最強の呪い「約束」持ちは、巻き込みも巻き込まれもしたくない
編集者:ことり
呪い「約束」……呪いの持ち主とその相手は、「約束」を必ず守らなければならないという呪い。この呪いの持ち主、クランと神だけが知っている。
「わたくし、優勝するわ!」
そう言ったら、優勝しなければならない。
「このこと、言わないでね?」
そう頼めば、その人は一生そのことを口にできなくなる
「許します」
……そう口に出せば、その人は未来永劫許される。
……そんなことを許容しては駄目よ!
そう思ったから、わたくしは人と話すことを減らした。
なのに……
はあ? わたくしの心を開けば金貨千枚? だから話しかけられているの?
推定討伐人数100人の魔物? えぇ、もちろん倒したわよ? それどころか、500人も……やったことがある気がするわ。それがどうかしたかしら?
わたくしの存在が……何ですって?
お父様のせいで壊れた日常。明かされたこと。
いろんなことで、確かに、わたくしの心は少しずつ変わっていった。
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目次
0.クランは、学園に入学する
フィメイア学園――フィメイア王国にある、貴族が通うことになっている由緒正しき学園。そして、平民は、自身が望み、それに伴う力を持っていれば入ることが出来る学園――その、入学式が、今、行われている。
そして、わたくし、クラン・ヒマリアも、その入学者のうちの一人よ。
入学前には、試験があるのだけれど……それで圧倒的な実力を見せてしまったらしいのね。
いえ、これには深~い理由があるのよ。
貴族はこの学園に入る前に、一年間神殿で過ごさなくてはいけない、という決まりがあるのだけれど、その時に皆様が鍛錬を怠っていたのよ、たぶん。
だけど、わたくしは神殿でもちゃんと鍛錬をしていたの。
そして、その差が今回、わたくしが王族を抜いて首席入学者になってしまったということにつながっていくのよ。
根拠としては、神殿に入るまで、わたくしは全然注目されることがなかった、ということが挙げられるわ。
本当にそうなのよ!
だから、わたくしは普通に試験をこなしただけで皆様より上になってしまった。
けれど、これからはわたくしは特に鍛錬しようとは思っていないし、逆に他の方々は鍛錬をちゃんとして、力を戻してくるでしょうから、きっと一位ではいられないはずよ。
(※そんなはずがありません)
ね? だから、わたくしは見せかけは強いわ。だけど、本当の強さは持っていないのよ。
それはともかく、首席入学者は言わずもがな、新入生代表挨拶を任されてしまうの。最悪よね。
「次に、新入生代表挨拶、クラン・ヒマリア」
ほら、そう考えたら呼ばれたわ。
さっそく来賓がガヤガヤしているわね。
まったく、王族だって人よ? それなりの高度な教育を受けているからと言って、どうして1位になるのが当たり前のようになっているのかしら?
そういうふうな固まった考え方、嫌いだわ。
「桜の花も散るようになってきました。本日は、わたくしたちのために、このような立派な式を開いて下さり、誠にありがとうございます。……」
あ~あ、こういうとき、貴族じゃなかったら、簡単に言って終わらせることが出来るのでしょうね。
わたくしは貴族、それも公爵令嬢のせいで、下手な挨拶をしたら恥をかいてしまうじゃない。実に迷惑よ。
そんな面倒くさいものもあったけど、無事に式は終わったわ。
わたくしは学年の中での最上位クラス、S組らしいわ。見せかけの強さで何とかしてしまうなんて、さすがわたくし。
「あれが、王族を抜いたっていう、クラン・ヒマリア?」
「そうらしいわ。……あまり好きになれなさそう」
「わかるわ。女のくせに出しゃばっているようでいやね」
「そんな理由じゃないよ!」
「え?」
「それだと生徒会のお二方も否定することになるわ」
「それもそうね。だったらなんでなの?」
「お二方は皆に等しく接するじゃない? だけどあの人は一人で過ごしてそう」
「あぁ、わかるわ」
「だから好きになれなさそうなのよ」
「確かにね。あ、王族デスマール様だわ!」
「本当ね! 行きましょう!」
早速酷いことを言われているようね。
でもまあ、人と喋らなさそう、というのは事実かしら。これから人と喋るつもりはないもの。
……さて、わたくしはこれからどうしましょうか。
呪いがあるため、あまり人と喋らない方がいいわよね?
人から話しかけられないためには……実力を隠しましょう。きっと、これだけでもかなりの人が話しかけてこなくなるわ。
皆様が、求めているものは1位という圧倒的な結果だもの。結果を出さなければ、何の問題もないわ。
◇
(心の神視点)
ここからは僕が説明をするね。
まずは自己紹介。
僕の名前は心。五柱のうちの一柱。
僕を含む神々はね、毎日の生活に飽いていたんだ。
だから、人を作った。
そして、楽しませてもらおう、と考えた。
そして、その遊びに巻き込まれたクランは、僕のお気に入り。
そしてそんなクランは、実力を隠すことで、一時的な平和な生活を、時々は話しかけられながらも手に入れたんだ。
実力を隠したせいで、クランの実力は先生たちの間で、議論されることもあったらしいよ。だけれど、クランに積極的に関わってくることはなかった。
授業も、クランがずっと出している、当てるな、という圧に負けて、誰もがクランを当てないようになった。
ふふふ、そうやって我を通すクラン、やっぱり面白い。
だけど、そんないいことばかりではなくてね、そんな風に喋らない様子は、「孤高」そのままであったから、クランは「孤高の公爵令嬢」と呼ばれるようになっちゃったんだ。可愛そう。
そして、時は平穏なまま、九月下旬に流れる。
正直その間は上から人間界にいるクランを見てても普通の毎日を過ごしていた。ただただ同じように過ぎる毎日。だんだん時々しか様子を見ないようになった。え? 何? その分他の人を観察していたから、ちゃんと神様としての娯楽……いや、仕事はやっているよ? 心配しないで。
その日は偶然見ただけだった。
起こったことは、本当に些細なことだったんだけれどね、それはクランの平穏を壊すには十分だったんだ。
面白くなりそうだけれど、クランが困るのは少し困るなぁ。
そんなことを土(の神)に言ったら、
「じゃあ俺も遊んでみよう」
なんて言われたよ。
……クランを困らせちゃった。
まあそんなわけで。
「孤高の公爵令嬢」クラン・ヒマリアは、混乱に巻き込まれ、時には巻き込みながら、僕たちを楽しませて日々を過ごしてくれている。
ただ生きているだけで影響を与えて、楽しませてくれる。
そして、僕たち神は、それを楽しみにしている。
クランは、実力に、呪いに、僕のお気に入り、と混乱の要素をたくさん持っているんだ。想像しても想像しきれない。
……だから、まさかクランが僕に会いに来るまで切羽詰まる出来事が起こるなんてことも、まったく予想できなかった。
ここからはまたクランにバトンタッチするね。
バイバイ!
1.クランは、ただの日常を過ごす
フィメイア学園で授業を受けながら、わたくしは窓の外をぼーっと見ていた。
窓は開いていて、そこからは涼しくなり始めた秋の風が入ってきていた。
授業なんてつまらないわ。
教科書を読んだら分かることを延々と説明されるだけのもの。
だから、テストさえ受けて、授業さえ参加していれば、ほかはどうでもいいものなのよね。
わたくしは公爵令嬢クラン・ヒマリア。
まあ、公爵令嬢らしくないでしょうけど。
だって、学園では人とは滅多に話さない。時々、取り入ろうと考えているのか、おかしな子たちがやってくるけど、無視するようにしているわ。
……もしかしたらその点は公爵令嬢の役割に即しているかもしれないわね。取り入ろうとする人に取り入れられないのが公爵なのだから。
しかし、そのせいでついたあだ名が「孤高の公爵令嬢」。
……事実ではあるけど……ひどい話よね。
あぁ、涙が出そうになったわ。
まったく、最近の人達は礼がなっていないんじゃないかしら?
わたくしの家は公爵だというのに。
ここは学園だし、お兄様達が見逃しているのなら多分大丈夫でしょうけど。
いつの間にか、授業は終わっていた。
今日もあてられずに済んだと一安心する。
さあ、家に帰りましょう!
今日は週末だから、寮ではなく家に、のんびりと帰ることができるのだ。
「お嬢様、お待ちしておりました」
校門の前で、執事のカナンが馬車を準備して待っていた。
「ありがとう、カナン」
いそいそと馬車に乗る。あとは小一時間揺られればヒマリア公爵家に到着。
家では周りの目を気にせずゆっくりできるから大好きなのよ。
「ただ今戻りました」
玄関にいて、わたくしの帰りを待っていてくれていたお父様、つまり現公爵のユシエル・ヒマリアに挨拶をする。
「おかえり、クラン」
優しいのでお父様は大好きだ。昔の「約束」も守ってくれている。
「今週も何も予定は入っていませんよね?」
「入れていないよ。いつも通り過ごしなさい」
ほら、お父様は優しい。
「……お母様は?」
「ミリネアは領地を見に行ってくれている」
ミリネア・ヒマリアというのがお母様の名前だ。
公爵の次の位、侯爵家から嫁入りしたの。貴族にしては珍しい恋愛結婚だったらしいわ。
「分かりました。ありがとうございます」
「クランは気にしなくていいよ」
退室する。お父様の仕事を長々と邪魔するわけにもいかないしね。
さあて、今週末は何をしようかしら?
魔法薬をまた作ってみる……本を読みまくる……動物たちと遊ぶ……護衛を連れて狩りに行く……
うーん……どれもしっくりこないわね。どうしようかしら?
多分、結構な間考えていたのでしょうね。
――コンコン
誰かしら? というかもう夕方? えぇぇ?? 早いわね。
「……どなた?」
「公爵様です」
メイドのサリアが教えてくれた。お父様が? なぜ?
「通してちょうだい」
「かしこまりました」
「失礼するよ」
「どうされました?」
「クラン、さっきは何も予定を入れていないと言ったが、訂正する。日曜日の夜、パーティーに参加しなさい」
「……なぜ?」
「エステルもユーリも用事が入ってしまい、同伴者がいないのだ」
ちなみに、エステルが長男、ユーリが次男だ。
「あぁ、お母様がいませんものね」
「分かっているじゃないか」
「お断りします」
「……なぜ?」
「そういう場には出たくありません」
だって、喋らなければならないじゃない。特に好きでもない人と。役に立つかもわからない会話を。
その点では今の時間も無駄ね。
「どうにかならないか?」
「申し訳ありません。できれば行きたいのですが、もうやることを決めてしまったので……」
「……そうか。無理を言って済まなかった」
そう言ってお父様は出ていった。
「お父様……嫌い」
「約束」を守ってくれるお父様は好きだったけど……
それがなくなったら。あまり好意的に受け入れられなくなってしまったわ。
わたくしって、こんな両極端だったのね。初めて知ったわ。
それにしても無理を言っているのはわたくしのほうなのだから、お父様が気にすることは無いというのに。
理由を言うわけにはいかないから、行くことになっていたかもしれない……けど行くことはできないから、早々に引いてくれて助かったわ。
それにしても、お父様は急にどうしたのかしら?
今まではああいう状況になってもわたくしの意思を尊重して、尋ねてくることはなかったのに。
これが一時的なものだといいけれど……
少しの不安が残った。
夕食を食べに行ったが、お父様はいなかった。きっと忙しいのね。
さっきはせっかく忙しい中来てくれたのに……
ついていくことを承諾すれば、お父様の心労も軽くなったりするかしら?
試そうとは……思わないわね。じゃあやらなくて正解だわ。あの一瞬で正解を選び取ったわたくしは優秀ね。
そう思い、気分が良くなるのだった。
食べながら考えた。今週末は何をするか。
そうね……狩り……が多分久しぶりよね? うん、先週は魔法薬で先々週は読書だったはずよ。
じゃあ狩りにしましょう。
あ!
狩りだったら、疲れているからという理由でお父様の誘いを避けた理由にも繋がるわ! 最高ね!
どんどん愉快になっていった。
さあ、明日も頑張りましょう!
多分、お父様からはもう誘われることはないだろうけど、その時でも断れるくらいには疲れるのが目標よ!
明るい気分は、その後、寝るまで続いたのであった。
3.クランの狩りは、とっても気楽
森についた。
「さあ、楽しみましょう!」
ずんずん歩く。
「そんなにさっさといかないでくださいよ。俺は安全面で気を配らなきゃいけないんですから」
「わかったわよ」
少し駆け足になっていたみたい。ケルートの忠告を参考に、少し遅くする。
「このくらい?」
「そのくらいなら問題ないです」
「あ!」
「どうされました? なにか忘れ物でも……」
途中……というかほぼ終わりで言葉を止めた。どうやら気づいたみたいだ。
さっきまでは優秀と思っていたけど、まだ鍛え足りないところがあるじゃないの。
お父様に報告して、鍛えさせようかしら。
「忘れ物ってひどいわね」
「イメージがそんな感じだったんですよ」
まあ! わたくしにそんなイメージがついているの!?
それは困ったわね……そんなに忘れ物をした記憶……あったわ。何回かなら……あったかもしれないわね。
「わたくしは狩りに行くときに必要なものを忘れたことはないわ」
「いや、忘れ物は何回もしていましたよね」
「ケルート、ちゃんと聞いてた? わたくしは必要なものを忘れたことはないとは言ったけど、忘れ物をしていないとは言っていないわよ」
ふふん、賢いケルートでも騙されることはあるのね。
「はあ……そうですか……余裕そうですね」
あら? 急に話が変わったわ……って、
――ブルルッ。
「あ、そうだったわ。魔物がいたんだった」
わたくしは確かそれに気づいて「あ!」と言ったはずよ。
えぇっと……なんて名前だったかしら?
コンクール……コンクリート……あぁ! コンクルートだわ!
そういえば……ケルートと最後のほうが似ているわ。こんな偶然もあるのね。
コンクルートは……まあまあ強い部類に入る魔物よね? 一般には……冒険者10人くらいで倒すものでしたっけ?
まあわたくしにとっては弱い部類よ。関係ないわ。
あとは……、たしか火に弱かった気がするわ。
「……忘れてたんですか?」
「まさか。忘れるわけはないわ! ただ……ちょっと頭の隅に置いていただけよ」
「それを忘れたと言います」
そうとも言うかもしれないわね。
というか、そもそもはケルートが魔物に気づくのが遅くて、わたくしの驚きに変なもので返してきたのが悪いと思うのよね。
よって、わたくしは何も悪くない。証明完了ね。もし報告されてもこれでお父様は説得できるわ。
「ケルート、下がりなさい」
何も言わずに下がってくれた。
あら? 気が利くこと。
「火よ、焼き尽くせ」
せいやぁ!
火はその軌跡を残しながらコンクルートに向かって真っすぐ進んでいく。
「よし、倒れたわね。簡単簡単」
「流石です。お嬢様」
悪い気はしないわね。最近ではこれが当たり前になっちゃってるもの。褒められるのは久しぶりかもしれないわ。
「雑魚だしもう少し入ってもいいかしら?」
「そうですね……大丈夫でしょう。ただ、ゆっくり歩いてくださいね」
「了解よ」
その後、昼食を食べて、また狩りに戻った。
「水よ、貫け」
やぁ!
「風よ、引き裂け」
せいやぁ!
あぁつまらない。どの魔物も一発で死んじゃうじゃないの。
「それはお嬢様だけですよ」
「あら? 声に出してたのかしら?」
「はい。けれど、お嬢様なら大抵表情で分かりますね」
そんなにわかりやすいかしら?
らしくない公爵令嬢とは言え、気をつけるべきね。ポーカーフェイスポーカーフェイス。
「あぁ!」
こんなところに高価な薬草が! しかもたくさん!
なにこれ! 夢かしら?
「痛っ」
頬をつねったら痛みを感じたわ。
ふむ、夢ではなさそうだわ。じゃあ持って帰りましょう。
「一人で何をやっているんですか……」
呆れられた気がするわ。けど何故でしょう? わたくしは薬草を摘もうとしているだけなのに。世の中は理不尽ね。
「お嬢様!」
「ん?」
まあ! これまた高級素材の宝庫ね。ドラゴンだわ。
わたくしは何と運がよいのでしょう!
「お嬢様、普通の人は、これを見たら絶望するのですよ」
「何故? グレードラゴンなんて、ドラゴンの中でも弱いほうじゃない?」
「ドラゴン自体を恐れるんですよ」
「まあ、こんなに高級素材ばかりの生き物を恐れるの? 悲しい人生ね」
「俺にはお嬢様のほうが悲しい人生を送りそうに見えます」
何故かしら?
今もこんなに満足いく人生を……ってさっき確か「つまらない」と思ったかもしれないわ。
それだったら確かに悲しい人生に入るかもしれないわね。
「これは、風属性よね」
「ですね」
「ケルート、わたくしが攻撃は止めるのであなたが攻撃しなさい。できるわね?」
「……何故できる前提なんですか……。まあ出来るとは言えませんが善処します」
「そう、じゃあ頼んだわ。風よ、吹け!」
ふうむ、これはなかなか魔力と精神力を使うわね。
たかがグレードラゴンを風属性で動けないようにしているだけなのに……
まあ、攻撃も防いでいるしこんなものよね。
「早く!」
「分かってますよ!」
あら、分かっているなら結構。さっさとしてちょうだい。
そんなことが通じて……いないようね。仕方がないわ。
「解除。そして風よ、切り裂け」
ドラゴンの羽を落としちゃった。
「感謝します」
もっと感謝しなさい。
だって……
「解除、そして風よ、切り裂け」
もう一つの羽も落としてあげているんだからね。
そして、もう一度ドラゴンの攻撃の妨害……いや、相殺にかかる。
やっとケルートが一撃を入れた。
「解除。ケルート、遅かったじゃないの」
「仕方がないじゃないですか。ドラゴンですよ!?」
「あら? わたくしは羽を簡単に落とせたのに?」
「それはお嬢様がおかしいだけです」
おかしい? それはまたひどい言い草ね。
「わたくしの何がおかしいのかしら?」
少し詰め寄ってみる。案の定、少し引いた。これは、怖がってくれている……ということよね。やってみた甲斐があって満足だわ。
「……まあいいや。どうせ言っても理解しないだろうし……」
「何かいったかしら?」
「なんでもないです。それより素材を取らないんですか?」
あぁ~! 忘れてたわ!
「教えてくれてありがとう!」
「忘れてたんですね……」
またケルートがなにか言っているわ。けれど、これは聞いても教えてくれないやつよね。学習したわ。
いそいそと素材採取に行く。
「大満足よ!」
「それは良かったです。では戻りましょう。ドラゴンのせいで結構長居してしまったので」
「それはあなたの攻撃のタイミングが遅いからよね。わたくしに責任はないはずだけれど?」
「すみませんでした。遅くて。けど2人で倒したのなら上出来なんですからね」
「ふうん。そうなのね」
帰りは特に問題は起こらなかった。
……ちょっと、残念に思ってしまったのは、仕方のないことよ。
2.クランはのんびり、馬車の時間を過ごす
朝になった。
気分が良かったからか、ぐっすり眠れた。
あぁ~気分がいいわ! 今日の狩りは楽しくなりそうね!
「お嬢様、今日は何をされるので?」
メイドが聞いてきた。
「久しぶりに狩りにいこうと考えているわ。護衛は……ケルートだけでいいわ。準備を伝えといてくれる?」
「かしこまりました」
さあ、今のうちに着替えとくとしましょうか。
サリアってわたくしが少人数で狩りに行くときに着る、平民に溶け込むためのちょっとみすぼらしめの服を嫌っているのよね。
安いし便利だと思うのだけれど。
公爵令嬢がこんなものを着てはいけないと思うにしろ、これは公爵令嬢であることを隠すために着ているわけで、至って問題は無いはずよ。
というか、これを着ないで少人数で狩りに行くほうが危険なのだけれど……
ふむ、どうやら見解に齟齬がありそうだわ。今度、じっくり話し合ってきてもいいかもしれないわね。
……あら?
これって前にも考えたことがあるような……気の所為よね。わたくしが同じことを二度も考えることなど、そして一度思ったことを実行しないなどある訳がないわ。
深く考えるのはやめましょう。
朝食を食べに行くと、ユーリお兄様がいた。
「お兄様、昨日お父様がわたくしをパーティーに誘ってきたのですが、その理由がどちらのお兄様も予定が入っているということでしたの。ユーリお兄様は何の予定があるのですか?」
「クラン!? えーっと……何だったかな? 何か重要なものが入っていたような気がするんだけど……」
怪しいわね……
何が怪しいかは分からないけれど、普段と様子が違うのは分かるわ。
これはきっと何かあるわね!
怪しんだため、思わずじとーっと見てしまった。
貴族にあるまじき行為なのは理解しているけど許してもらおう。
これはあちらが悪いもの。不可抗力だわ。
「そうなんですねー」
棒読みで言ってみた。すると、
「え? 棒読みで今喋ったよね? 怖い怖い。まさかバレて……いやさっきジト目で見られたぞ。うわぁぁぁぁ……………」
どうしたのかしら? 早口で何かをまくし立てているようだけど。
えっと……これは棒読みに反応したと考えてもいいのかしら?
うーん……分からないわ。
普通嘘を付くときって自然になるようにするわよね?
昨日のわたくしは自然になるように嘘を言って、父もそれを信じたから……うん、あれが本当の嘘のつき方よね。けれど……そうなると嘘かどうかがわからないわ。どうやって嘘と本当のことを見分ければいいのかしら?
あとで経験豊富そうなカナンに聞いてみましょう。
……今からわたくしは狩りに行くのよね。その間にカナンに聞くことを忘れ……ないわよね! さっきのは気の所為にしたんだから! 大丈夫に決まっているわ!
つつがなく食事を終え、狩りに行くことにした。
「ケルート、準備は大丈夫?」
「問題ないです」
「では行きましょう」
せっかくの少人数なのだからと馬車を使った。もちろん家紋がついていないやつよ。じゃないと平民が着ているような服を着る意味がないもの。
「それにしてもお嬢様、二人で狩りとは大丈夫なのですか?」
「あら? ケルートはまだわたくしの実力を理解していないのかしら?」
言っておくけど、わたくしの魔術は強いのよ。公爵の血筋のお陰でしょうけど。
「そこは理解しています。しかし……いや……こっちの理由はお嬢様には理解できないだろうな……あの森はまあまあ強い魔物が多いのです」
「知っているわよ?」
「そこに二人で入るとなると、逆に目立つのではないでしょうか?」
なるほど。そういう考え方もあるのね。
「今までは何も言わなかったのはどうして?」
「どうしてって……お嬢様、お嬢様が二人で狩りに行くのは今回が初めてです」
あら? そうだったかしら……
記憶を辿ってみる。
「そういえばそうだった気もするわ! そんなことまで覚えているなんて、ケルートは優秀ね」
学園では優秀なわたくしより細かく覚えているなんて……平民出身も侮れないわ。さすが公爵家の護衛に選ばれるだけあって、学も武も優秀なのね!
「護衛任務の内容はあとで当主様に報告しなければならないので」
なるほど。確かに報告する立場ともなれば覚えるわね。
「……え? 報告? いつもしているの??」
「そうですよ。……よく今まで気付かないで生活できましたね」
うわーん! 耳が痛いわ……
そうなのね。みんなきっともっと早く気づいているのでしょうね。
悲しい事実を知ってしまったわ。
しばらく立ち直れないかも……
ちょうどその時、森についた。
「ありがとうございました」
えっと……帰りは……どうしましょう?
「ケルート、帰りは馬車? 徒歩? どちらがいい?」
「……俺の立場も考えてくださいよ」
どういうこと?
「わからないんですね。まあ俺はどっちでもいいですよ」
棘があるように聞こえるのは気のせいかしら?
「そう。じゃあ、夕方の1時間前くらいからここで待っていてもらいましょう」
「かしこまりました」
御者が返事をしてくれた。
直接言ったわけではなかったのに、そういうことにされたわ。
本当に私の周りにいる人々は皆優秀ね!
軽く昼食代わりの物を食べてから、狩りに行くことになった。
5.クランは新たな本に気づき、小人の存在を考える
一面に花が咲いた場所。そこで、わたくしは誰かと話していた。
楽しい会話……深刻な会話……いろんなことを話した男の子。この時は……何を話していたのでしょう?
目が覚めた。何か、懐かしい夢を見ていた気がするわ。
どこかきれいな場所。……神殿かしら?
古い胸の傷が|疼《うず》いたような気がした。
いったい何なのでしょう?
着替えながら、今日は何をしようか考えた。狩りはもう満足できたもの。
せっかく上級素材があるのだし……薬でも作ろうかしら?
うん、素材に鮮度は必要だものね! 最高よ!
ふっふ~ん。
「お嬢様、今日は何をするのですか?」
「今日は家で魔法薬を作っておくわ」
「かしこまりました。では髪はくくっていたほうがよろしいですね」
あら、気が利くこと。
「助かるわ」
それから一分もしないうちに髪の毛は完成。朝食を食べて……今日は誰もいなかったわ……さあ! 楽しみましょう!
昼食後、わたくしは読書にいそしんでいた。
飽きたわけではないわ。思ったより調合に失敗してしまって、材料がなくなってしまったのよ。公爵令嬢としてももっと腕に磨きをかけておかないと。あぁ……落ち込んでしまうわ。貴重な素材を無駄にしてしまったんだもの。
そんなふうにずっと引きずってしまっている。
……これは、なにか楽しいことがないとずっと考えたままになるわ。
そう思い、気分転換に読書をしているのよ。
ふと手に取ったのは『呪い』の本。
いい加減、これにも向き合わないといけないのよね……
わたくしの呪いは「約束」
ただ、そう考えてしまったせいで……気分転換どころか、より落ち込みは増したような気がするわ。
気分転換、気分転換をするのよ。
そう思っても、何故か呪い……魔術……薬……そんなものばかり手に取っている。
諦めて、『呪い』の本を潔く読みましょう。
ふと、とある記述が目に入った。
『呪いとは、祝福と紙一重である。』
そうかもしれないわね。|ふ《・》に落ちるものがあった。
わたくしの呪いも、きっと祝福に思える人もいるのでしょう。
……この本、興味深いわね。先ほどまでより、真剣に読んでみる。
『呪術師と呼ばれるものは、未だ神様以外見つかっていない。また、呪いのようでも、本人がそれを認めない事例も多く見つかっており、どのようにしてその事象が起こっているのかは、未解明のままである』
分厚くはない本。だけど、気が付いたら夕方だった。
一言一言に思い当たるものがあったからか、今までの読書より学べている気がした。
不思議なこともあるのね。今まで図書室には何度も出入りしているのに、この本の存在に気が付かなかった。こんなに分かりやすいところに置いてあるのに。小人さんでもいるのかもしれないわ。
やっと、明るい気持ちになれたのだった。
「あら? 誰もいないのね……」
そうだった。今日はわたくし以外全員用事があるのだった。
そういえば、ユーリお兄様の用事は一体何だったのでしょう?
「クラン!」
エステルお兄様がいた。
「どうされました? 今日は用事があるのでは……」
「用事はあるが! その前にお前に言いたいことがある!」
「何でしょう?」
「なぜ父上に誘われたとき、パーティーを断ったのだ!?」
「どうしてと言われましても……わたくし、以前、お父様とああいう場には付いていかないと約束したのですよ。だから、それを守るためにも、行かないのです」
「そんなものを守る意味がどこにある!? お前は公爵令嬢だぞ!?」
「それがどうしました? わたくしは公爵家の名に恥じぬよう、魔術を磨いたり、自分の価値を高めたりしていますわ。公爵令嬢ならば、約束も守るべきでしょう。一体何に対して文句を言われなければならないのでしょうか?」
「いつ、そんな約束をしていたのだ?」
お兄様の勢いが少し弱くなったわね。これなら嘘をつかずに説得することもできるのではないかしら?
「わたくしが神殿から帰ってきてすぐの事ですね」
強引に約束させてもらったわ。たしか。
「父上は、そのことを覚えているのだろうか?」
「たぶん忘れているでしょう。今までは……まぁ避けることはできていましたが、今回お父様がその提案を持ってきたことからして、たぶん忘れているでしょう。それか、考えないことにしたのか……」
「お前は……それを思い出してもらわなくていいのか?」
「別に構わないわ。わたくしが断り続ければ、約束を守ることにはなりますから」
「そうか……急にすまなかった」
「いいえ」
一体何の用で来たのでしょう? こんな簡単に説得できるようではこれが本題だとは思えませんわ。
「一つだけ伝言を伝えるぞ。魔物には先に気づくのに、その存在を忘れるのはやめてほしい、だそうだ」
そう言って、行ってしまった。そんなに急いで、一体今から何の用事があるのでしょう?
ユーリお兄様もエステルお兄様も結局教えてくれなかったわね。わたくしは仲間はずれにされているのかしら。
そしてこの伝言……間違いなくケルートからね。もうお父様に報告したのかしら? 早いわね。しかし、なぜそれがエステルお兄様に伝わるのでしょう? 理解できませんわ。
それにしてもまあまあ核心に近づいたことを喋ってしまったわ。やっぱり嘘をついたほうが良かったかもしれないわね。きっとまだまだ経験が足りないのでしょう。
もっと経験を積まないと! そう、人とあまり関わらないで済むように!
しばらくは2話投稿していきます。よろしくお願いします!
6.ユシエルはクランをいぶかしむ 下
そして話は今日に戻る。
夜、ケルートから報告が来た。
今日は、ケルートしか護衛を付けなかったらしい。これは、どんどん娘が内向的になっているということか……?
否が応でも危機感が増してくる。
「今日の狩りではドラゴンに会ったのですが……」
ドラゴン!? ドラゴンはここら辺は出ないはずだが……。
「本当か!?」
「疑いたい気持ちはわかりますが、本当です」
そうなのか……では、報告をしておいたほうがいいだろう。話を聞くに一頭だけだったようだが、元気なドラゴンだったと言っているようだし。
しかし、なぜ出てくるのだろうか? 仕事が増えた……が……被害がほとんど出なかったのは幸いというべきだろう。
「して、どうなった。元気そうな様子を見ると、無事倒せたのか?」
「そうです。お嬢様が両翼を落とされ、最後は私が入れました……が、お嬢様一人でも倒せたと思います」
「強さは?」
「グレードラゴンだったので一番ドラゴンのなかでは弱いやつですね。ただ、本来は二百人程度で倒すものでもおかしくないかと」
「娘はどうやって戦ったのだ?」
「同じく風を行使して威力を相殺していました」
なるほど。効率の良い考え方だ。しかもそれだと周りに影響は来ない。よくできた娘だ。そこは公爵令嬢に恥じない……
「そうか。さすがとしか言えん。ところで、娘の話になるが、あれは内向的なのだろうか?」
「馬車や森でもまあまあ口を開いていましたし、内向的ではないのではないかと。ただ、自分がしたことのすごさを全く理解していないので、そういう意味では内向的とも言えるでしょう」
よく喋っているのか。ますます娘がよくわからない。しかも、ドラゴンを二人で倒したことのすごさをわかっていないということだよな? 普通は無理に決まっているだろうに。
「あ、あとお嬢様に是非伝えてほしいことが」
「何だ?」
「魔物に早く気づいたのに、その存在を忘れるのはやめてほしい。と、伝えてください」
つまり、娘がそういうことをしたのだな? ははは、傑作だ!
