何時の時代から語られ続けてきたお伽噺。
主人公が素敵な王子様と出会う、幸運は貧しい者の味方、悪き魔女は罰せられる、そんな夢物語は現実ではあり得ない。
お伽噺の裏に潜む黒い影を綴る短編集。
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目次
〖ガラスの棺に眠る姫〗
昔々、とある王国に、一人の姫がいた。雪のように白い肌、薔薇のように赤い唇、夜闇を映す黒髪。その美しさは人々を魅了し、国中の者が「この世で最も美しい姫」と噂した。だが、その噂を耳にした継母の王妃は、心の奥底で静かに嫉妬を燃やす。鏡に問いかけた時、「この世で一番美しいのは姫でございます」と答えが返ってくる度、王妃の笑みは歪んでいった。
やがて王妃は、姫を森に捨てさせる。けれど姫は優しい心を持っていたため、森の小さな小人たちに助けられ、ひっそりと暮らし始めた。しかし運命は、それを許さなかった。王妃の執念は、毒を塗った櫛、締め上げる帯、そして毒の林檎へと姿を変えた。林檎を一口かじった瞬間、姫は胸を抑え、その場に崩れ落ちた。小人たちは泣き叫び、彼女を美しいガラスの棺に納めた。いつか奇跡が起きると信じて。
やがて、旅の王子がその棺を見つける。彼は一目で姫に恋をし、無理にでも棺を連れて帰ろうとした。その拍子に棺は傾き、姫の喉から林檎の欠片が吐き出された。
姫は息を吹き返した。王子は歓喜し、彼女を城へ連れ帰った。
――けれど、それが悲劇の始まりだった。
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姫が目覚めた瞬間から、彼女は深い悪夢に囚われていた。口にした食べ物はすべて灰のような味に変わり、夜になれば林檎の毒が舌に蘇り、喉を焼いた。王子に抱き締められても、胸の奥には冷たい棺の感覚しか残らなかった。
「…どうして、わたしだけが眠り続けられなかったの」
彼女の願いは、安らかな眠りに戻ることだった。だが誰もそれを理解しなかった。王子は愛の証として彼女を閉じ込め、城の高塔から外へ出さぬようにした。人々は「奇跡の復活」と讃えたが、姫の微笑みは一度も戻らなかった。
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ある夜、姫は塔の窓から身を投げた。その瞬間、彼女の唇は初めて安らぎに微笑んでいた。だが下に待っていたのは、硬い石畳。赤い花のように広がった血の中で、白雪姫の物語は幕を閉じた。王子は狂ったように叫び、王妃は恐怖に打たれ、国は混乱に沈んだ。
人々は語る――「最も美しい姫は、棺の中で眠っていたときだけだった」と。
初投稿の小説がこんな内容でいいんでしょうか…。これからこういう作品をたくさん書いていく予定でいます。
〖誤字脱字訂正〗
8月24日
・鏡に問いかける度に→鏡に問いかけた時
・毒を縫った櫛→毒を塗った櫛
・渇れは一目で→彼は一目で
失礼しました。
〖灰かぶり姫の夜明け〗
灰を被った娘は、誰からも「シンデレラ」と呼ばれていた。継母と義姉たちは彼女を召し使いのように扱い、冷たい台所で眠らせ、粗末な服しか与えなかった。けれどシンデレラの瞳はまだ希望を失っていなかった。
ある夜、城で舞踏会が開かれると聞いた。義姉たちが華やかな衣装で出掛けた後、シンデレラは暖炉の前で泣いた。そこへ魔法使いが現れ、彼女に美しいドレスと硝子の靴を授けた。ただし、魔法は《《真夜中まで》》しかもたない。
シンデレラは舞踏会で王子と踊り、誰よりも輝いて見えた。やがて鐘が鳴り、魔法が解ける前に逃げ出した彼女は、片方の硝子の靴を落としてしまう。
――その靴が、彼女の運命を狂わせた。
王子は靴を手がかりに花嫁を探し、ついにシンデレラを見つけ出した。靴は彼女の足にぴたりと合い、城へ迎えられる。
けれど、そこからが物語の歪みだった。
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王子は彼女を妻に迎えたものの、次第に不安を抱くようになった。
――なぜ彼女は、靴が合うだけで「真の花嫁」だと言えるのか?
――舞踏会の夜の彼女は、魔法にかけられた幻だったのではないか?
