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《第一乃咎》『歪んだ一方的な愛情』
『愛する人の部屋に、僕の代わりにこの指輪を置いてきて。』
暫くして、死者の口から発せられたのは、純愛…というものだろうか。
「ふむ…なるほど。では、お名前を教えていただけますか?貴方と、その愛する方の名前を。」
律は顎に手を当てて考えた後、デスクの引き出しからメモ帳と万年筆を取り出した。
『僕は天恍羅詩。愛する人の名前は、都姫香苗。』
羅詩は一歩前に踏み出し、律の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。何とも独特な名前だ。勿論、律が言えることではないが。
律はサラサラと手を動かし、万年筆でメモ帳に文字を書き込んでいく。やがて書き終わり、コトリ、と音を立てて万年筆を置く。
羅詩の瞳を見ていると、純愛というより、その奥底にはドロドロとした歪んだ独占欲と執着心が渦巻いて見えた。
「成る程、分かりました。」
静かに頷くと、椅子から立ち上がり、羅詩の前へと歩み寄る。手を差し出し、羅詩の手から指輪を受け取る。
『本当にありがとう。』
羅詩から言われたその言葉に、律は何処か違和感覚えた。だが直ぐに切り替えると、ドアの方へと向かって歩を進める。
「では、届けに行ってきますね。」
羅詩の横を通り過ぎる直前、耳元でそう囁くと、髪を靡かせ革靴の音を立てながら、ドアノブを回して開け、パタリとドアを閉めた。
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外へ出ると、小雨が降り始めていた。傘立てから傘を抜き取り、上へと翳して傘を差す。
雨粒が傘にあたり、ポツポツと音を立てて弾け、伝い、流れていく。
雨の独特な匂い、そして草地が湿った匂いが鼻腔を満たす。
時間帯が深夜である為か、何時もより人は少なく、街灯の光だけが周囲の暗闇を照らしている。
「……指輪、ですか……。」
羅詩から伝えられた場所へと向かっている途中、ふと立ち止まり、掌の中にある羅詩から受け取った指輪を見下ろした。指輪に埋め込まれた宝石が月光に照らされて光り輝いている。
「……(私も、あの人に伝えられていない。あの人の元へ戻ったら、私も伝えることとしましょう。)」
そう心の中で呟くと、指輪をポケットの中へと収め、再び歩き出す。夜風が吹き、ひんやりとした冷たい空気が肌を撫で、髪がふわりと揺れる。
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やがて数十分した後、羅詩に言われた、とある一軒家へと辿り着いた。
豪華でも何でもない、ごく普通の二階建ての家だ。玄関前の階段を上がる。
外からでもわかるくらい静かだ。
いや、そもそもこの時間帯は普通であれば寝ている筈の時間帯だ。静かなのは当たり前だろう。
だが、窓から部屋の明かりが漏れている。明かりがついていると云う事は、未だ誰か起きているのだろう。
「すみませーん。」
近所の人に迷惑が掛からない様に声量を抑えて声をかける。
…。返事はない。
ドアノブに手をかけると、何故か容易く開いた。鍵が掛かっていないのだ。人の家に勝手に入るのは少々気が引けるが、これも依頼を達成する為。
そう思い、其の儘家の中へと足を踏み入れる。
リビングの明かりはついているが、其処に人の姿はない。
辺りを見渡した後、2階へと続く階段を登る。人の姿はない、場所を間違えたか、人は居なかったのかと思い踵を返そうとした刹那、奥の部屋からガタリ、と物音がした。振り返って奥の部屋の方へと歩み寄り、ドアを開けた。
「いやっ、来ないで、来ないでぇ…ッ!!」
其処には女性が毛布を上から被り、完全に何かに怯えている様子で小刻みに体を震わせ、血走った目で此方を見ていた。
「ど、どうしました…?」
律はその様子が理解出来ず、女性…いや、香苗の前へとしゃがみ込み、落ち着かせようと声を掛けた。
「触らないでッ!!あの人が…!あの人がああ‥!」
香苗はかなり混乱している様子だった。いや、最初感じた違和感はこれだったのか。羅詩の瞳の奥底に見えたあの独占欲、そして執着心。
ストーカー…と云うものだろうか。矢張り、あれは純愛でも何でもない。歪んだ一方的な愛情だ。
「………。」
どうすれば良いのか判らず、暫くその場で固まったままでいた。香苗は怯え切っており、どうも話が通じる状態ではない。
「…これを、。」
彼女には悪いと分かっていながらも、律は指輪を置き、立ち上がって踵を返し、その場から離れた。
家を出て、傘を手に取り、掲げて傘を差す。
律は何とも言えない、複雑な気持ちを抱えながら、自分の家へと向かって行った。
─《次回予告》─
第二乃咎『幸福な家庭と云う名の`監獄`』