「確かに聞いた」
「ありがとうございます」
考える。娘はどうやら世間を理解していないようだ。だったら、人と関わりをもたせたほうがいいだろう。ふむ、一つ面白い考えが浮かんだ。これをすれば娘に嫌われるかもしれないが……致し方ない。娘の|内向《ないこう》さが酷いならば、こうしよう。
楽しさを感じたまま、眠りについた。
「ご当主様、少しよろしいでしょうか」
朝起きたら、いきなりこうだった。切羽詰まっている……というわけではなさそうだ。落ち着こう。
「どうした?」
「奥方様が帰ってきました」
「そうか。すぐ行く。今ミリアネはどこにいる?」
「応接室におります」
「分かった」
何かあったのか? いや、切羽詰まってはいなさそうだった。だったら、予定が早く終わっただけか。それならちょうどいい、クランのことでも話そう。
「まあ、早かったのね。急いでくれたのかしら?」
「もちろんだよ。元気な様子を見れて安心した」
「うふふ、予定が早く終わったので、ちょっと繰り上げて帰ってきたの。せっかくだし娘や息子にも会いたいしね」
よかった。予想通り、予定が早く終わっただけだった。
「そのクランのことだが……」
「あら? クランちゃんがどうかしたの? 珍しいわね」
「いや、どうもしたわけではない、私が急に気にしだしただけだ」
「どういうことかしら? 説明してちょうだい」
学園でのクランの様子、そしてケルートからのクランの話を説明した。
「確かにクランちゃんはなにか考えていそうね。けど、別にクランから実力行使されたと言うわけではないんでしょう?」
「そうだ」
「だったらまだ気にしなくていいんじゃないかしら? もしそれでも気になるようだったら……何かもう考えているようね。じゃあそこに関してはいいわ。他に何が聞きたいの?」
「クランの信念が何かを聞こうと思ってたんだが……まだ気にすることはないんだろう?」
「あら、旦那からのお願いとなれば別よ。考えてほしい?」
「考えたい」
「相変わらず真面目だこと。うーん……信念ねぇ。まずその信念が自分から来たものか仕方なくそれを信念にしているかよね」
「確かになぁ。自分からだったらいいが……仕方なくそうなっているならば助けたいなぁ」
「確認するけど、そういうふうな信念が芽生えそうな心当たりはないのよね?」
「あぁ……ない……と思う」
「だったら、たぶん神殿での一年間に何かあったんでしょう。今度聞いてみるわね」
「え? クランに?」
それはやめといたほうがいいと思うが……
「違うわよ。神殿に、ね」
「あぁ、それはいい考えだ。じゃあ頼むぞ」
「任されました」
さすが我が妻。考えていたよりもはるかに有意義な話し合いになった。
神殿……か……。
私も一年間あそこにいたが、不思議な場所だった。あそこなら……クランが何か信念をつくるような出来事が起きてもおかしくない。
取りあえず、発布してみるか。ニヤリ
その日、伝令が走り回った。
「公爵令嬢、クラン・ヒマリアの心を開いた者1人に、金貨千枚の報奨をやる」
ちなみに……金貨千枚は、それだけあれば、普通に過ごせば一生過ごすことが出来る。|た《・》|だ《・》|し《・》、公爵家から見たら、微々たる金額でもある。
4.ユシエルは娘をいぶかしむ 上
私、ユシエル・ヒマリアには自慢の娘がいる。クラン・ヒマリア。
何でもそつなくこなす、公爵家の名に恥じない娘だと思っていた。
ところがだ。昨日の話になるが……
私は学園に所用があって行ったのだ。
ついでにクラン、エステル、ユーリの様子も見て行こうと思い立って、見に行ったのだ。
まずはクランを見に行ったのだが……
おや? 一人でいるではないか。娘は内向的なのか?
しかし、思いとどまった。
いや、休日は護衛を連れて森まで狩りに行っているのだ。内向的ではないだろう。しかも娘には天賦の才がある。誰からも話しかけられないということはあるまい。偶然一人でいたところを見ただけだ。そう思うことにした。
次に、ユーリを見に行った。
ユーリは、剣の才能が人以上にある。
タイミングが良かったようで、模擬戦をしていた。
いけー! ユーリ!
大人気なく心の中とはいえ応援してしまった。
しかし、ユーリは応援のしがいもなく余裕で勝っていた。
最後に、エステルを見に行った。休み時間に行けたのだろう。少し話すことにした。
エステルは学問に才がある。
私は運が良い。長男に学の才があるなんて。ほかの家では次男に学の才があって、どちらを継がせるか迷う、そんなところもあった。
「ところで、さっき、クランを見に行ったのだが……」
エステルは続きを察したようだ。
「クランなら一人でいたでしょう?」
「その通りだ。あれで……クランは大丈夫なのだろうか?」
「少なくとも、クランは好きで一人でいるように見えます。そのままでも大丈夫かと」
好きで一人でいるのか……。不思議な子だ。
「クランについて悪い噂はないんだよな?」
「そうですね……あぁ、けど、一つそれらしきものがあるかもしれません。クランにあだ名が付いていて、それが『孤高の公爵令嬢』というものです。私は特に何も思わないのですが、知らない人が聞いたら侮蔑に聞こえるかもしれませんね」
そうなのか。ただ、私には侮蔑には聞こえない。きっと、娘の優しさを知っているからだろう。
娘が自分の意思で、孤独でいると聞いて安心したが……やはり公爵令嬢としては少し疑問が残る。
本来、公爵令嬢は、下の立場の者とも等しく接し、みんなを助ける存在なのではないだろうか? 少なくとも私の代の公爵令嬢はそうだった。
……一人を除いて。
クランの孤高の態度は、下の立場とも等しく接する、それには準じている。ただ、あのままでは他の者を引っ張っていけないだろう。
娘は人と接しなければならないときにどうするのだろうか? 少し楽しそうに思えたので、試してみることにした。
そしてその晩。
――コンコン
娘の部屋に行くことにした。
しばらくしてメイドの者から返事が来た。
「入っても良いそうですよ」
「失礼するよ」
「どうされました?」
「クラン、さっきは何も予定を入れていないと言ったが、訂正する。日曜日の夜、パーティーに参加しなさい」
「……なぜ?」
「エステルもユーリも用事が入ってしまい、同伴者がいないのだ」
これは嘘だ。二人とも予定は空いている。ただ、クランを試すためにも必要なことなのだ。
「ああ、お母様がいませんものね」
「分かっているじゃないか」
なら、賛成してくれるだろう。学校ではあんなふうに一人でいても、クランは公爵令嬢だという自分の立場を分かっている。
「お断りします」
……え? これは想定外だった。娘は立場を自覚している……そうするように育てた。多分、その理解は今も残っているはずだ。
しかし、それでも断ってきた。
これには……なにか信念があるのかもしれない。
「……なぜ?」
「そういう場には出たくありません」
そういう場に出たくない? 公爵令嬢ともあろうものが? ただ、娘は本当に困っているように見える。これでは理由が聞けないではないか!
せっかく信念があるのなら……言わない方がいい時もあるな。じゃあやめよう。
まったく、親に優しくない娘だ。可愛いけれど。
「どうにかならないか?」
一応粘ってみた。まあ断られるだろうな、とはもう勘づいている。
「申し訳ありません。できれば行きたいのですが、もうやることを決めてしまったので……」
「……そうか。無理を言って済まなかった」
もうやることを決めた……ね。パーティーは夜だから予定が入っていようが開けることは出来そうだけど……
娘には嫌われたくないよねぇ。
娘は頑なにそういう場に行きたくない理由を話さなかった。深く聞いたら答えてくれるかもしれないけれど、それはやりたくない。
これにはなにかあるのだと思うのだけれど……全く検討がつかないのだ。今度妻と話し合ってみようか。
うん、意外といい意見が出てくるかもしれない。
楽しみが一つ増えた。
さて、娘についた嘘を、二人をパーティーに誘うことで本当に変え、嘘じゃないようにしてしまうか。いや、まだ先の話だし、明日の朝にしよう。
今日は、あまり仕事に手がつかなかった……
また、パーティーに誘うことを後回しにしたことで、ユーリが一瞬危機に陥るのを、ユシエルは知らない。
7.クランは何故か、話しかけられる 上
今日は月曜日。また、いつもの変哲のない日常が戻ってきたわ……
――ガヤガヤ
あら? 教室が騒がしいわね。今日は何かあったかしら?
……いや、何もなかったはずよね。ではなぜこんなに騒がしいのでしょう?
「「「クラン様、おはようございます!」」」
……?
なぜ、わたくしは大勢に挨拶されているんでしょう?
というか……クラスにいる人ほぼ全員が今、話しかけてきたわよね。しかも全員の声が揃っているわ。皆さんタイミングでも図っていたんでしょうか? いったい何のためなのでしょうか? 媚び売りが妥当……よね?
「おはようございます?」
これで挨拶を返したことにはなるわよね? というかそうなって! あまり人と喋りたくはないのよ! ……あまり人と喋りたくないのに、ここで無視したら公爵家の名に泥を塗ってしまうわ。ああ、なんてむずかしいの!
「まぁ! クラン様が返してくれたわ!」
「本当だ。あの方、喋らないというわけではないんだ……」
今の男性、あなた、それ、悪口と受け取られてもおかしくないわよ。
まあ、実際はそう思っても喋ることはない。
だってわたくしは公爵令嬢。
変に価値を落とす必要はないわ。お父様のためにも。そして、自分の信念を守るためにも。さらには、呪いを発動させないためにも。……これ、主にわたくしのためになっているわね。間違っていないけど。
それにしても、わたくしが喋るだけでこんなに反応が返ってくるなんて……今まで考えもしなかったわ。これだったら少しは喋ってもいいかもしれ……なくはないわ。さっき価値を落とすわけにはいかないと思ったはずよ。
さあ、しっかりしましょう!
「クラン様、今日も相変わらず綺麗ですね!」
「そう」
また取り入りに来たのかしら……いい加減疲れるのだけど……
そう思いつつその女の子を見てみる。
あら? この子見覚えが……きっと、今までも取り入りに来たことがあるのでしょう。けれど……笑顔が可愛いわ。これが嘘だったら、演技力の天才と言わざるを得ないかも。
「何でそんなに薄い反応なんですかー?」
また話しかけてきた。何でそんなに薄い反応かって? けれど、その前に、あなたがなぜわたくしに話しかけてくるのかを説明すべきだと思うわよ。どうせ取り入るためでしょうけど。しかも言葉が軽いわ。品性を持って話すことを覚えなさい。
「これが普通だもの」
まあこれが無難ね。さっさと立ち去ってくれないかしら。
「絶対違うと思います! クラン様は、もっと明るいお方です!」
それ……本人の前で言うかしら?
「そう、ではそう思っていればいいわ。けれど、これがわたくしよ。明るいというのは幻想でも見ているのよ。少し冷静になりなさい」
「そんなことないのに……クラン様は、もっと明るかった。忘れてしまったのか、本当に変わってしまったのか……」
何かを呟いているようだけど、とりあえず立ち去ってくれた。
「クラン様。今度出かける際にご一緒にさせてもらえませんか?」
今度は男性ね。
何でしょう? 出かける際に同伴したい? つまり、わたくしに娶られたいのかしら?
けれど、公爵家はエステルお兄様が継ぐはずよね。ではわたくしを嫁がせたいのかしら? けれど……侯爵ならまだしも、それ以下のように見えるわ。となると、わたくしが嫁ぐことが出来ないのは分かりきっていることよね。
でしたら………………。思いつかないわね。
「クラン様?」
考えすぎてしまったみたい、訝しまれてしまった。
「無理よ」
「それはどうしてでしょう?」
「公爵令嬢として、よく分からない者を連れて出かけることは出来ないわ。分からないかしら?」
少し威圧感を与えるように言ってみた。
「いや、分かります。えっと……その……急に突拍子もない事を言ってしまい、申し訳ありませんでした!」
あらら。勢いよく謝られてしまったわ。そんなに威圧できたのかしら? だとしたらまた特技が増えたわ!
「今回は許します」
とりあえず許してあげましょう。許さないと後々面倒くさいことになるし。
というか、この場合、|今《・》|回《・》をつけなければならないのよね。わたくしの場合は。ただ許すだけだったら、未来永劫許すことになってしまうもの。やはり、人と話すのは嫌いよ。
宣言でも、ただの許可でも、何ととられるのか分からない。
約束をしなくても、これだけで呪いの効果が出てしまったら……そう思うと、少し身震いが出てくるわ。まだ、この感覚には慣れることができないでいるし。
「……! ありがとうございます。二度とこんなふうに突拍子もない事はしません……!」
あらら、感激されてしまったわ。
それにしても……今回、と言ったせいで何やら怖い印象がついてしまったかもしれないわ。そう考えると……さっきのは失敗だったかもしれないわね。
けれど……やっぱり「今回」はつけておかなくては呪いが勝手に誤解してしまうはずよ。それはわたくしは望んでいない。それなら、「今回」はつけるべきね。となると……悪いのは、やっぱり話しかけてきた男性になるわ。
次こんなふうになっても、公爵令嬢の風評を悪くしたとかで、許さなくてもいいのかもしれないわ。
そんなことを思った。
まだまだ授業が始まるまでの時間はたっぷりある。
8.クランは何故か、話しかけられる 下
「クラン様、先日ドラゴンを倒したと拝聞しました。一体どうやって、倒したのか、教えて欲しいです!」1
「あぁ! それ、わたくしも気になってたわ!」2
「私も興味がありますね」3
今度は男性二人、女性一人ね。想像するに、戦闘能力が強い人達か、とてつもなく弱い人達かの二択な気がするわ。けれど、最後の|方《かた》は学者肌という感じもするわ。ふふっ、一体どれが正解でしょうね。
「翼を切って、急所を護衛に突かせただけよ?」
さあ、質問には答えたでしょう? さっさと帰って頂戴?
「翼を切る?」1
「クラン様、一体どういうことですの?」2
なぜこんなに簡単なことが分からないのかしら? きっと、この人たちはとてつもなく弱いのね。
「だから、風魔術で両翼を切ったのよ。たかがグレードラゴンだったもの」
分からない人たちね。理解力は大丈夫かしら? あぁいや、弱い方たちだと考えるなら……自分とできることがかけ離れていて、理解ができないのかもしれないわ。うん、それなら納得よ。
「ドラゴンが弱い……」3
弱いドラゴンは弱いわよね? つまり、この方達はドラゴンを強いと思っていた。イコール弱い。そう考えていいのよね? 予想が当たったわ! 最高ね! 気分がいいわ! 久しぶりに高揚してきたわ!
あぁ、なんて清々しいんでしょう!
「すまん、私も理解できないのだが……」1
「ドラゴンの攻撃はどうやって止めたんですか?」2
話を変えてくれるなんて、気の利いた子もちゃんといるのね。今日やっと一瞬とはいえほっとできたわ。全員こうだったらいいのだけど……
そう思って気づいた。
そもそもなんでわたくしは話しかけられているのかしら? 話を変えてくれたことに感謝を抱く前に、そちらを糾弾すべきだったわ。
「風魔術を使って相殺させたのよ。分かるでしょう? 分からないほど弱いのなら、さっさと帰って頂戴?」
「魔術で相殺する……つまり、攻撃を事前に読み取って、それと同等の力で防御したということだよな?」3
「そういうことだと思うけど……信じられないな」1
まったく……
わたくしが帰って頂戴と言ったのが聞こえなかったのかしら? もしそうとしたら、ただの迷惑な人たちね。
人と話す際は、相手の心情を気にしなければならないのよ。
「討伐にはどれぐらいかかったんですか?」2
あら、またこの子が話題を変えてくれたわ。どんどん好印象を持ってしまう……他の者と比べて、だけど、名前を後でこの子だけは確認しておこうかしら? 覚えていたらだけど。
けど……わたくしの記憶によるとまあまあ地位は高めだった気がするのよ……侯爵かその一つ下の伯爵でしょうね。公爵だったらこのようにわたくしを立てるような言い方はしないはずよ。
「両翼を削ぐのは一瞬だったのだけれどね……護衛が30分かけたのよ……」
お陰で魔術の腕がまた上がったわ。
というより、なぜわたくしがドラゴンを倒したことを知っているのでしょうか? わたくし普段はあまり実力を見せないようにしていましたのに。今までの努力が水の泡よ。誰かしら? 広めたのは。
まあドラゴンの討伐に三十分も掛かったと教えてあげたのだから、きっと評価は元通りになるでしょうね。
「30分間も相殺し続けたのか……」1
「授業ではそんなふうに見えなかったのに……」3
「クラン様にはわたくしたちには分からないような崇高な考え方がきっとあるのよ!」2
「かもしれないな」3
何故か呆れられた気もするのだけど……どうしてでしょう?
「答えてくださってありがとうございました」2
「そう、それは良かったわ」
少し微笑んだ。別に「約束」に関わらなければ人と話すのは嫌いではないもの。そう思い、だけど少し喋りすぎたわね、と反省する。
「クラン様は、普段、どんなことをしているんですか?」
「見ての通り、あまりなにかしているとは言えないわよ」
「クラン様、今度授業の際にお手合わせを」
「遠慮するわ」
本気なんぞ出したくもないし、厄介事に巻き込まれる予感しかないわ。いえ……もう巻き込まれているのだけど。
「クラン様って何でもできてすごいのね」
はぁ? みんなもできることじゃないかしら?
「クラン様はどんなことが好きなんですか?」
読書……よね? 答えるつもりはないけど。
「クラン様、今度魔法を教えてください」
嫌よ。
「クラン様、」「クラン様」「クラン様」
あぁ……もううるさいわね。
疲れた……。やっと終わったわ。会話って疲れるものだったのね。もう二度とこんなに絡まれたくないわ。
そう……さっき、何で急に絡まれるようになったか考えていたわよね。
一体何人の方に話しかけられたのでしょう? そう思い、「誰に話しかけられたかしら?」と考えながら教室を見渡す。
あの人、あの人、あの人……あら? 全員かしら? …………あ! 二人絡んでこなかった人がいたわ!あの二人は気が利くわね!
男女一人ずつ、見覚えのない人がいた。その人達には話しかけられてないということでいいと思う。つまり、それ以外の人はみんな絡んで来たのだ。人数換算すると……三十人クラスだから二十七人?多すぎるわ! これは疲れるはずよ。ふだんは誰とも喋らないのだし……
そういえばあの二人……何か見覚えがあるような気がするのだけれど……なんだったかしら?
まあ、多少覚えていなくても許してもらえるでしょう。まだ学園に入ってから半年ほどしか経っていないのだから。
9.ノアは、急な法令にやる気を出す
クラン様のお心を開いたら金貨千枚の褒賞……!
この知らせは、今までの報われなかった努力をもう一度しようと思えるほどには私に影響を与えた。
私はノア。平民出身。そして自称クラン様の信者。
今日は月曜日。あの法令が公布されてから初の学校がある日だ。
「ねえ、聞いた?」
「もちろん!私、クラン様にもう一度アタックしてみようと思いたったの!」
「えぇ……ノア、よくやるわね……」
「そりゃもう! 私はクラン様のファンだから!」
「あぁ……自称のね」
彼女はクリーナ。同じく平民出身だ……が、家は商人で、裕福めな暮らしをしていたそう。
私たちと同じように、今日の教室は騒がしい。理由は……あ!
「「「クラン様、おはようございます!」」」
あれれ? 私も当たり前だけど挨拶をしようと思っていたとはいえ、他の人も?
ちょっと戸惑った。
ちょうどその原因であるクラン様がやってきた。正確にはそのお父様だけど。
「おはようございます?」
「ねえ、聞いた? クリーナ。クラン様が挨拶を返してくれたよ!」
「まぁ! クラン様が返してくれたわ!」
「本当だ。あの方、喋らないというわけではないんだ……」
他の人も似たり寄ったりの反応だ。むぅ。私だけで目立ってまたクラン様に話しかけるチャンスを……っと狙っていたのに。しかし、席についたクラン様に、誰も話しかける素振りを見せない。
チャンスだ!
「クラン様、今日も相変わらず綺麗ですね!」
「そう」
「何でそんなに薄い反応なんですかー?」
ううぅ……私、嫌われているのかなぁ。嫌われることはしてないと思うけど……まあ言っていることが他の人も言いそうなものだし……当たり前と言えば当たり前か。
「これが普通だもの」
「絶対違うと思います!クラン様は、もっと明るいお方です!」
だって……!
「そう、ではそう思っていればいいわ。けれど、これがわたくしよ。明るというのは幻想でも見ているのよ。少し冷静になりなさい」
「そんなことないのに……クラン様は、もっと明るかった。忘れてしまったのか、本当に変わってしまったのか……」
あわよくばクラン様に聞こえてくれていないかな。
神殿でのクラン様は、もっと明るかった。私には気づいてくれていないけれど、それでも過去の自分を隠す必要なんてなさそうなのに……いや、これは私本位の考えだ。公爵令嬢であるクラン様は違う考えをお持ちかもしれない。
けれど……明るいクラン様をまた見てみたい。そう思うのも仕方ない……よね?
そりゃあ今のクラン様も好きだけど。
「公爵令嬢として、よく分からない者を連れて出かけることは出来ないわ。分からないかしら?」
あぁ……クラン様が絡まれてる。あれ? 私も他の人から見たらあんな感じなのかな? それだったら嫌われるのも分かるかもしれない。
「いや、分かります。えっと……その……急に突拍子もない事を言ってしまい、申し訳ありませんでした!」
「今回は許します」
一瞬で周りが静かになった。それほどまでに発言には威厳があった。
|今《・》|回《・》|は《・》許します、かぁ。今後は許さないつもりなんだ。はっきりしているところも相変わらず素晴らしい……!
「……! ありがとうございます。このような……」
「クラン様、先日ドラゴンを倒したと拝聴しました。一体どうやって、倒したのか、教えて欲しいです!」1
「あぁ!それ、わたくしも気になってたわ!」2
「私も興味がありますね」3
今度は魔術が強い2人と剣が得意な一人がクラン様が2人でドラゴンを倒したことについて聞いている。ドラゴン……ここら辺には出ないはずなんだけれどな。それが出てきて、さらに普通どおりに戦えちゃうところとかも、尊敬の対象だ。
「翼を切って、急所を護衛に突かせただけよ?」
「翼を切る?」1
よくぞ代弁してくれた。ドラゴンの翼は硬いと聞いたことが私でさえある。そんな簡単に済む話であるはずがない。
「クラン様、一体どういうことですの?」2
「だから、風魔術で両翼を切ったのよ。弱いドラゴンだったしね」
「ドラゴンが弱い……」3
「すまん、私も理解できないのだが……」1
ドラゴンは弱くないですよ! グレードラゴンでさえ冒険者が二百人集まってやっと倒せるんだもん!
「ドラゴンの攻撃はどうやって止めたんですか?」2
「風魔術を使って相殺させたのよ。分かるでしょう? 分からないほど弱いのなら、さっさと帰って頂戴?」
「魔術で相殺する……つまり、攻撃を事前に読み取って、それと同等の力で防御したということだよな?」3
なるほど……って、え? そんなことできるの? 人間の能力超えていない? 少なくとも、学生の能力は超えているね。うん。
「そういうことだと思うけど……信じられないな」1
「討伐にはどれぐらいかかったんですか?」2
「両翼を削ぐのは一瞬だったんだけどね……はぁ……護衛が急所を狙うだけに三十分かけたのよ。おかげで魔術の腕……あぁ、なんでもないわ」
「三十分間も相殺し続けたのか……」1
「授業ではそんなふうに見えなかったのに……」3
本当そう。授業では本気じゃなかったってことだよね? 三十分も使える魔術があるのなら、王直属の護衛にもなれるよ。けど、今までそんなことにはなっていないという事は、隠しているっていうこと?
「クラン様にはわたくしたちには分からないような崇高な考え方がきっとあるのよ!」2
「かもしれないな」3
そうかもしれない。今、この場で共通認識ができた。クラン様のこの実力は、クラン様の許可なしには多言しない。みんなきっと、そう思っている。
「答えてくださってありがとうございました」2
「そう、それは良かったわ」
そう言ってクラン様は少し微笑んだ。
それだけで、クラン様は色んな人を虜にした。私もその一人だ。
「……はぁ……」
見惚れちゃうよ……。あぁ……やはりクラン様は最高の御方だ。
10.クランは何故か、先生にさえ,絡まれる 上
先生がやってきた。やっと授業が始まるのね。
……。
あぁ、暇だわ。
先生たちには異常は見られないということだし良いのだけど。
……と思っていたら。
「クラン・ヒマリア」
唐突に名前を呼ばれた。確か今は歴史の時間。先生は……伯爵家出身だと思うのだけれど……。わたくしを呼び捨てにしてしまって大丈夫かしら。まあ学園ですし仕方ないかしら。
「クラン・ヒマリア、返事をしなさい」
高圧的な方ですね。あまり好きになれなさそうな方ですわ。
「……何でしょうか?」
「我が国が誇る英雄を答えなさい。また、彼が成し遂げた偉業も答えなさい」
英雄とは、神々が決める。
神々が、この人は素晴らしい功績を残したと思えば、神託を下し、誰々が英雄になった、ということを伝える。
そして、わが国の誇る英雄は……
「ナルート・アンザス。大神殿を攻撃から守ったときの最功労者として、英雄に選ばれた」
「そうだ。彼は何故かよくわからない言語しか喋れなかった。それを補助したのがエンラート・ヒマリアだ。彼は……」
あぁ、なぜ当てられたかが分かりました。
エンラート・ヒマリアを祀り上げることによって、わたくしに取り入ろうという魂胆ですね。そんなものに流されるなどありえないと分かるでしょうに。……いえ、分からなさそうですね。ですからこんなことをやっているのでしょう。なんとつまらないことか。もう少し知恵を絞ってみては如何でしょう?
「その英雄が平民出身だったおかげで、平民もこの学園に通えるようになった。そして彼が活躍できたのはエンラート・ヒマリアによるものだ。だから、平民出身者はヒマリア家に感謝しなければならない」
……。はぁ!?
想像の斜め上を行ってくれたわね! 想定していたものよりもはるかに愚かだったわ。
そんなに下劣なことをしてまでわたくしに取り入りたいのかしら? 後でお父様に報告しましょ……あぁ! お父様はこういう取り入るやつを探すために何かやって、その結果わたくしが被害を被っているのではないかしら?
だったらお兄様達も同じ目に遭っているのよね。安心したわ。
そして、次の魔物学の授業。
「クラン・ヒマリア」
あぁ……また呼ばれてしまったわ。
「何でしょう?」
本当なら返事は「はい」なのだけど、許してほしいわね。
「そなたは……先日ドラゴンを殺したそうだな」
「はい」
どうせ倒し方を聞いてくるんでしょう? 飽きたわ。
「場所はどこだ?」
あら? 真新しい質問ね。
「実家のそばのリルトーニア森……冒険者に、初見殺しと呼ばれているあたりです」
リルトーニアは王家の名字。その名を冠した森は広い。だから、実家のそばと言うことで具体的な場所も教えた。これで沈黙を貫いてもいいわよね……?
「さて……スターチェ・オーリア。ドラゴンは……どこに生息している?」
「……一般に、我が国には生息しないとされています」
スターチェ・カンザス。確かヒマリア家と同じ公爵家令嬢。そして……今気付いたけれど、さっきわたくしに話しかけてこなかった少女。
そうと分かれば納得できる。同じ公爵令嬢だもの。媚びる必要はないわね。
「そうだ。つまり……これは何者かの手によって起こったと考えられる」
それがどうしたのかしら? 何者かの手によって普通はありえないようなことが起こる。それが当たり前じゃない。ドラゴンはやりすぎかもしれないけれど。
「私は……神の仕業だと考えている。神は飽いている。飢えを癒す一環としてそれを行ったとしても……何ら疑問はない」
あら、少し見直したかも。そういうのもあるかもしれないわね。
そもそも、わたくしの呪いも神々の飽きを癒やす一環だったもの。神官がわたくしに説明してくれたけれど、あれは「神々のいたずら」
また、わたくしはちょっかいをかけられたのかもしれない。
けど……見なさい。生徒はみんな呆れているわよ。わたくし……いや、神殿は「神々のいたずら」を隠している。それを知らない者は、なぜこんなただの令嬢に神々がちょっかいをかけるかが分からないはずよ。
「さて……魔物学の教師としては、どうやってそなたが竜を倒したのかに非常に興味があると言っても過言ではない。よろしければ……説明してもらえないだろうか?」
あぁ……せっかく好印象を持てたのに落とさないでほしいわ。
結局、この先生も他の人と一緒なのね。
「よろしければ」説明してほしい。なら、説明はしなくていいでしょう。
「お断りします」
「何故だ?」
「このクラスの者はどうやってわたくしがドラゴンを倒したかを知っています。もう一度言う必要はないでしょう。知りたければ、彼らに聞くのがよいでしょう」
「確かに……私はそなたに意思を確認した。そなたはそれに答えただけだな……なら良い。他のものに聞くとしよう」
あら、また好感度が上がったわ。好感度を上げては下げて、また上げて……忙しい方ね。いや、これも取り入るためかしら?
