[あらすじ]
学校という社会に居場所を見つけられなかった四人の若者、仄(ほのか)、白藍(はくあい)、雷牙(らいが)、玲華(れいか)。彼らはある日、「ファントム」と名乗る謎の男によって見出され、豪華絢爛な隔離施設――通称「楽園」へと導かれる。そこは望む限りの快楽と娯楽に満ちた、まさに天国のような場所だった。
数日間の甘美な生活の後、眠らされた彼らは元の貧しい場所に戻される。ファントムは告げた。「この楽園に永遠に戻りたければ、私からの使命を果たせ」。
「天国」への帰還を狂信的に信じ込んだ四人は、感情のスイッチを切り、殺意だけを胸にプロの暗殺者として裏社会を駆け抜ける。チームとして、そして一人前になってからは単独で、彼らは命を惜しまず任務を遂行していく。
しかし、任務とプライベートの境界線が崩れ始めた時、彼らは「楽園」の裏に隠された真実と、ファントムの冷酷な目的に気づき始める。
これは、偽りの天国に囚われた若者たちが、自分たちの人間性を取り戻し、真の自由と希望を求めて「楽園」という檻からの脱出を試みる、再生と絆の物語。
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目次
第1話:社会の檻
--- ある日の朝 ---
コンクリートジャングルの隙間から零れ落ちた太陽の光は、いつも埃っぽく、冷たかった。
薄暗いアパートの一室。仄(ほのか)は、古びた鏡に映る自分を見つめていた。黒髪は無造作に伸び放題で、目の下には深い隈。学校では常に一人。向けられる視線は冷淡か、あるいは存在すら認識されていないかのどちらかだ。1 6年の人生で、「居場所」と呼べる場所はどこにもなかった。
窓の外では、楽しげに笑い合う女子たちの声が響く。仄は、鏡の中の自分に舌打ちをした。
(どうせ、誰も私なんか愛さない)
仄は、幼い頃から少し違っていた。孤児院で、自分を仲間外れにする子供や、虐待に近い態度をとる大人を見ると、衝動的に「殺してやりたい」と思った。実際に殺しかけたことも何度かある。その度に、彼女は社会から弾き出され、居場所を転々としてきた。このアパートも、いつまで住めるか分からない。
「……もう、疲れたな」
仄は、引き出しから綺麗なスティレットを取り出し、冷たい刃先を見つめた。
---
同じ街の、少し離れた場所に、|白藍《はくあい》がいた。彼は人混みを避け、静かな公園のベンチで文庫本を読んでいた。彼の周りだけ、世界の雑踏から切り離されているかのようだ。
白藍もまた、仄と同じ孤児院出身だった。穏やかな外見とは裏腹に、彼もまた内に深い闇を抱えていた。自分をいじめる相手を、言葉巧みに誘導して自滅に追い込んだり、気を失うまで暴力を振るったりした過去がある。
「白藍」
不意に声をかけられ、白藍は本から顔を上げた。そこに立っていたのは、|雷牙《らいが》と|玲華《れいか》だった。
雷牙はがっしりとした体格に鋭い目つきは、街を歩くだけで周囲を威圧する。彼は孤児院時代、常に年下の子供たちを守るために暴力を振るい、問題児として扱われていた。血は繋がっていないが、玲華とは兄妹のように育った。
玲華はクールな表情と、周囲を的確に分析する冷徹な視線を持つ。彼女もまた、知的な策略で大人たちを翻弄し、孤立してきた。常に手に持っているのは、普通のペンに見えるタクティカルペンだ。
「よぉ、今日も平和主義者ぶってるな」
雷牙が少し口角を上げて言う。
「うるさい。君たちこそ、また怪しいバイト?」
白藍は本を閉じ、静かに答えた。
彼ら4人は、社会では問題児、あるいは透明人間だった。しかし、お互いの前では、唯一人間らしくいられた。彼らの間には、“お互いを絶対に傷つけない”という暗黙のルールがあったからだ。
「そろそろ、この退屈な世界にも飽きてきた頃だろ?」
雷牙が玲華の隣で呟く。
「どうせ私たちを愛してくれる人なんて、この社会にはいないんだから」
その時、白藍のスマートフォンが鳴った。見知らぬ番号。彼らは警戒しながらも、通話ボタンを押した。
『もしもし、白藍くんかな?』
声は、奇妙なほど穏やかで、しかし抑揚のない男性の声だった。
『君たち4人が、この世界でどれだけ孤独か、私はよく知っている。君たちの才能は、こんな埃っぽい場所で埋もれるべきじゃない』
3人は顔を見合わせた。なぜこの男が、自分たちのこと、そして4人全員のことを知っているのか?
