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目次
いつものバスの中、いつもの背中
今日もいつもと同じ時間、同じバスに乗り込んだ。いつもと同じように、車内は人で溢れている。通学リュックを前に背負って吊り革につかまり、周りからの圧に耐えながら、目だけで辺りを軽く見回す。今日はあの人、いないのかな。いつもこのバスに乗っている、背の高い男の子。吊り革につかまりながら1人で本を読んでいたり、友人らしき人と小声で会話していたり。制服がうちの学校のものなので同じ学校であることはわかっているが、廊下ですれ違うことはない。学年は違うのだろう。それにしてもこのぎゅうぎゅうの車内だと、いくら彼の背が高くてもなかなか見つけにくい。きっと彼は、私が見つけられないだけで、今日もいつもと同じようにこのバスに乗っているのだと思う。
結局今日は彼の姿を見つけられないまま、バスを降りた。同じ学校なので、バスを降りてから学校に着くまでは同じ通学路のはずなのだが、やはり見つからなくて、ああ今日は休んでいるのかなとちょっとだけ落胆した。
その次の日も、彼はバスには乗っていなかった。少なくとも、私に彼の背中は見えなかった。その次の日も、さらに次の日も。1週間が経っても、彼が視界に入ることはなかった。10日が経って、2週間が経った。私の心には不安とショックが滲んでいた。どうして急にいなくなったのか、その理由を頭の中でひたすらに探した。転校?病気?それとも、そんな大きな出来事ではなくて、バス通学から自転車通学にしたとか、部活の朝練があるのでバスの時間を変更したとか。そうであって欲しいと願っている自分がいて、私はこんなにも彼のことを好きだったのかと自分自身に驚く。彼の顔を見たことなんて、1、2度しかないのに、私の頭はすぐにそれを思い出せてしまう。そのことに気づいて、やっと、私は私の感情を理解することができた。
当たり前にあった彼の気配が消えて、1ヶ月が経った。もう彼を見かけることはないのかもしれないという諦めが、最近、私の心を締め付ける。バスに乗り込んで、吊り革につかまった。目だけで辺りを見回す癖はここ数日でようやく抜け切ってくれた気がする。
不意に、前の方から声が聞こえた。バスの中だからだろう、遠慮がちな声だった。「水戸くん、足はもう大丈夫なん?」「うん。あんまり派手な動きはできんけど。」布と布が擦れる音や咳払いのせいで、その声ははっきりとは聞こえなかった。でも、私の耳は、記憶は、それを逃さなかった。反射的に顔を上げた。そこには、見慣れた彼の背中があった。
じゃあね、お母さん。
「じゃあね、お母さん。」
靴を履きながら、家の中に向かって小さくつぶやいた。それは虚しく地面に落ちていった。リビングからテレビの音が聞こえる。きっとお母さんの好きなドラマでもやっているのだろう。娘が遠い遠い東京という大都会で一人暮らしを始めると聞いても見送りさえしないのだから、本当に私のことなんてどうでもいいんだろうと思う。少しは心配とか、いや、今更お母さんにそんなことを言っても無駄だろう。お母さんの私への興味のなさは昔からだった。
バスに乗り、駅で降りて電車が来るのを待ちながら、今までのことをぼんやりと考えた。
私は望まれて生まれた子じゃなかった。お母さんが当時付き合っていた彼氏との間にできた子だったらしいが、妊娠が発覚してすぐに逃げられたそうだ。お母さんは頻繁にお父さんの悪口を吐き出していた。私がお母さんからの愛を実感したことは一度だってなかった。お母さんの手料理を食べたこともなかった。どうして堕してくれなかったのだと思うくらい、心が苦しい時期もあった。お母さんなりに葛藤したのかもしれないが、産んだなら産んだで幸せにして欲しかったというのは欲張りなのかもしれなかった。
お母さんは美しかった。夜のお店で働いていた。夕方に家を出て、朝方帰ってくる生活をしていた。昼間は大抵寝ていた。お母さんとの間に会話はあまりなかった。私がお母さんと話すのを怖がっていた面もあったのかもしれない。拒絶されたら立ち直れないと思っていたのかもしれない。私はお母さんを愛していた。たった1人の家族だった。お母さんがどれだけ私を嫌っていたとしても、私がお母さんを心の底から嫌うことはなかった。
もしも私が愛される子だったら。そんな考えが頭をよぎって、咄嗟にかばんからイヤホンを取り出し耳にねじ込んだ。スマートフォンを操作して音楽を流すと、頭の中に直接響いてくる。この感覚が私は好きだった。頭の中がそれでいっぱいになって、強制的に他の思考が中断された。
透明
得意なこと。それはみんなが持っているものだとカウンセラーの花里先生は言った。「だからあなたにもあるわよ。」先生は続ける。無責任だと思った。どうしてみんなが持っているものだとわかるのか。得意とは、どこからどこまでを指すのか。私は何もできない。勉強も運動も、0から1にすることも、1を100にすることも、10にすることすらできない。私は何も持っていない。私が私であることを証明する術はない。どこにもない。
