とある魔術師は旅に出た。まだ見ぬ魔法を求めて。増える仲間はエキセントリック。行く先々で問題発生。起こる問題摩訶不思議。
敬語魔術師の旅路はいかに。
最初に考えていたものとはかなりかけ離れたものになりました。言えば「なんでもありの超適当ファンタジー」です。頭を空っぽにしてお読みください。
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目次
魔術師の門出
花の季節、陽の季節、実りの季節、星の季節
四つの季節が来るくる廻る
星たちが眠りにつく、そんな明け方。大切なものをカバンに詰め込んで、アリフェ・モカメリアは旅に出る。クラーディという村の外れにたたずむ小さな小屋、この家に暮らしていたのはアリフェだけだった。家族は数年前に事故で亡くなっている。
「いってきます」も「いってらっしゃい」もなく、ただ、秒針の音だけが部屋のなかで響いていた。しんとした雰囲気で村はまだ眠りについている。静かでアリフェ以外の姿はない。一人きり。それはそれで都合が良かった。村の人々はなにかとを気にかけてくれる。とても温かかった。一応小屋には置き手紙を残しているけれど、きっと心配をかけるに違いない。しかし、今、アリフェの見ている世界は思いの外狭かったようで知らないことが多すぎた。世界はまだまだ広いらしい。とある噂を聞いてそんな風に思って広い世界に向かって飛び出した。
「さよなら」
それだけを残して。
日の光が暖かな花の季節だった。
村を抜け出して草原。夜が明けて日が昇る。どこに行こうか。少し考えて西の隣町、ニジュレへ向かうことにした。隣町には大きな図書館がある。まずはそこで情報収集としようと歩みを進めた。
クラーディ
アリフェの暮らしていた村。毎年花の季節に豊作祈願のための花祭りが有名。
アリフェ・モカメリア
魔術師
両親は数年前事故で他界した。年の離れた兄がおり兄自身も旅に出ている。両親の影響で魔術や植物に関する知識を多くもつ。誰にでも敬語で話す。魔術の次に料理が好き。
魔術師の探求
休憩をしながら歩いていると鳥のさえずりが良く聞こえた。今日は花の季節らしくよく晴れている。ニジュレまでは意外と近く、太陽が天辺に昇る前についてしまった。しばらく滞在する予定なのでどうしようかとふと、掲示板に目がいく。どうやら近くで魔物が出るらしい。注意喚起の張り紙の隣にギルドの募集要項の張り紙があった。軽く流し読みしてその足で図書館へ向かった。
図書館で魔術書を探す。魔術書とは魔術の扱いにおいてのこれまでの歴史などの参考文献なのだ。書架にズラリと並ぶ多くの魔術書の背表紙は長きに渡る魔術史を物語っているような気さえしてくる。その中からよく知った著者の名前を探す。少し古びた分厚い本が2冊と比較的新し目の本。3冊の貸出し手続きをしようとしたらなぜか止められた。
「貸出しの手続きをしたいのですが」
「こちらの本は貸出し厳禁の本ですので貸し出すことができません。他の1部の魔術書の本でしたら貸し出すことが可能です」
「この本って借りられないのですか?」
「当館の規則上、基本魔術系統の本は貸し出せないことになっているんです」
申し訳なさそうに司書の女性は言った。以前訪れた時は借りられたはずなのだがいつの間にか借りられなくなっていた。
「そうなんですか。でしたら借りるのは諦めます」
こうなったら仕方ない。潔く諦める方が身のためだ。
「当館の中でしたら自由に読むことができますよ」
「いろいろとすみません。ありがとうございます」
図書館の奥にスペースがあってそこで読むことにした。椅子に腰掛け、本を広げる。
本の著者はブバルテ・リーゲラ。伝説の魔術師だ。アリフェがまだ小さい頃に1度だけ会ったことがある。見せてもらった魔法の美しさは今でも忘れることができない。自分が魔法使い、もとい魔術師を目指すきっかけになった人物だ。夢中で読んでいるうちに日が暮れかけていた。閉館時刻だというのでしぶしぶ本を棚に戻し宿を目指す。
宿には食事処も併設されており、町の人々や宿泊客でにぎわっていた。
「いらっしゃい。何にするか決めたかい?」
「白身ザカナのムニエルと季節のフルーツジュースを1つずつお願いします」
「あいよ! 適当に空いている席に座っとき!」
豪傑そうな女将の指差した先には窓側の2人席が空いていた。椅子に座ってさきほどまで読んでいた本の内容を反芻する。
「高等複合魔術」
かのブバルテも使いこなすのに苦戦した魔法、らしい。伝説の魔術師が使いこなすのに苦戦したのだったらひよっこのアリフェは当然使いこなすことが難しいだろう。うーんと悩んでいる目の前に料理がやってきた。
「お待ちどうさま。白身ザカナのムニエルと季節のフルーツジュースさ。ついてるパンとスープはサービスだよ」
テーブルの上に並べられた料理はどれも美味しそうに湯気が立ち上っていた。
「ありがとうございます」
久しぶりに自分で作る料理とは違う温かさを感じて思わず涙が零れた。
翌日、昨日と同じように図書館へ行こうとすると開いておらず休館日だった。なので隣にある商店で地図と方位磁針を買った。ついでに保存がききそうな保存食を何食か。
「これから旅に出るのかい?」
「そうです。魔術のことを知るためにどこか遠くへって思ったんです」
「それなら君にこれをあげよう。これからの旅路に幸多からんことをってね」
商店の店主から手渡されたのはランタンだった。
「いただいてもいいんですか? 」
「なんとなくだよ。道に迷ったときの道標にもなるからね」
「ありがたく受け取らせていただきます」
何だか曖昧なよくわからない答え方をされた気がする。深く詮索しない方がいいのだろうか。軽く会釈をしてから店内を見て回る。この商店は物が豊富に取り揃えられていた。一番アリフェが驚いたのは大きな魔鉱石だ。売り物ではないらしいが存在感を放っている。
広場のの方が騒がしい。行ってみると、ギルドのマスターが何か話していた。要約するとどこかの山奥で魔物の大量発生が起き、王国の騎士団とギルドに所属している冒険者で討伐に行くらしい。出現した魔物が少々特殊で討伐に参加できる者を募っているそうだ。
そんなことを気にすることなく3日後、アリフェは出発した。
ニジュレ
大きな図書館がある町。ギルドの集会所があり、冒険者で賑わっている。宿の女将は1人でクマを退治したことがあるとか何かと武勇伝が多い。
魔鉱石
魔力が込められた鉱石。魔力を込めると独特な光を放つ。稀に固有魔法が使えるものが存在する。込められている魔力が多いほど扱いに注意しなければならない。
騎士団
国のために仕える騎士の団体。いくつかの部隊に分かれており、近衛騎士隊と魔法騎士隊が有名。状況によってはギルドと協力することがある。
魔術師とオオカミ
次の町に向かうにはここから先2つ程山を越えなければならない。そのために必要なものは何か。そう、お金と食料である。途中いくつか村があるので食料はどうにかなるかもしれないが、金銭面はどうにもならない。自力で稼ぐしかないのだ。そこでアリフェは考えた。が、なにも考えつかなかった。