『私は「ファントム」と名乗っている。君たちに、本当の「居場所」を用意した。望むもの全てが手に入る、楽園だ』
雷牙が舌打ちをする。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ、どこからかけ…」
『信じられないかい? では、この住所に来てごらん。すべてはそこから始まる』
通話が切れた後、スマートフォンに一つの住所が送信されてきた。そこは、この街で最も高級な住宅街にある、古びた洋館だった。
「行くのか?」
雷牙が尋ねる。
白藍は、ふと仄の顔を思い浮かべていた。彼女もまた、この世界に絶望しているはずだ。
「……行こう。どうせ、失うものなんて何もない」
4人は、退屈で冷たい自分たちの日常から、未知なる「楽園」への扉を開けるために、歩き出した。それが、彼らをさらなる地獄へと導く道程とは知らずに
🔚
第2話:偽りの庭園
--- あれから数日 ---
ファントムから送られてきた住所は、街の郊外にある広大な敷地だった。高い塀に囲まれたその場所は、まるで別世界のようだ。雷牙を先頭に、4人は重厚な鉄門を押し開けた。
門の向こうに広がっていたのは、手入れの行き届いた、息をのむほど美しい庭園だった。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には小さな噴水がある。彼らがこれまで生きてきた埃っぽい世界とはあまりにも違いすぎた。
「マジかよ……」
雷牙が呟く。
「入って」
振り返ると、そこにファントムが立っていた。年齢不詳、全身黒ずくめのスーツを着ているが、その顔は深い影に覆われて見えない。だが、その声は昨晩電話で聞いた、あの奇妙なほど穏やかな声だった。
「ようこそ、私の庭園へ」
ファントムは手招きをする。
「君たちの部屋を用意してある」
案内された洋館の中は、外観以上に豪華絢爛だった。大理石の床、高価そうな調度品、そして、望むものが全て揃っていた。ゲーム機、ブランド物の服、高級な食事。彼らがこれまで写真やテレビでしか見たことのないものが、そこには当たり前のように並んでいた。
「ここは……天国か?」
仄が震える声で尋ねる。
「ここは君たちの居場所だ」
ファントムは答える。
「社会は君たちを拒絶した。だが、私は違う。ここでは、君たちは誰にも邪魔されず、望む限りの快楽を享受できる。ルールは一つ。私からの連絡があるまで、ここから出てはならない」
ファントムはそれだけを言い残し、姿を消した。
残された4人は、恐る恐る、提供された「楽園」での生活を始めた。最初は警戒していたものの、目の前にある贅沢な生活は、これまでの孤独で貧しい日々とは比べ物にならなかった。
---
「うっま……!」
雷牙は、テーブルに並べられた見たこともないような肉料理に目を輝かせる。
「これ、私が欲しかった最新のパソコンだわ」
玲華は早速、高性能なマシンに向かっていた。
仄と白藍は、静かな図書室で本を読んでいた。
「すごいね、白藍くん」
仄が笑みを浮かべる。「本当に何でもあるんだ」
「ああ。悪くない場所だ」
白藍は穏やかに答える。
彼らにとって、この場所は夢のような時間だった。社会の冷たさも、過去の罪悪感も、ここには存在しない。あるのは自分たち4人と、満たされる欲望だけ。この幸福な日々は、彼らの中にあった人間らしさを少しずつ呼び覚ますようだった。特に、お互いの存在は大きかった。この世で唯一、お互いの闇を知りながらも受け入れ合うことができる存在。彼らは、生まれて初めて「本当の居場所」を見つけたと思っていた。
4人はそれぞれ自室で眠りについた。
--- 数日---
仄が目を覚ますと、そこは埃っぽい、見慣れたアパートの自室だった。体が重い。慌てて飛び起き、鏡を見る。いつもの、疲れた顔がそこにあった。
「夢……だったの?」
慌ててスマートフォンを確認する。白藍からのメッセージが届いていた。
『僕も元の場所に戻されたらしい洋館にはもう入れない』
雷牙と玲華からも同様の連絡が入る。彼らは呆然とした。
その時、ファントムから一斉送信のメッセージが届く。
『あれは夢ではない。楽園は存在する。そして、永遠にそこに戻るための方法も存在する』
メッセージには、一つの音声ファイルが添付されていた。再生すると、ファントムの抑揚のない声が響く。
『この楽園に永遠に戻りたければ、私からの使命を果たせ。君たちにはその”才能“がある。今日から、君たちは私の駒だ。最初のターゲットの情報は、追って送信する』
彼らは、望む限りの快楽を知ってしまった。一度手に入れた天国を、手放したくはなかった。
4人は、再びあの洋館へ戻ることを狂信的に信じ込んだ。あの楽園こそが、自分たちがいるべき場所だと。
仄は、鏡の中の自分を見つめ、感情を殺した。
(戻るためなら、なんだってやるさ)
彼女の目に、もはや迷いはなかった。彼ら4人は、偽りの天国への帰還を条件に、自らの人間性を手放し、裏社会の闇へと足を踏み入れた。
🔚
第3話:取引と喪失
元の世界に戻された四人は、喪失感に打ちひしがれていた。
特に仄の落ち込みは酷かった。アパートの薄汚れたキッチンでインスタントラーメンをすするたび、洋館で食べた豪華な食事と、隣で微笑む白藍の顔が脳裏をよぎる。
(あの場所こそ、私の居場所だったのに……!)
彼女は、自分を拒絶した社会への怒りと、あの楽園への強い執着心で、心が張り裂けそうだった。
雷牙と玲華も同様だった。玲華は、かつて欲しかった最新のパソコンを触りながらも、あの洋館の図書室にあった膨大な蔵書のことを考えていた。雷牙は、高級なソファの感触を忘れられず、古びたベッドに横たわっていた。
白藍は、公園のベンチで再び文庫本を開いたが、文字が頭に入ってこない。彼にとっての楽園は、食事でも豪華な設備でもなく、仄の笑顔が見られる唯一の場所だった。
「僕たちは、もうあの|楽園《場所》を知ってしまったんだ」
スマートフォンが振動する。ファントムからのメッセージだった。簡潔な指示と、合流場所が記載されている。
4人は、迷うことなく指定された廃ビルへと向かった。
---
廃ビルの屋上には、全身黒ずくめのファントムが待っていた。
「準備はいいかね、楽園の住人たち」
ファントムは静かに尋ねる。
「あの洋館に戻れるんだな?」
雷牙が詰め寄る。
「そうだ。ただし、永遠に楽園に住む権利を得るには、私の指示を完璧に果たす必要がある。失敗は許されない」
ファントムは、タブレット端末を差し出した。そこには、今回の指示の詳細が記載されている。裏社会で大きな影響力を持つ人物への接近。
「君たちの過去は調査済みだ。君たちは元々、社会の規範から外れた存在。私の指示に従うことへの抵抗は、他の者より遥かに少ないはずだ」
4人は、過去の自分を思い出した。孤児院で、自分たちを守るために取った行動。あの経験は、自分たちの中に確かに存在していた。
「私たちを愛してくれる人なんて、この世界にはいない。だったら、自分たちが愛せる場所を手に入れるしかない」
玲華が冷徹に呟く。
白藍は、仄を見た。仄もまた、白藍を見つめ返した。その視線に言葉はなかったが、互いに「この選択しかない」という決意が宿っていた。
「感情は不要だ。感情は判断を鈍らせる。スイッチを切るんだ」
ファントムが指示する。