「ふむ……翼を風魔術で切って、攻撃は風魔術で相殺して、護衛が30分かけたというのにそれを続けたと……素晴らしい!」
褒められてしまったわ。これは確定で媚を売るためね。こんな当たり前のことで褒められる謂われはないはずだもの。
「他の者もわかったか? ドラゴンに接触したら、まずは羽を切るのだ」
「分かりません。羽は硬いはずだ。できるはずがない」
「はじめは敬語だったのだから、最後まで敬語は使うように。シリル・カーソン」
シリル・カーソン……あぁ、ドラゴンの話題を最初に振ってきた者ね。
カーソン家……あまり聞かないわ。下級貴族か平民でしょう。弱いし……平民かしら? けれど、先生にあの態度……貴族な感じがするわ。
貴族全員をまだ覚えられていないとは……まだまだね。もっと精進しなくちゃ。
……もう当てられることはなさそうね。
そう感じ取って、いつも通りぼんやりすることにした。
11.クランは何故か、先生にさえ、絡まれる 下
次は魔法学の時間。
魔法学って何だか座学みたいに聞こえるけど、実際は普通に魔法の練習よ。魔物学は座学だけだけど、魔法学は大抵魔物学のあとにあって、魔物と戦わされる。
分かるのよ、魔物と戦うのが一番魔法の行使に慣れられるのは。けれど、面倒くさいのよね。だって魔法なら、余裕で使えるもの。
「明後日は課外授業だ。しっかり励むように」
今日は、魔物との実戦ね。雑魚中の雑魚とわざわざ戦わされるなんて苦痛でしかないわ。
ふぅ。今日も剣だけで乗り切れたわ。
剣に魔法をかけているから、魔法学の授業内容にも適しているでしょう。
「クラン・ヒマリア」
「何でしょうか?」
……また、呼ばれてしまったわ。何もなく終わるかと思ったのに。
これで三時間連続よ!? おかしなことが起こるのは。朝も入れたら今日はずっと変なことが起こっていると言えるわ!
次は昼休みだし……お兄様達に会いに行ってみようかしら?
「特別に魔物を用意した。戦ってみよ」
はぁ!? ここにいるのってコンクルートよね? これの何が特別なのでしょう?
「どうした? 戦えるだろ?」
「戦えますけど……なぜ用意したのがコンクルートなのですか? こんなの一瞬ではないですか」
「そうなのか!? それでは、今度からはもっと強いものを用意できるように頑張ってみよう」
「ありがとうございます。できればドラゴンよりも強いものでお願いします。火よ、焼き尽くせ」
はい、瞬殺。
あぁ、これが媚びでなかったら最高のご褒美なのに。もったいないわ。
「みんな、すまんな。参考にならないよな……」
どこがでしょう? わたくしはとっても参考になる魔法を見せてあげたと思うわよ? まず、この学園で魔法らしい魔法を使うっていうのが稀だしね。
あら? なぜ皆さんはうなずいているのでしょう? これくらい強い人には当たり前にできることではないですか。
「まあクラン・ヒマリアが使った通り、コンクルートは火に弱い。こんな一瞬で倒れるほどには。それはわかっておいてほしい」
「「「はい」」」
「じゃあ授業を終える。課外授業は学校の近くのリルトーニア林で行う。大人数だし、きっと安全だ。安心して来るがいい。……ただし、不注意に来るものは落第だ」
さぁ、お兄様達の様子を見に行きましょう。
まずは、やっぱりエステルお兄様よね。
あ、いたわ。
「お兄様!」
「まあ、あれがエステル様ご自慢の妹さん? かわいいわね」
「孤高の公爵令嬢が何のようだ?」
何故か黄色い声を上げる人もいた。他には警戒するような人もいた。
どっちかと言えば、絶対に後者の方がいそうですよね? なぜ、前者のほうが多くいるように見えるのでしょう?
――パチパチ
目を瞬いてみても変わらないわね。わたくしの目が壊れたのかと一瞬思ってしまったわ。
「どうしたのか? クラン。珍しいな」
「それが……実はよくわからないことが起こりまして……。わたくし、今日はやけに話しかけられるのです。授業でも何回も当てられてしまい……お兄様はどうしてか知っていますか?」
「クランはどう思った?」
「お父様が媚びを売る人と売らない人を見分けるために何か仕組んだのかと考えたのですが……お兄様の周りは特に変わっているようには見えませんね。なぜ、わたくしの周りだけおかしいのでしょう?」
「うーん……私には答えられないなぁ」
「どうしてですか? 何かを知っているのですよね?」
「父上を裏切れないからだよ。……そうだ、王族に聞いてみればいいんじゃないか? 王族ならば公爵の権力も気にならないだろう」
「……つまり、お父様が、公爵家の権力を使って何かをしたということですね。それもわたくしだけに。そこまで確証を取ることができました。ありがとうございます、お兄様」
そう言って教室から出た。
予想通りエステルお兄様はいろいろ教えてくれたわ。これには感謝してもしきれないわ。
その後ろで、
「かっこいいな、エステルの妹は」
「聡い妹さんなのね」
「エステル様も大変なんですね」
クランに憧憬の眼差しが、エステルに同情の眼差しが向けられていたことには、クランはもちろん気づいていない。
さて、どこかでお父様を問い詰めなくてはならないわ。
せっかく今日は来たばかりだけど、今夜は実家に帰りましょうか。
執事のカナンに準備をお願いしておく。
……今のうちに寮に届け出を出してきましょう。
次の時間は体術学。
ただ、運動するだけの時間だ。
食後にこれがあるため、太ることを心配しなくていい、と週に3回ある昼食後の体術学の授業は女子生徒に人気だ。
「クラン・ヒマリア」
まただわ……
「何でしょうか?」
「私と練習試合をしなさい」
「はぁ……分かりました」
取りあえずいつも通りやってみた。
今まで不真面目に受けていたもの。先生の実力なんて知らないわよ。
勝ってしまったわ……どうしましょう? 目立たないで過ごそうと思っていたのに。これは……絶対に目立っているわよね? おそるおそる周りを見ると、みんなの視線がわたくしを向いていた。
ひぃぃ……。目立ってる……。最悪だわ。
「先生、手を抜くのは辞めてもらえませんか?」
「ああ、先生がこれくらいなわけがないよな」
「だよねー」
「クラン様だったらあり得るのになぁ……」
よし、これで大丈夫でしょう。
「え、いや、別に……」
「先生?」
「いや、何でもない」
今回は何とかなったようね。一安心だわ。
あとは……さっさと帰りましょう。
精神的に今日はかなり疲れた一日だったわ。けれど、この後もまだお父様に会うのよね。わたくしの精神力……持つかしら?
12.クランは父と「約束」し、詰問する
「カナン、待たせたわね」
「いえいえ、それが仕事ですから」
校門に行くと、カナンがいつも通り待っていた。
それが仕事……待っていることは否定しないのね。
「では、よろしくね」
御者の人に挨拶する。
こうするといつも恐縮されるのよね。公爵令嬢としてお礼も言わないなんて、出来ないわ!
「カナン、お父様は今日は屋敷にいるのかしら?」
「王城に行く予定はなさそうだと聞いております。たぶんお屋敷にいらっしゃるでしょう」
「お母様は?」
「奥様も、多分おられることでしょう」
え? いつの間に帰ったのかしら? 日曜にはまだ帰っていなかったと思うのだけれど……
これは後で聞くことにしましょう。
「ただいま~」
「え?」
使用人に驚かれた。大丈夫かしら?この家。使用人が敬うべき貴族にタメ口を使っているのよ。
「カナンから聞いていない?今日は帰ると伝えてもらったはずだけど……」
ちらりとカナンを見る。
カナンは自信ありげにうなずいた。うん、大丈夫、連絡は行われているはずだわ。そうなると……この使用人かしら? 問題は。それとも連絡に不備がある我が家の支配体制?
「あぁ……! 申し訳ございませんでした!!」
「謝罪は聞いていないわ。理由を答えて」
「今日は平日なので、お帰りは遅くなるのだと勝手に考えていました!」
「そう、学園はどの日もタイムスケジュールは変わらないわ。今度からは気を付けることね」
「……いいのですか?」
「何が?」
「私は……お嬢様に無礼を働いてしまいました」
「今度からは気を付けるのでしょう。なら問題ないわ」
わたくしが「許す」と言わないようにしてくださらないかしら? それも「約束」になったら大変なのよ。
「……! ありがとうございますっ!」
「お父様は?」
「執務室におられます」
「そう、ありがとう」
――コンコン
「どうぞ、とのことです」
「執務中失礼します」
「どうした?」
「お父様に聞きたいことがあって来ました」
お父様の表情が読めないわ。けれど……今、肩が跳ねたわよね?
「なんだ?」
「今日、わたくしは大勢の人に話しかけられ、授業でもあてられ、目立たせられ、大変な迷惑を被ったのですが……お兄様達は何も変わっていませんでした。わたくしは、お父様が媚びを売る人と売らない人を見分けるために何かをしたのかと考えたのですが、違いそうです。お父様、一体何をしたのですか? そして、何故、わたくしだけなのでしょうか? お答えください」
「私は何もしていないぞ。なぜ、私がしたと考える?」
「では、質問を変えましょう。先に言っておきますと、このようなことをしそうなのはお父様だけなのですし、お兄様にもお父様が原因だと確認を取ってはいるのですが……お父様は何か知っていますよね?」
「約束」を使ってみようかしら?
「さぁな」
「あくまで|嘯《うそぶ》くつもりですね? でしたら、わたくしと『約束』してください。今から十分間、嘘は言わない、と。その代わりわたくしも嘘は言いません」
何も知らないなら約束できますよね? という目でお父様を見つめる。
「分かった。約束しよう」
これで「約束」は出来た。これによりわたくしもお父様も神々によって嘘をつけなくなる。
「では、質問します。お父様は最後の金曜日から、本日にかけて、何かしましたか?」
――三十秒
「さぁ」
「はい、か、いいえ、でお答えください」
――一分
「はい……」
「何をしましたか? 誤魔化しても聞き出すだけです。話された方がいいと思いますよ?」
――二分
「法令を発布した」
「それの内容は?」
「……」
――四分
一体お父様は何秒沈黙すればいいのでしょう?
「沈黙で答えないでください。そうですね……まあ後ろめたいことがまさかあるわけ無いでしょうし、三十秒以内に答え始め、三十秒以内で答えられますよね?」
「あぁ」
あら、また「約束」してくれたわ。やっぱりお父様は優しいわね。
――五分
「では、内容をお応えください」
「……。公爵令嬢、クラン・ヒマリアの心を開いた者一人に、金貨千枚の報奨をやる」
お父様……ギリギリまで粘ったわね。意味はないというのに。
――六分
「なぜ、そのような法令を? あぁ……早く答えていただいて、時間が余りましたらわたくしもお父様の質問に答えますわよ?」
「クランが学校に一人でいるから。公爵令嬢として心配になった」
――七分
「なるほど……分かりました。心配してくれてありがとうございます。お父様が沈黙したせいで、もうあと三分くらいしか時間がありませんね。何か質問がありましたら、わたくしも嘘は言えませんし、答えますが?」
お父様は、何かを迷った末に口を開いた。
「何故、私は今嘘をつけない?」
お父様……それは、一回はわたくしとの約束を破って嘘を言おうとした、ということですよね?
――八分
「それはですね、わたくしと『約束』したからですよ」
――九分
――十分
「時間ですね。お答えいただき誠にありがとうございました」
やはり、お父様が関わっていたわ。
わたくしの心を開いたら金貨千枚ですって? 確かにそれなら皆さん取り入ろうとするはずですわ。納得しました。
「お父様、迷惑ですのでそれはなくしていただけませんか? でないと……そうですね。お父様がわたくしに永遠に嘘を言わないことを『約束』してもらいましょうかね?」
「……分かった! 廃止する!」
「そう、それは良かったです。お父様が、わたくしとの約束を破ろうとしたことがあるともわかりましたし、これからも嘘をつきそうなことが分かったので、これからはお父様には注意するようにしておきますわ」
まったく、お父様も馬鹿ね。
13.ユシエルは、娘の信用を失う
コンコン
「娘か?」
「そうです」
「入れと伝えてくれ」
「かしこまりました」
娘がやってきた。十中八九あの法令のことだろう。どこまで理解しているのか、そして何故私のところまでやってきたのか。楽しみだ。
「執務中失礼します」
「どうした?」
取り敢えず知らないフリをする。
「お父様に聞きたいことがあって来ました」
ピクリ。やはりか……
「なんだ?」
「今日、わたくしは大勢の人に話しかけられ、授業でもあてられ、目立たせられ、大変な迷惑を被ったのですが……お兄様達は何も変わっていませんでした。わたくしは、お父様が媚びを売る人と売らない人を見分けるために何かをしたのかと考えたのですが、違いそうです。お父様、一体何をしたのですか?そして、何故、わたくしだけなのでしょうか?お答えください」
なるほど……媚びを売る人と売らない人を見分けるために……ねぇ。確かにいいかもしれないな。
「私は何もしていないぞ。なぜ、私がしたと考える?」
完全に嘘だ。
「では、質問を変えましょう。先に言っておきますと、このようなことをしそうなのはお父様だけなのですし、お兄様にもお父様が原因だと確認を取ってはいるのですが……お父様は何か知っていますよね?」
「さぁな」
もう確認を取っているのか……恐ろしい娘だ。
「あくまで|嘯《うそぶ》くつもりですね?でしたら、わたくしと約束してください。今から十分間、嘘は言わない、と。その代わりわたくしも嘘は言いません」
何も知らないなら約束できますよね? という目で私を見つめてきた。
なんというか……私は娘のこの目には弱いのだ。クランが私が約束する前提でこんな目をしているのだろうが……。娘の信頼に答えたくなってしまう。
「分かった。約束しよう」
約束したところで、誤魔化すことは簡単にできる……私はそう思っていた。
娘は嘘を見抜くのが下手だからな。
そして公爵令嬢なのだ。そういうのもちゃんと見敗れるようになる必要があるだろう、なんて考えながら。
「では、質問します。お父様は最後の金曜日から、本日にかけて、何かしましたか?」
できるだけ時間を稼ぐのだ。いくら兄に聞いていようがここで答えてはいけない。
「してない」と答えようとしたが、口が開かなかった。
「さぁ」
「はい、か、いいえ、でお答えください」
うぅ……信頼が……辛い。
「はい……」
「何をしましたか? 誤魔化しても聞き出すだけです。話された方がいいと思いますよ?」
誤魔化しても聞き出す? どうやって? と思ったが、娘がこんなに自信満々なのだ。何か策があるに違いない
「法令を発布した」
「それの内容は?」
「……」
答えられるわけがないだろう!
「沈黙で答えないでください。そうですね……まあ後ろめたいことがまさかあるわけ無いでしょうし、三十秒以内に答え始め、三十秒以内で答えられますよね?」
「あぁ」
やっぱり娘の信頼に……私は……弱い……。
「では、内容をお応えください」
三十秒、何も言わなければいいのだ。ところが、三十秒立つ直前に勝手に口が動き出した。せめて、ゆっくり言おうとしたが……時間が来ているのか、早口になってしまった。
「……。公爵令嬢、クラン・ヒマリアの心を開いた者一人に、金貨千枚の報奨をやる」
「なぜ、そのような法令を? あぁ……早く答えていただいて、時間が余りましたらわたくしもお父様の質問に答えますわよ?」
なぬ!? そういやクランも嘘はつかないのだったな! これはチャンスだ! 急いで答えよう。
「クランが学校に一人でいるから。公爵令嬢として心配になった」
「なるほど……分かりました。心配してくれてありがとうございます。お父様が沈黙したせいで、もうあと3分くらいしか時間がありませんね。何か質問がありましたら、わたくしも嘘は言えませんし、答えますが?」
何を質問すべきだろう? 焦って、逆に何も思いつかない。
「何故、私は今嘘をつけない?」
「それはですね、わたくしと『約束』したからですよ」
約束したから、嘘をつけなくなった? 約束とはそんなに強制力のあるものではなかったはずだ。どういうことだ?
頭の中でぐるぐる考えている間に時間が来てしまった。
「時間ですね。お答えいただき誠にありがとうございました。……お父様、迷惑ですのでそれはなくしていただけませんか? でないと……そうですね。お父様がわたくしに永遠に嘘を言わないことを『約束』してもらいましょうかね?」
それはやめてほしい!
「……分かった! 廃止する!」
「そう、それは良かったです。お父様が、わたくしとの約束を破ろうとしたことがあるともわかりましたし、これからも嘘をつきそうなことが分かったので、これからはお父様には注意するようにしておきますわ」
そう言ってクランはにこりと微笑んだ。
あぁ……そういえばさっきの質問で嘘をつこうとしたことがバレたのか……
娘に脅され、娘の信頼も失った……。
というか……娘に脅された父親……。最低だな。
これからは娘の信頼を取り戻すためにより頑張らないといけないのか。
忙しいなぁ。
思わず現実逃避してしまったのも致し方ないと思う。
ほんとなんでこうなったんだ? 私は確かに娘を怒らせてもいいと思ってこの法令を発布したのだが……ここまで、滅茶苦茶にされるつもりは無かった。
娘が今は少し恐ろしい。
14.クランは、ノアの発言に戸惑う
次の日の朝、お父様を見かけて声をかけた。
それにしても、わたくしは学校に行くため休みの時より早く起きているのですけど……それでもお父様の方が起きるのが早いのね。
そういうところ|は《・》素晴らしいと思うわ。
「お父様。おはようございます」
「あぁ、クランか。おはよう」
「ところで、一つ質問があるのですが……」
「なんだ?」
「その前に、嘘をつかないと宣言してください」
「……それは、約束に入るのか?」
多分、入ってしまうでしょうね。
「分かりませんわ。なんなら『約束』してもらってもいいんですよ?」
「いや、やめておく」
「でしたら、宣言してください」
「そうじゃない、クランの質問に答えるのをやめておくんだ」
「何故ですか? ……時間がありません。早く宣言してください。でないと、本当にお父様を信用できないのです」
早くやってくれないかしら? お父様にはこれが効果的だと思うし、これで大丈夫だと思うけれど……
「そう来たか……分かった。その質問に対して嘘はつかない」
あ……助かったわ。さっき言った時に「その質問に対して」と言っていなかったわね。お父様が言ってくれて助かったわ。同時に、いかにお父様が嘘をつこうとしているかも分かったわ……。
思わず呆れてしまう。
「ありがとうございます。では、質問してもよろしいでしょうか? お父様は、法令を廃止……は実際にしたのでしょうが、それはいつ伝わるのでしょうか?」
「……明日だ」
「遅いですね。公爵なのだからもっと早く伝えることもできるでしょうに」
絶対お父様は少しでも伝わるのが遅くなるように計らった。でないと、土日から月曜日で一気に広まっていたわけがないでしょう?
「それはすまなかった。ただ、一つ言っておくが、これの元凶は、クランが公爵令嬢に関わらず、人と交流を持っていないのが悪い。そのことは覚えておいてほしい」
「では、わたくしからも一つ。先ほどは宣言も約束に入りました。会話することでそのようなことが増えるのはわたくしも望んでおりません」
「ぁ……今度からはそれも考慮する。ただ、昨日みたいに有意義にもっと使ってくれるといいと思う」
「まぁ! わたくしはお父様を脅したのよ? それを有意義だと言ってしまっていいのかしら?」
「クランの正義感を信用しているからな」
なるほど。お父様はわたくしが必要ないときにこれを使うとは思っていないのね。逆に、わたくしが必要だと思えば、これを使ってもいい。なんと……素晴らしい保証でしょう!
「ありがとうございます」
「なぜ、そうなるのかは教えてくれないのだな……」
「もちろんです。すべてを知ることが良いこととは限りませんし、深入りは身を滅ぼしますもの。なにより、そうされるのはわたくしが望んでいません」
まぁ、そもそもそれも「約束」しているのだけれど。だから、わたくしもそれは破れない。
馬車に乗り、学校に着いた。
「「「おはようございます!」」」
「おはようございます……」
あぁ……そうでした。今日はまだ取り消しの旨が伝わっていないのでしたね。
「クラン様!」
「何でしょうか? あの法令なら明日にはなくなっていますわよ?」
教室に緊張が走った……ような気がしたわ。
「あんな法令関係ないです! 私はクラン様とただ喋りたいだけ……」
「ノア、クラン様が困っているよ。すみません、クラン様。昨日も止められればよかったんですけど。結局は私も話してしまいました」
「クリーナ、邪魔しないでよ!」
クリーナというのね。昨日もわたくしに話しかけているそうですが……一言二言だった気がするわ。マシな部類ね。そして今の態度。今のところ嫌う要素がないわ。
「ノア、あんたがクラン様と無理に話すことでクラン様が困っているのよ」
「だって……クラン様は昔は色んな人達と楽しそうに遊んだり、話したりしていたもん」
……え?
「あなた、今、何とおっしゃいました?」
「昔は私ともよく遊んだり喋ったりしていた……でいいんですか?」
「いつの話かしら?」
「神殿です」
確か、この子の名前はノアと言った。
……まだ思い出せないわ。しかも、なんだか気分も悪くなってきた。
けれど、本で読んだことがあるわ。こういうふうに何かを思い出そうとして、気分が悪くなったのなら、そこにはトラウマか何かがある。それを思い出すと、更に成長できる、と。
「少し救護室に行ってくるわ。先生が来たらそう伝えておいてくださる?」
「分かりました!」
良かった。だれもついてこない。
神殿で色んな人と喋っていた? わたくしが? 神殿では1年過ごした。そういうこともあってもおかしくないかもしれない。
けれど、わたくしの記憶は「神々にいたずら」の時と、それ以外は訓練をしていた、というくらいしか覚えていない。その「神々のいたずら」の記憶でさえあやしいというのに。
覚えているのは……そういう事実があったということくらいかしら?
流石に覚えていなさすぎではないかしら?
何があったのでしょう?
しかも、神殿で、わたくしが喋っていた? 遊んでいた? 訓練もしていたのに?
というか……そもそも、なんで訓練をしていたのかしら? 神殿は本来そういうことをする場ではないわよね?
また、頭痛がした。
気づけば、救護室についていた。
「すみません。気分が悪くて……ベッドをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。クラン・ヒマリア、一年生ね?」
「はい」
凄いわね、この先生。もしかして、生徒全員の名前を覚えているんじゃないかしら?
私は、ベッドに横になり、あの暮らしを思い出していた。
15.クランは忘れた記憶を取り戻し、神殿の日々に思いを馳せる
わたくしが九歳になる年のはじめ……一年半前くらいに、わたくしは風習通り神殿に一年間住むことになった。
はじめのころから、確か、訓練をさせてもらっていたわよね?
頭痛がした。
つまり、違うということかしら?
だったら、何をしていた?
脳裏に、ふと、大勢の子供達の顔が思い浮かんだ。そして、大勢の大人。さらには、何かの血。
「うっ……」
「クランさん、大丈夫?」
「すみません、大丈夫です」
これがきっとヒントよね。
しばらく考え続けていたら、急に、記憶が脳に流れ込んできた。
そう、はじめは……この世界の神々……五柱のことを説明され、お祈りし、自らの手で作業をして過ごした。全然、訓練なんてしていなかった。
どんな内容でしたっけ……
この世界は五柱の神々が暇に飽きて、気まぐれに作った。だから、楽しませるために「神々のいたずら」を起こす……いや、これはわたくしがいたずらをされたときに説明されたこと。あとは……神々のおかげで魔法が使えること。心の神は例外で、魔法ではなく呪いをつくる。
神殿は、神々が気まぐれでつくったこの世界を神々の気まぐれによって壊さないことを祈り、感謝を伝えるために存在する。
神殿で育てている作物は神々に供えられ、神々が気まぐれに作った聖女を守る。
それくらいだったかしら?
そういえば……わたくしは自らの手で作業することは嫌いだったわね。
なぜでしたっけ?
確か……汚れるのが嫌いで、神々が嫌いで、そのためにしなければならないことも嫌いだったのでしょう。
汚れるのが嫌いなのはくだらなかったわ。もう少しマシな理由もあったでしょうに、なぜかこれを他の人に言っていたのよね。
確か、孤児院の子に。
わたくしは、何故かよく、孤児院に遊びに行っていたらしい、おぼろげな記憶によると。
理由はわからないけど……公爵令嬢として、不自由のない暮らしをしていたからかしら? とにかく彼らのことが気になって、孤児院には何回も遊びに行ったのよね。
「クラン様、今日も一緒に遊ぶ?」
「いいわよ。何をしたい?」
「私はね、鬼ごっこ!」
問いかけると、また別の子が答えてくれる。
「じゃあわたくしが鬼になるわ。十、九、八……」
あぁ、大人げないこと。孤児にまでわたくしと言い、クラン|様《・》と敬称をつけさせている。まあ、わたくしというのは仕方のないことかもしれないのだけど……
けど、孤児と……彼らとわたくしは、少なくともあの時は、対等だったはずなのに……
わたくしは、彼らと一緒になって遊んだ、時々は魔法を見せてあげた。そして、子どもたちが喜ぶ姿を見るのが好きだった。
その頃は、まだ、確かに彼らと交流を持っていた。
そして、さっき脳裏に思い浮かんだ血は……たぶん、これが原因ね。このせいで、わたくしは彼らと遊ぶ機会を奪われたもの。
そう、それは神殿に行って五ヶ月くらい経った頃かしら?
ある日、大人が孤児院を襲ってきたの。
「孤児にお金を使うな!」
「そうだそうだ!」
「俺達が稼いだお金が入っているんだぞ!」
「どうして……?」
「なんだこの女。こいつも孤児か?」
「あなた達が親に無償で育てられているのと一緒じゃない! なぜ、彼らだけが救われないの!?」
無我夢中で叫んだのだと思うわ。
けれど、大人たちは襲撃をやめなかった。
「孤児を殺せ!」
「神殿に無駄なお金を使わせるな!」
「どうして! ここは神殿よ! 神々が見ておられるわ! その面前で神殿の行いを……神々へのお礼を……否定するの!? 神々への冒涜じゃないの!?」
もう、何もかも無我夢中だった。
大人たちは、一瞬勢いが弱まったように見えた。安心した。
「けっ、神々などいるわけねーだろ」
「あんなもん、神殿が金稼ぎのために言っている戯言だ」
「あんなもん信じるな」
どうして……どうして……!
神殿は、不思議な場所だった。神々の存在を証明してくれた場所だった。確かにあの頃は神々が好きではなかったと思うけど、それでも存在することは信じざるを得なかった。
なのに……! なぜあの大人たちは、信じないのよ! 信じられないのよ!
「それはね、彼らには余裕がないからよ」
後で巫女さんが教えてくれたわ。
「そっか、わたくしたち貴族とは、やはり違うのですね……」
「あなたは貴族。仕組みを変えることができる者。もし、将来、この経験を悔やむことがあったら、民に余裕がある政治を行いなさい」
「そっか……ありがとうございます、頑張りますね」
何で、忘れていたんだろう。
彼らは……孤児たちは、あの後、
「やめなさい!」
「うるせえなぁ」
その一言に、我を忘れてしまった。
「風よ、切り裂け!」
暴れた。大人たちの皮膚を、切った。
人殺しは……怖い。だから、表面を何回も切った。
あたりには……血が散らばった……。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。クランはみんなを助けるために立ち上がったのよね。片付けもクランがやってくれた。それなのに、なぜ、謝るの?」
「だって……みんなを……助けられなかったわ!」
「クランが何もしなかったらみんな助からなかった。十分よ」
「もっと早く自分が力を使っていれば良かった! そしたらみんな……!」
「クラン、もう気にするのはやめなさい」
「無理よ!」
「ここは神殿、懺悔する気持ちがあるなら、神々に祈りなさい」
目の前が明るくなった気がした。
16.フルーエは、行動できたクランに憧れる
私は神殿の巫女。フルーエ。
「孤児院が襲撃を受けた! 急ぎ連絡を!」
そう言われて私は迷わず孤児院に向かった。その先で見たのは……
神殿が預かっている女の子の一人であり公爵令嬢でもあるクラン・ヒマリアが、立ち向かっている様子だった。
「孤児にお金を使うな!」
「そうだそうだ!」
「俺達が稼いだお金が入っているんだぞ!」
「どうして……?」
「なんだこの女。こいつも孤児か?」
「あなた達が親に無償で育てられているのと一緒じゃない!なぜ、彼らだけが救われないの!?」
「孤児を殺せ!」
「神殿に無駄なお金を使わせるな!」
「どうして! ここは神殿よ! 神々が見ておられるわ! その面前で神殿の行いを……神々へのお礼を……否定するの!? 神々への冒涜じゃないの!?」
「けっ、神々などいるわけねーだろ」
「あんなもん、神殿が金稼ぎのために言っている戯言だ」
「あんなもん信じるな」
「やめなさい!」
「うるせえなぁ」
彼女がしていた反論は、大人とも渡り合えるほどだった。
そして、神殿の巫女、神官、私たちが思っていることと同じことを言ってくれた。
そして……
「風よ、切り裂け!」
魔術を使ってくれた。
私たち神殿しか今まで救ってこなかった孤児たちに、彼女が力を使ってくれた。彼女だけが、手を差し伸べた。
大人の皮膚を切り、血があたりに散らばる。
けれど、彼女は殺しはしなかった。
大人が戦意を喪失させたと見ると、あたりを一瞬で浄化してくれた。
それが、私には眩しかった。
私にはあんな力はない。
だから、孤児たちを救えた彼女が羨ましかった。
そして、自分の力の無さが、身にしみて分かるのだった。
死者、3名。被害がたったの1割で済んだことに、感謝すべきだった。
神殿は、無力だ。
孤児院は、義務でやっているだけ。
誰も、救おうとはしなかった。
唯一、孤児たちを救ってくれたのは、神殿の者ではない。ましてや孤児でもない。ただ、一緒に過ごしていた少女だった。
しかも、私もよくクランといっしょに子どもたちと遊んだりした。
それでも。救うことができたたものと、救うことのできなかったもの。明暗はくっきり分かれた。
「ごめんなさい……」
あぁ、彼女にもこんな面があったのね。
クランは泣いていた。
「いいのよ。クランはみんなを助けるために立ち上がったのよね。片付けもクランがやってくれた。それなのに、なぜ、謝るの?」
「だって……みんなを……助けられなかったわ!」
分かってる。
「クランが何もしなかったらみんな助からなかった。十分よ」
「もっと早く自分が力を使っていれば良かった! そしたらみんな……!」
分かってる。
「クラン、もう気にするのはやめなさい」
「無理よ!」
分かってる。
「ここは神殿、懺悔する気持ちがあるなら、神々に祈りなさい」
彼女が全員を救えなかったと悔やむ気持ちが本当によく分かる。
あぁ、五柱の神々よ。
孤児たち救ってくれた彼女を救えなかった私を、孤児を救うことすらできなかった私を、許してください。
3人。私がはたから見るだけではなく、ちゃんと参加していたら……救えたのだろうか……?
