誰もが認める中1の歴女・歴暦。
ある日、ひょんなことから意識が薄れてタイムスリップ!?しかも、なんだか偉人の姿になっちゃってて…
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目次
 
    
        第1回 わたしは歴女ですが?
        
        
        「ははじめましてっ。|歴暦《れきこよみ》です、すすきなものはっ、えーと…歴史です、特に日本史が好きです。よろくお願いします!」
最後は半ば投げやりで自己紹介をした。噛み噛みだし、何より好きなものが歴史…
この間、楠木山小学校を卒業し、晴れて楠木山中学校1年生となった。白いシャツに茶色のニット、青いリボン。うん、セーラー服よりもこっちの方が好きだ。
さて、わたしは誰なのか?
ひとことで表すのなら、『歴女』だろう。親が歴史研究者ということも相まって、わたしは歴史好きだ。6年のはじめに日本史は一通りマスターしたし、これからはいろんな国の歴史を勉強するつもりだ。大学は、歴史学校と名高い雪島歴史大学に進学したい。そんなところである。
ちなみに楠木山中はスマホ持ち込みOKなので、最近買ってもらった白いやつがある。いつか歴史のステッカーを貼りたい。まあ、授業中は禁止なのは当たり前であるが。
歴史人物の推し…うーん、まあ卑弥呼とか、聖徳太子あたりだろうか?いるかどうかわからないミステリアスなとことか、そのカリスマ性とか…今の国の基盤を作ったのって、やはり天才ではないだろうか?だから、古代の人物は憧れる。でも、文学の祖を築いたというのであれば、紫式部や清少納言もいいな。本物の仏教を伝えるために日本に来た鑑真も憧れるし、藤原氏だって作戦勝ちという感じですごい。いや、いっそのこと近代か?でも、戦国時代の武将もいいな。いや、有名どころじゃなくてマイナーなの…でもでも!有名とかマイナー関係無しに好きなのを好きと言えるのが、真のファンではなかろうか?
あっ、失礼失礼。
さて。
この自己紹介で、今日プライベートで話しかけてくれる人は、何人だろうか?恐らく…0だろう。もっといい感じの女子男子は何名だっているのだ。わざわざわたしに話しかけてくれるのは、歴史好きと歴史を教えてほしいバカ。この2つに限られる。
が、4月上旬で歴史を意識する人は何名だろうか?これも、恐らく0。いや、もう恐らくじゃなく、確定で0である。
「はーー」
愛読書の『歴史人物大図鑑』を手に取り、黙々と読み始める。すでに…どうだろう、20周はしたかな?でも、辞典と変わらないくらいの分厚さがある。
眼鏡こそかけていないが、自分でもわかるくらいには無愛想である。近づきがたいと思うのも無理はない。これで仲良くしたいという者は、心置きなく仲良くできる。裏があるなんて思うだろうか。
はぁ、平凡な中学校ライフか。
___そう思ってたのに、まさか、あんなことが起こるなんて__
        
    
     
    
        第2回 まじないなんてできません!
        
