編集者:言命
暴力が跋扈する地下街。青鬼のらっだぁは、運営と共に明るい未来へと歩んでいく(予定)。
この物語はご本人様とは一切関係ございません。あくまでその名を冠したキャラクターの物語と認識していただければ幸いです。
あと多分タイトル変わります。
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目次
1話
かなり重めの世界観ゆえ、意図的なキャラの改変を含みます。そのため、解釈違いが発生する可能性が多々ございます。また、ゴリゴリの初小説なので、拙い部分もあるかと存じます。
大丈夫な方のみ、お付き合いいただけると幸いです。
乱雑につまれた、灰色の住居が群青の瞳に反射する。
「かぁ~~」
青みがかった黒髪がなびく。優しく細められた瞳と同じ色のカーディガンが広がった。柔らかな淡い青に包まれたその姿の中で、ひときわ印象的な長い赤のマフラー。
霞がかった部屋に差し込む薄暗い光を抱くように、両手を広げ伸びをする男。この時代では絶滅危惧種である種族、青鬼の名を冠する一人の人外、らっだぁである。淀んだ埃っぽい空気に対照的な、澄んだ群青の瞳。眠たげな瞼の奥にあるそれは、明らかに異質なものであった。
「じゃーまぁ、…行きますか」
時計が淡々と夜明けを告げる。仕事の時間だ。早朝…地上ならば日の昇る時刻のようだが、日の届かないこの地下街にそんなもの関係ない。ここは地下街。途方もない大きさを誇る、球体の街である。らっだぁが住む、ここ第1111区は、街の中でもかなり外れの方らしいが、果てなど見たことがないどころか、どうなっているのかも知らないほどだ。地下街だというのも聞いた話で、実際のところは知らない。天のあるべき方を向いたところで、見えるのは青鬼の発達した視力をもってしても所狭しとつまれ密集したコンクリート製の住居の箱たちと、血脈のようにめちゃくちゃに繋がれた水管だけだ。下もまた然り、気の遠くなるほど続いている。
群青の瞳を隠すように、淡い青のニット帽を被ると、早速、らっだぁはひび割れた四畳半の家についた小さな扉を押し開け、薄暗い光を纏う灰色の街に足を踏み入れた。お気に入りの音楽を小さく口ずさみ、今日も足場の不安定な道を進む。ギュ、ガッ、とリズムに合わせてコンクリートが軋んだ。生きるためには、金がいる。らっだぁも生活のために、適当に人間様を演じてその日暮らしの金を稼ぐ生活をしていた。演じる、といっても普段の青鬼は、並外れた筋力や発達した五感以外、人間とあまり変わらない。ゆえに、普通にしていればバレることなどそう無いのである。
マフラーを上下に揺らしながら、軽やかな足取りで歩みを進める。このあたりは工場が立ち並んでいるのもあって、重たい匂いが満ちている。走って振り払おうとしても、灯油をゆっくりと飲み込んでいるかのように、体が微かに重くなっていくような、そんな湿気た匂いが立ち込める。慣れないうちは吐き気を催すものなのだろうが、らっだぁにとっては嗅ぎなれたものだった。人気のない通勤路だ、そんなことを考えていたとき。
「んだよ!聞こえねぇよ!!」
突如、横から怒鳴り声が響く。そのドスの利いた声に思わず足を止めるが、その矛先はらっだぁではなかった。植物の根のように別れた横に伸びる細い道の先、行き止まりの暗い路地の奥。ガラの悪そうな男と、小柄な子供がいた。
(あ~…やってんねぇ~…)
自分より力の劣る者から奪える物を奪う、しばしば見かける構図だ。男がガッと子供の衣服を掴み、更に声を張り上げた。子供は全く抵抗もせず持ち上げられ、体が宙に浮く。かなり危なそうな状況だが、ここで下手に面倒を起こせば、正体が暴かれかねない。そうなれば諸共らっだぁも殺されてしまうだろう。身を挺して庇う、ヒーローでもないわけだ。あんな子供助けても、何の利益もないだろう。可哀想だが、ここはスルーが身のためだ。速やかに目線をずらし、何も見ていないかのように再び歩みを進めようとする。