どうか、シイ、ナユ、ケミに救いがあらんことを。
生まれてから今までを、孤児として過ごすことになり、最期は孤児だったせいで死んでしまった。孤児だったせいで一人以外から救いを差し伸べられなかった。
私も、救えなかった。
私は無力です。
けれど、そんな無力な私の罪を許してください、そして、クランへの祝福をお願いします。
そう、心のなかで神に祈った。
祈祷室を見に行った。きっと、クランがいるだろう。
「え?」
いなかった。他の部屋に行った? 自分の部屋にいるの? 頭が混乱する。
あちこち探し回った。
……どこにも、いなかった。
私は、この現象を知っていた。
「神々のいたずら」、神隠し。いろんな呼ばれ方がある。神殿が採用しているのは、「神々のいたずら」
実際に、彼らは神々に会って帰ってくる。
その身に呪いを受けて。
駄目よ。クランは、「神々のいたずら」にあったと知られてほしくない。
それを知られては、あの子が、心優しいクラン・ヒマリアが、神殿にいいように使われてしまう。
私は、虚偽の報告をした。
「クラン・ヒマリアは、子どもたちを助けたあと、子どもたちを救えなかったことを悔やみ、出ていってしまいました。彼女は、必ず戻ると言っていました。心配することはありません。彼女は、強い。たとえ、一人であろうと無事に帰ってこれるでしょう」
「それで帰ってこなかったらどうするのだ!?」
「出ていったのは彼女。しかし、それを止められなかったのは私です。私が全責任を負いましょう」
「覚悟はちゃんとある、と」
「はい、もちろんです。代わりと言ってはなんですが、一応は危険にさらしてしまったので……無事に帰ってきたのなら公爵家への報告をやめてほしいです」
「それは我らも一緒だ。よい、では、万が一の際の全責任はそなたが負うとして、公爵家には内密にしよう」
「ありがとうございます!」
これで、純粋なあの子は守られる。
けれど、救われるべき彼女が、なぜこうも呪いを受けなければならないのか……
悲しさは、癒えなかった。
17.クランは、楽園にも思いを馳せる
祈祷室に行ったわ。一生懸命、彼女たちが救われるように祈った。
自分の罪が軽くなるように祈った。
あぁ……わたくしは彼女たちを救えなかった。彼女たちとともにありながら、彼女を救えなかった。
そして、人を傷つけた。人を殺す覚悟が……わたくしにはなかった。だから、被害も増えた。そうやって、被害を増やしてしまった自分が、憎い。
どうか、救えなかった彼女たちに救いあれ。
わたくしの罪を軽くしてほしい。許してほしい。
そう願い、気付いたら、寝ていた。
温かみのある陽の光で、わたくしは目が冷めた。
そして、知らないところにいた。
目の前にはたくさんの花。
そして、男の子がいた。
白い……銀色の髪の毛をもつ男の子。そして、光に照らされ、時々青く見える。
それは、とても幻想的な色合いだった。
「大丈夫?」
「ここは……どこかしら?」
「ここは、僕達の楽園だよ。ようこそ。クラン・ヒマリア。歓迎するよ」
「なぜ、名前を知っているの?」
「僕がここに君を呼んだから。君のことは把握しているよ」
どういうことでしょう?
「あなたは、誰?」
「僕は……なんて呼ばれてもいいよ」
「他の人には何て呼ばれているのかしら?」
「そうだね。心、って呼ばれているよ」
「そう、心ね! よろしく。歓迎してくれてありがとう」
心、心の神。呪いを司る神。
わたくしは、それにまだ気づいていなかった。
「一緒に遊ぼうよ!」
「いいわね! 何をしましょう?」
「そうだなぁ、鬼ごっことか?」
あぁ……孤児たちと一緒だ。
「いいわよ。じゃあはじめはわたくしが鬼になるわ!10,9,8……」
心はどこかに消えていた。
かくれんぼではない。鬼ごっこだ。さっきまで、心の方をずっと見ていた。
それが、一瞬にして消えた。
「やってやろうじゃないの。かくれんぼも入れてくるなんて……!」
あちこち走り回った。
食べ物は、神殿の生活に慣れたのか、そこら辺に生えていた気になっているものを食べた。
……これ、よく怒られなかったわね。かってに人の楽園のものを食べたというのに。
川も、滝も、崖も、山も、森も、いろんな物があった。
飽きなかった。だから、眠くはならなかった。ずっと探した。
孤児たちなら……木の上、水の中、穴の中、いろんなところに隠れる。わたくしが見つけられなかったこともざらだ。
だから、心のこともまだ探せていないところがあるはず。
4日目。
ふと、違和感を感じた。影に。
しゃがんで触ってみる。何も以上なんてあるわけが……ない……わよね。
「触られちゃった」
心が影から出てきた。
「どういうことなの、心? しかもあなのお友達も見つからなかったのよ」
訴えたわ。
「自己紹介をもう一度するね。僕は心、神の一柱だ」
「えぇぇ!」
驚いたわ。
「気づかなかったの?」
「えぇ」
「そうなんだ」
「ねぇ心、鬼ごっこがまだ続いている中悪いんだけど、寝てもいいかしら」
「いいよ。クランは寝ないで探してくれたんだもん。鬼ごっこも一旦終わろうか」
「ありがとう……」
気づけばさっきまで起きていられたのが嘘のように眠くなっていた。
わたくしは、眠りに落ちた。
「おやすみ」
そう言った心は、独り言を呟く。
「寝ないで探してくれたのは、探すことを諦めなかったのは、君が初めてだよ。僕を……最期まで探してくれて……見つけてくれてありがとう」
そう言った心の顔は晴れやかだった。
「あなたには……そうだなぁ、祝福になるものをあげよう。最終日が、楽しみだ」
そう言って、彼もクラン・ヒマリアの横で眠った。
5日目。
目が覚めた。昼に寝たのに、今も昼だった。
わたくしったら、24時間も寝ていたのかしら……? 恥ずかしいわ。
そう思って隣を見ると、心がいた。寝ていた。
こうしてじっくりと見ると、可愛らしい顔をしている。
「楽園に呼んでくれて、ありがとう。おかげで、あなたを探している間は、あのことを忘れられたわ」
そう囁いた。
心が起きた。
心とは、色んな話をした。楽しい話、怖い話。
心は、神様として見てきたいろんな人の生涯を教えてくれた。
神殿を守り抜いた男。実力に囚われすぎて破滅した男。みんなを救った女。
いろんな話があり、楽しかった。
7日目。
今日が、心いわくお別れの日だそう。
最後に、餞別をもらった。
わたくしへの餞別は、「約束」の呪い。
「呪いが餞別なの?」
「そう、それがここの決まり。今までの人はみんな僕を探すのを諦めちゃったからあんまりいい呪いをあげてはないけど……クランは特別。僕を見つけてくれた。だから『約束』。これは、約束したことは絶対に守れる呪い。ねえ、約束しよう。ここでのことは絶対にしゃべらないって」
「約束したらどうなるの?」
「絶対にここでのことを言えなくなる。ここの事自体は言えるけど……内容は言えないから言わない方がいいと思うよ」
「ならいいわ。『約束』しましょう。あなたもいえなくなるの?」
「僕は……別枠だよ。ありがとう、クラン」
「こちらこそありがとう。楽しかったわ」
「最後にもう一つ餞別を考えてきたんだけど……」
心が言いにくそうに言った。
「何かしら?」
「クラン……この前、嫌なことがあったでしょう? それの記憶をなくしてあげようかな……って」
「いらないわ!」
「……どうして?」
いけない、強くいい過ぎでしまった。
「あの子達のことは忘れたらいけないのよ、きっと」
「そっか、けどそのままで戻っても嫌な思いをするだけだよ?」
図星だった。
「だったらどうなの?」
「クランが忘れたい時に忘れ、思い出したい時に思い出せるようにする」
「……! そんな事ができるの?」
「そうだよ。神様だもん」
「お願いしてもいいかしら?」
「うん」
そうして、私は神殿の自室に戻ったのだった。
……祈祷室ではないのね。
18.クランは戻り、決意を新たにする
「クラン! 帰ってきたのね!」
部屋に帰ったら、巫女のフルーエに出迎えられた。
「ここ……わたくしの部屋よね?」
「そうよ。クランが『神々のいたずら』にあっちゃうものだから、1週間後の今日、ここでずっと待っていたの」
「『神々のいたずら』?」
「そう、あなた、神々の楽園に行ってきたでしょう?」
「そうよ」
「それを私たちは『神々のいたずら』と呼んでいるの」
そうなのね。そういえば、1週間もあちらにいたんだもの。普通なら大事態だわ。
「どんな人がそれに遭うの?」
「優秀な人よ」
「優秀?」
「そう、この前のあなたは、とても優秀だった。私は近くで見てたのに何も手を出せなかったもの。だから……あなたが羨ましかった。そんなふうに、役に立ったのだからそれはもう、優秀と神々に思われても仕方がないと思うわ」
フルーエがわたくしを羨ましいと思った……
「クラン、呪いは何だった?」
「言えないわ」
「そっか……普通はそうよね。じゃあいいわ。こっちであったことを説明するね」
そして、フルーエに教えてもらったことはこんなことよ。
・孤児院を襲撃した人たちは皆無事に捕まった。
・わたくしは「神々のいたずら」ではなく、自分で一旦出ていったことになっている。
・公爵家には伝えていない。
「なぜ伝えなかったの?」
「ごめんね。クランは孤児のためにも頑張れる優しい女の子だから……『神々のいたずら』に遭ったのがバレて、いいように使われるのを見たくなかったのよ」
そこからはすこしショックのある話だった。
いたずらは神殿にいる時に起こりやすい。だから、「神々のいたずら」はたいてい発覚する。そして、神殿は優秀な人材を見つけられる。そして、将来のその子を神殿に取り込んでいく……
「だから、クランが『神々のいたずら』に遭ったっていうのがバレてほしくないの」
フルーエが、わたくしのことを考えてやってくれたのが嬉しくて……頷いた。
口裏を合わせることにした。
「ねえ、フルーエ。わたくし、孤児たちとの記憶を一旦消そうと思うの。今、話せることを話しましょう?」
「どうして……あぁ、そういうことね。いいわよ」
神のお陰だと察してくれたみたい。
「彼らを、救えなかったわ」
「私は、手を出すこともできなかった」
「人を傷つける覚悟がなかった」
「実力がなかった」
「もっといい方法があったー」
ひたすらフルーエと懺悔し合い、孤児たちとの思い出を語り合い。
……気がつけば、日暮れ近くまでなっていた。
一通り語り終えたため、忘れたい、そう願った。
「クラン・ヒマリア。ただ今戻りましたわ。お騒がせさせてしまい、申し訳ありません」
神官長に挨拶をしにいった。
「いや、無事に帰ってきたのならいい。それよりも、そなたは襲撃から孤児を守ってくれたのだな」
「はい」
「ありがとう」
「え?」
神官長が、ありがとう? 誰も手伝いにこなかったのに!?
「光栄です」
「孤児は、孤独だ」
「はい」
「そなたが、孤児の心の支えとなってくれて、救ってくれて、本当に嬉しかった。今回のことは、こちらの非が大きい。これからは、これを改善していこうと思う」
そうか……これからは神官長がやってくれるんだ……安心だ。
安心? 何に対して? わたくしは、何を今思ったのだろう?
「その瞳……すべてを吹っ切った目だ。ときにはそういうことも必要だ。よい、必要な時に、彼らのことを思い出してやれ」
彼らって誰? 神官長は何のことを言っているのかしら?
どんどん頭が混乱してくる。
「いや、すまない。いまのは忘れてくれ」
「はい」
言われなくても……あんなよく分からないもの、覚えていれるわけがないわ。
「これからは、そなたの神殿からの外出を、制限する。代わりに、習いたいものがあったら、言うが良い。教えてやろう」
「口を挟むことをお許しください。先ほど、彼女は剣も魔術も強くなりたいと申しておりました。そのこともぜひ頭の中に入れておいてください」
「良かろう」
フルーエは一体何の会話をしているの? わたくしが剣も魔術も強くなりたい。などと、いつ言ったのでしょう?
しかし、思い当たる節はなかったが、心が、確かに習いたいと言っているような気がした。
「よろしくお願いします」
「いい顔じゃ。その決意を忘れるでない」
神殿での生活は、わたくしだけ変わった。
剣術も魔術も習い、暇なときにはいろんなことを教えてもらった。
そして、あっという間に神殿からでる日が来た。
「今まで、本当にありがとうございました!」
感謝の言葉とともに、わたくしは神殿を去った。
また、神殿に寄ることを誓って。
そして、わたくしはあまり喋らないほうがいいでしょう、と思ってお父様たちに社交の場には出ない、と「約束」したのよね。
お父様は忘れているようだけど。
まったく。
神殿を出たのが冬の終わり(3月)。
そして、それから入学の準備をして、クラス分けテストを受け、わたくしは1組……最上級クラスにやってきたのよね。
あら? この前弱い方がクラスにはいたわよね? いえ、きっと、頭のほうがいいんだわ。
それにしても……
神殿のことだけを思い出すつまりだったのに、その他のことまで思い出してしまったわ。
そして、わたくしは軽く笑った。
19.クランは結局、休めない
落ち着いたので、軽く、まとめてみたわ
神殿で、わたくしが忘れたいと願った出来事。
それは、トラウマだった。それは、心との思い出だった。それは、懐かしい友達だった孤児たちだった。
思い出せて良かったわ。
心にも感謝ね。あの子のお陰で今までわたくしは過去にとらわれずに生きていけた。
そして、腑に落ちた。だから、わたくしは剣も魔術も磨いたのね。
忘れたいと思った気持ちは分かる。だけど、もうこれは二度と忘れさせない。これが、忘れてはいてもわたくしを作ってくれていた。ならば、生かさないと。
今は、きっと人も殺せる。その覚悟は付いた。
剣も魔術も磨いた。あの頃のような過ちはもうしないわ。
けれど……あの子は、ノアという子はどこにもいない。
もう、あの子のことは考えるのをやめましょう。
「あのー、クラン様?」
ノアがいた。
「何?」
「私のせいですよね? 気分が悪くなったのは……すみませんでした!」
「いえ、そこはいいのよ。それよりも、あなた、なぜわたくしの神殿のときを知っているの?」
「私は、孤児だったんです」
「わたくしが知っている孤児にあなたはいなかった」
「私は、孤児でしたが、孤児院にいくのは怖かった。だから、孤児院の様子をずっと見ていたんです。バレないように。だから、クラン様を知っています。あの頃の明るかったクラン様を」
まあ、あの頃が明るいだなんて。確かに今と比べたらはるかに楽しい毎日を送っていたかもしれないけれど……そこまで言われるほどではないと思うわ。
「つまり、わたくしたちに面識はなかったのね?」
「そうです。ただ! クラン様はもっと明るかった。それだけを伝えたかったんです」
良かった。さっき思い出したものの中にさらに思い出せていないものがあるなどと思って、さらに混乱してしまうところだったわ。
「今は……まだ朝?」
あれからまだそんなに時間が経っていないのね。
さっきの記憶。あれは1年分だったというのに。結局、あの記憶の鍵は……何だったのかしら?
「いえ、1時間目はもう終わりました。もうすぐで2時間目です。今からだったらそこまで話しかけられはさないと思いますが……体調は大丈夫ですか?」
「えぇ。もう元気よ」
「(元気になってくれて)良かった……」
安心されてしまった。別にわたくしの気分が悪くなったのはあなたのせいではないのだから、心配しなくともよいというのに。
「わたくしは実験室に行くわ。あなたも早く行きなさい」
「あ、はい。ちゃんと行きます」
「では、今日は簡単な治療薬を作ります。明日は課外授業なので、必要ならば、持っていっても構いません」
なるほど……よく考えられているわね。これは暗に明日持っていけ、と言っているわ。そういうふうに実際に使わせようとするところが学園のいいところね。
「材料は……」
あぁ、かなり簡単なやつだわ。これなら作ったことがある。余裕ね。
「クラン・ヒマリア」
あぁ……また……。呼び捨ての件はもう諦めたわよ……学園ですし。
一応学園は身分関係なしを謳っているので、そういうことにしておきましょう。
「何でしょうか? お父様のアレなら明日には消えていますが……」
「そうなの? けれどそれはどうでもいいの。お手本を見せてくれない?」
「なぜわたくしに?」
「クランさんがこの前活躍したとお聞きし、今までの魔法薬のやつを見たらどれも本当に平均値でしたの」
それをここで言わないでくださらないかしら?
わざと手を抜いていたのがバレたのね。
「分かりました。普通に作ればいいのですね?」
「理解してくれて嬉しいわぁ」
これは脅しに入るわよね?
「今度からはそれは脅しとみなしてもよろしいでしょうか?」
親切にも皆には聞こえないようにしてあげた。
「もちろん違うわよ?」
「どこがですか? 生徒の個人情報をバラすなど、先生としても問題がありますよね?」
「聡い子はこれだから嫌いよ。分かった。これから、あなたが手を抜かないのなら、当てないわ」
それはそれであてられそうで怖いわね。
「はぁ……そもそも手を抜いているのはわたくしの勝手。それを……」
「公爵令嬢なのだからしっかりしなさい。いいじゃない、普通に過ごすだけで、一回もこれから当てられずに済むのよ?」
面倒くさいわ、この先生。一旦ここで引いておきましょう。
「分かりました」
「あらぁ、ありがとう。さて、材料をクランさんのように……」
はぁ……。また、「約束」が増えてしまったわ。
これはどのくらいまで増え続けるのでしょうね。逆に気になるわ。
これを管理している神々も、大変にならないのかしら?
「うん、いい治療薬が作れたわね。これからもその調子でよろしくね?」
はぁ……最悪だわ。
朝は、過去を思い出し疲れ、授業では、当てられて疲れる。
もうずっとも疲れっぱなしということになるじゃないの! ちゃんと休憩させてほしいわ。
それに……明日は課外授業?
また疲れなければならないのね。
本当、どうしてこうなったのでしょう……?
そう考えようとして、それをすると疲れうことに気づき、すぐ、考えるのはやめた。
20.クランは下見で、人外と会う
さっきの先生からか、クラスメイトからか、もう噂が回ってくれたのだろう。
次からの授業では、先生たちにはいつも通り、当てられずに済んだ。
誰だか知らないけれど、噂を回してくれた人に感謝するわ。
そして、放課後。
わたくしは、教室から出ると、リルトーニア森の学園から一番近いところ……慣れの森、と呼ばれているところに向かった。
下見だ。
わたくしは、別に明日の課外授業を楽しみにしているわけではない。
ただ、この前、あの先生の言い分を認めるのなら、神々のせいとなるけども、一般的には危険と呼ばれている目に合いかけた、らしいのよね。あれの何が危険なんでしょう? それに、あの森らへんは初心者殺しと言われているようだけど、わたくしみたいな初心者でも余裕じゃない。
「馴れの森」という名前は、冒険者になって、慣れてきたらそこに行きなさい、という意味らしいわ。つまり、初心者殺しよりは簡単なはずよね?
一体どんな魔物がでてくるんでしょう? 楽しみだわ。
話が変なところに行ったわね。戻しましょう。
今回の下見のために、わたくしは剣も準備した。危険なものがいたらすぐに排除できるはずだわ。
そんな心意気だったのよね。
だけど、出会ったのは、魔物じゃなくて、人だった。茶色い髪の色の。
……魔物がいないのは嬉しいのだけどね。
「やぁ、クラン・ヒマリア」
「誰?」
「あぁ、そうだったね。俺が一方的に知っているだけだった」
最近、一歩的に知られているのが多いわね。どうしてか不愉快に感じるわ。
「俺はここくんの友達。土と呼ばれている」
「ここくん?」
「心だよ。俺はそう呼んでるんだ」
あぁ……神様なのね。
「あなた達って地上に降りれるの?」
「俺は降りれるぞ」
「そう、それで何の用かしら? そういえば、先生が予想していたけれど、ドラゴンはあなたが寄越したの?」
確かに土の神は生と死を司ったりもするくらい、生き物にも関わってくる。別に関わっていてもおかしくないように思えるわ。
「そうだ。……その先生もなかなかの慧眼だな」
「ありがとう」
「え?」
何を驚いているのかしら? ドラゴンなんて貴重なものを贈ってくれて感謝しないわけがないじゃない!
「お陰で貴重な素材が手に入ったわ」
まあ、失敗しちゃったんだけど。
「あれ? 俺は喜ばれるためにあれを贈ったわけではないのだが……まあ喜んでくれたのならそれでいい。今度、また強いのも贈ってやる」
「いいの!?」
「なぜ、そこで喜ぶんだ?」
「だって……飽きてたんだもの。み~んな一撃で死んじゃってつまらない」
「そうか……どうしようか……贈るのやめようかな……」
「え!?」
ちょっと!? そんな悲しいことしないでほしいわ!
神だからって自由すぎるし酷いわよ!
「うん、贈るのはやめよう。贈ってしまう動物に申し訳ない」
「……神々って無慈悲だと思っていたけれど、申し訳ないとかは感じるのね」
「当たり前だろう!」
「なんか安心したわ!」
ふふふ……と笑うことはできず、あっはっは、と口を大きく開けて笑ってしまった。
「ごめんなさい。この笑い方は見逃して」
「別に俺は貴族ではない。気にするな。それに……これのほうが楽しい。暇つぶしになる」
「暇つぶし……神々は本当に暇つぶしでこの世界を作ったのね!」
また笑ってしまった。
「あ、土」
「なんだい、俺を呼び捨てにする失礼な人間」
「あら、ごめんなさい。明日、多分この森に来るんだけど、そのときは何も贈り物をしないでね」
「それ、俺達の性格を知ったうえで言っているのか?」
「あぁ……そうだったわね。……けど! わたくしには心からの呪いがある。だから『約束』してくれれば大丈夫よ」
「するわけ無いじゃんか」
「えぇ……じゃあちょっかい出すなら今にしてくれる?」
「ヤダ」
あら、これは「約束」かしら?
「あ、今というのは今から24時間以内のことね。「約束」してくれてありがとう」
これで土は明日のこの時間までちょっかいをかけてこないことが確定したわ。安心して挑めるわね。
「この俺を……引っ掛けるとはいい度胸だな」
「ふふっ。褒め言葉として受け取っておきますわ」
「また会いに来るね」
あら? あらら?
「あなた神じゃないの!? そんな簡単に人間に接触して言い訳がないでしょう!? 神聖さも糞もないわよ!」
「いやぁ、もともと俺達には神聖さなんてないからな」
「あら……そうなのね。かわいそう」
「ちょっと!? なぜ俺が憐れみを向けられているんだ!?」
「ではまた、土の神。お気をつけて」
土の神は、帰るとき、
「クラン・ヒマリア。君のことが気に入った」
そう、呟いたそう。そのことは、もちろん、神々しか知らない。
疲れたわ……
さぁ、さっそと討伐して帰りましょう。
まったく、土の神め。あなたのせいで時間を結構使ってしまったじゃないの。
急いで討伐にかかる。
強めの動物は……一体いた。まぁこれも一撃なんだけれど。
これが明日出ていたらわたくしまで仕事が回ってくるところでしたわ。
「クラン様!」
「ノア!? なぜあなたがここにいるの!? 一応危険な森なのよ、ここは」
なぜかノアがいた。神出鬼没な子ね。
「皆のために、先に安全を作っておくとは……流石です!」
あら、処世術を見られてしまったわね。そして、何か勘違いされているわ。
「わたくしは明日わたくしが動かなくてもいいようにやっているだけよ、それに、本当にみんなのことを思うのなら、魔物は残しておくべきよ」
説得出来た……はずよね?
さすがにそこまで物わかりは悪くはないだろうと思い、ノアは置いて、帰ることにした。
やっば、予約投稿するの忘れてた……ということで、連投します!
あと、先ほど気づいたんですが、ファンレター、ありがとうございました!
21.クランはとうとう、実力を出す
あら? そういえば、土の神と話しているところも見られてしまったかしら? それは危険ね。気軽に動きすぎたわ。これからはもう少し周りにも気を配っていかないと。
そう気づいたのは、もう夜遅くだった。
懐かしい場所を歩いていた。花がいっぱい咲いている。
楽園だわ。5人の人がいる。
間にあるのは……池かしら?
みんなでそこを覗いて、みんなで笑っている。
ーーきっと、人間を観察しているんでしょうね。
そう思って納得した。
場面は変わり、わたくしは心と喋っていた。
何の話かは分からない。
わたくしも、心も、笑っていた。
目が覚めた。
また、懐かしい夢を見た気がする。この感覚にももう慣れてきた。今まで一体何回同じ夢を見ているんでしょう?
「さぁ、今日は課外授業よ。何もしなくても終わる日よ! 頑張りましょう!」
メイドが来る前に着替えて、だけれど文句を言われてしまうから髪の毛は任せる。それが、わたくしとメイドのお決まりのやり取りとなっていた。
「動きやすいものでお願いね」
「かしこまりました」
何も出てこない何も出てこない。そう祈って……
「さぁ、着いたぞ。グループで行動すること。これと、先生から見えることろ、これが条件だ。けっして先生が見えるところ、ではない」
何の違いがあるのでしょう?
「グループとは、いつ決められたのでしょうか?」
「今からだ。最低5人、最高10人。好きなやつと組め」
あぁ……せっかく今日から法令が廃止されたというのに……また人とかかわらなければならないのですか……悟りを開きたい気分だわ。最悪よ。
「クラン様、ぜひ私と!」1
「わたくしもご一緒させて下さい!」2
「私も連れて行ってくれませんか?」3
はじめに声をかけてきたのがたしかシリル・カーソン。それ以外の名前は……まだ聞いたことがないわね。
「わたくし、攻撃をする予定は作っていないのですが、それでもいいのですか?」
「ぜひ!」2
「だったら私も入れて下さい!」
ノアがやってきた。となると……
「申し訳ないのですが、私もいれてもらいたいですね」
クリーナもやってきた。
「まあ、仕方ないといえば仕方ありません。入ることを許しましょう」
順調だった。順調だったと思う。昼食も食べた。
その時だ……
ラーネカウティスクがやってきた。
ラーネカウティスクはリルトーニア森の固有種。弱いドラゴンには匹敵する強さの持ち主。
しかし……こんなに森の入り口の方では目撃されたことはなかったはずだ。だいたいここは慣れの森、よ? 少しだけ慣れてきた初心者が来るところなんだからね?
ラーネカウティスク。たしか……別名、深奥の黒い嵐。水に強く、火に弱い。しかし、火は火力が必要とされる。想定討伐人数、250人。
あの土の神め、何かやったのでしょうか?
しかし、呪いの効果はきっと神々にも……あぁ……。ないかもしれない。
そう思い、絶望感に浸った。
わたくしは心と約束した。その時に心は言っていた。僕は別枠だと。
なんて愚かだったんでしょう。神にも呪いは効くと勘違いして慢心して、安心していた。そんなわたくしは、さぞ神々の暇つぶしになったことでしょう。
悔しいわ。
ラーネカウティスクは木を貫通する勢いを持った水を飛ばしている。
「火よ、焼け」
取り敢えずラーネカウティスクの口元に火を浮かべ、水を蒸発……はせず勢いを殺すだけになった。
「さがりなさい」
「クラン様。まさか一人で……?」
「当たり前じゃない。あなた達は弱いわ。あれを相手にできるわけがないじゃない。わたくしなら……さすがにこのレベルは一瞬とは言えないけれど、すぐ戦いを終えることができる。ならばわたくしが行くべきでしょう」
あなた達は邪魔よ、そう伝わるように言った。
「火よ、焼き尽くせ」
魔術は非常に便利なものよ。神殿で、その最前線の情報を仕入れている神官長に教わったんだもの。きっと攻撃は通じるでしょう。
すこし、安直に考えていたかもしれない。回復力が、強かった。
「維持。さらに……風よ、火を助けろ」
純粋な火だけでは火力が足りなかったのだろう。風を入れたらそれまでの劣勢が一瞬にしてなくなった。まだ、焼けるまでには時間がかかりそうね。
「まあこんなものでしょう」
やはり推定人数は的を突いているわね。この前の100人よりかは今回の200人のほうが手間がかかった。しかも時間がかかる。水に強い魔物とは本当に厄介なものね。
「大丈夫か!?」
先生がやってきた。
「えぇ」
「ラーネカウティスクが出たんじゃないのか!?」
「えぇ、出ましたよ。燃えているあれですね」
「ラーネカウティスクが、燃えている!?」
「はい」
「誰だ! ……ってクラン・ヒマリア以外にこんなことができる人がいるわけないな」
あら、正解されてしまったわ。授業では本気を見せていないのに、なぜバレてしまったのでしょう?
「まあ無事だったのなら問題ない。後片付けをしたら戻ってくるように」
「分かりました」
先生が行ったのを見届ける。
「解除、そして水よ、火を消せ」
一瞬で火が消える。
どうやらノアのお陰で火は燃え広がらずに済んだみたいね。
「ノア、ありがとう」
さあ、もう帰りましょう。
22.ノアは、クランの今後に同情する
放課後、クラン様が、一人で出かけていくのを見た。
何をしているんだろう? と興味を持ったので、ついて行ってみた。
クラン様は、慣れの森に行っていた。明日の校外学習で行くところだ。
バレないかな? おそるおそる覗いてみると、突然男の子が出てきた。
クラン様も最初は警戒していたようだが、その後は口を開けて笑うなどと、とても楽しそうだった。
気づけば、その男の子は一瞬のうちに消えていた。どういう仕組みなんだろう?
いいなぁ。私もあんなふうにクラン様と喋りたい。
その後、クラン様は魔物をどんどん討伐していた。
「クラン様!」
すごいなぁ。その気持ちのせいでつい、話しかけてしまった。
「ノア!? なぜあなたがここにいるの!? 一応危険な森なのよ、ここは」
名前を覚えててくれたんだ! 無性に嬉しくなった。
「皆のために、先に安全を作っておくとは……流石です!」
「わたくしは明日わたくしが動かなくてもいいようにやっているだけよ、それに、本当にみんなのことを思うのなら、魔物は残しておくべきよ」
それでもみんなを守ることにつながっているはず。だから、クラン様は尊敬できる。
翌朝。リルトーニア森に到着。
「さぁ、着いたぞ。グループで行動すること。それと、先生からみえることろ、これが条件だ。けっして先生が見えるところ、ではない」
「グループとは、いつ決められたのでしょうか?」
「今からだ。最低5人、最高10人。好きなやつと組め」
選べるの!ならクラン様と!
