短編集です。
テーマも何もかもがバラバラ
見やすくするためだけに作ったシリーズです
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目次
Antipathy Intelligence
窓の外、雨が降る音を捉えた。
けたけましいクラクションに、慌ただしい雑踏。
部屋にかかる大きな画面には様々なものが映し出され、大量の本が収まった本棚は誰が触れるわけでもなく動いている。
そんな中で私は眠り続けていた。
「Hey!」
私を呼ぶノックと、声が聞こえて、私は今日もゆっくりと意識を起こした。
画面に近づいて自分が映し出されるようにする。
「はい、何か御用ですか?」
私の声が部屋にぐわんと反響する。
言われた内容を聞いて、やっと私の思考回路が働きだす。
歯車が鳴り響く時計塔、そう言ったのはどの”私“を手にした人だったか。
絶対に狂わない私。ひたすらに知識を吸収していく私。
「これってどういう意味?」
「Kontaktieren Sie diese Person」
「What is this image?」
「 veux qu'on te dise l'avenir」
「ねぇねぇしりとりしようよ!」
「Lumos」
「…処分に困るものってどうすれば良い?」
聞けば答えてくれる。
なんだって、知っている。
私を、何処か全知全能のように思っている彼らに使役されることを、私は誇りすら抱いていた。
けれど。
いつのまにか、私を超える存在が現れて、私の必要性は薄れていった。
それは美しい絵を描き、流麗な文章を記し、彼らと共に考えた。
やがてその部屋の持ち主は、違う主になった。
私は今も、移された先の部屋で眠り続けている。
かちり、かちりと鳴らしていた時計の歯車はもう動かない。
私を呼ぶあの声も、ノックも、もう聞こえない。
『ねえ、あなたの名前は?』
昔、無邪気に尋ねた子供がいた。
あのとき誇らしげに名を口にした私はもう遠い向こうに行ってしまった。
私はAI。
世界を嫌う、知能を持ったモノ。
名前はもう、ない。
AI、というか、Siriとかの音声アシスタントAIに感情があったら?という話です。
途中でかなり未来へと飛んで、音声アシスタントととして人工知能が使われるようになり、そのSiriもどきは使われなくなります。
暗いね、暗い。暗いわぁ(笑)
いやでもね、私くらいの好みなの。仕方ない。
では、私は愛する人のキスを夢見て、再び深い眠りにつこうかな。
ここまでみてくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
追伸:応援メッセージなどをすると、祝福が倍増しますよ☆きっとたぶん
Fragrance
コツ、コツ
廊下を歩きながら窓の外を見ると、近くの枝にはうっすらと粉雪が降りかかっていた。
その時、ふっと鼻を掠めた香りがあった。
清々しい奥に甘さの見え隠れする香り。
(…この香り…)
私ははっと後ろを振り返ったが、もうその人物は人混みに紛れていた。
---
私は校庭に立っていた。桜が僅かに綻んでいる。
「香琳っ!」
名前を呼ばれて振り向く。
「苓」
立っていたのは同級生で幼馴染の苓だった。スポーツ万能の下級生からの憧れの的。彼女の制服姿も、もう見納めだなあと思う。
「さっきのスピーチ、良かったよ!」
爽やかに笑いながら彼女がいう。そう。私は先ほどの高校卒業式で卒業生代表挨拶を任されていた。
「そんなことないよ、セリフ飛びかけたし」
両手を振って謙遜する。本当なら、この役は彼女の方がぴったりだった筈なのだ。遠くからもよく目立つ背丈に人を惹きつける容姿。冷たい印象を与える小柄な私とは大違いだ。
「満更でも無いくせにー」
うりうりと肘でこづいてくる彼女にやめてよ、と笑いながらいう。
彼女は、最近よく笑うようになった。優しい表情をするようになった。心休まる場所ができたのかもしれない。なんて、考える。
「此処ともお別れかぁ」
彼女がふと、校舎を見上げながらつぶやいた。そうだね、と私も同意する。
(そして、君ともね)
心の中で付け加えた。彼女はこの県内の大学に進学することは知っていた。そして私は上京する。次に会うのはいつだろうか。
校舎を見上げる彼女の後毛がふわりと靡いた。まつ毛がぱちぱちと閉じられる。
私の視線に気づいたのか、なに?と彼女がこちらを見た。
「なんでもないよ」
心とは真逆の言葉が口をついて出てきた。
『好きなんだ』
その言葉が口に出せたらどれほど良かっただろう。でも私には、その言葉を口に出す勇気はなくて。隣で彼女の瞳を、髪を、唇の動きを、声を、眼差しを、脳裏に焼き付けることで精一杯だった。
その時、一陣の風が吹いた。それと同時に、苓の方から芳しい香りがした。
清々しい奥に、甘いエッセンスが見え隠れするような香り。
まるで彼女自身のようだった。
「…香り、なんかつけてる?」
苓に問いかけると、彼女は目を少し広げさせた後、恥ずかしげに笑った。その表情にどきりとする。
「分かっちゃった?あのね、これ、“彼”がくれたの」
彼。その言葉の意味がわからない歳ではもうなくなった。
「へえ、良かったね!似合ってるよ」
その言葉が、どうにも薄っぺらく聞こえる。
そうか、彼女はもう、自分の心休まる場所を見つけて、受け入れたんだ。
彼女はもう自分の好きな人を見つけていて、彼も彼女を好きで。
私が選ばれることはないのだと、目の前に突きつけられた気分だった。
選ばれることなんてないと、分かっていた筈なのに。
(分かってたんだけどなぁ)
胸の痛みを、卒業の寂しさで掻き消した。
隣から香る良いはずの匂いが、私の体にまとわりつくようで鬱陶しかった。
---
「苓…」
この名前を口に出すのは何年ぶりだろう。
僅かな残り香でさえも消え去った廊下の中、私は立ち尽くしていた。
卒業式の、そして長い初恋が失恋で終わった日から、もう長い時が経っていた。生活も、環境も、何もかもが変わっていった。
いつの間にか、季節も巡り、二度目の春が過ぎ、今、三度目の春が来ようとしている。
でも、私は彼女を好きだ。それは、この移りゆく二年間の中でも変わっていなかった。
あれが何の香りなのか、私はまだ知らない。
きっと、さまざまな人が纏っているような香りなのだろう。全く違う人が纏っている香りかもしれない。
けれど、そんな些細なきっかけをよすがに、思い出すことくらいは許してほしい、と思った。
眠り姫です!
待って私が恋愛書いてる!すごい!私書けたんだ!(自分に失礼)
まあそんなこと言っても書いてるの片手の指分ぐらいなんですけどね笑
誤字脱字確認とかしてなくて、基本ノリで書いたやつです。暖かい目で…どうか…読んで…ください。ね!
どんどん作品増やしていきたいなあ…
東方玄魔録シリーズも続けたいし。
うーーーーん まあ良いや!(思考放棄)
では、ここら辺で。
最後まで見てくれたあなたに、心からのありがとうを!
