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目次
前哨戦
本当はひとつの短編の予定でしたが、長すぎてシリーズにしました。
三月上旬。寒さが少しずつなりを潜めてくる頃。
僕たちと彼らの対決が始まろうとしていた。
かつり、かつり。
一歩、一歩と、僕たちは彼らに向けて歩みを進めていく。
そう、彼らは僕たちの宿敵。
彼らは本来僕らにも分け与えられるべき……いや、僕らにこそあるべきものを、根こそぎかっさらっていった。ただの偶然で。ほんの少し運命が違ったら他のものが取っていたものを、さも自分達の力で手に入れたもののように見せびらかして。
僕らが脚光を浴びる機会も彼らは残酷に奪い取った。僕らは完璧な作戦を立てていたのに、それを覆す勝利への意地汚い執着によって。
更には、この間行われたそれに対する僕たちから彼らへの審問でさえ、彼らは僕たちを嘲笑うようにして勝利を収めた。あろうことか、彼らの力ではない他の者の力を借りて、卑怯な方法で。
……だが、僕らもこのままではない!
彼らと同じように、僕らも修練を積んだ。トラブルメーカーである彼らと違い、僕らは着実に地力を上げている。更に、彼らの唯一の取り柄であったピンチに対応する力さえも、僕らは物にした。
そもそも、僕らは何回も勝っているんだ。ただ、注目を浴びる場面でだけ彼らが勝っていただけで、本当は僕たちの方がずっとずっと強い。
今度こそ、僕らが表舞台に出る番だ。
さあ、宣戦布告だ。
「さあ……」
「さあ、A組ぃ!今度こそ白黒はっきりつけようかぁ!」
僕、物間寧人がそう叫ぶと、彼らは一斉に「はぁ!?」と言って口々に僕をそしり始めた。
「それ前回も同じこと言ってただろ!」
「前は私たちが勝ったじゃん!」
「前の俺たちの勝ちは無かったことにしようってのかぁ、クソが!」
フフフ、甘い、甘いねぇ。まだ反論の余地は残っているじゃないか。
「あれぇ、でも前の第一試合で君たちが勝ったのって、ほぼ心操くんのお陰だよねぇ?第二試合では僕らの完勝。第三試合は、強い個性の轟くん、それをサポートする索敵の障子くんがいたにも関わらず引き分け。第四試合は最初は完全にこちらがペースを握ってた。それにそれに、第五試合では緑谷くんの個性が暴走しなければ、僕たちが勝ってたよ?」
つらつらと理由を並べ立てると、A組はさらにイラついたようで、僕に「そんなの後からつけた、いちゃもんじゃんか!」「大事なのは結果じゃないのぉ?」「ヒーローになってからの仕事でも文句言うのかよ?」などなど、とにかく色々な文句をつけ始めた。
「ハッハァ!確かに君たちの言うことも0.1理くらいはあるさ。しかーし!そういうのは結果論と言うんだよ!?君たちは所詮、運にしか頼っていないと言うことさ!あぁ、ということは綿密に計画を立てて対策を講じている僕たちの方が遥かに優秀ということかなぁ!?あァあァ、気にしなくて大丈夫だよ、巷では運も実力の一というもんね?君たちは一生運に頼って生きて、下から僕たちの確かな実力を見上げて悔しがっていればいいさ!今回の訓練も|四人組《フォーマンセル》の五回戦らしいじゃないか。二回目の戦闘訓練では、晴れて僕たちが勝利を収め……」
「いい加減にしろ」
ズビッ。
そこで僕のうなじに普段から受けている、しかし強烈な衝撃が走り、僕の意識はぷっつりと途切れたのだった。
……物間。物間!
そんな泡瀬とニ連撃の声で僕は覚醒した。
「ハッ!泡瀬、ニ連撃!今どうなっている?チーム分けは!?」
「物間以外全員くじ引いたぞー」
「物間のチームメイトはあそこだぞ、ホラ」
ニ連撃が指した方には、さっき僕に手刀をお見舞いした拳藤がいた。
「け、拳藤!そ、それに……」
そこにあったのは、あり得ない光景だった。
「爆豪くん……!それに、口田くんじゃないか!」
そう、憎きA組だったのだ。
「な、何故……!A組とB組の対抗戦だろ!?」
「ああん!?俺じゃ不服だってのか、クソが!クソ問題児は黙ってやがれ!俺ァ今最高にイラついてんだよォ……!」
いつも以上にイラついた様子で爆豪が言う。
……あれ?これ、A組あっちから絡んでくれてる……?……煽る絶好のチャンスだ!