それから数日、1つ目の山を越えた辺りの森で今日は野宿することにした。拓けた場所で焚き火の火の管理をしながら星を眺めていると茂みの奥で何かの気配がする。手元にはさっき料理に使ったスキレットしかない。狩りをする時のような緊張感に手は震えている。魔法を使うという選択肢は頭から抜けているようでだんだんと近づいてくる気配に体を強ばらせる。ガサガサと茂みが揺れ、姿を表したのはオオカミだった。
「オオカミ……1匹だけだけど大丈夫じゃなさそう」
生身の体にスキレット1つで獣に勝てるわけがない。今日が命日なのかもしれないと腹をくくったその時。
グルルルル
オオカミがアリフェに向かって唸りだしたと思ったらいきなり飛びかかってきた。
「うわぁ! 私なんか食べても美味しくありませんよ ……ってあれ?」
飛びかかかっていったのは身構えていたアリフェの後ろ、振り向くと大きな魔物が大きく口を開けていた。飛びかかかってきたのは魔物がいたからか。
「魔物!? こうなったら仕方ない。オオカミさん当たったらごめんなさい!」
後退りながら杖を取り出し、オオカミに当てないように水魔法を使う。魔物には魔術が効果的なのである。
水ノ力ヨ我ガ魔力ヲ代償ニ凍テツキ貫ケ|氷結ノ槍《フリージグ・ランス》
展開された魔法陣から水が溢れ出し、やがて凍てつき槍の形になった。凄まじい音を立てながら魔物に突き刺さりやがて大きな音を立てて倒れる。そのまま動かなくなった。亡骸は森の生き物たちの食料になるだろう。
「当たった……じゃなかった、オオカミ、大丈夫でしょうか」
ガサガサと物音がする。どうやら森の奥に戻っていったようだ。
「さてと」
風ノ力ヨ我ガ魔力ヲ代償二動カセ |風ノ流動《ウィング・フロワ》
動かなくなった魔物は強い風の力で浮き上がり宙に浮いている。少し遠くに移動させてゆっくりと下ろした。あいにくアリフェは眠くなったのでそのまま眠ってしまった。辺りは焚き火の音だけが響いていた。
翌朝、目が覚めると目の前に毛の塊がいた。もふもふした灰色の毛の塊。
「何だろう」
近づこうと一歩踏み出すとパキリ、木の枝を踏んでしまった。目の前の塊はピクリと動き出すと起き上がる。見覚えのある姿にアリフェは驚いた。
「昨日のオオカミさんじゃないですか。怪我はしてなさそうですね。ん?」
何故オオカミが目の前に? 疑問に思ったのを察したのかオオカミは尻尾をパタパタ振った。どうやらアリフェを食べる気はなさそうだ。
「もしかして、旅について行きたいのですか?」
その問いに答えるかのようにオオカミはバフッと鳴いた。
初めての旅の仲間がオオカミだなんてあっていいのだろうか。人間言語理解してるオオカミって存在したんだなんて。そっとアリフェは考えることを放棄した。
「それなら名前、決めないとですね。オオカミ……ウルフ……。うーん。ルーフはどうでしょう」
肯定するかのようにオオカミは再びバフッと鳴いた。
「それではルーフ、これからよろしくお願いしますね」
ルーフが旅の仲間として加わった。
魔物
魔力を持った生物の総称。なぜか破壊衝動をもっている。倒すためには魔術が効果的。
ルーフ
オオカミ
人間言語を理解するオオカミ。アリフェに出会う前に何かあったらしく毛が少し焦げている。アリフェからもらった首輪代わりの手ぬぐいがお気に入り。
収穫のお手伝い
一つ目の山を越えた辺りで小さな村が見えてきた。ホアーメはのどかな農村である。アリフェは自身の暮らしていた村に似ていて親近感が湧いていた。
「旅の御方、連れているのはイヌですか?」
1人の男性が尋ねてきた。ここで
「いえ、オオカミですよ」
なんて言えるはずがない。そんなことをした暁には牢屋に入れられる程度ではすまない気がして少し答えるのをためらった。数テンポ遅れて
「飼いイヌなんです。大型種のイヌで名前はルーフっていいます」
ここはイヌとしてごまかしておくことにする。
「立派なイヌですね。大型だからかオオカミに見えてしまって」
「かっこいいでしょう」
嘘をつくというのは良心が少し傷つくが時には嘘も大切だ。どこかのことわざでそんな言葉があったような気がしたが、あれはどこのだったか。アリフェはそんなことを考えながら村を散策していた。
「そこの君、今ひま?ちょっと手伝って欲しいんだけど」
突然村の女性に話しかけられた。どうやら人手が足りないらしい。特にすることの無かったアリフェは快く承諾した。
「いいですよ。何を手伝えば良いのでしょう?」
「プリコータを収穫するの手伝ってくれない?今人手が足りなくて」
女性の指を指した先には大きな木が並んでいた。よく見ると実が沢山実っている。収穫のためだろうか、木の回りには人だかりができていた。プリコータとは星の季節に花を咲かせ花の季節に実をつける木の実である。栄養価が高くさまざまな調理法があることから多くの土地で栽培されている。ここホアーメはプリコータが名産品であった。
「お安いご用です」
「手伝ってくれるの? ありがとう。この辺りってさ若い人が少ないから毎年大変なんだよね」
「そうなんですか?」
そう話しながら1つずつ丁寧にもぎりながら籠に詰めていく。
「せっかくだし1つ食べてみる?……この辺りが熟してて美味しいと思うよ」
指差した先のプリコータはよく熟しているようだった。
「いいんですか?食べても」
「たくさん実っているし、それにいろんな人に食べてもらえる方が嬉しいじゃない?」
「それもそうですね。それではお言葉に甘えて、いただきます」
皮を剥いたプリコータは甘い香りがした。1口かじると甘酸っぱい味が広がって後から甘い香りが鼻から抜けていく。アリフェはあっという間に1つ食べきっていた。
「あっという間に食べきってしまいました。とっても美味しかったです」
「それならよかった」
太陽が天辺に昇った頃に収穫が終わった。籠は全部で8籠。プリコータが入った籠はズッシリと重かった。何度か往復しながら倉庫に運んでようやく作業が終わった。
「手伝ってくれてありがとう! プリコータの収穫慣れてたの? ってくらい手際が良かったから早く終わったよ。これ、お礼ね」
と手渡されたのは干したプリコータが入った瓶だった。
「いいんですか?」
「いいのよ。今日はありがとうね」
「こちらこそありがとうございます」
それからというものアリフェはこれから滞在する数日間、作物の収穫を手伝うことになった。アリフェがいない間、ルーフは村の子ども達と楽しそうに遊んでいる。
再び旅に出る頃、収穫のお礼にと収穫した作物や作物を加工した食材を持たされるのだった。
「少しの間でしたがありがとうございました」
「いいのよ、収穫のお手伝いありがとう、また遊びにきてね」
「ワンちゃんもばいばい!」
遊んでいた子どもたちに話しかけられるとルーフは
ワフッ
と鳴いて尻尾をパタパタ降っていた。
「また機会があれば伺います。では」
アリフェは一礼すると次の山を越えるために歩き出した。ルーフは隣を歩いている。
今日はよく晴れている。雲1つない青空だった。
ホアーメ
プリコータが有名な農村。この村にプリコータ研究家なる人物が暮らしているのだとか。プリコータのことなら何でも知っているらしい。