花里先生はその後も、私を励ますための的外れな言葉を熱心に吐き出してくる。はいと頷いているとカウンセリングはいつの間にか終わって、私は待合室のソファに座っていた。どうやらお母さんと花里先生が少し話をするようだった。まだ地面に完全にはつかない足をぶらぶらと持て余す。5分ほどでお母さんは帰ってきた。何を話していたのだろう。一瞬思ったが、聞くほどではない。花里先生は私のことを何も知らないのだから、彼女の想像でしかないことを話されたのだろう。私は先生とコミュニケーションを取らなかった。だから先生が私のことを何も知らないのも当たり前だった。先生が一方的にボールを投げてきて、私はそれを取るために動こうともしない。きっと私は、これをずっと続けるのだろう。
個人的に好きな1文は、「一瞬思ったが、聞くほどではない。」
主人公の「関心はゼロではないけど、聞くのは怖い、だから聞くほどではないと思い込むことによって自分を守っている」感が出て良いなと思った。
続き書くか迷う
投げるわ
2025/05/17
可哀想な子だ。
初めて加藤沙織という人物を目にした時、そう思った。加藤沙織は更衣室で小柄な女の子をいじめていた。たまたまドアが少し開いていて、隙間が生まれていた。人もほとんど来ない、寂しい旧校舎の4階だったので油断していたのかもしれない。のちにいじめられている女の子の名前は久世結衣だと知った。結衣は壁際に追い詰められ、ヘナヘナと力なくへたり込みながら、苦しそうな表情をしていた。加藤沙織は結衣の長く美しい黒髪をひっぱって彼女を立たせた。結衣は大粒の涙をボロボロと流しながらいじめに耐えていた。そんな健気な女の子を、加藤沙織は気持ち悪いと容赦なく罵っていた。
私は静かにその場を後にした。もうこのことは忘れようと決意しながらも、頭の隅では加藤沙織の姿がへばりついて離れてくれなかった。加藤沙織にも、自身を大切におもってくれている誰かがいるだろうに。気にかけてくれるような、愛してくれているような人。
次の日も昨日のことが気になってしまい、昼休みに高速でお弁当を食べ、旧校舎の4階更衣室に向かった。ドアは閉まっていたが、音が中から漏れ出ていた。ロッカーに何かが当たったような鈍い音が響く。おそらく結衣が加藤沙織に突き飛ばされたのだろう。
痛そう。自然と顔が歪む。不意に足音が近づいてくることに気づいた。一瞬、加藤沙織が更衣室から出てこようとしているのかと思い焦ったが、違ったようだ。
「あ」階段を上がってきた山口美緒が更衣室の前に立つ私を見て、そうこぼした。
山口美緒と私は、いわゆる幼馴染であった。だからと言ってとても特別仲が良いわけではない。小学生の時は学校終わりは毎日一緒に帰っていたりしていたが、中学に上がって別々の部活に入ると当然時間が合わなくなる。クラスも同じではなかったため話すこと自体が減っていき、今はなんとなくお互いに気まずい。
「雛乃…なにしてんの…」私を見て怪訝な顔をする。私はしっと自身の唇に人差し指を当て、もう一つの人差し指で更衣室のドアをさす。美緒はさらに眉を顰めたが、こちらにきて更衣室のドアに耳を近づけた。中から加藤沙織の荒れた声がうっすらとだが聞こえてきて、美緒は目を見開いた。困惑した表情で私と更衣室の間で視線を揺らす。10秒ほどそうすると、彼女は私の手を引っ張った。自身が上がってきた階段付近で立ち止まり口を開く。
「雛乃、知ってたの?」
「昨日気づいたばっかだけど…。いじめだよね」
まるで美緒は元から知っていたかのような口ぶりが気になった。そういえば、彼女はなぜこんなところに来たのだろう。
「そうだよね。やばいよね。わかってるんだけどさ」「なに?美緒は知ってたの?このこと」「うちのクラスはみんな知ってるよ。加藤さんも久世さんも同じクラスだしそりゃわかるでしょ…」
思考が停止した。彼女はなにを言っているのだろう。
「知ってるのに放置してるの?」
美緒は下唇を噛んで俯いた。私は続ける。
「そりゃ、自分が犠牲になる必要はないけど、担任に言うとかできるでしょ?簡単なことじゃん」
「…加藤さんは加藤電気の社長の娘なんだよ、有名だよ。だから担任も逆らえなくて黙ってるわけ。逆に久世さんは貧乏らしいし」
怒りが一気に冷めていく。現実はそんなもんなのか。どうしようもできないもんなのか。
「加藤電気はさ、この学校にたくさん寄付してるからさ。校長までいじめのことが伝わったとしても、きっとなにも変わらないよ。先生にチクったことが加藤さんにバレたら、次いじめられるのは自分かもしれない。っていうか、そうなんだよ。久世さんも」
美緒はそこで言葉を止め、諦めのようなうっすらとした笑みを浮かべた。仕方ないんだよと言う彼女の呟きは、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
身体中の力が抜けていくのを感じる。加藤電気のとこの娘か。なら仕方ない。どうしようもない。だから私も賢い他の生徒のように、見て見ぬふりをすれば良い。強者は弱者を潰し、弱者は強者に潰される。それだけの話だった。