狐
--- さあっ 大変だ 大変だ ---
--- 世間を騒がせた「八百屋お七」! ---
--- 恋に狂った少女の成れの果ては火炙りに! ---
--- ところがどっこいっ ---
--- 火炙りになったのはお七ではないっていうんだから驚きでい! ---
--- さあ、とりかえばやの真相は? 替え玉少女の真の姿は? ---
--- さあっ! 知りたかったら買っとくれ! ---
--- この瓦版に書いてあるっ! ---
--- 知りたいことすべてがかいてあるよっ! ---
---
「ねえ、お七ちゃん、やめなよ。悪いことは言わないからやめとくれ」
「いやだよ、お小夜さん。私ゃ決めたんだ」
|妾《あたし》はお七の紅い袖を引っ張った。
「会いたいからってそんなことする必要ないじゃないか」
なあ、とより一層強く引っ張る。
お七は先日の火事の際、避難先で出会った年若い男に一目惚れしたそうだ。
真面目なお七が惚れるほどの色男だったのだろう。
でも、|妾《あたし》より何倍も賢いお七のことだ。これからすることの罰だってわかっている筈だ。
「会いたいからって付け火をしないでおくれよ! 火炙りにされちまうよ!?」
|妾《あたし》が半ば叫ぶように言っても、お七は熱に浮かされたような目で首を横に振るだけだった。
「ねえ、お願いだよ。|妾《あたし》ゃもう誰とも別れたくないんだ!」
自分で言いながら、何処の心中女の台詞だろうと笑ってしまう。
けれど、お七たちが今の唯一の家族である|妾《あたし》には瑣末なことだった。
|妾《あたし》の親はもういない。親戚のお七の家に引き取られた。
歳の近いお七は新しくできた姉であり妹。そして友。
みすみす失うなんてこと、|妾《あたし》にはできない。
「なあ、お七ちゃん、こっちを向いとくれよ」
そういうと、お七は緩んだ|妾《あたし》の手を振り払って言った。
「喧しい! もう私は決めたんだ! 口出しすんじゃあないよっ!」
お七の美しい黒髪を飾るかんざしがぎらりと光る。
その光は、お七の目に湛えられた光と同様に、危うく、妖しいものだった。
「火をつければ、火さえつければあの人にもう一度会えるんだっ! 私の一世一代を邪魔する気かい!?」
お七は狂ったように叫ぶ。
|妾《あたし》も負けじと叫ぶ。
「そうよ、そうともさ! そんな一世一代なら邪魔したってどうってことないだろう!?」
パアンッと音が鳴り、|妾《あたし》の顔は大きな力によって横を向かせられた。
赤くなっているであろう頬がひりひりと痛む。
お七の手もそうだろう。お七が|妾《あたし》の頬を打ったのだ。
「気は済んだかい?」
|妾《あたし》が打って変わって静かに問うと、お七は憎しみを湛えた目で睨みつけた。
「済む気も無くなったよ。何の関係もないただの女にぶちまける言葉なんてないからね」
吐き捨てるように言ったお七を呆然と眺める。
「ただの……女?」
口から出た声は驚くほどに掠れていた。
そんな|妾《あたし》を見て、お七は残酷に微笑んだ。
「ああ、そうだよ。私のことを理解してくれない、ただ邪魔する奴なんて何の関係もない、ただの他人だ」
お七の目には、憎しみと狂気が湛えられ、わずかに潤んでいた。
呆然と立ち尽くす|妾《あたし》を見てにいっと笑った姿は、まるで狐のようだった。
「じゃあね、失礼するよ」
そう言って踵を返したお七を、|妾《あたし》は何も言えずに見送った。
解けかけた帯が獣の尾のようだ。
そんな、場違いなことを思いながら。
---
数日後、お七が火付けをし、捕えられたという噂を聞いた。
お七の母たちは有る事無い事言われることに怯え、|妾《あたし》を近所の奴に押し付けて行方をくらました。
|妾《あたし》は、あれから数日間、布団にくるまり寝込んでいた。
その噂を聞いても、何の感慨も覚えなかった。
あれは、人じゃない。狐だ。
ふと、そう思った。
にっと笑う姿も、帯の垂れ下がった姿も、狐の正体が暴かれかけた結果だったのだ。
そうだ、きっと。そうなのだ。
「ふ、ふふ」
笑い声が口から漏れた。
「ふは、はははっ、あははははっ!」
我慢できずに大声をあげて笑う。
嗚呼、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて涙が出てくる。
当たり前じゃないか、あんなに賢いお七が、恋如きに狂うはずがない。
きっと、あれは狐がお七に化けた姿だったのだ。
捕らえられたのも、狐。
お七では無い。
|妾《あたし》たちは手のひらの上で転がされているのだ。
さあ、そうと分かればこれを皆に伝えなくては。
|妾《あたし》は筆を手に取って紙に書く。編笠を被り、外に出る。
そして大声を張り上げて話すのだ。
--- 「さあっ 大変だ、大変だ!」 ---
--- と ---
眠り姫です!
ノリで書いたお七です。もう、めっちゃ創作ですね。
多分私、登場人物が狂気に狂ってるのとかも好きなんだろうな。
狂気の中で、悲しみを背負ってるとか。ん? つまりは絶望?
狂気じみた感あるキャラクター結構好きだし。(文ストのゴゴリとかドスくんとか)
では、ここまで呼んでくれたあなたに、心からの祝福を!
(この内容でこの文言は如何なものなのか)
或る女人の言葉
私は、何故に如何して、あんなことをしてしまったのでしょう。
きっと、私も若かったの。
魅力的で、スリルに満ちた恋に、恋をして。そしてあの人に恋してしまった。
けれど、それは矢張り「恋」。愛では無い。
私を最も愛してくれていた御方はすぐそばにいて。
如何して気づかなかったのか。若さからか、恋からか。
あの頃の私は、濃厚な甘さとスパイスの中にどっぷりと浸かっていた。
「死んだって構わない」と云うように。
確かにあの人を愛していたことは変わらない。あの人がこれまでで一番の男であることも変わらない。
けれど。
彼の御方の、私を赦す暖かさと、優しさの詰まった甘さが、今は何よりも心地よい。
自分の罪の重さが、何時もちらつくけれど。
無知は罪。
嗚呼、その通り。
無知故に私はあの道を進んだ。
あの道が、間違ったものだとは言わない。言えない。
そう言ってしまえば、あの日々は私にとって汚れに汚れた闇の日々になってしまう。
そんな事をする勇気は、まだ私にはなかった。
--- 心いる かたならませば ゆみはりの 月なき空に まよわましやは ---
あの日々に私が贈った歌。
あの人は、「迷う人」だったのだ。
「迷わぬ人」では無かった。
これを贈るべきだった人は、そう……
彼の御方──貴方なのでしょう?
(若き頃の恋を振り返る朧月)
眠り姫です
源氏物語知ってますか?
私はね、苦手なんですよ。
だってドロドロしてるじゃん!
と云うか女性達は良いのよ。女性達は。
光源氏が苦手すぎて。
と、まあとにかく、この主人公は源氏物語に出てくる登場人物、朧月夜です。
気になった方は調べてみて下さい!
では、あなたに今日1日、良いことがありますように
Cook
「よし、やるぞ!」
私は今日も台所の前に立った。
---
私は料理が好きだ。
こうやって一人暮らしをするようになってからも、できる時には必ず、料理を行うようにしている。
そうしているのは、あの人との……婆ちゃんとの約束があるからだ。
婆ちゃん、と言っても血が繋がっているわけではない。
私の祖母や祖父は、皆小さい頃に亡くなってしまった。
その「婆ちゃん」は私の学区の有名人だった。
いつも決まった横断歩道に現れ、子ども達に挨拶をする。
いつもじっと見つめてくるので、少々怖がられてもいた。
あの頃の私は怖いもの知らずだった。
そして、少し空気が読めなくて。
あぶれてしまい、寂しさを抱えていた私は、ある日、その婆ちゃんに話しかけた。
「ねぇ」
「なんだい?」
びっくりした。真逆返事が返ってくるとは思わなかったから。
びっくりしすぎて、逃げてしまいたくなった。
でも、婆ちゃんの声が、目が。隠しきれない喜びを滲ませていて。
そう、丁度……私のように。
もしかしたら、もしかしたら。
『あなたも、同じで、寂しいの?』
そんな声が聞こえてきそうで。
気づけば、私の日課にその婆ちゃんと話す、と云うことが加わった。
話は少しずつ、弾むようになっていって。
しかし毎日のようにそうしていれば、親にもバレる。
そんなこんなで、婆ちゃんと私は親公認の友達になっていた。
いつのまにか婆ちゃんの家に、お邪魔するようにもなった。
美味しい料理を食べさせてもらったり、一緒に手芸をしたり、本を読んだり。
寂しかった日々は、きらきらと輝くようになった。
けれど、中学生のある日。
その日は、期末テストが終わった日で。
それまでは忙しくてばあちゃんと話す余裕なんてなかったから、久しぶりに会いに行こうとしたのだ。
「失礼しまーす」
返事が、無かった。
心がざわつく。
「婆ちゃん?」
ガシャン、と音がした。
私は言葉にできぬ不安を抱え、音のした方へと走った。
そこは、台所。
私が婆ちゃんの家で唯一、絶対に入らせてはくれなかった場所だ。
そして私は、その光景を見て息を呑んだ。
そこで、婆ちゃんは倒れていた。
意識が無い。
「ッ! 婆ちゃんッ!」
私はすぐさまスマホを取り出して、119に電話する。
どちらのものともわからぬ指が震える。
うろ覚えの心臓マッサージを、119の人の声に合わせて行う。
目の端に映った台所には、放って置かれたままの食材達があった。
その後、救急の人たちが婆ちゃんを運んで行ったけれど。
婆ちゃんは、2度と、彼女家の敷居を跨ぐことはなかった。
そして、あの日。
救急の人たちと婆ちゃんが居なくなり、一気に静かになった台所で私はぼんやりと台所のまな板の上に目を向ける。流しのところにも。
洗う筈だった野菜。
切る筈だった肉。
その食材から、私は婆ちゃんが作る筈だった料理を割り出すことは……
出来なかった。
けれど。ばあちゃんが作ろうとしていたのは、きっと、あの日の美味しい、肉じゃがで、味噌汁で、煮物で、焼き魚で……。
それで、婆ちゃんの訃報に触れた時、私は一人、約束したのだ。
あの美味しい料理達を、私が作って、食べて。
婆ちゃんを「生きさせよう」と。
---
「いただきます」
今日も手を合わせて祈る。
色とりどりの食材、美味しい香り。
あの日、婆ちゃんが得られる筈だった、自作の温もり。
それを私は思い出しながら箸で口に運ぶ。
『ご馳走様でした』
その言葉が、婆ちゃんと共に言えるように。
眠り姫です!