噂のある町
1つ、季節が進んで陽の季節。結構な距離を歩いてきた気がする。この町、ライメルは季節柄か土地柄か人々の活気にあふれ、にぎやかな様子。遠くで楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声が聞こえた。宿泊する予定の宿に荷物を置いて散策に出かける。気まぐれに立ち寄った商店で不思議な噂を聞いた。
「森の奥に館があり、ある魔術師と人形たちが暮らしている。面白半分で森に入ったが最後……」
のだとか。最後は周囲が騒がしくて上手く聞き取れなかったのでどうなるかは分からない。
「ねぇ、ルーフ。森の奥に行ってみませんか?」
アリフェの探究心に火がついたようだ。それに対してルーフは少し戸惑っている。
「止めておいた方がいいと言いたいの?」
バフッ
そこで肯定するのがルーフ。それでもアリフェはひとりぼっちは寂しいからとルーフを強制連行するのであった。
町外れの森の奥。噂が正しければ館が見えてくるはず。その前に辺りが霧に囲まれて視界が悪くなってきた。まだ昼のはずなのに。流石に引き返そうかと思ったが霧が濃すぎて今来た道が分からなくなっていた。
言うなれば「詰み」の状態である。
「そうだ、ルーフ、来た道を匂いで辿れます?」
腰にかけていたランタンを準備しながらルーフに問いかけた。
ワフッ
とひと鳴き。
「おや、あろうことか火打石はカバンの中です。カバンは宿にあります……」
ルーフが何やってんだよとツッコミをいれそうな表情をしている気がする。
「魔法よりも火がつくのが早いから重宝していたのですよ。まぁ、魔法使う方がどちらかと言えば楽なのですが」
炎ノ力ヨ木ノ葉ヲ媒介ニ灯リヲ灯セ |光ノ種《シャイン・シード》
ランタンに灯りがついたので足元が明るくなった。まだ霧が濃いままだが、前を先導するルーフの尻尾がパタパタ揺れているのがわかる。
ある程度進んだところでピタリとルーフが動かなくなった。こちらを心配そうに見上げてくる。
「もしかして匂いが辿れなくなりました?」
バフッ
肯定のようだ。歩いてきた体感時間的にもうすぐ森を抜けられそうな気がしたが歩いても歩いても木々が茂る森の中だ。何時になったら出られるのか。もしかしたら一生このまま森の中で彷徨い続けるしかないのかもしれない。そう考えながら歩いているうちに霧が晴れ拓けた場所にでた。目の前にはどっしりと構える館が。
「大きな館……もしかして」
「何か用事でもあるのかな? でなければ即刻この場から出ていって欲しいのだけど」
声のする方を見ると、背の高い青年がいた。花の手入れでもしていたのか手には切った花を持っている。威厳のある口調でどこか不機嫌そうだ。
「道に迷ってしまって困っていたんです」
「そんなことは僕には関係ないね。所詮、例の『噂』とやらで来たのだろう?」
図星をつかれ何も返答ができない。
「おや、図星かね? まぁいい。ここまでやってきたんだ、僕もそこまで薄情じゃないし、お茶くらい淹れてあげよう。少し一休みするといい。ついてきたまえ。そこのオオカミもついてくるといいさ」
「行きましょうか、ルーフ」
青年が例の魔術師なのだろうか。考えることが多すぎて混乱してきそうだ。館に入るとシンプルな外装とは裏腹に内装はどこか荘厳な雰囲気がする。
青年は1人の給仕の青年に声をかけた。
「ロベリー、お茶の準備を。クッキーを焼いていただろう。あれを出すといい」
ついていくと広い部屋に通された。ソファーに座るように促され、ルーフは足元で伏せている。
ライメル
とある噂が流れる町。晴れの日が多く洗濯物がよく乾く。染め物が有名で手ぬぐいが特産品。
商店にはさまざまな人々が訪れるので噂が集まりやすい。どこかの商店では「ウワサ新聞」なるものが存在するとか。
噂の館へ招かれて
「お互い自己紹介からいこうか。僕はカラン。デザイナー兼魔術師をしている。君も同じ魔術師だろう?」
一瞬で魔術師であることを見抜かれてしまった。同じ魔術師でも格が違う。これまでの経験の差が高い壁となって立ち塞がっているような圧を感じる。本業がデザイナーであるだけあって自身の服も自分でデザインしているのだろうか。ノリの効いたシャツにワインレッドのベストを着ていた。ベストのボタンが照明に照らされて輝いている。
「アリフェ・モカメリアです。魔術師でルーフと共に旅をしています」
「モカメリア……どこかで聞いた名前だ。どこだったか。魔術師とオオカミ、実に面白い組み合わせだね。で、君は『噂』の真実を暴きに来たわけだ」
「そうですね。人形がいるって本当なんですか?」
そんな風にずけずけと聞いてもいいものなのがとルーフは尻尾をぱたつかせている。
「いかにも。ここの給仕は皆僕が作った人形だが、何か問題でもあるのかね?」
何も答えられずにいるとドアをノックする音がした。
「どうぞ、入って」
タイミング良く開かれたドアから姿を見せたのは先程の給仕だった。ワゴンにはティーセットとケーキスタンドが乗せられている。
「紅茶とクッキーをお持ちしました」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
精巧に作られた青年の人形は人間の姿と相違なく自然に見えた。首元の宝石と瞳の色が同じように輝いている。その輝きにアリフェは見覚えがあった。
「お人形さんの動力源は魔鉱石ですか?」
「ほう、よく気がついたね。この人形たちの動力源は魔鉱石だが、少し特殊でね。僕が少し手を加えて固有魔法を使えるようにしたのだよ。ロベリー、すまないがスインを呼んできたまえ」
「分かりました」
魔鉱石の固有魔法、その名の通り魔鉱石に刻まれた固有魔法で扱うのが難しいため高等魔術に分類される。「手を加えた」というのは人形が魔法を使えるようにという意味合いなのか。アリフェが考えているとカランが口を開いた。
「聞かれてばかりでは面白くない。今度はこちらから質問しよう。君は魔術、好きかね?」
「好きですよ。魔術師ですし、幼い頃から触れてきたものなので」
「そうかい。幼い頃からというのは両親の影響で?」
「それもそうなのですが、憧れている人がいて憧れの人が魔術師だったというのもあります」
「憧れの人……魔術師……かの有名なブバルテかい?」
「よくご存知で」
談笑しつつお茶を飲み数分、再びドアがノックされる。
「いいよ、入って」
入ってきたのは先程出ていった給仕の青年と似た可憐な少女だった。
「お初にお目にかかります。スインです。アリフェ様、以後お見知りおきを」
「ノコノコとやってきて道に迷ったらしい。無事に元の場所に帰れるように1つ魔法を。長く留め過ぎたかもしれないが恐らく大丈夫だろう」
懐中時計を確認しながらカランはそう言った。「長く留め過ぎた」とはどういう意味だろう。質問をしようとしたアリフェよりも先に話し出したのはスインだった。
「はい。アリフェ様、失礼します」
返事と同時にスインと名乗る少女の瞳と首元の宝石の輝きが増した。
スインノ名ノ元ニ魔鉱石の力ヨ彼ノ者ニ迷イ無キ加護ヲ |道標ノ光《ガイランス・ライン》
魔法陣が展開されると強い光を放ち辺りが真っ白になってきた。
