編集者:Ameri
ひょんなことから謎の男シイ・シュウリンに連れられ、異世界へとやってきた高校生、落安零。転移先での仕事は、まさかの殺し屋で…?!
余多の事件に巻き込まれながら、彼は無事この異界の地で生き残ることができるのか…?!!
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目次
第1話「Welcome to 混沌」
この作品はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
その街は異様に大きい喧騒が飛び交い、華やかさと妖しさ、そしてえもいわれぬ恐ろしさが混沌として混ざり合っていた。 名に違わぬ混乱は、この街、いや国全体を日常茶飯事のように取り巻いている。
これで良かったんだ。こうでもしないと、僕は生きていけなかった。そう、自分に言い聞かせる。不安で、足元が歪んだ気がした。
「ホントに良かったんだよな?オレのこと助けてくれた命の恩人の頼みだから、連れてきたけど」
はい、と答えた声はきっと震えていただろう。早鐘を打つ心臓は、今すぐ戻った方が良いと警告するようだ。
「…そっか。零くんがそう言うなら、オレはそれを信じるよ」
男が微笑する。その瞳には心配の色が宿っていて、酷く申し訳ない気持ちになった。
不気味な路地に足音を響かせぬよう、ゆっくりと足を踏み出す。少しでも物音をたててしまえば、路地の暗闇に潜む何かに見つかり、そのまま喰べられてしまうような気がしたのだ。
この国は|混乱的城市《フィンランデ・チャンシィ》だと彼は言う。氷と戦の国、恐らく亜寒帯湿潤気候で、死ぬほど治安が悪い。中国語によく似た言語で話す彼は、僕の知らない国を沢山僕に語った。
普通なら頭のイカれた野郎の戯言と流す言の葉は、僕の見る景色全てで現実味を帯びてゆく。肌にまとわりつく冷気は、影の満ちた路地裏にいるからと言うわけではないだろう。
「あとちょっとで、内閣地区内でいっちゃん栄えてる[|繁华的市场《ファンファーデ・シーチャオ》]に出るかんね。ユーカイされないように気をつけなよ〜なんちゃって」
「随分と、物騒なんですね…」
角を曲ると、目の前に光が差し込む。心なしか、喧騒も大きくなっている気がする。
(…や、やっぱり不安!!!なんで僕着いてきちゃったんだろう…!!)
ぎゅ、と下唇を噛む。こうでもしないと、情けない本音が口から出てきそうだった。
---
|落安零《らくあんれい》は、少し風変わりな、けれど何処かにはいそうな高校生だ。常に暗い顔をしていて、俯きがちで、敬語で喋る、如何にも自分に自信の無い男子である。
臆病な彼を異世界まで引っ張ってきた男はシイ・シュウリンという。こちらは打って変わって、明るく気さくで正に太陽のような男だ。彼は自身を混乱的城市の出身だと言っているが、真偽は不明である。
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治安が悪いと言ったって、まぁそれほどでも無いだろうと舐めていた。でも、路地を歩くだけでわかる。この国は、僕がいた日本とは比べ物にならないくらい治安が悪くて、殺伐としている。これまでぬくぬくとした環境で生きてきた僕としては、もうすでに来たことを後悔していた。ええ、そうですよ。帰りたいですが、何か?
ぐずぐずと心の中で愚痴を言っている間に、長く感じた路地に終わりがやって来た。まだ全然心の準備が出来ていないから、もうちょっと遅れて来てもよかったのに…。
暗かった路地裏から出たことで視界が一瞬で明るくなり、反射的に目を瞑る。恐る恐る目を開くと、そこには正に中華街といった風な街並みが広がっていた。
街中には不思議な服装の人が各々好き勝手歩いている。鮮やかな赤色ときらびやかな金色、それらを引き立てるような深緑は僕の目を刺すようにあちこちに散らばっている。
「ね、見た感じ怖くないっしょ?まぁ治安は悪いけどさ、良いとこなんだよ」
確かに、一度だけ見たあの街と殆ど大差無かった。強いて言うなら、足元のゴミが多いくらいだろうか。…本当に多いな。煙草や食べ物の包み紙…ひ、避妊具まで…?!
見てはいけないものを見たようで、すぐに視線を上に戻す。その様子を見ていたのか、男…シイさんは、可笑しそうにカラカラと笑った。腹が立ったが、何をされるか分からないため一緒に笑っておく。絶対に僕の顔はひきつっていただろう。
「とりあえず連れてきたけど、家どうする?一応戸籍はこっちで用意できるけども」
さらっととんでもない言葉が聞こえてきた気がするが、さほど重要ではないことのため敢えてそちらは聞き流した。自宅どころか、この世界に来て何をするかさえ決めずに来てしまったなぁ…と、一人途方に暮れる。
家を借りるにもお金が無い。であれば、住み込みバイトでも探すべきだろう。その旨をシイさんに話すと、凄く微妙な顔をされた。え、なんだその顔。
「…零くんの世界ではどうか分かんないけどさ、こっちの世界だとね、住み込みの仕事って言うのは…」
言葉を濁されたあと、チョイチョイと手招きされる。近くに寄ると、耳元に顔を寄せて小声でこう伝えられる。
[…大体は《《そういう》》お店が殆どで、あとは軍とか、最悪人攫い目的の…]
「…止めときます。ありがとうございます」
「それが良いと思う…ゴメンね、ウチの治安が悪くって…これでも良くなったんだけど」
この国本当に大丈夫なのだろうか。あまりにも治安が悪すぎるし、それで良くなった方と言うのも些か信じがたい。
ならばどうするか。まさか、家無し生活…???何度か家の外で寝たことはあるが、流石に何日も続けては辛い…と、不安になる。何かアドバイスは無いかとシイさんの顔を見ると、やけにニヤニヤしていた。何が楽しくて笑ってんだコイツ。
「オレに良い案があります…!!!」
「…何ですか?」
息を吸って、吐く。そしてまた吸って、吐いて、吸って…
「…タメが長い!!…あっ」
つい本音が口から…怒っていないだろうかとシイさんの顔を見る。…なんだか、さっきよりもニタニタしている。なんだコイツ…
「へへ、零くん全然本音で話してくれなかったからちょっとイジワルしたの、ゴメンね」
ミリも悪いと思ってない顔だな…と呆れる。いや、それよりも早く言って欲しい。
いくらふざけた野郎だとはいえ、この世界には詳しいだろうし、恐らく僕よりもマトモな大人だ。どんな解決策があるのだろうか…
聞いて驚くなよ~?と、いらない前置きを挟まれる。なんというかこう、話が長い、面倒なタイプらしい。不安になってきた…
「その案がね、オレと一緒に住むってやつ。衣食住完備ですが、どうでしょうか!!」
何を言われたのか、上手く理解できなかった。聞き間違いのような気がしてもう一度聞くが、どうやら僕の耳は正常だったらしい。
良くないと分かっている。本音を出して刺激してはいけないと分かってはいるが、さすがにこれは言わざるを得なかった。
「…正気か???」
「ん?勿論!!」
前言撤回だ。コイツ、この国に負けず劣らずイカれてる。こんな大人に着いてきたことを、僕は今更ながらに後悔した。
(こんな国で、こんなイカれた奴と一緒にいて、本当に僕はマトモに生きていくことができるのか…?)