        
        自己紹介が終わった放課後。
わたしはつるむこともなく、真っ先に家に帰る。スマホで時刻を確認して、歩道橋を渡って___
「うぇーい!」
あ、小学生男子だ。小4ぐらい?
そう思ってると、バタッとぶつかられた。
「キャッ」
意外と悲鳴は小さくてか弱い。
だけど、ふと目を開けると、地面に歩道橋の緑がない。右手はしっかりスマホを握ってる。ああ、ぶつかられたから歩道橋から落ちたのか。
___死ぬじゃん!!
そう思っても悲鳴はあがらず、どんどん意識が|朦朧《もうろう》としてくる。
もっとキラキラライフ、送りたかったな…
---
…うーん、うーん…
バッと起きる。奇跡的に助かった?いや、まさか。真上から落ちたんだ、あの距離で死なないのは常人じゃない。
それにしても、服が薄着だ。もっとニット着てたのに。…なにこれ、この薄っぺらい白い服!?
「姉様っ」
「うぇっ!?」
そこには…うーん、微妙な美男子。って、「姉様」って何!?わたし、一人っ子なんだけど?
「どっ…」
「どういうことでございますか、早くまじないで政治のあり方を決めてください」
…まじない?政治?
この言葉の積集合で導かれるのはただひとつ。『卑弥呼』、だ。
卑弥呼。弥生時代にまじないでくにをまとめ、導いた謎の邪馬台国の女王。いるかどうかも不明で、わたしの推しの一人だ。
「わたしって…卑弥呼?」
「どういうことですか。ヒミコ、は、渡来人の呼び名ではありませんか、姉様」
「…ああ、そうだった、わね。あはは、ちょっと疲れたみたい。じゃあ、まじないをするわね」
…って軽ーいノリで言ったけど…わたし、まじないなんて、くに統一なんてできません!
まじないなんてできないし…早めに抜け出さないとっ。
「ごめんっ、ちょっと疲れちゃって。また今度にできない?」
「…でも、姉様はいつも働いてます。どうぞ、ゆっくりお休みください」
よしっ、これで抜け出せる。
ひとまず、髪飾りとかの類をすべて外して、教科書で見た農民風に。万が一豪華に見えても、指導者の方が卑弥呼より断然良い。
ハシゴを降り、わたしは石包丁を手に取った。
「お前」
「はっ、ひゃいっ!?」
うわ、いかつそうな男の人…この人が、かしらなのだろうか?豪族、いや王?
「見ねぇ顔だな。部外者か?」
「いえ……」
うぅぅ、否定できないぃ。
「とっ捕まえろ、部外者だあーーーっ!!」
ひえええっ!?やめてぇええ!?
あ、ヤリがここに迫ってる…やだよ、卑弥呼を偽って死ぬなんてさ…
---
「わぁ!?」
緑の地面。ここは…歩道橋?
「あなた、歴史旅行者っ!?」
そうぐいっと手をひかれた。えーと…誰ですか?
「えーと…すみません、誰ですかね?」
「|橘紫《たちばなむらさき》、ってとこだけ教える。あ、父は|青《あお》、母は|緑《みどり》、小4の妹は|赤《あか》」
うおー、すごい安直な名前。紫って…しかも、めっちゃ気が強い。
「んで、話をそらさないで。歴史旅行者って言ってるのっ!」
「れれれきしりょりょこうしゃぁ!?」
歴史旅行者って何?
「あー…えーと、例えば縄文時代とか、安土桃山時代とかにタイムスリップした人のこと」
「…は、はい…弥生時代にたいむすりっぷ?して、卑弥呼になりました、逃げちゃいました…」
「何をせがまれてたの?」
「まじないをして、くにの方針を決めろって…」
「あー…」
ううぅ、なんかやっちゃいました?
「ま、まだ軽めってとこ、ね…逃げたの、懸命な判断だわ」
「けっ、懸命な…?」
「ま、もし下手なまねをしたら飛んでくるから」
そう言って、紫さんはふいっと消えてた。
え、え、わたし、何かやっちゃいましたぁあ!?
        
    
     