「これって空間魔法……ですね」
だんだんと意識が遠くなる。誰かが何か言っている。
「普通ならここまで来られないはずなのだけど、君は来ることができたんだ。気が向いたらまた訪れたまえ。次は君の服を仕立ててあげようか。その日までさよなら、アリフェ」
言い終えるとカランは少し微笑んでいるような気がした。スインは深々と一礼している。それがアリフェが見た館での最後の光景であった。
カラン・フバリア
デザイナー兼魔術師
性格に癖があるが、繊細で情熱的な作品を作り上げるデザイナー。魔術師としての技術も高く魔鉱石の加工ができる数少ない人物。
ロベリー&スイン
カランの作り上げた双子の人形。ロベリーが青年、スインが少女の姿。動力源の魔鉱石で固有魔法が使える。お茶の時間がお気に入りらしい。
友人との再会
気がつくと森の入り口に突っ立っていた。ルーフは心配そうに見上げてくる。
「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても。」
アリフェはルーフの頭を撫でた。
「でもどうやって戻ってきたでしょうか?あの館から出た記憶が無いんですよね。挨拶もしないまま戻ってきてしまいました。また行けたらいいですね」
しばらく歩くと町並みが姿を現す。
「あれ? アリフェ? 何してんの?」
突然声をかけられた。聞き覚えのある声の主の姿にアリフェは驚く。同郷の友人であるネリネ・ルトベキアだったのだ。
「ネリネ!? お久しぶりです。会うのはだいたい5年ぶりでしょうか。貴女、騎士団に入っていたのでは?」
5年前、ネリネは騎士団の試験を受けるために故郷であるクラーディを出ていったのだ。アリフェの両親が亡くなるまで文通でやり取りをしていたがそれ以降連絡を取り合っていなかった。アリフェの姿があまり変わっていなかったので気がついたらしい。それに比べてネリネは雰囲気がガラリと変わっていた。
「実はいろいろあってね騎士団、2ヶ月くらい前に辞めてきちゃた。今はすることがなくて故郷に帰りながらブラブラしてるとこ」
「でしたら一緒に旅に出ませんか? 1人と1匹では戦闘面では少し心細くて。私、魔術師ですし」
「いいよ、特にすることもないしそっちの方が楽しそう。でもアリフェって剣じゅ……」
「その話は今はいいでしょう。これからよろしくお願いしますね」
アリフェは話を遮ったが、こうしてネリネが旅の仲間に加わった。お互いにこれまでの話をしながら歩いていると、突然ネリネが話を切り出した。
「思ったんだけどなんでオオカミちゃん連れてんの?」
ルーフの事を興味深そうに観察している。
「『ついてきますか?』って聞いたらついてきたんです。大人しいし、人間言語を理解するオオカミって珍しいでしょう? オオカミであることを隠すために普段はイヌって言い張ってますけどね。名前はルーフって言います」
自身が紹介されていることに気がついたのかルーフはワフッと鳴いた。
「ふーん、ずいぶん野性的なイヌですこと。面白いしいっか、よろしくね。ルーフ」
ルーフも尻尾をパタパタ振って喜んでいた。
「|あれから《故郷を出てから》料理ってできるようになりました?」
今度はアリフェから話を振った。ネリネは料理が苦手なのだ。少しは良くなっていることを信じてアリフェは話を振った。
「騎士団に入ってさある時からなぜかね、炊事場に立つことを禁止されてた」
「絶対何かしでかしたのでしょう?」
「ほとんど心当たりないんだけど、仮にあるとしたら作った料理が黒焦げだったり、炊事場で爆発を起こしてみたりとか?」
曇りなき|眼《まなこ》でそう言った。
「それは本当ですか?嘘でしょ……」
そして、アリフェは絶句した。となりで聞いていたルーフもピシャリと一時停止している。
「んじゃあ、何か作ってあげよっか?」
「い……いえ、結構です。代わりに私が作りますよ」
今後決してネリネに料理を作ってもらおうなんて考えないようにしようと思ったアリフェなのであった。
ネリネ・ルトベキア
元騎士でありアリフェの友人
騎士であっただけあって剣術に長けている。料理が苦手で3回に1回暗黒物質を作り出すらしい。ルーフを少し警戒している。
ダンジョンで迷子
好奇心で入ったとあるダンジョンのなか、先頭を歩いていたネリネは立ち止まった。それに合わせてアリフェは不思議に思いながら立ち止まる。ルーフもクエスチョンマークを浮かべて止まった。
「どうしました?」
「あのね、アリフェ、怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「内容によりますが、そう簡単には怒りませんよ?」
ランタンに照らされたネリネは困った表情をしている。
「道に迷っちゃった……」
「そんな気はしていました。同じ道を3回も通っているんですもの。迷っているんだろうなと」
このダンジョンは道がかなり複雑で迷いやすいことで有名だった。アリフェ一行は例のごとく道に迷ったのだ。
「ごめんね……」
ネリネはとてつもなく項垂れている。アリフェはそんなネリネをなぐさめていた。
ワフッ
ルーフが何か伝えたそうな顔をしている。
「どうしました? ルーフ」
「もしかして出口が分かるとか?」
バフッ
どうやら肯定なようだ。尻尾をパタパタ振っている。アリフェは霧の森でのできごとを思い出していた。
「道案内よろしく!」
ネリネはそんなアリフェの反応を気にすることなく前向きに捉えて進みだした。
ワフッ
自身満々に歩きだしたルーフは無事に出口にたどり着くことができるのか。ひたすらルーフの尻尾を追いかける。
ネリネは分かれ道の進まなかった方に箱があることに気づく。
「あれって宝箱?何か入ってるかな」
と見つけた宝箱に興味津々だった。
ミシシッ
宝箱からは不気味な音がしている。それに気がついていなかったネリネはどんどん宝箱に近づいていた。
「すぐにどこかに行こうとしてはまた迷子になりますよ……って危ない!」
ビー
宝箱が突然開いたと思えば輝きだし、魔物へと変化した。
「おっと!」
暴れだした魔物を避けるように後退する。
「あれがかの有名な|罠箱《トラップボックス》なんですね」
「話では聞いたことがあるけれど初めて見たよ。魔物だったら対処は容易い」
ネリネは腰に携えていた片手剣を構えた。片手剣には不思議な紋様と小さな魔鉱石がついている。魔物が動き出すよりも先に間合いを詰め連続斬撃を決めた。
「久しぶりに見ましたが圧巻ですね」
幼い頃からネリネの剣術を見てきたアリフェは感嘆の声をあげた。
「でしょ~。こう見えて実は魔術斬撃もできるんだよ」
褒められて照れているネリネは自慢げに話した。
「だから、片手剣に魔鉱石がついているわけなんですね」
少しダンジョンの雰囲気が変わったと思えば突然魔物の群れがアリフェ達に襲いかかってきた。魔物は全部で5体。2人が構える前にルーフは駆け出し吠えた。
「危ないですよ!戻ってきなさい!」
「ルーフ、いーこだから戻っておいで」
しかしルーフは言うことを聞かなかった。
ワオーン
