もない一日だった。
一つ変わったことは、カオルたちからの冷やかしが無くなったこと。そういう些細なことで「ああ、もう終わったんだっけ」と嫌に実感してしまう。まだ全然実感は無いし、もうショウくんって誰?と聞かれたとして私の好きな人なんて可愛く答えられないんだなと思う。別に今まで聞かれたことがあった訳じゃないけれど。
目を合わせるのが怖いし、近づくのさえ怖い。
金曜日まではずっと目で追ってしまっていたし、なるべく近くを通っていたし、委員会とかもなんとか一緒になろうと頑張っていたし、恋バナも楽しかった。
こわいってショウくんに対して思ってしまっている時点でフラれてもめげないような一途で芯のある気持ちでは無かったんだな、なんだったんだろうと自分に落胆してしまう。
もう、好きな髪型はなんだろうとか、席が隣にならないかなとか、部活終わりに会えないかなとか、今日は会うかも知れないからお姉ちゃんのちょっと良いヘアオイルを勝手に使っちゃおうとか、テストの点数は何点なんだろうとか、遠足の班が同じにならないかなとか、私服がみたいだとか、ショウくんのお母さんはどれだろうとか、なんのお菓子を作ろうとか。
もうそういったことを考えられないんだな、と明日が怖くなって、気が付いたら目が潤んでいた。
本棚の前で立ち尽くして泣いているなんて変人すぎると思って、急いで涙を拭く。
逆にその動作で分かってしまったのか、中村がこっちを向く。
私も丁度中村の方を見てしまっていたので目が合ってしまった。
中村は少し驚いたような顔をして、手に持っていた本をしまって立ち上がった。
一緒に帰っていたころは同じくらいだった身長も、いつの間にかどこから見ても中村のほうが高くて、私が少し目線を上げないと目が合わなかった。
「どうしたの?」
どこか戸惑ったような顔をしていて、首をかしげて私を見つめている。
「また、話聞いてくれる?」
「…いいよ」
私の安定しない声を支えるような低い声で中村は言った。
ー
「ふーん、典型的な失恋だね」
「そこは慰めてよ」
「僕は解決策しか出せないロジカル人間だから」
「はは、変わんないね」
二人、横並びで海沿いの歩道をゆっくりと歩く。今日は風が少なくて歩きやすかった。いいや、風が少なくてとかじゃなくて、中村がいるからかな。
本当に懐かしい、ノスタルジックな気持ちだった。
話すと会話は途切れなくて、半年以上話していなかったとは思えない。
「中村があんなに落ち込んでた理由、いまなら分かるよ」
「は?逆に今までわかんなかったの?道徳心無さすぎ」
「失恋とかしたことなかったから」
「椿はずっとポジティブで夢見がちだったからね」
変わらず椿と呼んでくれたことが嬉しかった。
「でも、不登校気味になっちゃうほどだったの?」
「まあ、あの頃はまだ学校たのしーとか思ってたし、受験とかもあんまり考えてなくて、初彼女も出来て浮かれて、ずっとこの日々が続くんだとか勝手に思ってたんだよ。だけどフラれて…なんていうんだろ、現実を知ったっていうか…。急に全部怖くなった。将来も、女子も、学校も、先生も。まあ自分でもちょっと人の目を気にしすぎてたと思うけど、同じ部活の女子からの陰口とか顧問とか、情けないけど全部怖くなって辞めたんだよ。学校の授業も無意味な気がして、学校休んで一日ベッドで本を読んだりゲームしたりする日が増えた。将来が怖い癖に念のためある程度は出席しておいたけどね。人づてにあいつら…コウキと小野寺。一緒に帰ってた三人のうちの二人が付き合ったって聞いて、別にめでたいことだったけどさ、僕だけ置いていかれてるような気がした。でも変わらずカオル…結城さんは元気そうで。一時期精神おかしかったけどさ、哲学とか色々知識つけて、安定してきたよ」
「まあ…色々あったんだよ、」
そう軽く笑う中村の目はどこか虚ろで、こうしてまた変わらず横を歩いてくれているけれど、なにか変わってしまったような気がした。
ヘレニウムの花言葉…涙