「何も持ってないなら、お前ごと売ればいいわけだ!臓器なんて、高く売れるからなぁ!」
その声とともに、シャキンと金属の音がした。ぎょっとして二人をもう一度見やる。微動だにしない子供に、男はナイフを取り出していた。赤黒い汚れ。生き物に使用した形跡がある。このあたりで体液の赤い生物といえば、人間しかいない。こいつは、人を殺している。それってつまり、あいつは本気であの子供を切り捌く気だ。
「マジで言ってる…??……あー、もう!」
数秒迷った後、らっだぁは向きを変え走り出していた。彼らの場所まで、距離は約20メートルと言ったところか。人間離れした脚力で、まばたきの一瞬で男に近づく。暗い路地の奥、屈強な男の右手に握られたナイフが意地悪にぎらぎらと笑う。少年の、生気を失った緑色の瞳、一切の動揺の色もない感情の無い表情。男の腕に手を伸ばそうとするらっだぁだが、無情にも、スピードさえ落とさずなめらかに、ナイフは少年の首に吸い込まれていくのが見えた。少年の細い首はいとも簡単に両断されていった。
「ちょーっと待ったー!!」
この場に相応しくない、ふわふわとした雰囲気を持つ間延びした声が、狭い路地に反響する。
「あ”ぁ?誰だお前!?」
「えーっとー」
飛び出したはいいが、既に目的の子供は仏になった。迷った数秒のせいだろう。男に睨まれ、らっだぁはへらっと笑う。困った。
「あーすいませんねー、えっとー…ちょっと忘れ物をしちゃってー」
「へぇこんなところに、何を忘れるって言うんだあ!?」
嘘モロバレの発言に、男がナイフを振りかざす。その瞬間。
「わぁーーーーっっ!!!」
さっきまでの通らないぼそぼそとしたこえと打って変わって、大絶叫が薄暗い路地に轟く。らっだぁは大声に一瞬ひるんだ男の腕を掴み、怪力で跳ね返す。信じられないと言うような表情で一歩、二歩とよろける男を避け、素早く、しゃがみ込んだ少年を抱える。そして地面を蹴り、青鬼の脚力であっという間に空高く跳んだ。ぐんと地面がはなれ、振り返り驚いた様子の男が左右を確認しているのが小さく見えた。しばらくして、体はゆるやかに落下し始める。久しぶりの感覚だ。スピードを取り戻し、青いニット帽を抑えながら急降下する体。風が強く吹き付け、呼吸がしづらい。このまま落ちるわけにもいかないので、何か障害物はないかと目を走らせると、近くに突き出たパイプを発見した。
「頼むっ!」
上手いことタイミングは合い、パイプに足が着き、体重が戻って来る。赤いマフラーが静かに下がった。もう一度あの路地に着地したなら、今度こそ人間ではないことがバレてしまっただろう。心臓がバクバク音をたてる。着地成功。危ねぇー、と安堵のため息をついた、そのとき。
「よし、え、あっ」
足場のパイプがぐらりと揺れた。驚きのあまり腕が緩み、脇に抱えた少年がするりと抜ける。落下する少年。声を出す暇もなく急いで両手をのばすが、かするようで届かない。ヤバい、なんて考えたとき、ありえないことが起きる。
「はっ…?」
少年がそれ以上落ちることはなかった。時間が静止したのかと錯覚する。少年は宙に浮いて動かない。ぴたりと止まったのだ。
「………ダレ」
「え…?」
「ダレ、人間じゃないデショ」
むくり、ゆっくりと宙に浮いたまま少年は体を起こす。そういえば、切り落とされたはずの首も、血の跡もなく、何もなかったかのようにつながっている。よくよく思い出してみれば、元から出血もなかった。たけの長いローブの下の足は裸足で、半透明だった。つまり、この少年は…。オーバーサイズの白いタートルネックのローブ、深緑の大きな魔女帽子、生気のない青白い肌、栗色の猫っ毛の下から覗くエメラルドに輝く目。その、瞼に半分隠された大きな丸い目は、気だるげながらもさっきの死んだ目とは打って変わって感情を示しらっだぁを捉えていた。まるで、始めて光を見るときのように、驚きと希望の入り混じった目だった。
