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Cook
「よし、やるぞ!」
私は今日も台所の前に立った。
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私は料理が好きだ。
こうやって一人暮らしをするようになってからも、できる時には必ず、料理を行うようにしている。
そうしているのは、あの人との……婆ちゃんとの約束があるからだ。
婆ちゃん、と言っても血が繋がっているわけではない。
私の祖母や祖父は、皆小さい頃に亡くなってしまった。
その「婆ちゃん」は私の学区の有名人だった。
いつも決まった横断歩道に現れ、子ども達に挨拶をする。
いつもじっと見つめてくるので、少々怖がられてもいた。
あの頃の私は怖いもの知らずだった。
そして、少し空気が読めなくて。
あぶれてしまい、寂しさを抱えていた私は、ある日、その婆ちゃんに話しかけた。
「ねぇ」
「なんだい?」
びっくりした。真逆返事が返ってくるとは思わなかったから。
びっくりしすぎて、逃げてしまいたくなった。
でも、婆ちゃんの声が、目が。隠しきれない喜びを滲ませていて。
そう、丁度……私のように。
もしかしたら、もしかしたら。
『あなたも、同じで、寂しいの?』
そんな声が聞こえてきそうで。
気づけば、私の日課にその婆ちゃんと話す、と云うことが加わった。
話は少しずつ、弾むようになっていって。
しかし毎日のようにそうしていれば、親にもバレる。
そんなこんなで、婆ちゃんと私は親公認の友達になっていた。
いつのまにか婆ちゃんの家に、お邪魔するようにもなった。
美味しい料理を食べさせてもらったり、一緒に手芸をしたり、本を読んだり。
寂しかった日々は、きらきらと輝くようになった。
けれど、中学生のある日。
その日は、期末テストが終わった日で。
それまでは忙しくてばあちゃんと話す余裕なんてなかったから、久しぶりに会いに行こうとしたのだ。
「失礼しまーす」
返事が、無かった。
心がざわつく。
「婆ちゃん?」
ガシャン、と音がした。
私は言葉にできぬ不安を抱え、音のした方へと走った。
そこは、台所。
私が婆ちゃんの家で唯一、絶対に入らせてはくれなかった場所だ。
そして私は、その光景を見て息を呑んだ。
そこで、婆ちゃんは倒れていた。
意識が無い。
「ッ! 婆ちゃんッ!」
私はすぐさまスマホを取り出して、119に電話する。
どちらのものともわからぬ指が震える。
うろ覚えの心臓マッサージを、119の人の声に合わせて行う。
目の端に映った台所には、放って置かれたままの食材達があった。
その後、救急の人たちが婆ちゃんを運んで行ったけれど。
婆ちゃんは、2度と、彼女家の敷居を跨ぐことはなかった。
そして、あの日。
救急の人たちと婆ちゃんが居なくなり、一気に静かになった台所で私はぼんやりと台所のまな板の上に目を向ける。流しのところにも。
洗う筈だった野菜。
切る筈だった肉。
その食材から、私は婆ちゃんが作る筈だった料理を割り出すことは……
出来なかった。
けれど。ばあちゃんが作ろうとしていたのは、きっと、あの日の美味しい、肉じゃがで、味噌汁で、煮物で、焼き魚で……。
それで、婆ちゃんの訃報を聞いた時、私は一人、約束したのだ。
あの美味しい料理達を、私が作って、食べて。
婆ちゃんを「生きさせよう」と。
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「いただきます」
今日も手を合わせて祈る。
色とりどりの食材、美味しい香り。
あの日、婆ちゃんが得られる筈だった、自作の温もり。
それを私は思い出しながら箸で口に運ぶ。
『ご馳走様でした』
その言葉が、婆ちゃんと共に言えるように。
眠り姫です!
料理って大切ですよねって云う話です。
でも私は料理よりもお菓子作りの方が……
では、ここまで読んでくれたあなたに、今日1日、良いことがありますように