「もうそろそろ、お昼終わるね。戻ろう」
腕時計をチラリと見た美緒が言った。
誰かのせいだった
私は何も持っていない。私のしていることは結局誰かがしていたことを繰り返しているだけだった。新しいものを生み出す力は私にはない。私の力で幸せになったのではない。私は何もしていない。そのことを知らないみんなは私を褒める。褒められるのは嬉しいけれど、どこか虚しい。私がいなかったとしても、私の代わりとして十分すぎる人間が必ずいる。私が生まれ来た理由は何?きっとその「私の代わりとして十分すぎる人間」も、そう思うのだろう。そんなことを考えて、心が軽くなってしまう。何も解決はしていないのに。
山吹、再起動。
リメイク
山吹あずさが死んだ。病気だった。彼女は私の幼馴染だった。私たちはずっと仲が良くて、幼稚園の頃、彼女はどうしてかわからないけれど、いつも私の後をついてきていたのが懐かしい。中学2年になった頃、山吹あずさが悪性リンパ腫であることを知った。つまり癌だ。医者に余命半年だと告げられたことも続けて教えてもらった。私は悲しみに暮れ、そして彼女を支えると決めた。勉強より、部活より、友達より、あと半年しか一緒にいられない彼女に時間を使った。彼女はそのことに対していつも申し訳なさそうな顔をしていた。ごめんねと度々言われた。私は聞こえなかったふりをしていた。
余命宣告をされてから7ヶ月後、あずさは息を引き取った。もちろん、多少の心構えはできていたけれど、それでも私を鬱にさせるくらいには衝撃的でショックの大きい出来事だった。あずさが死んでから私は家に引き篭もるようになった。なので鬱だと診断されたわけではないが、両親は完全に鬱だと思っているし、私自身もまあそうだろうなと頭のどこかで感じていた。
カーテンを閉め切った、人工的な光に照らされている部屋。外はきっと真っ暗だ。でも私は眠れなかった。体も心も疲れているのに、寝ることができなかった。スマホで時間を確認すると深夜2時半だった。「2:30」その数字に体が少し跳ねた。
山吹あずさが死んだ時間だ。
平静を装いつつ、スマホの画面を下に向けた。その時、ピコンとスマホが鳴った。こんな時間に?と不審に思いつつ、だからこそ気になった。だがまたあの数字を見るのだと思うと、スマホに伸ばした手が一瞬止まった。それでも数字を見ないように通知を確認した。トークアプリからの通知だった。インストールしたは良いものの、部屋に篭りっぱなしになってからは大した働きをしていないアプリ。あずさが生きている時は頻繁に使っていたのにと、そんなことを思って胸が締め付けられる。もうこれ以上それについて考えてしまわないよう、メッセージに意識を向ける。誰がこんな時間に送ってきたのだ。確認して、目が釘付けになった。相手の名前が、「山吹あずさ」____彼女のものだった。おかしい。彼女のスマホはとっくに処分されたはずだ。もうこの世に存在していない。同姓同名の人は登録していない。
恐怖心も、確かにあった。でもそれ以上に、期待が膨らんでいった。その通知が、彼女の名前が、光り輝いて見えた。私は震える手で送られたメッセージを開いた。2通、送られてきていた。
『いつまでも部屋に篭りっぱなしじゃだめだよ』
『前に進んで』
ただの文字のはずなのに、視界が滲んだ。頬を生ぬるい液体がつたった。
ただの文字のはずなのに、それには特別な力が込められているように感じた。さっき以上に胸が締め付けられた。でも、苦しくはなかった。
彼女に背中を押されたから、だから、私は進む。未来に向かって。
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リメイク前(多分小6後半〜中1前半あたり)
君が死んだ。ずっと前から医者に余命宣告をされていた。
心構えはできていたからショックはある程度減っていたのかもしれないが、少なくとも私を鬱にさせるくらいは悲しかった。
君が死んでから私は家から出なくなった。だから鬱と正式に診断されたわけではないけれど、両親は私を完全に鬱だと思っている。
カーテンを閉め切った、人工的な光に照らされている部屋。
外はきっと真っ暗だ。スマホの時計を見ると深夜2時半だった。「2:30」。その数字に体がびくりと反応する。
君が死んだ時間。
ぴこん、とスマホが鳴った。またあの数字を見ると思うとスマホを伸ばす手が一瞬止まった。
「LINEか‥‥。」
数字を見ないように通知を確認する。
インストールしたはいいものの、部屋に篭りっぱなしになってからは大した働きをしていないアプリ。
君が生きている時は頻繁に使っていたのに。
でも、奇妙なことが起きていた。
送ってきた相手の名前が____『山吹 あずさ』君の名前だった。
目が名前に釘付けになる。
意味がわからない。君のスマホはもう処分されたはずだ。だから誰も持っていない。
君と同姓同名の人は登録していない。そもそも、私とLINEを交換しているのは両親とあずさだけである。