「君は…?」
「………オレハ…"ゴースト"」
もごもごと、早口のカタコトで言う。長い袖で口元を隠し、じっと様子を伺うようにこちらを見る。ゴーストとは、未練や怨念が現世に残った状態で死んだとき、強い魔法の力を持つものがオバケとなって現世に残る、という伝承の化け物だ。
「ゴースト…?マジで?」
あまりの出来事に、まだ飲み込めずにいるらっだぁに、少年は淡々と問いかける。
「オマエハ、ダレ」
「え?ああ、俺は…青鬼で、らっだぁって呼ばれてるけど、好きに呼んで」
少し迷うが、明かすことにする。彼が人外であることに間違いは無いようだし、仲間となるなら、明かすことに損はない。
「ラッダァサン…?」
「おー、さん付けかー、あんま無いわ。ガハハ!」
「ジャアラダオ、とりあえずオリレバ?」
「えー…?」
時間をかけて、突起物をたどりながら元の場所に降りる。金属質な音が鳴った。少年は浮遊しながららっだぁに続いた。彼がゴーストであるという事実を、やっと納得しおえたらっだぁは、浮かんだ疑問をのんびりとした話し方で投げかける。
「そういえば、君は名前とか無いの?」
「ンー、忘レタ!」
あっけらかんと答える。
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「好きにシテ」
なんとも無茶振りである。彼に似合う名前を考えてみる。少年を見やり、珍しい緑色の瞳が目に付いた。
「えーじゃあ、"緑色"とかどーよ。帽子も緑だし」
「緑色…ン。分かっタ」
先程の男は既に立ち去っており、誰もいない冷たい路地に再び足を着ける。よく見れば、らっだぁがジャンプしたときのひびが残っていた。
「ところでみどりはなんでああなってたの」
「アイツガつっかかってきたカラ、言い返したダケ」
「生意気なのはいいけど、今度から気をつけなよー。子供が独りでこういうとこ来ちゃ危ないからねー。もっと中央寄りだと、割と治安いいから…」
そう言うと、緑色はむっとしたようにらっだぁを睨む。
「テカ、多分アンマ年変ワラナイと思うケド。コンナ姿だけど、俺大人ダヨ。死んでカラ時間経ってるカラネ」
「うっそー」
聞けば、緑色の方が三歳差で年下のようだった。容姿は享年のまま変わっていないらしい。ゴーストとはそういうものなのだろう。
「それで、みどりはこれからどうすんの?普通に二十年以上生きてきたんなら、別に俺の助けとかいらないっしょ?」
「ンー…。ラダオにツイテク!」
「なはっ、そーですか」
当たり前のようにそう告げる緑色。緑色が人間に人外バレなどすれば、当然行動を共にするらっだぁも疑われる。承知の上だが、そんな危険性でさえらっだぁは受け入れることにした。持ち前の陰キャ気質で仲間がおらず、協力関係の友人がいないというのもある。影の薄いゴーストだから、ほぼ確実にバレないだろうというのもある。が、それよりも感覚的に本能的に、何故か拒絶が沸かなかった。しかし、小さな違和感はすぐに仕事というライフラインにかき消された。
「んじゃ、俺はそろそろ仕事に行くと思う」
「仕事?」
緑色は不思議そうに首をかしげた。緑色は仕事などやっていないのだろう。ゴーストって多分食べ物とかいらないし。
「うん。賞金稼ぎ」
らっだぁはいつものように、にへらっと優しげに笑う。
「ラダオくんにツイテク!」
「え?仕事も?」
「ムリ?」
「いや、いいけど…結構危険よ?アブナい人を捕まえるお仕事」
「ダイジョブ、オレツヨイ!」
「ほんとかぁ?」