「クリーナ、クラン様と組みたいんだけど、いい?」
「やっぱりか……いいよ」
「さすが! 大好き!」
「クラン様、ぜひ私と!」1
「わたくしもご一緒させて下さい!」2
「私も連れて行ってくれませんか?」3
「わたくし、攻撃をする予定は作っていないのですが、それでもいいのですか?」
「ぜひ!」2
クラン様はもう誘われていた。急がないと。
「だったら私も入れて下さい!」
「申し訳ないのですが、私もいれてもらいたいですね」
「まあ、仕方ないといえば仕方ありません。入ることを許しましょう」
やった!
順調だった。クラン様が何もしなくてもはじめに声をかけていた貴族3人が倒してくれる。私も……正直あんまり役には立っていない。
昼食を食べ、しばらくしたとき。
黒く大きい魔物がやってきた。
「あれは何の魔物?」
「ラーネカウティスクだよ。別名深奥の黒い嵐」3
あ! それなら聞いたことがある!
たしか……推定討伐人数200人。
「火よ、焼け」
そう言って、クラン様は攻撃を弱めてくれた。
「さがりなさい」
「クラン様。まさか一人で……?」
クリーナが進言するも、一蹴される。
「当たり前じゃない。あなた達は弱いわ。あれを相手にできるわけがないじゃない。わたくしなら……さすがにこのレベルは一瞬とは言えないけれど、すぐ戦いを終えることができる。ならばわたくしが行くべきでしょう」
あなた達は邪魔よ、そう言われた気がした。
クラン様には嫌われたくない。だから下がった。
「火よ、焼き尽くせ」
一瞬で魔物に火がついた。確か水に強い魔物だったはず。だから火はより勢いがついてなければならない。私から見ると、十分に勢いはあった……気がした。
だけど、足りなかったのだろう。
魔物は焼かれながらも回復し、今もなお暴れている。火のおかげか攻撃は飛んでこない。けれど、魔物を直接燃やしているから、木々に火が少し移っている。……人に危害が出るよりはいいんだけど。
せめて私ができることとして、消火活動に勤しむことにした。
「水よ、火を消して」
私の一番得意な属性。魔物を攻撃している火を邪魔しないように、丁寧に消していく。
「維持。風よ、火を助けよ」
クラン様を見て驚いた。2つの属性を併用している。
そして、魔物はより暴れ狂っている。
そんなものも数分たてば収まり、あとは燃えるのを待つのみになった。
「まあこんなものでしょう」
こんなもの……って……十分すごいんですけど……
「大丈夫か!?」
先生がやってきた。
遅いよ! せっかくのクエアン様の活躍を見れなかったなんて……かわいそう。
「えぇ」
「ラーネカウティスクが出たんじゃないのか!?」
「えぇ、出ましたよ。燃えているあれですね」
「ラーネカウティスクが、燃えている!?」
「はい」
「誰だ! ……ってクラン・ヒマリア以外にこんなことができる人がいるわけないな」
そのとおりです!
「まあ無事だったのなら問題ない。後片付けをしたら戻ってくるように」
「分かりました」
「解除、そして水よ、火を消せ」
一瞬で火が消えた。
え? もう火消して良かったの? というかあの火を一瞬で消した……これまでの私の努力は何だったんだろう。
「ノア、ありがとう」
え!? 気づいてくれてた! 優しいなぁ。
そんなところにも気を配れるなんて……! やはりクラン様は尊敬に値するお方だ。
「良かったじゃん」
クリーナに喜んでいることに気づかれた。
深奥の黒い嵐。なぜこんなところにやってきたのかは分からない。きっと……原因はクラン様にあるんだろうなぁ。
クラン様の今後の大変さを思い、目が遠くなるのだった。
11月21日の分
23.クランは、人外の呼び出しに成功する
帰りたい。心からそう思うのだけれど、今帰るわけには行かない。きっと学園長やら何やらがわたくしに質問してきて、ゆっくりできないに決まっているもの。
「今日はお疲れ様。途中ハプニングもあったが、無事に終わって良かったと思う。今日はゆっくり休め。では戻るぞ」
「先生」
「何だ、クラン?」
「ここに残っていてもよろしいでしょうか? もう少し狩りをしてから帰りたいのですが……」
「自由にしろ」
遠い目をされた気がするわ。
それから10分。完全に見えなくなったのを確認してからわたくしは叫んだ。
「つーちー!!」
「うるさい。そして呼び捨てするな」
「あ、来てくれたわ!」
来てくれなかったら、鬱憤晴らしとして使おうと思ってたのよ。
「そりゃあ面白いものを見せてもらったからね。あんなに魔力を無駄に使っておきながら切れないなんて……!」
土め。笑っているわ。しかも魔力の無駄ですって? 聞き捨てならないわね。
「やっぱりあなたがしたの?」
「違うよ! 『約束』しただろ!」
「後から考えてみたら神様には効かないんじゃないかって思ったのよ」
「効かないのはここくんだけだよ!」
「あら? そうなの? それは良かったわ。ではなぜあれが出てきたのでしょう?」
「知るか!? お前に何か原因があるんじゃないのか!?」
土の神がそう言うということは……わたくしにはなにかがあるのでしょう。
「ねえ、教えてくれない? わたくしに何かあるの?」
「教えるわけがないだろ!」
ありがとう。肯定してくれたのね。
「そう……それは残念ね。あ……一つ聞いてもいいかしら?」
「何だ?」
「わたくし、あれを一瞬で倒せる気がしたのだけど実際は時間がかかってしまったのよね。何か原因知らない?」
「お前が他の人に、『一瞬ではない』と『約束』したからだろ!」
あぁ……なるほど。それも約束に入ってしまうのね。
「ちょっと……これ、便利すぎないかしら?」
「便利に決まってんだろ! 今更かよ!」
困ったわね。これの正しい使い方を誰かに教えてもらいたいわ。
神様は……つまらないからといって教えてくれなさそうだし……どうしようかしら? 神様が教えてくれなかったらこれを誰に教えてもらえばよいのでしょう? 「約束」のせいで誰にも言うことが出来ないのに。
「そう。教えてくれてありがとう。今度からも叫べば来てくれるのかしら?」
「そんな簡単に地上には降りねえよ! ……まあ、本当に必要なときは呼べばいい。そんな機会訪れたらおもしれえだろうし」
そう言って、土は消えていった。
「あらら、もう消えてしまったわ。他のこと?おいろいろ聞いてみたかったのに」
取り残されたわたくしは一人、考えていた。
わたくしには何かがあるという事実があるみたいね。これも関係しているのでしょうか? これは……「約束」を使うことによって知ることは出来そうだけど……試してみようかしら。まあ、お父様から許可はもらったもの、構わないでしょう。
あとは、この呪いの使い方も考えておく必要があるわね。これも聞こうと思えば聞けるのでしょうけど……これはちゃんと自分で考えたいわ。
まずは……何のために使うか……よね?
それに関しては自分を守るため……かしら? 安全に過ごす、それは目的よね。取り敢えずそれを守るためなら使ってもいいことにしましょう。
あとは……何でしょうか? 大切なものを守るため……とかがありそうなものよね。わたくしの大切なもの……。家族、自分、サリア、カナン……。駄目ね。全然思い浮かばないわ。まあそれを守るためにも使ってもいいでしょう。
とりあえずはこんなものでいいかしら?
結局何も変わっていない気がするわ。
あと考える必要があることは、この状態をどう説明するべきか……くらいかしら?
学園長や、お父様。お父様はこの前大ヒントをあげたから、もう何も説明しなくてもいいでしょう。学園長には……まだよく分かっていないのを正直に説明しましょう。
思い立ったら今すぐ行動しなければ。
いそいで学園に戻る。
校門の前に、やはりと言うべきか先生が待ち構えていた。
「クラン・ヒマリア」
「何でしょう?」
あぁ……一体このやり取りを何回繰り返すのでしょうか?
「学園長がお呼びだ」
「それで、学園長室にいけばよろしいのでしょうか?」
「そうだ。今日の件についての詳細を聞きたいそうだ」
「分かりました」
「失礼します。クラン・ヒマリアを連れてきました」
「入れ」
「失礼します」
へぇ~。ここが学園長室なのね。初めて入るわ。なんというか……想定よりもきらびやかだったわ。
「さて、ラーネカウティスクについて聞きたい」
「はい」
それくらい知っているわよ。
「あなたはあれを何だと捉える?」
それはどういう意図の質問かしら?
「何だって……あれはラーネカウティスクですよね?」
「そうだ」
「そういうものではないのですか?」
「それはそうだ。では、そういうものとは何だ?」
あら、深いところまで考えなくてはならないのかしら?
「攻撃はけして強いとは言えないが、回復力により強さを誇れている……みたいなものかしら? ドラゴンとは反対な気がしますね」
「そういう見方もあるな。セルアン、出ていっておくれ」
「分かりました」
セルアンという名前だったのね。覚えておきましょう。
「儂は君が『神々のいたずら』にあったことを知っている」
あら? どういうことでしょう?
24.クランは呪いを、濫用し始める
最近投稿を忘れていた分を、午前中に連投しました。そちらから読んでください
なぜ、学園長がわたくしが「神々のいたずら」にあったことを知っているのでしょうか?
「どうして……でしょうか?」
「儂もあったんじゃよ。子供の頃に」
まあ! なんという偶然!
「学園長は、なぜ今神殿にいないのですか?」
いたずらにあったのなら神殿に取り込まれるはずではありませんでしたっけ? フルーエが嘘でもついたのかしら?
「儂もそなたと同じじゃ。親切な人によって見逃された」
「そうなのですね。ちなみに呪いは……?」
「知識」
知識を呪われたということですよね? 覚えられなくなったということでしょうか? しかし、それなら学園長などなれるわけがないわ。どういうことでしょう?
それに……呪いの内容を言うことが出来るのね。便利だわ。
「それはどういった呪いでしょうか?」
「知る知識を制限されるのじゃ。一週間で知識を完全に忘れる。その代わり、1日一つ、知りたいことを知れる。まったく、あの神め、忌むべき存在じゃ」
それは……不便であり便利なものね……
けれど、心たちも呪い、なんて言っておきながら少しは優しい所あるじゃない。
やるなら、記憶が残らない、それだけにするかと思ったわ。
「心は優しかったわよ!」
「あなたにはそうだったようじゃの」
「なぜそれを……」
「今日知れる事実をそなたについて、としたのじゃよ」
「……それで、私に関して何かわかりましたか?」
「呪いの内容が分かった」
「それだけですか?」
「そうじゃ。そんなに便利なものではないのじゃよ」
そうなのね。大変そう。よくそれで学園長をやっていてるわね。凄いわ。
「なら、協力していただけませんか?」
「いいぞ。口の堅さには忘却力と同じくらいの定評がある」
それは都合がいいわね。
サリアに頼もうと思っていたけれど、学園長に頼も……
「やめておきますわ。学園長に手伝ってもらうなんて申し訳ないです」
「今更じゃと思うがのう」
「そう言われてしまってはそうですが……」
「心配せんでよい」
「じゃあ、お願いしますわ。わたくしと『約束』していただけませんか?」
「いいぞ」
「今から言うことを教えてほしいのです。わたくしに何の原因があって、あのような魔物がやってくることになったのか、15秒以内にお答え下さい」
1,2,3,4,5,……,14,15秒!
「それはお前さんの魔力のせいじゃ」
あぁ、納得しましたわ。わたくしの魔術の威力的に、一般よりは多く持っているはずですもの。それを狙ってやってくるとは……そんなことをしているから返り討ちにあってしまうのですわ。馬鹿な魔物ね。
「学園長、ありがとうございました。感謝いたします」
「どういたしまして。ところで、今日の魔物の話にいったん戻るぞ」
「はい」
「まず確認する。来た魔物はラーネカウティスクで間違いはないのだな?」
「間違いありませんわ。水で攻撃しており、火に弱く、また回復力も強かったので。外見だけでなく能力も普通のラーネカウティスクと考えてもいいかと」
「ラーネカウティスクが深奥から、君の魔力の多さにつられてやってきたということでいいか?」
「そうだと思われます」
あぁ……退屈だわ。確認も重要だとは思うのだけれど……早く終わらないかしら。
「対処方法は、火で燃やした」
「はい、仲間の方が消化してくださったので、火事には至りませんでした」
「それをそのまま国王に伝えてもよいか?」
え? あぁ、そういう話に繋がるのね。
「できれば、魔物が来た理由は伏せたいのですが……多分それが一番伏せれない案件ですよね?」
「そうじゃ」
「でしたら、生徒の名前を伏せていただけないでしょうか?」
「それだけでいいのか?」
「えぇ。全員が名前を言わなければ、伝わることは無いと思うので。みなさんにお願いしてみます」
「『約束』はせんでもいいのか?」
「しようと思っています」
「分かった。『約束』するなら心配ないだろう。また何かあったら来るといい」
学園長には感謝してもしきれないわ。というか、また来ると良い……って、覚えているのは1週間なのよね?だったらこれから行くことはなさそうね。
「失礼しました」
学園長室を出る。そこが見慣れたところで安心してしまった。
あぁ……公爵家で豪華なものは見慣れているほうだと自負していたのだけど、自信がなくなってしまったわ。
「何の話をしていたんだ?」
「ラーネカウティスクの話でしたわ」
「そんなに長くなるわけがなかろう」
「長くなるのです。先生、今日、わたくしが魔物を倒した生徒であることを隠すことを『約束』していただけないでしょうか?」
「そんなものでいいのか。いいぞ。言わなければいいんだな?」
「えぇ。ありがとうございます」
良かったわ。これで一安心ね。あとはクラスメイトか……あぁ……早く口止めしておけば良かったわ。もしかしたらもう広まっているかもしれない……けど、わたくしと別のグループの人は基本的には知らないはずよね?
心配する必要はそこまでないでしょう。
そう、安心した。
25.クランは叫びを見られ、現実逃避する
朝、寮を出て校舎に行くまでに、何度も見られた。
これは……もう歯止めがきかなくなっているかもしれないわ。手遅れかもしれない。
まあただ、視線に敏感になっているだけかもしれないけど……
もし、ここで口止めしたら……
◇
「わたくしが、ラーネカウティスクを倒したことは言わないで下さい」
全員が頷いたら、「約束」完了。
「ねね、クラン様ってすごいよね」
クラスメイトがそんなふうに声をかけられる……かしら?
「え、そうなの?」
クラスメイトは「約束」によりとぼけることになる。
「え? ラーネカウティスクを倒したんじゃないの?」
「知らないよ」
「……私に嘘ついた?」
こんな事になって、喧嘩でも起こるのでしょうか?
◇
あぁ、いやなことを想像してしまったわ。けれど、ありそうなことよね? 怒らないでほしいけど、万が一があるのなら……みんなには「約束」しないほうがよさそうね。その代わり……わたくしが広められることを好んでいないことをお伝えしておきましょう。
「「「おはようございます!」」」
挨拶をする人は減ってきた。けれど、それでもまだ挨拶をしてくる人はいる。
「おはようございます……」
まだ堂々と挨拶をするのは|憚《はばか》られますわ。慣れませんもの。
わたくしはわたくしがそのような器ではないことを自覚しております。
そのまま教卓に向かう。
「今日は、皆様にお願いがあります。昨日、わたくしが魔物を倒したことは、できるだけ広めないで欲しいのです。わたくしにも事情がありまして……よろしくお願いいたしますわ」
よし、大丈夫そうね。これで安心して暮らせるわ。
ただ……学園長には一応言っておくべきかしら? どうなのでしょうね。
「クラン様ー!」
今日もノアがやってきた。
「何かしら? 何も無いなら戻ってくださる?」
「話しならあります!」
なぜ、彼女はこんなにもわたくしに声をかけてくるのでしょう? 昨日のグループ作りの際は、入ってくれて確かに助かりましたけど、基本的には邪険に扱っているはずよ。
「……何ですか?」
「かっこよかったです!」
格好いい? 誰に対していっているのでしょうか? ……わたくししかいないので、多分わたくしに向けていっているんでしょうね。決して自意識過剰なわけではないわ。
「それは不適切ね」
「じゃないですよ」
あら? どうしてかしら?
そう思ったのに気づかれてしまったのか元々話す予定だったのか、ともかくノアは再び口を開いた。
「みんなが怪我をしないように、一人でラーネカウティスク? に立ち向かうんですよ!? まさに英雄の所業、かっこいいと言わないで何というのですか!?
しかも、クラン様は孤児にもそのようなことをしていた過去もあり、また昨日だって私の消火にも気付いて下さって、そして、何より表には出たくない、その姿勢も素晴らしいと思います!」
ノアが急に饒舌になったわ。
「違うわよ。一人でラーネカウティスクに立ち向かったのは、一人でも余裕で勝てるから。しかも時間もかからず被害も出ないもの。楽じゃない?」
「そういうのをあの瞬間に考えているのが素晴らしいのです!」
はぁ……何を言っても駄目な気がするわ。
「ノア、落ち着きなさい」
「落ち着いてます」
「いいえ、あなたは落ち着いていないわ。ちゃんと客観的に見なさい」
「クラン様が困っているよ」
まあ! クリーナがやってきたわ。
ノアを止めてくれるなんて……ありがたいわ!
授業は、特に何もなかった。
魔法薬の授業で脅されたのが継続しているのだけれどね……まあそこで手を抜かされなかった……いえ、|普《・》|通《・》に、作った……本気では作らなかった……それだけ。
他の授業も、問題はなかった。
今回問題が起こったのは放課後だ。
「クラン・ヒマリア様はいますか?」
久しぶりに名前に敬称をつけられたわ、と思わず現実逃避してしまった。
今声をかけてきた彼はサンウェン・リルトーニア。エステル兄様の同級生で、我がフィメイア王国の第一王子。悪い噂は聞かない眉目秀麗の|生《・》|徒《・》|会《・》|長《・》だ。
「生徒会長が何の御用でしょうか?」
「そう怒るな。生徒会室で話さないか?」
「遠慮いたしますわ」
「とりあえず来い。立場はこっちが上だ」
「はぁ……分かりました」
「失礼します」
「入れ」
「で、何のようでしょうか?」
「単刀直入に言おう。生徒会に入らないか?」
「嫌です」
「先生からの信頼も厚いぞ。やりがいもあるし」
「やりがいなど求めていわせんわ。わたくしは普通に過ごしたいのです。何より面倒くさいですわ。余計な仕事が増えているだけじゃないの」
「ふむ、ならばそれを改善したうえでまた勧誘しよう」
「は?」
なぜ、そうなるのでしょう? そもそも、なぜわたくしを入れたいのでしょう? 分からないことばかりですわ。
けど、逃げるなら今がチャンスよね。
「失礼しました」
「あ、ちょっ」
何か焦る第一王子の声が聞こえたような気がしますが気のせいでしょう。
あぁ、もう! 鬱憤がたまっているわ……
屋上に行きましょう。
「わたくしに関わらないでほしいわ! なぜ、ほっといてくれないのでしょう!?」
あぁ……スッキリしたわ。明日からも……頑張れなさそうな気がするけど、あの生徒会長のせいね……頑張りましょう。
戻ろうと後ろを見たら、知らない人がいたわ。
あぁ……最悪よ……。
気がつけば、寮に帰っていて、ベットで寝るところだった。
26.クランは、生徒会長に連行される
次の日。
昼休みに、学園長に、クラスメイトに口止めができなかったことははもう伝えた。
そして……
「クラン・ヒマリア様はいるか?」
今日もあの生徒会長がやってみたい。
生徒会長も暇なのね、などと思わず考える。
「クラン様ならもう帰ったわ」
「……そうか。また来る」
やりましたわ。風で音を拾い、内心ガッツポーズをする。さっさと帰る作戦、有効ね。
週明けて月曜日。
今日も、さっさと帰りましょうか。そう思い、寮に向かっているときにそれは見えた。
寮の入り口に、我が学園の誇る生徒会長がいるではないですか!?
皆様から遠巻きに見られているわ。お可哀想に。
わたくしはそれを見なかったことにして、来た道を戻ろ……うとしたのだけれど、そこには何とエステルお兄様が。
「お兄様? どうしたのですか?」
「友人であるサンウェンを助けに来たのだ」
ひぃぃ、腕をしっかりと掴まれてしまったわ……どうしましょう?
「王族を敬称なしですか? 不敬ですわよ」
「彼がいいと言っているんだ。お前は関係ない」
「そのとおりですね。お兄様は関係ありません。帰ってくれませんか?」
「いいや、無理だ」
まぁ、なんと酷いのでしょう。
「お兄様は自分勝手ですね」
「違うぞ」
別の人の声が聞こえた。まさか……おそるおそる振り返ると、予想通りというか、生徒会長がいた。
「僕の勝手に付き合ってもらっているだけだ」
「はぁ……そうなのね。それは失礼しました」
「そう、失礼した。だからしばらく付き合え」
「嫌ですわ。やっぱり失礼したとは思っていませんので解放してくださる?」
「もう言質は取っている。今更覆すのは無理だ」
「第一王子もお兄様と同じで酷い方ですのね」
乙女の幻想を壊さないでほしいわ。
「そう思うのだったら、そう思えばいい。早くついてこい」
あぁ……連行されてしまうわ……
「こんなの見られたくないのでせめて手を離されては如何でしょう?」
「そうしたらお前は逃げるに決まっているだろう」
あら、バレてしまいました。
「では、お兄様にお願いしてもらえますか?」
「エステルか……、まあいい。その代わりちゃんとついてこい」
「分かりました……」
まあ先ほどよりかは、断然よろしいでしょう。
基準を第一王子によって壊されてしまった気もしますが、とりあえず大人しさを装いましょう。
「入れ」
「嫌ですわ」
「目立つぞ」
「入ります」
目立つのは嫌いですもの。しかしなぜそれを第一王子が知っているのでしょうか? 不思議でなりませんわ。
「座れ」
「はぁ」
「お前の望みは面倒くさい、普通に過ごしたい、だったな?」
「えぇ。生徒会役員で普通に生活できるはずがありませんわ」
「普通に過ごしたいは無視することにする」
「なぜでしょうか?」
おかしくないかしら? わたくしは普通に過ごしたいと願っているのです。生徒会ならばそれくらい保証せてくださいませ。
「生徒会役員として過ごすのが普通になれば良い」
「嫌です。先ほどの条件に加えますわ。わたくしは生徒会自体も好きではないのです。そんなところで働くわけがありません」
「落ち着け。お前は目立ちたくないのだよな? 生徒会に入ったときの利点を教える。まず、行事は参加しなくていい」
「それがどういう利点になるのでしょか?」
「学園内で生徒会主催で試合とかも行われたりするだろう? その時に参加しなくていいのだから、結果的には目立たなくなる」
なるほど。魅力的な提案ですわね。
「他にはなにが利点なのでしょうか?」
「発言権が増す」
「それは目立つということと同義ではないですか。嫌ですわ」
「お前……確か課外授業でラーネカウティスクを倒したんだよな? そしてその噂を広げないように頼んだそうだな?」
「まあ! なぜそれを知っているのですか?」
「弟が教えてくれた」
弟……第二王子でしょうか? なぜ第二王子に伝わったのかしら?
「弟の中でも第四王子だ。お前のクラスメイトなはずだが?」
「あぁ……第四王子でしたか! ……しかし、クラスメイト……どなたでしょう?」
「嘘だろう……」
「クランはこういう子だ」
「ちょっと! お兄様! 聞き捨てならないわ!」
まあまあ、と落ち着かされる。わたくし、いいように扱われている気がしてなりませんのですけど……
「まあ、いずれわかるでしょう、続きをお願い致します」
「話をそらしたのはお前だが……まあいい。発言権が増すと、こういう広めないでほしいという願いもクラスだけでなく全員に伝えることができる」
ふむ、けれど……
「第一王子まで話が回っているのでしたら、それは不要ですわ」
だいたい、これを広めないでほしい、ってことは、それをやったことを認めたようなものよ。
「……! そうか……」
あら? 驚くのね。意外と第一王子様も普通かもしれないわ。
「クラン、私からも提案がある」
エステルお兄様から? 一体何の提案でしょう? ……って、まあ、生徒会関連なのでしょうけどね。
27.クランは生徒会長に丸め込まれる
「この前お前は父上のせいで大変な目にあっただろう」
「あいましたね」
「生徒会に入ることで、みんなと交流していると父上は錯覚してくれるぞ」
つまり、今まで同様人とかかわらなくても、お父様が変なことをしてくることはない、と。
「魅力的ですわ。ですが、お父様はきっと二度としないでしょうし……関係ありませんわね」
「そうか……それでも、父上は安心すると思うがな」
「関係ありませんわ」
あんな「約束」を破ろうとするお父様、別にどうでもいいでしょう。
「はぁ……まったく……」
「それはこちらが思っていることよ」
「そうか……すまん、サンウェン、全然役に立てんかった」
「まあ仕方ないな……というよりこれが孤高の公爵令嬢?」
「そうだ」
「どこが孤高なんだ? 普通に面白いやつじゃないか」
「お二人共……その本人の前で話すというのはどうかと思いますわよ?」
「いや、本人の前でいう方が誠実だろう?」
「……そういう考えもあるかもしれないわね。じゃあ、今のものは気にしないことにしてあげるわ」
「何故きみのほうが上からなんだ?」
「今の問題における立場はわたくしの方が上だったからよ?」
「そうか……」
おお! 生徒会長に口で買ってしまったわ! 流石わたくし!
「いい加減話を戻そうと思うのですけど……なぜわたくしを入れる必要があるのでしょう? 別に誰だって構わないのではないかしら?」
「お前は……生徒会のことを何も知らないのか?」
「生徒会長が第一王子であることは知っています」
「それだけなのだな……生徒会は、各学年一人ずつ在籍することになっているのだ。期間は在籍中全部。期限は半年まで。だから、私は至急1年生から誰かを招き入れなければならないのだ」
「あら。存外大変な仕事ですのね」
「もうすぐ期限である半年がやってくる。だから、お前を誘ったんだ」
「なぜわたくしなのでしょう? 生徒会ならば入りたいと望むものは多いはずですよね?」
「あぁ、確かに多い。しかし、実績を鑑みると、お前が適切だということになった」
「実績? わたくしは何もしていませんわ」
「しているだろう。ラーネカウティスクの単独討伐」
「まさかそれだけで決められましたの?」
嘘じゃないの?
わたくしの今まで目立たないようにとしてきた努力……。それはどこへ行ってしまったのでしょう?
「ラーネカウティスクの単独討伐だぞ? 騎士でも出来るのはトップクラスだけだ」
「そうなのですか!? 迂闊でしたわ。いや……あれを先生に任せたら全滅してたわよね? 仕方なしというのが妥当でしょうか?」
「面白い娘もおるのだな」
「うん。自慢の妹だよ」
エステルお兄様がサンウェン様となにか喋っているようですけど……聞こえませんね。残念ですわ。
「まあそれを考慮してお前が優秀だと考えた。だから、生徒会に入ってほしい」
魅力的なものがたくさんありましたわ。けれど、
「辞退しますわ。このまま最高学年になったらわたくしが生徒会長になるということではなくて?」
「そうだ」
「でしたら、いずれは仕事をしなくてはならないではないですか。そんなものに入ろうとは思いませんわ」
「そうか……しかし、生徒会長というのは普段なら大して目立つものではないのだよ」
少し気落ちした様子を見せながらサンウェン様は言った。
「どういうことでしょうか?」
「今年は私が生徒会長になったから目立っているだけで、実際は生徒会自体はもともと行事以外あまり使われないし、目立つものではなかったんだ」
「つまり生徒会が目立つようになったのは、第一王子のせいということですね。流石ですわ」
褒めたつもりなのに苦い顔をされてしまった。どうしてでしょう?
「だから、もし生徒会長になったとしても何もなければそんなに目立つことはない。逆に行事での目立ちを避けることになるのだ。だから安心して入れ」
うー……確かにメリットの方が大きい気がしてくるわ……
流石王族の方、説得がお上手だこと。
「1日……考えますわ」
「分かった」
そうしてやっとあの部屋から出ることが出来たの。
次の日。
「クラン・ヒマリアはいるか?」
サンウェン様が教室にまでまたやってきた。
まったく……昨日と同じように寮の前で待ってくださればいいものを。こちらのほうが余計に目立ちますわ。
「何でしょう?」
「返事を聞きに来た」
「はあ……入ることにしますわ。ただ……わたくしを呼ぶときはもう少し目立たない方法でできないでしょうか?」
「うむ、考えておく。ようこそ! 生徒会へ」
「では帰りますわ。邪魔しないで下さいね」
「おい……待て!」
もちろん。無視して帰ったわ。ええ、当然でしょ?
次の日。
「兄上が今日は生徒会室に来いと言っていたよ」
見るからにやる気のなさそうな子が連絡してきた。あぁ……この子、わたくしに一度も話しかけなかった子の男の方だわ。第一王子を兄と呼ぶということは……
「あぁ……第四王子でしたか。分かりました」
そう言ったら何も言わずに戻っていった。本当にこんなので第四王子は大丈夫なのでしょうか?
「失礼します」
「ちゃんと来たな」
まぁ……いつもにまして生徒会室が明るい気がいたします。そして狭く感じますわ。今日は……6人……全員を揃えたということでしょうか?
「今日は全員いるのですね」
「基本的に水曜日は全員に来てもらうことになっている」
「話が違うではないですか!? ほとんど仕事はないのでしたよね?」
「ないぞ。それでもいつ何時問題が起こるかは分からないものだ。だから毎週1日は集まることにしている」
「それなら抜けますわ」と言おうとして、声が出ないのに気づいた。
まさか……ね。
28.クランは自分の行動を後悔する
『入りますわ。』
サンウェン様に生徒会に入るかと聞かれて答えたあの言葉……あれも「約束」に入ってしまったのでしょうか?