遠吠えが響くと魔物を中心に魔法陣が広がる。魔法陣から氷の塊がいくつも出現し、魔物に雨のごとく降り注ぐ。アリフェの扱う魔法にどこか似ていた。土煙をあげ、魔物の群れはどこかに逃げていった。
ルーフは事を終え心なしかドヤ顔で尻尾を振る。そもそもの話、魔法もとい魔術を扱うオオカミなんて前代未聞であった。
「ルーフ! あなたは何てことをするんですか?! 魔術を使うのってものすごく危ないんですよ!」
「もうどこから突っ込んでいいか分かんないよ」
それでもルーフは嬉しそうに尻尾を振り、アリフェはルーフを叱り、ネリネは目の前で起きた出来事に対する思考を放棄している。
「とりあえず、先に進んだほうが良くない?」
一足先に正気に戻ったネリネが前進するように促す。それからルーフの案内でしばらく進んでいるとようやく出口らしき明かりが見えてきた。ルーフのお陰でようやくダンジョンを脱出することができたのであった。
「やったー!出られた!」
「だいぶ時間がかかってしまいましたね。どうなるかと思いましたが脱出できてよかったです」
大喜びする2人のとなりで
バフッ
とルーフは満ち足りたような表情をしている。振りきれんばかりに尻尾を振っていた。
「よくやった、ルーフ!」
ネリネはルーフをもみくちゃにモフモフするのであった。
「ところで、どうしてルーフは魔術を扱えるのでしょう?オオカミが魔術を使うなんて初めて見ましたよ」
問いてもルーフは首をかしげるだけだった。
「アリフェのことを観察してたからじゃない?それかもともと魔術が使えたけと今まで使ってこなかったとか」
アリフェはネリネの言ったことがいまいち理解できなかった。それを察したネリネはそれ以上ルーフの魔術について触れようとはしなかった。
ダンジョン
大昔に作られた地下迷宮。大抵の場合魔物の群れが暮らしているかトラップが仕掛けてあることが多く生半可な気持ちで入った者は帰ることができない。
|罠箱《トラップボックス》
魔物が宝箱に化けている箱のこと。近づきすぎると爆発しながら魔物の姿に変化する。
騒動の前触れ
1つ季節が進んで実りの季節。この国の中心地で一番大きな町、ハレストにやってきた。丁度収穫祭の時期なのでどこもかしこもお祭り騒ぎのようだ。
「にぎやかだね~。アタシ、こういうところ楽しくて好きだよ」
「私は人混みはあまり好みませんが。そういえばここって騎士団の本拠地では?」
「うっ……まぁ、これっていうやましいことはしていないし、フード被っときゃ大丈夫でしょ」
広場では収穫を祝うために音楽隊が演奏を、テラスでは宴会が開催されていた。
「気分転換に図書館にでも行きましょう? 高等魔術の本が読みたいのです。これだけ人が多いんですもの。バレませんよ多分」
「その多分が怖いんだよね~。図書館ね~歴史書漁りに行こ」
国内最大級の国立図書館。この国で書かれた本の約9割がそろっているとかどうとか。ウキウキしながら国立図書館に向かっていた道中。
「なぁ、オマエ、ネリネじゃないか?」
すれ違いざまに男性に声をかけられた。服装からして騎士団の人間だ。
「ウゲッ、バレた?」
「あの、人違いでは?」
ネリネはフードを目深に被っている。よく観察しないと本人とは気づかれないはずだか。
「いや、確かにネリネだ。この3、いや4ヶ月どこに行っていたんだ?」
「ですから……」
人違いなのではないですか? と続けようとしたアリフェをそっとネリネは止め、被っていたフードを取った。
「いいよ、アリフェ。大丈夫。そうだね、アタシはネリネだよ。でも騎士団は辞めたことになっているでしょ?」
「それはそうだか、俺はオマエが辞めたって納得がいってないんだよ。あれはどう考えても辞めたんじゃなくて辞めさせられてるんだろ。本当はオマエも納得がいっていないはずだ」
「それはどういうことですか? 辞めさせられたって」
「部外者は黙っててくれ」
「いくらなんでも部外者はないよ。この子はアタシの仲間なんだから」
なんだか一触即発の雰囲気になってとっさにアリフェは
「ここで揉め事は騒ぎになってしまいますし場所を変えませんか?」
と一言添えるのだった。
一行は近くにあった酒場に入り、ルーフは近くの森に遊びに行った。夕刻までに戻ってくるように伝えてある。各々飲み物を注文して座席に座る。運良く半個室の場所が空いていたのが幸いだった。注文した飲み物がやってきてから話は始まった。
「話を戻しましょう。もう一度聞きます。ネリネが騎士団を辞めさせられたとはどういうことですか?」
「それはだな……」
「いいよ、トリカ。アタシから説明する。その前に自己紹介しなきゃじゃない?」
「そりゃそうか、俺はトリカ。トリカ・ナスターチ。ハレスト騎士団の魔法騎士小隊、小隊長だ」
トリカの所属している小隊は騎士団の中でも有名なところだった。
「アリフェ・モカメリアです。魔術師をしていて、ネリネとイヌのルーフと一緒に旅をしています。」
「じゃあ、順を追って説明するね」
今から半年程前、任務についていたネリネとトリカ。当時のネリネは魔法騎士小隊に所属していたのだそう。任務は大量発生した魔物の討伐と同時にとある生物の捕獲だった。魔物の討伐はギルドの手を借り、そう時間はかからなかった。それよりもとある生物の捕獲に手間取っていた。ようやく捕まえて本部に戻ると犯してもいない罪の濡れ衣を着せられていた。ネリネの人脈を駆使して罪の潔白を証明したまではいいが、騒動の責任を取って約4ヶ月前に辞めたとのこと。
「いろいろと頭にきちゃってずっと憧れてた騎士団を辞めちゃった。その頃はもう何もかもどうでも良くなってたのかも」
「そうだったのですね」
シリアスな展開になりそうなところをトリカが断ち切った。
「そういや、あのイヌ、ルーフって実際オオカミだろ? 不思議に思ったことはないか?」
「不思議に思ったことですか? 私の言ったことを瞬時に理解できる程頭がいいことでしょうか。あとは私のご飯を狙ってきたり、よく首元にこう頭を押し付けて来ることですかね?くすぐったいので止めさせたいのですけど」
先日、ルーフが魔法を使ったことは伏せてアリフェは話した。後半なんかほぼイヌじゃね? オオカミじゃなくね? とアリフェ以外の2人は思ったが黙った。触らぬなんとかにになんとやらだ。
「あのオオカミさ、騎士団から逃げ出した奴かもしれねぇっつたらどうする?」
「あっ、結局あの子逃げたんだ」
「どういうことです?」
「あのオオカミの正式名はウィザードウルフ。詳しくは知らないが魔術を扱うらしい。ある生物の捕獲ってソイツの事なんだよ」
アリフェは一瞬動揺した。動揺したのがバレているかは分からない。確かにルーフは頭がいいのか言ったことはすぐに理解するし、なんなら先日魔術を使う姿を見てしまっていた。全て心当たりしかなかった。
「その顔、なんか知ってんな?なぁネリネ、オマエも気づいてんだろ。ルーフがウィザードウルフだってこと」
ネリネは口を閉ざし黙秘を貫くようだ。地獄のような沈黙の時間が過ぎていく。
「それが本当ならば騎士団の方々はルーフもあの子を連れていた私も捕えるのですか?」
口を開いたのはアリフェだった。緊張が声に表れているのか声が震えている。