◇To be continued…
【次回予告】
「さ、最悪だ~…!!!」
「堂々とした浮気じゃんね(笑)」
「…お二人と…一緒に、住みたい…デス…」
第2話「新居は同居人付き」
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
シイ・シュウリンに連れられて、異世界へやって来た現役男子高校生の落安零。
住む所が無く困り果てた零にシイが出したのは、まさかの「自分と同居しないか」という提案だった。
目の前が暗くなりそうだ。いやもう、今すぐにでも目をつぶって現実逃避したい。
信じがたい発言をした当の本人は、呑気にニコニコしながら僕の返答を待っている。もしかしたらこの人、馬鹿なのかもしれない。否、もしかしたらじゃない。確実に馬鹿だ。
「どう?良くない?ね?良いっしょ?」
「…乗り掛かった船が燃え盛る豪華客船だった気分ですよ」
「?ゴーカキャクセンってどゆこと?」
「最悪な気分だってことです」
「マジか。駄目かぁ」
何で了承されると思ったのか分からないが、とにかく自信があったらしい。本当に、何で良いって言うと思ったんだ…???目の前の彼は彼で想定外だったのか、今にもあちゃぁと言いそうな顔をしている。
「…あ!そうだっ!!!」
「何がそうだなんですか…?」
不安だ。シイさんは子供のように顔を輝かせ、良いこと思い付いちゃった~♪と言っている。顔が。
せめて、その良いことがさっきみたいにイカれた提案ではなく、ちゃんとマトモな提案であることを祈るが…
「オレと一緒に住んでる奴がいるから、もし零くんがオレと一緒に住むなら、ソイツとも一緒に住むことになるの!どう?!」
「さ、最悪だ~…!!!」
顔を覆う。目の前で眩しいほどの笑顔を称えている|シイさん《すごいバカ》の襟を掴みたいくらいだ。
本当に原理が理解できない。思考回路の仕組みが違うのだろうか??それとも、なんだ、まさかコイツ宇宙人だったりしないか?実は、中国語を話しているフリをして、全然別の言葉を話しているのかもしれない。
当の本人は、僕の本音が聞こえなかったかのようにまだアピールポイントを列挙している。飯が旨いのは分かったから、せめて同居人がどういう人かなのかくらいは教えて欲しい。
「だからね~、怪我とかしたらすぐに」
「シイ?!!!」
鼓膜が破れるかと思ったくらいに、大きな声が聞こえてくる。声の主を探すと、シイさんくらいの背丈の男がいた。…誰?
名前を呼んでいたし、まぁ恐らく知り合い…なのだろうが、それにしたってえらい驚きようだ。今にも目が溢れ落ちそう。
「…あ!フーゾ!!!フーゾじゃん!!!わーいおひさ~!!!」
シイさんがその人の方へと走り出す。いや、僕を置いていかないで欲しい。一応ここ僕にとっては異邦の地だし、不安なんだけれど…と思いながら、シイさんの後に続く。彼の側を離れて拐われるのも癪だ。
と、目の前でシイさんがフーゾと呼ばれた男に抱きついたので、思わずギョッとする。確かにシイさんはスキンシップ激しい感じしたけれど、さすがにこれは相手さん嫌じゃないのか…?と心配になる。
「んも~人前~。俺は良いけどさ。可愛すぎるから控えてよ」
「へへ、|对不起《ごめんなさい》♪」
(可愛すぎる…???変なノリなんだな…)
二人はまるでバカップルのようにイチャ…仲良くしている。相手も満更じゃなさそうだ。…そして、絶対に僕のことを忘れられている。物凄く気まずいが、二人の空気を邪魔するのも申し訳なくて、スッと気配を殺した。
「あ、紹介すんね。コイツフーゾ、オレの同居人で、零くんと一緒に住むヤツ♡」
「え、どゆこと?」
(コイツか~…!!!!)
せめてマシな人だったら良かったのにと、天を仰ぎそうになる。あと、話通してないのヤバすぎるだろ。せめて言ってあげろよ。
「え~?スーツ着てるってことはこのコ男でしょ?堂々とした浮気じゃんね(笑)俯いてて顔見えないし」
「いやフーゾ、安心して欲しい。絶対に気に入るから。ほら零くん!|让我看看你可爱的脸《カワイイ顔見せて》!」
誰が可愛いだ、誰が。ふざけた呼びかけに応じるのは癪だが、ここで抵抗してもどうせ疲れるだけだろうと思い、顔を上げる。うぅ、身長が高い…
と、フーゾ?さんがこちらに顔を寄せてきた。すごく近い。ガチ恋距離というやつだろうか、勘弁してくれ。
「え~、かわいいじゃん。何このコ、どこで拾ってきたん?」
「あーね、それ話したら長くなるから一旦家行こ〜」
「え、ちょ」
シイさんの謎の美的センスで僕が可愛い扱いされていると思っていたのだが、もしかしたらこの世界では僕みたいなのが…その、可愛いのかもしれない。美醜逆転というやつか。
いやそれより、なんでもう同居する流れになってるんだ。僕は別に良いなんて言ってないのに…この人たち、強引すぎやしないか?
逃げるわけにも行かず_更に手首まで捕まれたので_大人しく連行されることにした。絵面だけ見たら完全に犯罪だ。
「こちらが、零くんの住むおうちで~す!」
「いえ~いパチパチパチ」
いつの間にか入居することになっていた家の前まで連れていかれた僕は、あれよあれよと家の中に入らされてしまった。シイさんの手首を掴む力が強すぎて、若干痕が残っている。馬鹿力め…
腹立つ顔で手をひらひらさせているシイさんと、やる気のない拍手をしたフーゾさんに両脇を挟まれながら家の中を"無理やり"内見させられる。
僕の家より若干広く2階建てだったその家は、隅々まで掃除が行き届いていてさながらモデルハウスのようだった。
「ね、綺麗でしょ?俺は別にこだわりとか無いんだけど、シイが綺麗じゃないと落ち着かない!って」
「いや、普通に綺麗な方が良いだろ?」
(案外几帳面…なのか…???)
俺は別にそういうの気にしないんだけどね、とフーゾさんは笑った。その人の良さそうな笑い方につられて、僕も少し笑ってしまう。頭は可笑しいけど、良い人かもしれない。…そんなわけないか。うん。
「んで、料理は今のところオレら二人で分担してんの。味の好みおんなじだから別に困んないんだけど、もし好きじゃなかったら言ってね」
「掃除はシイが、洗濯は俺がやってる。買い出しは予定空いてるヤツが行ってるから、特に分担は決まってないよ」
「お二人ともそれぞれ曜日ごとに役割を分けているんですね…」
今僕は、シイさんとフーゾさんに、この家でのルール等を教わっている。あまりにも懇切丁寧な説明をされるものだから、こちらもしっかり聞かなければいけないような気がしてしまったのだ。
「そそ、零くんは別にお手伝いしてくれても良いし、やんなくてもいいよ!」
「服とか欲しいものあったら言ってくれればなんでも買ったげるし、仕事も…まぁ…口添えはできるよ。やんなくてもいいけど」
「…その、もしそれらをやらなかった場合って、他に僕のやることは…」
「「ないよ」」
(僕は何もするなってことか…???)
