人づきあいが苦手で、家族との交流も少なかった14歳の少女、エリカ。
そんな彼女が転生した先でも、『悪魔の子』と言われ忌み嫌われて——。
そしてエリカは、悪魔と契約をするために魂を売った。
その契約内容は——『私と友達になって』?!
これは、ちょっと……どころかだいぶ変わった、少女の転生物語。
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目次
終わりと始まり
「先生さよーなら!」
「おう、気を付けて帰れよー」
クラスの一軍女子たちの声を聞き、エリカは顔を上げた。
(…もう、こんな時間か)
冬の今は日没が早い。4時過ぎにはすでに、空は茜色に染まっていた。読みかけのファンタジー小説を鞄にしまい、エリカは席を立つ。
そして、無言で教室を出た。
彼女の姿を気に留めるものは、誰もいなかった。
エリカは、孤独だった。
人づきあいが苦手で、友達と呼べる人間など一人もいなかった。帰っても、両親は共働きで大体家にいない。夜は一人寂しく冷食を食べるのが日課だった。
「……寒い」
学校を出ると、容赦なく刺すような冷気がエリカを襲う。吐息が白く染まり、ほかの誰にも見られることなく消えてゆく。エリカはマフラーをしっかりと巻き、それに顔をうずめ、一人で帰宅路を歩き始めた。
温かみのない、いつも通りの帰り道だった。
「ねぇ聞いて、このまえさー」
「えーまじ?ウケるー!」
信号待ちをしていると、隣に女子高生二人組が並んだ。羨ましさがこみあげてきて、エリカは慌てて目を反らす。
——孤独なんて、慣れているはずだ。
そう心に言い聞かせて、だけどチクチクとした痛みは消えなくて。エリカは信号が青に変わった途端、わき目も降らず歩き出した。
その直後、
ステージに上がったかのように眩い光がエリカを包んだ。
「……え?」
迫ってくる”それ”を認識した時には、もう運命を変えられないほどの距離まで来ていて。
思考が止まって、頭が真っ白になって。
すべてがスローモーションに見えた。
だけど、時はちゃんと動いてて。
——エリカの身体は、トラックに跳ね飛ばされた。
---
眠い。
寒い。
…冷たい。
私は……どうなっちゃったの?
---
——エリカは、洞窟のような場所で目を覚ました。
「………え…?どこ、ここ……?」
混乱しながらも、エリカは立ち上がった。冷たい岩の上で寝ていたようだ。手のひらがひんやりとする。
「私……トラックに撥ねられて…それで……ここ、病院じゃ…ない…、?」
とてつもない不安を覚え、エリカは胸元の前でぎゅっと手を握る。洞窟内はとても広く、震えるエリカの声はすべて反響して聞こえてきた。
「……あれ…?」
ふと、違和感を覚えて足元を見る。
エリカの足には——身に覚えのない、こげ茶の厚底ブーツが収まっていた。慌てて腕を見ると、袖に金色の装飾が付いた黒いローブが身を包んでいる。
「え、…え?」
静かにエリカは困惑する。
誰でも良いから、状況を説明してほしい。
ただ、周りを見渡しても無機質な岩と水しかない。
……水?
