毛利探偵事務所が招かれたのは、雪に囲まれた山間のロッジ。オーナーの橘冬子は「ロッジで不気味な音がする」と小五郎に調査を依頼していた。だが到着の翌朝、雪に閉ざされたロッジの一室で、死体が発見される。
ドアにも窓にも鍵がかかっていた「密室殺人」――真相は雪の中に、静かに潜んでいた。
【登場人物】
●江戸川コナン
見た目は子供、中身は高校生探偵・工藤新一。
●毛利蘭
コナンの保護者的存在。新一の幼馴染。
●毛利小五郎
「眠りの小五郎」として名を馳せる探偵。
●橘冬子(35)
冬山ロッジのオーナー。冷静沈着。
●橘悠…(28)
冬子の妹。明るく人懐こい。
●北園恭介(42)
橘姉妹の従兄。実業家。
●矢島和哉(29)
冬子の婚約者。物静かで理知的。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
🗝️🌙第一話 冬のロッジと不穏な依頼
車のワイパーが、ぎこちなくフロントガラスの雪を掻き分ける。
年末の帰省ラッシュから逃れるようにして、長野の山奥へと向かう車。道は既に雪に覆われ、窓の外は一面の銀世界だった。
「なあ…本当にここに行くのか?」
ハンドルを握る毛利小五郎が、運転席から不満げに声を漏らす。
「おいコナン、あの依頼状、もう一度読んでみろ。」
「うん…。」
助手席に座る江戸川コナンが、封筒から丁寧に取り出した便箋を広げる。
----------------------------------------------------------
〈拝啓 毛利小五郎先生〉
初めまして。私は長野県の山中にある「橘ロッジ」という宿泊施設を管理しております、|橘《たちばな》|冬子《ふゆこ》と申します。
実は近頃、ロッジの中で不可解な物音が夜な夜な続き、不安を感じております。
私自身では確認ができず、地元警察にも取り合っていただけません。
つきましては、先生に一度ロッジにお越しいただき、何らかの調査をしていただけないかと存じます。
報酬は滞在費込みで、お支払いいたします。年末年始の数日間、ご滞在いただければ幸いです。
何卒よろしくお願い申し上げます。
----------------------------------------------------------
読み上げ終わると同時に、蘭が後部座席から首を伸ばしてきた。
「音がする、ってだけで探偵を呼ぶのは…ちょっと珍しいね。」
「そうだな。金になるなら何でもやるとは言ったが…雪山のロッジで幽霊退治とはなぁ…。」
小五郎がぼやいた瞬間、車は大きく揺れた。坂道に溜まった圧雪にタイヤを取られたのだ。
(うわっ…こら、しっかりしてくれよ…)
コナンがシートベルトを閉め直しながら、窓の外を見やった。
深く立ち並ぶモミの木。その上に積もる重たい雪。灰色の空。人の気配は皆無で、音といえばエンジンの唸りと、時折車体を叩く雪の塊だけ。
(この雰囲気…ちょっと気味が悪いな)
そんなことを思っていると、前方に木造の大きなロッジが見えてきた。屋根は鋭い傾斜で、二階建ての建物は全体が濃い茶色に塗られている。年期は入っているが、よく手入れされている印象だった。
「着いたようだな。ここが"橘ロッジ"か…。」
車がガリガリと雪を踏みしめながら、玄関脇に停車する。
「わあ…すごい雪。思ってたよりもずっと寒いね…!」
蘭が車から降りて、白い息を吐く。コナンも後を追って外に出た。
そのとき――
「毛利小五郎先生でしょうか?」
玄関のドアが開き、長い黒髪の女性が出迎えに出た。
全身を覆うような薄紫のロングコート。淡い化粧。氷のような眼差し。静かに深く礼をするその姿は、まさにロッジの"女主人"そのものだった。
「はじめまして。私が橘冬子です。ようこそいらっしゃいました。」
「おう、どうも。寒ぃ中わざわざ…あんたが、依頼人さんか。」
小五郎が片手をあげ、もこもこのマフラーを直す。
「はい。さあ、中へ。薪ストーブを焚いておりますので…。」
橘ロッジの内部は、外観とは打って変わって温かみのある木材で統一されていた。
広々としたロビーには薪ストーブの炎が揺れ、数脚のソファが並ぶ。壁には古い写真や、スキー板、登山道具などが飾られていた。
「うわぁ、すごい。まるで映画に出てきそうなロッジ…!」
蘭が思わず感嘆の声を漏らす。
「祖父の代から、少しずつ手を入れておりますので…築年数の割には、暖かく感じていただけると思います。」
冬子が微笑み、奥のカウンターへと手を差し伸べた。
「こちらに記帳をお願いいたします。…ああ、それとご紹介を。」
奥の廊下から、2人の男女が現れた。
「こちらが私の妹、橘|悠《はるか》です。そして…彼が、婚約者の|矢島《やじま》|和哉《かずや》。」
「こんにちは~、遠いところようこそ!寒かったでしょ?」
悠は姉と対照的に明るく、軽やかに笑った。肩までの茶色の髪をふわりと跳ねさせ、鮮やかな緑色のセーターを着ている。
一方、矢島はスーツ姿にストールを巻き、穏やかながら緊張感のある面持ちだった。
「矢島です。毛利先生、お会いできて光栄です。」
「ああ、どうも…。」
(この人…どこかで見たような…)
コナンが矢島の顔をじっと見つめた瞬間――
「おおい、客人はもう来てるのか?」
ロビーの奥、階段を下りてきた中年の男が現れた。
「こちら、私たちの従兄にあたる|北園《きたぞの》|恭介《きょうすけ》です。」
「よう、毛利の旦那か。テレビで見てるぜ。今夜はゆっくりしてってくれよ。」
がっしりした体格に無精髭、ラフなニットを着崩した男は、親しげに笑った。