仕事で危険な目にあうかも、とかは確かに不安だが…包丁で怪我するかもに関しては馬鹿にされているような気がする。さすがに料理くらいはできる…はず。やったことないけれど。
「まぁ、そういうのって追々考えてけば良いし。まずはこっちの空気に慣れてもらわんと」
「そうそう。焦りは禁物だよ」
「そうですか…」
それならまぁいいかな…と言いかけていた自分がいたことに驚く。何を言っているんだ。危うく流されるところだった。
そもそも前提がおかしい。僕は確かに家を探していたが、でもそれはあくまで一人暮らしをするためだ。決してこの人たちと住むわけではない。あまりにも話が早すぎて忘れていた…。
だが、はたと気がつく。ここで断ったとして、その場合僕はどうなるんだ?
まぁ普通に考えたら家無し…だよな。さすがに僕の我儘でお金を払ってもらうのは…うん、申し訳ない。そもそも、この人たちって何してる人なんだ…???
こんな家を持っていて、僕の欲しいものもなんでも買うと言えて、戸籍も用意できるような人って、それってつまり、反社…?そんな人たちを怒らせたら、まぁ恐らく…否、確実に何か宜しくないことが起こるはずだ。それこそ"住み込みの仕事"であったり、最悪の場合、なんか…こう…奴隷みたいな…??
「…おーい、おーい?零くん、聞いてる?」
「めちゃくちゃ考え込んでるけど、やっぱ無理があったんじゃない?」
「えーそう?良い案だと思ったんだけど」
「ガチで?」
「え?」
「…__す__」
「「す?」」
「…お二人と…一緒に、住みたい…デス…」
◇To be continued…
【次回予告】
「もしかして零くんって旧世界のコ?」
「ほう、実に興味深いな」
「…零くん疲れたよね、おやすみ」
第3話「Boy Meets Führerin」
この作品はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
シイ・シュウリンとその友人らしき男フーゾに連れられ二人の家に向かった落安零。
素性の分からない二人の提案を断るリスクを恐れた彼は、二人と同居することを選んでしまった。
「や~良かった良かった!やっぱオレの考えは正解だったな!」
「いや、全然そんな感じしないけどね(笑)まぁいいや。んじゃよろしく零くん」
「はい…」
結局、二人になにされるか分からなくて了承してしまった…なんと押しに弱いのだろうか、僕。
そんな僕の気も知らずにご機嫌な様子の二人は、今後のことを話し合っている。確かに僕は何をされるか分からなかったから頷いたものの、彼らにも事情はあるはず。考えることを増やしてしまって、申し訳ない気持ちになった。
「そういえばさ、零くんは結局どこから来たの?てか、シイも今までどこ行ってたの」
「あー、それ話さないとねぇ」
確かに、僕はフーゾさんからすれば全然知らないところから来た子供だ。シイさんだって、僕と一緒にいた時間この世界には居なかったということだし、行方が気になるのも当然だろう。てか、僕も気になる。ここは結局どういう位置にあるんだ。
「オレさ、実は《《リミネスト》》に巻き込まれてたんだよ。そんで、零くんとはそこで出会ったの」
(《《リミネスト》》…?なんだそれ…?)
「リミネスト??マジで???…え、なんでそんなことに巻き込まれたの?依頼?」
「いやなんか、不法入国したヤツ追っかけてたら遺跡の方まで行っちゃってさぁ…帰ろ~と思ったときに、急にふぁ~ってなったの」
(遺跡?ふぁ~って…)
「え~?こっちめっちゃ心配したんだけど。遂に死んだか?って噂になってたぞ」
「マ?誰だオレのこと勝手に殺したの」
軽快に二人の話が弾んでいくが、さっきから会話中にちょくちょく登場する「リミネスト」とやらは何なのだろうか。響きが少しだけドイツ語のReminiszenzに似ているが…確か、意味は追憶だったはず…いやでもここ中国語圏っぽいし…
「じゃあなぁに?もしかして零くんって《《旧世界》》のコ?」
「えー多分。最初知らん言葉話してたし」
(旧世界…旧世界…???いよいよ本格的に分からなくなってきたぞ……)
「まぁ真偽はともかくさ、それって他の…それこそ、研究者とかにバレたらマズくね?」
「確かに。良くて聴取、悪くて解剖だな」
「え???」
なんか、凄く物騒な言葉が聞こえた気がする。聴取???解剖???
話の流れでなんとな~くだが…もしかしたら、僕は何か、こう、今現在解明されていない謎の現象に関連している…のではないか?それこそ、タイムスリップのような…
シイさんと出会ったときのことを思い出す。確かあの時、シイさんは「旧世界」と言っていた筈だ。その後も見るもの全てに驚いたり、時々「過去なのに進んでるな~」と言っていただろう。もしかしたら、僕のいた世界はシイさんの世界にとって過去の世界のようなものではなかろうか。
(だとしたら、聴取とか、解剖とかは、まぁ納得できる…嫌だけど…)
「うーん、とりあえず『总统』にだけ会わせる?あの人なら、まぁ…口は堅いし」
「えー?その場で零くんぶっ殺されない?」
(物騒な言葉が聞こえる…)
というか今、总统って言ったか?总统って、確か…大統領?え、あだ名…だよな?
「いけるいける。もしぶっ殺されそうになったら力ずくで抑えれば良いし。どうせ戸籍とか作らなきゃいけないんだからさ」
「ま~それもそっか。よし!零くんお出かけするよ!」
「え、どこに行くんですか…??」
「ん~?まぁ、俺らの職場かな」
剣がぶつかり合う音や、弓が的に刺さる音、そして、恐らく激励の声が重なりあって耳を刺す。大きな門に高い塀、中央にそびえ立つ城らしきものは、厳かな雰囲気を纏っている。門番は二人、中にも訓練中とおぼしき人達が蠢いている。
(軍人、だったか…)
顔パスで入っていった二人の後に続きながら、己の判断ミスに静かに項垂れた。二人はそれぞれ何とか隊隊長と呼ばれていたため、恐らくは軍の、幹部のようなものだろう。
確かにそれなら大統領も納得だ。多分、この国は軍が政権を握っている。であれば、この人たち物凄い偉い人じゃないか。そら顔パスも通るし戸籍も偽造できるわ。人一人養うくらい朝飯前だろう。
(でも、軍人に逆らうってのも怖いし、僕の決断は間違ってなかった…と、信じたい…)
沈んだ気分を誤魔化すために、辺りを見回す。内装は想像通りで、武具や絵画、生けられた花が完璧な位置に置かれている。だが、こういった内装はどちらかというと西洋の方で見られるもののはず。未来となると、また変わってくるのだろうか…?
何回か階段を上り、長い長い廊下を歩いたところで、二人が立ち止まった。彼らの向き直る扉は、他のものより一際大きいというわけでもなく、変わったところもない。何故こんなところに…?
フーゾさんが扉をノックする。少し間が空いた後、扉越しに「入れ」という声が聞こえた。この声は、女性のものでは…?
「失礼します。補佐官フーゾです。シイ・シュウリンと…ちょ~っとワケありのコを連れてきました」
どうやら執務室のような所らしく、本棚やカウチソファ、資料ケースが横に控えている。そしてその中央には、立派な執務机が主を待つかのように鎮座していた。…あれ?なら、声の主は一体…?