    
        第0話 登場人物
        
        
        --- |歴暦《れきこよみ》 ---
性格:押しに弱い、いたって普通。
容姿: https://picrew.me/share?cd=gOhgLI29bg
好き:スマホ、歴史(特に日本史)
嫌い:目立つこと
クラス:楠木山中学校1年2組
推し:たくさんいる
その他:意思とは反対にタイムスリップしてしまう、歴史旅行者
--- |橘紫《たちばなむらさき》 ---
性格:気が強めで、リーダー気質。
容姿: https://picrew.me/share?cd=yfyheDIjn1#google_vignette
好き:歴史、学校
嫌い:歴史旅行者
クラス:楠木山中学校2年3組
推し:北条政子
その他:歴暦を追いかけている
--- |橘赤《たちばなあか》 ---
性格:真面目で、きっちりしている。
容姿: https://picrew.me/share?cd=jxOOVgf660
好き:歴史、片付け
嫌い:大雑把な人
クラス:楠木山小学校4年1組
推し:聖徳太子
その他:紫の妹で、将来は歴史学者になりたい。将来有望。
--- |橘青《たちばなあお》 ---
性格:さっぱりしていて、明るい。
容姿:ー
好き:歴史、青色
嫌い:掃除
クラス:38歳
推し:織田信長
その他:紫と赤の父で、歴史学者。
--- |橘緑《たちばなみどり》 ---
性格:しっかりしているが、どこか抜けている。
容姿:ー
好き:歴史、絵を描くこと
嫌い:家事
クラス:38歳
推し:特にいない
その他:紫と赤の母で、歴史警察だった。
--- |田町彰子《たまちしょうこ》 ---
性格:根暗で、あらゆるものに興味がない。
容姿:https://picrew.me/ja/image_maker/2307052/complete?cd=TTwIKZ7Rjr
好き:推し活
嫌い:勉強
クラス:楠木山中学校2年1組
推し:ミスズ(YouTuber)
その他:親と同じく、時間研究者
--- |宮永瑞稀《みやながみずき》(ミスズ) ---
性格:明るくて元気いっぱいな活動者だが、リアルは無愛想で不良。
容姿(リアル):https://picrew.me/ja/image_maker/2307052/complete?cd=abEvZcQ52l
容姿(活動者):https://picrew.me/ja/image_maker/2307052/complete?cd=R3Xh57FFzy
クラス:大崎中1年3組
推し:なし
その他:不登校で暇だったので活動者になった
---
--- 歴史旅行者 ---
歴暦のように、タイムスリップしてしまうことを指す。主に2つあり、
①突発的歴史旅行者(本人の意思は関係なく、タイムスリップする人のこと)
②意思的歴史旅行者(本人の意思で、道具などを用いてタイムスリップする人のこと)
がいる。歴暦は突発的歴史旅行者である。
--- 歴史警察 ---
主に意思的歴史旅行者が、歴史を改変した・しようとしたら捕まえる警察。突発的歴史旅行者でも、改変したら逮捕される。今は紫が見習いで、緑が元歴史警察。
--- 時間研究者 ---
時の流れやタイムスリップについて調べる職業。田町彰子が時間研究者。
        
    
     
    
        第3回 伝説なんて全て嘘です!
        
        
        ふわぁ…とあくびが漏れる。先週、いきなり歩道橋から落ちて卑弥呼にタイムスリップ。なんとか逃げれたと思ったら、2年の先輩である橘紫さんという人に問い詰められ…さんっざんだ。
学校生活は平々凡々で、足して2で割ってやりたい。そしたらちょうどよくなる。
今までより歩道橋を注意して渡る。よし、今日はぶつかられなかった。ほっとして、ふうっと息を吐いた。すると____
「わああ!どどいてくださぁあい!?」
わ、自転車っ!?
---
…あーもー、またタイムスリップ?また橘先輩に咎められるかもなのに…
「厩戸王様?」
「う…うまやどのおう?」
厩戸王?えーと…卑弥呼から順当に行くなら、次は聖徳太子か?
…いやいやいやいや!!十人の話なんて同時に聞けませんし、馬で空なんて飛べません!
「どうなさったのですか」
「いや…なんでもない。どうした」
なるべく聖徳太子っぽく(?)振る舞ってみる。
「今、渡来人がやってきたところへ行くという案が出ていますが、どうでしょうか」
「そう、だな」
えーと、じゃあこれは遣隋使ってことかしら。ってことは、小野妹子を出せばいいかな。
「良いと思うぞ。何名か立候補しているらしいが」
そう言って、部下らしき人は人の名前を読み上げた。その中に、小野妹子がある。
「どうでしょうか」
「小野妹子が良いと思うぞ。少し休憩してくる」
「はいっ」
よしっ、これで卑弥呼と同じように抜け出せば…
「皇子!」
「はいっ!?」
思わず本音が出る。
「ああ、いたのねぇ!ここで働いているらしいけど…聞いたわよ、冠位十二階とか、十七条憲法とか。わたしの息子として誇らしいわぁ。次は何をするの?」
「ちょっっっとぉー、今はきゅーけーちゅーなのでぇえ!」
あーもー、自己紹介の時と同じ噛み噛みだしぃ。もうっ、全速力で逃げる、これ一択!そしたら何か弾みで、またタイムスリップしないかな。
…現実はそんなに甘くなく。どれだけ走ってもタイムスリップせず、木のかげに隠れる羽目に。
はあ、とため息を付く。レキジョとして、こんなことはだめなんだろうけど…実技じゃなくて知識重視じゃないの、歴史って?
「歴史旅行者発見!ただちに逮捕…ありゃ、この人、姉さんが言ってた人」
「えっ?」
全然知らない子。小4?ってことは、赤ちゃん、かな?(babyじゃなくて、呼び名の「ちゃん」ね)
この時代ふうの服着てるけど…そういうのも全部、なんだっけ、歴史警察が支給してくれるのかな?ってことは歴史警察って、かなーり大金持ち?
「ごめんごめん。今日も姉さんが、歴史旅行者の確認がみられたって言ってたから。あなた、突発的歴史旅行者ですよね?確か名前は…歴暦!そうそう、覚えやすかったんですよ。突発的歴史旅行者なら、改変罪が認められる確率は低いですけど。さ、行きましょっ」
「えぇえっ!?」
そう言って、「目隠ししてー」とアイマスクをかけられ、なんかプシューッと煙をかけられた。
うぅ、眠い…
---
「えーっ、また?」
うーん、橘先輩…?
「あぁ、起きたのね。ねぇ、なんとかならないの?」
「いや、だって…何故か、歴史人物の身体になってしまうんです。自分でどうにかできるなら、とっくにどうにかしてます」
「そうよねぇ。一応、歴史旅行防止剤があるから飲んどいて。お金は取らないから」
「…はぃ」
うおぉ、こんな薬あるんだ。ってことは、歴史警察ってかーなり未来の組織?
「あの、わたし、逃げちゃったですよね?あれ、聖徳太子とか卑弥呼の肉体なんですけど、どうなるんですか?」
「あー…こういう偉人になるケースはレアだからね。適当に処理されるでしょ」
歴史警察、雑すぎません!?
        