「あぁ……だから人と会話したくはなかったのです……」
「なにか言ったか?」
「はい。けれど、あなたには関係ないことですので気にしないでいいですわ」
「そうか……」
「それで、毎週水曜日に集められるということでいいのですね?」
「……お前!」
「えぇっと……どなたでしょうか?」
「5年の生徒会副会長のヨハン・アスタだ! 私の名前も知らないとは!」
「サンウェン様……生徒会役員は別に目立つ役職というわけではないのですよね?」
「そうだ。まあ……そこに入っている人自体は学年でも……いや学校でも目立っている者たちだが……」
「何かおっしゃいました?」
ちょっと、最後のほうが上手く聞こえなかったわ。
「いや、何でもない」
「そう。それは良かったわ。で、……誰でしたっけ?」
「ヨハン・アスタだ!」
「ああ、ヨハンという名前なんですね。わたくしがあなたの名前を知らないことが、なぜ、おかしいのでしょう?」
「どう考えてもおかしい! 私は5年の中で一番なのだぞ!」
「そうなのですね。では以後、覚えておきますわ」
まぁ、面倒くさい方に当たってしまったわ。これを見てから決めても良かったかもしれませんね。早まってしまいましたわ。
「そういう話ではない! ……いや、それはいい。それよりも、生徒会に入るのを嫌がるとはどういうことだ!」
「わたくしの主義にあいませんもの。利点が多く、ひとまず入ることにいたしましたが、こんな話聞いていませんでしたもの。嫌がるに決まっているでしょう」
「この……!」
「落ち着け。ヨハン。こいつは例外だと思って接すると良い」
例外? また酷いいいがりをつけられてしまったわね。
「でも、会長……この人は、神聖なる生徒会を侮辱したのですよ!」
「気にしたら終わりだ。私も正直なぜこいつが1年生の中で一番優秀だというのに疑念はある」
今がチャンスね!
「まあ、わたくしは優秀ではありませんわよ。今までの授業の様子から見てもそうだと思いません?」
「私は授業の様子を知らないからな。ただ、戦闘能力は本物だろう。ヨハン、お前も噂を聞いたことはないか?」
「えーっと、何の噂かしら?」
「お前には言っていない! それで、噂なら……聞いたことはありますけど、まさか、あれが本当だと言うんですか!?」
「そうだ」
「は?」
あら、口が汚いわよ。言い方にはもっと気をつけるといいでしょう。
それにしても、皆様喋らないのね。生徒会……さっきまでは明るい雰囲気かと思っていましたのに……
このままではあまりやる気がわかないわ。どうかしてもらわないと。
「どうしましたか?」
「こいつが、ですか?」
「そうだ」
それにしても……
「ねえ、一体なんの噂なのかしら?」
「お前は黙ってろ!」
「いえ、わたくしに関する噂だと思うのですが……」
「知らん! ……サンウェン様、ほんとにこいつがやったんですか?」
「ああ」
「まあ生徒会長が言うならそうなのでしょう。どうぞ、お話を続けてください」
「あぁ、助かる。クラン、取り敢えず毎週水曜日は集まりだ。忘れるな。それと、昼休みも特殊な用事がない限りここで食べろ」
「水曜日はここに2度も顔を出さなければならないのですか?」
「そうだ」
「……分かりましたわ……まったく、迷惑ね」
きっと今は抵抗しても意味がないわ、と思って受け入れることにしたわ。わたくしだって、醜い争いは好まないわ。
「迷惑だと!?」
「あら? ヨハン様、どうかしましたか?」
「お前、今、迷惑だ、と言っただろ!?」
そんなヨハン様の頭に拳が落ちた。サンウェン様ね。
「あら? そんな拳も避けないのかしら?」
この方も自分で言っているほどでは無いのかもしれないわね。
「クランもヨハンも、一旦黙っておけ!」
「分かりました」
「分かったわよ」
うん、この場合、頷くに越したことはないでしょうね、きっと。
「それでは紹介をしよう。まず私はサンウェン・リルトーニア。6年で生徒会長だ」
「私はヨハン・アスタ。5年で生徒会副会長だ。生徒会は素晴らしいものだ! それがわからぬ者に用はない……」
「やめろ」
「わたしはアナ・セントニアよ。4年の生徒会会計。よろしくね。クランちゃん」
「わたくしはソラレーラ・ミアンナ。3年で生徒会書記。よろしくするわ」
「クロバート・アングアだ。2年で生徒会書記。よろしく」
「まあそんな感じだ。お前もやれ」
「はぁ……。わたくしはクラン・ヒマリアよ。今日から生徒会書記らしいわ。よろしくお願いいたします」
確かにそんな感じなのだろう。このあと、サンウェン様が話題を少しだけ提供して、それについて話し合っただけで終わった。
「クランちゃん、一緒に寮まで帰らない?」
アナ・セントニアに誘われた。
「ごえんりょ……」
「帰りましょうか?」
ソラレーラ・ミアンナまで……
「はい……」
「アナ……様?でしょうか?」
「さんでいいわよ」
「ソラレーラ様は?」
「公では様がいいですが、個人的なところではソラレーラでいいわよ」
「あ、じゃあわたしもアナでいいわ」
「分かりました。アナとソラレーラですわね。ですけどミアンナ家って……」
「そうよ、公爵家。けれど、あなたと同じ家位なので気にすることはないわ。まあ事情はあるけど……」
「そうですか……」
この事情には触れないほうが良さそうね。
その後。
なんかいろいろ話してくれたわ。生徒会のこと、生徒会役員のこと、そして他の学年のこと、行事のこと。
どちらの方も親切で……わたくしが「約束」したくないがために距離を取ろうと考えていることが申し訳なくなってしまったわ。
やめるつもりはないのだけれど。
「またね~」
「お気をつけて」
「はい」
あぁ……どうしましょう。やはり入らなかったほうが良かったわ。
今頃になって後悔が襲ってきた。いやさっきも後悔したばっかりですが。
「どうされましたか?」
サリアにも気を遣われてしまった。
「この前、少し目立ってしまい……そのせいで生徒会に入ることになってしまったのです……」
「まあ! 名誉なことですね! 応援していますよ!」
「いえ……別に応援してほしいわけではないのよ」
「そうなのですか?」
「えぇ。面倒事を背負ってしまったわ……」
「クラン様らしいですよ!」
えーっと……それは褒められているのでしょうか?
29.クランは意外と、注目されている
はぁ……生徒会長のせいで大変な目にあってしまっているわ……
あの発言……恨んでも恨みきれないわ……
そう、生徒会に正式に入ったのは昨日。そして今日の木曜日。
朝からヒソヒソヒソヒソ。まぁなんと目障りなこと。
しかもわたくしをチラチラチラチラ見てくるのよ? いったい何なんでしょうか? 噂話は本人がいないところでしてほしいものよ。
そして、そのチラ見さえなければ……これはわたくしのことではないと信じることができるのにそれができないなんて……。チラ見というのは存外効果的なのかもしれないわ。今度試してみましょう。
「「おはようございます!」」
そして今日もまた、挨拶が来るのであった。
「おはようございます……もうお父様の法令はないのですよ? わざわざわたくしに挨拶する必要はありませんわ」
明確な意思表示。これって重要なはずよね? だったら効果あるわよね?
「クラン様! とうとう生徒会に入られたのですね! やはりクラン様は崇拝すべきお方。最近サンウェン様がいらっしゃっていたのもクラン様を誘うため……! さすがとしか言えません!」
「ノア、しつこいわ」
「ほら、クラン様もそう言っているじゃない。落ち着きなさい」
あら、またクリーナが味方についてくれたわ。
「クリーナは優しいのね」
「え? いえ……滅相もないです……!」
慌てられてしまったわ。公爵令嬢なのを忘れて普通に接してしまったからかしら? けれど、クリーナとは仲良くしたいのよね。
「いいえ、わたくしの味方についてくれるのは貴方くらいよ」
「しかし私はノアを止めることがかなわず、ご迷惑を……」
「ここは学園よ。無礼な言葉は控えるべきでしょうけど、そんなに堅苦しくなくていいわ」
まったくね。まあこれくらい謙虚な者はわたくし嫌いではないわ。度を過ぎていないのだし。
「それでは今度からは失礼させてもらいます」
「また堅苦しくなっているわ」
ふふっ。思わず笑ってしまった。
あーあ、クリーナが欲しくなってくるじゃない。わたくしの気に入る態度を無自覚にとってくるのはやめてほしいわ。
「あ……気をつけます」
「えぇ、そうしてね。少なくとも学園では」
これが「約束」になってはいけない、と思い、慌てて付け足す。
これで公の場では彼女は堅苦しくわたくしと接することができる……はずよね?
「ずるい! なんでクリーナが好かれてるの!?」
「ノアの態度が悪いんでしょ」
「え〜。喋っているだけじゃん」
「だからそれが嫌がられているんでしょ?」
ノアとクリーナは仲良しね。
そう思いつつ、話は終わったし、頭を切り替える。
今日は……たしか特別授業でしたっけ? 神殿の方が来られるんでしたよね?
誰が来るのかしら?
ここは国唯一の学園だから……まあまあ地位が高い方が来られるはずですけど……
つい先週くらいにあの記憶を思い出して、急にこれがあるなんて……最近はとても忙しいわ。
1時間目は飛んで2時間目。
あらら……魔法薬の授業でしたわね。確か。
あの「約束」のあと、わたくしは手を抜くことができないままになっていた。
最近、手を抜けない機会が増えているのですが……しかも、だんだんわたくしの実力がバレていません? 少しだけ頑張って、隠し通していましたのに、無駄になっているわ。
返してほしいわね。わたくしの半年を。
まあそんなわけで、わたくしの作る魔法薬の質は、難しいものでなければかなり高い方ですから、手を抜けない今となっては調合後に先生に褒められ、非常にいたたまれないうえに大変目立つ時間となってしまっているのです。
だれかわたくしの事情をちゃんと考えてくれる方はいらっしゃらないのでしょうか?
早く授業終わらせて……と祈っているうちに授業は終わり、さっきの祈りがいまだ残っているのか、次の時間も早く終わった。
昼食。わたくしは忌々しい生徒会室に向かっていた。
「失礼します」
「ほお、ちゃんと来たんだな」
「そりゃあ来ますわ。サンウェン様に教室に来られては迷惑ですもの」
「おい! この!」
「落ち着け。我慢ならないんだったらこいつに頑張って理解させてみろ。ちなみに私はやりたくない。それでもやるのか?」
「いや……やりません……」
サンウェン様とヨハン様が何やら話しているわ。わたくしが聞いてもいいことなのでしょうか?
「クランちゃん! よく来たわね!」
ソラレーラだ。
「いらっしゃい!」
アナもいる。
さっきの男子軍団を見てしまったせいか思わずほっこりしてしまった。
彼女たちは親切だったもの。心を開いてもきっと害は無いはず。だけれど、半年間、人を拒否してきた結果として警戒心だけが残っている。
「女の子で良かったわ〜」
「何がですか?」
わたくしのことなのでしょうか? しかし文脈が分からないわ。
「新しい役員、まあクランちゃんのことよ。これで男の子が入ってきていたら……ねえソラレーラ?」
「本当よ。気まずいことこの上なかったもの」
「大変だったのね」
「「そうなのよ!」」
今日は特に議題はなかったようなので、ずっとこんな感じの普通の会話をしていた。「約束」に関係することは出なかったから、密かに息をつく。
この二人といるのは、存外気が楽かもしれないわ。
今度からはもう少し歩み寄ってみようかしら?
そう思えるほどに、彼女たちはクランにとってよい仲間だったのだ。
30.クランは、聖女に関わる矛盾に気づく
「あ! クラン様!」
またノアだわ。懲りないわね。もっときつく接したほうがいいのでしょうか?
「何?」
「今日の特別講話の先生が、クレマラ様なんですよ!」
「クレマラ様? 誰かしら?」
わたくしも知っている人なのかしら?
「神官長様です!」
言葉が足りないわよ。
「どこ神殿の神官長?」
「もちろん私がいた孤児院がある神殿です!」
「つまり、わたくしが1年いた神殿ね」
「そうです!」
はぁ……やっと話が見えてきたわ。ノアは、クレマラ様が講演者だという情報を手に入れたために急いでここに来た、と。そして、わたくしがその神殿にいたことがあるから、知っているのではないか、と考えわたくしに教えてくれた、と。
「そう、善意には感謝するわ」
感謝はする。事実的には、わたくしはクレマラ様から剣も魔術も習ったのだけど……そのことも今まであやふやになっていたくらいですし、ましてやどんな方だったかなんて……あまり覚えていませんわ。
「ノア、もう行きましょう」
「うん……」
あら? さっきまでの威勢はどこへ行ったのでしょう?
「はじめましての方が多いでしょうな。私が今日の特別講師、クレマラです。普段は神官長をやっています。今日は、皆さんに神々のことを教えに来ました。どうぞよろしくお願いします」
パチパチ。まばらに拍手が起こる。
あら? 今のって拍手をする部分でしたっけ?
周りを見るとノアも拍手をしているうちの一人だった。つまり、クレマラ様に人となりをよくお知りの方々が拍手をしているということでしょうか?
そう推測する。
「まずこの世には、5柱の神々がおられる。そこの君、神々の属性を答えなさい」
「風、光、水、土、心です」
「そうだ。彼らは暇つぶしのためにこの世を作った。では、火は誰が司っているか……隣の君、答えなさい」
「光です」
「そうだ。彼らは5つという少ない数ではあるが、彼らはすべてを司っている。心は何を司っているか? 横の貴方、答えなさい」
「呪い、です」
「そうだ。心だけは例外で魔術を扱わない。そして呪いを司る。しかし、いままで呪術者は見つかったことはない。また、呪われている人を探すのも困難だ」
「先生!」
「なんだ?」
「呪われている人は実際にいる、と聞きました。彼らはどうやって呪いにかかっているんですか?」
「彼らはそれに関して何も言わないのだ。だから、我々は生まれつきで、神々のおみくじにでも当たったのではないかと考えている」
まあ! 大嘘を付くものね。実際は楽園でかかっていると神殿は理解しているはずだけれど……何が何でも隠すつもりなのか……
「ありがとうございました」
「では、話に戻ろう。このように神々は、いろいろと暇つぶしを作っている。これらで神々は主に観察を行っていると考えられている……というより、そういうためだと神々が言ったらしい」
あぁ、確かに堂々と言っていた気がするわ。誰かから聞いてもおかしく……いえ、おかしいわ。わたくしは楽園でのことを口止めされたんだもの。みんなそう……ではなさそうね。だって聖職者のなかでは楽園は真実として認められているわ。誰かが伝えないとこうはならないはずよ。
「先生、質問よろしいでしょうか?」
「何だい? クラン」
あら? 名前を覚えられているわ。そうね、よく考えてみれば半年前だものね。忘れているわたくしのほうが異常なのでしょうね、きっと。
まあこれは孤児院のことを忘れた時の弊害よ。いたって、わたくしのもともとの記憶力が悪いわけではないわ。
「どうやって聞いたのでしょうか?」
「いい質問だ。これらはすべて聖女様から聞いたことだ」
聖女様……神々の遊びのうちの一つね。
「神々は、唯一、聖女様の近くでは地上に降臨なさることができる。これらは聖女様が儀式の末に神を呼び出し、聞き出したことだ」
あら? 唯一聖女様の近くには降臨できるの? けれどこの前、土の神はわたくしの前にも現れたわ……
「はい」
「どうぞ」
「神々が聖女様の近くにだけ降臨できるというのは神々が言ったことですか? あと、どれぐらいの範囲なのでしょうか?」
わからないことだらけよ。
「あぁ、神々が言ったことだ。範囲はよく分かってはいないが、今までの儀式の結果から見るに、5m以内だろうと考えられている」
5m以内……。あの場にはノアがいたわね。彼女が聖女様ということかしら? それらしいとはいえないけど……
「今まで、神々は、聖女様から離れていき、いつの間にか消えている……という手法を取られていた」
なるほど。わたくしのときは普通に消えていたのだけど……いえ、考えるのは辞めましょう。取り敢えず今は話を聞くのよ。
「そもそも、聖女様とは、神々がランダムに決めているものである。その性質は、治癒が使えることが主である。主に魔術が使えないものの中から神々が選ばれるそうだ」
あら? では私はもちろんのこと、ノアも聖女ではないわね。
「また、聖女の血は多くの魔力を含んでおり、我々人には関係がないが、魔物はそれを好んでやってくることがある。だから我々聖職者は聖女を保護し、大神殿に迎えることで守る、これも重要な役目だ。そして、神殿に仕える騎士になれば、聖女様の仕事……土地を潤したり……などの護衛も行うことができる」
あらら?
というより男性の皆様? 目が怖いわよ?
まあ聖女様がすごいのは私でも分かるわ。こんなに心当たりがなければ、純粋に騎士を目指していたかもしれないわね。
「聖女様は、現在9人しかおられない。まだ見つかっていない聖女様もいらっしゃるかもしれないが……」
「先生!」
「何だ?」
「聖女様かそうでないかはどうやって判別するんですか?」
「治癒を使えるか使えないか、だ」
「では、そもそも聖女かもしれない人を見つけるにはどうするのですか?」
「聖女様がいらっしゃるところは実りがよくなる。そういった観点から基本は探している」
へぇ……そうなのね。他の方が質問してくれるからありがたいわ。
「聖女様はこのように非常に優れたお方だ。この学園には優れた騎士が多いと聞く。ぜひ、神殿に仕えてほしい」
あら、結局言いたいのはそれですか……。神殿って人不足なのでしょうか?
「話は戻るが……」
あ、まだ続くのね。そうよね、時間がまだまだあるもの。もっと話すことがたくさんあるに決まっているわ。
31.クランはまさかの実験に成功してしまう
やはり話は授業の最後まで続いた。
神殿にいたときよりも多くを今回教わっているのはなぜでしょうか? こういうものは神殿でこそ教えるべきでなくて?
疑問も多いけど、まあいい時間だった。
さて、寮に戻りましょうか。考えることがいっぱいよ。
まず、土がわたくしの目の前に現れた理由。
これはわたくしかノアかが聖女だというのが濃厚だけれど、神々は魔力を持った者に聖女の力を与えないはずよ。
つまり、土にはまだ明かされていない秘密があるのでしょう。
聖女ねぇ。
血に魔力が多く含まれているんでしたっけ? 魔術は使えないのに。
そして、それを求めて魔物がやってくるのでしたっけ……
あら?
たしかラーネカウティスクが来たのは、わたくしの魔力のせいよね?
似ている気がするけど……違うわよね。
例えば、ノアが魔術を使えながらも、聖女だとしましょう。
そしたら、あの時、土が降臨できたのは、ノアがいたから。
そして、ラーネカウティスクがやってきたのは、ノアの血液に含まれる魔力を狙って……
矛盾しているわ。
では、もうひとつは考えたくはないので、土が聖女から離れていても、降臨できるとしましょう。
そしたら、土が降臨できたのには理由がない。
そして、ラーネカウティスクがやってきたのは、わたくしの魔力の多さを狙って。
おかしいとは言えないけれど、それだと普段は聖女様の近くにしか降臨しない神々が、なぜわたくしの前に降りてくることにしたのかが分からないわ。
では……仕方がないわね。わたくしが聖女だった場合を考えましょう。
そしたら、土が降臨できたのは、わたくしの近くだから。
そして、ラーネカウティスクがやってきたのは、わたくしの血液中の魔力を狙って。
まぁ……おかしくはないけど……神々を呼ぶのには儀式が必要よね。ありえない……はずだわ。
はぁ……この2点だけで考えてみましたけれど、全然わからないわね。
他にも選択肢でもあるのかしら?
確か、聖女であるか聖女でないかは治癒を使えるかどうかでしたっけ?
ならば、使ってみましょう。
場所はどこがいいかしら? そうね……この前土を呼び出した森にでも行きましょうか。
「少し出かけるわ。多分、すぐに戻るはずよ」
「かしこまりました」
サリアが礼儀正しいメイドで助かるわ。
さて、やってきたわよ。
では、治癒を使いましょう……って、どうやって使えばいいのかしら?
使い方を知りませんのにどうしましょう?
えーと……聖女様は見かけたことはありませんけれど、傷ついた動物とかを助けられそうなイメージがあるわ。絵本でもそんな感じの扱いだったはず。
それなら、魔物をとりあえず捕まえましょうか?
あ、いたわ。カナミエーリという小型の魔物ね。ちょうどいいんじゃないかしら?
確か弱点は、水。体は熱い。それにより敵に食べられるのを防ぐ魔物。まあまあ考えられているわね。
「水よ、包め」
あらら、もう捕まえられたわ。簡単でつまらないわ。いや、今はそれはいいわ。傷をつけて、治癒をしてみるのよね。
そう考えるとカナミエーリはちょうどよかったわ。目立つほど治癒が得意な魔物ではないもの。ラッキーね。
とりあえず、治癒はどうしましょう? いつも通り、術を想像して、それっぽく唱えるだけでいいのかしら? まあわたくしに治癒能力はきっとないので全力でやってみましょう。そうしたら、少しは治癒もあるかもしれないわ。もともとの素質として。
「光よ、治癒せ」
そう言ったとたんあたりが白くなった。光った。暖かい光だった。
それが明けてみると、カナミエーリの傷はすっかり消え、何故か、あたりの木々や草花も生き生きしているように見えるのだった。
まずいわね。
えぇ、何が起こったのかあまり自分自身でもわかっていないのだけれど、これはまずいわ。
とりあえず、治癒は使えたという事でいいかしら? よくないことだけど。今まで魔術を使えて治癒も使えるものもいなかったのだからいいわけがないわ。
ひとまず帰りましょう。後片づけに、わたくしは巻き込まれたくはないわ。
急いで森を出ようとする。
しかし、さっきの光は森の外までいっていたようで、外には多くの人が、野次馬として見にいらっしゃっていた。
……別のところから出ましょう。
あぁもう、なぜ最近はこんなことが起こるのですか。これ以上面倒ごとはごめんですわ。
かなり遠回りする。そう、森の中を。そして、また魔物に何度も狙われるのだった。
やっと寮に戻った時は、もうまあまあ遅い時間帯。
……あ。
外出時間思い切り過ぎているわ。どうしましょうか?
……あ。サリアに確かすぐ帰ると言ってしまったわ。多分とつけていたおかげで「約束」に至らなかったのでしょうが……。怒られるわね。これはきっと。
「お嬢様!」
中から声をかけられた。サリアだった。
「外に出てどうしたの?」
「お嬢様をお探ししていたに決まっているではないですか!」
「あら……そう。遅れたことは申し訳なかったとは思っているわ」
「謝らないでください。しかし、あとで説教ですよ」
メイドの立場でやるなんて……などと思わなくもないが、今回悪いのは完全にわたくしだもの。言い訳もしっかりと考えっておきましょう。
「大事にはしていないわよね?」
「はい。そこはお嬢様なので心配しなくても大丈夫だろうと皆の意見が一致しましたので」
「そう、助かるわ。あと今日はもう帰れないから宿を取ることにするわ」
「お金は大丈夫ですか?」
「もちろん問題ないわ」
「ではお気をつけて」
「えぇ、またね」
宿をとる……ね……。面倒くさいので取らなくてもいいのではないかしら?
風呂くらいは魔術で変わりができるのだし、野宿も全く問題ないわ。まあ、ばれたらお父様にもお母様にも怒られるでしょうけど。
うん、なんとかなるわね。さすが、わたくし!
気分が良くなるのだった。
32.神殿は、誰かもわからぬ聖女に翻弄される
大珍事が起きた。
王都の教会の神官長であるクェーラは驚いた。
なんと、リルトーニア森で、大規模な治癒魔術が確認されたのだ。
いままで、この王都でこのような大規模な治癒魔術など確認したことがない。
クェーラの探知に引っかかるほどの力を持った聖女など、いまこの王都にはいない。この国にもいない。みんな、総本山に引っ張られていくからだ。
そして、皆権力欲があるものが多いため、乗り気でそれについていく。だから、総本山以外にまともな聖女が……いや、ただでさえ聖女がいることはない。
それなのに、大規模な治癒魔術の痕跡を発見した? いや、痕跡ではない。大規模な治癒魔術が今さっき、使われたのだ。
「騎士団を呼べ」
自分はこの神殿における最高権力者だ。それが慌てるわけにはいかない。あわてて取り繕う。
「はっ。只今」
「何の御用でしょうか?」
しばらくして騎士がやってきた。
「先ほど、大規模な治癒魔術を感知した。学園近くのリルト―ニア森……慣れの森で、だ。今すぐそれを使ったと思われる人物を連れてこい」
「かしこまりました。直ちに」
これで大丈夫だろう。
聖女は他の魔術を使えない。だから逃げ足はそこまで速くない。仮に、他の人と一緒に行動していたとしても、重石になるだけだ。
そう安心していた。
頼まれた騎士が、部下にも状況を説明し、言われた場所に向かっていると、そこの森の手前にいたのは、多くの人々だった。急ごうにも時間がかかる。
「どいてくださーい!」
呼びかけるも、みんなどいてくれない。
焦る騎士は、それでも冷静に他の行動に移った。
「一体何があったのですか?」
「これはこれは騎士様。先ほど、ここからまばゆい光が発生しましてね。それをするには神々でなければ人が行うしかないものなので、それを発した誰かが来るのを待っているのですよ」
騎士は納得した。
そして、部下から3人を選び、ここは任せ、別のルートを張ることにした。
「二手に別れよう」
「はっ。では私と彼らであっちを張ります」
「助かる。とりあえず、あっちの方向から歩いてきた女性がいたら、いかにそうじゃなく見えようが、同行してもらう事!」
「はっ!」
そして朝まで張ったり森の中に入ったりしたが、夕方だったり、夜だったりで、一人もいなかった。
そして、何回も魔物に襲われた。つまり、魔物を寄せることがある聖女はもっと襲われているはずである。しかし、昼間の冒険者が狩った後の血などはあっても、死骸とかは見かけなかった。はずれを引いたかもしれない。
しぶしぶ帰ることにする。もちろん他の騎士とも合流して。
3人の部下曰く、みんなずっと見ていたが、姿も見なかったらしい。みんな魔物が怖くて森の中までは入らなかったから、危険もなくて、聞き込みをメインにしていたらしい。
しかし、みんな一貫して、まばゆい光を見たから、誰が原因でこうなっているのか知りたくて、来た、と言っているらしい。大勢が言っていたのだから、まあまあ信頼に値する情報だろう。
そして、もう片方に行った騎士も、聖女らしき人は見かけなかったという。
しかし、魔物の死骸は転がっていたから、そちらを通った可能性が高い。しかし、一撃での致命傷だったりと、戦闘技術が高そうだった上に、魔術も使っていた。だから、強力な味方でもいるのではないかと考えた。
そして、神官長にそのとおり報告した。
クェーラは驚いた。聖女と思われる人物が、強力な味方を持っているうえに、逃げ足もずいぶん早いと見たからだ。
しかし、クェーラは楽しんでいた。
この王都にいる大勢の人々から、たった一人を探し出す。これほど面白い|遊戯《ゲーム》はないだろうと。
そして、騎士の報告は、いくつかのヒントを与えてくれた。まず戦闘能力が高いものを探し、昨日の行動を調べればいい。そして、確定したら、その人物の周りの人物を全て探せばいい。もしかしたら本人が教えてくれるかもしれない。
そんな風に、神官長の心の中は、神々と同じように、面白いものを求めて飢えていたのであった。
さすが、仕えるものと、仕えられるもの。
どうやらいつの間にか中身まで似てくるようである。
33.クランは意図せず、墓穴を掘る
朝になった。急がないと。
昨日は結局野宿した。そして今が朝なのだけど……
まだ騒がしい気がするわ。勘だけど。
しかし、そこまで外れているような気はしないのよね。
学園に向かう。校門は開いていた。
いつもより少し遅いかしら? まあ一度支度をしに寮に戻りましょう。
「今戻りましたわ」
「おかえりなさいませ、お嬢様。今日は家に帰るということでよろしいですか?」
家か……
そうね、問題も起こしてしまったことですし、逃れるためにも一旦は家に帰るべきでしょう。
しかし、今帰ったら……サリアもついてくるのよね。告げ口しそうで怖いわ。
どちらを選びましょう? 馬車でこってり怒られればなんとかなるかしら?
けれど家に帰って何をしましょう?
今読みたいのは神々や聖女に関する本よね。公爵家にあまり置いてあるとは思えないわ。
「そうね。今日はいいわ。明日帰ることにしますわ」
「かしこまりました」
了承も取れたことだし、さっそく教室に行きましょうか。
「では、行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませ」
「「おはようございます!」」
まだこの習慣続いているのかしら? いい加減やめてほしいわ。返事をしなくてもいいんじゃないでしょうか? いえ、怒られるわね。公爵家の品位を落とすだとか何とかいわれて。
「おはようございます……」
そう、結局は返すほかなかった。
「クラン様!」
ノアか……じゃあ無視してもいいでしょうか? 怒るわけがないわよね。
そう思い、無言でいると、
「聖女様の噂、聞きました?」
そんなことを聞いてきた。
聖女様の噂? 知っているわけがないわよ。
「はぁ、知らないわよ」
「昨日、リルト―ニア森の慣れの森のところに、聖女様が出たんですって!」
「……」
「街の人がね、まばゆい光を見たんだって」
「あなた……寮暮らしよね? なぜそんな噂話をもう知っているの?」
心当たりがありすぎた。しかし、ノアがそれを知るまでの心当たりはなかった。
「もちろん、一回外に出たにきまってますよ!」
それは決まっていることなのかしら? わたくしは知らなかったのだけど?
「そう、じゃあまたね」
「ひえぇ! 何で!」
無視を貫き通した。
昼食。
生徒会室に重い足を引きずりながら行くと、もう皆さんそろっていた。
「クランか。早く座れ」
「はい……」
「今日は面白い議題があるぞ」
「本当か!?」
何やら楽しげにしている男たち。
そんなことよりわたくしは戦々恐々していた。サンウェン様が何やら恐ろしいことを言い出したわ……
昨日から今日で変わっていることは……あの噂しか心当たりがないんですが……。まさかそんなわけありませんよね?
「皆も噂を聞いたりしたのではないか? 昨日リルト―ニア森ででた聖女様の話である」
「聞いたことがありますが……あれって本当に聖女様の仕業なのでしょうか?」
思わず口を挟んでしまった。
「どうした? お前が噂話を知っているなんて。そして口を挟んでくるなんて」
どうしてかと言われましても……生徒会が否定すればあれはなかったことになるのではないかと考えたからなのですが……。まあ教えませんけどね。
「わたくしもわたくしなりに伝手はあるのですよ」
「そういえばお前。昨日は寮に帰らなかったらしいな。もしかして学園外にいたから何かを知っているとかあるのか?」
なかなか鋭いご意見だわ。的を射ているもの。
「どうでしょうね?」
「そうか、しらを切るんだな。では後で話し合いをしようか?」
「いいえ、結構です。これからは口を挟まないので話は進めていただいて結構ですわよ」
「あやしいな。まあいい。そこで神殿から要請が来た。この学校に、魔術、剣術が優れているもののうち、昨日帰っていないものを伝えよ、と」
なぜかサンウェン様ににらまれているわ。どうしたのでしょう?
って、サンウェン様は今なんとおっしゃりました?
