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さよなら、幽霊さん(第一章)
第一章 『窓に映る憂鬱』
午前中の授業が終わってからというもの、教室は昼休み特有の|喧騒《けんそう》で溢れかえっている。SNSでの友人関係のことだの、恋人と上手くいかないだのとそういう話が自然に耳に入ってくる空間が僕は嫌いだ。人間関係を嫌う僕にとって、ここは居てはいけない場所だ。購買で購入したクリームパンを三口で食べきり、静かな場所を求めて廊下に出た。教室ほどではないが、ここも少々|喧《やかま》しい。人の隙間を通り抜けながら、階段を下って、二階の図書室に入った。唯一学校の中で落ち着ける場所と言えばここくらいしかない。人が少なく、仮に居たとしても誰もお互いに意識しあうことなく読書している。唯一発生するコミュニケーションなんて、図書室司書の先生に本の貸し借りに必要な生徒情報を伝えることくらいだ。そんなこの場所は僕にとっては天国そのものだった───
「よっ、城崎」
───本棚の影から本居さえ現れなければ。
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「よっ、城崎」
目の前にいる男を心底憎む。何故この場所にいるのか聞くための言葉をぐっと飲みこみ、本居の質問を無視して席に座って本を読むふりをする。そんな僕の態度などお構いなしに彼は本の表紙を覗き見て言う。
「あれ?朝の本じゃないの?タイトル違うね」
「違ったら何なんだ」
朝の時と同様に僕が突き放すようにそう言うが、本居は依然僕に構ってくる。
「いや、朝の時はまだ九十六ページを読んでただろ?本の厚さを見た感じ、まだ全体の四割ぐらいしか読んでなさそうだったからてっきり続きでも読んでるのかと」
「……別の本を読んでたら悪いか?」
「いや、そういうわけでもないけど……ただ、城崎に『その本面白いか』って聞いても『別に』って感じでほぼ無反応だし、なんならお前の目見てたら全く視線動いてないからまともに文章読んでなさそうだったし。なんで本読んでるふりしてるのかなぁーって、気になってさ」
「………」
あれ、図星?と言って笑う隣の男を一瞥し、また本に視線を戻す。驚いた。まさか朝の時点で気づいていたとは思わなかった。この男は心底苦手だが、その印象がさらに強まった。
「ちなみに俺は『はたらく肺胞』借りに来たんだ。唯一学校で借りられる漫画ってこれくらいしかねぇしな」
聞いてもいない事情をぺらぺらと話し出した辺りから、僕の辛抱たまらない様子を察したのか、本居はおどけたように言う。
「……まぁ、それは建前で本当はお前が来るのを待ってただけなんだけどさ」
「……何がしたいんだ」
僕ができる限り敵意を含んだ声音でそう問うと───
「友達になりたい」
───即答だった。何の|衒《てら》いもなく、あまりに真っ直ぐすぎるその物言いに、思わず困惑した。終始本居のペースだが、冷静さを取り戻して彼を突き放す。
「……友達なら、君に相応しい奴らが大勢いるじゃないか」
「どんな友達が何人いたっていいだろ?」
「君が良くても、周りが良く思わないだろ。こんな不愛想な輩に割く時間を、もっとほかの奴らとの有意義な時間に使えばいい」
「別に俺は全員が全員と仲良くなれだなんて言いはしないさ。たまたま俺と気の合う奴らが近くにいて、それがくっついてを繰り返して、そうしてその枝が一本の幹から拡がってるだけだよ。その幹から新しい枝が生えてこようとなにも不思議じゃないだろ?」
そう言うと、本居は少し溜息を吐くと、少し間をおいて静かに呟いた。
「俺も城崎の気持ち、解るからさ」
その言葉が聞こえた瞬間、全身の血が沸騰したような感覚が体中を駆け巡った。
「……ッ!!」
こちらのことは一切知りもしないで発せられたその薄っぺらい同情の言葉に、思わず拳を握り締め、彼に手を上げかけたが、何とか平静を保つ。自分の息が荒くなるのを感じながら、これ以上ここにいるわけにはいかないと急いで席を立つ。
「告白の返事はしてくれないのか?」
早足で図書室の出入り口に向かう僕に背後から本居がそう言う。
「……チープな青春小説は嫌いなんだ」
そう吐き捨て、僕はその場を後にした。いつの間にか昼休みは終わりの時間を迎えていたようで、僕の足音だけが誰もいない廊下に響いた。