「あれぇ?そぉんなこと言うけどさぁ、爆豪くんだって相当に問題児じゃないのかい?体育祭での暴走やさらわれたときのマスコミからの評価、僕は忘れてないよ?」
便乗してヒートアップしていると、拳藤がやれやれといった様子で僕にその理由を説明する。
「確かに私たちもそう聞いてたよ。でも、それは相澤先生の合理的虚偽で、本当はA組B組の合同チームだってさ。なんか最初は前みたいな戦闘訓練の予定だったっぽいけど。先生曰く、『その方が対抗心を煽れて、事前に訓練に励めるだろう?物間が』……だって。まあ、一理あるよね」
な、なんだって……?
「つ、つまり……対抗戦では、ない……?A組の鼻を、あかせない……?」
「そういうことだね」
「本音漏れてんぞ、クソが!!」
「ば、爆豪く~ん……」
拳藤や爆豪くん、口田くんのそんな声も僕の耳には届かなかった。
「何故だ……何故。ブラド先生も『今回こそは、俺の可愛いB組が勝利を収めるんだ!頑張れよ!』って……あれは嘘だったというのか……?」
「嘘ではないぞ!俺もそのすぐ後に知らされたからな、俺も!」
ブラド先生がずんずんとやって来て、僕のひとりごとを否定した。
訓練内容の急な変更の原因となった学徒動員のことを僕たちが知らされるのは、もう少し後の事になる。
「気持ちはよぉーく分かるぞ、物間!俺もお前たちに勝ってほしい!真に優秀なのはお前たちだと証明したい!しかし!クラス間で交流と連携を深めるのも大事なことだ!クラスは違えども同じプロヒーローの下で|校外学習《ヒーローインターン》に励み、切磋琢磨し、時には共に戦ったりしている者も多いしな!お前もいつもの戦術だけでなく、他クラスの個性と合わせる戦術を学ぶいい機会だ!」
「そんなことより、今から相澤先生がルール説明するっぽいですよ」
ブラド先生が僕に合同チームのメリットを熱弁していると、拳藤が呆れた様子で相澤先生の方を指差した。
「えー……それでは、ルールを説明する」
合理性がモットーの相澤先生がいつも通り気だるげに言った。
「チームは、今見ての通りだ」
チームは全部で10チームある。どれも強力なチームで、一筋縄ではいかないことが一目で感じられた。
「そして訓練内容も前とは少し異なる。戦闘訓練と救助訓練が合体したようなものだ。だから、訓練会場がここなんだ」
皆が辺りを見わたし、ああ、と納得したようにうなずく。
「そういえば、なんでここなのか疑問だったんだよねぇ……救助訓練だからか」
B組の中でも鋭い拳藤がそう呟いた。
ここは、嘘の災害や事故ルーム……通称USJだ。どこかのアミューズメントパークと名前が一緒なのはご愛敬である。
「そういうことだ。因みに、決着は三つの要素で決まる。まず、前回と同じ相手を何人捕まえるか。次に、何人を救助するか。最後に、救助の正確さだ。なお、試合時間は三十分。救助がある分、前回より十分長い」
「失礼します、相澤先生!救助の正確さは誰が採点するのでしょうか?」
A組、いや雄英一の堅物、飯田くんがズビッと挙手する。
「ああ、それは……」
まるでそれを合図にしたように、ぞろぞろとやって来た集団は。
「仮免試験でもお世話になった、HUCの皆さんだ」
ヒーロー仮免試験で散々僕たちの必死な救助を虚仮にしてくれた、HUCだった。因みにHUCとは、|HELP《ヘルプ》・|US《アス》・|COMPANY《カンパニー》の略だ。A組もB組も嫌な思い出があるらしく、少し顔をひきつらせていた。相澤先生の一睨みで真顔に戻ったが。
「ヒッヒッヒ……」
「存分に困らせてやるぞ……!」
「手抜きはしないぞぉ……」
演出のための血糊を持ちながら、どう見ても堅気ではない顔と台詞で意気込んでいた。余計なお世話……と言いたいところだが、僕らには必要なので甘んじて受け入れる。
「さあ、始めるぞ。モニター前に集合だ」
ぞろぞろと皆がUSJの入口、つまりモニター前に移動していく中、僕はこそっと拳藤に囁く。
「僕たちはどのチームと戦うんだ?」
「……あそこのチームだよ、ほら」
何故か少し嫌そうに拳藤が指差した先には、半分は炎のように赤く、半分は氷のように白い髪を持った……僕ほどではないが、イケメンがいた。