城の人々も囁いた。
「本当にあの娘が王妃にふさわしいのか」「貧しい召し使いにしか見えない」と。
シンデレラは必死に努力した。礼儀を学び、言葉遣いを改め、笑顔を絶やさぬようにした。けれど王子の瞳には、舞踏会の幻の彼女だけが映っていた。
ある晩、王子は囁いた。
「本当に君は、あの夜の姫だったのか?」
シンデレラは答えられなかった。魔法の真実を語れば、全てが崩れてしまう気がしたのだ。
疑念に苛まれた王子は、彼女を冷たく突き放すようになった。やがて義姉たちが城に招かれると、彼女たちは甘言で取り入り、王子の心を揺さぶった。
シンデレラは孤独になった。硝子の靴だけが、唯一の証だった。
――けれどある朝、その靴が粉々に砕け散った。
王子は告げる。
「もう君を信じる証はない。出て行け」
シンデレラは城を追われ、再び灰にまみれた生活に戻った。だが継母の家にはもう居場所はなく、街の人々も彼女を冷笑した。最後に残ったのは、足に食い込んだ硝子の破片だけ。血を流しながら歩く彼女を、誰も振り返らなかった。
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朝焼けの中、シンデレラは倒れ込み、静かに息を引き取った。灰に覆われたその姿は、最初から何一つ変わってはいなかった。
――灰かぶり姫の物語は、夜明けと共に終わったのだ。
また誤字脱字があったらすみません。
〖薔薇の棘〗
昔々、ある町に美しい娘がいた。名をベルといい、その優しさと聡明さで誰からも愛されていた。
ある日、彼女の父が森で道に迷い、不思議な城へたどり着いた。そこで一輪の薔薇を折ったとき、恐ろしい野獣が現れた。
「その薔薇の代価として、お前の命を貰う」
父は震えながら命乞いをし、ついに娘ベルが身代わりとなることを約束した。
ベルは城へ赴き、野獣と共に暮らすことになった。野獣は恐ろしい姿ではあったが、彼女に贈り物を与え、優しく接した。やがてベルも少しずつ心を開いていった。
――だが、呪いは思った以上に深かった。
城は夢のように美しかったが、廊下の影には囁きが響いた。
「ここから逃げてはならぬ」「薔薇が枯れれば、お前も共に死ぬ」
ベルは家族に会いたいと願い出た。野獣は苦悩の末、数日の猶予を与えた。ただし、「必ず戻ること」を条件に。
---
だが家に帰ったベルは、家族の涙に引き止められ、城に戻ることができなかった。夢の中で野獣の呻き声を聞いても、足は重く、森へ進むことができなかった。
やがて薔薇は散り、最後の花弁が地に落ちた。その瞬間、城全体が呻き声をあげて崩れた。野獣は人間に戻ることなく、血と牙のまま絶叫し、石の下敷きとなった。
ベルは必死に駆けつけたが、瓦礫の中から伸びた巨大な腕に捕らえられた。
「…どうして戻らなかった」
その声は怒りとも悲しみともつかぬ響きだった。次の瞬間、棘のように鋭い爪がベルの胸を貫いた。
血の中で彼女は息絶え、野獣もまた城と共に朽ちた。
森には跡形も残らず、ただ風に散った薔薇の花弁だけが漂った。
――その花弁に触れた者は、やがて「愛する者を裏切る夢」を見ると言い伝えられている。
〖塔に絡む髪〗
昔々、ある夫婦がいた。子を授かった妻が、隣の庭に生えているラプンツェルという草をどうしても欲しがり、夫はこっそり盗みに入った。だが、その庭の主は恐ろしい魔女だった。魔女は怒り、罰として生まれてきた娘を奪った。娘の名はラプンツェル。彼女の髪は黄金のように美しく、やがて塔の中に閉じ込められ、外の世界を知らぬまま育った。
「ラプンツェル、髪を下ろしておくれ」
魔女はその長い髪をよじ登り、塔へ通った。
ある日、一人の王子が塔の歌声を聞き、その美しさに心を奪われた。やがて王子は魔女の真似をして髪を登り、ラプンツェルに出会った。彼女もまた、初めて見る外の人間に心を寄せた。秘密の逢瀬を重ね、二人は塔からの逃亡を夢見る。
──だが、魔女は気づいていた。
「この裏切り者め」
魔女はラプンツェルの髪を切り落とし、彼女を荒野へ追放した。