「ここだ」
「うわぁっ?!!」
突然左側から声がしてきたため、驚いて情けない声が出てしまう。は、恥ずかしい…
「ふふ、良いリアクションだ。しかし、また連れてきたのか。えー…リンぶりか?」
「そそ。これでもリンより全然歳上なの。えーと、今18だったっけ?かわい~よねぇ」
「あ~じゃあ6歳差かぁ。リンくんもこんくらいになりますかねぇ」
(リン…??僕と同じような子なのだろうか…)
僕の左側にいた人が、前に出てくる。…声からもなんとなく予想はしていたけれど、なんというか、少女すぎないだろうか…???
「ボスよりも2歳上なんですよ」
「ほう?随分と童顔だが、私より年上か」
「え…ということは、もしかして16歳…?」
「ああ、違いないぞ」
彼女がボスと呼ばれていることも驚きだが、何よりも年下なのに、こう…凄まじいオーラのようなものを感じる…。品のある佇まいだし、これは…ボスって呼ばれてても可笑しくないかもなぁ…と納得してしまう。
(…ん?でも待てよ。彼女がボスと呼ばれているということは…つまり、彼女はこの国の大統領ってこと…?!!!)
信じがたい。僕の世界ならまだ中学生くらいではないのか?そんな少女が、一国を背負うなんて。今更ながらに、僕は本当に異世界に来てしまったのだな、と実感した。
「…つまりシイ。お前はリミネストに巻き込まれて、帰ってくるときに現地の住人を引っ張ってきた、ということか?」
「そーなの!名前はねぇ…えーと、何零くんだっけ?」
「あぁ、落安零という者です…お会いできて光栄です」
「こちらこそ。まさか旧世界の人類に出会えるとはな。人生何があるか分からないものだ」
椅子に座って見上げられているはずなのに、何故か見下ろされているような気分になる。一国の王と言われても納得できる覇気だ。
そういえば、この世界では僕のように名字が先に来るような人はいるのだろうか?いやでも、シイさんはすぐに零が名前だと分かってくれたから、存在するのかもしれない…
「申し遅れたな。私の名はクリス・ウィルダート。この国を統べるFührerinだ」
Führerin…?それって、ドイツ語のリーダー…だよな?大統領はPräsidentじゃ…
(いや、もしかして総統…?それなら意味も通じるはず…)
「あぁ、总统と言った方が通じるか?」
「いえ、どちらでも…ただ、訳し方に戸惑っただけですので…」
「ふむ…これは憶測だが、貴様のいた国では中簡語やドルヒェ語は使用されていなかったのではないか?」
「その通りです。僕のいた国では…ええと、|日本人《日本語》という言語が使われていました」
「日本語?変わった名前だなぁ」
「ほう、実に興味深いな…やはり未知の領域に足を踏み込むのは面白い」
どうやら、この世界では日本語は廃れているらしい。そらそうか、あんなわかりづらい言語わざわざ使わないだろう。…しかし、この感じだと英語もないのでは?
「それで、用とはなんだ?まさか、新たに手に入れた玩具を見せびらかしに来たわけではなかろう?」
「玩具て。そーじゃなくて、零くんの戸籍を用意してほしくてさぁ」
僕自身も半ば目的を忘れかけていたため、シイさんの言葉にハッとなる。そうだった、戸籍を用意してもらわないといけないのか。
「ああ、戸籍か。…了解した。あとで情報を送ってくれればすぐに作ろう」
「ありがとうございますボス…急で申し訳ないです」
「気にするなフーゾ。お前にはいつも私の右腕として役に立ってもらっているからな」
「どうも」
フーゾさんとクリスさんはどうやら上司部下の関係らしい。…が、シイさんは一体何者なんだ。もし仮に隊長だったとしたら、自分の上司にタメ口のヤバいやつということになってしまうし…
「てか良い加減、シイもちょっとは敬語使えよ。めっちゃ不敬だかんな」
「えーでも許してくれてるしなぁ」
ヤバいやつだった。なんて人だ、信じられない。上司とはいえ、自国の総統に馴れ馴れしいシイさんもそうだし、それを笑って許しているクリスさんも…割とどうかしてる。この人達のせいで、今の所この国にはヤバいやつしか居ないという認識になってしまった。
あの後少しだけ旧世界の生活をクリスさんに話して、今はシイさんたちに連れられて家に帰っている所だ。いつの間にか空はオレンジがかって来ている。
今日は、本当に色んなことがあった。異世界に転移してきて、知らない人と同居することになって、あと、国の総統とも会って話をした。そのせいで、急に疲労がやって来る。
「や〜、なんか色々大変だったけど、一旦は大丈夫そうでよかったぁ」
「俺も〜。零くんが可愛くてよかった」
嗚呼、なんか本当に眠たくなってきた。絶対に寝たらいけないんだけど、いけないのに…睡魔が…
「あ、そういえば零くんって兄弟とか…あら?」
「もしかしておねむかな…?」
う、倒れそう…ヤバい…
「あらま。寝ちゃった」
「え~シイよっかかられてんじゃん、羨ましいなぁ」
「これが信頼の差ってやつ」
「腹立つわ~…」
「…零くん疲れたよね、おやすみ」
◇To be continued…
【次回予告】
「そうそう、零くんもオレらと一緒に暮らすなら迷惑かけても良い!ってこと分かって欲しいよ。」
「僕に仕事させてください!お願いします!!」
「…ただ、もしこの仕事が無理なら、仕事をするのは諦めてくれ」
第4話「罪の味は蜜」
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
シイとフーゾに連れられ、彼らの上司であり混乱的城市を統べる総統のクリス・ウィルダートと対面した落安零。
どうやら彼はその帰りに、疲労から寝落ちしてしまったようで…
ぼんやりとした記憶が、僕を包み込む。
これは幼少期だ。まだ両親が優しくて、姉がいて、なにも怖くなかった頃。あの頃は、世界が輝いていた。
何時からだろう、両親が僕に嫌悪の視線を向けるようになったのは。
いつからだろう、家に誰かの怒号が響くようになったのは
いつから、姉は消えたのだったか
いつから僕は、こんなふうに…
---
慌てて飛び起きる。急いで布団から出て、それから、勉強、勉強をしないと。勉強ができないんだから、できるようになって、それでやっと価値があるんだから。
「零くん、落ち着いて。深呼吸して。ここには勉強机も親も居ないから」
起き上がろうとした体を抑えられ、背をさすられている。さすっているのはシイさんだ。そうだった、僕は今家に居ないんだと気がつく。
よく聞いてみたら、呼吸も可笑しい。多分吸いすぎ何だろうが、呼吸の正しいやり方が分からない。こわい。早く戻さないと。
「だぁいじょぶ、ゆ~っくりで良いからね。学校も無いし、勉強もしなくて良いんだよ。ここにいる誰も、零くんのこと責めないからねぇ」
ゆっくり、ゆっくりどうやって何をするんだっけ。何回も言われた筈なのに、何も思い出せない。思い出すのは、嫌なことだけ。
「零くん零くん、俺フーゾね。とりあえず息吐こうか。すー、はーのリズムで、いけそう?」
「う、はァッ、ひ」
「苦しくなるまで、い~っぱい息吸ってぇ…そうそう、上手。そしたら、息ぜ~んぶ吐こっか。大丈夫、急がないでいいからね。落ち着いて、零くんのペースでやっていこう」