なるほど、爆豪くんが機嫌悪かった理由はこれか……。
「轟くん!僕と戦うってことは、結末は分かってるよね?そうさ、僕が勝つ!」
さっそく挑発してみる。「私たちも入れろ」と拳藤に脳天をチョップされたが、気絶させられるよりマシだ。
「ああ、よろしくな」
そして、瞳に静かな、しかし確かな闘志を燃やしながら言った。
「俺たちが勝つ」
……フン。
「上等。望むところだよ、轟くん」
柄ではないが、そう言い返して宣戦布告を受けた。
「あァ!?寝ぼけてンのか、テメェ!俺が完全勝利するに決まっとるわ!!」
体育祭での因縁で轟くんに必要以上に絡む爆豪くんが今日も相変わらず必要以上に絡む。
「ちょっとちょっとぉ!?俺らも入れてよ!仲間外れですかぁ!?」
だが、そこに上鳴くんが割って入る。
「そうだぞ、物間。ったく、俺らだけミッドナイト先生に『あんたらも青春しまくりなさい!』ってドヤされちまうぜ?」
「ん」
「泡瀬、小大!僕の相手チームだったのか!」
「ああ」
「ん」
泡瀬と小大が、それぞれ返事する。
……協力なチームだね……。
もちろん僕らも相当に強力なチームだ。近接戦闘と頭脳戦の両方に長け、信頼も抜群、サポート力や統率力もあり、インターンでさらにそれを磨き上げた拳藤。自分勝手だが、周りを見る力すらも物にしたタフネスとセンスの塊、爆豪くん。動物を自在に操り救助も出来、前回の課題だった搦め手も獲得した口田くん。そして、それらの強力な個性を完全にコピーでき、使い方もしっかりと学んだこの僕。
ただ、あちらも個性の相性が最高だ。泡瀬と小大は、小大が小さくしたものを泡瀬が|溶接《くっつけ》て、元の大きさに戻せば莫大な攻撃力を持つだろう。泡瀬は拘束に長け、小大は搦め手に富んでいる。さらに面制圧が得意で、特に個性のデメリットもなく、拘束にも攻撃にも防御にも応用がきき、救助も出来るオールラウンダーな轟くん、触れればアウトで、しかも周りに味方がいなければ最強、一度ポインターを当てれば索敵も出来る上鳴くん。攻守のバランスが良く、拘束、搦め手、救助も問題なく出来る、正に完璧なチームなのだ。
「手加減はしねぇぞ、物間」
「ああ、恨みっこなしだよ」
泡瀬とがっしりと手を掴み合う。
「お互い頑張ろう!」
「ん」
「口田、負けねぇかんな!」
「う、うん……」
お互いがお互いに自分達が勝つと言う気持ちで声を交わす。
「青春ねぇ……」
そして、そんな僕らをモニター前から主食が青春のミッドナイト先生がうっとりと見つめていたのだった。
このすぐ後、ブラド先生に「早く来い!」と怒られたのは言うまでもない。
「把握してない者もいるだろうから、対戦カードを掲示しておく」
無論僕のことだが、針のようにぶすぶすと突き刺さる視線は華麗にスルーする。
「これだ」
ババン!と効果音を出してモニターに現れたのは、対戦カードだ。
第一試合、緑谷・常闇・宍田・鎌切VS蛙水・障子・黒色・凡戸。
第二試合、八百万・峰田・取陰・回原VS葉隠・尾白・塩崎・庄田。
第三試合、切島・瀬呂・角取・柳VS耳朗・青山・鉄哲・鱗。
第四試合、飯田・麗日・円場・吹出VS砂藤・芦戸・骨抜・小森。
そして第五試合、爆豪・口田・物間・拳藤VS轟・上鳴・泡瀬・小大。
「おおおおー!やっぱ盛り上がりそう!」
上鳴くんが言う通り、どれも見ごたえがありそうだ。
第一試合は、パワータイプVS頭脳派。圧倒的不利な頭脳派が作戦をどうするかが鍵だ。
第二試合は、八百万と取陰のインターン先が同じ組。相手もスニーク活動に秀でた葉隠がいる。
第三試合は、切島対鉄哲。他は索敵や拘束に搦め手のようなサポートに長けた個性の持ち主が多い。
第四試合は、飯田と骨抜の再戦に加え、吹出と小森という一人いるだけで戦況を変えられる個性がある。
第五試合は、爆豪と轟、強力な個性のぶつかり合いだ。体育祭のリベンジマッチでもある。さっき言った通り、他のメンバーも強力だ。
「把握したな?では……第一試合を始めるぞ」
さて……彼らはどんな戦いを見せてくれるのかな?