4人は、それぞれの心の奥底に眠る人間らしさの最後の片鱗を、自らの手で切り捨てた。過去の感情も、不安も、社会的な規範も、全てを「オフ」にした。残ったのは、「楽園に戻る」という狂信的な目的意識と、ファントムの指示に従うという決意だけだった。
「……やりましょう」
白藍が代表して言った。その声には、もはや感情の抑揚はなかった。
ファントムは満足げに頷く。
「では、最初の仕事だ。ターゲットに接近しろ」
4人は、廃ビルを後にした。彼らの背中は、もはや居場所を求める孤独な若者のそれではなく、冷徹で目的を遂行する者のそれだった。
こうして、「忘却の庭園」の住人たちは、永遠の楽園への帰還を夢見て、裏社会へと深く潜り込んでいった。彼らにとって、この瞬間から社会は「仕事場」であり、普通の生活は「仮初」のものとなった。
🔚
第4話:プロフェッショナルの誕生
ファントムの指示は、曖昧でありながらも厳格だった。彼ら4人は、特殊な任務を遂行するためのチームとして選ばれた。
3ヶ月間にわたる訓練プログラムが開始された。それは、単なる身体能力や技術の向上だけでなく、精神的な鍛錬も含む徹底したものだった。それぞれの特技を伸ばし、チームとしての連携を強化するための訓練だった。
仄は、素早い動きを活かした接近戦の技術を習得し白藍は、状況に応じた柔軟な対応能力を高め雷牙は、遠距離からの精密な観測と支援のスキルを磨き、玲華は、情報の収集と分析、そして戦略立案の能力を向上させた。
彼らは、プロフェッショナルとして活動するための基礎を築き上げていった。
「最初の任務だ」
玲華が、収集した情報を提示する。
「特定のターゲットを捕捉し、指定された場所まで連行する」
そこには、以前の未熟さはなく、冷静な判断力と確かな準備があった。
--- 任務遂行の夜。 ---
雷牙は、指定された位置から周囲の状況を監視していた。双眼鏡を通してターゲットの動きを追う。異常がないかを確認し、チームに情報を伝達する。感情を排し、任務の成功のみに集中していた。
別の場所では、仄と玲華が待機していた。
「行くわよ」
玲華が合図を送る。
二人は計画通りに接近し、ターゲットの注意をそらす。仄の素早い動きと玲華の誘導により、ターゲットはあっという間にチームのコントロール下に置かれた。
一方、白藍は、ターゲットの逃走経路を塞ぐ役割を担っていた。予期せぬ事態にも冷静に対応し、チームの安全を確保する。
「ターゲット、確保完了」
雷牙からの無線が入る。
4人は迅速に現場を離脱した。後処理も抜かりなく行われた。痕跡を残さず、任務は完了した。
隠れ家に戻った4人を、ファントムが迎えた。
「見事だ。君たちは、プロフェッショナルとしての一歩を踏み出した」
4人は、静かに頷いた。彼らの目には、達成感と、これから始まる新たな生活への期待が宿っていた。この任務は、彼らが「普通」の生活を取り戻すための長い道のりの始まりだった。
🔚
第5話:日常の亀裂
--- 10年後 ---
4人を裏社会の伝説的な存在へと押し上げていた。彼らの仕事ぶりは完璧で、「ファントム」の組織の中でも一目置かれる存在となっていた。後処理や動きに無駄がなく、もはや何者にもその存在を「読めず、見えず」の状態だった。
任務が終わり、彼らが唯一「安全地帯」と呼べる隠れ家に戻ってきた。豪華だが無機質なその部屋だけが、彼らが唯一感情を許せる場所だった。
「今回の報酬で、雷牙が欲しがってた双眼鏡、買えるんじゃない?」
玲華がタブレットを見ながら呟く。彼女の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
雷牙は、少し驚いた表情を見せたが、すぐに無表情に戻した。
「余計なものを買う必要はない。任務に集中しろ」
「はいはい、お兄ちゃん」
玲華は、血は繋がっていないが、兄妹のように育った雷牙を揶揄うのが好きだった。このやり取りだけが、彼らに残された数少ない「日常」だった。
白藍は、静かに紅茶を淹れていた。彼は仄の方を見た。仄は窓の外をじっと見つめていた。
「仄、疲れているのか?」
白藍が優しく尋ねる。
仄はハッとして振り返る。
「ううん、大丈夫。ただ、空が綺麗だなって」
彼女の目は、任務中の冷たい色とは違い、少し潤んでいた。白藍は、そんな仄の様子に胸が締め付けられる思いがした。10年間、彼らは感情のスイッチを切って生きてきた。だが、お互いの前では、そのスイッチが緩むことがあった。
白藍と仄は、お互いに惹かれ合っていたが、その感情を素直に言葉にすることはできなかった。「愛」や「恋愛」といった感情は、この非情な世界では贅沢品だった。まして、幼い頃から殺意を抱えて生きてきた自分たちが、誰かを愛していいのかという葛藤もあった。
玲華は、そんな二人の様子に気づいていた。彼女は雷牙に肘打ちをする。
「見てる?」
雷牙はため息をつく。
「勝手にさせとけ」と言いつつも、二人の関係を少し微笑ましく思っているようだった。
--- ある日 ---
仄の誕生日が巡ってきた(3月3日)。任務の予定はなかった。
白藍は、街に出て小さな花屋を見つけた。本来なら、裏社会の人間が不用意に外出するのは危険だが、彼は衝動を抑えきれなかった。彼は、仄のイメージに合う、可憐な白い花束を買った。
隠れ家に戻ると、仄は驚いた顔をした。
「白藍くん……これ、私の?」
「誕生日だろう? 任務以外で外に出たのは久しぶりだ」
白藍は少し照れながら花束を差し出す。
仄は花を受け取り、涙を浮かべた。
「ありがとう、嬉しい……」
その光景を見ていた雷牙と玲華は、少しだけ温かい気持ちになった。このささやかな日常こそが、彼らにとっての「本当の幸せ」の片鱗だったのかもしれない。
しかし、その穏やかな時間は、ファントムからの新たな連絡によって打ち破られる。
『次のターゲットの情報だ。準備しろ』
メッセージを見た瞬間、4人の表情から温かさは消え失せ、再び冷徹な暗殺者の顔に戻った。花束はテーブルの上に残されたまま、彼らは任務の準備に取り掛かった。
(この仕事を終わらせれば、また楽園に戻れる)
彼らは、偽りの希望を胸に、感情のスイッチを再び「オフ」にした。しかし、花束の存在は、彼らの中にまだ人間性が残っていることを静かに示していた。
🔚
第6話:ファントムの影
次の任務のターゲットは、日本の政界で影響力を増してきた若手政治家、高遠修二だった。彼の掲げるクリーンな政治や改革案は国民の支持を集めていたが、裏社会では彼が邪魔な存在になりつつあった。
隠れ家で任務の詳細を確認する4人の間に、いつものような緊張感とは違う、微かな違和感が漂っていた。
「高遠修二は、特に裏社会との繋がりもない、クリーンな政治家だ」
雷牙が冷徹に情報を読み上げる。
「なぜ、こんなターゲットを狙う?」
「ファントムの指示に従うだけだ」
白藍が紅茶を一口飲む。
「理由は問わない。それがルールだろう」
「ルール……ね」玲華はタブレットを操作しながら呟く。
「今回の報酬は、いつもより桁違いに高い。そして、高遠が失脚することで、誰が得をするか。少し調べればわかることだわ」
仄は黙って彼らの会話を聞いていた。彼女の心の中にも、漠然とした疑問符があった。自分たちは、単なる暗殺者として利用されているだけではないのか?
