「人類の砦」を守る鉄の巨獣。
だが、その砲口が向けられたのは——味方の背中だった。
人類を捕食する昆虫型変異生物の群れによって、地上が荒廃した未来。生き残った人々は、巨大な防壁都市の内側で、軍の管理のもと、辛うじて命を繋いでいた。
故郷を化け物に滅ぼされ、復讐のためだけに防衛隊のパイロットとなった青年、レオン・ガレット。
彼は、かつて世界を巡った空中要塞の遺物である重装甲・重戦車タイプの旧式ロボット「第一艦上機械零(ゼロ)」を駆り、冷徹に、泥臭く、最前線で化け物を圧殺し続けていた。
しかし、ある凄惨な防衛戦の最中、レオンは撃破した変異生物の死骸から、軍の「最高機密データ」を拾ってしまう。そこに記録されていたのは、とんでもない真実。
そして、変異生物の真の正体とは——。
信じるものを失った獅子は、愛機「零」の油圧レバーを引き絞り、偽りの平穏を貪る絶対的な組織へと牙をむく。
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1話「鉄の揺籠、泥の初陣」
煤煙と、灼けた機械油の焦げ付くような匂いが、狭いコックピットの空気を完全に支配していた。
「レオン・ガレット少尉。聞こえているか、おい新兵。恐怖でションベンちびるなよ」
頭上の骨伝導スピーカーから、前線基地でよく耳にする先輩兵士の軽薄な声が響く。だが、レオンは一言も返さなかった。ただ、使い古されて鈍い光沢を放つ重厚な油圧レバーを、静かに、しかし壊さんばかりの力で握り締めるだけだ。
彼の肉体を包み込んでいるのは、人類最後の砦『防壁都市』が誇る、鋼鉄の巨獣。
——【第一艦上機械零(ゼロ)】。
かつて地上を巡っていたという空中要塞の甲板で、かつて運用されていたとされる旧時代の遺物だ。現在の最新鋭機のような洗練されたラインなど微塵もない。角張り、幾度も溶接が繰り返された肉厚な黒鉄の重装甲。肩部には無骨に剥き出しとなった大口径120mm特殊滑腔砲。そして右腕には、火薬と油圧の力で杭を打ち込む質量兵器——超振動パイルバンカー。
鈍重。だが、圧倒的。
それは、家族も故郷も、愛するすべてを化け物に奪われたレオンが、ただ奴らを駆逐するためだけに選んだ「鉄の揺籠」だった。
カチ、と古いモニターが明滅し、防壁の向こうに広がる茶褐色の荒野を映し出す。レオンは冷徹な視線で、その乾いた大地を睨み据えていた。
突如、コックピット内に耳を劈くような警報音が鳴り響いた。赤色灯が狭い室内を不気味に染め上げる。
**『——各機、警告! 前方に高エネルギー反応! 防壁外、荒野より敵影多数! 過去最大規模の群れだ、各自迎撃体制を整えろ!』**
曇天の砂煙を文字通り二つに割って、それは現れた。
悪夢を形にしたような姿だった。
鋼鉄をも噛みちぎる大顎を持ち、びっしりと黒い甲殻に覆われた巨大な昆虫型の変異生物。カサカサという無数の節足が大地を削る音が、不気味な羽音と混ざり合い、防壁そのものを激しく震わせる地鳴りとなって押し寄せてくる。
「おい、冗談だろ……! こんな数、作戦本部は言ってなかったぞ!」
無線の向こうで、先ほどの軽薄さが嘘のように先輩の悲鳴が弾けた。
直後、地中から跳躍した巨大な甲虫が、先輩の駆る機体に背後から飛びかかった。ガギィィンと凄まじい金属音が響き渡り、最新鋭のはずの装甲が、まるで紙切れのように容易く引き裂かれる。鮮血がコックピットから噴き出し、最前線は一瞬にして凄惨な地獄へと変貌した。
「ああ……、うあああッ!」
周囲の新兵たちが恐怖で硬直を始め、操縦桿を握る手を震わせる。
だが、レオンの瞳だけは、凍りついたように冷徹なままだった。恐怖に呑まれる隙など、彼の心には一寸たりとも残されていない。胸の奥で燻る黒い炎が、彼を冷酷な機械へと変えていた。
「……来い。一匹残らず、圧殺してやる」
レオンは、機械零の油圧レバーを深く引き絞った。
ゴオォォン、と重厚なエンジン音が咆哮を上げ、金属の関節が軋む。数十トンにも及ぶ鉄の巨躯が、押し寄せる化け物の津波に向かって正面から突撃を開始した。
カサカサと肉薄した変異生物の鋭い爪が、火花を散らしながら機械零の胸部を引っ掻く。だが、旧時代が遺した肉厚な黒鉄の盾は、びくともしない。
「まず、一匹」
レオンはフットペダルを踏み込み、照準を固定した。
ズドン——!!