    
     
    
        第4話 犯罪者なんて嫌です!
        
        
        「…」
うぅ、気まずい。
昨日、わたしは聖徳太子の肉体にタイムスリップしてしまった。この間は卑弥呼の肉体に。
前科2つ持ちのわたしは、下手すれば犯罪者同等。まだ突発的歴史旅行者(意思と関係なくタイムスリップしてしまう人のこと)だから罪は軽くなるらしいけど…
そんなの嫌です!
ちなみに今は、橘先輩から呼び出しを食らって、校門前で待っている。うっ、視線が痛い。
「お待たせ」
さらりとした髪をボブヘアにきっちりセットしている彼女・橘紫先輩は言った。
「インディゴ・バーガーに行って、話そう」
インディゴ・バーガーといえば、ショッピングモールの近くにあるパン屋。パン屋の中で、特にハンバーガーが専門のハンバーガーショップ。
「はいっ」
---
自転車をかっ飛ばしてインディゴ・バーガーに向かうと、すでに橘先輩と赤ちゃんがついていた。
「あの、あなたのこと…」
「普通に赤でいいですよぉ〜」
と言ってくれたので、これからは呼びすてでいく。
青っぽい内装で、わたしはナゲット、橘先輩はインディゴ・バーガー、赤はチーズバーガーを注文。
「お待たせしましたぁー」
小柴と書かれた名札を持つ店員が、青トレーにバーガーとナゲットをのせて渡した。
「それで、歴暦。あなたはいつ逮捕されてもおかしくない。わかってるわよね?」
「…はい」
「なるべく、偉人になったら、何かしないでほしいです。何か迫られたら、史実通りにお願いしますっ。歴史って、詳しいですか…?」
「もちろんですっ」
わ、つい大声で…
赤が美味しそうにチーズバーガーを頬張り、わたしは言った。
「あの、突発的歴史旅行者…でしたっけ。どんくらいの罪の重さになりますか?」
「あー」
橘先輩はポテトをつまみ、
「うーん…罪状によって違うな。歴史を大幅改変したら、存在自体なかったことになる。例外はあったみたいだけど…少なくとも、タイムスリップしただけなら、罪に問われることはない。《《タイムスリップすること》》じゃなくて、《《その先で何かすること》》がタブー」
「歴史警察って、どこの時代が本部なんですか?橘先輩って、なんでタイムスリップできるんですか?」
「あ、そのへんはタブー。言った側も捕まる」
けっこうシビアだな。
「じゃ、わたしは…」
「逮捕されない。今のところね」
ほっ、よかった。
ナゲットを口に放り込む。
「あっ、これはタブーじゃないですよねっ、なんでわたし、タイムスリップしちゃうんですか?」
「うーん…田町に聞かないと」
「誰ですか、タマチって…」
また新しい人が出てきた。
「また言うわ。じゃあ、支払いはこっちで」
いや、校則でおごり禁止なんですが。
        
    
     
    
        第5回 時間研究者ってなんですか!?
        
