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気まぐれ小説 〜心の在処〜
「栗谷霧香」
男はゆっくり振り返った。
口元には余裕たっぷりの笑み。
殺し屋組織で“N”と呼ばれる指名手配犯、中西雄大。
「まさかZXの特殊班が来るとはな」
「中西雄大」
「本名まで知ってんのか。さすがだな」
雄大は槍を肩に担ぎ、霧香を上から下まで眺めた。
黒い長髪。紺色の軍服。腰には長剣。
「でもまあ、噂ってのは大袈裟になるもんだな」
「……」
「たかが女一人じゃねえか」
霧香は答えなかった。
「一つ聞く」
「あ?」
「なぜ、あの家族を狙った」
「別に?」
雄大は笑った。
「たまたまそこにいたから」
霧香の目が僅かに細くなる。
「それをした時、お前はどう思った?」
「どうって?」
雄大は少し考え、あっさり答えた。
「楽しかったよ」
『霧香、危ない!』
一瞬だけ。
頭の奥で、遠い声がした。
「……そうか」
「あ?」
「では、その『楽しい』という気持ちはどこにある?」
「何だよ、その質問」
「答えろ」
「心だよ。心」
「心」
「ああ」
霧香の手が長剣の柄へ触れる。
雄大の笑みが僅かに止まった。
「……おいおい、何する気だ?」
長剣が静かに抜かれる。
霧香の顔には怒りも笑みもない。
「そんなもの」
剣先が雄大へ向く。
「その心を潰すに決まっているではないか」
次の瞬間。
霧香が地面を蹴った。
「っ!?」
ガキィン!!
雄大が咄嗟に槍で受ける。
「ぐっ……!」
想像以上に重い。
「マジでやんのかよ!」
雄大が槍を突き出す。
霧香がかわす。
二撃目。
長剣で逸らす。
三撃、四撃。
槍の長い間合いを生かした猛攻に、霧香の足が下がった。
「どうした、噂の特殊班!」
雄大が槍を薙ぐ。
避ける。
直後に鋭い突き。
「……っ」
頬を掠めた。
赤い線が走る。
「へえ。お前でも血出るんだな」
霧香は指で血を拭った。
「当たり前だ」
「もっと悔しそうな顔しろよ」
「なぜ?」
「……気味悪ぃ女」
再び槍が迫る。
重い一撃。
霧香が受ける。
さらに二撃目。
三撃目。
肩に衝撃が走った。
軍服が裂れ、霧香の表情が僅かに歪む。
「大したことねえな!」
雄大は笑った。
「たかが女ってのは訂正しなくてもよさそうだ」
「……」
霧香は答えない。
ただ、見ていた。
槍を突く前に右肩が下がる。
左から薙ぐ直前には右足が止まる。
大振りの後は戻しが遅い。
一つ。
また一つ。
「そういやお前」
雄大が槍を構えた。
「あの家族のこと、随分気にしてるよな」
「……」
「昔なんかあったのか?」
「黙れ」
「もしかして」
雄大が笑う。
「お前も家族、殺されたとか?」
『霧香、危ない!』
八歳の自分。
突然こちらへ走ってきた母。
身体を覆うように抱きしめられる。
父の声。
そして。
二人とも動かなくなった。
『お母さん?』
返事はない。
『お父さん……?』
何度呼んでも。
返事はなかった。
「……黙れ」
「へえ。図星か」
「黙れと言った」
「で?どんな気分だった?」
「……」
「泣いた?叫んだ?」
雄大は笑った。
「それとも、何もできずに見てただけか?」
何かが切れた。
「お前に何が分かるんだよ!!」
雄大の笑みが止まった。
霧香自身も、自分の声に一瞬固まった。
「目の前で……自分を庇った人が……!」
握った長剣が震える。
「何回呼んでも……何回揺らしても……もう返事してくれないんだぞ……!」
十六年間。
誰にも言わなかった。
「昨日まで普通にいたんだ……!一緒にご飯食べて、話して……明日もいるって、当たり前に思ってたんだよ!」
雄大は黙った。
「それを楽しかったなんて言えるお前が……!」
霧香は雄大を睨んだ。
「分かったような口を利くな!!」
静寂。
荒い呼吸だけが響く。
やがて。
「……もういい」
霧香は長剣を構え直した。
手の震えが止まる。
顔から感情が消えた。
「もう、お前と話すことはない」
なぜだ。
雄大には、叫んでいた霧香より今の方が遥かに恐ろしく見えた。
「何だよ、その目……」
返事はない。
雄大が槍を突き出す。
霧香は半歩ずれただけでかわした。
もう一度。
またかわす。
「……っ」
当たらない。
薙ぐ。
しゃがまれる。
戻そうとした瞬間、霧香が懐へ入った。
「何で……!」
雄大が距離を取る。
霧香は追う。
「急に動き良くなってんじゃねえか!」
「急にではない」
「何?」
「もう見終わった」
「……は?」
「お前を」
槍の穂先が僅かに揺れた。
「突く前に右肩が下がる。左から薙ぐ時は右足が止まる。大振りの後は戻しが遅い」
「お前……」
「強いが、読みやすい」
「舐めんな!!」
雄大が槍を振るう。
だが当たらない。
一歩。
霧香が近づく。
雄大が一歩下がる。
(俺が……下がった?)