王子が塔を訪れると、待っていたのは切り落とされた髪と、魔女の嘲笑だった。王子は絶望のあまり塔から身を投げ、茨に目を潰されて彷徨い歩く。
一方、ラプンツェルは荒野で孤独に過ごした。飲む水もなく、食べ物もなく、ただ切り落とされた髪を抱いて泣き続けた。
──それでも、王子は彼女を探していた。
盲目のまま彷徨い続けた王子は、やがて荒野に横たわるラプンツェルの亡骸を見つけた。髪に絡みつかれた彼女は、すでに冷たくなっていた。
王子は泣き叫び、ただ暗闇の中で彼女を抱き締め、静かに息絶えた。
---
塔は今も森の奥に立ち、風が吹く度に切り落とされた髪が揺れている。まるで二人を絡め取った呪いが、永遠に解けないことを告げるかのように。
〖笛の音が消えた町〗
昔々、ドイツの町ハーメルンは鼠の害に苦しんでいた。穀物は食い荒らされ、病が広まり、町は滅びかけていた。
そこに一人の男が現れた。長い外套を纏い、奇妙な笛を持つその男は、町の人々に告げた。
「この笛で鼠を追い払ってやろう。ただし、報酬を頂く」
人々は約束した。
「金貨を山ほど払おう。町を救ってくれ」
男が笛を吹くと、不思議な旋律が響き渡り、町中の鼠がうねりをなして集まった。川へと誘われた鼠たちは次々に溺れ、町は一夜にして清められた。
だが──町の人々は約束を破った。
「ただの笛吹きに大金を払うものか」
彼らは男を嘲り、門前払いにした。
男の瞳に冷たい光が宿った。
数日後、再び笛の音が響いた。だが今度は鼠ではなく、町の子供たちが目を輝かせ、男の後を追った。笛の旋律に酔いしれた子供たちは、笑いながら町を出ていった。
「やめてくれ!」
親たちは叫んだが、子供たちの耳には届かない。笛の音は甘く、抗えぬほど魅惑的だった。
やがて男と子供たちは山の中へ消えた。
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山の洞窟で笛の音が止むと、子供たちは我に返った。そこは出口のない闇だった。子供たちは泣き叫び、壁を叩いたが、笛吹き男はただ冷たく微笑んでいた。
「約束を破ったのは、大人たちだ。だが代償を払うのは──お前たちだ」
闇の奥から、かつて溺れたはずの鼠たちが群れをなして現れた。飢えた牙が子供たちに食らいつき、泣き声は絶望の悲鳴へと変わった。
やがて洞窟には静寂だけが残った。笛吹き男は再び笛を吹き、何事もなかったかのように町を遠ざかった。
ハーメルンには子供の笑い声が二度と戻らず、大人たちは朝も夜も沈黙の中で暮らした。
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風が吹く度、遠くから笛の音が響いた。それは約束を破った者の耳にだけ届く、呪いの旋律だった。
〖血に染まる桃の子〗
昔々、川を流れる大きな桃から、一人の赤子が生まれた。老夫婦はその子を桃太郎と名付け、慈しんで育てた。桃太郎は健やかに育ち、並外れた力と真っ直ぐな心を持った。
やがて村に鬼が現れた。夜ごと山から下り、畑を荒らし、財を奪い、村人を連れ去った。嘆きに沈む人々を見て、桃太郎は決意した。
「僕が鬼を退治してくる」
腰に刀を差し、きび団子を携え、犬・猿・雉を従えて鬼ヶ島へと向かった。
海を渡り、炎のように赤い夕暮れの中、鬼ヶ島が姿を現した。そこには黒煙を上げる砦、唸り声を上げる鬼たち。仲間と共に桃太郎は叫んだ。
「悪しき鬼ども、覚悟せよ!」
犬は吠え、猿は牙を剥き、雉は鋭い嘴で鬼の目を突いた。桃太郎は剣を振るい、次々と鬼を斬り伏せた。血が地を流れ、悲鳴が島に響き渡った。
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やがて鬼の頭領が倒れた。その胸に剣を突き立てたとき、頭領はしわがれた声で言った。
「…どうして…我らを…」
桃太郎は剣を握り直した。
「お前たちは村を襲い、人を苦しめた。それを止めるためだ!」
だが鬼は血に濡れた手を伸ばし、虚ろな目で彼を見た。