第一試合
第一試合。
緑谷・常闇・宍田・鎌切VS蛙水・障子・黒色・凡戸。
「さて……この試合の鍵は、緑谷と蛙水だな」
お互いが作戦を立てる様子を映すモニターを眺めながら、相澤先生がぽつりと呟いた。
「よし、皆!頑張るよ!」
僕、緑谷出久は気合いを入れるためにそう叫んだ。
「ああ」
「頑張りますぞ」
「分かったぜェ……」
返事はてんでバラバラだけど、全員が勝利を望んでいることは燃えるような目を見れば分かる。静かなようで、強い光を灯しているのだ。
「クラスメイトだろうが関係ないぜェ……全員切り刻んでやるぜェ……」
……まあ、そんな物騒極まりないことを言っている鎌切くんに関しては闘志ギラギラだが。
まだ試合は始まっておらず、開始までわずかだが時間がある。その短い時間で、作戦を立てなければいけないのだ。他のチームの戦闘を参考にして作戦を立てることが出来ないので、一番目はいささか不利である。
「まず、作戦だけど……パワー的には、こっちの方が分があるんだ。でも、あっちは搦め手に富んでるから、どんな作戦でも敢行できる。それに、蛙水さんがいるからどんな作戦が来るか分からない。前回の試合から分かると思うけど……」
「そうですな……」
ずーん、と前回蛙水さんの機転でボコボコにされた宍田くんが肩を落とす。
「索敵役の障子くん、スニーク活動に秀でた黒色くん、拘束や牽制の凡戸くん、優等生でブレーンの蛙水さん。サポート役としてはこれ以上ない組み合わせだ。時間を与えたら、前回のB組みたいに作戦負けする。だから、作戦を立てられる前に潰す。これが多分最善手だ」
僕が作戦を語ると、常闇くんが「だが……」と口を……というより、嘴を開いた。
「緑谷、蛙水の作戦を立てる速さは知っているだろう?それこそ前回の戦闘訓練でも、宍田がチームの元へ凱旋したときには既に動いていた。下手に動くと奴らの作戦の餌食にされかねない。それは愚策だ」
それは、その通りである。しかも、リューキュウの下でのインターンでさらに磨きがかかっているはずだ。
「そうだよね……だから、相手の策をどうにかこうにかしてかわすしか……にしても、本当に皆すごい個性を持ってる……蛙水さんとかは、ほとんど役に立たないって言ってたけど胃袋の出し入れや毒性の粘液も役に立ってるし、舌のパワーも強くて、しかも自分の姿をカモフラージュできる……あっ、それで言うなら黒色くんもだ!うわぁ、これはますます速く攻めないと……スピードはこっちに分があるわけだし……あぁ、だから早く決めないといけないんだった!うーん、どうすれば……」
一方その頃、ブツブツと呟いている僕を宍田くんと鎌切くんが「何やってんだコイツ……」というような目で見ていて、それを常闇くんが「いつものことだ」と言って納得させようとしていた。だが、全く気がつかなかった。なので、僕は続けて思案する。
「うーん……いっそ、誰かが囮になるとか?いや、それだと一斉に不利になっちゃうな……先にあちらを欠けさせないとどうにも……囮?」
僕に電流が走った。
「そうだ、囮だよ、皆!」
突然何を言い出すのか、と皆が目を丸くするなか、僕は作戦を話した。
「……名案だ、緑谷」
「賭けてみましょうぞ」
「乗ったぜェ……」
全員が賛成してくれた。この作戦の肝は、僕にある。責任重大だ。僕は、グッと手を握りしめた。
「お前ら、もうすぐ始めるぞ」
と、そこで相澤先生がアナウンスをしてきた。
「行きますぞ、デク氏!」
ヒーロー名でも「氏」をつけるのか、と苦笑しかけて、あれ、僕も轟くんに「ショートくん」とか「くん」付けしてるじゃないか、と気付く。プロヒーローには呼び捨てなのに何故だろうと、ふと不思議に思った。同級生だろうか?