「……くそ」
このままでは負ける。
雄大の目つきが変わった。
槍を短く持つ。
「俺だって、同じ戦い方しかできねえほど馬鹿じゃねえ!」
突き。
霧香が避ける。
だが、それはフェイント。
槍の柄が霧香の長剣を打つ。
「……!」
続けて薙ぐ。
止める。
また突く。
今度は本物。
一定だった攻撃の間隔まで変えている。
「どうした栗谷!もう見終わったんじゃなかったのか!」
雄大は霧香の負傷した肩を狙った。
「っ……!」
動きが鈍る。
そこを逃さない。
ガキィン!!
長剣が霧香の手を離れた。
カラン。
床を滑っていく。
槍の穂先が霧香へ向けられた。
「……やっと捕まえたぞ」
雄大は荒い呼吸のまま笑った。
「剣がなきゃ終わりだろ」
霧香は落ちた長剣を見る。
拾えば槍の方が早い。
雄大もそれを分かっている。
「チェックメイトだ」
「……」
霧香が雄大を見る。
「一つ、勘違いしている」
「あ?」
「誰が長剣がなければ戦えないと言った?」
「……は?」
霧香が前へ出た。
「馬鹿が!」
槍が突き出される。
近すぎる。
霧香は身体をずらし、柄を弾いた。
一気に懐へ入る。
「なっ……!」
霧香は雄大の腕を掴む。
力では雄大が上。
ならば。
逆らわない。
引かれる方向へ踏み込み、その勢いを利用する。
「しまっ……!」
雄大の体勢が崩れた。
ドンッ!
床へ倒れる。
「力で勝てないのなら」
霧香が雄大を見下ろす。
「力で戦わなければいい」
「……この!」
雄大もすぐに立ち上がる。
互いに武器から離れたまま、再び激突した。
雄大の一撃。
霧香がかわす。
霧香の反撃。
雄大が受ける。
どちらも譲らない。
やがて。
ほぼ同時に二人の視線が動いた。
槍。
長剣。
次の瞬間。
二人が走った。
雄大の手が槍へ。
霧香の手が長剣へ。
ほぼ同時。
「殺されてたまるかぁぁ!!」
雄大が最後の力で踏み込む。
槍の穂先が迫る。
霧香も長剣を振るった。
キィン。
一度だけ。
高い音が響いた。
静寂。
カラン。
雄大の槍が床へ落ちた。
「……なん、で……」
膝が崩れる。
倒れる直前。
雄大は霧香を見た。
もうそこに。
自分を見下していた女への余裕は残っていなかった。
静かになった。
霧香は長剣を収める。
無線が鳴った。
『栗谷、対象は?』
「確保不能」
『……生存は?』
「していない」
『栗谷。今回の指示は捕縛だったはずだ』
「覚えている」
『なら、なぜ』
「抵抗された」
『お前なら捕縛できただろ』
霧香は少し黙った。
「……そうかもしれないな」
『栗谷、お前な……』
霧香は無線を切った。
「うるさい」
一人で歩き出す。
傷ついた肩が痛む。
それでも足は止めない。
その時。
『霧香、危ない!』
母の声。
霧香の足が、一瞬だけ止まった。
「……」
振り返る。
当然。
誰もいない。
霧香は再び前を向いた。
そして何も言わず、一人で歩き出した。
『霧香、危ない!』
十六年経った今も。
その声だけは、消えてくれなかった。
どーでしたか、、、?
じゃ、ばいのりちゃ!