この学校に魔術が優れているもののうち、昨日帰っていないもの? わたくしもまさか条件に当てはまったりしませんよね?
「それが聖女様と関係があるのですか?」
「そうらしい。いわく、聖女様と一緒にいた人物である可能性が高いそうだ」
「魔術に優れているもの、ですか……具体的にはどれくらいでしょうか?」
「具体的には? コンクルートを一撃で倒せるくらいだ。そこで、お前たちの学年にそれくらい強い奴はおらんか? ちなみに私の学年では私くらいだが、私は昨日寮にいたから違う」
コンクルート、ね。そういえば昨日倒した魔物の中にいたかもしれないわ。
「私の学年にも私以外いないな。私は寮にいたから違う」
「わたしはわたしの他にはユーリ様くらいしかいないわよ。多分、寮にいたはずだから0ね」
「わたくしも同じですわ」
「私も同じだな」
上から、ヨハン、アナ、ソラレーラ、クロバート……よね、きっと。ようやく名前を覚えられてきたわ。
「わたくしの学年はいませんわ」
「誰もか?」
「えぇ」
なぜサンウェン様はしつこく聞いてくるのでしょう?
「「「「「お前(あなた)は含まれるだろ(わよね)!」」」」」
皆に文句を言われてしまったわ。
「そりゃあやろうとしたらできまますわよ。けれど普段からする必要はありませんわ」
「はぁ……もういい。とりあえずはクランだけ伝えておく」
あ、サンウェン様がわたくしが朝に帰ってきたのを知っていた理由がわかりましたわ。このためでしたのね。
「どうせ関係ないでしょうしご勝手にどうぞ」
嘘をついてしまったわ。心、ごめんなさいね。
34.クランの事情が、バレていく
「失礼いたしました。あ……」
生徒会室を出ると、そこにはクレマラ様がいた。
「昨日ぶりじゃのう、クラン」
「神官長。まだ王都にいらしていましたの? 神官長の仕事って大変そうなのだけど……」
「今日は用事があったんじゃ」
「誰にでしょうか? あ、生徒会の誰か?」
「いや、そうでは……あるか。クラン、君にじゃよ」
わたくしに? 一体何かしら?
「神官長。場所はどこがよろしいですか?」
「ここでいい。人払いをしてもらうからの」
「そうですか……。では、サンウェン様、少し神官長と話したいので、生徒会室を使ってもよろしいでしょうか?」
「いいぞ。そんなに重要なものは回ってこないからな。ただ……扉の前でまたせてもらってもいいでしょうか? 鍵は私自身でやりたいので」
「いいそうです。どうぞ」
「失礼するぞ」
「早く外に出ろ!」
サンウェン様が皆さんをせかしてくれているのがわかる。ありがたいわね。
「一体なんの御用でしょうか?」
「聖女様の話についてじゃ」
「えっ……」
「そう警戒するな。一つ言っておくと、私はクランが神隠しにあったことはもちろん知っている」
「何ででしょうか? わたくしは伝えたことがないと思うのですが……」
神殿での報告の際も、わたくしが勝手に出ていったことへの謝罪と報告、みたいなものだったし……言っていないわよね?
「1週間の行方不明。それが表すものは神隠ししか無いからのう」
「もしかして、報告とかされましたか?」
「いいや、しておらん。だから安心して良い」
良かったわ。
「それで、聖女様についてとはどういうことでしょうか?」
平静を装って尋ねる。
「クラン、君が今噂の聖女様じゃろう?」
いきなり核心をついてきたわ。
「……そのようですね」
「やはりか」
「黙っていていただけますよね?」
「もちろんじゃ」
「治癒を使ってみてどうだったか?」
「あんまり……魔術と変わらないような気がいたしました」
「そうじゃろう。使い方はそれで十分じゃ」
「他に御用でもあるのでしょうか?」
「いいや、確認したかっただけじゃ。これで帰る。あと……」
「何でしょう?」
「今度お前さんの母親に会うことになった。魔術、剣術を教えたことと、孤児院の襲撃から守ったこと、1週間いなくなったことは1日として伝えようと思うがどうじゃ? それでいいかの?」
「それでいいですわ。ご配慮、ありがとうございます」
「そうか、ではまたな」
扉を開けるとすぐ近くに扉の方を向いてサンウェン様が立っていた。
「今の話、聞きました?」
「あぁ……」
どうやら聞かれてしまっていたらしい。
「サンウェン様、お話をしましょう」
「そうだな。聞きたいことがある」
「まず、お前は『神々のいたずら』にあったのか?」
「そうですわよ。何もおかしなことはないでしょう? それを言うならなぜサンウェン様は『神々のいたずら』を知っているのですか?」
「私も遭ったからな」
「そうなのですね」
まあおかしくは無いだろうな。
「一体何の呪いにかかったのですか?」
「嘘がつけない呪い」
「まあ、心は優しいわね。王族にぴったしの呪いじゃないの」
「心様だろうが」
「え?」
心に様、をつけるのかしら? なんというか、あんな可憐な男の子には似合わない敬称ね。
「まあいい。それでお前は?」
「わたくしは教えることを禁じられていますもの。まあいずれ分かりますわよ」
このあと分からせて上げますわよ。サンウェン様は嘘がつけないのだったら、聞かれたらわたくしのことを答えてしまいそうで怖いもの。
「は? バカにしているのか!? いや……いい。それよりもお前が聖女だというのは本当か?」
「知りませんわ。ただ、どうやら治癒魔術は使えるようですわ」
「やはり聖女か」
「それで、もうよろしいでしょうか? でしたら『約束』していただきたいのですが」
「何をだ?」
「私が『神々のいたずら』にあったこと、聖女みたいな存在であることを多言しないことに決まっていますわ」
「しかし、私は嘘をつけないのだが……」
「大丈夫ですわよ。『約束』していただくことによって、それが正しいこと、になるのですから」
「信用していいのか?」
「もちろんいいですわよ」
「分かった。では『約束』する。私はクラン・ヒマリアが聖女みたいな存在であること、いたずらにあったことは多言しない。……これでいいか」
「いいですわよ。わたくしと神々が証人です。では、また来週、お会いしましょう」
「あぁ、またな」
さて、サンウェン様はいつごろ「約束」の効果に気づくのかしらね。楽しみだわ。
そして、体術学の授業に入ったのだった。
さらにもう1時間授業を受けたあと。わたくしは寮に帰る前に図書館によることにした。
わたくしが聖女であることはまあ可能性としてあるとして、過去に似たような人物がいなかったのかを確かめるために。明日も一応行くつもりではあるけど……できるだけ楽をしたいもの。
「すみません」
「何の御用でしょうか?」
司書に声を掛ける。
「明日までに、神々についてや、聖女に関することが書いてある本を準備しておいてくださる?」
「かしこまりました」
「ありがとう」
差し出された紙にクラン・ヒマリアと書く。これで大丈夫。では今日はもう寝ましょう。
楽できたことに、わたくしは満足していた。
35.サンウェンは嘘を付けたことに、驚く
私……サンウェンは焦っていた。
クレマラ様が一体クランに何の用事だろうと、興味をくすぐられて、聞いていただけだ。別に特別なことはしなくても、耳を強化すれば、こんな部屋の部屋の普通の声、普通に聞こえてくる。
そして、聞いた話は、納得できると共に、信じられないものであった。
クランが「神々の気まぐれ」にあったのは納得できる。私も神隠しにあい、そしてそれを隠してきたものだったのだ。
そしてクランが実は聖女でもあるという話。ここらへんで頭がパンクし始めた。魔術を使えるものは、治癒魔術を使えないのではないか?
そして、そんなふうに考えている間に、話は終わり、そして私が動けないまま扉が開けられた。
「今の話、聞きました?」
これはもう逃げれないだろう。諦めて認める。
「あぁ……」
「サンウェン様、お話をしましょう」
クランが誘ってきた。私としても依存はなかった。だから返事をした。
「そうだな。聞きたいことがある」
生徒会室の中で向かい合う。
まず、一番心労にならないものから効くことにした。
「まず、お前は『神々のいたずら』にあったのか?」
「そうですわよ。何もおかしなことはないでしょう? それを言うなら、なぜサンウェン様は『神々のいたずら』を知っているのですか?」
納得した。確かにそこは疑問に思うべきだろう。
「私も遭ったからな」
「そうなのですね。一体何の呪いにかかったのですか?」
「嘘がつけない呪い」
「まあ、心は優しいわね。王族にぴったしの呪いじゃないの」
心は優しい? 戸惑う。私の心についてか? しかし、気づく。心の神……心様の名前を指しているのだ、と。
「心様だろうが」
「え?」
私は心様に無礼を働かないようにクランに注意を促した。もちろん役に立たないが。
「まあいい。それでお前は?」
「わたくしは教えることを禁じられていますもの。まあいずれ分かりますわよ」
「は? バカにしているのか!? いや……いい。それよりもお前が聖女だというのは本当か?」
心労にならないと思っていた話題だったのに……。
心の神を呼び捨てにしている、などと心労になりそうなことが見えてきて、あわてて話題をそらす。悪い方に。
もう、諦めた。
「知りませんわ。ただ、どうやら治癒魔術は使えるようですわ」
「やはり聖女か」
一体どういうことだろうか? 普通の魔術を使えるのに治癒魔術も使えるとは。そんな事が起こったのなら、研究者が殺到するだろう。
「それで、もうよろしいでしょうか?でしたら『約束』していただきたいのですが」
「何をだ?」
「私が『神々のいたずら』にあったこと、聖女みたいな存在であることを多言しないことに決まっていますわ」
約束したところで何になるのだ?
「しかし、私は嘘を付くことができないのだが……」
「大丈夫ですわよ。『約束』していただくことによって、それが正しいこと、になるのですから」
どういうことだ?
「信用していいのか?」
「もちろんいいですわよ」
即、クランから返事が返ってきた。それが効力があるのかは分からないが、クランが満足するのならしれでいいだろう。
「分かった。では『約束』する。私はクラン・ヒマリアが聖女みたいな存在であること、『神々のいたずら』にあったことは多言しない。……これでいいか」
「いいですわよ。わたくしと神々が証人です。では、また来週、お会いしましょう」
「あぁ、またな」
そう言ってクランは帰っていった。
私はとりあえず神官にクラン・ヒマリアだけだったと伝える。
なんだか人を売ったみたいで申し訳なく思ったりもしたが、やることは出来たので悪いことではないのだろう。ならば、仕方がないことなのだ。そう自分を納得させる。
「なにかおもしろい情報はありましたか? クラン・ヒマリアについてとか」
いきなり聞かれてしまったか。これは答えるしか無いだろう。すまんな、「約束」は1時間も持たなかった。
そう、心のなかで謝罪した。
しかし、口が勝手に「知りません」と動いた。動いただけでなく、言葉も発された。
……驚いた。
嘘はつけない。だからこれまで意図的に嘘をつくことが出来なかった。しかし、今、自分は嘘をついたのである。
なぜだかわからないがクランの顔が思い浮かんだ。
まさか、本当に、私が嘘をつけたのか?
クランと「約束」したから? それだけで?
……何が、どうなっているんだ?
その問いの答えは、見つからなかった。
思えば、クランは始めの頃から不思議な人物であった。
大親友エステル・ヒマリアの妹であるが、半年間、名前を聞かなかった。二つ名は知っていたが。大して目立っているわけではなかった。
だから、普通の人物かと思っていたら、ドラゴンを倒したという噂が立ち、そしてそれは事実であった。また、ヒマリア公爵がよく分からない法令も発布していたりして、少しの間話題に登った。さらに、授業でラーネカウティスクを倒したとなり、一躍時の人。そして、それなら十分強いだろうと、生徒会に誘った。……今年の1年は特段強い、という人物がいなかったからな。しかし断られた。
なんとか誘えたが、飽きない人物だった。
そして、今も飽きない。
これからも楽しくなりそうだ。そう思った。
36.母と娘は一緒に過ごす
土曜日。わたくし……ミリアネ・ヒマリアは神殿に向かっていたの。今回ようやくアポを取れたからね。
この前ユシエルに調べると言ってから、2週間ほどが経っていた。
神官長ってそんなに忙しいのかしら? 疑問に思うも、今回はこちらが受け入れてもらった側であるから何も言えないのよね。上手くやるわ、本当あの神官長も。
だけど、神殿は少し辺境にあったのだが、そこからわざわざ王都に来てもらったのだ。そこにも文句を言える要素なんて無いわ。だから、ありがたいわねぇと思い、指定された王都の神殿に向かうのだった。
「失礼しますわね〜」
「ようこそいらっしゃいました。私がクレマラです。クランさんが神殿にいたときの神官長で、今現在も神官長をやらせていただいています」
「貴方がクレマラね。その時がうちのクランがお世話になりました〜」
「こちらこそありがとうございました」
「それで今日はクランの神殿のときのご様子が聞きたいのでしたっけな?」
「そうですわ。お話いただけるのでしたわよね?」
「そうじゃよ。具体的にどんな事が聞きたいのかな?」
「不思議なこと……とかかしら?」
つい、いつもの癖でのんびり聞いてしまう。
いっけない、これはクランちゃんの重要な話よ。ちゃんと真面目にしないと、たまには。
「不思議なこと……特に何もなかったぞ?」
「ではおおまかな概要でいいわ。よろしくね?」
「分かった」
そうして、クランちゃんのことについてよく知ることが出来た。
クランちゃんは孤児院の子たちと仲が良かったこと。
そして、それが襲撃された時に孤児たちを守ったこと。しかも誰も殺さず。そのあと、孤児全員を守れなかったことを悔やんで、1日何処かに行ったこと。
そして、その後は神官長……クレマラに魔術、剣術を教わっていたこと。
今までより遥かに多くのことを知れたわ。
……だけど、クランちゃんが変化したことを理解できないのよね。
それが、悩みの種だった。
鍵になりそうなのは、1日の失踪かしら? 一体何をやっていたのかしら?
それとも……孤児院襲撃かしら? あれで人を信じることができなくなった?
どっちも考えられるわね。
そう言えば、土曜日だけど、クランちゃんは今学園にいるのよね? 一緒に帰れないかしら?
よし! 行ってみましょう!
◇◆◇
今日は予定通り図書館に行った。
もちろん昨日の夜は早く寝たいという願いは叶わず、メイドに怒られたのであった。
司書は頼んでおいた通り、神々や、聖女に関する本を用意してくれた。
そして、いろいろな本を読んでいたのだが……
「クーランちゃん♪」
この楽しげな声は……
振り返るとやはりと言うか、お母様だった。
「何でしょうか? お母様。ここは図書館ですので静かにしていただけませんか?」
「はいはい、わかったわよ。さ、帰りましょう」
「え? わたくしはあとでちゃんと帰りますが?」
「クランちゃん。わたくしが、あなたと一緒に帰りたいの。いいわよね?」
これは断っても無視されるやつよね。仕方ないわ。……まだまだお母様のわがままは健在なのね。
「分かりました。では帰りましょうか」
「ありがとう♪ 最近はエステルもユーリもつれなくなっちゃって……」
まあそうでしょうね。いまどきこんな母にベッタリとくっつかれているなんて……絶対ご友人にはバレたくないでしょうね。
「司書さん、片付けもよろしくお願いします」
「かしこまりました」
「ところでクラン、さっきはなぜあんなに神々や聖女について調べていたの?」
「お母様はまだ噂を知らないの……」
ですか? と聞こうとして気付いた。
そう言えば……お母様は意外と負けん気が強いのでした。それなのに煽ることを言ってしまってはお母様の対抗心に火をつけることになってしまうわ……どうしましょう?
「知らないわ。教えて?」
「……え?」
お母様が変になったわ。どうしましょう? とりあえず家に帰ったらお父様にお伝えしましょうか。
「最近……というか一昨日ですね」
そしてお母様に噂を伝えた。
「そんな事があったのね。で、どうしてクランちゃんが調べているの?」
「お母様、わたくしは公爵令嬢です。そういう謎もできるだけ明かそうと努力するのですよ」
ふふん、完璧な答えよね。これで文句が言われるはずがないわ。
「そうなの? クランちゃんが? だったら今度、お茶会に誘ってもいいかしら?」
お母様……まさかこれのために負けん気を消したのですか……
「お断りいたします」
「そうして、そういう場は生徒会で結構です」
「生徒会?」
あら? 伝えていなかったかしら……? そうね、入ってからこれが初めての再開だものね。
「そうなのですよ。生徒会に入りました。だからそういう場は足りています」
「そうなの? ならそんなクランちゃんを自慢したいのだけれど……」
「嫌です。やめてください」
「まぁ、クランちゃんもつれなくなってしまって……。お母様、悲しいわ」
そうですか、勝手に悲しくなっていればいいわ、とはもちろん言えませんわ。
その時、
「クラン・ヒマリア様がこの馬車にいらっしゃると聞いたのですけど……」
何かの使者がやってきたわ。
「まあ! クランちゃん、もしかして何かやっちゃったの?」
「やっていないわよ!」
37.クランは母に、助けられる
「クラン様がこの馬車にいらっしゃると聞いたのですけど……」
「まあ! クランちゃん、もしかして何かやっちゃったの?」
「やっていないわよ! ……クランはわたくしよ。何の御用かしら?」
「神官長様がお呼びです」
「わたくし、今から公爵家に向かうのですが……」
「ご自宅でしょう。少し帰りが遅れたところで……」
「ちょっとまってね」
そのままグダグダになりそうだったのを、お母様が止めてくれた。
「クランちゃん、何かしたの?」
「何もしていませんわ」
「何かしていないと神官長に呼ばれるわけ無いわよね?」
「ですからわたくしは何もしていませんよ」
「では、一体何が何をしたのかしら?」
お母様も話を聞く気にはなってくれたようだった。
「噂が広まったからですよ」
「噂? もしかしてさっきの聖女の噂かしら?」
さすがお母様、鋭いわね。
「あれの候補として何故かわたくしが含まれているようで……」
「なるほど。けれどクランは違うのよね?」
「もちろんです」
あながち嘘ではないわよね。あちらが候補に入れているのは、わたくしが聖女と共に行動しいた相手ではないかと言うことで、わたくしが聖女であることではないもの。
「なんでクランが候補に入ったのかしら?」
「わたくしがその日外出していたからです」
「魔術を使えるのに?」
「今、彼らが探しているのは、聖女と共に行動していた、有能な魔術士らしいですので」
「あぁ……そういうことね。では行けばいいのじゃないの?」
「行きたくありませんわ」
「我が儘ね」
「お母様ほどでは」
「うふふ……そうね」
「そうですわよ」
「使者さん、わたくしたちは今から邸宅に帰らなければならないの。月曜日にクランちゃんなら戻ってくるからその時でお願いね?」
「しかしそれでは……」
「お願いね??」
「はい……」
お母様の押しに弱い使者ね。これで仕事をちゃんといただけるのかしら?
まあわたくしが心配することではないものね。
「あぁあ。クランはやっぱり面白いことをしていたわね」
「ところでお母様、今日はなぜこちらへ?」
「もちろんクランのお迎えよ」
「もう一つは何が目的だったのですか?」
「ちょっと昔の話をしていただけよ。気にしないでいいわ」
それを言われると気にしたくなるのだけど……お母様はそういう気持ちわからないのかしら?
いえ、絶対分かってやっているわ。お母様だもの。
まったく……
「お母様、ありがとうございました」
お母様のお陰で使者を後回しにすることができたのだもの。それくらいは言わないとね。
「お礼なんて言わなくていいわよ」
そう言っているものの、絶対喜んでいるのよね。お母様だもの。
「ねぇ、他になにか面白いことは無いの?」
「無いわよ」
「じゃあ生徒会について教えて?」
そうして、家につくまで、話題を提供させ続けさせられたのだった。
「ただ今帰りました」
「ただ今ー」
「お帰りなさい」
お父様がやってきた。
「あぁクラン、今日は別に部屋まで来なくていいよ。ミリアネに聞くから」
そうね。あんなに話題を提供させ続けられたもの。お母様に任せましょう。
「分かりました」
では……図書館にでも行きましょうか。
1週間ぶりね。何だか懐かしいわ。
部屋に入ったとき、不意にそう思った。何故でしょう?
まあきっと学校の図書館に行ったからでしょう。
そう思い、考えないことにした。
聖女の本、神々の本には、全然目ぼしい情報は無かった。
これはもう神に聞くしか無いわよね? 明日は狩りに行きましょう! もちろん一人でないといけないわ。
森にて。
「つーちー!」
「はーい!」
「今日はやけに陽気な登場ね」
「いやぁ楽しませて貰っているからなぁこの2週間くらい」
「はいはい、御託はいいわ。それより質問に答えて。何故わたくしは治癒魔術を使えるのかしら?」
「それは君が聖女だからだよ」
「そうじゃないわよ。なぜ、わたくしは普通の魔術を使えるのに、聖女になっているのか、を聞きたいの」
「あぁ……それは……光を呼んで聞いてくれないかな?」
「じゃあ呼んで」
「え?」
「呼んでくれるわよね?」
「はい! 呼びます!」
あら? 土の反応がどうも……お母様を前にした人と同じように見えるわ。どうしたのでしょう?
「光! ちょっと出てきて!」
「えぇぇ……せっかく面白そうだったのに」
そんなことを言いながら一人の女性が出てきた。
「始めまして。貴方が光の神様?」
「……そうよ」
あ……そう言えば光の神が聖女を司るのだったかしら? 光の神は忙しそうね。
「聞いてもいいですか? わたくしは何故、魔術が使えるのに聖女なのでしょうか?」
「光、ガンバ」
「……ごめんなさいね。手元が狂ったのよ」
「はい?」
手元が狂ったとは想定できなかったわ。どういうことかしら?
「だから! 手元が狂ったのよ!」
「あのね……クラン。光は聖女をまあ魔力を持たないものから雑に選んで決めているんだよ」
「そう、それで?」
「ただ、クランのときは、手元が狂っていて間違ってクランを選択肢に入れてしまった上に、その子に聖女が当たっちゃったというわけ」
なんですかその……お遊び的な感じは。わたくしたちはこの人たちに自分の運命を委ねているのね……。恐ろしいわ。
「はあ……けど変えることも出来たのではないかしら?」
「光はね、一度決めたことを変えたくないんだ。そしてね、僕達もまあ面白そうじゃんってなって、こうなっている」
「そうでしたの……」
けど、そうなっていなければ殺されていたのよね。でしたら神々の娯楽思考少しは救われているのかもしれないわ。
「それで? 魔術持ちが聖女になると、魔術も強化されるのかしら?」
「そうだよ」
「分かったわ。教えてくれてありがとう。光、今度またお呼びしてもいいかしら?」
「え? 僕は?」
「いいよ……」
「まあ、本当に! 嬉しいわ!」
そんなふうなこともあり、この日のクランはとってもごきげんなのであった。
その証拠に……魔物が大量に売られたという噂が広まっている。もちろん事実だ。
38.クェーラは遊戯に失敗する
クェーラは頑張っていた。
あのやりがいのある|遊戯《ゲーム》に立ち向かおうと。
それも真っ向から。
そして、悪くない手は打っていた。
聖女と共にいた者から聖女を探す。確かにこれはかなり有効な手である。常識に則って考えれば。
今回は相手が悪い。しかし、クェーラは相手がどれほど規格外の……偶然によって出来ていたのかを知らない。このままだと、的外れな方法に行きそうである。
まず、学園に問い合わせてみた。
学園でそのその日出かけていて、なおかつ実力もあるものは生徒会所属、1年生のクラン・ヒマリア唯一人であった。
その時点でクェーラは外れだなと思った。
公爵令嬢が、聖女の存在を黙っている必要はない。
しかし、出てきた情報は一度精査する必要があり、一応呼びに行ったのだが……使者が帰ってきた。家に帰るために月曜日にしてほしいだと? 教会を舐めてんじゃねえか?
まあそんなわけで……クラン・ヒマリアは月曜日に精査することになった。
ふざけんなよ!
他にもちょうどこの街にいたハンターで、実力のあるものに聞いてみたりした。しかし、それらしき人はいなかった。みな、複数人で行動しており、その皆の意見が揃っていたからだ。
これでは嘘を付いた余地はないと見て、諦めるしか無いだろう。
ハンター以外には……騎士の可能性についても考えた。しかし、皆その時間帯は訓練だったりしていて、どうやら違うようだった。
クェーラの焦りは募るばかりであった。
他に強い人物がいるとは聞かない。だったら、クラン・ヒマリアしかしないのか?
そして思った。
ーー私は手を出してはいけない|遊戯《ゲーム》に手を出してしまったのではないか、と。
もちろんそんなことはない。
しかしそんなことを知らないクェーラはもう後がないと思い、月曜日、自分で直接クラン・ヒマリアに会いに行くことにした。
その後にすれ違いで騎士がやってきた。
彼らは討伐隊を作ってほしいと訴えてきた。
理由と目的は……
クランがそこら一帯を治癒してしまったので、それを狙って多くの魔物がやってきているというものだ。
騎士もクランがした、というのは知らなくても、それ以外の大まかな事情なら知っているから、正しく報告できる……はずであった……。今すぐ準備すれば余裕であった。
しかし、神官長、クェーラにすぐ出会うことはなかった。
月曜日。
「クラン・ヒマリアか?」
校門の前で変な人に声をかけられたわ。
見た目……というか服装が……カラフルなものを使っていて、なおかつ形が今まで見たことが無いもので(日本におけるピエロみたいな?)……そして、それによりこの人が誰なのか分かることが出来ましたわ。
この人……多分王都の神殿の神官長よ。
ということは、わたくしにお話をしに来たのよね。
でしたら……
「お話ならば昼休みにお受けしますが?」
ついでに生徒会の集まりもサボれるようにいたしましょう。これが策士というものよ。
(※策士は自分の策に溺れたりはしません)
「いや、少しでいいので今でいいか?」
「え……」
「話は聞いておる。君は生徒会なのだろう? 昼休みには集まりもあるそうではないか。そしたらそれを邪魔することなど出来ないよ」
「はぁ……」
迷惑ね……
そんなの、どうでもいいのだけど……仕方がないか。
「それで、あの日の何が知りたいのですか?」
「その日のお前の行動だ」
神官長というのはこんな変人でもなれるのね。
そして、貴族を含めれば大した地位ではないというのにこの傲慢不遜な態度。
なにがよくて神官長になったのかしら?
こちらも随分傲慢不遜である……
「あの日はそうですね……散歩をしていたわ」
森の中をね。
「それだけか?」
「いいえ。気持ちの良いところでは走ったりもしましたし……。お陰でいい運動になりましたわ」
気持ちの良いところではなかったけれど、急いで移動するために走ったりもしたわね。
「他は?」
「それくらいですわよ? 気付いたら少し遠くに行き過ぎてしまっていて。帰寮時間をまもれそうになかったので、帰るのは諦めて、そこら辺で泊まることにしたわ」
「泊まるとは……宿か?」
「そうね。一応宿よ」
自前のね。
「今度紹介してくれないか?」
「嫌よ。面倒くさいもの」
「そうか。ではまた来る」
「はい?」
一体何だったのかしら? あの神官長。
変な人だったわね。
一応疑いははらせたということでいいでしょう。
クェーラは迷っていた。どう考えていいか分からなかったからだ。
クラン・ヒマリア。
あの日は散歩していた。気持ちいいところでは走ることもあった。いい運動にはなったが、遠くに行き過ぎていて、宿に泊まった。紹介してくれと頼むも面倒だからと断る。
具体的なものがないから怪しいと言えば怪しい。
しばらくして、クェーラは良いことを思いついた。もう消えているかもしれないが、足跡から探してみるのはどうだろう。
まさか消されているはずが無いよな。
そして、クェーラはその思いつきに満足気であった。
……。
39.クランは魔物を一掃する
学校に到着し、校舎の中に入ろうとしたのだけれど……
「クラン! 良いところに来た!」
確か……セルアン……先生よね? どうしたのかしら?
「どうされました?」
「魔物が大量発生している、現場の応援に行ってくれ、報酬はあとで準備する」
報酬……ね……
「分かりました。場所はどこでしょうか?」
「この前課外授業で行った、慣れの森だ」
「授業は……」
「休んでも良い」
「了解いたしました。では素晴らしい報酬、お待ちしておりますね」
「公爵令嬢が楽しみにする報酬? 一体何をすればいいのだ? 恐ろしい……。まあ頑張るしかねえが……」
さて、この前聖女の魔術を使ったところね。何か関係があるのでしょうか?
「学園から手伝いに来ました、クラン・ヒマリアですわ」
「お前も来たのか」
サンウェン様もいた。よくみると、生徒会全員いらっしゃいますね。
「嬢ちゃんも助っ人か? 助かるよ」
わたくしは何もしなくて良さそうな気がするのですが……まあ兵士の方には受け入れられたので問題ないでしょう。
「それでどういう状況なのですか?」
「魔物を討伐しなければならないという状況だ」
「簡単ですわね」
「そうだろう。それで、お前の実力をせっかく見れる機会だし、私たちは手を出さないでおこうと思うのだが……」
「それが生徒会のすることでしょうか?」
「違うな。ただ、今は偶然生徒会全員が揃っているだけで、生徒会としての活動ではない。だから問題ないのだ」
なんですかそれは。屁理屈ですか?
「お断りします」
「いいだろ、簡単なことなのだから」
「ですから簡単なことなのにわざわざわたくしが入る必要が無いのですよ」
「ほう」
「さっきから何でしょうか?」
「いいや。何でもない。……ではどうしようか。やってくれれば何か報奨を出そう」
「報奨? 報酬ならセルアン先生からいただくので問題ないですわ」
「報奨だ。生徒会をやめないのだったらできる限り願いを叶えよう」
「物ではなくても良いのですよね?」
「あぁ」
「でしたら仕方ありません。行って差し上げましょう」
完全に上から目線で答える。
あら、もしかしてこれ、サンウェン様の気分が害されたら訴えられるかもしれないのよね? 大丈夫かしら……まあ、わたくしは|仕《・》|方《・》|な《・》|く《・》やっているのですから大丈夫でしょう。事実だもの。
「兵士の皆さん、下がっていただいても構いませんわ。ここはわたくし一人で行います」
「え? そんなの……」
「問題ありませんわ。万が一のために戦闘態勢であってほしいとは思うわ」
「それなら……。かしこまりました」
「ありがとう」
さぁて、では行いましょうか。
ここらへん一帯にいる。一般人が1人では厳しい魔物は倒しちゃっていいわよね。
「火よ、焼き尽くせ」
「水よ、貫け」
「氷よ、動きを止めろ」
「火よ、焼き尽くせ」
楽しいわね。それでも一撃で倒れてしまっているのが唯一残念なことね。
少しずつ進んでいき、木曜日に魔術を放ってしまった所も通り過ぎた。
……確かにこれは大量発生と言えるわね。
倒しても倒してもまた出てくるわ。
そして、わたくしの血を狙ってでしょうか? 魔物はこちらに近づいてくるので省エネにもなって最高だわ!