自信満々と言った風に、みどりは長い袖に隠された両手を上げる。さっきの男に敵わなかった緑色が、極悪の犯罪者たちに太刀打ちできるのかは甚だ疑問だが、彼はゴーストだ。滅多なことがない限り死ぬことはないなら、連れていっても差し支えないだろう。
「今回はねー、まあまあな相手だよ」
羊皮紙に書かれた情報を、緑色と共有する。すべて話し終えると、時折聞いているのかいないのか分からない相槌をうち、ふわふわと浮いていたみどりがやっと口を開く。
「オレ、コイツ知ってル。1112区の方ニ住んでるヨ。詳しいコトは忘れたケド」
「…えぇ!?」
らっだぁが青鬼の力を持ってして、10日ほど探し続けているターゲットだ。そう簡単に見つかるはずがない。らっだぁは緑色に、怪訝そうに尋ねる。
「なんでお前が知ってんのよ」
「空を飛び回ってルカラ。今まで、いろんな場所ヲ移動シテ来たシ」
そうか、とらっだぁは思う。緑色は空が飛べる。定住せず、飛び回っていた分情報に強い。そうなれば、賞金稼ぎの仕事にも、相当役に立つカードだと言えよう。にやり、とらっだぁが笑うと、緑色は気味悪そうにらっだぁを睨む。それにしても、第1112区。近くで目撃情報が多いやつからターゲットを探してるから、遠くにはいないだろうと思っていたが、想定より大分近い。歩いてすぐじゃないか。
「ぉし、今すぐ出発しよう。ヤツが引っ越しして行方くらませないうちに、急いで探そ」
「ン!」
2話
足を進めて数分後。しばらく工業地区の奥へ入り続けると、おもむろに緑色は振り向いた。住宅街に比べると比較的薄暗く、湿気た空気の立ち込めた、なんとも陰気臭い場所だった。
「コノヘンノハズ」
「へー」
着いたのは、廃工場の前だった。探せばいくらでもあるような、使われなくなった工場だ。床に散乱する何かの破片やワイヤー。倒れたタンクから溢れる、濁った茶色の乾ききった液体。何に使うかも分からない巨大な工具。誰かの泊まった形跡として、古びた缶が捨てられていた。それらを拾おうと近づくと、崩れて吹き抜けになったらしい天井から、真上の二階が見える。
「人気は無いな…。みどりくん、上行こうか」
そう声をかけるが、緑色は一点を見つめて動かない。
「…どしたの?」
「………」
袖に隠れたままの指で、埃と共に詰まれた缶の山を指さす。そこにあったのは。
「なにこれ、瓶?」
らっだぁは、ラベルのない半透明の瓶を手に取る。持ち上げると、僅かに残った濁った液体が揺れ、微かにツンと医薬品臭い匂いが鼻を刺す。まだ乾いてない。
「…つい最近までここにいたっぽいわ。また帰ってくるかも」
他にめぼしいものはないかと、缶の山に手を伸ばそうとしたとき、工場の外から足音が聞こえた。青鬼の超人的な聴覚が捉えたのは、冷たいコンクリに響く風音に、一つ混じった軽い足音。
「みどり…!来たっぽいから隠れよ…!」
「?……ン!」
なぜ分かるのかと不思議そうな表情をしながらも、信頼の眼差しで緑色は頷いた。隠れ場所を探そうと辺りを見回す。一番いいのは開いた天井から二階に隠れることだけどな、ここで跳躍したら色々…などと考えていると、息の詰まる感覚と同時に、ふわりと地面から足が離れた。驚いて上を見ると、緑色がマフラーを掴み涼しい顔で飛んでいた。他にもっと持つとこあっただろ、せめて何か言ってからにしろという意志を込めて睨むらっだぁをお構いなしに、淡々と二階へ運ぶ緑色。数秒後、再び二階で地に足が着いたときと同時に、錆びた金属製の扉が重々しい音を立てて開いた。
「……はぁ~」
現れるは、茶髪に信号機色のメッシュが入った男。広い廃工場にやや高い声が反響する。
「…あれ、…なんか荒れてね?誰か入ったか…?おーい!」