「まあ、どうでもいい」
雷牙は装備を点検しながら言う。
「俺たちは楽園に戻るためだけに動いている。それ以外はどうでもいい」
--- 任務決行の夜 ---
雷牙は、ターゲットの演説会場近くのビルの屋上から、スナイパーライフルを構えていた。広場には多くの群衆が集まり、高遠のスピーチに耳を傾けている。
「ターゲット捕捉。群衆の中に、明らかに異質な動きをする集団がいます。おそらく、俺たち以外の妨害工作員かと」
雷牙が無線で伝える。
その時、白藍から驚いたような声が聞こえた。
「待ってくれ、雷牙。妨害工作員は、ファントムの関連組織の者たちだ」
「何だって?」
雷牙はスコープを覗きながら確認する。確かに、見慣れたエンブレムを身につけた男たちがいる。
「なぜ、自分たちの組織の人間を同時に動かしている?」
「ターゲットは高遠修二本人ではないのかもしれない」
玲華の分析が入る。
「彼らは、高遠を『生け捕り』にしようとしている。私たちの任務は『抹殺』。つまり、ファントムは私たちに、彼の関連組織すらも騙し討ちで始末しろということか」
仄は、演説会場に近づいていた。彼女の任務は、もしもの際の確実な抹殺だった。
「白藍、確認だが、ファントムは私たちにターゲットの『完全なる排除』を命じているんだよな?」
仄が尋ねる。
「そうだ」
「ファントムは、自分たちの組織すら信用していない。あるいは、私たちを使って何か別の目的を達成しようとしている」
仄の思考は冴えわたっていた。
「そんなことは関係ない」
雷牙が冷静さを取り戻す。
「俺たちは俺たちの任務を全うするだけだ。ターゲットの抹殺。それだけだ」
しかし、4人の心の中には、確かな疑念の種が植え付けられた。ファントムという男は、一体何者で、何を目的としているのか? 彼が提示する「楽園」は、本当に存在しているのか?
任務は無事に遂行された。高遠修二は、仄のスティレットによって確実に命を奪われ、混乱に乗じて4人は現場を離脱した。しかし、彼らは皆、沈黙していた。
隠れ家に戻った後も、その沈黙は続いた。ファントムからの次の指示を待つ間、4人はそれぞれの思考に耽っていた。彼らが信じてきた「楽園」への道筋が、偽りのものである可能性が浮上したのだ。
「私たちが本当に求めているものは、あの洋館での快楽なのか?」
白藍が、静かな声で問いかけた。
仄は、窓の外の月を見つめたまま、答えなかった
🔚
第7話:試される絆
ファントムへの疑念を抱きながらも、彼らは次の任務へと駆り出された。ターゲットは、裏社会の情報屋だ。高遠修二暗殺の裏側を知る人物であり、彼らの手によって情報を封じ込める必要があった。
今回の任務は、アジトへの潜入がメインとなる。雷牙は外からの監視、仄、白藍、玲華の3人が内部へ侵入する計画だ。
「ターゲットのアジトは古い雑居ビル内。内部は迷路のようになっている。警戒は厳重だ」
雷牙が情報を共有する。
「私と仄で撹乱し、白藍がターゲットを確保する」
玲華が指示を出す。
「雷牙は、もしもの時に備えていつでも撃てるように」
計画通り、3人は雑居ビルに侵入した。内部は予想以上に複雑で、警備員も多かった。仄は素早い動きで警備員を次々と無力化していく。白藍は、仕込み杖を駆使して接近戦を制し、ターゲットの部屋へと向かう。
その時、予期せぬ事態が発生した。
「雷牙! ターゲットの部屋に、別の組織の人間がいた!」
白藍からの緊迫した無線が入る。
「どうやら、私たちより先にターゲットを確保しようとしているようだ」
「くそっ!」
雷牙が舌打ちをする。
「ターゲットの抹殺を最優先しろ!」
白藍はターゲットと、もう一人の男がもみ合っている部屋へ突入した。男は白藍に気づき、ターゲットを盾にしようとする。
「邪魔するな!」
男が叫ぶ。
白藍は、仕込み杖の刃を抜き放ち、男に向かって突進した。しかし、男は予想以上に強く、白藍の攻撃をいなして反撃してきた。
一方、仄は別ルートからターゲットの部屋へ向かっていたが、途中で待ち伏せに遭ってしまう。複数の敵に囲まれ、絶体絶命の危機に陥る。
「仄、大丈夫か!」
玲華が駆けつけようとするが、彼女の前にも敵が現れる。
その時、雷牙は外から事態を把握していた。仄と白藍が危険に晒されている。
「くそっ、間に合わない!」
雷牙の脳裏に、幼い頃の孤児院での記憶が蘇る。年下の子供たちを守るために、必死で戦った日々。血は繋がっていなくても、彼らは彼の家族だった。
雷牙は、感情を抑えきれず、冷静さを失いかけた。
「お前ら、絶対に死ぬな!」
彼はスコープを覗き込み、仄を囲む敵の一人を狙う。引き金を引くと、男は即座に倒れた。その隙に、仄は残りの敵を次々と倒していく。
白藍もまた、男と激闘を繰り広げていた。男のナイフが白藍の頬をかすめ、血が流れる。
「白藍!」仄が叫ぶ。
その声を聞いた白藍は、ふと幼い頃の仄の顔を思い出した。自分を信じてくれる、唯一の存在。
「絶対、守る」
白藍は、仕込み杖を力強く振るい、男のナイフを弾き飛ばした。そして、一瞬の隙をついて男の胸に刃を突き立てる。
任務は完遂された。しかし、彼らは皆、自分の中に湧き上がってきた「仲間を失いたくない」という強い感情に戸惑っていた。それは、ファントムが禁じたはずの「人間的な感情」だった。
隠れ家に戻った後、4人は互いに怪我の手当をしながら、静かに向き合った。
「私たち、感情的になってた」
玲華が口火を切る。
「ああ。あれはプロの動きじゃなかった」
雷牙も認める。
白藍は、仄の顔を見た。
「でも、後悔はしていない。君たちを守るためなら、何度でも感情的になる」
仄は、白藍の言葉に頬を染めた。彼らの中に芽生えた感情は、偽りの楽園への執着よりも、もっと本質的なものだった。それは、互いを思いやる心、そして「絆」だった。
この日を境に、彼らの中で任務とプライベートの境界線は、少しずつ崩れ始めていった。
🔚
第8話:境界線の崩壊
彼らの中に置き去りにしていたはずの感情を呼び覚ました。
仄は、白藍に守られたことで、彼への想いが抑えきれなくなっていた。任務中に白藍が傷つくのを見るたび、動悸が激しくなり、集中力を欠くようになった。
白藍もまた、仄の安否を気遣うあまり、冷静な判断ができなくなりつつあった。かつては効率的だった彼の動きに、躊躇や迷いが生じ始めていた。
雷牙と玲華は、そんな二人の様子を見て、複雑な思いを抱えていた。
「感情は判断を鈍らせる……ファントムの言葉は正しかったのかもな」
雷牙が呟く。
「でも、お互いを守りたいと思う気持ちは、人間として当たり前のものでしょう?」
玲華が反論する
「私たちがまだ、人間だっていう証拠よ」
彼らの中で、暗殺者としての「プロ意識」
と、人間としての「感情」が激しく衝突し始めていた。完璧な仕事をして「楽園」に戻るという目的と、仲間たちとのささやかな日常こそが「本当の幸せ」なのではないかという疑念。その境界線は、すでに崩壊し始めていた。
次の任務は、情報漏洩を防ぐための組織内部の裏切り者の抹殺だった。ターゲットは、彼らと同じくファントムの指示で動いていた下級の工作員だった。
任務は簡単だった。しかし、ターゲットの男が、殺される直前に命乞いを始めた。
「頼む、殺さないでくれ! 俺には家族がいるんだ! 子供が…まだ小さいんだ!」
その言葉が、仄の心臓を鷲掴みにした。
(私にも、家族のような人たちがいる…!)
