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目次
『秘華姫』
「|由里奈《ゆりな》、行ってくるわ。お兄様には上手にごまかしておいて!」
「えっ待って下さ…!」
コンクリートの塀の上に座っていた|桜華《おうか》は、返事を聞く前に飛び降りた。
きれいに着地し、「桜華様~!」という声を聞こえなかったことにして歩き出す。
目的地は特にない。けれど、屋敷にいるのは暇だった。
さーと風が吹き、たくさんのピンう色がひらひらと舞い落ちる。桜の花びらだ。
道沿いに等間隔で桜の木が植えてある。
桜華は、その光景に目を細めた。
もうすっかり春ね。
「にゃあ」
桜華の足元から、鳴き声が聞こえてきた。
足元にいるのは、真っ白な猫。桜華は笑顔で猫を抱き上げる。
「んふふ~、猫さんもお散歩かしら」
猫はその問いに答えることなく、眠そうにあくびをし、目を閉じた。そして、寝息をたてはじめる。
「ふふ、今日はお昼寝日和ね~。とってもあたたかい日だわ」
猫を抱き上げたまま、また歩き出す。
この道を通っている人はほとんどいない。今日は平日だから、ほとんどの人が学校、仕事に行っているのだ。
学校行けなくて嫌な日って思ってたのだけど、今日はとってもいい日ね。
ビビッ
桜華は気配を感じ、急に立ち止まった。その表情に先ほどの穏やかな笑みは、もうない。
あっち…。
急いで走り出す。
走って来たのは、先ほどの場所から三十メートルほど離れた公園だ。
そこには、|真っ黒なもや《・・・・・・》がいた。人の形をした真っ黒なもやが。
その真っ黒なもやは怪しく揺らぎ、気を失っている子供に触れようと手をのばしている。
桜華はそのもやを視界に捉えると、すぐに右手の掌を向ける。
すると、桜華の瞳がきれいな赤に輝いた。
なにかを悟ったのだろう。ぱっと桜華の方を向く真っ黒なもや。
だが、もう遅い。
真っ黒なもやは一瞬にして消えた。
風が吹き、桜華の長い黒髪が揺れる。
黒髪と赤く輝く瞳を持った桜華。
ゆっくりと笑んだ。
その笑みは、どこか神秘的だ。
「本当にいい日だわ」
「|悪物《あくぶつ》を倒して、子供を助けることができたんだから」
|鬼桜 桜華《きおう おうか》
この少女はこう呼ばれている。
『|秘華姫《ひかひめ》』