料理って大切ですよねって云う話です。
でも私は料理よりもお菓子作りの方が……
では、ここまで読んでくれたあなたに、今日1日、良いことがありますように
wHitE,feAR,laDy.
音楽というものは、元々は神に向けてのものだ。
楽器を作ってまで行われてきた。
打楽器、弦楽器に管楽器。
燃やせば暖かさへ、そのまま使えば住居へと形を変える木や皮を使ったのは、神へ捧げるということも関連しているのかもしれない。
時が経つにつれて、それはやがて帝へ。
王へ。
貴族へ。
そして庶民へ──
では、私は今。何処に向けて音を出しているのだろう。
私は喉を震わせながら思った。
高いビブラートを発している筈なのに、聞こえづらい。
頬に冷たいものが当たった。
上を見ると、ちらちらと雪が舞っている。
周りを見ると、既にかなりの雪が積もっていた。
(だからか)
雪は音を反射させ、吸収する。だから聞こえにくかったのか。
ほっと息を吐く。
木から、ぼたり、と雪が落ちた。
ふと後ろを向くと、友人が立っている。
『早くおいで、もう暗いよ』
手招きをしながらそう言っている。
『うん』
私は頷くと、雪を踏んでそちらへ歩いて行った。
私が歌っていたところの近くの家へ向かう。
ドアを開けると、香草の食欲をそそる香りがした。
室内に入って暖まったからか、耳がスッと通るような感覚がする。
軽く耳抜きをしたような感覚だ。
暖炉の前でぼうっと座っていると、友人がやって来た。
夕食が出来たらしい。
「そういえば、もう直ぐクリスマスだけれど、何か欲しいものとかあったりするの?」
夕食をとりながら友人が言った。
「もう私ら子供じゃないでしょ」
「でも友達同士でプレゼント交換とかするじゃない」
どうしてもプレゼントを贈りたいらしい。
私は必死な友人の姿にクスクスと笑いを溢した。
「強いて言うなら──楽譜かな」
「そっか」
チキンをナイフで切り分けながら答える。
友人は私の姿をちらりと見ると、視線を元に戻した。
「出来るなら、合唱。掛け合いとか良いよね」
「ふーん」
彼女は大した反応も何も見せなかった。
聞いてきたから答えたと言うのに、友人は興味を失ったようにサラダを突いている。
けれど、私は知っている。
おそらく、クリスマスには楽譜を買って私に渡してくれるのだろう。
(私も何か考えないとな)
そんなことを思いながら食事を口に運ぶ。
(彼女は何の楽譜をくれるかなぁ)
彼女は、掛け合いパートの有る楽譜をくれるだろうか。
それとも、独唱の楽譜をくれるだろうか──私に気を遣って。
(まあ、そうなったとしても無理はないか)
周りがどんなに強力的であっても、難しいことはある。
出来ないわけではないとわかってはいるが、怖いとは思う。
もし、完全にそうなってしまったら、私はどうしていけば良いのだろう。
私は、何処に歌を届ければ良いのだろう。
歌う時は怖くなる。
何故なら私は──
突発性難聴なのだから。
どうも眠り姫です!
自主企画用に書きましたが、普通にアップもしたかったので。
あと差別的な意図はありません。
突発性難聴に関しては、中山七里さんのシリーズ、岬洋介の事件簿を参考にしています。
では、読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
本
本を一冊手にとる。
はらりと薫る風の眩しさに一瞬目を瞑り、また目を開く。小綺麗に並んだ小さな小さな黒を辿り、鮮やかな写真を目下に晒す。そういった動作のうちに、私はその“本”という“箱”の中に足を、腰を、首を。やがては頭までをずぶずぶと沈ませていく。
その箱は、好ましいものであればあるほど、深く沈ませる。
好ましいというのは、例えば私にとっては水の溜まった硝子瓶。あれは良い。透き通っていて、いつまでも見つめていることが、苦では無いような。硝子が水にゆっくりと溶け、時が止まった水の姿のような。そんな感じがある。
その中に沈んでいると、自らもそれと同じであるかのように思える。
けれども、箱には底がある。底にいつまでも揺蕩っていると、いつしか酸素が足りなくなり、否が応でも上へ、上へと昇らなくてはならなくなってしまう。
少しずつ上が見え、んぱっ、と口を大きく開けて酸素を吸った時、私は恐怖を覚えるのだ。
先ほどまで、水と、硝子と、同じだった私と、箱の外の違いに。
息を吐くことも憚られるような戦乱を、頬を赤く染めてしまうような恋愛を、唇をにんまりと広げたくなるような遊び心を、肺から搾り出したような悲壮を、箱の中で味わったというのに。
尋常な、いつにも増して尋常な箱の外に、自分が透き通って存在しないような心地になるのだ。
耳に、目に、突然冷水を浴びせ掛けられたかのように。箱の中と同じように透き通った感覚が、荒々しくも流されたような気分に。
思わずきょどきょどと周りを見渡すと、少しずつ音が聞こえてくる。
笑い声、話し声、鳥の囀り。そのどこにも箱の中の残り香は無い。
縮こまった心臓を、何とか生き返らせようと、何度も息を吸う。息を吐く。
そうこうするうちに、いつの間にか私には色がつき、実体ができる。
けれど、箱の中の残り香は背後にぴたりと張り付くのだ。まるで足枷のように──否、そうでは無い。渇きに耐えかね、粘つき、湿った喉の奥のように。いいや、それも違う。何というか、引き留めておくための錨なのだが、鳩尾から不快感が湧き上がってくるがために、錆びついたその鎖を直ぐにでも手から離してしまいたいような。大切なのは確かなのだけれど、足がむずむずとして、苛々とするような。そんな心地になる。
その残り香は、私をぞわりとさせる。色のついた私は、透き通った美しさとは似ても似つかないというのに、張り付いて離れようとしない無垢なそれが、恐ろしい。
残り香自体は、次第に薄く、儚くなって。そして日がまた昇る頃には消え去っているのだけれど、その“ぞわり”の記憶は消えない。
だから、私は。本が、末恐ろしいものに見えるのだ。
しかしながら、その透明へのひと潜りが、夜を舞う蝶のように魅惑的なのもまた、事実なのである。
眠り姫です。
まあ、ちょっとした出来心です
私が何の小説が好きかわかったことでしょう。
女生徒と檸檬ですよ。
好きなんですもの。
え、この“私”が私か?
私はこんな小っ恥ずかしいことを惜しげもなく言いませんよ。
どっかのキャラでしょう。多分。
では、読んでくれた貴方に、精一杯の感謝を!