仄の手が止まる。スティレットを構えたまま、男を見つめる彼女の目には、迷いが浮かんでいた。
「仄! 何をしている! 殺せ!」
雷牙からの無線が入る。
「で、でも…家族がいるって…」
「感情的になるな! プロだろ!」
白藍は、仄の動揺に気づき、慌てて現場へと駆けつけようとする。
その時、玲華が冷静に割り込んだ。
「ターゲットの情報を確認したところ、彼の家族はすでに別居しており、彼自身を家族は顧みない男だったようです。彼は嘘をついています」
玲華の言葉に、仄はハッとした。男の顔を見ると、確かに命乞いをしながらも、その目には狡猾な計算が見え隠れしていた。
「……ッ!」
仄は怒りに震えながら、男の命を奪った。任務は遂行されたが、彼女の心には深い傷が残った。
任務後、隠れ家に戻った4人の間には、重苦しい空気が漂っていた。
「ごめん、私のせいで任務が遅れた」
仄が力なく呟く。
「大丈夫だ。玲華の判断が的確だった」
白藍が仄を優しく抱きしめる。「君は悪くない」
雷牙は、そんな二人を見ながら、ため息をついた。彼らの中に芽生えた感情は、もう抑えきれないものになっていた。
「ファントムの目的は本当に『楽園』を提供することだけなのか?」
玲華が再び疑問を投げかける。
「私たちにこんな非道なことをさせて、得られる利益はそれだけじゃないはず」
彼らは、自分たちが信じてきたものが、偽りである可能性に直面していた。感情を取り戻しつつある彼らにとって、ファントムの支配はもはや耐え難いものになりつつあった。
偽りの楽園に囚われた若者たちは、今、自分たちの人間性を取り戻し、真の自由と希望を求めて、楽園という名の檻からの脱出を試みようとしていた。
🔚
第9話:楽園の裏側
感情の境界線が崩れ、人間らしさを取り戻し始めた彼らにとって、ファントムの非情な命令は、もはや絶対的なものではなかった。彼らは、自らの意志でファントムの真の目的を探り始めた。
玲華の情報収集能力が火を噴いた。彼女は、これまでの任務で得た断片的な情報、報酬の金の流れ、そしてターゲット間の共通点などを徹底的に分析した。
「分かったわ」
--- ある夜 ---
玲華は深刻な面持ちでタブレットを操作しながら言った。
「ファントムの狙いは、裏社会の支配だけじゃない。彼は、特定の技術を持つ企業や研究機関をターゲットにしていた。そして、私たちが抹殺してきた人物たちは、偶然にもその技術に関連する者たちばかりだった」
「技術?」
雷牙が眉をひそめる。
「どんな技術だ?」
「人体工学、神経科学、記憶操作に関する最先端技術よ」
その言葉に、4人は息をのんだ。「記憶操作」という言葉が、彼らの心をざわつかせた。
「……まさか」
と白藍が呟く。
「あの『楽園』は、記憶操作の実験施設だったのか?」
「確証はないけど、可能性は高い」
玲華が続ける
「あの洋館は、外界から完全に遮断されている。そして、私たちが見た豪華な生活は、もしかしたら、都合よく記憶を植え付けられたものだったかもしれない」
仄は、白藍との穏やかな日々が、全て偽りの記憶かもしれないという事実に震えた。
「そんな……嘘よ。あの時、白藍くんは本当に笑ってた」
「仄、落ち着いて」
白藍が仄の手を握る。
「たとえ記憶が操作されていたとしても、僕たちが感じたことは本物だ。僕たちの絆は、偽りじゃない」
雷牙は、怒りに燃えていた。
「あの野郎、俺たちを駒として利用していただけか!」
「彼の最終目的は不明だけど、私たちを感情のない完璧な暗殺者に仕立て上げることだったのは間違いないわ」
彼らが信じてきた「楽園」は、甘美な檻であり、ファントムという冷酷な男の実験場だったのだ。自分たちの人間性を奪われ、利用されてきたという事実に、4人は深い怒りと絶望を感じた。
その時、ファントムから新たな連絡が入る。
『次の任務、準備しろ』
メッセージを見た雷牙は、スマートフォンを握りつぶしそうな勢いで睨みつけた。
「今度は何だ。次の実験台か?」
彼らはもう、ファントムの指示に盲目的に従う駒ではなかった。自分たちの意志で、真実を明らかにし、偽りの支配から抜け出すことを決意した。
「私たちは、もうファントムの思い通りにはならない」
白藍が静かに宣言する。
「真の自由と希望を求めて、この檻から抜け出すんだ」
4人の目は、もはや楽園への執着ではなく、未来への希望に満ちていた
🔚
第10話:怒りと裏切り
「楽園」の裏側を知った4人の心には、深い怒りと共に、自分たちが信じてきたものが偽りであったことへの大きな虚無感が広がっていた。しかし、その絶望を乗り越える力となったのは、彼らの間に育まれた「絆」だった。
「ファントムは私たちから全てを奪った」
雷牙が、怒りを滲ませた声で言う。
「家族も、居場所も、そして人間性までも」
「彼が提示した『楽園』は、私たちを繋ぎ止めるための餌だったのよ」
玲華が冷徹に分析する。
「私たちは、彼の支配から自由にならなきゃ」
仄は、白藍の手を握りしめた。
「私たちを愛してくれる人は、見かけによらないものだって、私たちが一番知ってる。白藍くん、雷牙、玲華、私にとってあなたたちが本物の家族、偽りの楽園なんていらない、あなたたちと一緒にいられれば」
白藍は、仄の言葉に深く頷く。
「ああ、僕も同じだ。僕たちの絆こそが、本当の幸せなんだ」
ファントムから次の任務の情報が届く。ターゲットは、彼らと同じくファントムの下で働くベテランの工作員だった。おそらく、彼らのように真実に気づき始めたか、あるいはファントムにとって邪魔になった人物だろう。
「彼もまた、私たちと同じように利用されていたのかもしれない」
白藍が呟く。
「もう、ファントムの駒にはならない」
雷牙が宣言する。
「今回の任務は遂行しない。むしろ、この男を保護して、ファントムの裏の顔を暴くための情報源にする」
