閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
第1話:氷の令嬢と、準備室の熱量
王立学園の廊下を歩くイゾルデの姿は、まさに「動く彫刻」だった。
水色に白が混じった美しい髪をハーフアップにまとめ、最高級のマントをなびかせる。その瞳は冷たく、すれ違う生徒たちは背筋を伸ばして一礼し、彼女が通り過ぎた後にようやく安堵の息を漏らす。
「イゾルデ先生……今日も氷のように美しいな」
そんな囁きを背中で聞き流し、彼女は目的の場所――魔法薬準備室の扉を開けた。
放課後の準備室は、薬草の香りと静寂に包まれているはずだった。
だが、扉が閉まり、カチリと鍵がかかった瞬間。背後から逞しい腕が伸び、彼女の小柄な体を壁際へと押し込めた。
「……お疲れ、イゾルデ。今日もキマってたな、先生」
耳元で響く、快活で少し低い声。オレンジの瞳を細めて笑うのは、体育教師のソーレだ。
「……っ、ソーレ。ここは学園よ。節度をわきまえて」
イゾルデはいつもの無表情を維持しようと努める。だが、至近距離から放たれる彼の「身体強化魔法」特有の熱量に、自慢の氷結魔法がじりじりと溶かされていくのがわかった。
「節度ならわきまえてるさ。だから鍵をかけたんだろ?」
ソーレの大きな手が、彼女の白い頬を優しく撫でる。結婚三年目。家では毎晩のように愛し合っているはずなのに、学園という「公の場」での秘め事は、心臓の鼓動を狂わせる。
「だめ、あと五分で……んっ……」
拒絶の言葉は、熱い唇に飲み込まれた。
深い口づけ。ソーレの独占欲が伝わってくるような、強引でいて慈しむようなキスに、イゾルデの膝が震える。
その時だった。
「あ、あのー!失礼しまーす!イゾルデ先生、質問がぁぁぁぁ――!!」
勢いよく廊下を走ってきた生徒が、半開きだった窓の外を通り過ぎる際、中の「光景」をバッチリと視界に収めてしまった。
「あ、ああぁぁぁぁ!! す、すみません! お邪魔しましたぁぁ!!」
絶叫と共に遠ざかっていく足音。
イゾルデの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「……終わった。私の、私の教師としての威厳が、粉々に……」
がっくりと項垂れるイゾルデ。しかし、ソーレはケロッとした顔で、逃げた生徒の方向を睨んだ。
「……チッ、いいところだったのに。なぁイゾルデ、あいつ、確かオレたちが学費支援してる商家の息子だろ?」
「……ええ、そうね。それが何か?」
「決まってんだろ。『口止め』しに行くんだよ。|非合法《オレら流》なやり方でな」
ソーレの目が、獲物を狙う肉食獣のように光る。
イゾルデは震える手で、愛用の杖を握り直した。
「……そうね。私の失態を見たからには、ただで済むと思わないことだわ」
先ほどまでの「溶けかけた乙女」はどこへやら。二人は「街の守護者」としての冷徹な顔を取り戻し、獲物を追うために準備室を後にした。
――しかし、その日の夜。
自宅の玄関をくぐった瞬間、イゾルデはソーレの背中に泣きついた。
「うぅ……ソーレが、|そうれ《あれ》……強く脅しすぎるから、あの子、泡吹いて倒れちゃったじゃない……どうしましょう……っ!」
「あー、よしよし。やりすぎた自覚あんのか(笑)」
二人の本当の「生存確認(愛の儀式)」は、ここから始まるのだ。
🔚
第2話:非合法なアフターケアと、夜の独占欲
王都の一角にある、少し立派な二階建ての石造りの家。
魔法の鍵を閉めた瞬間、イゾルデの中の「氷の令嬢」は跡形もなく消え去った。
「うぅ……ソーレ……。私、あの子に一生恨まれるわ……」
イゾルデは着ていた水色の最高級マントを玄関に放り出し、ソーレの白いローブの裾を掴んで離さない。
「『次に喋ったら、実家の商売敵に有利な魔法薬を流す』なんて、あんな冷酷な脅し……私、最低の教育者だわ……」
「よしよし。でも、あいつが言いふらしたらオレたちの|秘密《イチャラブ》が終わるんだぞ? 必要な措置だったろ」
ソーレは苦笑しながら、自分に縋り付く小柄な妻を、慣れた手つきで「お姫様抱っこ」した。