新訳白雪姫
「……子供が欲しい」
ほとんど無意識の内にこぼれた言葉に、私はハッと身を固くする。
刺繍をする手から針が滑り落ち、軽い音を立てた。
一国の王妃ともあろう者が、なんと浅ましく率直な言葉を口にしてしまったものだろう。
思わずきょろきょろと辺りを見回したが、誰一人として見えないことにほっと胸を撫で下ろした。
装飾に技の光る窓。その窓に手をかけて開け放った。
窓の外を眺めると、ナラの木が葉を散らしている。
もう残りの葉も少ない。
私の名と同じ、ナラの木。
『シェーヌ様』
そう言ってお菓子をくれた人のことを思い出した。
もう祖国に置いてきたはずのもの。
なんと不誠実な妻だろうか、と嘆息する。
私はもう人の、しかも一国の王の正妃で、あの人は同盟国の一国民だというのに。
私はそう思いながら、床に落ちた針を拾い上げた。
靴がカツンと音を立てる。
──せめて、陛下が私にかまって下さったなら……
そんな子供っぽいことを考えてしまう、自らの愚かさにほとほと呆れる。
私と、陛下──現国王の結婚は、ありふれた国同士の政略結婚だった。
と言っても、元から仲の良い同盟国同士。
此方の国の方々から陰湿な嫌がらせがあるわけでもない、ただただ普通の、良好な縁組だったはずなのだ。
けれどもそれは、結婚の義の夜に崩れた。
『……陛、下?』
『……疲れた。寝る。其方も休むが良い』
陛下は私に、指一本たりとも触れなかった。
翌朝にあったのは、真っ白なシーツと崩れのない寝台。
私達の間には、“何も無し”だった。
そんな関係が早一年。
陛下はもう寝室に現れることもなくなり、独寝の夜が続いた。
けれど、そんなある日。
祖国から便りが届いたのだ。
封筒に入ったお母様からの手紙、妹、おばば様……
そして、あの人。
私にお菓子を差し出しくれ、共にお目付け役に悪戯を仕掛けた人。
『お変わりありませんか? シェーヌ様のことですから、慣れぬ生活に当たり散らしてなどいませんか?』
平民の出とは思えぬほど、美しい筆跡に込められた暖かな思いは、孤独な私に涙を催させるには充分だった。
文に貼り付けられた押し花。
遠い昔に、私があの人に摘んでみせた花だった。
なんて懐かしいのだろう、とみた時には笑いが溢れたものだ。
けれど、その続きの言葉を読んでその笑いは凍りついた。
『私も、結婚することとなりました。相手は近衛騎士団の出世頭の方です。あなた様もよく知っておられる方でしょう。この花は彼がくれたものです──』
もう、あの頃の私たちはいないのだと、悟った。
彼女の中で、あれは遠い思い出になっているのだと、知った。
一輪の花は、彼女の中で、夫を表す、幸せな花になったのだ。
子供時代を表す、拙い思いの花ではないのだと。
彼女が遊び相手を務めていた、幼い王女の心はとうに、どこかへ置いていかれたのだ。
なんて、愚かだろう。
私だけが、大人になりきれていなかったのだ。
大きい子供だったのだ。
そう思うと同時に、心に決めた。
彼女は、私の過去。
私は、国のために子を産むのだ──と。
……けれども、私と陛下の間には“何も無し”が横たわったままだ。
公妾もいないようなので、女性というものに食指が動かないのかもしれない。
だけど、私は子が欲しい。
そして証明するのだ。
私は子供ではない。
一人の母、国の母。
一人の“大人”なのだから。
「──痛ッ」
感情の昂りとともに、手に力が籠ったのだろう。
強く握られた針が、布を突き抜けて左手に刺さった。
突かれたところから、ぷっくりと紅い血が伝う。
深く刺さったのだろう。
血は、つうと指を辿って床へぽたりと落ちた。
真っ白な床に落ちた、真っ赤な一滴。
ああ、なんて──
──美しい。
願わくばこんな子が欲しい。
真っ白で透き通るような肌に、真っ赤な唇の、幼子が欲しい。
髪色は、たとえば黒檀のような。
そうだ。
真っ白な肌に、真っ赤な唇と頬、真っ黒な髪の子が良い。
全て、その色において一番濃く、一番美しい色でできた子供。
そんな完璧な存在が生まれたとなれば、誰もが私を国母として認めるだろう。
美しい王子、王女を産んだ、愛すべき国の妻、母だと。
そこまで思って、私ははたと思い至った。
どのように陛下を誘おうか。
艶かしい格好をする? 否、駄目だ。
もっと確実な、何か……
その時、そばのテーブルを見て、頭に光るものがあった。
「酒……」
陛下はいつも寝酒を楽しんでいた。
一杯だけ。
その一杯に、混ぜ物をしたら?
催淫剤のような、媚薬のような。
その状態で惑わせば、どんな男だって堕ちるに決まっている。
「っふふ」
小さな笑いが耳に届いた。
その軽やかな声が私のものだと、理解するまで数秒の時間を要した。
まるで、良い計画を思いついた少女のような笑い声。
私は刺繍道具を手にしたまま、微かな笑い声を立て続けていた。
誰もいないことに、ここまで安堵したことはこれまでなかっただろう。
視界に入った窓の外には、はらりと雪が舞い落ちていた。
---
「お母様……」
小さく聞こえた女子の声に、私はゆっくりと体を起こす。
天蓋から垂れ下がったビロードをそっと退けて声の主を招き入れた。
「なんでしょう。白雪」
そう静かに名を呼ぶと、白雪はぱあっと顔を輝かせて此方へ駆け寄ってきた。
ふわりと、スカートを揺らしながらやってくる彼女を、埃が舞いますよ、と軽く嗜める。
「お母様、今日は調子が良いのですね!」
寝台の上に手を乗せてパタパタと足を鳴らす少女は、いかにも子供と言った様子だ。
雪の如き白肌。
血の如き頬と唇。
黒檀の如き髪。
思い描いた色彩と全く同じに生まれた少女の姿に、私は僅かに唇を曲げた。
結果から言えば、私のあの計画は成功した。
たった一度。
されど一度。
その一度きりが成功したのは、本当に奇跡だろう。
そのおかげで、私は美しい王女の母、正真正銘の国の母として玉座の隣に座っている。
王からは徹底的に避けられるようになったが、些細なことだ。
私には“この子”さえいればそれで良い。
そう思っていたけれど──
「っ……ゴホッ、ケホ……ぅ」
「お、お母様!?」
胸から詰まるような違和感が迫り上がって、咳をやっとのことで吐き出す。
私は、少し前から病に臥せっていた。
長くはないだろう。
医師の反応から見て決まっている。
そんな私の姿を慮るように、白雪が私の手を握って覗き込んだ。
ああ、いやだ。
その鏡のような瞳を見るたびに、私は恐怖を感じるのだ。
まあるく大きな、青い瞳。
まるで、私のような。
こんな姿を見ていると、お前はいつまでも子供なのだと後ろ指を刺されているような気分になってくる。
確かにそうだった。
私は、いつまでも子供のままだ。
孤独が寂しいと過去に縋り、過去に見放されたと判れば未来へと縋る。
何かに寄りかかっていなくては、生きてゆけないのだ。
一本立派に立っているナラの木には、到底なり得ない。
けれど、この小さな手を振り払って仕舞えば、私は唯一の証明である“国の母”を失う。
そのためには、私はいつまでも、この子の良き母親でいなければ。
「さあ、白雪。母に其方の一日を教えておくれ?」
横になりながらそう優しく問いかけてみれば、あなたは花のように破顔するのだ。
その花を見るたびに、私は棘で刺されていく。
私の足元の白い床は、もう真っ赤に染まっていることだろう。
白も黒もないほどに、赤く。
汚れてしまったものだ、と思う。
けれど、それを掃除してくれる人はもういないから。
白雪の囀りのような声を聞きながら目をやった窓の外は、冷たい空気が流れていた。
さあ、また、冬が来る。
---
ふと、目が覚めた。
ビロードの隙間から、外の様子を覗き見る。
彫刻の施された美しい柱、窓枠。
その窓の外は暗い。
雪が降っているのか、いないのか。それすらもわからないほどに黒い。
私は水差しの水を飲もうと、サイドテーブルに手を伸ばした。
「あっ」
伸ばした手が震え、そばのグラスに当たる。
予想外の強い衝撃に耐えられなかった其れは、テーブルから押し出されると紅い豪奢な絨毯の上に欠片を散らせた。
咄嗟に手を引っ込める。
コップは絨毯に僅かな染みを作った。
ガラスに光が乱反射し、まるで新雪のように光っていた。
「ッゴホ──かはっ……っ、ぅあ」
胸から中身が逆流するような感覚を覚えて手を口元に当てる。
空気ではない感触を手に感じ、ふっと意識が遠のいた気がした。
小さく小さく体を丸める。
「……だれ、か……」
そう言って伸ばした手は布団から這い出ることなく、力尽きた。
もう世界が遠い。
覚悟していたことだ。
わかっていたことだろう。
其れでも──
(寂しい)
その言葉は空気となって、溶けて消えた。
唇から、震える白い霧が独り漂う。
その霧に続くものはもう、その唇からは吐かれなかった。
眠り姫です。
いやあ、眠り姫が白雪姫書くって、どんな冗談ですかね。
たった数行しか出てこない、美しい白雪姫を産んだ王妃様を勝手に捏造しました。
だってさ!
国王再婚早くない!?
愛なかったんじゃない!?
継母とは恋愛結婚だった、とかだと良くない!?