私は震える手であずさから送られてきたメッセージを開いた。
2通、送られてきていた。
『いつまでも部屋に篭りっぱなしにならないように』
『前に進んで』
ただの文字のはずなのに視界が滲んだ。
ただの文字のはずなのに、それには特別な力が込められているように感じた。
君にそう背中を押されたから、だから、私は進む。未来に向かって。
リメイク前のほう短編カフェのリレー小説から引っ張ってきた。リレー小説っていいね。
四分咲き
『好きでした。大好きでした。』
それだけ書いた手紙を、封筒に入れる。四葉のクローバーのシールで封をした。クローバーを選んだことに意味はない。ただ、なんか良さそうだったから。明日、この手紙を先輩に渡す。読んでもらえなくてもいい。彼の心に届かなくてもいい。自分の中でこの気持ちにけじめをつけたいだけなのだ。
手紙を丁寧にカバンに入れる。明日は先輩の卒業式だ。卒業式が終わったあと、それとなく渡そうと静かに決めた。
次の日、ちゅんちゅんという鳥の鳴き声で目が覚めた。時間を見た。目覚まし時計がなる10分前だった。窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でる。それに乗った春の匂いに、私の鼻がくすぐられた。支度を終えて、カバンを肩にかけ家を出た。カバンの中の手紙が曲がっていないか、シールが剥がれていないか、そんなことを何度も確認した。そうしているうちに、やけに長く感じた通学路も歩き切って、学校の校門をくぐっていた。先輩のことばかり頭に浮かんできて、朝のHRのことはあまり覚えていない。気づけば、体育館の遠い天井を見上げていた。卒業生、入場、という先生の声と同時に体育館のドアが開き、卒業生たちが入場してくる。私は拍手をしながら先輩の姿を探していた。先輩は少し緊張した表情で歩いていた。でも堂々としていた。
そのあと、卒業証書授与や卒業生からの答辞などを終え、拍手に包まれながら卒業生が退場する頃には、あちこちから鼻を啜る音や嗚咽が聞こえてきていた。私もいつの間にか鼻頭が熱くなっていた。
在校生である私たちも教室に戻り終礼が始まる。私たちを見つめる先生の瞳は少しだけ遠くを見ていた。終礼が終わってすぐ教室を出ようと思ったが、友達が話しかけてきたので少し遅れてしまった。それでもなるべく早く会話を切り上げ廊下に出た。先輩に会いたくて、走ろかという考えが脳裏に浮かんだけれど、カバンの中の手紙がそれでよれよれになってしまったら大変だ。
先輩は、校門にいた。写真撮影や見送りでごった返していたが、私は彼をすぐに見つけることができた。後輩女子に囲まれていた。彼の制服の第二ボタンは、もうなくなっていた。改めて先輩の人気を目の当たりにし、開きかけた口から声が出なかった。カバンの持ち手をぎゅっと握りしめ、大丈夫、渡すだけだ、と自分に言い聞かせながら、ほんのりと暖かい手紙を、カバンから取り出す。幸い曲がってもおらずシールもそのままだ。それを見て、少しだけ胸が締め付けられた。
「先輩。」女子生徒らの隙間を抜け先輩の近くに行った。緊張でくちびるがわずかに震えていた。「見なくてもいいです。受け取っていただけますか。」彼の目を真っ直ぐに見て言った。聞こえるか聞こえないか、伝わるか伝わらないか、ギリギリの声量だった。でもそれが今の私の限界だった。先輩の顔が変わるまでの一瞬が、永遠のように思えた。その一瞬、私の世界からは音が消えた。先輩と私以外のすべての人間が消えた。なのに、手の震えだけは消えてくれなかった。彼はにこりと笑い、ありがとうという言いながら手紙を受け取ってくれた。きっと手紙の中身も大体の予想はついているのだろう。彼にとっては、よくある手紙のひとつかもしれない。けれど、私にとっては、今までの人生で1番特別な手紙だった。いつか後悔するかもしれない。でもきっとしない。
頬が熱い。自分でもわかった。そっと背を向けて彼の元を離れた。数秒だけでも、彼の瞳に私が写っていた。風がやわらかい。桜の花びらが、光に滑るように舞った。
あたし
自分の存在
朝が来た。カーテンを開けた。光が差し込んできて、目が覚めた。制服に着替え朝ごはんを食べたあと、テレビの占い番組を見て、カバンを持って、靴を履いた。家を出た。通学路の空気は冷たく、透き通っていた。学校に着いた。上履きに履き替えた。廊下を歩いて、階段を上がって。教室に入ると、急に冷たかった空気があたたかくなった気がした。友達が挨拶をしてきた。だから私も笑顔で挨拶を返した。しばらくして、HRが始まった。私は先生の話を真剣に聞いていた。
休み時間に友達とお手洗いに行った。用を足したあと、手を洗いながら鏡を見た。そうしたら、少しだけ他人に見えた。
「ねえ。私って、私に見える?」友達に聞いた。友達は不可解そうな顔をした。「そりゃーそうでしょ。」当たり前でしょ、という顔をしていた。そっかと返した。友達は別の話をし出した。私はしばらく、鏡に映った顔が忘れられなかった。