段々と上がる心臓の拍。男は注意深く周囲を見つめている。このままだと、居場所が見つかるのは時間の問題だろう。らっだぁは男が背を見せた隙を狙い、緑色に目配せする。それを合図に、らっだぁと緑色は2階から飛び降りた。緑色は後方に退き、らっだぁは手に握った斧を首めがけて振るう、が。
「やっぱいんじゃん…」
「…っ!」
男は振り返ると、すんでのところで刃を避ける。そして、腰に刺していた鈍色の剣を手に、らっだぁの斧を凪払った。
「誰だか知らないけど…敵みてぇだな」
「まーね」
相手の剣の切っ先が素早く空を切る。戦闘慣れしたらっだぁだったが、案外相手もいい筋のようだった。風切り音と共に、鋭利な刃が青いカーディガンの長い袖をかすめた。と、思えば刃は90度回転し、腕を両断せんと迎い来る。革靴で回し蹴りをお見舞いし、体ごと相手を弾き飛ばすらっだぁ。
「やるねぇ」
攻守交代。おもむろに地面を蹴り上げると、らっだぁは男を飛び越える。冷えた空気が頬をなで、風の音がいやに響いた。そして、対岸の地に足が着くのも待たず、宙に浮いたまま、背後から男の頭部へ切りかかった。かすめた斧が鮮やかな血をかっさらう。が、かち割ったのは男の頭蓋ではなく、その剣と左手首だった。卓越した反射速度で振り返り、斧を受け止めた剣の刃からは火花が散り、金属音だけが廃工場内にこだました。一旦距離を取ると、再び男は斬撃を繰り出す。しかし、ふとらっだぁはその剣捌きに違和感を覚える。どこかぎこちないのだ。戦闘慣れしてない故のものではなく、まるで何か躊躇するようなぎこちなさ。よくよく見れば、男の剣先は当たる寸前で軌道をずらし、深い傷を避けるよう動いているように見える。
(なんだ…?殺しが怖いのか?)
らっだぁは表情一つ変えず斧を振るう。振るう。小心者なら好都合。こんな、腐敗物を煮詰めたような薄汚れた地下街で、敵に情けをかけるほどの余裕などどこにもなかった。誰もがその日の食いぶちを稼ぐのに必死で、呑気なやつから順に路肩の死体に成り下がる。慈悲をかけたところで今日の腹の足しにはならない。何も変わらず変えられず、全てが終わるいつかのときまで、己の幸福を血と汗にまみれて必死に守って生きていく。そんな世界だ。致命傷には届かねど、じりじりと追い詰めていたらっだぁの斧が男の首をかすめたときだった。一瞬、男が焦燥の表情を浮かべる。握られた剣の切っ先が鈍く光を反射する。そして、男の剣先はらっだぁの額に触れた。一瞬の出来事だった。剣の方が斧より動かしやすいとはいえ、先程までは手加減していたのだとわかる速度の変化だ。らっだぁの開いた瞳孔はその一連の動きを鮮明に捉えるが、体はそれに追いつかなかった。
(やっべ…!これは致命傷になりうる)
自身の群青の瞳が反射する、刃の切っ先に目を見開いたその刹那。鈍い音が鳴ると同時に、男が横に崩れる。そして、その背後から小さな影が姿を表した。緑の魔女帽子。緑色だ。
「どっ、え?」
驚くらっだぁを差し置いて、体制を立て直した男が再び緑色に剣を振り上げる。が、緑色はまるで剣に弾き出されているかのように軽やかに避けると、焦る様子もなく手に持った鉄パイプで相手の喉を突く。無駄の無い動きだった。弧を描く鮮やかな赤い飛沫。倒れる男。廃工場に再び静けさが戻った。
「みどり…?」
「ン?」
「どしたの…?」
「ンー…オレツヨイ!」
返り血が目立つ、白いローブに覆われた両手を挙げる。余裕のない状況下での奇襲だったとはいえ、あの男を数秒で仕留めた緑色の、その洗練された体術には目を見張るものがあった。らっだぁと同格、あるいはそれ以上。
「青鬼も死ぬの?」
「生命力は強いけど、そりゃあ死ぬときは死ぬ」
「フーン」
「普通に助かったわ。ナイスみどり!」
「任セロ!」
「よし。じゃああとは首を切り落として…」
そのとき、再び緑色の袖が目に入る。男の返り血だ。緑色の袖に付着した黄色の返り血は、半透明の体からゆっくり透け落ちていく。
(ん?黄色?)