4人の意志は固まった。彼らは、長年自分たちを支配してきたファントムへの反逆を決意したのだ。
--- 任務当日 ---
彼らはターゲットの男を拘束することに成功した。男は驚きと恐怖に震えていた。
「なぜだ!? お前たちもファントムの…」
「黙れ!」雷牙が男を睨みつける
「俺たちはもう、奴の指示には従わない。奴の真の目的を知っている」
男は、4人のただならぬ様子に気づき、静かに口を開いた。彼が語った真実は、彼らの予想をはるかに超えるものだった。
ファントムは、記憶操作技術を使って、裏社会の有力者を次々と排除し、自らの支配を強めていた。そして、彼らが信じていた「楽園」は、過去に彼らが育った孤児院を模倣したものであり、彼らのトラウマを刺激し、コントロールするための心理的な檻だったのだ。
「あの洋館は、あなたたちが育った孤児院の設計図を元に作られている。あなたたちの過去の記憶を呼び起こし、永遠にそこに戻りたいと思わせるための装置だった」
その言葉に、4人は衝撃を受けた。自分たちが「唯一の居場所」だと思っていた場所は、自分たちを操るための冷酷な罠だったのだ。
仄は、膝から崩れ落ちた。白藍が駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「嘘よ……」
怒りと裏切りに満ちた4人は、ファントムへの反逆を誓う。彼らは、自分たちと同じように利用され、傷つけられた者たちを解放し、真の自由と希望を求めて戦うことを決意した。
「ファントム、覚悟しろ」
雷牙の目には、冷徹な殺意が宿っていた。
「お前が作った偽りの楽園を、俺たちが終わらせてやる」
🔚
第11話:最後の命令
ターゲットの工作員からファントムの真の目的を聞き出した4人は、怒りに震えていた。長年信じてきた「楽園」が、自分たちを操るための卑劣な檻だったという事実は、彼らの心を深く傷つけた。
「あの男は、私たちの中にあったわずかな人間性すら、利用していたんだ」
白藍が、静かな怒りを込めて言う。
「もう許さない」
仄は、スティレットを握りしめる。
「あいつの思い通りにはならない」
雷牙は、男から得た情報を元に、ファントムの本拠地を突き止める計画を立てていた。しかし、その前に、彼らは捕らえた男をどうするか決める必要があった。
「この男は、証人として重要だ。安全な場所に隠そう」
玲華が提案する。
彼らが男を連れて隠れ家に戻ろうとしたその時、ファントムから彼らのスマートフォンにメッセージが届いた。
『裏切り者は排除せよ』
メッセージには、男の写真が添付されていた。ファントムは、彼らが男を捕らえたことをすでに察知していたのだ。
「奴め、どこから監視してるんだ!?」
雷牙が周囲を見回すが、監視カメラの類は見当たらない。
『そして、お互いを殺し合え』
次のメッセージには、4人それぞれの写真が添付されていた。
「ッッッ!!」
4人は、息をのんだ。ファントムは、彼らの絶対のルールである「仲間は傷つけない」ことを知った上で、彼らにお互いを殺し合うという非道な命令を下したのだ。
「あいつ、マジで許さねぇ……!」
雷牙が怒りを爆発させる。
「ファントムは、私たちが感情的になって自滅することを狙っている」
玲華が冷静に分析する。
「彼にとって、私たち4人全員が邪魔になったのよ」
男は、震えながら呟いた。
「奴は、あなたたちが仲間割れして自滅するのを、楽しみにしているんだ…」
仄は、白藍の顔を見た。白藍もまた、仄を見つめ返した。その目には、恐怖ではなく、深い愛情と決意が宿っていた。
「私たちは、お互いを傷つけたりしない」
白藍が宣言する。
「それが、私たちに残された唯一の人間的なルールだ」
雷牙と玲華も、互いに頷き合った。彼らは、ファントムの非道な命令を拒絶し、自分たちの意志で行動することを選んだ。
『命令に従わなければ、君たちが永遠に楽園に戻ることはない。そして、私が直接君たちを排除しに行く』
ファントムからの最後の警告。しかし、彼らにとっては、もはや「楽園」は偽りの檻でしかなかった。
「ファントム、覚悟しろ」
雷牙が、怒りに満ちた声で言う。「お前が作った偽りの楽園を、俺たちが終わらせてやる」
彼らは、捕らえた男を解放し、ファントムの本拠地へと向かう準備を始めた。長年の支配から解放され、真の自由を求めて戦う彼らの目には、希望の光が宿っていた。
🔚
第12話:反逆の誓い
ファントムからの非道な「最後の命令」は、彼ら4人の怒りを頂点にまで高めた。しかし、それは同時に、彼らの絆をこれまで以上に強固なものにした。
「奴の狙いは、私たちを仲間割れさせて自滅させること。そして、私たちが持つ唯一のルール、『仲間は傷つけない』を破らせること」
玲華が冷静に状況を整理する。
「絶対に奴の思い通りにはならない」
「私たちに残された道は一つ。ファントムを倒し、真の自由を勝ち取ること」
白藍が、静かな決意を込めて言う。
「もう、偽りの楽園に囚われる必要はない。私たちが作る、本当の居場所を求めて戦うんだ」
仄は、スティレットを握りしめる。
「怖くない。みんなと一緒なら、どんな困難だって乗り越えられる」
雷牙は、捕らえた工作員から聞き出した情報を元に、ファントムの本拠地の場所を特定した。そこは、最初の「楽園」があった洋館とは別の、厳重に警備された地下施設だった。
「ここが、奴の実験施設だ」
雷牙が地図を広げる。
「おそらく、記憶操作の技術もここで開発されている」
4人は、本拠地へと向かう準備を始めた。それぞれの武器を手に取り、10年の経験で培った技術と、仲間への深い絆を胸に、最後の戦いに挑む決意をした。
「私たちの戦いは、単なる裏切り者の排除じゃない」
白藍が言う。
「人間性を取り戻し、真の自由を求める戦いだ」
「きっと愛してくれる人は見かけによらぬもの。私たちは、お互いを見つけられた」