(水なら、鏡の代わりになるかな……)
好奇心に突き動かされ、エリカはこわごわと水たまりに近づく。
映し出された己の姿を見て、エリカは言葉を失った。
——映ったのは、墨から生まれてきたような少女だった。
闇を吸い込んだみたいに真っ黒なウルフカットの髪は、寝起きのように跳ねている。無造作に伸びた前髪に隠されている紫色の瞳は、まるでアメジストみたいだ。どこかあどけなさの残る顔は、絶世の美女までとはいかなくとも、まぁまぁ整った顔立ちをしている。
その姿は、いつものエリカではなかった。
——見知らぬ、”誰か”だった。
「どういう…こと…?夢…?」
頬をつねる。
頭を軽く小突いてみる。
だけど、目が覚める気配はなかった。
そもそも、意識自体はかなりはっきりしているように思える。
その事実が、エリカの馬鹿げた妄想に拍車をかける。
「もしかして、私…」
「——転生、した?」
『悪魔の子』
しばらく呆然としていたエリカは、頬に垂れた水滴で我に返った。
(……とにかく、外に出てみよう…)
エリカは薄暗い洞窟を歩きだす。歩くたびにひんやりとした空気がかき混ぜられ、エリカの髪の上を滑り去っていく。エリカの心臓は、うるさいほどに音を鳴らしていて。
「……あ」
エリカの口から、短い音が漏れた。
——ぽっかりと開いた洞窟の出口からは、清々しいほどの青空がのぞいていた。
---
爽やかな風がエリカの髪をもてあそぶ。温かい日差しからは、生命の息吹さえ感じられて。エリカは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。ぽかぽかと温かい陽気がエリカを歓迎する。
洞窟の外は、視界いっぱいに広がる草原の丘の上だった。
「……これから、どうしよう」
エリカの呟きは誰にも聞かれることもなく、ぽとりと地面に落っこちて。自然と、エリカの視線も下に落ちる。
(………)
やっぱり、転生したとしか考えられないのだろうか。でも、そんなことは本当にあるのだろうか?ぐるぐると同じ考えが回り、風船を膨らませるようにエリカの不安も大きくなる。エリカは立ち込める黒雲を払おうと首を振り、
「……!」
——町らしき、ほのかな明かりを見た。
---
その町は、ヨーロッパの田舎のような雰囲気を漂わせていた。
レンガでできた建造物。行き交う人々。ただ、エリカと同じ黒髪の人は見当たらない。一応彼らが話している言葉は日本語として聞こえてくるが、|ゲート《門》に書いてある文字までは読めない。見たこともない、いかにも”異世界”らしい文字が使われていた。
エリカは町に入る勇気が出ず、入口の前で立ち往生する。ぐずぐずしているうちに、近くにいた男とぱっちりと目が合った。
「……!!」
男は目を見開き、エリカを凝視する。コミュ障のエリカの思考はたまらず固まる。
(あっ…、そうだ、挨拶しなきゃ…)
程なくして、ようやくエリカの頭は動き出した。
「…あ、えっと…あの…」
しどろもどろになりつつも、エリカは耳を真っ赤にしながら必死に言葉を紡ぐ。
「…こん、にちは…、?」
ようやくまともに男の顔を見れたエリカは、思わず眉をひそめる。
男はエリカを凝視したまま、何かを言いかけ口をパクパクと動かしていた。しかしその口からは言葉が放たれることはなく、音にならないまま空気に混ざっていく。まるで、信じられないものでもみたかのような反応だ。
「あの…?」
エリカが声をかけると、男はびくりと肩を震わせた。怯えた瞳がエリカと交差する。困惑するエリカの前で、ようやく男の口から言葉が漏れ出る。
--- 「——『|悪魔の血を引く者《インフェルノ・ブラッド》』だ!!」 ---
——エリカは、戦慄した。
男の声を聞いた町人が、一斉にエリカの方を見たからだ。
すべての人々の目に、恐怖と憎悪が宿っていて。
「な、なに…?」
声が、唇が、身体が震える。本能が警鐘を鳴らしていて、普段動いているかわからないような心臓が激しく波打っている。
そして、一人の男が叫んだ。
「ここから出ていけ、悪魔の子が!!」
それを皮切りに、町人たちが次々と敵意に満ちた言葉を投げつけてくる。
「こっちに来るな、化け物!!」
「どこかに行け!!お前にい場所なんて無いんだ!!」
鋭く冷たい言葉の刃は、脆く弱いエリカの心に傷をつける。
「っ……!!」
ついには石まで投げつけられた。ジンジンと痛む頬からは、滲みだした血と一緒に大切な何かが溢れ出てしまいそうで。
たまらずエリカは走り出した。
行き先なんて、わからない。
なぜ、こんなに自分が嫌われているかわからない。
『|悪魔の血を引く者《インフェルノ・ブラッド》』が、『悪魔の子』がなんなのかよくわからない。
……ただ。
——転生しても自分は一人ぼっちなのかもしれない、という事実だけがわかった。