120mm滑腔砲がゼロ距離で火を噴いた。強烈な反動がコックピットを揺さぶり、レオンの肉体をシートに叩きつける。至近距離で砲弾を脳天に浴びた化け物は、緑色の濁った体液を撒き散らしながら、肉片へと爆散した。
しかし、一匹が沈んでも、すぐさま背後からさらに巨大な甲虫が、機械零の頭部コックピット目掛けて大顎を突き出してくる。
「舐めるな」
レオンは瞬時に右腕の駆動システムへと回路を切り替えた。
キィィィン——と鼓膜を刺すような高圧縮の超振動が、右腕に仕込まれた巨大な鉄の杭へと伝わっていく。油圧計の針がレッドゾーンへと跳ね上がる。
レオンは操縦桿のトリガーを、限界まで押し込んだ。
ドゴォォォン!!
パイルバンカーの杭が炸裂し、爆風と共に化け物の硬い甲殻を真っ向から貫通した。飛び散る激しい火花、舞い上がる泥土。緑色の体液を全身に浴びて蒸気を上げながら、機械零はその圧倒的な自重と質量で、化け物を文字通り地面の底へと叩き伏せ、踏み潰した。
どれほどの時間が経っただろうか。
遅れて駆けつけた本隊の重火器群による一斉掃射により、辛うじてその場の群れは退けられた。
硝煙が立ち込める、壊滅状態の前線。静まり返ったコックピットの中で、レオンは荒い息を吐きながら、手動でハッチのロックを解除した。プシューと不快なガスが抜け、外の冷たい空気が、汗と油に濡れたレオンの顔を撫でる。
戦いは終わった。そう思った瞬間だった。
機械零の古びたサブコンソールが、パチパチと不規則なノイズ混じりの奇妙な電子音を立て始めた。 視線を落とすと、レオンがパイルバンカーで撃破したばかりの昆虫型生物の死骸——その裂けた肉片の奥底から、人工的な、あまりにも見覚えのある「軍用規格の電気信号」が漏れ出ている。機械零の旧式センサーが、それを偶然にも拾い上げていた。
自動翻訳のアナウンスが流れ、ノイズの向こうから、冷徹な男の音声が再生される。
それは数年前、レオンの故郷である美しい街が、一夜にして地図から消し去られた日に、この防衛軍の上層部が交わした最高機密の通信記録だった。
**『——これより、当該第07地区の爆撃による【証拠隠滅】を開始する。繰り返す、住民の避難は不要。化け物の襲撃として処理せよ。光を、人類の砦に——』**
「……な、んだと……?」
レオンの思考が、完全に停止した。
故郷を、家族を、俺のすべてを奪い去ったのは、目の前で蠢いていた化け物たちではなかったのか。
人類を、自分たちを守るはずのこの軍が、あの街を焼き払ったというのか。
灼けた機械油と硝煙の匂いが漂う中、レオン・ガレットの胸の奥で、これまで化け物に向けていたものとは全く違う、暗く、冷たく、そして激しい「本物の怒り」が目を覚ました。
「防衛軍……ッ!」
レオンは血が滲むほどに歯を食いしばり、目の前にそびえ立つ偽りの防壁都市を、激しい憎悪を込めて睨みつけた。
機械零は日本軍の使ってた零式艦上戦闘機に影響受けてる名前してるんですよね。
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