仄が、白藍に微笑みかける。
「それが、私たちにとっての本当の幸せ」
雷牙と玲華も、頷き合った。彼らは、血の繋がりのない家族だったが、その絆は誰よりも深かった。
「行くか」雷牙が先頭に立ち、扉を開ける。
「偽りの楽園を終わらせるために」
4人は、ファントムの本拠地へと向かった。彼らの目には、恐怖ではなく、未来への希望の光が宿っていた。長年の支配から解放され、真の自由と希望を求めて戦う彼らの姿は、まさに再生と絆の物語の始まりだった。
🔚
第13話:忘却の庭園からの脱出
ファントムの本拠地である地下施設は、想像を絶するほど厳重に警備されていた。しかし、10年の経験で培った彼らの技術は、いかなる警備網をも掻い潜る力を持っていた。
雷牙は、施設の周囲の状況を監視していた。
「警備員は2人。センサーの隙間から侵入可能だ」
雷牙が冷静に指示を出す。
「仄と白藍は内部へ、玲華はサポートを頼む」
仄と白藍は、雷牙の指示に従い、見事警備員の目を欺き、施設内部へと侵入した。内部は、研究所と居住スペースが混在しており、迷路のようだった。
「ターゲットの場所を特定した」
玲華が、ハッキングで得た情報を共有する。
「最深部の研究室だ」
彼らは、研究室へと向かう道中、次々と現れるファントムの部下たちと交戦した。しかし、彼らの連携は完璧だった。
仄は、素早い動きで敵を翻弄し、スティレットで次々と無力化していく。白藍は、仕込み杖で敵の攻撃を受け流し、隙をついて反撃する。二人の動きは、まるで舞踏のようだった。
「まだまだ!」
雷牙が外から援護射撃をする。
「油断するな!」
玲華は、タブレットを操作しながら、敵の情報をリアルタイムで共有する。
「敵の増援が来る! 急いで!」
彼らは、敵の増援を退けながら、最深部の研究室へと向かった。研究室の扉を開けると、そこには、記憶操作のための装置が並び、実験中の人間たちが眠らされていた。そして、その中央には、黒ずくめの男、ファントムが立っていた。
「よく来たね、愛しき駒たち」ファントムは、抑揚のない声で言う。
「私の|庭園《ここ》で、永遠の眠りにつくといい」
その言葉に、4人の怒りは頂点に達した。彼らは、長年の支配と偽りの楽園への怒りを込めて、ファントムに襲い掛かる。
仄は、ファントムに肉薄し、スティレットを振りかざす。しかし、ファントムは予想以上に素早く、仄の攻撃をいなした。白藍もまた、仕込み杖で攻撃を仕掛けるが、ファントムは軽々とそれを避ける。
「君たちの感情的な攻撃は、見苦しいな」
ファントムは嘲笑する。
「プロ失格だ」
その言葉に、4人はハッとした。彼らは、怒りに我を忘れかけていた。
「冷静に、連携するんだ!」
雷牙が外から叫ぶ。
「感情的になったら奴の思うつぼだ!」
4人は、再び冷静さを取り戻し、連携攻撃を仕掛ける。雷牙が外から牽制射撃をし、白藍と仄が接近戦で翻弄する。その隙に、玲華がタクティカルペンに仕込んだ毒針で、ファントムに一撃を加える。
「ぐっ…!」
ファントムは、毒が効き始めたのか、動きが鈍る。
その隙を逃さず、白藍と仄は、ファントムに連続攻撃を仕掛け、彼を追い詰めていく。ファントムは、追い詰められながらも、最後の抵抗を試みる。
「君たちに、私の目的が分かるものか! 私は、完璧な世界を…」
「お前の思い通りにはならない!」
雷牙が外から叫び、ファントムに最後の弾丸を撃ち込む。
ファントムは、その場に崩れ落ちた。長年の支配から解放され、4人は安堵の息をつく。
「終わった…」
仄が呟く。
しかし、彼らの戦いはまだ終わっていなかった。施設の警報が鳴り響き、多くの部下たちが研究室へと向かってくる。
「脱出するわよ!」
玲華が指示を出す
彼らは、眠らされていた人々を解放し、施設からの脱出を試みる。敵の追撃を掻い潜り、間一髪で施設から脱出する。
外に出ると、すでに夜は明け、太陽が昇り始めていた。彼らは、夜明けの空を見上げながら、自分たちの自由を噛み締めていた。
しかし、彼らの目の前には、警察車両が待ち構えていた。「行方不明の4人、確保!」という声が響く。
4人は、抵抗することなく、警察車両に乗り込んだ。彼らは、長年の罪を償い、真の自由と希望を求めて、新たな人生を歩み始める決意をしていた
🔚
第14話:偽りの王の最期
ファントムの本拠地である施設は、ファントムによって崩壊した。燃え盛る炎を背に、彼らは自由を噛み締めていた。しかし、その喜びも束の間、周囲には多くの警察車両がサイレンを鳴り響かせながら集まっていた。
「行方不明の4人、確保!」
という声が響く。
4人は、抵抗することなく、両手を上げた。彼らは、長年の罪を償い、真の自由と希望を求めて、新たな人生を歩み始める決意をしていた。
警察車両に乗り込む直前、白藍は瓦礫の中で倒れているファントムの姿を見つけた。彼はまだ、息をしていた。白藍は警官の制止を振り切り、ファントムに駆け寄った。
「君たち…は…失敗作だ…」
ファントムは、苦しそうに呟く。
「感情に…流される…完璧な…世界を…私は…」
「お前が作った偽りの楽園は、崩壊した」
白藍は、静かな怒りを込めて言う。
「僕たちを愛してくれる人は、見かけによらない。僕たちは、お互いを見つけられた。それが、僕たちにとっての本当の幸せ」
ファントムは、白藍の言葉に、最期の力を振り絞り、微かに笑みを浮かべたように見えた。
「…そう…か…」
そして、彼は息を引き取った。
白藍は、ファントムの亡骸に静かに手を合わせ、警察車両へと乗り込んだ。車内には、すでに雷牙、仄、玲華が座っていた。
「白藍くん、大丈夫?」
仄が心配そうに尋ねる。
「ああ、大丈夫だ」
白藍は、仄の手を握りしめる。
「私たちを愛してくれる人たちは、ここにいる」
