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狐
--- さあっ 大変だ 大変だ ---
--- 世間を騒がせた「八百屋お七」! ---
--- 恋に狂った少女の成れの果ては火炙りに! ---
--- ところがどっこいっ ---
--- 火炙りになったのはお七ではないっていうんだから驚きでい! ---
--- さあ、とりかえばやの真相は? 替え玉少女の真の姿は? ---
--- さあっ! 知りたかったら買っとくれ! ---
--- この瓦版に書いてあるっ! ---
--- 知りたいことすべてがかいてあるよっ! ---
---
「ねえ、お七ちゃん、やめなよ。悪いことは言わないからやめとくれ」
「いやだよ、お小夜さん。私ゃ決めたんだ」
|妾《あたし》はお七の紅い袖を引っ張った。
「会いたいからってそんなことする必要ないじゃないか」
なあ、とより一層強く引っ張る。
お七は先日の火事の際、避難先で出会った年若い男に一目惚れしたそうだ。
真面目なお七が惚れるほどの色男だったのだろう。
でも、|妾《あたし》より何倍も賢いお七のことだ。これからすることの罰だってわかっている筈だ。
「会いたいからって付け火をしないでおくれよ! 火炙りにされちまうよ!?」
|妾《あたし》が半ば叫ぶように言っても、お七は熱に浮かされたような目で首を横に振るだけだった。
「ねえ、お願いだよ。|妾《あたし》ゃもう誰とも別れたくないんだ!」
自分で言いながら、何処の心中女の台詞だろうと笑ってしまう。
けれど、お七たちが今の唯一の家族である|妾《あたし》には瑣末なことだった。
|妾《あたし》の親はもういない。親戚のお七の家に引き取られた。
歳の近いお七は新しくできた姉であり妹。そして友。
みすみす失うなんてこと、|妾《あたし》にはできない。
「なあ、お七ちゃん、こっちを向いとくれよ」
そういうと、お七は緩んだ|妾《あたし》の手を振り払って言った。
「喧しい! もう私は決めたんだ! 口出しすんじゃあないよっ!」
お七の美しい黒髪を飾るかんざしがぎらりと光る。
その光は、お七の目に湛えられた光と同様に、危うく、妖しいものだった。
「火をつければ、火さえつければあの人にもう一度会えるんだっ! 私の一世一代を邪魔する気かい!?」
お七は狂ったように叫ぶ。
|妾《あたし》も負けじと叫ぶ。
「そうよ、そうともさ! そんな一世一代なら邪魔したってどうってことないだろう!?」
パアンッと音が鳴り、|妾《あたし》の顔は大きな力によって横を向かせられた。
赤くなっているであろう頬がひりひりと痛む。
お七の手もそうだろう。お七が|妾《あたし》の頬を打ったのだ。
「気は済んだかい?」
|妾《あたし》が打って変わって静かに問うと、お七は憎しみを湛えた目で睨みつけた。
「済む気も無くなったよ。何の関係もないただの女にぶちまける言葉なんてないからね」
吐き捨てるように言ったお七を呆然と眺める。
「ただの……女?」
口から出た声は驚くほどに掠れていた。
そんな|妾《あたし》を見て、お七は残酷に微笑んだ。
「ああ、そうだよ。私のことを理解してくれない、ただ邪魔する奴なんて何の関係もない、ただの他人だ」
お七の目には、憎しみと狂気が湛えられ、わずかに潤んでいた。
呆然と立ち尽くす|妾《あたし》を見てにいっと笑った姿は、まるで狐のようだった。
「じゃあね、失礼するよ」
そう言って踵を返したお七を、|妾《あたし》は何も言えずに見送った。
解けかけた帯が獣の尾のようだ。
そんな、場違いなことを思いながら。
---
数日後、お七が火付けをし、捕えられたという噂を聞いた。
お七の母たちは有る事無い事言われることに怯え、|妾《あたし》を近所の奴に押し付けて行方をくらました。
|妾《あたし》は、あれから数日間、布団にくるまり寝込んでいた。
その噂を聞いても、何の感慨も覚えなかった。
あれは、人じゃない。狐だ。
ふと、そう思った。
にっと笑う姿も、帯の垂れ下がった姿も、狐の正体が暴かれかけた結果だったのだ。
そうだ、きっと。そうなのだ。
「ふ、ふふ」
笑い声が口から漏れた。
「ふは、はははっ、あははははっ!」
我慢できずに大声をあげて笑う。
嗚呼、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて涙が出てくる。
当たり前じゃないか、あんなに賢いお七が、恋如きに狂うはずがない。
きっと、あれは狐がお七に化けた姿だったのだ。
捕らえられたのも、狐。
お七では無い。
|妾《あたし》たちは手のひらの上で転がされているのだ。
さあ、そうと分かればこれを皆に伝えなくては。
|妾《あたし》は筆を手に取って紙に書く。編笠を被り、外に出る。
そして大声を張り上げて話すのだ。
--- 「さあっ 大変だ、大変だ!」 ---
--- と ---
眠り姫です!
ノリで書いたお七です。もう、めっちゃ創作ですね。
多分私、登場人物が狂気に狂ってるのとかも好きなんだろうな。
狂気の中で、悲しみを背負ってるとか。ん? つまりは絶望?
狂気じみた感あるキャラクター結構好きだし。(文ストのゴゴリとかドスくんとか)
では、ここまで呼んでくれたあなたに、心からの祝福を!
(この内容でこの文言は如何なものなのか)