「頑張ろうね、ジェボーダンくん!」
宍田くんのヒーロー名を言うと、何故か宍田くんが感動し始めた。そして、
「ジェボーダンの獣……」
かつて百人以上の人を亡き者にした人喰い狼をもとにしたヒーロー名に常闇くんが呟いた。
「あぁ……『黙示録』ではなく、きちんと『ジェボーダン』と呼んでくれる……!ありがたいですぞ……!」
そういえば前回そんな会話をしていたな、と思い出す。どうやら相当我慢してきたようだ。そして、
「黙示録……」
常闇くんがまたしても少年の心をくすぐられたらしくピクリと反応した。
「それじゃあ皆、行くよ!」
試合開始。
僕はUSJの水難エリアを走っていた。
「早く見つけないと……」
軽く焦りを交えつつ、僕は呟く。きょろきょろと落ち着かずに周りを見渡す。
他は粗方探したから、絶対にここにいるはず__。
「見つけたわよ、緑谷ちゃん」
バッと声の方向を振り返り、そして、黒鞭を発射する。瀬呂くんのように相手を捕らえるようなことはできないが、相手の自由を一瞬でも奪い、こちらに引き寄せるのだ。
だが、やぐらのようなところからピョンと飛び降りた蛙水さんによって簡単にかわされる。
そこで、エアフォースを放つ。全ての指をバッと弾いた、デラウェア・スマッシュの要領だ。5つの空気弾が宙を高速で飛んでいく。
すると、蛙水さんは舌を使って辺りの岩やパイプにまるでターザンのように飛び移っていく。エアフォースは辺りの岩やパイプに当たり、激しく音を立てた。
「……舌の使い方が上手くなってる……やるな、蛙水さん!」
当たらないもどかしさとトリッキーな動きへの感心をこめて思わずそう呟くと、蛙水さんに「梅雨ちゃんと呼んで」といつも通りの調子で返してきた。
「ご、ごめん……」
「でも、自分のペースでいいのよ」
「うん……」
そんな戦闘中に似つかわしくない呑気な会話をしていたが、肝心の戦闘は熾烈を極めていた。
僕も黒鞭を使って辺りに次々に飛び移って蛙水さんの攻撃を避けていた。間合いに入られないよう一定の距離を保ったまま、回避と攻撃が飛び交う戦いが始まっていたのだ。
お互いの攻撃が、いつも以上に大きな音を立てる。恐らく、ここでの戦闘は他のメンバーも了解しているだろう。
そして、それはしばらく続き、お互いの位置が最初の状態から入れ替わった。
視界が空に移った。
「え?」
思わず、そんな声。
つまり、これは、僕の意思でやったことではない。
滑ったのだ。
しかし、やぐらだから、足場は安定しているはず。簡単に滑るはずがない。第一、今は戦闘中。気を抜くはずはない。
つまり__。
「粘液、か!」
気づいた直後。
僕の頭がスパークした。
あぁ、そうか。そう考えれば、あれも、これも、全て、説明がつく。
こちらにわざわざ声をかけたことも。保護色を使わなかったことも。距離を詰めてこず、簡単に位置が入れ替わったことも。それを想定していたことも。
僕は、黒鞭をやぐらのパイプに引っ掻けて自分の身体をやぐらに戻す。
そして。
一気に後退した。
一目散に後方に戻っていく。
すると、目を丸くしている|チームメイト《・・・・・・》とかち合った。
「失敗したのか、緑谷!?」
顔を険しくして尋ねてくる常闇くんに、こう返す。
「うん。……と言っても、想定とは大分違うけどね」
「それは、どういうことだ……?」
ここでもったいぶっても、全く意味がない。僕は簡潔に言った。
「あすっ、梅雨ちゃんたちは……!」
一方その頃。
蛙水梅雨も、少々焦りつつメンバーに事情を説明しようとしていた。
緑谷が逃げていった後、蛙水は一瞬何故なのか考えた。
そして、驚愕した。
「な、なんだ?」