「大変ご迷惑をお掛けしました」
「ヤバいシイ、なんか零くんが見たことない謝罪体制してるんだけど。正座かこれ??」
「あーね、多分土下座。なんかの書物でみた気がするし」
醜態を見せたことに対する恥ずかしさや、二人の手を煩わせてしまったことに対する申し訳なさ、不甲斐なさで涙が出てきそうだった。二人の顔を見たら確実に泣きたくなるから、顔があげられない。きっと、失望の目をしている筈だ。
「別に気にしなくて良いのにねぇ。事情もシイから聞いたしさ」
「そうそう、零くんもオレらと一緒に暮らすなら迷惑かけても良い!ってこと分かって欲しいよ。ホントにね」
もう既に迷惑をかけてしまっている場合はどうしたら良いのだろうか。二人とも、僕のことを気遣ってくれていることがひしひしと伝わってきて、非常に申し訳がない。こんな自分が情けなくて、また涙が出そうだ…
「零くん、朝ごはん作ったけど食べられそう?今からでもメニュー別のにできるけど」
「大丈夫です。本当にごめんなさい…」
「ありがとう、で良いんだよ~」
「はい、ごめんなさい…」
この世界に来てから数日が経った。僕は変わらず二人の家に住まわせて貰っていて、今のところ何も成せてはいない。
ずぅっと、ここに来たときから仕事をしなければならないな、と思ってはいた。だが、あまりにも二人が良いよ良いよと渋るため、なかなか強く言えずにいたのだ。我ながら言い訳がましいな…
正直なところ、僕みたいなのがマトモに仕事をできるのか?という不安はある。自分を高尚な存在だと思っていて、やること成すこと生意気で、そのくせ文句と言い訳ばかりとは父の言葉だ。全くもってその通りだから、己に腹が立つ。
そんなヤツがやれる仕事なんて、本当に限られてくるだろう。少なくとも、僕なら僕みたいなのは雇いたくないし、同じ環境で仕事をしたくない。
だが、このまま二人の脛を齧って生きるのはもっと最悪だ。そうなってしまえば、きっと僕はいずれ僕のことを殺すだろう。だからまずは、シイさんにその旨を伝えなければいけないのだ。
「え、ヤダ」
「えぇ…???」
開始早々却下されてしまったのだが、ここからどうすれば良いんだろう。即答だったぞ、逆転する未来が見えない。
というかこの人、数日前に仕事紹介できるとか言ってたじゃないか!!!せめて言ってることとやってることを統一して欲しい。いや、まぁ確かに、これは僕の我儘だけども…
「…一応、理由を聞いても?」
「危険だし。零くんが傷こさえて帰ってきたら、オレは悲しい」
「過保護な親???」
とんでもない理論が飛び出してきた。こりゃたまげた…じゃなくて、どうしてこんなに守られてるのかが分からない。本当に、何故。特に何もしていないのに…
「逆に何さ、零くんは今の環境で何が不満なのよ。衣食住もっと豪華にする?なんか高いモン欲しかったりするの?それともまさか…欲求不満???」
「最後に関しては本当に何でなんですか。…そうじゃなくって、その……何にも出来てないなって…」
「え、零くんはご自分が存在してるだけで癒しってことをお分かりでない?も~、愛情が足りなかったか」
「いや、いらないです…」
傷をこさえたら困るようなことって、それこそ商品価値が下がるくらいだよな…そうなると、この人は僕を売ろうとしているのか…?と考えて、すぐにその考えを振り払う。僕のことを連れ出してくれた人になんて失礼なことを考えるのだろう。売られることですら恩返しになるくらいお世話になっているのに。恩知らずが。
「自立したいんです。まだ僕はお金もないし、知識もないから、二人に迷惑かけちゃいますけど…でも、いずれは自分だけで生きれるようになりたいんです」
「れ、零くん~…!!!」
「だからお願いです。僕に仕事させてください!お願いします!!」
頭を深く下げる。勢い良く下げすぎて、腰がいたくなったし、ちょっとよろめいた。が、それでもぐっと立ち止まる。
「…そんなに言うなら、良いよ」
「本当ですか?!!!」
「うん…ただ、もしこの仕事が無理なら、仕事をするのは諦めてくれ」
「何の仕事なんですか…?」
「まぁなんだ、ちょっとした便利屋だよ」
生ぬるい水が頬につく。否、水ではなく血だ。目の前の光景に目眩がする。これは、何だ?絶叫は聞こえなかった。一瞬だった。一瞬で人が倒れて、きっと、死んだ。吐き気がする。ぐっと堪えて、堪えて、口が酸っぱくなった。それでもなんとか堪える。
本当に、後悔ばっかりだ。シイさんに連れられてやって来たのは、あの日とはまた違う、されどよく似た路地裏だった。そしてそこで、シイさんは《《仕事》》を始めると言って、そして、やって来た人を殺したんだ。
平然と人を殺したシイさんが恐ろしくて、彼と目を合わせたくないがために、顔は上げられなかった。でも、顔を上げても上げなくても、視界は最悪だった。血だまりが、僕の靴を濡らしている。あ、手だ。手が、僕の足首を、掴んだ。死んでなかった。
「あ、う」
「零くんにきたねぇ手で触んなよ」
手は蹴飛ばされた。そのまま踏まれる。踏んだのは、シイさんだ。何かが折れる音がして、微かに呻き声がする。獣みたいだ。
「…零くん、手ェ出して。…ほら、手」
差し出された手に、反射的に手を乗せる。そのまま手を開かれて、血のべったりついたナイフが乗せられた。
「これ」
「刺して。どこでも良いから」
刺它。刺して。何を?シイさんの指は、息も絶え絶えに倒れる彼を指している。言葉が、上手く理解できない。
|「选择权在你手中。《 今すぐ選んで》|现在就刺死他、《アイツを刺すか》|否则就永远被锁在家里《ずっとオレの家にいるか》。」
「あ、あ」
「|你想让我做什么?你现在是纯洁的。《どうする?今ならまだ、清いままだよ》」
手が震える。こんな地獄みたいな、最悪な光景、見たくなかった。見るって分かってたら、言わなかった。いや、来すらしなかった。それなのに。
呼吸が荒くなっていく。それでもシイさんは、ぐっと色の濃い橙赤色で僕を見つめたままだ。僕の息づかいと、微かな呼吸が路地裏を跋扈する。今すぐここから逃げたい。
「…やっぱりムリだよね。止めようか」
シイさんがまた、いつもの優しい目に戻る。失望も何も含まない、純粋な優しさだ。その目を見た途端、僕の中で何かが弾けた。
足を踏み出す。靴の赤が、より鮮やかになっていった。シイさんが僕を引き留めたが、止まるつもりは毛頭ない。
至近距離に行くと、微かに何かを呟いていることに気がつく。帮我、我不想死と、経のように呟いている。
心を殺す。シイさんの焦ったような怒号が聞こえるが、何故か遠いところの声のように感じた。
震える手を押さえつける。いつの間にか呼吸は落ち着いていた。目線を彼の胸元に移す。見逃さないように、罪を認めるように。
(こんな世界、来なきゃ良かった。…でも、来なかったら、もっと良くなかった)
これは、逃げた僕への罰だ。現状を変えることを諦めた僕に対する、バチなんだ。そう言い聞かせる。そうでないと、何故自分だけこんな目にあうのかと、可笑しくなってしまいそうだった。
息を吐く。世界が、静寂に包まれた。僕は、振り上げた手を勢い良く下ろす。
--- その日僕は、初めて人を殺した。 ---
◇To be continued…?