        
        橘先輩に連れてこられたのは、アパートの一室。
「ショウコ、いる?」
「うん」
ガチャ、とドアが開いた。
「でも……まぁ、いいよ」
彼女は暗くて、メガネをかけている。ちょっと話しかけづらい。ショウコってどうやって書くんだろう、と思ったら表札にあった。|彰子《しょうこ》か。一瞬、藤原氏の一族の|彰子《しょうし》かと思った。
暗い部屋で、パソコンが光っていた。
「み〜んにゃ〜、こんにゃっ、ミスズだにゃん☆」
紫のネコ耳に、ピンクと紫の髪。活動者らしい。
「見ないでっ!!」
人きわ大きい声。壁には制服。
「すみませんっ」
「敬語じゃなくていいよ、暦。彰子も中1だし」
「その割には、聞いたことない名前…」
「すみません。わたしは田町彰子です。隣の大崎中の1年ですから、知らないでしょう。まして、わたしは不登校だし」
そうだったんだ。
「それで、時間研究者だって」
「はい。歴史ではなく、時間。時の流れや、タイムスリップなど、時間を…うーん。歴史研究は時間を文系、時間研究は時間を理系、としてみている…がわかりやすいでしょうか」
なんとなくわかる。
「わたしたちは、暦さんのような突発的歴史旅行者を減らしたり、もっとタイムスリップが便利で安全になるよう研究をしています」
そう言って、彰子は紙コップに麦茶をいれた。冷たい麦茶が、口、食堂、胃とほてった体に染み渡っていく。
「それで…暦さんは特殊な人だと聞いたのですが」
「特殊…なのかな?わたし、タイムスリップすると同時に偉人の肉体になっちゃうんです」
彰子は一瞬、紙コップを倒しそうになった。
「そんなに珍しいんですか!?」
「うん。珍しいにもほどがあるくらいです。時間研究者だけではとても…もっと、肉体憑依に近いかもですけど。そういうのはちょっと、専門外で。すみません。でも、タイムスリップしないのであれば、肉体憑依もしないでしょうから…取り敢えず、タイムスリップが起こりにくくなる『時間旅行制限薬』でも飲んでください。あ、お金はいりません。__まだ試験中の薬なので__」
にくたいひょうい…???
彰子にもらった、よくある錠剤タイプの薬。毎晩飲めばいいんだろう。
「本部にも言っとく、異常な時間旅行者が出てきたって。政府は新たな研究の実験体として、暦を保護するだろうから」
「じ、実験体?!」
橘先輩から出てきた言葉に、恐怖を感じた。
「時間研究者の名にかけて、絶対に暦さんの謎を解明してみせるから」
ふふっと笑った彰子の顔に、少しにやけ顔が混じっているように見えたのは、怖い言葉を聞いたからと信じたい。
        
    
     
    
        第6回 物語なんて書けません!
        