「それ程慌てるくらいの状況なのか?」
そうだ。事態は一刻を争う。
だからこそ、一秒も早く伝えなければ。
「緑谷ちゃんたちは……!」
「こちらと全く同じ作戦をしている!」
「蛙水さんは恐らく水難エリアにいるだろうから……。僕が、蛙水さんをおびき出す!いくら1対4だとはいえ、保護色を含め多彩な能力があるあちらを捕らえるのはさすがに難しいと思う。逃げられる可能性の方が高い……。蛙水さんの強みは窮地でも変わらない冷静さだ。だから、予想外のことを起こさなきゃ……でも、見つけるのに時間はかかるはずだから、それまで救助をしててほしい!」
僕が提案したのは、囮作戦。こちらに有利な状況で、あちらのブレーン蛙水さんを潰す。
下手に逃げられないようにするには最善の手だったはずだ。
__まさか、あちらも同じことを考えているとは、お互い夢にも思わなかったのだ。
しばらくの後。
先に動いたのは__。
蛙水チームだった。
「くそっ!ミスのカバーが速い……!」
「前回からの学びよ。ケロッ」
前回の反省点として、ミスを迅速にカバーすることがあげられた梅雨ちゃんは、インターンの最中でもそれをしっかりと身に付けていたらしい。
忙しかったろうに、すごいな……!
だが、そう笑っていられるような状況ではなかった。
まず、凡戸くんが上空から個性のセメダインを噴出する。なお、梅雨ちゃんも一緒だった。
皆機動力に長けているので避けられたが、そのせいで分断されてしまった。しかし、それだけならまだ良かった。何故なら、まだ何歩かで詰められる距離だったからだ。
しかし、即座に間合いに入った梅雨ちゃんに一人一人が吹っ飛ばされていく。作戦を熟考している中、あまりにも想定外の奇襲だったため、そもそも回避自体がかなり困難だった。反応など、出来なかった。
もっと警戒しておくべきだった。なぜならあちらには、索敵が十八番の障子くんがいるのだ。
そして、着地点には、どろどろのセメダインが、たっぷりと、まるで沼のようにあった。
もちろん、そのまま捕まる気などさらさらない。空中機動のできる僕は、辺りの木に黒鞭をべったりと引っ付けて放物線の軌道を変えた。|黒影《ダークシャドウ》で飛べたり飛び移ったり出来る常闇くん、飛び出す刃物で自在に動ける鎌切くんも恐らくそうしたろうが、いくらパワーがあるとはいえ、巨大化してパワーアップするだけの宍田くんはおそらく……。
セメダインのお陰で動かせずあちらも投獄できないため、乾いたら戦線復帰できるだろうが、それでもかなりの痛手だ。だからこそ、僕たちは負けてはいけないのだが……。
一人減ったアドバンテージは大きかった。
恐らく、ワン・フォー・オールと黒鞭、二つの能力を持っている僕を危険視したのだろう、僕は梅雨ちゃんと凡戸くんの二人に襲いかかられていた。
相性的に、常闇くんは黒色くんと対峙しているだろう。|黒影《ダークシャドウ》に溶け込まれてしまっては、攻撃のしようがあるまい。
そうなると、消去法で鎌切くんは障子くんと戦っているだろう。相性は特に悪くないが、あの腕の多さはさすがに厄介なはずだ。
だが、それらは決定打にはならない。確かに、相性が悪かったり厄介だったりはする。だが、黒色くんは攻撃が得意でないし、障子くんがいくら多くの手を持っていようとも変幻自在の刃に簡単に勝てるはずはない。
つまり、これは時間稼ぎだ。
蛙水さんと凡戸くんが、僕を倒すまでの。
だから、僕がすべきことは……。
「中々やられてくれないわね、緑谷ちゃん。やっぱり……私のねらいに気付いてるのね。さすが、賢いわ」
ひたすら、攻撃を避けまくって、避けまくって、避けまくる!