第Ⅵ話「雨に散る君」
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
総統であるクリスに頼まれ、シイと共に軍の仕事を手伝うことになった零。零は何やらただならぬ雰囲気を纏うクリスや、セオリー通りではない作戦に胸騒ぎを覚えるが…
軍の手伝いと聞いてどんな大変な仕事なのだろうかと身構えていたが、僕達に任されたのは本当に「お手伝い」程度のものだった。
任されたのは「軍と連携した情報のやり取り」と「スパイの捜索」。だが、情報というのは戦争に関する機密でもなんでもなく、世論の方。まぁ当然と言えば当然だ。公認とはいえ僕は殺し屋、しかもぽっと出なのだから。
「戦争をすれば当然国内は荒れる。その時の鬱憤がいつ私達を襲うか分からないからな。世間の声を聞くのもまた、私の役目だ」
なんでも、戦争でかかりきりになってしまうため国内のトラブルの対処は後手に回ってしまうそうだ。そのトラブルを未然に防ぐため、僕達が町での井戸端会議や愚痴なんかを逐一聞いて、それを報告するらしい。
ちなみに、もう一つの「スパイの捜索」に関しては本当に僕はなにもしなかった。そもそも入国審査は厳しいし、何か怪しい動きがあったとなれば、すぐにシイさんが駆けつけてしまうからだ。足早バカに追い付いた頃には、現場は血祭りか談笑会のどちらかに変貌している。
そんなこんなで、僕はむしろいつもよりも楽なんじゃ?と思うようなお手伝いばかりをさせて貰っていた。基本的には街の人たちとお話をして、時々探りを入れる。スパイの情報があれば、まぁ一応駆けつけはするが大抵は事が終わっていて。
だから案外こんなものかと、正直油断さえしていたのだろう。
僕は、戦争を教科書の中でしか知らなかった。それは恵まれたことで、同時に無知ということでもある。無知は罪だ。
何も、知らなかった。知った気になっていた。だから、いけなかった。
---
その日は珍しく、雪じゃないただの雨が降っていた。水が服を濡らして、張り付いた布は肌を湿らせていく。久々の感覚だった。
「オレ雨きらぁい。びちゃびちゃになるし、走ったら転ぶし、テンション上がんない!」
口を尖らせながら歩くシイさんはご機嫌斜めのようだ。雨のせいでもあるだろうが、彼の愛しの恋人と会えていないのも要因の一つだろう。
普段は補佐官として働いているが、フーゾさんは一応軍の医療隊隊長でもある。彼曰くあまりそちらに顔を出すことは無いらしいが、知名度はあるようだ。やはり能力持ちは目立つのだろうか。
「んね、零くんは雨好き?」
「…僕は、特に好き嫌いは…ああでも、体が冷えるのはちょっと嫌…ですかね」
実のところ、雨の日はそんなに好きじゃない。元いたところでは、皆なんとなく湿気や低気圧のせいで苛立っていた。八つ当たりをされたことも少なくはない。
「ふーん…そ。でも安心してね、ここはそんなに雨降んないから!」
「さすがに何年か過ごしてれば分かります」
それもそうか、と笑う彼の顔は、今日の空模様とは正反対の太陽のようだ。雲に隠れない、真冬の太陽。フーゾさんがこの笑顔を守りたいと言うのも、納得できる。
雨が嫌いでも、愛する人に会えなくても、笑顔を絶やさない人柄の良さ。僕には一生真似できないそれは、きっと彼が長く生きてきたから身に付いたものだ。
町中を歩く。いつもと違う静かな街に、雨の音と僕の水を含んだ足音だけが響いていた。
途端に、何かが弾けた。あれは銃声だ。残響が雨に吸い込まれる前に、シイさんは駆け出していく。突然走り出せるわけもなく、少しの間ともたつきを経て駆け出した。音からしてすぐ近くだろうか、スパイだろうか、ただのもめ事だと良いんだが、内ゲバなら最悪だな、といらぬ憶測を立ててはそれらを思考の雨に巻き込んでゆく。
「フーゾ…?…もしかして、」
そう呟いたのは、前をいくシイさんだ。その後にも何か口ずさんだ筈だが、雨音に消えていってしまった。
彼の鼻は人一倍よく働く。いつもそれは、せいぜい作っている途中の料理を見ずに当てることにしか使われない。だが、その正確さはクリスさんのお墨付きだ。だからこそ、その呟きは恐ろしいものでもある。
雨では、普通人の体臭というものは嗅ぎ分けられないだろう。なのにそれが分かったということは、それよりもより強い…例えば、《《血液》》の匂いが、彼の鼻に届くほどに多くあるということだ。
嫌な予感が過る。露に濡れて輝く白銀の隙間から、太陽は見られない。あるのは、焦りと恐怖にまみれた一人の男の顔だった。
角を曲がると同時に、二度目の銃声が唸りをあげる。だが、耳をつんざくような叫び声が瞬時にそれをかき消した。叫びは、一つの形を成して街に轟く。
「フーゾッ!!!おい、フーゾ!!!!」
視界を遮っていたシイさんの体が動く。そこにあったのは、腕と胸から血を流すフーゾさんだった。だらん、と放り出された腕が、まるで糸の切れた操り人形のもののようで。耳鳴りが、僕から世界を遠ざける。目の前の光景が、雨の反射だったらよかったのに、なんて。
◇To be continued…
【次回予告】
「うん、おやすみ。…愛してる、ずっと」
「惜しいやつを亡くした。…本当に残念だ」
「フーゾって、誰?」
第Ⅶ話「終戦は天気雨と共に」
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【前回のあらすじ】
国内に潜んでいるかもしれないスパイの捜索と、世論調査を頼まれた零とシイ。パトロール中に鳴った銃声を追いかけると、そこには軍医でありシイの恋人のフーゾが、血を流して倒れていた。
「フーゾッ!!!おい、フーゾ!!!!」
シイさんが駆け出す。と、視界が開けたことで、その傍らで尻餅をついている男がいることに気がついた。そのすぐ近くには、まだ硝煙の上がっている銃が落ちている。
慌てて駆け寄り確保しようとするも、男は抵抗の素振りを一切見せなかった。ずっと呆然としながら、ただ一点を見つめている。
よく耳を澄ませば、彼は違う、と呟いていた。確かめるように、逃れるように、何度も。気が触れたとしか思えないその様子を見て、フーゾさんは気の狂った男に撃たれたのだろう、と憶測を立てる。
とりあえずフーゾさんから距離を取らせようと、力のはいっていない男の体を引きずって壁に凭れさせた。横目に見た彼は、シイさんに支えられながら、彼の頬に手を添えて、何かを話している。その声は、雨にかき消されて僕には届かなかった。否、拾うつもりが無かったのだろう。彼らの世界を、邪魔したくはない。
---
「…シイ…?お前、顔…ひど…」
「フーゾ、フーゾ、喋んないでいいから」
「はは、なんていってるか、わかんね~…」
「じゃあ話すなよ馬鹿…!!」
水面が血で濁っていく様に、焦りを感じる。急いで包帯を探すが、それもフーゾに静止された。オレが一つ振ればほどけるだろう、弱々しい静止。それでも、彼との繋がりを消したくなかった。
「あんね、これ…むりだとおもうのよ。俺」
「だから喋んなって…っ!!傷、が…」
どくどくと、血が溢れていくように感じる。止まらない血が、砂時計の砂とそっくりに見えた。
「かりにも、こーにん殺し屋なんだから…こんくらいわかるよね…しけんでやったとこ」