        
        世間は夏休みに入り、わたしはただ家でクーラーの風を浴びるだけの生活に入った。
お母さんに買い物へ連れ出された。わたしは近所のスーパーで買い物へ向かう。
「うわっ!?」
マイバッグに入れた卵が、誰かに盗まれ…
ドンッ!
「痛っ!」
わたしはぶつかられ、間抜けな声を発してしまった。その瞬間、クリーム色の床で視界がいっぱいになって___
---
「うわ!?」
目が覚める。なんか、体が重い…十二単?目の前には低い机に、和紙っぽいのに硯と墨と筆。
「どうしましたか?」
誰、と言いたいところだけ…ど…
「《《源氏物語》》、楽しみにしてますよ」
「げ…げん…?ああ、そうよね。うん。頑張るわ」
そう言って、書写のときにやったっきりの筆を、震える手で持つ。べっとりした墨汁に筆先をつけて…どうしよ。かな文字だっけ?書けないし、物語知らないし!
「ああ…えっと…」
「それか、紫式部日記にしますか?」
「うーん…ちょっと、今は休憩したい気分だわ。少々散歩してくるわ」
「そうですか、では」
女の人は上品に立ち上がり、どこかへ行った。わたしも立ち上が…重っ!え、重いって…く、もっと体を鍛えとけば…
ずりずりと引きずりながら廊下らしきものを歩く。はあ…重い…
「あら?紫式部さん…ですか?」
「そうよ。えーと」
清少納言かな。どうだろう。うーん。
「清少納言…さん?」
「ええ、そうです。枕草子、順調です」
そう言って、清少納言は去っていった。
---
散歩をした。けど大しておもしろくもなく、そろそろ「少々」とは言えないぐあいの長さになった。わたしはなんとか最初の場所に戻る。
「どうですか、いけそうですか?」
「ええ、まあ」
筆を手に取る。うーん。前のところに「箒木」ってあるから、書き始めたところかな。確か目次は、桐壺、帚木、空蝉、夕顔…?だったっけ…?とりあえず「空蝉」と書いておく。というか、源氏物語って主人公の光源氏が恋をする恋物語でしょ?陰キャに書けるわけなかろうがーっ!
あああどうしよどうしよう!?
「ごめんなさい、ちょっと手が痛くて。代筆してくれないかしら?」
ダメ元。これで断られたら、もうわたしは捕まって…うぅぅ。
「あら、そうですか。わかりました」
そして、わたしは必死に言う。確か空蝉のところは…かわいい空蝉さんがいて…だったっけ?というか…なんか気分が悪…う…
---
「ふあ!?」
プレートをみると控室。
「え、わたしって」
「倒れてたから。大丈夫よ、ひったくりも捕まえたから」
おばちゃんっぽい店員さんだ。
「ああ…ありがとうございます。では」
「大丈夫?」
「はい」
そう言ってわたしはスーパーを出た。
…源氏物語、現代語訳で読んでみるか。そう思い、わたしは図書館にも寄った。
        
    
     
    
        第7回 あの時のわたしと再会!?
        
        
        源氏物語読み切った〜。けっこう長かったけど、いつの時代の人も考えは変わらないものだなぁ…
そう思い、自転車を走らせて楠木山市立図書館へ向かう。この『現代語訳版・源氏物語』を返却しに行くためだ。
それにしても、この間のはやばかった。
スーパーへ向かったら、ひったくり犯に遭遇して、衝撃でそのままタイムスリップ。紫式部になっていたのだ。なんとか記憶をたぐり寄せ、なんとか言い訳をして、犯罪者にならないよう気をつけて、それで帰ってこれたのだ。清少納言と出会った時は心臓が宇宙へ跳び上がりそうだったのは内緒だ。
今までタイムスリップしてなったのは、卑弥呼・聖徳太子・紫式部。この流れだと…誰だろ。でも、卑弥呼の時は歩道橋から墜落、聖徳太子の時は自転車に轢かれかけたという事故レベルでタイムスリップした。でも紫式部は、ちょっとぶつかっただけでタイムスリップしてしまった。
このままじゃ、タンスの角に小指をぶつけただけでタイムスリップしてしまう…考えすぎか。
「これ、返却お願いします」
「はい」
ふぅ…今日のミッション達成と。そうぼーっとしながら歩いていると、
「わあああーっ!?」
という女の人の叫び声。
「きゃっ!?」
いやいや、嘘でしょ嘘でしょ!?なんで台車がぶつかってくるの!?うわぁあ!?
---
「…ごんさま?清少納言様?」
「ふはっ」
うわ、また寝てた…え、ちょっと待って?
「ああ、大丈夫でしたか、《《清少納言様》》」
…せ、セイショウナゴンサマ?
む、紫式部の次は清少納言ですか……
「ちょっとごめんなさい、眠くて…ほら、うららかな春の日差しが…」
必死に言い訳をする。デジャヴでしかない。
いや、むしろいい気がする。ちょうど、この間『源氏物語』ついでに『枕草子』も借りたのだ。現代語訳と当時のことば、両方が書かれているやつだ。少しなら覚えている。
「枕草子…取り掛かろうかしら」
「わかりました」
「1人のほうが、今日は集中できるわ。向こうへ行ってくださらないかしら?」
「はい」
そう言って、女の人はどっかへ行った。取り敢えず、紫式部のときと同じように筆を手に取り、枕草子を綴っていく。一文字のミスも許されないのだ。慎重に、慎重に。
こころなしか、余裕がある気がする。そうだ、ちょっと外へ出てみよう。
---
明らかに他の人と違う、ずりずりと十二単をすべらせながら歩いている、不自然な人。あの十二単、どっかで見覚えが…
まさか。
そう思い、わたしは声をかけてみた。
「あら?紫式部さん…ですか?」
びくっとしている紫式部。うわ、わたしってこう見えてるんだ。不自然極まりない。
「そうよ。えーと」
今見れば、なんの「えーと」なんだ、なんの。
「清少納言…さん?」
「ええ、そうです。枕草子、順調です」
そう言って、わたしは去った。
ふ〜、まさか過去の自分(紫式部)と出会えるとは。びっくりだわ。
それにしても、なんだか春の陽気が、ぽかぽかして気持ちいいや…うぅ…眠…
---
「…わ」
重たくない、Tシャツ。ああよかった、と思って起き上がる。そこには、あの時の台車を転がした人。高校生ぐらい?えーと、ネームプレートには『佐々木』か…
「あのっ、大丈夫ですか?わたし…すみません。あそこに従姉妹の美玖がいて…うっかりしてて…本当にすみません!あと、失礼を承知なのですが…」
「はい」
「頭、大丈夫ですか?」
…?
…あたま、だいじょうぶですか?
「ど、どういうこと」
「いや…『ここはどこなの?そうだわ、枕草子に書きましょう…いえ、わたしの表現力ではとてもかないませんわ』みたいなこと言ってて…ひょっとして、衝撃で…」
「いえ、大丈夫です。多分疲れてたんです。すみません、迷惑をかけて」
わたしはそう言って、急いで図書館を出た。
ととと、とにかく橘先輩と、彰子に言わなくちゃっ!?
        