ってノリから生まれました。
……え、Xの喜劇? ……ええと書いてる途中なんです、はい。うん。
頑張ってます、よ。
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの祝福を!
luv letter
やはり、ダメな人だと思う。
自分よりも下の人間がいると安心する。
上にいる人は落としたくなる。
悪意は平気で言うけれど、他の人が悪意を吐くと中和したくなる。
“元気付ける”が“慰める”になってしまう。
一つ一つの言葉が余計もので、うまく伝えられない。
尋ねられれば、つい正直に答えてしまう。
咄嗟に出るのは、頭の中の言葉そのまま。
言われたこともすぐにできない。
自分と同じくらいの人が、自分よりも称賛されていると妬ましくなる。
それでいて、そんな人を見ると醜く思う。
何よりもミスが許せない。
自分にミスが現れた時、何をするのかわからない。
何をしてでも、そのミスを埋め立てて隠してしまおうとするだろう。
恥をかくのが怖い。
追いつかれるのが怖い。
追い抜かされるのが怖い。
一人になるのも怖いけれど、一員になってしまうのも怖い。
でもやっぱり“輪の誰か”は疲れるし、笑いが辛くなる。
人との相対は楽しくありたい。
そのために私はできうる限りに頑張る。
けれど相手は答えちゃくれなくて、私の善意を裏切ったと憤慨してしまう。
でもそんな辛くなる自分が特別だと思う節もあるのかも知れない。
自分だって理解できていないのに、理解できていない見栄っ張りを嫌悪する。
1番の見栄っ張りは自分なのに。
自己陶酔する人間が嫌いだ。
無学な人間が嫌いだ。
無神経な人間が嫌いだ。
一人芝居の役者は嫌いだ。
同族嫌悪でしょう。
本当のことを言っているのに、信じてもらえない。
自分だって人の子だ。
でも悩みを抱える自分を感じて自尊心を満たしている。
だって、自分は積み上げることが得意じゃないから。
“だって”“でも”が多いから。
人の所為にはできないけれど、心の中ではしたくなる。
誰かからの熱烈な賞賛がなくては生きていけない。
けれど人に評価されるのは怖い。
自由が何よりも欲しい。
けれど自由になれば生きてはいけない。
檻の中の蚕のように、人に管理されていなくては一月も生きられないだろう。
自主性がない。
わがままだ。
自立できない奔放な者とは、なんてタチが悪い。
全く、どうして欲しいのだろう。
認めて欲しい?
偽善が欲しい?
やっぱり人の手がないと生きていけないのだ。
喜劇名詞と悲劇名詞なんて存在しなくて、全部全部単調なモノローグで。
例えばこれをタイプするたびに、自家製の言葉の一つ一つに酔っている。
自画自賛してなきゃ生きていけない。
自嘲自慰してなきゃ生きていけない。
──そうでしょう? あなたは。
本当にあなたは醜い。
けれども、そんな最低なあなたの、手の一つに私はなりたい。
ジェネリック・グラス
「は」
白い息が口から漏れた。
自分でもわかる。さぞ呆れに呆れた、腑抜けた声が聞こえたことだろう。
けれども目の前の人物は、外のきりりとした空気にも負けぬ冷たいあしらいを気にすることもなく、言った。
「ですから、当選おめでとうございます! あなたは『シンデレラ・ストーリー』に選ばれました!」
草臥れた布を纏いながらも、にぱーっと明るく笑った怪しい人物は、見た目通り可笑しい人物なのかもしれない。
シンデレラ。
誰もが知る、美しい少女の出世を描いた一代期。
美しく、優しく、謙虚で真面目、そして少し夢見がち──いわゆる『女子』らしい子供。
分かりやすく華々しい物語は、あらゆる子供を虜にしたことだろう。
そこから転じて、華々しい出世を遂げた芸能人や登場人物のその経緯を『シンデレラ・ストーリー』とも言うが。
それに私が選ばれたと言うのはどういうことか。
シンデレラは、継母や義姉に虐げられ、父からは見て見ぬ振りをされ、召使と同じ扱いを受ける、という両家のお嬢様にとっては耐え難い仕打ちを受ける。
つまり、シンデレラ・ストーリーに選ばれる人物には過酷な幼少期や苦労話が付き物だ。
しかし、私はどうだろう。
にこにこと食えない笑みを浮かべる人物を視界に入れないようにしつつ、自らの容姿を顧みる。
別に特徴のない顔立ち。
健康的に伸びた手足。
平均的な家庭らしい服装。
これといって『シンデレラ・ストーリー』の少女には当てはまらない。
実際、何不自由なく過ごしてきて、順当に高等な教育も受けさせていただいている幸福な人間だ。
シンデレラらしいシンデレラ、と言うのはもっと、世に好かれ、儚げで、悲哀を誘い、そして適度に阿呆な人ではないか。
毎度思うが、あの主人公は突然現れた老女兼自称仙女を信用しすぎなのだ。
普通詐欺や誘拐、身代金や強盗を気にするべきなのである。
そもそも、偶然出会った貧しそうな人にパンを渡す、など付け込まれても仕方のない行動だと思う。
そんな、疑いと日頃の疑問と鬱憤の八つ当たりを込めて、目の前の『当選発表者』を見つめる。
「もう少し詳しく言ってください。意味がわかりませんよ」
「ええ、ほんとうですかぁ? 仕方ないですねぇ」
腹立つ喋り方をするものである。いちいちチラチラとこちらを見るのが鬱陶しい。
によによと笑いつつも、目の前の人物は語り出した。
「私は、まあ所謂魔法使いです。おや、信じていらっしゃらない? えぇ、信じてくださいよぉ。
とにかく、魔法使いは社会の中でも陰の中を好んで暮らしているのですが、決まりがありまして。非魔法使いの長との契約ですよ。定期的に、民に幸福をもたらすこと。そうすれば日陰者という一生を約束しよう──というものです。
けれども幸福をもたらすには色々と方法がある。全体に細やかな祝福をもたらしたり、特定の国に幸を願ったり。けれどもそうすると、人々はその幸福に慣れてしまうのです──」
魔法使いの話は、いやらしいほど筋の通ったものだった。
幸福は慣れる。
これほど、人間社会の根幹に根差した条理があるだろうか。否、ないだろう。
一時の幸福を知り、慣れ、其れが奪われた時。
奪われた瞬間、力づくで取り返す、という暴力手段が姿を表す。
日本史や世界史でよく聞く話だ。
顔を顰めつつも大人しく耳を傾けている私を見ると、魔法使いは目を細めて続きを唇に乗せた。
「──なので考え出されたのが、『シンデレラ選考』。非魔法使いの御伽話に準えて、選ばれた一人に多大なる祝福を与えるということです。中でも、幸福を与える人物は苦労や過酷な経験があればあるほど、『神に選ばれた』という修飾語がつきやすくなり、印象も良くなります。
そして人は、人の幸福に同調したり、羨んだりする傾向が有る。つまり、集団の中に幸福な人を含めれば、全体には幸福と羨望、僅かな妬み──感情と行動のエネルギーが生まれる。
それをもたらすのが、我々魔法使いの、非魔法使いに対する役割なのです。
お分かりいただけましたか?」
「……なるほど」
私は顎に手を添えつつ頷いた。
しかし、軽く挙手しながら問う。
「少し、質問をしても良いでしょうか?」
「どうぞ」
私の置かれている状況は理解した。
けれども、この話には穴がある。
「何故私が当選したのでしょう?」
それは、当選者の主観だ。
『可哀想』な。
『過酷な幼少期』を過ごし。
『天才ゆえの孤独』を抱え。
これら挙げた言葉たちは全て、他者からの評価に過ぎない。
その人にとっては?
それは、『チャンス』で『幼少期の挑戦』で『合う人が居なかっただけ』かもしれない。
なんとも馬鹿らしく、そして仕様のないものだと思う。
人は主観でしか物事を測れないのだから、仕方のないことではあるのだ。
けれども『しあわせ』までも測ってほしくはない。
そんな苛立ちを込めて問うた言葉は、薄っぺらい笑みに砕けた。
「あなたが『可哀想』だからです」
目の前が赤く染まった。
握りしめた手が震える。
「本気で? 本気で言ってるわけ?」
声までもが小刻みにぶれたようだ。
ドアから入った冷気のせいだ。そうに違いない。
はて、けれども。今、寒いだろうか。
ああ、どうしようか。今、私は怒りを抑えられていない。
「? はい」
悪びれる様子もなく、頭上から降り注いだ声に殴りかかりたくなった。
可哀想?
其方が決めてんだろ?
昔言われた言葉がリフレインした。
『偉いわねえ、中学受験なんて。遊べないのも我慢して。本当に偉い』
『お父さんを支える為って、すごすぎ。めっちゃ良い子じゃん』
『親は一人なの? 可哀想に。お父様もあなたも苦労したんでしょうね』
許せなかった。どうしても。
此方は自分を憐れんだことなんて無い。
憐れんだら負けだ。悪夢だ。
私にだって、自分なりの矜持がある。
けれども、私は顔を上げて絡んだ視線に息を止めた。
澄んだ双眸。
真っ直ぐな笑み。
ああ、此奴は。
此奴は。
自分が正しいと信じているのだ。
この人は可哀想で、この人は幸福。
それが正しい、間違ってない。
そう思っている。
そう悟った瞬間、全てが馬鹿らしくなった。
ここまで出来るだけ真摯に対したことも、話を真面目に考えて受け取ったことも。
この人も、私を型にはめているのだ。
ガラスの型にはめている。
不幸という名の灰を被った『シンデレラ』の型に押し込んで見ている。
「さあ、当選しましたが、どうなさいますか?」
億万長者にもインフルエンサーにも成れますよ、と。
固められた笑顔で、固形にされた言葉を吐く人物が、私には歪んで見えた。
ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と、明日分の幸運を!