「分かってるって…いいから黙れ!!!喋んな阿保、馬鹿、|懦夫《臆病者》!!!」
「はは、なぁに…?だきしめすぎ…かわい」
その言葉で、やっと自分がフーゾのことを抱きしめていたことに気がつく。浅くなる呼吸と、弱々しくなる心音に、絶望感が沸いて止まない。何か打開策を、と考えているのに、もう無理だと囁くオレがいることに腹が立つ。死にかけて、痛くて苦しい癖に呑気なフーゾにも、こんな時に限って助けてくれない神にも、怒りが溢れて、それらがひとえに絶望で流れていって、無力感だけが残った。
「しい、シイ」
「…なに」
「へへ…だいすき、おれの、おれだけのこいびと。泣かないで、ね…?」
「…雨だから、これ」
「かぁわいい…しい、ちょっとだけ、…おやすみ」
「うん、おやすみ。…愛してる、ずっと」
不意に、どしゃっと音がする。軍への連絡を終え急いで駆けつけると、シイさんがフーゾさんの横に倒れていた。まさかと思って脈を測ったが、どうやら気絶しているだけのようだ。安堵のため息を漏らして、改めて、フーゾさんの顔を見る。
その顔は安らかに、まるで眠るように、笑っていた。彼の頬に、雨粒が一粒落ちて、流れていく。雲をかき分けようやく顔を出した太陽の光は、ここには届かない。
---
彼の葬儀は、軍人というには余りにも小規模なものだった。本当に、彼と親しい人のみが招待されたんだろうな、という面子の中には、リンくんの姿もある。目が合うと、会釈をする前に彼がこちらに向かってきた。
「…災難だったな、お前も。初めてだろ、戦争の手伝い」
「そう、ですね…でも、もっと災難なのは…」
一番この場にいるべき人を思い浮かべる。彼は、まだ目を覚まさないままだった。せめて自分だけでも葬儀に、と置いてきてしまったが、よかったのだろうか。
「放っておいてやれ。…何十年も一緒にいたんだ、整理には時間いるだろ」
「そうします」
ぶっきらぼうな彼の言葉が、今は一番優しく感じられた。そのまま軽く会釈をして、彼は立ち去っていく。その次にやってきたのは、暗い顔をしたクリスさんだった。
「惜しいやつを亡くした。…本当に残念だ」
そう顔を曇らせる彼女からは、珍しく覇気を感じられなかった。そのくらい、フーゾさんの存在は大きかったのだろう。その顔を見てしまえば、心中お察ししますの定型分を連ねる気にはなれなかった。
他の参列者も、みんな顔は曇っている。かくいう僕だって、きっとひどい顔をしているだろう。それでも、なんとか苦い事実を咀嚼して、飲み込んで、胃に蟠りを残したまま生きていくのだと思うと、気が遠くなりそうだった。
その後の交流も、まだ家にいるだろう彼を理由に断って帰路に着く。今はただ、シイさんが心配だ。
その心配は、思わぬ形で的中した。
家に帰ってまず、妙な音がすることに気がつく。何だろうかと音の出所である洗面所を覗くと、眠っていた筈のシイさんが立っていた。足元には、彼の光のような髪が、パラパラと落ちている。
以前聞いた、シイさんの髪の毛が長い理由。それは確か、彼の恋人であるフーゾさんに褒められたからだった。愛おしそうに髪の毛を撫でて「邪魔だけど、それすらも愛おしいんだ」と微笑んでいたシイさんの顔を思い出す。
それを切ると言うことは、即ち…
「シイさん、何してるんですか?!!」
止まった思考に焦燥が追い付く。慌てて彼の腕を掴むが、髪の大部分はざっくりと切られてしまっていた。腕を掴まれたシイさんが、不思議そうにこちらを見やる。
「あれ、零くん?どこ行ってたのさ」
「そうじゃなくて、シイさん何してるんですか!その髪…!」
キョトンとしていた彼が、納得したように顔を綻ばせた。昨日の彼とは別人のようなその顔に、ひどく違和感を覚える。
「これね、邪魔だから切ったのよ」
なんでもないように笑うシイさんの真意が、僕には分からなかった。あんなに大切に、愛おしそうに手入れをしていた綺麗な髪の毛は、今や無惨な姿になっている。それがまるでフーゾさんとの思い出を、彼自ら傷つけているようで見ていられなかった。
「ところで、零くんどこ行ってたのよ。いたら零くんに切ってもらおーと思ってたのに」
「どこって…フーゾさんの葬式ですよ…!」
自分でも、顔が歪んでいるのが分かる。シイさんからすれば忘れたい事なのかもしれないが、それにしたって何かおかしい。昨日、フーゾさんが軍の人たちに運ばれたあとも、あんなに泣いていたのが嘘だなんて思えなかった。
だから信じられなかった、信じたくなかった。心底不思議そうなシイさんの、耳を疑うような一言が。
「フーゾって、誰?零くん寝ぼけてる?」
◆To be continued…?
「…なぁ、本当にこれで良かったのか?」
「何故だ?私は満足しているぞ?」
「っ…だって、彼が死んだんだぞ…?!それなのに、なんで…」
「戦争には人の死が付き物だ。違うか?」
「違わない…が…」
「ふ、本当にお前は面白いな?」
「…何故笑う」
「ちゃっかり自分の分の報酬は貰っておいて、敵国の軍医を気遣うとは…とんだ偽善者だと思ってな」
「…君には、言われたくないよ」
幕間「誰そ彼の夢」
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
--- 「ん■■■■~。■はい■■どさ。■■■■る■ら■■■よ」 ---
--- 忘れている。 ---
--- 「へへ…■■■■、■■の、おれだ■の■いびと。泣■■■で、■…■」 ---
--- 忘れてしまっている。 ---
--- 「かぁ■■い…■■、ちょ■■■■、…お■■み」 ---
--- でも、わからない ---
--- 「お■■■気がな■と、こ■■もな■か■子■うん■よ!」 ---
--- 忘れたくない ---
--- 「260■前から■きでし■!■と、■き合って■■さい!」 ---
--- オレの大切、隠したのはだれ? ---
---
太陽に包まれているようだ。まだぼんやりしている頭を働かせようと、無理やり起き上がる。気持ちいい微睡みと、ぬくいブランケットが、オレをもっと眠らせようと誘惑してきた…が、なんとか起こした理性で抗った。 偉い、オレの理性。
「ん"…う"ぅ~、くぅ………ぅん…」
伸びをすると、呻き声に似ていなくもない、微妙な声が出る。妙に寂しい感じがして、思わず腕を噛みそうになった。変わりに、少し大きめのため息が出てしまう。
(起きたくないな~…やだな、仕事やだ、まだ寝てたい。子供の頃みたいに、もっと…)
そう考えて、ふとその先を思い浮かべる。オレの望んでいる"子供時代"は、全て誰かの見様見真似でできた虚像だ。自分のもんじゃない。オレが子供の頃は…
「…変なの。昔のなにが良いのさ、オレは」
嫌なことを思い出してしまい、折角のご機嫌が崩れそうになる。日向ぼっこした時とおんなじ心地よさに、まだ浸っていたかったのに、だ。
とにかく思考を別の方向に持っていくため、跳ね上がるように起きて部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
「うっし、切り替え切り替え。さぁて仕事…の、前に朝飯だな!」
ドアを開けると、いい匂いがした。この季節にこの香り、多分冷や汁と…だし巻き玉子だ!やったぁ!!