    
     
    
        第8回 転生した偉人はどこへ?
        
        
        家に帰り、自室に行く。カバンから白いカバーのスマホを手に取り、検索窓に入力する。えーと、『橘』…と。
プルルル…という音の後、「もしもし?」という、久しぶりの橘先輩の声がする。
「もしもし。えー…歴暦です」
「暦ってことはわかってるわよ、電話番号とか見れば」
鋭いツッコミ。うぅ、的確な表現は人を傷つけるのに。
「えーと…新たなことが発覚してしまいました」
__「あ、暦さんですかっ?」__
という赤の声が小さくだけど聞こえる。
「何、改まって」
「今日、またタイムスリップしました。先日は紫式部、今日は清少納言です」
「なんでそんなに、時系列順に行くのよ…」
うん、それはわたしもつっこみたいです。
「図書館でタイムスリップしたんです。まず1つ目の報告です。卑弥呼の時は歩道橋から転落するとかの事故レベルだったんですけど、今日は台車がけっこうなスピードでぶつかってきただけでタイムスリップしました」
「はあ、要するにタイムスリップしやすい体質になったわけね。わたしは専門外だから、彰子に要相談、と」
「それで、普通に清少納言としてやり過ごしました」
「普通とは何か問いたいわね」
「2つ目。この前、紫式部にタイムスリップしたとさっき言いましたよね?その時、清少納言に出会ったんです。今日、歩いてたら紫式部に出会って…同じことを聞いたら、同じ返事が返ってきました」
「…どういうこと?」
語彙力がないばっかりにいいい。
「見かけは清少納言と紫式部の会話だけど、実際は過去のわたしと未来のわたしで話をしていた、という感じです」
「はっ?信じられないわ、そんなの…でも、あり得る、わよね。ときと場所が偶然一致していれば。ましてや、どっちも有名でどっちも同じところに住んでいたのなら」
そうなんです、という言葉を飲み込み、話す。
「次が本題に等しいです」
「本当?もうびっくりだらけよ?」
「はい。その後、また目覚めて戻ってきました。その時に、台車をやった人が、すごい言葉を残してきたんです。『ここはどこなの?そうだわ、枕草子に書きましょう…いえ、わたしの表現力ではとてもかないませんわ』みたいに言っていた、んでしたっけ?そんなふうに言ってたんです」
「嘘…まるで、《《本物の清少納言》》…」
そうなのだ。
一時的だが、わたしと偉人の肉体もしくは精神が入れ替わっている。そういうことだ。
「はい、そうなんです。まだ、わたしだけがタイムスリップしただけなら差し支えありません。でも、偉人、昔の人が現代人の肉体に入れ替わったら大問題なんです。歴史警察の橘先輩ならわかりますよね」
「ええ…もし、昔の人、何も理解が出来ていない人が犯罪を起こしたら…自分の精神は無実だが、自分の肉体は有罪というふうになってしまう。矛盾、つじつまが合わなくなる。まずいわね」
「そうなんです。田町さんに言ってもらおうと思って」
「わかったわ。取り敢えず、そちらから直接かけられるよう、彰子の電話番号を教えておく」
そう言って、橘先輩は数字を読み上げ始めた。
        