ふと違和感に気付く。返り血の色は、前みたときは確実に赤だった。しかしそれも、今になって思えば鮮やか過ぎるものだった。呆然と眺めていると、黄色はやがて青へと変色していく。人の血液は赤色。反してこの血液は、彼の髪色と同じく、信号機色。
「…みどり」
「いってぇ~!」
らっだぁが何か言いかけたときだった。案の定、男はふらふらと立ち上がる。
「…殺さなかった?みどり」
「…ウウン。ちゃんと首を折った」
「じゃあ…」
「なーんだ、人外かよ。気ぃ遣って損した」
首にはやはり、黄色と青のグラデーションがかった血液が付着しているが、傷跡はさっきよりも閉じている。
「お前…何?」
「俺の名前?"みこだよ"。首くらいはすぐに治癒するから。残念だったな!」
この世界の魔法には、傷や病を治癒する治癒魔法というのも、かなり希少ながら存在する。しかし、治癒魔法には覚醒した意識が必要である。もし緑色に首を突かれる前、意識を失う前に治癒魔法をかけたとしても、意識を失った瞬間に魔法は途切れる。つまり、この男の場合自然治癒である。人間の生命力では、当然ない。
「お前も人外かよ…」
「さて。今度こそもう逃げ場は無いか…。……できれば、ひとは殺したくなかったんだけどなぁ…」
みこだよは何か決心するような面持ちで懐に手を入れ、一瞬にして手に銃を滑らす。こなれた手つきで取り出されたそれは、黒光りする短銃だった。銃とは比較的高価な武器で、らっだぁも一度盗まれて以来買っていない。しばらくの沈黙の後に、みこだよはゆっくりと、短銃を重たげに持ち上げ目線を上げる。重厚な金属音と薄い硝煙の匂い。空気が静かに変化する。水色の瞳は拒絶に揺れているが、その銃口はらっだぁを捉えて離さなかった。銃身も構えも、一切のブレがない。このみこだよという男は、ただの銃使いではないようだった。こんな遮蔽物のない場所、こんな至近距離ではこっちが圧倒的に不利だ。こいつに斧を振り上げた瞬間、脳天が貫かれると、本能的に察する。青鬼の脚力を惜しみなく出したところで、どこまで通用するかも怪しい。
「来いよ!自分の命の方が可愛いからな、今度は手加減抜きだ!どうせ本部のやつらかなんかだろ?同じく人外の癖して、人外を処刑しにきた」
本部。それは、この球体の地下街の中央にあるらしい、巨大な施設のことを指す。言えば、地下街を支配する場所である。らっだぁは低く、声を抑えて言った。
「違う。お前が区長だとかお偉いさんをほいほい殺すから、賞金出てんの。俺は賞金稼ぎ。本部の審査が俺みたいな人外通すほどザルなわけないじゃん」
少し迷うが、情報を開示することにしたらっだぁに、みこだよは表情を固める。そして、怪訝そうに言った。
「……は?俺、区長なんて殺したことないけど」
「え?」
束の間の沈黙。思わず緑色の方を見るらっだぁ。だが、すぐみこだよに向き直る。
「うそ」
「え?いや。嘘じゃないよ!なんなら人殺しなんてしたことねぇよ!」
少し不満げに眉を寄せ、怒気をはらむその声に、らっだぁと緑色は顔を見合わせた。少し考えた後、信憑性に足ると判断したらっだぁが口を開く。
「うっそぉ…なるほどねー…。え?んじゃ、人違いってこと?」
「…確かに、コイツジャナカッタキガスル」
「お、おぉい!!ふざけんなよ!ここまできて人違いでしたって!?」
みこだよの怒鳴り声が飛んだそのとき、玄関近くで誰かの足音がする。ただ一人その音に気付いたらっだぁが目線を寄越すと、それからしばらく経って扉に重い音が響いた。
「みこだよ大丈夫か!?」
あんなにも重かった扉が勢いよく開かれる。出てきたのは、長身で粗暴な外見の男だった。縦長の瞳孔と、耳まで裂けた口から覗くサメのような鋭利な歯。パーカーの下からは硬質な尻尾が見える。一見して人外だと分かる容姿だ。
「combex!」
「おいお前ら!誰だか知らないが2v1かよ、キモいんだけど!」