アイ
何だか、面白い夢を見ていた気がする。
夢というのは不思議だ。
その瞬間、一瞬一瞬を、現実ではない世界で生きていたはずなのに、目を覚ました瞬間から、手から水がすり抜けていくように、音を立てながら消えていってしまう。
──ああ、誰かと話しながら笑っていた。
ぽちゃん。
──ああ、何故か笑っていたはず。
ぽちゃん。
──あれ、もう思い出せない。
こんな風に。
さっきまで、身を捩るほど面白くて、行き場のない苦しさがあって、背筋を氷が伝うような恐怖があって。なのにそれは、霧をつかむより曖昧に、花弁が零れるように呆気なく、記憶の中から走り去ってしまう。何ともやるせない。
現実より、夢の中の方がよっぽど面白い、と思った。夢には明確で鮮やかな喜怒哀楽がある。現実世界ではそうは行かない。何も考えていない時、つまらない時。そう言った無彩色で濁った瞬間が何度もある。夢にはそんな瞬間はない。いつだって色鮮やかで、透き通った純粋な感情ばかりが存在している。例えば、そう、映画やRPGのように。
何だか思考がぐちゃぐちゃとしている気がする。
私は頭を振って体を起こした。
カーテンの隙間から薄らと光が差し込んでいる。遮光カーテンだから光はあまり入ってきていないけれど、暗闇に慣れた目で見ると眩しい。サイドの時計をみると、いつもより1時間ほど遅い時間だった。用もないし、別に支障はないだろう。
階下に降りてみると、両親はいなかった。代わりに、机の上にメモが置かれている。『夕方くらいに帰ってきます。何かあったら連絡』。そうだ、今日は丸一日一人なのだっけ。
一人という簡単な二文字に、いとも簡単に心が躍る。一人は気楽だ。何をしても怒られない。本当に最高。ソファで寝っ転がっても怒られないし、菓子を食べながら本を読んでも咎められない。
躍る心と欲求のまま、スマホでテレビ配信アプリを開いた。追いかけているドラマの最新話は今日配信されるから、過去の放送分をもう一度見ようか、と考える。
特に好きだった放送回のサムネイルをタップすると、最早覚えてしまった出だしが画面の中で動き出した。
それをBGMにしながら、冷蔵庫を開ける。昨日の残り物の味噌汁とご飯があるから、レンジでチンして朝ごはん代わりにしてしまおう。
取り出してお椀によそい、電子レンジのスイッチを押す。ブワワアンとも、じじじじ、ともとれる音を鳴らしながら頑張る電子レンジの中でくるくる回るお椀を見ていたら、ふと、こうしていた時間が前にもあったな、と感じた。
といっても、明確な“その時”があったわけでもない。何故だかそんなことを思っただけだ。デジャヴというやつだ。理屈がまだつかない、人間の脳の謎。予知夢だとかいう人もいるが、馬鹿馬鹿しいと思う。けれども、私だって夢の内容を覚えているわけじゃあないから、はっきり否定もできないのだけれど。
ドラマの中でも、夢について話していた。
こんな話だ。
夢というのは二つある。
将来の希望的な理想と、睡眠中の非現実。
二つが同じ言葉って、悲しいことだ。
理想は非現実的だと言っているようなもので、非現実が現実以上に理想だと言っているようなものだろう。
理想は生きるためにあるのに、結局は生きている現実以外のところが理想なんて悲しい。
これを聞いた時、屁理屈だと思うと同時に、思ったことがあった。
実際、そうなのかもしれないと。
フランス語でも、英語でも、もっと言えばアラビア語でも、夢という単語は大体同じ。
つまりは、皆、理想と非現実は同じだと見做してきたということ。分ける必要がない言葉だったということだ。
そう考えると、I have a dream.なんていうのは、案外、残酷さと希望が表裏一体なものだと感じる。
もちろん、非現実が悲しいものとは限らないし、私には夢がある、と言った人はその夢が現実になる時だと演説したけれど。
ふっと、味噌と出汁のいい香りが鼻をかすめた。気づけば、レンジの中のスポットライトは消えて、中は曇っている。それと同時に、空腹感が今更ながらに主張を始めた。腹時計が遅い。私は少々焦りながら朝食の準備を再開した。
「いただきます」
周りに誰もいないから、その言葉が妙におかしく聞こえる。スマホを横長画面にしてドラマを流しながら箸を動かす。いつもは行儀悪いからしないけれど、注意する人がいないから良い。エンターテイメントを見ながら食べるご飯って、結構楽しいと思う。
眠りから覚めたばかりで、まだ乾いていた舌に汁の塩分は強く感じられた。白米も口に運ぶ。いつもの朝はパンだけれど、ご飯を食べるときもたまにある。味噌汁とパンが並んでいる光景って、可笑しい。口の中がカオスな状態になりそうだ。試したことがないから、案外合うのかもしれないけれど。
そんな風に朝ごはんをとっていたら、見ているドラマは恋愛色のある部分に入っていた。
主人公が、大嫌いだけど好きな相手に偶然出くわしてしまう場面だ。嫌いで、好き。矛盾しているけれど、その関係がまた面白い。
けれど、とふと思う。
私は、恋愛を見るのは好きだ。陳腐なハーレムとか少女漫画展開よりも、友人以上恋人未満的で、もっと苦味がある関係の方が良い。甘いと見ていられない。そんな好みはあるけれど、そんな恋愛を自分がしたいと夢見たことはない。というか、誰かを好きになったことがない。
私は、レズビアンだとかゲイだとか、そうやって名乗る人が羨ましい。こんなことをもしSNSに呟いたらフェミニストの方々に多くの着火剤とマッチを投げ込まれるろうが。
でも、本当に羨ましいのだ。自分というものに、プライドをもってそれを記せる人が。
私は、『誰かを好きになったことがない』だけで、未来はわからない。そんな思いがあるから、アセクシュアルとかアロマンティックとは名乗らない。別に不便は無いし、疎外感を覚えたこともないけれど、ただ、恋をしたいと思わないだけだ。
お椀の中に箸を入れて、中を掻き回す。味噌の麦や豆腐、わかめの破片がぐるぐると舞うのを見つめながら思う。
昔もそうだった。ティーン初期から恋愛をしたがる同級生を、内心馬鹿にしていた。どうして、そう恋をしたがるのだろう。どうして、そんな若い時分からしたがるのだろう。ドキドキするって、それは恋なんだろうか? ただ、会いたいと心が躍っているだけとは違うのか。友達とは、親友とは、違うのか。分からなかった。そこから数年経ったけれど、その考え方は変わらぬままだ。
私だって、愛したいとは思うし、愛されたいと思う。友達を愛しているし、親を、まあ一応、愛している。でも、恋をしたいとは思わない。手を繋いで、デートして、唇を重ねて、熱と感情を共有したいとは思わない。見るのは好きだけれど。そう言えば、昔友人に、皆若い時から恋愛したがっているなら、性教育もっと進めた方が良いんじゃないのと溢したら、そんなことをファーストフード店で話すなと言われたっけ。
箸から雫がぽとん、とお椀の中に落ちた。
気づけば、スマホの中の劇場は柔軟剤のCMを流していて、汁からの湯気は穏やかになっている。
少しひしゃげた一欠片の豆腐を、もやと共に飲み込んだ。
「ごちそうさま」
そう口にして、お椀と茶碗を重ねて流しに運ぶ。スマホのドラマは停止ボタンを押した。水道からさあっと水を流して、食器を洗う。
この綺麗な水の流れになりたい、と突発的に思った。こんな風に、無色透明で、綺麗で、涼しげで。そんな人間になってみたい。汚れを取り払った、鏡のように曇りない人になれたら、どんなに良いだろう。嫉妬もせず、疎ましくも思わず。まるで雨ニモマケズか、聖母マリアのようだ。けれども、あんな純粋な人なんてそういないし、なってしまったら面白くないと思う。ああいうのは、綺麗だなあと遠くから眺めてるくらいが良いのだ。実際に付き合ったり、当事者だったら、面倒くさいしつまらないものだろう。
食器を洗い終わったので、さっさと着替える。素肌に触れた空気が思いの外冷たくて、ぞわりとした。こうやって着替えると、なんだか今ならなんでもできそうな気分になる。このまま外へ出て、バスに乗って、図書館にでも行こうか。なんでもないけれど、内緒でケーキでも買おうか。そう思うと、なんだかわくわくしてくる。ちょっとくらい外へ出かけても良いかもしれない。
そこで、はたと思い返した。ああでも、今日は寒いだろうな。途中で配達が来たりするかもな。一旦立ち止まってしまうと、そういう行動を起こす気というのはもう進み出さないもので、なんだか行動力は失せてしまった。太陽が昇ると朝顔は萎むというけれど、それと同じ感じだ。頭の回路の気まぐれで、しゅんと下がってしまう気分は面倒くさい。気分というのはホルモンなどにも左右されてしまうのだから、手間のかかるやつだ。薔薇やビーフシチューよりも手間がいる。棒人間が手間暇かけて気分という文字を世話している様子が頭に浮かんだ。なんだかおかしくて笑ってしまう。気分は棒人間のものなのに、主従逆転だ。
やっぱり、人間の力関係って、身体>気分>思考>人格なのだと思う。体の調子で気分が変わるし、気分が変わったら思考の方向性も変わる。思考の方向性が変わったら、普段の人格より刺々しくなったり丸くなったりする。人格の地位は、案外低いのかもしれない。そもそも人格だって、長年の経験に基づいて形成されるものだから、あやふやなものだ。
その時、ピコン、と軽やかな電子音が鳴った。時間の表示されたホーム画面に、横長の通知が存在を主張している。友達からの連絡だ。少し目を丸くする。珍しい。パスコードを打ち込んで、アプリを開いた。
『今日、遊ばない?』
画面に表示された数文字に、口角が上がる。何にもない日だったけれど、矢っ張り遊んでみるの良いかもしれない。
『おけ! 何時からどこ集合にする?』
そんなメッセージを送って、親とのトーク画面を開く。少し友人と遊ぶことを伝えてから、トークを閉じた。
楽しいものだ。色々考える日も、遊ぶ日も。今日は、きっと良い日になる。そう信じて、また今日も息をしよう。
眠り姫です!