気分良く階段を掛け降りた。下に降りるにつれて香りは強くなり、何かがじゅうじゅうと焼ける音もしている。
「おはよ零くん!!!!!」
「シイさん、おはようございます。朝から元気そうで何よりです」
キッチンに向かうと、案の定零くんが卵を巻いているところだった。オレが駆け寄ると、くるっとこっちを振り向いて微笑みかけてくれる。その笑顔の、可愛さたるや!!
(零くん今日もかわい~なぁ。来たばっかりの頃は捕まったウサギぽかったから、懐いてくれて安心~)
さほど笑っていない気配と"朝から元気そうで何より"という言葉から、明らかに嫌味を言われている感じはするが…直接うるさいと言わないのが零くんの可愛いところだ。いや、それよりも今大事なのは…
「ね、零くん!今日ってもしかして…!」
「冷や汁とだし巻き玉子です」
「だ、よ、ね~っ?!!!零くん最近オレの好きなもんばっか作ってくれるよね~っ!!も~かわいい~!!!」
零くんの愛おしさといじらしさに、思わず抱きつく。と、零くんの身長が案外低く、空振りしてしまった。なんか、虚しい…?
「はいはい、そう言うことにしておきますね。できたのでお皿、運んでください」
「りょ!」
卵が冷めないうちにと、はやる気持ちを抑えて食器を人数分取り出す。そうしてテーブルにお皿を並べていると、零くんが小さく「あ」と声をあげた。
「零くん?」
「__フーゾさん…__」
「なんだって?」
うまく聞き取れなくて、もう一回と聞き直す。が、何でもないと躱されてしまった。なんだったんだろう、気になる…
「まだ寝ぼけていたんですか?食器が一つ多いですよ。片しときますね」
「あえ?…あ、ほんとだ。みっつある…」
思った以上にぼんやりしていたのだろうか。良くみると、確かに三つ皿がある。ご丁寧に、全部の個皿が三つだ。これではまるで、《《うちに三人いる》》ようではないか。
零くんがそのうちの一つずつを拾っていく。何もおかしくない、普通の行為。それなのに、なんだか不思議な感じがする。それだけじゃなく、先ほどの寂しさも顔を出してきてしまう。
--- 「■イ、あい■て■」 ---
無意識に、呻き声が出る。
「シイさん?シイさん、ちょっと」
「…んあ?あれ、零くん?」
ゆさ、と揺すられて意識が浮上した。目の前には心配そうな零くんがいる。
「本当に寝ぼけてるんじゃないですか…?今日、お仕事止めときます?」
「ん~ん、もうダイジョブ!なんかボーっとしてただけ!」
「そうですか…?なら、良いんですが」
伸びをして、辺りを見回した。状況がなかなか把握できていなかったが、どうやらオレはもう朝御飯を食べ終わってしまっていたらしい。…本当に、ぼーっとしすぎた。味まで記憶に無いなんて…勿体ないことしたなぁ
「…ずいぶんのんびりしてらっしゃるようですけど、時間大丈夫なんですか?」
「え?…あっ、ヤバ!あんがと零くん!!」
時計を見ると、約束の時間まであと30分しかなかった。ここから待ち合わせ場所まで15分くらいだから、さっさと準備をすれば間に合うだろう。
「僕もう出ちゃうので、戸締まりしっかりしてくださいね」
「はぁ~い、零くん頑張ってね!」
「ん」
ちょっと照れくさそうに零くんが目をそらした。その様子に心が暖まって、自然と口角が上がっているのが分かる。玄関まで零くんを見送ってから、オレも支度をしに自室へ上がった。
ドアを開ける。薄暗い部屋にかかった、いつもの上着を取った。
「…あ、匂い」
洗濯して、ヒトには分からなくなった、ほんの少しの鉄の匂い。いやな記憶を呼び起こす、あかいろの香りだ。嗅げばたちまち心が冷えきってゆく。
ドアを開ける。いつものブーツを履いて、今日は少し気合いの入る、朱色のタッセルピアスを付けた。オレ好みの色を身に纏って、少しでも自分のご機嫌をとってやるのだ。
「…行ってきます」
---
--- 「ご■■ね、シ■」 ---
--- 行かないで ---
--- 「■■してる」 ---
--- おいてかないで ---
--- 「だから、わす■て」 ---
--- ひとりにしないで ---
--- 「おまえのためなんだ」 ---
---
バッと飛び起きる。最悪の寝起きだった。慌てて辺りを見渡すと、どうやらオレの自室らしい。
(…そうか)
思考が状況把握から回想に切り替わる。オレはあのあと、しっかり仕事を終えて、帰って、零くんと飯を食って寝たようだ。だが、そこまでの記憶がぼんやりとしている。認知症…じゃ、ないことを願いたい、切に!!!
「いや、それよりも…あの夢は…?」
そう、先ほどの夢。あれは何なのだろうか?確かに男の声で…"おまえのためなんだ"とかなんだとか…
(あるとすれば、|昔の因縁野郎《ゴミカス施設長》か…ああいや、|前の父親《アホ浮気男》かも。さすがに師匠…は、ないな。あんなふうに押し付けがましい言葉、師匠は言わないな。うん、解釈違い)
一応可能性を挙げてはみるが、やはりそんなことを言われた記憶はない。…277年も生きてたらわすれているのかもしれないが。
それに、声も違った気がする。今までの誰よりも、あの声は切なげで、まるで…
「恋人への言葉、みたいな………」
切なげで、心配さが滲んでいて、でも、どうしようもない愛おしさからくる甘さで、くらくらするような、そんな声だった。庇護欲や支配欲とは到底無縁そうな、そして
「…オレにも無縁だろうな、あんなのは」
先ほどの"仕事"を思い出す。暗い影の中で、血で彩られながら罪を犯す職業。時に体をさらけ出して、時に敵も味方も、自分さえも騙す。
そんな仕事をしている人間にあんな台詞を吐くだなんて、それこそ同業者かイカれ野郎か、軍人くらいしかいない。そして、そんな奴とは寝たこともない。つまり、あれはオレの願望だろう。だいぶオレの好みな気配がするし。
「…いいなぁ、夢の中のオレ。こっちじゃそんなん、言って貰えないよ」
はぁ、と息を吐く。もともと男が好きだから恋愛はハードルが高いし、見た目と性格のせいでなかなか長続きもしない。
オレにもあんな彼氏いたら良いのにな~と思いながら、ベッドに逆戻りする。
いま眠れば、夢の中の彼に会えるだろうかなんて、期待を持ちながら。
◆To be continued…?
「…良かったのか?■■■。おぬし、あんなに■■と…」
「もう良いんです、師匠。俺は…もう、■■とは会えないんだから」
「…おぬしがそう言うのであれば、我は咎めぬが…」
「…一つだけ、頼みごとをしても良いでしょうか」
「なんじゃ?我にできることであれば、なんでもしてみせようぞ」
「もし、もしも■■が…………たら、知らないフリしてくれませんか?」
「っ…構わぬ、が…おぬしは、」
「気にしないでください。…きっと、俺のことを忘れて楽しくやってくれるはずですよ」
「…そうか。…ようし、分かったぞ!師匠にどーんと任せておくのじゃ!!」
「頼りにしてますよ、リー師匠」