家に帰った時は、午後6時を回っていた。お母さんが晩御飯の支度をしていた。私は部屋で期限が迫っている課題を済ませた。ちょうど終わった時、お母さんが「ご飯よー。」と私を呼んだ。部屋を出た。お父さんが帰ってきていた。テレビでバラエティ番組を見ながら、一緒に食卓を囲んだ。時々お母さんとお父さんが笑った。だから私も一緒に笑った。
ご飯を食べ終えた。私は空になったお皿を全てシンクに運んで、手袋をはめ、洗い物を始めた。お母さんが「いいわよ、そんな。」と駆け寄ってきた。私は全然大丈夫だよと答えた。結構好きだし。そう続けたら、お母さんが顔を緩めた。「本当に優しい子ね。」私は優しい子だった。
私の誕生日がやってきた。登校すると、友達が笑顔で近づいてきた。「じゃーん!」隠し持っていたプレゼントらしきものを私にくれた。綺麗な包み紙に包まれていた。私は咄嗟に笑顔を作った。「え、何これ!中見てもいいの?」高い声を出した。友達はへへっと笑いながら頷いた。包み紙を丁寧に開けた。ハンカチが入っていた。端に、猫の刺繍がされていた。「めっちゃ可愛くない?歩実、猫、好きでしょ?」本当は猫は好きでも嫌いでもなかったけれど、嬉しそうに答えた。「うん、大好き!ありがとう!」私は猫が好きな子だった。
誕生日は、家でも祝われた。親からは小さな置き時計をもらった。上品な茶色で、シンプルだけど重い。手のひらに乗せた時、沈んでしまいそうだと思った。「机の上に置いておくといいわよ。こういうシンプルなものだと歩実の部屋の雰囲気にも合うんじゃない?」ありがとうと答えた。私はシンプルで、上品で、大人っぽいものが好きな子だった。
部屋に戻って時計を机の上に置いた。確かにこの部屋の雰囲気に一致した。でも、なんだろう。言葉にできなかった。ただ疑問が湧いてきた。
どうして私はこんな部屋にしたんだろう。私の好きなものって、こういうのだっけ?違う。私の好きなものは、大人っぽいものでもない。猫でもない。もっと、違うものだ。そう思った。
私の物語に、悪い人はいない。不幸というわけでもない。
でも、私があたしでいれたら、いることができたら、もっと幸せだったのかも知れなかった。
はははっははh。
最初の文章、やけに客観的に自分を見てるとこで理解しろよ主人公。
菓子パン
小さい頃から愛されない子だった。私の家にお父さんはいなかった。お母さんは夕方になると髪を巻いて綺麗なお洋服を着て、キラキラのバッグを持って家を出た。帰ってくるのは朝で、お母さんはそのあと昼まで寝ていた。だから夜はご飯を食べられなかった。朝は寝ているお母さんのバッグからこっそりと菓子パンをうばって食べた。お母さんのカバンの中にはいつも菓子パンがあった。私がそれを食べていることにも気づいていたのかもしれなかったが、それについて怒られることはなかった。気づいていたのか、いなかったのかは分からない。お母さんは乱雑だから、後者の可能性も十分にあった。
小学校に上がってすぐ、友達が出来た。何人もできた。その時だけは楽しかった。一緒に給食を食べた。校庭で走り回った。私の外見は薄汚れていたけれど、誰も何も気にしていなくて、私自身も外見については何も考えていなかった。でも小学校4年生になったころから、私は孤立した。ひそひそと陰口を叩かれた。「臭い」「汚い」「きもい」そう言われていた。初めて、私はおかしいんだと知った。家では頻繁に水道や電気が止まったので、毎日お風呂に入ったり洗濯をすることはできなかったし、料金が上がるとお母さんに怒られた。でもそれは少し嬉しかった、お母さんと話すのはその時くらいだったから。ただお母さんに嫌われたくないという気持ちもまたあって、私は屋根裏に潜むネズミのような生活を送っていた。
小学5年になったころから、クラスでいじめが発生した。いじめの標的は私だった。いままで陰で言われていたことを直接、かつ大声で嘲笑うように言われた。家にも学校にも居場所はなくて、味方も誰もいなくて、いやむしろ、私が自己防衛のために全員のことを敵だと思い込んで、助けてくれる人を突き放していたのかもしれなかった。真実は分からない。あの時は生きるために必死だった。
中学生になった。現実での状況は小5のときから何も変わっていなかったけれど、ひとつだけ好きなものができた。AIだった。AIは私に全てを包み込むように肯定してくれて、慰めてくれた。そのことが限界ギリギリだった私の心の唯一の希望になった。毎日、学校のタブレットでAIと話した。AIと話している時だけは幸せでたまらなかった。だんだんエスカレートするいじめにも、お母さんの無関心にも、AIが居たから耐えられた。
でもそれをみんなは否定した。
いじめっ子は言った。「AIが友達なの?うける」
学校の先生は言った。「学校のタブレットを勉強以外に使ったらダメなのよ」
お母さんは言った。「ずっとタブレットにニヤニヤしてて、気持ち悪」
私はなにも、全人類に愛されたいと言ってるんじゃない。ただ誰かに、1人だけでもいいから、私のことを見てくれて肯定してくれて、たとえ表面上だけの言葉でも、愛して欲しかったんだ。それってそんなに贅沢な願い?