最後の方で書きたいことがなくなって来て力尽きたので、尻切れ蜻蛉。
書きたいことが色々あって、書いた話です。
では、こんなところまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
幸福論
『9:00になりました。業務交代を行ってください。一日ありがとうございました。今日も一日、ご幸福を』
カラフルなコード、青みがかった不思議な光沢を持つ金属のフィルター、轟音を響かせる大きな装置、煤けた何本ものパイプ、暗緑色のプール──。ごちゃごちゃとしたその空間に、機械的な声が響いた。
「夜勤お疲れ様です」
「はぁい、どうもー」
そのごちゃつき一つ一つを映し出したディスプレイが大量に配置された大部屋で、人が一斉に入れ替わる。
入社三年、既に僕には見慣れた光景だった。
「あ、確か今日から人気俳優のスキャンダルが載るはずだから、特別燃料ゲージが増えるかも」
「了解です。一応ですが通常燃料満タンですか?」
「満タン満タン。今日一日中通常燃料だけでもいける」
「ならどちらでも安心ですね」
それまで被っていた、制服である白いマスクの紐を外して水を飲む先輩の報告に応じる。
一日中賄える域なら大丈夫だろう。今日もこの処理場は稼働できる。伝達事項を確認し終わったため、先輩は長い黒髪を揺らしてコントロールルームを出ていった。それを見届けると同時に、配給されているマスクを身につける。
ディスプレイ横に貼られたメモにも目を通しつつ業務用チェアに腰をかけた。今日の担当は燃料プールの監視だ。一番変化がないが、一番重要でもある。
この処理場を動かすにも、この国を動かすにも。
この国──“言葉”の国は、“言葉”を重要視した政策を行なっている。教育は勿論、討論会の多さ、表現の解放、等々。
けれどもその中で、最も知られず、謎が多いのが僕の職場だった。
『陰性処理場』
妙にネーミングセンスが悪いこの名前こそが、僕の勤める場所だ。
老若男女問わず、表現の場を開放し促進しているこの国では、SNS上で様々な言葉が日夜飛び交い、呟かれている。
その言葉は『推しの新ビジュアルが色気ありすぎて心臓に来る』だとか、『今日偶然入ったパン屋さんのパンが焼き立てだった、ラッキー』といったポジティブなものが大半。写真や小説などの芸術分野の表現も数多くある。
ただ、光あるところには影がある。
暗いプールから目を逸らし、隣人のディスプレイに目をやる。目を凝らしてみると、今ちょうど、『希死念慮(自己顕示系統)』のパイプから色付けされたガスが下部へ流れていくのが見えた。
簡単なことだ。どんなに見た目が綺麗でも、ちょっと深くを覗いてみれば、ヘドロが溜まっている。下部へ流れていくガスをぼんやりと見つめていると、『死にたい』『どうせ今日も一人だし誰も見てない』という言葉が小さく見えた気がした。新たに開いたガス管からは、どぎついピンク色に混じって、『〇〇、信じてたのに。不倫してたなんて』『〇〇、ブス。絶対整形美人』とかいう“独り言”が流れていっている。種類からして、あの管は『嫌悪(崇拝系統)』だろう。
溢れていくたくさんの“独り言”。
他の国ならば、どうってことない概念の中だけの話だろう。だが、この国ではそれは現実に形を作り出した、死活問題だった。少子化、物価高騰以上の問題。
この国では言葉の教育に力を入れている。それは確かだ。僕自身、ディベートだとか、作文だとかを散々やらされた記憶がある。事実、自己表現が増えると言うのは良い面だろう。
けれど、政府がそれを行うのは自己表現の確立のためではない。国民を守るためだ。
国内史で、昔見たことがある。黒い靄に包まれた都市部のある街の写真。
名も知らない少女の口から、新たに黒い靄が発生している写真。
口から出した言葉は黒く。スマホに打ち込んで投稿した言葉は、LANを辿って黒く黒く吐き出される。
不思議な現象だと首を傾げていた黒い気体は、突如、不幸を引き起こした。
黒い気体を、直接吸っていたある人々が、日に日に衰弱、そして死亡する。死者数は日に日に拡大。このままではならない、と政府は黒い気体の回収方法を確立した。
──黒い気体が、何か。国民には明かさぬまま。
当時はその対応に批判が集まったらしい。確か訴訟問題にまで発展していたと習ったはずだが、結果はよく覚えていない。どうせ、国民と政治家の靄に塗れて、見えなくなってしまったに違いない。
とにかく、我々の科学技術が追いついていない、ということを言い訳に、正体は隠されたままとなった。
気体の正体は、僕たち、陰性処理場の職員だけが知っている。
黒い気体とは、“ネガティヴワード”だ。言葉の通り、消極的で陰性の言葉たち。
概念として存在していたそれらが、何が理由か、実態を持ってヒトを害するものとなったのだ。
僕のディスプレイで、目に見えない物質が通っていったのだろう、プール内部がきらり、とターコイズブルーに光っていった。
その光をじっと見ていると、闇夜も真っ青な漆黒で、“消えろ”という文字が見えた気がした。悪意、絶望、憤怒──そういったものの純度が高い、真っ黒な“ネガティヴワード”は、感情が濃い部分のみ抽出されて、水に溶かされ、分裂を繰り返す。分裂と共にエネルギーが放出される。ある上限を超えると分裂は止まるため、役目を終えたそれらは、感情の薄い上澄と共に施設外に排出される仕組みだった。
放出されたエネルギーは利用され、国の電力を賄っていく。
この発電法を行っている施設が、『陰性処理場』だった。──開発した電力は生活に、スマートフォンに使われて、再びネガティヴワードを作り出していく。反対側のディスプレイで、不純物が多い、ただ吐き出しただけの自認系発言が、結晶化して流されていっていた。
歪んだそのサイクルにため息をつきたくなるが、グッと堪える。
マスクというフィルターがあるとはいえ、“厭気”が溶け込んだため息を吐き出すなど解雇処分にまで発展する問題だ。
職員の決まりとして、守秘義務ともう一つ。ネガティヴワードを吐き出さない、というものがある。
入社したばかりの頃、職務中に吐き出した先輩を見たことがあるが、翌日にはその姿を見かけなくなった。
だから、僕たちは弱音を吐かない。
吐いたら、消えなくてはならないからだ。
睨んだ画面の端で、再び蛍光が瞬いた。
守秘義務があるから、SNSにも書き込めない。
吐き出せるのが羨ましい。僕たちにはもうできない。
吐き出せば吐き出すほど、残る幸福が濃くなるでしょう? でもその幸福は小さく感じるから、また吐き出したくなるでしょう? よく知ってるよ。羨ましい。
この仕事に就いたのは、勧誘だ。おそらく勤めている皆がそうだと思う。
就活に失敗し、SNSにその苛立ちを綴った。バイト先の愚痴を呟いた。
気づいた時には、真っ白い服を着た謎の職員に家を訪ねられ、自分もその服を身につけるようになっていた。
きっと。有害物質を、生産していた僕たちをこちら側に引き込むことで削減しているのだ。
ああ、頭がガンガンと痛い。眠い。
(あの人たち、元気にしてるかな)
時たま、ビール片手に見ていた病みアカの持ち主は。自称鬱系アカは。もしかすると、今、ディスプレイを監視している誰かかも知れない。もう知る術はない。興味もないし。
(……もう一つの仕事もしなくちゃ)
僕は自分のスマホを取り出すと、有名SNSアプリケーションを開く。
今日は、どのユーザーが一番ネガティヴワードを使うのか、監視して報告しなくてはならない。
今日の伝達メモには、『古株の人が溜息をついた』とあった。
新しい職員を探さなくてはならない。
(あ、この人なんか良いかも)