「…今日の夜から、雪はさらに強くなるそうです。明日には、しばらく外に出られないかもしれません。」
冬子の言葉に、コナンはふと天井の木材を見上げた。
(完全に"閉ざされた空間"…か)
このロッジで何かが起きる。
探偵としての嗅覚が、そう告げていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
初めての二次創作です。大好きな名探偵コナンを書いてみました。いざ書いてみると、キャラの口調を合わせるのが難しかったり雰囲気を作り上げるのが大変で、本家と大きく乖離しないようにするのに苦戦しました。
本シリーズは全五話で完結予定です。
次回もお楽しみに。
🗝️🌙第二話 夜の足音
橘ロッジの夕餉は、質素ながら温かみのある料理が並んでいた。シチューの香りが柔らかく立ち込め、蝋燭の火が食卓をほのかに照らしている。
大きなテーブルに、宿泊客全員が顔を揃えていた。
「やっぱり、こういう場所で食べるシチューって最高だよね。」
蘭がスプーンを手に、嬉しそうに微笑む。
「おう、うまいぞこれは。肉も野菜も柔らかく煮えてるし、味もいい。」
小五郎も満足げにグラスを傾けている。彼の前にはワインボトルと、空になったグラスが既に三つ。
「うふふ、ありがとうございます。野菜は地元の農家から取り寄せているんです。」
悠がにっこりと笑い、テーブル越しに蘭へと身を乗り出す。
「蘭さん、お料理得意なんですって?お母様が優秀な弁護士さんだって聞いて…信じられないくらい自然体ですね。」
「あ、そんな…私なんてまだまだです。」
「いえいえ、羨ましいです。ねえ、お姉ちゃん?」
悠の言葉に、姉の冬子はかすかに眉を動かしただけで、静かに口をつけた。
「そうね。お料理の得意な娘さんは…きっと素敵なお嫁さんになれるわ。」
無機質なほどに冷静な声だった。
(…この姉妹、何かあるな)
コナンは、口元を拭いながら二人の視線の交錯を観察する。
悠はあえて明るく振る舞っているように見えたし、冬子の静けさは感情を封じるための鎧のようだった。
「悠さんは、お姉さんのこと尊敬してるんですか?」
ふと蘭が何気なく問う。
「うーん…尊敬っていうか、昔から"出来すぎる姉"でしたから。成績も家事も完璧。何でも自分でこなして、"悠、あなたは黙ってなさい"が口癖で。」
「悠。」
冬子が鋭く言った。その一言で、食卓の空気が一瞬にして冷えた。
けれど悠は笑顔を崩さなかった。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。でもさ、これくらい昔話でしょ?ね、和哉さんも、そう思うよね?」
視線を向けられた矢島は、少し間をおいてから答える。
「ああ…昔話、だな。俺も、冬子さんの厳しい面は知ってる。だが、それだけ真面目ってことさ。」
どこか遠ざかるような返事だった。
(婚約者なのに、どこか距離を感じるな…)
コナンはふと、矢島の指先を見つめる。グラスを持つ手に、ほんの少し震えがある。
(何かを…恐れてる?)
食事が終わると、みな思い思いの場所へと散っていった。
ロビーでは薪ストーブの炎がパチパチと音を立て、ソファに座った小五郎はすっかり酔いもまわって眠っている。
「コナンくん、眠くないの?」
蘭が膝掛けを差し出しながら、微笑んだ。
「ん、もうちょっとだけ…ストーブの前、気持ちいいから。」
「じゃあ私、お風呂入ってくるね。何かあったら呼んで。」
蘭がスリッパの音を立てて廊下に消える。
ロビーに一人残ったコナンは、時計の音に耳を澄ました。
――カチ、カチ、カチ。
秒針が壁に反響するほど、周囲は静かだった。
…と、上の階から「ギシッ…」と何かが軋むような音がした。
(…今の音…?)
コナンは立ち上がり、階段を静かにのぼった。
二階の廊下。客室の扉がいくつか並ぶ中、"202号室"のドアの前で、誰かが立っていた。
「…!」
声をかけるより先に、その人影は振り向いた。
悠だった。
「…コナンくん?びっくりした…どうしたの?」
「上の階で音がしたから…。」
「ああ…ごめんね。私が、ちょっと姉の部屋に話があって…でも、ドアをノックしても返事がなくて…変ね。」
どこか落ち着かない様子の彼女が、ドアノブに手をかけようとして、思い直したように引っ込めた。
「…ごめんね、こんな夜中に。さ、もう遅いから、寝なきゃね。」
そう言って廊下を戻る彼女の背を、コナンはしばらくじっと見つめていた。
(冬子さんの部屋…返事がなかった?)
だが、灯りは消えている。ドアの下から漏れる光もない。
(まあ…今は何も起きてない。ただ、少しずつ"変化"が起こりつつある)
---
翌朝。ロッジの外は、さらに深く雪に閉ざされていた。
カーテンを開けた蘭が、声を上げる。
「わっ、真っ白…!」
寝起きのコナンも窓に駆け寄る。
「昨日の倍は積もってるな…下手したら今日一日は外に出られないかも。」
そのとき。
階下から――
「た、助けて…だれか…っ!」
悲鳴が響いた。
二人は顔を見合せ、急いで階段を駆け下りる。
ロビーでは、冬子が顔を蒼白にしながら立ち尽くしていた。その視線の先――
"203号室"の扉が、開かれている。
部屋の中、ベッドに横たわるのは、矢島和哉。
どこか安らかな表情のまま、彼は――息をしていなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。少し久しぶりの投稿です。
初めてのミステリなので、矛盾などあるかもしれませんがご了承ください。
次回もお楽しみに。