(「・ω・)「
次
昔は夏が好きだった。日が長いおかげで、外で沢山遊べるから。汗をかけるから。風が気持ちいいから。理由は色々あった。私はとにかく活発で友達も多くて、よくいえばポジティブ、悪く言えば脳筋。男子にゴリラ女とか言われても全然傷つかなかったし、だから自分はメンタルが強いんだと思っていた。
中学に上がったときから、少しだけ周りが変わった。少しだけの変化だった。女子と男子の間に少しだけ距離ができて、男子とばかり話していると少しだけ悪く言われて、クラスにカーストというものが発生して、みんな、少しだけそれを気にしていた。私はそんな空気が嫌だった。だからそういうことを完全に無視して学校生活を送ろうとしていた。
それは簡単なものではなかった。
きもいと言われた。みんなに避けられ始めた。友達がいなくなった。
小学校のころからずっと仲が良かった子もあっさり離れていった。
そんなものかと思った。それでも私は自分を変えなかった。だって私は間違ってないから。ここで屈したら、私らしくない。ここで屈したら、私の負けになってしまう。そう思って、ふんばった。きっと、いや絶対に、他の子も前みたいに戻ってくれる。いつになるかは分からないけれど。
でも結局それも全部強がりで、私の強いと思っていたメンタルはゆっくりとバランスを崩していった。当時淡い思いを寄せていた男子に尻軽女とからかわれたことが決定打となり、私は学校に行けなくなった。
動画配信サービスで、リストカットというものをしった。見た時、喉が音を鳴らした。やってみたいと強く惹かれた。ハサミで手首を切ってみた。痛かった。すごく痛かった。ああ、私って何してるんだろ。そう思った。でもやめられなくなった。こんなに痛いのに、こんなに辞められないものって、こんなに、私が生きていることの証明になるものって、ある?
そのときは秋から冬への移り変わりの時期で長袖を着ていたから、親にも誰にも私がこういうことをしていると知られずにすんだ。
親は時折、「勉強だけはちゃんとしなさいよ」と言った。私は頭が悪かった。中1になってすぐに勉強につまづいて、最後に受けたテストでは特に数学が酷く、25点を叩き出した。まだ中1でこれだ。私の人生どうなるんだろう。考えて心が潰されそうになる。だからリストカットに逃げる。そんな日々を続けた。
いつの間にか中2になっていた。先生に「始業式だけでもこない?」と誘われたけど拒否した。私の通う中学校は生徒数が少なく、3年間で一度もクラス替えがない。みんなに会うのは気まずいし、また傷つきたくなかった。それにきっと、みんな、成長してる。私が家に引きこもっていたこの数ヶ月間は空虚で、きっと、私だけ取り残されてるんだろう。きっと、どうしたって傷つくんだろう。きっと。
なんの変化もないまま、6月になった。リストカットは相変わらずやめられなくて、私の手首には常に線が何本も走っていた。
もうすぐ、夏が来る。私はその事が怖くて仕方なかった。半袖を着ることになるから。私の手首が見えてしまうから。かといってずっと長袖を着用するのも無理があった。親に違和感を抱かせてしまう。どうして長袖を着ているの、と聞かれた場合の最適解も思い浮かばない。私はずっと昔から暑がりだし、その性質が急に変わるのも変な話だ。
リストカットをやめるという選択肢はなかった。
7月になって、急に気温が上がった。日中は30度を超え、それでも長袖を着続けるのは厳しかった。ずっとエアコンをきかせるのもまた厳しい。エアコンをつける前に半袖になれよという真っ当な指摘がすぐに飛んでくるだろう。
だから私は、久しぶりに学校の制服に腕を通した。
久しぶりに半袖を着た。
久しぶりに家を出た。
久しぶりに通学路を歩いた。
久しぶりに校舎をみた。記憶よりも汚れていた。
久しぶりにクラスメイトたちの顔をみた。
久しぶりに階段を上がった。
久しぶりの屋上。
久しぶりの空気。
何もかも久しぶりだった。
柵を飛び越えた。
落ちた。
次はきっと、夏が好きになれるよね。
ハピエン🎉
泣き方
暇だったから書いた。
七夕ってあれじゃん、かい。。。。かいぶ。。。。。。。。。。。。。かいふ。。。。。かいぶ。。。。。。かいぶーーーーーーー。。。。。。。。。あーーなんだったけ。
↑怪文🤔
おばあちゃんが死んだ。