「……きゃっ。ソーレ、急に……」
「歩くのも怠いだろ? ほら、リビングまで運んでやるよ」
ソーレの「身体強化魔法」は、戦うためではなく、今はただ妻を快適に運ぶためだけに使われている。イゾルデはその逞しい胸板に顔を埋め、微かに香る彼の体温を吸い込んだ。
「……ソーレが、そうれ……してくれないと、私、もう今日のご飯作る気力もない……」
「『|そうれ《抱っこ》』、もうしてるだろ(笑)。飯はオレが適当に作るから、お前はソファで溶けてろよ」
リビングのソファに下ろされると、イゾルデはそのままソーレの首に腕を回して引き寄せた。
「……やだ。離したくない。ソーレが、|そうれ《そこ》にいないと、私……死んじゃう」
寝ぼけたような、甘ったるい声。学園の生徒たちが聞けば、腰を抜かして卒倒するような変わりようだった。
「……イゾルデ、お前な」
ソーレのオレンジの瞳に、昼間よりも暗い情熱が灯る。独占欲という名の炎だ。
彼はソファに押し込むようにして、彼女の細い腰を大きな手で囲い込んだ。
「昼間の『口止め』、あいつを脅しただけじゃねーよ。ちゃんと金貨三枚、握らせてきた」
「……え?」
「『これは口止め料じゃねえ。お前が真面目に勉強するための奨学金だ』ってな。あいつ、泣きながら『一生ついていきます』って言ってたぞ。……だから、もう反省会は終わりだ」
ソーレの指が、イゾルデのハーフアップに結んだ髪をそっと解く。
水色の髪がシーツのように広がり、二人の世界を密閉する。
「……あ、あの子……泣いてたの?」
「ああ。だから、もういいだろ。……今は、オレのことだけ見ろよ」
低く、抗いがたい声。ソーレの唇が、彼女の首筋にある「特別な場所」を辿る。
「……っ、ん……ソーレ……」
イゾルデの瞳が、熱を帯びて潤む。氷はもう、一滴も残っていない。
「……子供、できなくても……私は、ソーレがいればいいの。……だから、もっと……」
震える指先で、彼女は夫の白いローブの襟を掴んだ。
「生存確認」という名の、あまりにも濃厚で情熱的な夜が、静かに更けていく。
🔚
第3話:朝の重力魔法と、十一の影
小鳥のさえずりが王都の静寂を破る頃、ソーレの意識はゆっくりと覚醒した。
だが、体を起こそうとした瞬間、ずっしりとした「重み」に動きを封じられる。
「……んぅ……ソーレ……行かないで……」
隣で眠るイゾルデが、タコのように彼に巻き付いていた。
細い腕は首に、小柄な足は腰に。水色の髪がソーレの胸元に広がり、くすぐったい。18歳にして結婚3年目。この「朝の拘束」は、もはや我が家の伝統芸能だった。
「……イゾルデ。起きろ、一限目は体育だ。俺が遅刻したら生徒が暴動起こすぞ」
「……やだ。ソーレが、そうれ……から動いたら、私……凍って死んじゃう……」
寝ぼけ眼で繰り出される、必殺のダジャレ甘え。
ソーレは天を仰いだ。これに勝てる男がこの世にいるだろうか。
「おら、起きろ! 今日は俺の兄貴……三男のガレオスが学園に資材を搬入しに来る日だろ。あいつに見つかったら、また茶化されるぞ」
ソーレの言葉に、イゾルデの肩がピクリと跳ねた。
「……っ! ガレオス義兄様が……? あの方、口が軽いから……私たちの『生存確認』がバレたら、実家の11人きょうだい全員に知れ渡ってしまうわ……」
そう、ソーレは11人きょうだいの5番目。上には口うるさい兄たちが、下にはやんちゃな弟妹たちが控えている。
イゾルデも6人きょうだいの末っ子だが、ソーレの実家の「大家族パワー」にはいつも圧倒されていた。
「だろ? 『子供はまだか』攻撃が始まる前に、さっさと準備して家を出るぞ」
ソーレが優しく、けれど断固として彼女を抱き上げ、洗面所へと運ぶ。
「……ソーレ」
歯ブラシを咥えながら、イゾルデが不意に不安そうな瞳で彼を見上げた。
「……もし、本当にずっと、私たち二人きりだったら……あなたの家族は、がっかりするかしら」
大家族で育ったソーレ。彼にとって、子供がいない家庭は「普通」ではないのかもしれない。そんなイゾルデの不安を察し、ソーレは彼女の頭を乱暴に、けれど愛を込めて撫で回した。