凡戸くんが僕の動きを止めるのは、最終手段と考えていいだろう。だって、今現在あまりセメダインを出していない。せいぜい牽制のすぐ固まるものだ。
つまり、ほぼ無視していいはず。……だが。
恐ろしいのは……これも、あすっ、梅雨ちゃんの手の内ではないかということだ。
念には念を__!
そう思い、僕は背後にいる凡戸くんを黒鞭で捕獲した。今までろくに見てすらいなかったので、恐らく凡戸くんは驚いているはずだ。しかし、それに構う暇はない。
そして、瞬時に身体をくるりと返し、
凡戸くんをぶん投げた。
その方向には、僕が引っ掛かりかけた罠、つまり、凡戸くんのセメダインの沼がある。
己の個性なので対処法はよくよく分かっているはずだし、簡単にかかるということは考えづらいが、戦いはじめてからかなり沼と離れたので戻ってくるまでの時間を少しは確保できただろう。
それまで、一人で何とか耐えなければ。
そして、振り返る。
「……!?」
梅雨ちゃんは、いなくなっていた。
「保護色か__!」
きょろきょろと、光の屈折によって現れる僅かな影を見逃さないようにつぶさに観察していると、
意識が飛びそうな衝撃が背中全面に走った。
「がっ__」
なのか、「ぐ」なのか、もしかしたら「あ゛」とかなのかもしれない、あるいはだ行やば行、ざ行かもしれない、とにもかくにも濁点が入っていることは間違いないと断定できる声が喉の奥から漏れた。痛みでそれを深く考える余裕はなかったが、濁音だということは脳がかろうじて判断した。だが、一番近かったのは「が」な気がする。
いや、どんな声を出したかなんて今は知ったこっちゃない。今考えることはひとつ。
何故か?
だが、それを考えるよりも一瞬速く身体がうつぶせに地面に叩きつけられる。肺が圧迫されたのか、今度は声ではなく、空気が抜けるような音がした。
「梅雨ちゃん、ナイスだー」
凡戸くんの、声?
いや、でも、ついさっき遠くに投げ飛ばして__。
「いやー、でも、投げ返すなんて発想がよくでるなぁ。すごいよ。かわりに僕の頭すごい痛いけど」
投げ返した?
あぁ、凄いな。僕たちだけじゃなく、皆頑張ってるんだ……。
そして、まるで眠りにつくように、意識はうっすらとしたものになって、やがてふつりと途切れた。
「反省会を始めます」
相澤先生が告げた。
目覚めたときには、試合はとっくのとうに終わっていた。失神していた人は比較的少なかったので、リカバリーしてもらって反省会をモニター前で行っていた。
「まず、緑谷から」
「……対応が遅れてしまいました。作戦も、同じというのは思い付きませんでしたし、戦闘中のとっさの対応も……相手がどう動いても、瞬時に作戦を練り直せるようにしたいです」
僕はぎゅっと拳を握った。切り揃えているとはいえ、それでも爪が手のひらに少し食い込んで痛かった。
実際、今回はかなりぶざまな訓練だったと思う。こんなんじゃ、最高のヒーローにはなれっこない。一千歩も一万歩もありそうな道のりを改めて、しかと見据えた。
「俺は__……不利な状況で、いざとなったら逃げれる判断をすぐに下せる決断力と状況判断能力を磨きたい」
常闇くんは案の定、タイマンでは圧倒的不利な黒色くんにぶつけられたらしい。
だが、状況がよく分からず、逃げるという判断が正しいのか迷い、だが攻撃もうまくいかず、攻めあぐねていたところ、梅雨ちゃんがやってきて拘束されてしまったそうだ。あわてて|黒影《ダークシャドウ》を出したものの、あえなく黒色くんに乗っ取られてしまったらしい。
「なすすべなく捕まってしまいましたぞ……」
「手数が多いと苦労するぜェ……」
他の二人も、まあ僕の予想通り。
「短時間で作戦を整えた。それに加え、ぶつけるには最高の相性だった」
一方、蛙水さんたちは絶賛されている。
「ケロ……でも、百ちゃんにはかなわないわ」
そこで、ハッとする。
そうだ、次は八百万さんたちの試合だ!おまけに、取陰さんもいる……。
いったいどんな戦略を見せてくれるのか。僕は早くも心が踊ってくるのだった。
FUC「わしら今回出番なかったな」
私「ごめんなさい、主人公にするキャラの関係で……次は出しますんで……!」