「どうだろうな、わからない。しっかしそんなのを森に放してて大丈夫なのか? 他のヤツらに見つかれば大騒動だぞ」
トリカは曖昧に答えた。
ハレスト
この国の中心地で一番大きな町。この町に行くと大抵何でも揃っている。国立の図書館と植物園が有名。この町のどこかに魔術品だけを販売する商店があるのだとか。
トリカ・ナスターチ
魔法騎士
ハレスト騎士団魔法騎士小隊 小隊長
趣味は鍛練とお菓子作り。年の離れた弟がおり、弟のためにお菓子作りをしていたらいつの間にかハマっていた。
大きな騒動へ
どこかで爆発があったのか大きな音のあとに窓が揺れだした。
「なんか外騒がしくない?」
「まさか」
外に出ると人だかりができていた。森の方から黒煙が上がっている。アリフェはなんだか嫌な予感がしていた。
「私、少し森の方に行きます」
「おい、待てって」
トリカの忠告を聞くことなくアリフェは走り出した。
「なんで話を聞かないのか。アイツ、性格オマエに似てるな。追いかけるぞ」
「そんなに似てないと思うけど。早く追いかけなくちゃ。行くよ」
魔術師と元騎士、魔法騎士は森の奥へと走り出した。
「ルーフ! どこですか?」
煙が上がっていた場所に近づくにつれて人の声が騒がしく、辺りが焦げ臭くなっていった。ようやくルーフの姿が見えたと思えば騎士団の人々が取り囲んでいる。
「何をしているのですか?」
何も知らない振りをして集団に近づく。
「見りゃ分かるだろ」
気がついた一人が荒々しくそう言った。
「そうですね、失礼しました。行きましょう、ルーフ」
アリフェが手招きをするとルーフは障害物を飛び越えて駆け寄ってきた。回りを見渡すと皆、唖然としている。騎士団の1人が
「何してくれてんの? その生き物はとっても危ないんだよ。嬢ちゃんは日が暮れる前にとっとと家に帰りな」
挑発するような発言にアリフェは眉をしかめた。残念そうに笑って
「残念なことに私は皆さんの思っているようなお嬢さんではないのです。この子は私の大切な友達ですので。ここで失礼します 」
と一礼して一気に走り出す。
後ろで「追いかけろ」や「捕えろ」だとかなんだと騒いでいるのを無視して森の外まで全速力で走った。撒いたことを確認してようやく一息ついた。
「ルーフ、けがはありませんか?」
バフッとひと鳴きしてルーフは尻尾を振っている。
「ふ~、追い付いた。アリフェ、大丈夫?」
ここで走ってきたネリネ達と合流する。
「えぇ、なんとか。ものすごく厄介なことになりました。向こうは何がなんでもルーフを捕えたいようです」
ヴゥ
ルーフが唸りだした。茂みから人影が現れゆっくりと拍手をしながらこちらにやってきている。
「ようやく見つけたよ。ウィザードウルフと魔術師君。あと、ネリネ君久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「久しぶりだね、バラーニ副団長。お陰様で元気にやってるよ」
ネリネは皮肉っぽくそう言った。一触即発の禍々しい雰囲気にアリフェは足がすくんでいる。
「そうかい、そうかい。で、どうして君がいるのかな?トリカ君」
バラーニの視線はルーフからトリカに移った。
「お忘れですか? 副団長。|俺たち《魔法騎士小隊》にウィザードウルフの捕獲命令を出したのは紛れもない副団長ではないですか。偶然、俺が追いかけたらいた、それだけですよ」
「それではトリカ君。そこにいるウィザードウルフと魔術師君を捕えて騎士団本部に連れてきなさい」
バラーニはそれだけ言って音もなく去っていった。禍々しい雰囲気も和らいでいる。
「どうします?この際一度|ご挨拶《殴り込み》しに行きますか? せっかくなら使ってみたかった魔法試したいですし」
「辞めておいた方がいいかも。強い人たちの集まりだし、そもそも本部あるの町の中心部だから。そんなとこ爆発させたらどうなるかわかるでしょ?」
「そこまで言われたら何もできないですね。どうしてルーフ、いえ、ウィザードウルフが狙われているのですか?」
「それはだな」
調査という名目で捕獲したウィザードウルフの高等魔術と魔鉱石の固有魔法を組み合わせて強力な「高等複合魔術」を作り出そうとしているのだそう。ウィザードウルフの高等魔術は命の危機に瀕した際に個体のもつ全魔力を使ってあらゆるものを破壊し尽くすのだとか。高等複合魔術自体危険で代償が大きいというので秘密裏に進められていた。
「その事実を知ってるのさっきの副団長って人とアタシ達だけなんだよね。極秘資料見てたのバレちゃった」
ネリネはテヘッとした顔で飛んでもないことを言った。アリフェは困惑している。
「あちらがなにを考えているのか全く分かりません。高等複合魔術なんて代償が大きすぎますよ」
高等複合魔術は莫大な魔力だけでなく他の代償も必要な魔術なのだ。それを知っていたアリフェは事の重大さに気づく。
「先ほど私も捕えろとおっしゃっていましたね。まさかとは思いますが私を|贄《にえ》にするつもりでは?」
「贄って生け贄? 言い過ぎしゃないの?」
「それがそうでもないんです。大前提として私の考えが正しければの話ですが」
とアリフェが話したのはこうだった。
高等複合魔術にも種類が存在し、中でも最上位にあたる魔術はさまざまな魔法を組み合わせ、最終的に魔力を持った贄を捧げることでようやく完成するものである。複雑な分その力は強力で発動してしまえばこの世界が崩壊する可能性があるのだった。
「何考えているんだあの副団長は」
「魔王にでもなるつもりじゃない? あれならやりそう」
「あくまで可能性ってだけです。確証はないので憶測ですが」
「1つ考えがあるんだが」
トリカは考え付いた作戦を話し始めた。
バラーニ・ヒース
ハレスト騎士団 副団長
高等複合魔術計画を企画した張本人。自身が元魔術師だったこともあり魔術の情報にも長けている。
高等複合魔術
さまざまな魔法を組み合わせ、条件に見合う代償を支払うことで発動する魔術。魔術師の扱う魔術で一番強いもの。さまざまな種類があり、最上位の魔術を使いこなすのはほぼ不可能に近い。
3人と1匹の共闘作戦
その日の夜、3人はトリカの考えた作戦通りに動き出した。
「バラーニ副団長、失礼します。トリカ・ナスターチ、ウィザードウルフを捕えて参りました」
トリカは騎士団本部にいた。例の副団長の部屋だ。
「魔術師はどうした?」
「残念ながら魔術師には逃げられてしまいました。しかし、ウィザードウルフは捕えられたことですし、逃げ出さないよう地下の独房に……」
その頃地下の独房では
「これ本当に大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「いろいろとですよ、何です?この格好は」
2人は騎士団の制服を着ていた。見張りらしい人物は眠り薬によってぐうぐう眠っている。
「比較的新しい騎士団の制服。見張りの服を剥いで着てるとかじゃないからいいでしょ?作戦覚えてる?」
「えぇ、覚えてますよ。ルーフも大丈夫でしょうか」
ルーフは独房の中で暇なのか伏せてゆっくりと尻尾を振っている。少し機嫌が悪そうだった。アリフェ達は次の行動に移そうとして動いたその瞬間だった。突然勢いよく扉が開く。そこにいたのは……