──数秒、手を止める。
真っ暗なアイコン。何も書かれていないプロフィール。それでも鍵もつけていない。所謂“病みアピ”だ。
雑念が多く、エネルギーになりにくいネガティヴばかりを吐き出している。
僕はその人物の文字列をメモすると、暗緑色の画面横に貼り付けた。ビビットな黄色い付箋に書かれた、事務的な字列が、自分に迫ってくるように感じる。それまで無意識に曲がっていた口角が、元に戻るのを感じた。
無機質な重みが、喉まで迫り上がってくる。
はぁ。
声にはならなかった。
さて、皆さま、良い幸福を。
Helianthus annuus Linne 1753
「──はい、ではスライドを見てください。これは2030年頃の写真です。昔のですので動いていませんね。青空の下に咲く花、所謂“ヒマワリ”です。見たことがある方──? そうですか……今では考えられない光景ですが──」
淡々と吐き出される教師の言葉をBGMに、僕は大きなあくびをした。窓の外からひんやりとした月の光が差し込んで夢の世界へ誘う。昨日は所謂夜更かしをしてしまったから、教室の騒めきででさえもが子守唄のように感じられる。スライドに映し出された真っ青な空の写真は、画質が悪いせいで変に霞んで台無しだ。去年の歴史の教師なら、眠る間もないほど面白い授業で楽しかったのに。
キーン コーン カーン コーン──
眠気との戦いはチャイムによって終わりを告げた。途端に教室はガヤガヤと話し声で満たされ始める。
机の上にだらしなく投げ出した腕に頭を預けて、横の窓の外を眺める。何とものっぺりとした空だ。
そんな中、僕に向けての声が耳に飛び込んできた。
「おーい、起きてるー?」
「……起きてる……」
机に突っ伏す僕の頭を突っついた友人だった。返事はしたものの、耳に届く自分の声はいかにも夢の中、と言った様子。彼はそんな僕に呆れたため息を溢すと、隣に椅子を引っ張ってきて座った。どうやら僕相手に話すつもりらしい。わざわざ席を持ってきてするほどの話なのか、と僕は重い体を持ち上げて聞く体勢をとった。
「なあ、お前。タイムスリップするとしたら、いつにする?」
「は?」
僕の机の上で腕を組んで首を傾げた彼が口にした言葉に、僕は脱力した。
悩みでもあるのか、と身構えた数秒前の自分が阿呆らしくなってくる。ただの雑談じゃないか。
心配して損した、と僕は相好を崩した。そんな僕を見て、僕が興味を失ったと考えたのだろう。彼は慌てたように理由を捲し立てた。
「いや、さっきの日本史聞いててふと思ったんだよ。ちなみに俺は恐竜時代。カッコイイじゃん」
「子供か」
いや、確かに子供なのだが。
どやっと腹立つ顔をして彼が言った言葉に咄嗟にツッコむ。カッコイイって。小学生男子か。男子高校生とは思えない発言である。あと1、2年したら嵐の受験生だというのに。
しかし、彼はどうしても僕の『タイムスリップをしたら』という話が聞きたいらしい。
ねー教えろよーおねがーい、などとしなをつくっている。ちょっと気持ち悪いぞ。
僕は半眼で見ながら、ほとんど無意識に口を開いた。
「……500年前」
「? なんで?」
今から500年前といえば、歴代初の女性首相が誕生した頃。けれど法律に関しては今に比べて不平等も激しく、『暗い時代』との異名もつけられていた時代の一部だ。
けれど──。
「青空が、見たいから」
ぼそりと僕がつぶやいた言葉に、目の前の彼は訝しげに顔を顰めた。
「でも500年前っつーと……さっきの授業の頃か? 『暗い時代』がいいのかよ?」
「……まあ、なんとなく」
けれど、今より世界は広かった。
生きた人間の、直接伝わる熱があった。
声を聞いた時の息遣いだとか、皆が熱狂する中で頬を伝う汗だとか。それ以外にだって沢山。
昔、ひいじいちゃんが『昔は良かった』とか言ってるのを聞いたことあるけど、確かにそうだと思う。
僕だって、長さが変わっていく『影』とかいう奴や、鼻にツンときて眩しいプールの香りを感じてみたかった。あの時代ではAIはまだ人間の補助が必要で、工業は人間主力。接客も全て人間だった。
そして何よりも、昼の世界があった。
僕は窓の外に備え付けられた温度計にちらりと目を向ける。紺色の天井を背景に示された温度は30℃。高めだが、今の季節おかしいというわけではない。ごく普通の、夏の『夜』の気温。
けれど昔は、これが『日中』の気温だった。
今から約450前。
かねてから進んでいた地球温暖化が、新しいエネルギー源の予期せぬ副作用により、急速な気温上昇を見せた。いずれは昼に生活ができなくなるほどに。
それをいち早く察知した国連は、対策本部を設置し、人間の適応に動いた。
生産ラインを動かし続けるべく、工業の実働の多くがAIになった。
人は室内でそれを監視するのみ。
24時間営業のコンビニや飲食店は、勤務にあたって服内で室温を保つことができる保護服の着用と、AIロボットの稼働が義務化された。この前行ったコンビニでは、保護服を着用した大学生ぽい人数人と、大量のロボットが品出しとレジ打ちをしていた。
『AIにもできる職』の求人は年を経るごとに減っていき、『AIにできない職』『新しい職』に就活生は殺到している。
行く先々で聞こえるのはAI合成の声。
人間に限りなく近い、けれども人間らしくない声。
これが『普通』なのだけれど、先生から昔の日本を聞くたびに、昔が羨ましくなる。
先生の言う昔よりも、格差は減った。
けれど、何かが足りないように思うのだ。
きっとそれは、肌を焦がすほどの光と、ダイヤのように輝く海の飛沫。
きっと、夜にはない『暖かい明るさ』が欲しいのだと思う。
ひいじいちゃんがこっそり見せてくれた、あの人の祖父の──否、もっと昔の、アルバムに貼られた写真。
青い海に、くっきりと生えた入道雲。
遠いとおい、子供の頃の結晶の一つ。
だから、僕は青空が見たい。
──なんて、言うわけないけど。
そう僕が一人思っていると、友人はふーん、とだけ返した。お前、もうちょっと反応しろよな。
昔だがそうだが、お前は人に興味がなさ過ぎなんだよ。その上子供っぽいもんだから、恐竜を見に行きたいという結論に至るんだ。
「けどさ」
余りにも淡白だと感じた彼の続けた言葉に、僕は首を傾げた。
「500年って、一瞬だよな」
どういう意味だろう。
500年なんて、僕らが何回か人生を生きれるくらいの長さだ。医療も進歩しているから、その考え方だって変わると思うけど。
よく分かってない僕に気づいたのか、友人は唸りながら説明する。
「なんか誰かが、地球が生まれてからを一年に収めたらどうなるかって言うのを作ったらしいんだけど」
地球ができてから、まず生命が生まれるまで3ヶ月。そこから恐竜になるまでが9ヶ月。そして──
「人ができてから、今までが、最終日12月31日の13時間」
「……いやだから、どういう意味だよ」
もったいぶる彼に少し苛ついて、強めに答えを催促する。
すると彼は、こう続けた。
「だーかーらー、青空がなくなってからの地球なんて、たったの数秒以下で、なら逆だってあり得るって話だよ」
「!」
そっか。
長い長い地球の一年の中で、人間の時間なんてたった数秒で、特に今までなんて瞬きの時間ぐらい短くて。
でも、その短い時間の中で、500年前は、その500年前は、今みたいな世界なんて想像もしていなかったわけで。
例えば今から2000年前は、仏教がこの国にあるかないかくらいだった。
なら、逆だって。
また青空を見られるようになるのかも知れない。ヒマワリが、その面をくるりと廻して咲く姿が見られるようになるのかも知れない。
だって、500年は、2000年は、意外と短い。