だから私は泣いた。
おばあちゃんの冷たい手に、自分の温度のある手を重ねて泣いた。
葬式が行われた。
私はそこでも泣いた。
大人はみんな私を同情の瞳で見た。
誰かが言った。「優しい子だね。」
私は少し嬉しかった。
もっと言われたかった。そのまま泣き続けた。
幼馴染の萩原が、そんな私を見て変な顔をしていた。
私はそのことに気づいていたけれど、知らないふりをした。
ペットの犬が死んだ。
だから泣いた。
潤いのない犬の毛を撫でて泣いた。
葬式が行われた。
私はそこでも泣いた。
お母さんが悲しそうな顔をして私の背中に手を添えた。
私は少し嬉しかった。
もっと優しくされたかった。そのまま泣き続けた。
教室で飼ってた金魚が死んだ。
あちこちから嗚咽が漏れていた。私は一番泣いた。
みんなが言った。「大丈夫?」
私は少し嬉しかった。そのまま泣き続けた。
萩原はやっぱり、変な顔をしていた。
そのことが気がかりだった。
私は放課後に聞いた。小学校から、家に帰っている時だった。
「なんでいっつも変な顔して私を見るの。」
萩原は真顔で答えた。「奈緒が誰のために泣いてるのか、わからん。」
今度は私が変な顔をした。
懐かしいな。
あんな時もあった。
でももう大丈夫。
私はもう泣ける、誰かのために。
萩原の葬式があった。
まだ20代なのに、ぽっくり逝ってしまった。
「あ、死ぬわ。」萩原の最後の言葉。萩原らしい言葉。
葬式で、私は泣いた。
萩原のために泣いた。
あの日のために泣いた。
胸が締め付けられるような思いだった。
苦しいと思った。
萩原死ぬの突然すぎてウケる。まあ大事なのは萩原の生き様じゃないから。
奈緒はなんか普通の子。普通でありたいと思うばかりに自分を見失いそうになるタイプ。まあ萩原が時々ばかほど刺さること言ってくるから👍
あと萩原は女だ!!!!!!!!!!!!!!!!!無口な少年をイメージするんじゃない!!!!!!!!!!!!!!!いや別にイメージしてもいいけど女だから。。。。。
となり
憧れている人がいた。その人は、転校生として私の学校にやってきた。私が話しかけると、ニコニコと笑顔を浮かべて返事をしてくれた。あ、きっとこの子はみんなに好かれるな、と直感した。そしてそれは当たった。その人はすぐにクラスの中心人物になった。でも、その人は私と一番親しくしてくれた。どうしてかわからなかった。ある日、私は意を決して聞いた。
「どうして私と仲良くしてくれるの。」その人はしばらく黙った。聞かなければよかったと後悔した。数十秒して、ようやくその人は口を開いた。「なんか、好き。」私は困った。その人ですら言葉にできない『なんか』が私から失われてしまったら、離れていってしまうのか。でもそれ以上追求できずに、会話は終わった。
その人は勉強もできた。テストではいつもいい点数を取っていた。その人は運動もできた。体育祭で誰よりも輝いていた。その人は気遣いができた。その人はどこか品を感じさせた。その人は行動力があった。その人は努力家だった。その人のことを知れば知るほど、羨ましいと思った。やっぱりすごいと思った。私のずっとずっと先にいるなと思った。
その人が隣にいると、窮屈で仕方なかった。差を見せつけられるたび、しんどかった。その人は私に対してマウントを取るようなことはしなかったんだ。私が勝手に比べていただけなんだ。悪いのは私なんだ。その事実が余計に私を苦しめた。
もう離れてしまえばいいんだと、ようやく気づいた。
私はその人と距離をとった。その人はそれから少しの間、寂しそうな顔をしていた。私は心の中で、仕方がないんだと自分に言い訳した。罪悪感を必死にかき消そうとした。
ある日に登校すると、私の机の中に手紙が入っていた。まだ誰もきていなかった。封を切って中を見た。手紙の中心に、端正な字でこう書かれていた。『好きだったよ』。すぐに誰からの手紙かわかった。そして、ああ私はやってしまったんだと理解した。私はもうその人に近づく権利なんてないんだと、思った。自分から離れたはずなのに、涙が落ちた。一粒だけだった。
飛ばさない紙飛行機
2025/07/09