みこだよがらっだぁに銃をつきつけている現状を見て、combexと呼ばれた男は懐に潜ませていたナイフを握る。低く響く声が殺気に満ちる。と、みこだよが急いで銃を下ろし、声を上げた。
「待ってこんべ!この人らも人外で、そんで多分敵じゃない!」
「マジでぇ?そんないるもんなの?人外って」
「…俺らもそう思ってたよ」
ため息をつき、抵抗の意志がないことを示すように手のひらを見せるらっだぁ。
「この人ら、なんかここに住んでた殺人鬼を探してるって」
「はあ?殺人鬼なんてそこら中にうじゃうじゃいるだろぉ!?…あぁ!そういやなんかいたな!」
まくしたてるように喋ったのち、combexと呼ばれた男は再び外へと消える。うろたえる緑色と呆れた表情のみこだよを後に、らっだぁはcombexの後を追う。工場の周囲を壁に沿って歩き、建物間の隙間へと進んだ。combexを先陣に、パイプ管をかき分けていくと、やがて二人は立ち止まった。
「こいつだよ。俺のナイフでくたばりやがった」
現れたのは死体だった。ほとんど傷んでおらず、おそらく死後そんな経っていないのだろう。肩をすくめるcombex。顔をしかめるみこだよと、興味なさげに宙を泳ぐ緑色。
「やっぱ人違いじゃん!ちょっと、責任とってもらえますぅ?」
「こらみどり!」
「ヒィン!」
神速の責任転嫁を済ませるらっだぁに、緑色は素直にしょぼくれる。聞いていた特徴から、ターゲットに間違いない。速やかに狩った証の首を穫ると、combexが口を開いた。
「…んで、さようならってわけにもいかない。俺はcombex。怪獣みたいなかんじ。みこだよはなんか生命力の化け物。んで、お前らは?」
そう言い、combexはらっだぁ達を指さす。
「俺はらっだぁ。青鬼っていう人外。で、こっちのゴーストがー…自己紹介できる?」
「………」
「緑色。その辺浮いてたのを見つけた」
らっだぁの後ろに隠れ、最早一言も発さない緑色に変わり挨拶をするらっだぁ。
「ここを根城にしてたっていう区長殺しのために賞金稼ぎに来たんだけど…」
「ははは!そんで勘違いしてみこだよが。まあ何にせよ命広いしたな。ひよったみこだよに感謝しな!」
「おい!」
「やっぱりすごいやつなの?」
らっだぁの問いに、combexは鼻を鳴らした。
「こいつ銃のプロだよ。エイムだけは誰にも負けねぇ」
まさかそんな奴だったなんてと、内心冷や汗をかくらっだぁ。こいつは極力敵に回したくないと、速やかに話題の変換を謀る。赤黒く錆びた交差するパイプをくぐり抜け、再び表側へと足を進めた。
「そういえば、二人はどういう関係なの?人外ってそんないるもんなの?」
その質問に、わざとらしく両手で顔を覆い、みこだよの腕にしがみつくcombex。
「そりゃあお前…!ハレンチだわぁ」
「おいふざけんなよcombex」
「あぁんっ!」
いかがわしい声を出すcombexに、みこだよは容赦なく拳をお見舞いした。なんだかんだ仲がいいのだろう。豪快に笑うcombex。お構いなしにと、みこだよは語る。
「人外のたまり場があるんだよ。俺たちはそこで出会った。まあ、一生そこにいるわけにもいかなかったし。利害一致って感じで、一緒に動くようになったの」
「人外の溜まり場?」
「うん。場所教えるよ。しょぼすけっていう、助けてくれる人がいるからさ。らっだぁたちも困ったらいきなよ。絶対に人外以外に言うなよ」
そう、声を潜めて言った。廃工場の表出入り口、二人は足を止める。
「じゃあ、俺たちはこの辺で」
「もう会うことはないかも知れないけど、…またな!らっだぁ、みどりくん!」
combexが勢いよく手を振る。みこだよも名残惜しそうに笑う。
「うん」
「…ン」
短く別れを告げ、らっだぁと緑色は帰路に着いた。排気口から流れる油くさく重たい風が赤いマフラーをなびかせる。爽やかな別れとは程遠い。こんな排気ガス臭い別れでは、きっと感動的な再会など果たせない。でも、きっとそれでいい。こんな腐りきった世の中で、また会うときも、どうか元気で。蛍光灯は明るく道を照らしていた。