    
     
    
        第9話 久しぶりにタイムスリップ!?
        
        
        軽快なアカペラを歌いながら下校する。そうだ、と思い、スマホに有線イヤホンをぶっさし、イヤホンでカラオケバージョンを聞きながら歌う。
この頃、タイムスリップしていない。わたしはタイムスリップしやすい体質とかなんとかで、しょっちゅううんざりする目に遭わされてきたのだ。歴史警察である橘先輩とか、時間研究者である彰子とか…まあ、要するに面倒くさいってことだ。
前に清少納言にタイムスリップしたのは、確か8月。今は10月中旬、もう2ヶ月ぐらいタイムスリップしていないのだ!
「あ、暦。最近調子はどう?」
「いやーもー最高ですっ!タイムスリップしないなんて!橘先輩も楽なんじゃないですかー?」
ニヤけながら、偶然であった橘先輩に言う。
…こーゆーの、なんかフラグな感じが…いやいや、んなわけないですわー。ふふふふふー。
そんなこんなで、世間話をしながら歩道橋を渡る。
「ちょっと待ちなさいっ!」
うわー、お母さんかー。大変ですねぇ…うんうん。
ドンッ!
「暦っ!?」
うわっ、また歩道橋から落ちるっ!?原点回帰ってやつですかっ!?
「ちょっと待ってっ!」
あ…橘先輩が見える。バッグを持って、わたしに抱きついて…え、抱きつく!?
パニクりながら、わたしは背中で風を感じて、意識を失った。
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「暦っ!」
「いやもう…びっくりしました…色々と」
「ごめんごめん、放っておけなくて…。ほら、タイムスリップを1人でするのも心配でしょう?」
「あ…まあ…」
橘先輩がバッグから出したのは、黄色のプラスチック製の、四角い何か。灰色の画面が張り付いていて、ドット絵が描かれている。
うん、こんな豪華な着物に似合わないんですが…
「今は…1582年、6月1日。天正10年ね」
「1582年…」
1582年…清洲会議、ではなく…
というか、タイムスリップしたのは江戸時代の貴族っぽいところ。寺づかえみたいだ。
「何をしてやがるんだっ、織田信長様の茶会だろっ!?」
と、男の人がわたしたちの方へ来た。あ、そっか。ここ畳だし、なんか茶っぽいやつもあるしね。
「あっ、ごめん…」
「あっ、ごめんなんし。ちょいとぼっとしておりましたわ。要件ってなんでありんすか?」
橘先輩はぺらぺらと流暢に喋る。男性としばらく喋ったあと、「疲れたぁ…」と肩を落とす。
「そんなふうに喋れるんですか?」
「あ、これのおかげ。この『歴史万能機械』のおかげ。これには『年号場所ガイド機能』があって、さっきはこれで何年かを掴んだ。『昔言葉瞬間翻訳機能』で、さっきみたいに喋ったのよ。ま、これがありゃ、古文の授業なんて不必要とは思うわ。…それより、何がやばいかわかるわよね?」
「勿論です」
さっきの男性。「織田信長様の茶会」、と言っていた。
1582年6月1日。あれが起きた、1日前。
織田信長が明智光秀に攻められ、最後は自害したとされる、本能寺の変が起きた、1日前。
        
            やっぱり一回は本能寺の変で小説書きたくなるよね!!