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さよなら、幽霊さん(第一章)
第一章『窓に映る憂鬱』
余りに長く退屈な授業がようやく終わり、放課後になった。近くのゲームセンターに遊びに行こうと騒ぐ集団を横目に真っ直ぐに帰路に就く。空を見ると、朝と違い雲の隙間から青空が少しだけ顔を覗かせていた。しかし、相変わらず日の光が照らされずに薄暗い道を歩く。いつになれば晴れるのだろうか。早く、晴れないだろうか。そう願いながら、川沿いの曲がりくねった道を足早に歩き続ける。無意識に爪先で小石を転がしながら分かれ道に差し掛かった時、僕の頭上が晴れた。暗く冷たいアスファルトを日の光が照らし、俯く僕の影を落とした。カーブミラーに光が射しこみ、眼前の視界が一気に暖かな色味を帯びた。左右に分かれる道のその真ん中だけが、他の場所と切り離された空間になった。
「……綺麗……」
思わずそう呟いたその時、光の束が少しづつ動いていることに気づいた。風で雲が次第に右に流れていく。先程まで輝いていた場所が、少しづつ影に侵されていく。左から押し迫る暗雲から逃げるように、僕はその光を追っていた。本来は左側の道を進んで家に帰るはずなのに、どうしてか僕の足はあの光を追いかけていた。まるで、それに呼ばれているような気さえした。普段から、家と学校の往復くらいしか外を歩くことがないから、右側の道の奥がどんな場所につながるのかは知らなかった。古い瓦屋根の連なる坂道を下り、青々と茂る雑木林の中の遊歩道を歩む。林間から微かに零れる光を浴びながら進むと、目の前にあったのは一本の桜の木だった。少し開けた場所に静かに佇む一木が一身に陽光を浴びて輝いている。僕がその景色に見惚れていると、薄桃色の花弁が風を受けて静かに舞い散った。草木の青い香りが不意に風に吹かれ、僕の鼻を|擽《くすぐ》った。自然と僕の足は、目前の桜の木の下に向かっていた。木陰に零れた、暖かな日溜まり。この光は、僕をここに呼びたかったのだろうか。近くにこんな場所があったなんて知らなかった。
「……誰……?」
息をするのも忘れて桜に見入っていると、誰かに声をかけられた。驚いて、辺りを見渡すが、近くに人がいるような気配は無い。
「あっ…そっか…私こんなのだから見えにくいか……っていうか見えないか……。全く、この《《霊体》》ってのも便利なんだか不便なんだか……」
どうやらどこかに先客がいるようで、その人物は鈴のように透き通った声で何やら訳のわからない独り言を呟いている。しかし、相手の方は僕のことを視認しているようだが、僕の方は相手の姿を認識できないでいる。僕が困惑していると、その人物はまた僕に語りかける。
「あっ……ごめんごめん、つい癖で独り言が増えちゃって……久しぶりに生きてる人に会えて嬉しくなっちゃった!」
先程から聞こえてくるその無邪気な声に、何か違和感を感じる。言っていることの意味も頓珍漢だが、声が直接脳内に聞こえているような感覚がするのだ。先程から吹き付ける風の音で濁されない、あまりに澄んだ、その声。
「ここだよ。桜の木の、日溜まりのとこ」
その声が導く視線の先。穏やかに暖かな日の光が射すその場所に。
「こんにちは、《《生きてる人》》」
その優しい光に溶けてしまいそうな、半透明の少女がいた。