「おや、どこからか子鼠が入ってきたようだ」
予想外の早さでのバラーニの登場にアリフェとネリネは思わず動きを止めた。立てていた計画が崩されていく。バラーニはアリフェの目の前にやってきて一言。
「どうしてここにいるのかい? 魔術師君。おかげて探しに行く手間が省けたよ。ここで君に提案があるのだけれど」
話す流れに合わせてバラーニはアリフェの片腕を掴んで引こうとした。しかし、アリフェは抵抗して腕を振り払う。
「何と言われようと私は貴方の提案には乗りませんよ。はっきりと申し上げますが貴方は今、魔術師の禁忌に触れようとしています。魔王にでもなるおつもりで?」
アリフェはバラーニを睨み付けていた。そんな雰囲気をもろともせずバラーニは続ける。
「これはこれは、ワタクシの計画を見抜いたようで。禁忌なんてそんなこと承知の上だ。この世界を作り替え、憎き奴等を滅ぼす。今度こそワタクシが頂点に立つ世界を作り出すのだ。そのためには魔王にでもなってやろうではないか」
「副団長、その話が本当であれば多少の犠牲は厭わないとおっしゃるのですか?」
バラーニの後をついてきていたトリカが尋ねた。既に剣の鞘を抜いている。
「そうだ、理想の世界創造の為に必要な犠牲だが。何事にも犠牲はつきものだ。何か問題でも? 君も|共犯《グル》とはね。ネリネ君と同じで始めから知っていたんだろう?」
「そうですよ。それもこれも全部オマエを止めるためだ!」
「問題しかない、大問題!あれもこれも全部あんたが仕組んだことなんでしょう?」
とうとう堪忍袋の緒が切れたネリネは剣を構えた。今にも飛びかかりそうな勢いで。
「ここで剣を抜いてはいけませんよ。ネリネ!」
「ここじゃあいろいろと場所が悪い。場所を変えようか」
アリフェとバラーニが叫んだのはほぼ同時だった。
魔法陣が辺り一面に広がり、まばゆい光を放つと床が謎の石盤で埋め尽くされた神殿の中にいた。いくつものろうそくが立てられ不気味さを増している。
「さぁ、条件は揃った。来るなら来ればいい。君達は抗うことができないのだから」
「それってどういう」
バラーニが腕を伸ばすと石盤が光出す。嫌な予感がしたトリカは叫んだ。
「まさか!下がれ!巻き込まれるぞ」
一同がギリギリで下がりきったのと同時に石盤から高密度の魔力が溢れだした。魔力は意思を持つかのように束となり3人と1匹に襲いかかる。何かに気がついたアリフェは警告した。
「何があってもあれを直に触れてはダメです!できるなら刃物で全部叩き切ってください」
「あれを叩き切るだなんて、マジかよ」
「よく気がついたね。魔術師君。これは発動させる高等複合魔術の最終段階。触れた時点で魔力を吸い取られ生け贄となり魔術は発動する。まぁ、発動するには莫大な魔力が必要だがな」
自分より背丈の高い獣と化した魔力の束を叩き切れだなんて正気の沙汰ではない。が、ここでこなしてしまうのが魔法騎士である。
「よっと」
ネリネとトリカによって真っ二つに断ち切られた魔力は空中で離散していった。断ち切られた後から再び束が復活する。それをまだ叩き切る。いたちごっこの接戦は続いていた。
「さぁ皆賭してワタクシの理想郷を作り上げるための糧となりなさい」
--- |我ガ完全ナル理想郷ノ創造《パフェティア・ユトーピ・ワン・ビルテ》 ---
バラーニは魔力の束と一体化し、更に化け物じみた姿になった。
衝突、そして
「ワタクシハ!大事な人たちヲ守りタかッタ!全てヲ守りタかッタ!ダカラ憎い奴らガ蔓延るこのふざけテいる世界を作り直し統制スル。どうシテワカラナイ。分かろうとシナイ?正しい世界ヲ見たくナイノか?平和な世界ヲ見たくナイノカ?ソンナ理想郷ヲツクルとイッタノニ!ナゼ賛同シナイ?」
ノイズの混じった声はひらすらに訴える。耳を塞ぎたくなるほどの重圧に3人は顔をしかめた。
「悪いけどアタシはあんたの考えている事が理解できない。てか理解したくもない」
「作り直したとて、それは平和な世界と言えるのか?オレは思えねぇけどな」
「私はいえ、私たちは禁忌を犯してまで手に入れたそんな世界なんて、平和な世界だとは思えません」
「ウルサイ!ウルサイ!大人しく従エ。従ウ先ニ理想郷ガ作ラレル」
猛攻は続き緊迫した時間が流れる。このままではこちらの体力の方が持たないだろう。アリフェは腰に提げていた短剣で束を切りながら脳をフル回転させ考えた。
どうする、魔術が使えず物理で殴るしかないこの状況、圧倒的な戦力差、倒しきるのはほぼ不可能に近いだろう。倒せないなら封じてしまえばいいのではないか。たとえ自身が犠牲になったとしても。
「ルーフ、力を貸してください。ですが、恐らく命に関わるかもしれません。それでも力を貸してくれますか?」
ワフッ
とルーフは力強く答えた。
「2人とも!私にできるかはわかりませんが奴を無理矢理にでも封じます」
「封じるって何を……何か策があるってんならやってみろ」
「何言ってんのよ、こんな時にっ!ふざけんじゃないわよ」
「では」
アリフェは持っていた短剣を投げつけた。投げられた短剣はルーフの手助けもありバラーニの頭上に刺さり魔術が発動する。爆発と同時に崩された瓦礫が当たりバラーニの動きが止まる。すかさず杖を構え呪文を唱えようとしたが止められた。
「待ちな、お嬢ちゃんに変なオオカミ。あんたたちには代償がでかすぎる。てか、その魔術使えばあんたたち死ぬよ。|邪《よこしま》な気配がすると飛んで来てみれば何やってんだい?魔法騎士団も落ちぶれたもんだね」
「あなたは……」
振り向いた先にいたのは伝説の魔術師ブバルテだった。アリフェの記憶の中の人物と酷似していた。なぜこのような場所にいるのか。アリフェはとても混乱している。
「ギァアアァア」
バラーニの猛攻が更に激しくなる。このままでは神殿が崩れてしまいかねない。
「嬢ちゃん達、そろそろ下がりな。こんな化け物によく耐えた。後は私がどうにかしてやろうじゃないか」
|遍《アマネ》ク力ヨ我ガ魔力ヲ代償ニ悪シキ残虐ヲ封ズル結界ヲ
--- |異空間ヘノ封鎖ノ結界《ディファレスーペ・ブロキイング・ブアリ》 ---
辺りが白い魔法陣で輝き言葉では言い表せない断末魔が響いた。そしてバラーニだった化け物は一瞬で姿を消した。
「ほら、あんたたち逃げるよ。早くしないと崩れてきてる。私も逃げるよ生き埋めにはなりたくないからね」
急かされるまま神殿の外に出た。ポロポロと瓦礫が落ちてくる。全員が外に出たのと同時に神殿は跡形もなく崩れてしまった。
「あんた何者だ?何故あのような魔法が使える?」
トリカが警戒しながら尋ねる。すると
「私を知らないと?無理もないか、時の流れは無情だね。私は魔術師のブバルテ。そこのお嬢ちゃんは判ってたらしいがね」
とアリフェを指した。アリフェはゆっくりとうなづく。
「そうですね。お久しぶりですブバルテさん。だいたい8年ぶりくらいでしょうか。あれから私、魔術師になりました」
アリフェはわざと名乗らなかった。なんとなくわかってもらえるそんな気がしたらしい。
「あぁ、あの時の嬢ちゃんか。大きくなったねぇ。魔術師か、あれから頑張ってるようだね」