「バカ言え。あいつらは賑やかすぎて疲れるんだよ。俺は、お前と二人で静かに朝飯食える今の時間が、世界で一番気に入ってるんだ」
「……ソーレ……」
「ほら、さっさと顔洗え。……あ、そうだ。今日、昼休みは『魔法薬準備室』じゃなくて、裏庭の『防風林』に来いよ。あそこなら身体強化で木の上に登れば、誰にも見つからねーから」
イゾルデの頬が、朝日のせいではなく、期待で赤く染まる。
「……っ、外でなんて、不謹慎よ。……でも、ソーレが、そうれ……で待ってるなら、考えてあげなくもないわ」
結局、朝からノロケ全開の二人は、お互いの服に付いた「相手の残り香」を消しきれないまま、王立学園の正門をくぐった。
――しかし、彼らはまだ知らなかった。
裏庭の木の上で、ある「非合法な口止め」をされた生徒が、彼らを待ち構えていることを。
🔚
第4話:裏庭の監視者と、非合法な師弟契約
王立学園の裏手に広がる防風林は、昼休みでも人影がまばらな穴場だ。
だが、そこには地上から数メートルの高さ、太い枝の上に「不自然な影」が二つあった。
「……っ、ソーレ。木の上なんて、スカートがめくれたらどうするのよ」
「安心しろって。俺が|身体強化《フィジカルアップ》でガッチリ支えてるし、下からは絶対見えねーよ」
イゾルデは顔を真っ赤にしながら、ソーレの膝の上に横向きに座らされていた。
周囲は生い茂る葉に囲まれ、二人の吐息だけが重なり合う。
準備室とは違う、野外特有の開放感とスリル。イゾルデの心臓は、授業中には決して見せないほど激しく打ち鳴らされていた。
「……ねえ、ソーレ。あの子のことだけど……」
「あ? |金貨三枚《奨学金》握らせたガキか?」
「ええ。……もし、あの子が私たちの秘密を『武器』にしてきたら、どうするつもり?」
イゾルデの問いに、ソーレは彼女の顎をクイッと持ち上げ、不敵に笑った。
「武器にされる前に、こっちの『駒』にしちまえばいいだろ。……だろ、そこに隠れてるライル?」
ソーレが視線を向けたのは、隣の木の茂みだった。
「ひっ……!? な、なんでバレたんですか……っ!」
ガサガサと音を立てて姿を現したのは、昨日二人の現場を目撃した生徒、ライルだった。彼は枝にしがみつきながら、涙目で震えている。
「|身体強化魔法《オレ》を舐めるなよ。心音も呼吸も丸聞こえだ」
ソーレの声が、体育教師のそれから「街の守護者」の低いトーンへと変わる。
イゾルデも瞬時に「氷の令嬢」の表情を取り戻し、冷たい声で追撃した。
「ライル君。……あなた、私たちの『生存確認』をまた覗き見しに来たのかしら? それとも、昨日の金貨じゃ足りなかった?」
「ち、違います! これ、返そうと思って……!」
ライルが差し出したのは、昨日ソーレが握らせた金貨だった。
「僕、実家の店が苦しいのは本当ですけど……先生たちの弱みを握ってお金をもらうなんて、そんなの、カッコ悪いじゃないですか!」
予想外の言葉に、二人は顔を見合わせた。
ソーレが鼻で笑い、ひょいとライルのいる枝まで飛び移る。
「……ほう。じゃあ、交換条件といこうか。その金はやる。その代わり、お前は今日から俺たちの『隠密』になれ」
「隠密……?」
「ああ。俺たちの慈善活動……裏の支援や、街の汚職調査の手伝いをしてもらう。……もちろん、学園内での俺たちの『イチャつき』の監視と、他の生徒が来ないか見張る役もセットだ」
それは、口封じを越えた、あまりにも「非合法」で「個人的」な師弟契約だった。
「……ソーレが、そうれ……『いい案』を出したわね」
イゾルデが、少しだけ口角を上げて、ダジャレ混じりに同意した。
「ライル君。あなたは今日から、私たちの『唯一の目撃者』兼『協力者』よ。……断る権利はないけれど、いいかしら?」
氷の微笑と、太陽の威圧。
ライルはゴクリと唾を飲み込み、震えながらも深く頷いた。
「……わ、わかりました。僕、精一杯……『先生たちの秘密』を守ります!」
こうして、二人の「生存確認」に、一人の少年が巻き込まれることとなった。
そしてこの契約が、後の王国の陰謀を暴く大きな鍵になるとは、まだ誰も知らない。
🔚