公開中
第4話:一対多の舞
油屋の宴会場は、熱気に包まれていた。
八百万の神々が酒を酌み交わし、笑い声が天井を震わせる。その中心に、私は立っていた。
「さあさあ、皆の衆! 今夜は特別やで! うちの舞、よう見とき!」
朱色の髪を扇子で跳ね上げ、私は畳を蹴った。
太鼓と笛の音が加速する。私は「ミコト」として、この油屋で一番の輝きを放つ瞬間を選んだ。
(……見ててや、猿田彦さん)
心の奥で、こっそりその名を呼ぶ。
上座に鎮座する猿田彦様は、杯を片手に、微動だにせず私を見つめていた。その黄金色の瞳が、私の動きを、指先の一つ一つを、逃さず追っているのがわかる。
「はっ!」
私は激しく、そしてしなやかに舞った。
かつて天岩戸の前で八百万を熱狂させた、あの記憶が全身を駆け巡る。
一対多。大勢の神々を相手に、私は場を支配し、空気を塗り替えていく。
「……おおおっ!」
神々から歓喜の怒号が上がる。私はわざと、彼の目の前でくるりと回り、長い髪の先が彼の頬を掠めるほど近くで足を止めた。
橙色の瞳と、黄金色の瞳が、火花を散らすようにぶつかり合う。
「……ふっ。賑やかな娘だと思っていたが。……見事な舞だ」
地響きのような、重厚な低音。
彼は口角をわずかに上げ、満足げに鼻を鳴らした。
(……笑った。……笑わはった……!!)
一瞬、足元がふわつく。
プロ失格。でも、そんなのどうでもいい。
「一対多」で場を盛り上げていたはずの私が、その瞬間だけは「一対一」の女として、彼に射抜かれていた。
「……あ、……おおきに」
私は精一杯の看板娘スマイルを作ろうとしたが、顔は自身の朱色の髪より真っ赤になっていた。
「……なんだよ、もう。……うちの勝ちやな」
私は逃げるように背を向け、次のステップへと飛び込んだ。
背中に感じる、彼の熱い視線。
それは、これまで受けてきたどの神様の視線よりも重く、優しく、私の魂を焦がしていた。
「……ミコト! 鼻の下伸びてるよ!」
脇を通り過ぎるリンに耳元で囁かれ、私は「うるさいわ!」と畳を叩きながら、さらに激しく舞い続けた。
今夜の舞は、一生忘れられないものになる。
そう確信した、熱い、熱い夜だった。
🔚