「ブバルテってあの魔王による侵攻をたった4人で食い止めたとされる|四柱《クアトロ・ブリアース》の中の魔術師!多くの高等複合魔術を解読し扱ったとされる人物」
話を遮ってしまったネリネはあることに気づいたらしくとても驚きを隠せないでいた。
「そんな風に呼ばれてたこともあったね。今は放浪してるただの魔術師だけれど」
「それは本当か。魔王の侵攻ってもう随分昔のことのはずだがそれにしてはいささか年齢……」
「細かい事はいいんだよ。|女性《レディー》に年齢の話はご法度だって知らないのかい?」
「うっ、すみませんでした」
凍てつくような視線を浴びたトリカは謝るしかなかった。
「謝れるならよろしい。じゃあね、私は行くよ。アリフェとそのお友達。またどこかでね」
と言い残しブバルテは颯爽と森の中に消えていった。
「名前、覚えていらした……」
「ねぇ、アリフェ、伝説の魔術師って嵐のような人だね。それにあれはすごく強い」
「えぇ、ものすごく強いですよ。私の憧れですから」
「お前たち、そろそろ町に戻るぞ。やらなければならないことが山積みだからな」
3人は町に向かって歩きだした。辺りはもう夕方になっている。
ブバルテ・リーゲラ
魔術師
圧倒的な魔力量と魔術の知識を持つ。1度見たものは忘れない。|四柱《クアトロ・ブリアース》の1人。現在は放浪の旅にでている。旨い魚と酒が好き。
|四柱《クアトロ・ブリアース》
かつて魔王の侵攻を食い止めた4人の英雄。参考文献が少なすぎて高い技能を持ちすぎた集団だったのではと噂されている。4人の冒険の手記が存在するとかしないとか。
騒動の後、食事会
それからしばらく歩いていたアリフェ、ネリネ、トリカの3人とルーフはようやくハレストに戻ってくることができた。なんだか様子がおかしい。一度解散してからアリフェとネリネは宿に戻り着替え、トリカは騎士団の本部に戻った。3人はまた集まってから町の中心部に向かうとそこにはガヤガヤと人だかりができていた。
「何かあったんですか?」
と近くにいた人にアリフェは尋ねた。
「あぁ、なんだかさっきハレスト騎士団からこんな通達があってな」
と指を指す方向には掲示板があった。そこには一枚の貼り紙が。そこには
『ハレスト騎士団副団長 バラーニ解任
先程、国立騎士団委員会によりハレスト騎士団副団長 バラーニを解任する事が決定した。理由は以下の通りである。
・高等複合魔術による国内における謀反
・虚偽申告 以下余罪多数。
本日バラーニ本人が消息を絶ったため本日付けで解任及び追放とする。後任は来週の審議会にて決定する』
先程まで戦っていたバラーニに関する貼り紙だった。どうやら副団長を解任させられたらしい。消息を絶った事は事実とはいえいくらなんでも早すぎる。
「なにこれ、初めて見た。そんなことある?」
「わかりません。それにしても仕事速いですね。トリカさんの差し金ですか?」
「いや、なにもしていない。ホントに。怪しいからってそんな顔で見るな」
2人からの疑いの眼差しを向けられるトリカは気まずそうにしている。そこに助け船を出すかのように数メートル先から声がした。
「よぉトリカっち。丁度いいところに。探してたぜーってなんか疲れてね? 連れの2人も……ってネリネっちじゃん」
「おひさ~だね、ヘリク」
トリカの仲間らしき陽気な青年が話しかけてきた。トリカの姿に驚いている。ネリネとも面識があるようで、いるとは思わなかった人物に驚いていた。
「まぁいろいろあってだな。あれなんだ?」
トリカはヘリクに貼り紙の事を尋ねる。
「あー知ってるだろ?副団長の噂。あれって8割位本当だったって話だ。誰かさんが向こうに掛け合って調査したらポロポロ証拠がでてきたとか」
「そうだったのか。で?オレに何の用だ?」
「飯食いに行かね?って思ったんだけどネリネっちといるし。お友達?のそこのお嬢さんも一緒に、どうだ?」
「さんせーい!いろいろあって疲れたんだよね。ご飯行こ!」
突然ながら食事に行くことになった。向かう先はどうやらハレスト騎士団行きつけの店らしい。困惑しながらもアリフェは3人に着いていくのに精一杯だった。
「えーと、私がいても大丈夫なのでしょうか。あとルーフも」
ルーフはワフッとひと鳴きすると尻尾をブンブン振った。きっと『ご飯』に反応したのだろう。期待の眼差しでアリフェを見ている。
「大丈夫だろ多分。あそこの店主イヌ好きだからな」
目的地は大きな食堂だった。夜になりつつある時間帯だからか人が多く大賑わいのようだ。各自メニューから自分の好きなものを頼み、外にあるテーブル席に座ることにした。
「自己紹介がまだだったよね。俺はヘリク・レーモン。トリカっちと同じく魔法騎士隊所属。そうそう、お嬢さんって森の中でヴィザードウルフと全力疾走してたでしょ。けっこう騒ぎになってたよー」
「そうだったんですか! 私はアリフェ・モカメリア、魔術師をしてます。で、隣で大人しく尻尾を振っているのがルーフです」
ルーフは尻尾をブンブン振っている。ヘリクのことは嫌いではないらしく触られても何も言わなかった。
「ヘリクってこんなやつだからか話の輪の中に溶け込んじゃう。噂話とかそんなのをすぐ集めてくるから騎士隊での|情報収集家《リサーチャー》なんだよね」
「ネリネっちそれ褒めてんの?」
「うん。褒めてる、褒めてる」
と談笑をしていると出来上がった料理たちが運び込まれ並び始めた。ルーフには店主のご厚意により湯がいた肉と温野菜が与えられた。待ってましたと言わんばかりに食い付いている。
それぞれ食事を終え、お茶菓子をつまみながらお茶を飲んでいる時だった。
「オレ、騎士隊辞めようと思うんだ」
トリカによる衝撃の告白だった。ネリネは椅子を吹き飛ばさんとする勢いで立ち上がり、アリフェは驚いて動きを止めトリカを見ている。
「前々から知ってた。それで話聞こうと思って食事誘ったし」
「そうか。怪我をしてからなぜか何をしても魔術が使えなくなってな。この前、近衛騎士の方にお声がけを貰っちゃいたが辞退したんだ」
魔法騎士隊には魔術が使えることが大前提。しかし近衛騎士ともなれば仮に魔術が使えなくとも相当な実力者でなければ選出されない。
「そうなんですか?」
「何そこでしんみりしてんのよアンタたち!アタシ聞いてないわよ。一体いつから!」
「オマエには言ってないからな。いつからって結構最近だったし。警護より魔物狩ってる方が性に合うんだよ」
「トリカ、アンタ副隊長でしょ。後任とかどうすんのよ。今騎士団ドタバタしてんじゃないの?」
「来週審議会があるだろ? その時に申し出るつもりだ」
ネリネとトリカが言い争いに発展しかけているところにアリフェが口を挟んだ。
「でしたらその後、一緒に来ませんか?私たち旅をしてるんです」
「……考えておかないこともない。これでこの話は終わりだ。あまり遅くなるといけない。ここで解散にしよう」
賑やかだった食事会は不穏な空気を残して幕を下ろした。
ヘリク・レーモン
ハレスト騎士団 魔法騎士小隊所属
陽気な性格と巧みな話術で魔物の目撃情報から噂話までなんでも聞き出す|情報収集家《リサーチャー》。