彼らは、警察車両の窓から、燃え盛るファントムの本拠地を見つめていた。長年の支配から解放され、彼らの目には、未来への希望の光が宿っていた。
警察署に連行された4人は、別々の部屋で事情聴取を受けることになった。彼らは、ファントムの組織の全容、彼らの活動、そして「楽園」の真実を語り始めた。
しかし、彼らの話は信じてもらえなかった。証拠はすべて灰になり、ファントムの組織は巧妙に痕跡を消していたからだ。彼らは、単なる家出人として扱われ、精神的なケアが必要と判断された。
ここから、彼らの社会復帰のための長い道のりが始まった。
🔚
第15話:贖罪と夜明け
警察に保護された4人は、長期間にわたる事情聴取とカウンセリングを受けることになった。彼らが語る裏社会の真実やファントムの存在は、証拠の欠如から信じられず、単なる精神的な疾患による妄想として扱われた。
「私たちは、本当に人を殺めてきた」
白藍は、カウンセラーの前で静かに語る。
「感情のスイッチを切って、機械のように命を奪ってきたんだ」
しかし、その告白は理解されなかった。
「それは、あなたがたが作り出した防衛機制です」
と、カウンセラーは繰り返すだけだった。
それでも、彼らは諦めなかった。彼らが犯した罪は消えない。贖罪のためにも、社会復帰という茨の道を歩み続ける必要があった。
最初の3年間は、更生施設や専門家によるサポートを受けながら、社会生活への適応訓練が中心だった。普通の生活のルール、他人との関わり方、そして、感情を取り戻すための訓練。それは、10年間も暗殺者として生きてきた彼らにとって、想像を絶するほど困難なものだった。
仄は、人混みの中にいると、無意識に周囲を警戒してしまう癖が抜けなかった。スティレットを握るはずだった手は、常に緊張で震えていた。
白藍は、他人と話す際に、相手の心理を読んでしまう癖が抜けなかった。穏やかな外見とは裏腹に、常に警戒心を持っていた。
雷牙は、常に周囲を見渡して危険がないか確認してしまう。普通の生活の中で、その癖は他人から奇異な目で見られた。
玲華は、ペンを持つたびに、毒針を刺す感触が蘇る。普通の筆記具として使うことができなかった。
しかし、彼らはお互いの存在に支えられていた。定期的に顔を合わせ、互いの悩みを共有し、励まし合った。
「僕たちは、きっと変われる」
白藍が、希望を失いかけた仄に言う。
「長い道のりかもしれないけれど、私たちは一人じゃない」
「そうだぞ。俺たちは、お互いを傷つけないっていうルールを守り続けた」
雷牙が力強く言う。
「それは、俺たちがまだ人間だって証拠だ」
玲華も頷く。
「私たちを愛してくれる人は、見かけによらないもの。私たちはお互いを愛してる。それだけで十分よ」
3年の歳月が流れ、彼らは更生施設を退所し、社会での生活を始めることになった。彼らは、それぞれの方法で社会に溶け込もうと努力した。
白藍は、図書館で働き始めた。彼の穏やかな物腰は、利用客に好意を与え仄は、小さなカフェで働き始めた。最初は緊張していたが、優しい同僚たちに支えられ、笑顔を取り戻しつつあった。
雷牙は、警備員として働き始めた。彼の警戒心の強さと体格は、警備員として適任だった。玲華は、IT企業で働き始めた。彼女の分析力とハッキング技術は、企業のセキュリティ部門で高く評価された。
社会復帰からさらに6年の歳月が流れた。彼らは、ようやく「普通」の生活を送れるようになっていた。過去の傷は完全に癒えたわけではないが、彼らは前を向いて歩み続けていた。
そして、ある穏やかな春の日、白藍は仄にプロポーズすることを決意する
🔚
第0話:キャラ資料
項目 設定
名前:仄(ほのか)
性別 :女子
年齢:16歳 (物語開始時) / 26歳 (社会復帰後)
誕生日:3月3日
過去:幼い頃から孤独。感情的になると殺意を抱く性質があり、社会から拒絶されてきた。
武器:スティレット(細身の短剣)
暗殺スタイル:ターゲットに近づき、心理的優位に立ってから命を奪う。素早い動きと非情さが特徴。
性格:内向的で繊細だが、芯は強い。感情の起伏が激しい側面もある。白藍に惹かれている。
役割:チームの接近戦アタッカー。
名前:白藍(はくあい)
性別:男子
年齢:16歳 (物語開始時) / 26歳 (社会復帰後)
誕生日:1月1日
過去:穏やかな外見とは裏腹に、人を陥れる狡猾な闇を持つ。孤児院時代はいじめの対象を自滅させたことも。
武器:仕込み杖
暗殺スタイル:お酒などでターゲットを酔わせ、気を失わせてから確実に仕留める。相手に苦痛を与えない穏やかな手法。
性格 :物静かで思慮深い。一見すると紳士的で優しいが、内に秘めた決意は固い。仄を深く想っている。
役割:チームの潜入・確保担当、心理戦のエキスパート。
名前:雷牙(らいが)
性別:男子
年齢:21歳 (物語開始時) / 31歳 (社会復帰後)
誕生日:2月7日
過去 :孤児院の年下組を守るために、常に暴力的な問題行動を起こし、社会から敬遠されてきた。
武器:スナイパーライフル
暗殺スタイル:ターゲットを見つけたら即座に、遠距離から一撃で仕留める。感情を挟まない効率重視のプロ。
性格 :クールで無口な兄貴分。責任感が強く、仲間(特に玲華)を守ることに強いこだわりを持つ。
役割:チームの監視・援護担当、リーダー的存在。
名前:玲華(れいか)
性別:女子
年齢:18歳 (物語開始時) / 28歳 (社会復帰後)
生誕:9月10日
過去:明晰な頭脳を持つが、その知性で大人たちを翻弄し続けた結果社会から孤立。
武器:タクティカルペン(遅効性のトリカブト毒を仕込んだ針内蔵)
暗殺スタイル:ターゲットの後ろに気づかれないように回り込み、毒針で確実に殺害する。隠密性と知的な暗殺術。
性格:冷静沈着で頭脳明晰な戦略家。兄のように慕う雷牙にだけは少し甘える一面も。
役割:チームの情報分析・サポート担当。