「我らの島は、飢えと渇きに潰された…子らは餓え、親は倒れ…人の里に助けを乞えば、石を投げられ…追い払われ…だから、奪うしか…なかったのだ…」
その声はやがて消え、重い沈黙が砦を覆った。
桃太郎は剣を落とした。目の前に横たわるのは「悪しき鬼」ではなく、飢えに追い詰められた者たちの屍だった。彼の手は血に染まり、その血は温かく、まるで自分自身の命を奪ったかのように思えた。
「これは…正義だったのか…?」
犬も、猿も、雉も、返事をしなかった。気づけば彼らの姿はなく、代わりに砦の奥には、飢えた鬼の子らが震えていた。その瞳には怯えと憎しみが入り混じっていた。
桃太郎は膝をついた。やがて島全体が炎に包まれ、煙が天を覆った。鬼ヶ島を滅ぼしたのは桃太郎だったが、その胸には何一つ誇りは残らなかった。
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川面には再び、大きな桃が流れ着いた。だがその桃は甘き実ではなく、血に染まり、割れた中から滴るのは赤黒い汁だけであった。
リクエストで頂きました、「日本昔話」をテーマに執筆致しました。
リクエストを下さった方、ありがとうございます。とても嬉しかったです。もし期待にそぐわない作品でしたら本当に申し訳ありません。
しばらくこのテーマで書いていく予定でいます。
〖灰に消えた友〗
昔々、山里に心優しいお爺さんと、その妻が暮らしていた。お爺さんは働き者で穏やかだったが、欲深いお婆さんは日ごとに口うるさく、心は荒んでいた。
ある日、お爺さんが山へ芝刈りにいくと、一羽の小さな雀が近寄ってきた。
「ちゅん…ちゅん…」
お爺さんは憐れんで米を分け与えた。雀は嬉しそうに鳴き、お爺さんの肩に留まった。それからというもの、雀は毎日のようにお爺さんのもとに通い、孤独な彼にとってかけがいのない友となった。
だが、お婆さんはそれを快く思わなかった。
「雀なんぞに米をやるから、米びつが減っていくんだ!」
怒り狂ったお婆さんは、ある日雀を捕らえ、容赦なくその舌を切り落とした。血を吐き、鳴き声を奪われた雀は、山の彼方へ飛び去った。
その知らせを聞いたお爺さんは、涙を流した。
「どうか、あの子にもう一度会いたい…」
山道を辿り、深き森を越え、お爺さんはやがて雀の宿にたどり着いた。そこには無数の雀たちが集い、舞い踊り、優しく彼を迎えた。舌を失った小さな雀も現れ、震える羽を広げてお爺さんの胸に飛び込んだ。お爺さんは涙を流し、その身を抱き締めた。
別れの時、雀たちは礼として二つの葛籠を差し出した。
「大きいものと小さいもの、どちらかをお持ちください」
お爺さんは迷わず小さい葛籠を選び、家に戻った。
葛籠を開くと、中には黄金や宝が溢れていた。お爺さんは喜んだが、それを見たお婆さんは欲望に目を輝かせた。
「わしも雀の宿に行く!大きな葛籠を貰ってくる!」
そうしてお婆さんは山に入り、雀の宿を見つけ、大きな葛籠を選んだ。だが欲に塗れたその手に渡された葛籠は、ただの宝ではなかった。
家へ持ち帰り、蓋を開けると──中から笑われたのは黄金ではなく、牙を剥く鬼、腐り落ちた骸骨、毒蛇の群れであった。お婆さんは叫び声を上げる間もなく、群がる影に飲み込まれた。
残されたのはお爺さんと小さな雀。だが幸福は長く続かなかった。
---
黄金の宝は村人たちの噂を呼び、やがて盗賊が押し寄せた。
「宝を寄こせ!」
お爺さんは抗う術もなく、血を流し、雀を守るために命を落とした。
雀は鳴けぬ喉で声なき叫びを上げた。肩を失った雀は山へ逃げ戻り、二度と人里には現れなかった。
やがてお爺さんの家は朽ち果て、宝は奪われ、村人の記憶からも二人の名は消えていった。
ただ山奥で、舌を失った雀の鳴き声の幻が、風に混じって聞こえるという。
これにて書き溜めが尽きてしまいました。暫くネタが思い付くまで更新頻度が遅くなってしまいます。
このシリーズは結構嬉しいコメントを頂けるので、本当に申し訳ないです。
大まかな内容でも何か案があれば良ければよろしくお願いします。