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友だち
「ねえ、ユイカちゃんって進路どうするの?」
わたしは朝礼で担任に配られた進路調査表をなびかせながら訊いた。
「ん…しんろってなに。」
眠そうな目をこすりながら答える彼女をみて、担任の説明を聞いていなかったのかとあきれる。「大学か就職かーそれ以外かー…ってこと。」ふわあと言うあくびが彼女の口からこぼれる。何にも考えてなさそうだなと思う。そして、多分それは当たっている。
「どっちがいいのー?」
「普通に大学じゃない?」
「じゃ、ユイちゃんもそうする。」
高校2年生にもなって自分のことをちゃんづけで名前呼びするユイカちゃん。わがままで、だから孤立していたユイカちゃん。
「でも、どこの大学に行くの?」問うと彼女は窓の外を眺めながら言った。
「なにがあるのー?」
「…知らないの? ちょっとくらい。」
知ってるでしょ。
「ユイちゃん、だいがくってなにか、知らないから。」
「…はあ?」
「ユイちゃんのぱぱは、ユイちゃんが1年生のときにいなくなったの。」
「は?」
いま、その話を出してきたのは、どうしてだろう。訊こうとしてやめる。どうせ意味とか理由なんてないのだ。数ヶ月友達をやってきて、最近ようやくそのことに気づけた。
「でねえ、それから、ままと一緒なの。でもままは、あんまり好きじゃない。ユイちゃんのこと。」
わたしがふーんと相槌を打ったとき、教室のドアが開いて、理科の教師が入ってきた。時計を見ればあと1分ほどで授業が始まるところだった。わたしはユイカちゃんの席の方にむけていた体を前に戻した。
「それでえ、ままはユイカちゃんにお金出したくないの。」
…ユイカちゃんは話をつづける。真後ろから彼女の大きな声が聞こえてくる。慌てて後ろに体をひねり、ユイカちゃん、静かにしよう、とくちびるに人差し指をあててみせた。ユイカちゃんは不思議そうな不満そうな顔で頷いた。
「ままはねえ、ぱぱのことが嫌いなの。」
次の休み時間。ユイカちゃんは当たり前みたいにさっきの話を再開した。咄嗟になんのことかわからなかったが、少し考えて理解した。相槌を打つ。
「だからユイちゃんのことも嫌いなの。」
「…遺伝子が半分父親のだからってこと?」
「…? たぶん。」
あ、わたしの言ってること、伝わってないな。彼女は遺伝子という言葉を知っているのだろうか。ユイカちゃんはのほほんとした顔で続ける。
「でもねえ、ユイちゃんはままのこと好きよ。」
「ふーん。」
「ままはねえ、かわいいの。」お目目が大きくて…とユイカちゃんはわたしの目に手を近づけてきた。驚いて避けると彼女は眉をひそめた。「…なーちゃんの目もおおきいよね。」ユイカちゃんは行き場を失った手を自身の目にやった。まぶたを撫でるように触る。
「ユイちゃんの目は、大きくないし、ユイちゃんはかわいくないの。」
たしかに。そう思ったが、そうかな、と曖昧に答えることにした。
「もっとかわいかったら、きっと、ままはユイちゃんのこと好きだったの。」
「それはわからないよ。顔なんて関係ないんじゃない。ユイカちゃんのお母さんは、ユイカちゃんが父親の子供でもあるっていう事実を拒絶してるんでしょ? 話聞いてたら。」
「…む、ずかしい。」
「ああごめん。」
だからつまり…できるだけ短く簡単な言葉を探した。見つからなかったので、わたしは口をつぐんだ。肩をすくめてわたしはもう話しませんよと意思表示する。ユイカちゃんに正しく通じたかはわからない。
ユイカちゃんは不思議だ。世間のこと何も知らないし、成績も振るわないのに、ある程度整合性のある話はできる。自分より上の立場の人に敬語も使えない。わがままだけど、それは周りを見ることをしていないというより、できない。他人の考えを読み取ることが苦手なのかと思っていたが、自身の母親の感情はここまで理解している。
わたしは話し続けるユイカちゃんに、笑みを向けた。
ユイカちゃんは、ほとんどのクラスメイトにうとまれている。そんな彼女と仲良くしているわたしも、まあ喜ばれているわけではない。
「ねえユイカちゃん。一緒に帰ろう。」
終礼後、ユイカちゃんに声をかける。ユイカちゃんはもたもたとカバンに教科書を詰め込みながら大きく頷いた。
彼女の半ば強引な入れ方のせいで、教科書のページが折れたり、敗れたりしていることに気づく。もったいない。それでもなんとかカバンにしまい、ユイカちゃんはチャックを閉めながら顔を上げた。わたしが歩き出すとユイカちゃんもついてくる。廊下に出てふと後ろを振り返ると、ついてきていたはずの彼女は少し離れたところで慌てた様子で追いかけてきていた。机と机のあいだをすり抜けようとして机にぶつかって、クラスメイトに文句を言われて、机をもどす。ユイカちゃんはどうやらそれを何度か繰り返していたらしい。
ドアのところで待っていると、教室から派手な音が聞こえてきた。中を覗く。ユイカちゃんがちょうど教卓の前で転がっていた。こけたのか。ため息をつきながら彼女の方に歩く。「大丈夫?」そばにしゃがむと彼女は上半身だけ起こして言った。
「ユイちゃん……。」何かを続けようとしてしかし続かなかったようだ。ユイカちゃんは顔を歪めた。決して大きくない目から涙がぼろぼろ溢れている。彼女は声をあげて泣いた。それは綺麗なアニメの綺麗な泣き方じゃなかった。
クラスメイトの冷たい視線がわたしにも刺さってくる。
わたしはスカートのポケットからハンカチを取り出して、ユイカちゃんに押し付けるように渡した。彼女はそれで鼻をかんだ。涙吹く用に渡したのに。まあいいか、このハンカチはもうあげる。
彼女の手に触れてにぎって、わたしは立ち上がった。「早く帰ろう。」もう、16時半だ。
ユイカちゃんはぼろぼろの顔でわたしを見上げた。その表情は悲しんでいるようだけど、たぶん怒っていた。
わたしはユイカちゃんの手をひいた。彼女はよろっとしながら立った。肩にかけられたカバンがずり落ちそうになっていた。
その日は、クレープを食べて帰った。上機嫌でクレープにかぶりつくユイカちゃんは、普通の女子高生みたいだった。
普通の女子高生になれたらいいね。イチゴの甘味が舌の上に広がるなかで、わたしは思う。
これ大好き。