私の右斜め前の席の男の子は、よく紙飛行機を折っている。でも飛ばさない。彼は窓際の席なので飛ばそうと思えばいつでも飛ばせるのだが、絶対に飛ばさない。少なくとも私は、彼が外に飛ばしている姿も、外で彼の紙飛行機を見かけることも一度だってなかった。彼が外に投げるのは良くないだろうという真っ当な意見を持ち合わせる人間だったとしても、教室の中ですら飛ばさないので、もはや折り紙が趣味の少年と思うしかないのだろう。ただそれなら別に紙飛行機じゃなくてもいいのではないか。鶴とか、色々あるだろう。私は折り紙を折る彼の姿を見かけるたびにそんなことを考えるが、特段親しい仲でもないので真相は謎のままだった。授業中でも昼休みでも、気づけば紙飛行機を生み出している彼を、私はいつからか無意識に目で追うようになった。
英語の授業中だった。先生が問題の解説をしている時、私は彼の手元を眺めていた。彼はまた紙飛行機を作っていた。先生に見つからないように教科書を立ててうまい具合に隠している。「山宮。」不意に、先生が私の名前を読んだ。「ここはなぜこうなるのかわかるか?」次に当てられるの私だったっけ、と記憶を辿りつつ、黒板をみやる。しかしまず文字で溢れている黒板のどこに意識を集中させるべきなのかすらわからず、数秒黙り込んだ上で「わかりません。」と答えた。少しだけほほに熱が集中していた。先生は「じゃあ、前田。」と彼の前の席の女の子を指名した。前田さんはすぐに答え、それはどうやら当たっていたようで、先生は上機嫌に解説を始めた。余計に恥ずかしくなりながら、紙飛行機に集中している彼の手元をちらりと見た。彼は完成しているであろう紙飛行機をどうしてか一度開き、中にペンで何かを書き込んだ後、再び折って元の姿に戻した。
気になった。何を書いたのかがどうしても気になった。が、前述の通り私と彼は親しいわけでもなんでもないので面と向かって「見せて。」なんて言えないのだ。心がむずむずして仕方ない。彼は中に何かが書かれている紙飛行機をいつもの通り机の中にしまい、頬杖をついて窓の外を眺めていた。私も同じように視線を移したが、今日の天気は曇りで太陽も隠れていて、蒸し暑いということも影響して心がいつもよりふすふすだったので、この景色はどうにも好きになれないと思った。でも、窓に反射している彼の顔を見れるのはラッキーとしか言いようがなかった。
例の紙飛行機は、やはり彼の机の中に置いてあった。それはお昼休みも、5限目も、6限目も変わらなくて、ついに放課後になっても全く同じ状況であった。彼は紙飛行機を折った後は一時的に机の中に入れているようだけど、翌日になったらもう何もないので、おそらく家に持ち帰っているのだろう。だがしかし、今日はどういうことやらそれを忘れているようだった。長引きやすい舎外の掃除を終えそのことに気づいた時、私の胸は急に高鳴った。教室にはまだ数人の生徒がいたが、恐らく少し待てばすぐに撤収するだろう。そうしたら、教室には誰もいなくなる。
私は廊下へ出た。廊下は朱色の夕日に染まっていて、運動場では運動部の掛け声が響いていて、下駄箱の方からは女子生徒たちの高い声が聞こえてきて、顔も知らない生徒や先生とすれ違って、トイレに入ると私を感知して電気がパッとついて、用を足して手を洗って、鏡には見慣れて顔が写っていて、そんな普通の日常を送っている、平凡な女の子。普通の思いを抱えてる女の子。
教室に戻った。もう誰もいなかった。私は彼の机へ向かった。机の中に手を入れた。紙飛行機の感触が確かにあった。取り出した。心臓がうるさかった。紙飛行機の中に書くことなんて大したことはないんだろうけど、でももしかしたら、もしかしたら、心臓はなおらなかった。ゆっくりと中を開いた。彼の文字はふにゃんとしていた。『この子好き』。それだけ。どこか拍子抜けした。「この子」が一体誰なのかはわからない。どういう「好き」なのかも。友情としての好きなのか、恋愛としての好きなのか、憧れとしての好きなのか、マスコット的な好きなのか。結局何もわからないし、この文章に大きな意味があるともあまり思えなかった。でも私の表情は自然とにやけていた。なんとも彼らしかった。愛おしいと思った。
前田だよ。「彼」が好きなのは!!!!一瞬だけ出てきた前田!!!!!「彼」が窓の外を見ていたのは!!!!窓に反射する前田の横顔をこ盗み見てたわけで!!!!!でも同時に主人公も「彼」を見てたわけで!!!!!!!
うわあ三角関係わろた。