「火よ、焼き尽くせ」
あら? これってラーネカウティスクではないかしら? またここまで来たのかしら? ……まさかそんなバカなことをするわけないわよね。それならきっと気の所為だわ!
そして、恐る恐る後ろを見ると……わたくしが倒したあとである後ろの方にはその倒した魔物を処分するため、多くの兵士たちがいる。
あら? もしかして実力を出しすぎたかしら?
それで注目されちゃっているのなら……バカなのはわたくしもだったようだわ。
そして、更に進むと、ここらへんから植物の元気がなさそうな気がしてきた。
「ここまででいいでしょうか?」
「あぁ、いいぞ。助かった」
「嬢ちゃん凄えな。ラーネカウティスクを一撃だぞ」
「え? いつ?」
「少し前で。気付かなかったのか?」
「気づきませんでした! さすが隊長です!」
隊長と呼ばれた人とその隊員が話しているようだけど……気の所為ではないみたいね。
「それで、サンウェン様、なにか言うことはございませんか?」
「すまなかった。こんなふうに葬られるくらいであったのなら、兵士の皆の訓練に使うべきだった」
頭は回るようね。
「なにか面白いお願いはないでしょうか……。特に今は何も無いので、今度何処かで叶えてもらうことに致します」
「そうか。それなら今はいい」
「お前……本当にすごかったんだな」
ヨハン様が声をかけてきた。……珍しいこともあるのね。
「あれくらい生徒会の一員であるヨハン様にも余裕でしょう?」
「え……どうだろうなぁ」
「あら? いつも自信満々というふうでいらっしゃいますのに……。どうされました?」
「いや……何でもない。ただ、お前が異常なことを知れて、サンウェン様がなんで連れてきたのかがわかっただけ……それだけだよ……俺、負けるかもな」
一体何をぶつぶつ言っていらっしゃるのでしょうね。まあいいわ。
「クラン! すごかったわよ!」
「凄いね!」
ソラレーラにもアナにも声をかけられた。
この二人なら、褒められても悪い気がしないわ。どうしてでしょうね?
そして神殿に帰った神官長は、間に合わず、もう使者は再び旅立った後であった。神官長以下のものも、これをそこまで重要だと捉えなかったため、神官長に報告はしなかった。
そのため、神官長はこの出来事を知らない。そういうことはつまり、クランの実力を知らないということであって、これでクランを諦めてくれるのであった。
そして、神官長は、足跡を探しに出かけた。
もちろん、大量の兵士がいたため、まともな足跡が見つかるはずもなく、神官長のこの捜査は空振りになるのであった。
そして、神官長は、こういうところはクランに都合よく鈍く、大量の足跡について、誰かに聞くということもしなかったのだそう。
40.国王までもが、クランに興味を抱く
国王……アンジェロ・リルトーニア……は驚いた。
アンジェロは噂を集めるよう兵士に指示している。
そしてここ最近集まってきた噂が。
……リルトーニア森に聖女が出た? しかも破格の魔力の? そして、その後に魔物が大量に発生した? さらにその後は1年生の少女一人が収めただと?
信じられぬ。到底信じられぬ。しかし、大勢の者がそう証言しているらしい。
アンジェロは、第一王子サンウェンに聞いてみることにした。ちょうどサンウェンもその場にいたのだと聞いていたからだ。
「サンウェン、今日呼んだのは今朝の出来事について聞くためだ」
「分かっていますよ。父上」
「あの少女は何者だ?」
「我が国デルメイア王国唯一の学園、デルメイア学園の1年生であり、生徒会役員である公爵令嬢です」
「ふむ。彼女が生徒会入りを断ったという面白い少女か。他には?」
サンウェンはこの頃にはもう理解していた。クランが聖女であることは言おうとしても言えないことだということに。
「面白い少女だとしか……」
だから聖女という言葉出なくても驚かない……。
……などということはまだ出来なかった。未だ自分が嘘を言っていることに驚いている。そして、呪いよりもクランとした「約束」が有効であることに対しても。
実は……これは心からの信頼度で決まっているのである。サンウェンが勝てるはずもなかった。
「お前が人に興味を持つとはまた珍しいこともあるのだな。どうして彼女に倒させた?」
このサンウェン王子。優秀な王子によくある通り、人への感心は薄いのである。
「彼女が授業の際、ラーネカウティスクを倒したと聞き、その実力を見たいと少し前から思っていましたので、ちょうど良い機会だと。しかし、クランにも謝ったのですが、彼女はどんな魔物も一撃でしたので……これだったら兵士に任せて、彼らの鍛錬にしてもらうべきところでした」
「謝ったのか? 王族であるお前が」
アンジェロが驚くのも無理はない。王族が謝るなど滅多なことでなければいけない。
「父上、私は正しいことしかできないのです。先ほどのことが誤っていると思えば謝ります」
「そうだったな」
「あと、一つご報告が」
「何だ」
「その……彼女の実力を見るために少し願いを叶えるという餌を使いました」
「それは……お前は大丈夫なのか?」
「クランなら大丈夫でしょう。彼女は身の程をわきまえています」
「そうか。お前が信頼出来るのだったらそれでいい」
アンジェロはもうクランを例外として見始めることにした。彼女を一般人と考えてもいいことは何も無い。……ただでさえ公爵令嬢なのだから。
「そうだ。今度妻に会わせてみようか……」
そしてアンジェロは今までいろんな国王が例外に対して王妃に合わせてきたのと同じように、王妃とのお茶会を考えるのであった。
「断られ……いや、身分的に出来ないでしょうが……悪感情を抱かれると思いますよ?」
少し違うのは、クランの性質を理解しているものが国王の近くにいた事。それだけで、クランは大助かりなのであった。
「そうか……ではやめるべきか。しかし一度会ってみたいな」
「実行する時があったら教えてください。頭と口ならお貸しします」
「ふっ。それは助かるな」
「ところで聖女の方はどうなっているんだ?」
「父上もお分かりでしょう。真実である可能性が高いと考えられます」
そうだよな。アンジェロは思う。
聖女が大規模な治癒魔術を放ったところはきっと植物も生き生きしている。そしたらそれを狙って魔物がやってくる。理解できることであった。
「その治癒魔術を放った面積はどれくらいだ?」
「約25mが半径の円だと推測されます」
「破格の魔力だな」
「捜査は進展しているのか……」
「私には分かりかねます」
サンウェンは段々話が中核に近づいてきたと考えている。
また捜査に関しては、進んでほしいが、多分見つけられないだろうと、やけに達観しているのであった。
そうやって普通のいつもの会話に戻っていった。
アンジェロはこの後クェーラを呼んだ。聖女捜索の進展を聞くためだ。
しかし、結果は芳しくなかった。
クェーラがもう聖女を探すのは辞めますといい始めたのである。
クェーラにとってはゲーム感覚で始めたものであったが、進まないゲームというのは非常に気だるいだけだ。
だから、クェーラは捜索から手を引くと伝えた。
アンジェロは慌てた。クェーラは今まで何度も無理難題をこなしてきた。しかし今回に限って無理などと……信じたくなかった。
まあそれでも信じるしか無いのだが。
かくして、聖女騒動は有耶無耶になり、結果は、サンウェン、クラン、クレマラの3人の心のなかに留まることとなった。
41.クランの平穏は、使節によって消え去る
魔物を一掃させて、3日が平穏に過ぎたわ。
水曜日が含まれていたけれど……その日は特に面白い話題はなかったわね。
そんなときに回ってきた木曜日。
わたくしは、何かが近づいてきたのを感じた。しかもかなり近くまで。
しかし、心当たりは全くと言っていいほどなかった。
まず、これが何かも分からないもの。気にしないことにしましょう。
そう決めた。
昼休み。
今日も……生徒会室に向かわなければならないのよね……
「失礼します」
「いらっしゃ~い」
アナが迎えてくれた。
「アナとクラン、少し残れ」
「はぁ……?」
「分かったわ」
「何だ、クラン? 文句でもあるのか?」
「いえいえ、まさか第一王子様の命令に文句があるわけがないでしょう」
「……つまり、命令じゃなかったら文句があるんだな?」
「もちろんそうに決まっていますわ。当たり前でしょう? いきなり、問答無用で残れ、と言われたのよ?」
「それはすまない。だが、この場で事情を言うのは適当ではないと思うから、少し我慢してくれ」
まあ、そこまでして伝えたい内容というのはなんなんでしょう? 気になるわね。
前も似たようなことがあったわね。確か、その時は……わたくしとお話をしましょう、ということでしたが今回はアナもいるわね。ということは個人的な用事ではないのかしら? しかしそれでなくては話される話題がないわよね。ましてやアナと共通する話題なんて!
そして、諦めた。
「サンウェン様、いったい何の御用でしょうか?」
「急ぐな。まずはアナから伝える」
「はい」
「お前の姉、メリーナが今日使節とともに王宮に到着した。放課後私と一緒だったら連れて行くことも可能だが……どうする?」
「行かせてください!」
驚いたわ。
アナにお姉さん? しかも王宮に到着ということはなにか偉い使節なのかしら? けれどアナは平民出身よね? それなのに使節か何かに取り立てられるなんてこと……あるのかしら?
「アナ、お姉様がいるの?」
「そうよ、聖女だからと大聖堂に行ってしまったのだけど……」
驚いたわ。
アナのお姉さんって聖女だったのね。確か……アナは平民出身よね? 素晴らしい家なのね! ……まあ、神々のせいでランダムなのだけど。
「では、放課後生徒会室の前で」
「分かりました!」
今までに……まだそんなに長い付き合いではないけれど……あんなに張り切っているアナを見たことがないわ。
それだけ、メリーナ様は大事なのだろう。
「そして? 何の御用でしょうか?」
「さっきの通りアナの姉であるメリーナという聖女が王宮に到着した」
「ええと……それがどうかしましたか?」
よくわからないことを言うのね。わたくしには関係なさそうだけど……?
「おそらく目的は聖女を見つけ出すことである」
「あ……そういう……」
つまりわたくしを探すためにということね。
「しかし、聖女を連れてきたところで、簡単に聖女は見つけられないと思うのですが……」
「私も聞いた話だから、信じなくてもいいのだが、聖女には、聖女を感知することが出来るらしい。お前は何か感じないか?」
「何か感じないか……と言われましても。普通に今朝は何かがやってくる感じを感じましたわよ。先ほどまで忘れていましたけど」
「何故忘れていた!?」
「なぜって……気の所為だと思うでしょう、普通は」
「そうか……それなら仕方がないな……」
「はい、仕方のないことですわ」
「……なんか違う気がするが……やはりか」
何が違うのでしょうね?
「多分それと同じようにメリーナもお前を見つけることができるだろう。今回は逃れられないと思え」
うーん、確かに、知らない時よりははるかにいいかも知れないわね。
「ご忠告、ありがとうございます。そういえば……先日、魔物を一掃したときの報奨をまだ決めていませんでしたわね。それを、わたくしが聖女であることを相手方に秘匿してもらう……というものなどでもよさそうですわね」
思わず、口をついて出た言葉に驚く。
あら? これ、意外と面白そうね! ただ、総本山に、普通の魔術も治癒魔術も使える者がいるとバレてはいけない……と考えていただけなのだけど……
あら? サンウェン様があまり動いていないわね? どうしたのかしら?
「相手方に隠し通せるわけないだろう!? どうやって秘匿するんだ!?」
あら、サンウェン様が声を荒らげているわ。
そんなに難しいことかしら? ただ、相手方に聖女だとバレたときにでも黙ってもらえるようにお願いしてもらうだけですのに。
何か事情でもあるのかしら? 一見、なさそうなのだけど……
(※勘違いをしているようです)
「ではクラン、『約束』しよう」
サンウェン様から「約束」? 一体何でしょうか? 不思議ね。
「何を、でしょうか?」
「お前はあの使節団がこの国にいる間、聖女ではない存在としてある、と。それが上手くいくかどうかは、知らん!」
なるほど。さすがサンウェン様ね。
まさか、わたくしが聖女であること自体を隠そうとしてくださるなんて。
なんと、悪知恵が働くのでしょう!
けれど……意外と、嘘をつけないサンウェン様に合った適性かもしれないわね。
「えぇ、『約束』しましょう」
42.メリーナは、重要な任務の成功を決意する
私はメリーナ・セントニア。
9人いる聖女のうちの一人で、フィメイア王国出身。優秀な双子の妹……アナ・セントニアを持つ。話で聞く限りは、生徒会なんて組織に属しているらしい。鼻が高い。
聖女は基本的には大聖堂で働いている。そんなある日。
わたしはとある依頼を頼まれた。
「フィメイア王国に現れたという聖女を見つけてほしい」
これは、由緒正しい依頼だ。
しかも、指名された依頼。
これが成功できたら、大聖女になるというわたしの夢に、一歩、近づくことが出来るだろう!
「謹んで、お受けします」
そして、わたしはすぐに、フィメイア王国に向かった。
フィメイア王国に入ってしばらくたったころ。
王都の方角に、強い聖女の気配を感じた。道が曲がるときとかは、方向的には少しは変わるけど、どれも、王都のどこかのような気がする。
「簡単そうね」
こんな簡単な依頼が指名依頼として来てくれたなんて……わたしは運が良い。助かった。
その日の昼前には、王宮につくことができた。
わたしたち使節団は王宮に入った。
なんせわたしたちは国王に呼ばれてやってきた使節。それもたった一人の聖女を探すためだけに。
それにはそれ相応のお金がかかっている。……簡単だったけど。
昼過ぎには、国王陛下への謁見が出来ることになった。
「使節団の皆さん、どうぞ」
そう言われたときだろうか?
聖女の気配が……消えた。消えた!? そんなことってあるの!?
「して、メリーナ聖女、新たな聖女は見つけられたかな?」
陛下に尋ねられてしまった。だけど……さっきまでなら自信を持って答えられたんだけどなぁ。もう、よくわからない。
「先ほどまではいたのですが……今はもう感知できません」
「どういうことだ!?」
驚かれた。当たり前だよね。そんな前例、聞いたことがない
「わたくしにも理解できませんわ。先ほどまでは感知できていた巨大な聖女の存在を突然感知できなくなったなんて……一体どうしたのでしょう?」
「ほんとに理解できておらんのだな……」
そうなの。だから、もしかしたらこの任務、失敗してしまうかもしれない。そうなると、今までの努力がパーだ。わたしは、聖女の中の聖女。重複することのない大聖女を目指しているのだから。
理由? もちろん、権力欲ではないよ? いや、結果としては権力が必要になるのだから、改革のためなのだ。
わたしも、妹のアナも、平民があるゆえに苦労してきた。今ではそれが報われているから、わたしたちは幸せなほうだとは思うのだけど……それでも、私たちは幸せなほうなのだ。他の人は、もっと苦労している。そして、それを実行するために、権力が必要なのだ。
「して、その聖女はどこにいた?」
「地図を見せてください」
聖女を感知していた方向は分かる。場所さえ分かれば、発覚も出来るかもしれない。
確か、ここが王宮で……
「フィメイア学園です」
「フィメイア学園、か。心当たりは一人くらいならおるが……彼女は聖女だと決まったわけでもおらんしな……」
「心当たりがいらっしゃるのですか?」
「聖女というわけではないが、関係している可能性がある人物は、おる」
「本当ですか!? ぜひお話を聞いてみたいです」
「ああ、分かった。今日の放課後……そうだな、デスマールにでも呼び出させるか、サンウェンと来い、と。あいつも興味を持っているようだし、問題ないだろう」
最後の方はもごもごしていて、あまり聞こえなかったが、聞き返すのは失礼にあたるし、聞かないことにした。
伝えられた時のデスマール。
「ん? クランが父上に謁見? 大変そうだし、伝えてやろう」
なんて言っていた、らしい……
43.クランは、王宮で驚きの事実を知る
「放課後、王宮に行け。兄上と同じタイミングでいいから」
クランは第4王子に声をかけられて、戸惑っていた。
先ほどサンウェン様と話したときは別に、王宮まで来い、という話ではなかったのにどうしたのかしら?何か変わったのかしら? それなら……まずはカナンに伝えないといけないわね。ああ忙しい忙しい。
そして第4王子が出てきているということは、サンウェン様が指示したわけではない可能性が高いということだ。もしかしたらサンウェン様が、わたくしが目立ちたくないのを考慮して、第4王子に託したのかもしれないが、可能性は低そうよね。だって、本人が来るもの。
そうなればわたくしがなぜ呼ばれたのかしら? ……分からないわね。
もう一つの方の話、兄上……つまりサンウェン様と同じタイミングというのは、放課後に生徒会室の前で待っていればいいということよね。
「あら? クランも?」
アナはもう先に生徒会室の前にいた。
「えぇ、そういうことになりました」
「そう、仲間がいてくれて嬉しいわ」
「なぜお前がここにいる?」
「あら? サンウェン様。遅かったわね」
わたくしだって呼ばれているのよね〜
まあ、予想通りだったわ。やはりサンウェン様は関係なかったのね。
「私は今理由を聞いている」
「理由なんてわたくしが聞きたいわ。わたくしは第4王子……名前は覚えられていないけど……彼にに言われて来ただけですもの」
「そうなのか? ……デスマールだからな? 弟の名は。覚えろよ?」
「デスマール様ですね。覚えたわ、多分。……それで、わたくしが嘘をついて何になるとでも?」
「それもそうか、では王宮に向かおう」
「はい!」
最後に返事をしたのは、やはりと言うかアナだったわ。
「クランはデスマール様に呼ばれたの?」
「いえ、デスマール様はただの連絡役ではないかと。サンウェン様に同行するようにと言われましたので。ですがきっと使節団に関係する話でしょうね」
「そうだな、私もそう思う」
サンウェン様も話に加わってきたわ。
サンウェン様だけとの会話だったら大変なのだけど……アナがいるとやりやすいわ。アナのおかげね。
そのアナは……緊張しているわね。まあ聖女様って現在でも7人……でしたっけ? 少ないもの、仕方ないと思うわ。
「二人は王宮に入ったことがあるのか?」
「いいえ、ないわ」
「わたくしは少しだけ」
「アナは初めてなのか。初めてなのにその場が姉との再会……気まずいだろうな。すまない」
「サンウェン様が気にすることではないわ」
「そう言ってもらえると助かる」
「クランはどこに入ったことがある?」
「そうですね……普通に庭と、あの大きいホールなら入ったことがあるわ」
もちおん部屋の名前なんて覚えていないわ。もともとそういうものに興味がないのに、最近は舞踏会などは行っていないもの。仕方ないじゃない。
王宮についた。
サンウェン様がいるからか、すんなりと通されたわ。
こんな簡単に王宮って入ることができるのね。便利だわ、身分って。
まあ、王宮なんて滅多に行かないでしょうけど。
「ただ今連れてきました」
「アナ!」
「メリーナ!」
アナとそのお姉様と思われる方が、感動の再開を果たしたのね。見ているこちらまで、嬉しくなってくるわ。……ただ、既視感があるわね。ふたりとも顔がそっくりだもの。来ている服が同じだったらわたくしも区別がつかないかもしれないわ。
多分、二人は……
「双子ですの?」
「あら? 言っていなかったかしら? そうよ、双子なのよ」
「そうなのですね。初めて見ました。あ、初めまして、わたくしはクラン・ヒマリア。公爵令嬢ですわ」
「丁寧な挨拶をありがとう。こちらこそ初めまして、アナの双子の姉の、メリーナ・セントニアです」
和やかな出会いだったわ。
「陛下、一体何の御用でしょうか?」
そう言えば、これがわたくしにとっての初のお目通りなのね。楽しいわ。
やっぱり、初めてすることって楽しいものよね♪
それにしても、さすが陛下ね。強者感が満載だわ。
どうやったらそうなれるのかしら? いつか、教えてもらいたいわ。
「メリーナ聖女が、聖女の存在をフィメイア学園に感知した」
「それがどういたしました? わたくしには関係ありませんよね?」
もちろん事実よ。わたくしが聖女であることと、学園に聖女の存在を感知したことは、なんの関係もないものね。
それに……「約束」したもの。守らなくては。
「我は関係があると見ている」
「それは……どうしてでしょうか?」
「あの聖女の騒ぎがあったとき、デルメイア学園所属で、戦闘技術を持ち、かつ学園外に出たのはお前だけであった」
「はぁ……けれどわたくしは違いますわ。そもそも、わたくしは魔術を使えるのですよ。なれるわけがありませんわ」
何おかしなことをこの国王は言っているのかしら?
「クラン様、口を挟んでしまい申し訳ありません。差し出がましいかもしれませんが、わたくし、実は少しだけ魔術も使えるのです」
「それは……」
驚きね。常識が覆されてしまったわ。どうしましょう?
44.クランは、「約束」の成功に喜ぶ
「クラン様、口を挟んでしまい申し訳ありません。差し出がましいかもしれませんが、わたくし、実は少しだけ魔術も使えるのです」
「それは……」
驚きね。常識が覆されてしまったわ。どうしましょう?
「他にも使えるけど隠している方は結構いらっしゃいますわ。だから魔術を使えるかどうかはあまり関係ないのですよ」
驚いたわね。
昼、聖女同士は感知することが出来る、ということを聞いたときよりも驚いたわ。
けれど……先日の光の話では、わたくしが例外という感じでしたわよね? しかし、それ以外にも普通の魔術を使える方がいらっしゃるの? どういうことかしら?
理解が出来ないわ。なら、質問しましょう。
「使える魔術というのはどれくらい規模なのか? そして、どれくらいの方が普通の魔術を使えることを隠していらっしゃるの?」
「わたくしの魔術は、使い物にならないくらいです。他の聖女の方も同じくらいの実力ですね。あと……わたくしが知っている範囲では、周りにいる人全員ですわ」
「なるほど……教えていただきありがとうございます」
「それは……重要な情報ではないのか?」
あら、今度はサンウェン様ね。
「違いますわ」
「そうか……それならいい」
あ、サンウェン様は一区切り付けられたようね。これだけの質問で足りるのかしら? もっと聞いてもいいでしょうに。
でも、都合がいいし、またわたくしも質問しようかしら?
「力の強い聖女は強い魔術を使えたりするのですか?」
「うーん……別にそういうことはない気がしますね……」
「そうですか。ありがとうございます」
そういう関係はないとすると、確かに光の言う通り特殊かもしれないわ、わたくしは。
あ! 聖女が使うのは治癒魔術。ならば、同じ魔術なのだから、少しは使うことが出来るのではないかしら?
「わたくしからも聞いてもいいかしら?」
「メリーナ様が? 何かしら?」
「実は会ったときから何故か懐かしい感じがするのですが……お会いになったこと、ありましたか?」
懐かしい感じ?
……確かにするわ。
けれど、以前、会ったことは多分何と思うのよね。わたくしが聖女であることがバレていないことが何よりの証拠よ。
「懐かしい感じならわたくしも感じるけど……会ったことはないはずよ」
「一通り話は済んだか?」
国王陛下が口を挟んできたわ。
そう言えば、ここ、陛下の御前だったわ。忘れてたわね。
「「はい」」
「では、お前が聖女であるかどうかを確認する」
「はぁ……」
「ここで治癒魔術を使っていただきたい」
「え? わたくしは治癒魔術の使い方を知りませんわ。それなのに使えるはずがございません」
「メリーナ、そなたはどうだった?」
「どうと言われましても……治癒と唱えたら勝手に発動いたしましたので……」
あら、『治癒』でも発動するのね。
「メリーナは優秀なのではないかしら?」
「わたくしなんて……弱いほうよ、聖女の中では」
「らしいぞ。唱えてみろ」
「あ、的ならこちらに。治癒」
メリーナが唱える。しかし、枯れた植物は少し元気になったくらいであった。
「こちらはわたしでも治癒が難しいものです。どうぞお試しください」
メリーナ様ができないものがわたくしにできるはずがないでしょう……一般的には。本来のわたくしだったらどれくらい出来るのでしょう? 気になるところではあるのだけど……。
今、わたくしはサンウェン様と「約束」したので治癒魔術は使えないはずよね。
そう信じることにしましょう。
心だったら……きっとわたくしの願いを叶えてくれるでしょう、優しいもの。
神々は信用に足るか、という点ではあやしいものの、基本的には守ってくれるはずよ。
「治癒」
何も起きない。良かったわ。
「ほら、何も起きないではありませんか。わたくしは聖女ではありません」
「そうか……残念だのう……お主が聖女であったら、すべての辻褄があったというのに。振り出しか……」
少し、申し訳ないことをしてしまったかもしれないわね。
まあそれよりもわたくしが聖女であることがバレないことが重要だわ。これでいいの。
「退出してもよろしいでしょうか?」
わたくしは冷静、そう、努めて冷静よ。決して焦ってなんかいないわ。
心でそう唱え、陛下に尋ねる。
「あぁ、いいだろう」
それは良かったわ。バレずに済んだもの。一安心ね。ここで一度身の潔白を証明したもの、もう絡まれることはないでしょう。
「クラン様、今度お時間いただけませんか?」
メリーナ様に声をかけられたわ。
一体なんの用なんでしょう? わたくしの聖女に関する疑いは晴れたわよね?
「いつがよろしいでしょうか?」
けれど、聖女様の誘いを断れるはずはないわよね……
はあ……明日……つまり金曜日の放課後に一回会うことを「約束」してしまったわ。王宮で。……王宮に行かなければならないのね、これは大変かもしれないわ。
サンウェン様に連れて行ってもらおうかしら。
ああ……今週も土曜日までは学校に残ることになりそうなのね。
うーん、何をしましょうか?
……後で考えましょう。今は、考えるだけ無駄な気がするわ。
45.クランは無事に、メリーナと話し終える
次の日。
「サンウェン様、今日は王宮に行くのですか?」
「いや、今日は行かない」
残念ね。第一王子がいるのなら入るのがかなり楽になるのは昨日に分かりきってしまったのに。
仕方ないし、一人で王宮に向かいましょう。方法は……馬車くらいしかないわね。それなら、御者として今回はカナンがいるにはいそうだけど……忙しいのに喋りかけるわけには行かないし、カナンはノーカンよね。
「あ、クラン様! お待ちしていましたわ!」
王宮に少し入ったところで、メリーナ様に鉢合わせしたわ。
まったくメリーナ様も無防備ね。兵士たちが殺気立っているじゃない。ちゃんと、安全なところにいないと、襲撃されたときに彼らに迷惑がかかるわよ?
「メリーナ様……。お迎えに来ていただきありがとうございます」
「いいえー。では行きましょうか」
そしてメリーナ様はどんどん歩いていく。
聖女って、こんなに自由で良いものでしたっけ……? もっと神殿に縛り付けられていそうなイメージがあったのだけど……
……固定観念が潰れてしまったわ。いえ、メリーナ様が例外であることに賭けましょう。
そして1つの部屋に到着した。
「クラン様、どうぞお入りください」
「では……失礼致します」
普通に豪華な部屋ね。王国が聖女に紹介するのだから、ある程度の部屋だとは考えてはいたのだけど、それを超えてきたわ。……とんでもないわね。公爵家とは大違いだわ。
「今日は来ていただき誠にありがとうございます」
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
お互い礼を交わす。
「本日はどういった御用で?」
「クラン様、堅苦しくなくていいですわよ。わたくしももとは平民ですし。あと、人払いは済ませていますから」
「そうですか。できるだけ気をつけますわ」
「そんな感じで大丈夫よ。今日はね、アナのことをいろいろ聞きたいの」
聖女に関する話ではないのね。安心したわ。
「アナの話ね……。実はわたくしはアナと関わり始めたのはここ2,3週間のことなのよね。だからそんなに話せるわけではないわ」
「そうなの? ええと……二人は生徒会で関わっているのですよね? クラン様はどういう経緯で入ったの?」
勧誘されたときのあれやこれやを思い出す……
「あれは……何でしょうか。脅された、といっても間違いではないような気がしますわ」
「一体何があったのよ……」
「わたくしが逃げられないように追い詰めてきたのよ。教室からはやく帰って逃げた日の次の日は寮の前で待ち伏せされたり」
「まあ……だれがそんなことを?」
「サンウェン様よ」
「それは……。クラン様の子供の頃とか聞いてみたいですわ」
あ、話が変わったわ。
流石に気まずい話題だと理解したようね。聡明で感心できるわ。
「アナの話はいいのですか?」
「えぇ、それよりもあなたに興味を持ったわ」
嫌な予感がするわ。だけど、我が国きっての聖女のお願いよね……断れるはずがないわ。
「そうですわね……。神殿にいたとき、孤児院が襲撃を受けたことがあったのよ」
だめね、良さげな話がこれくらいしか思い浮かばないわ。
しかも、言ったあとでまた、憎しみを思い出してしまったわ。不適切な話題だったかもしれないわね。
「それは少し物騒な話ね」
「でしょう? 結局3人ほど死んでしまったのよ」
「3人なら少ない方では?」
「いえ、全員守れなかったのよ。わたくしが弱かったがゆえに」
「けれど、クラン様が戦ったのですね。素晴らしいですわ!」
「……。もう帰ってもいいかしら?」
自分が褒めることはあっても人に褒められること慣れていないのよ。いたたまれなくないわ。
「お待ち下さい。今度はわたくしの話も致します」
「過去ではなく|現在《いま》の話で申し訳ないんですが、まあわたくしは今大聖女を目指しています」
「大聖女?」
「大聖女とは……」
「いえ、大聖女は知っています。しかし、大聖女になるのは非常に難しいと聞いたことがありますわ」
「えぇ、そのとおりです。しかし、わたくしは平民のため、頑張ることに決めたのです」
「そして?」
「今、私は最弱ですが、一番若いのでこれは仕方ないのです。このまま順調なら、大聖女になることは出来るでしょう。しかし、この任務を失敗してしまっては、わたしは仕事もできない人、となるのです」
「それは大変ですわね」
可哀想とは思うのだけど、それよりは自分の保身を考えるべきよね。
じゃあ気にする必要はないわ。
「だからわたしはこの仕事を成功させたいのですが……難しくて」
「メリーナ様ならお一人できっと出来ますわ! 応援しております」
けれど、きな臭いわね。一応巻き込むなアピールでもしておきましょうか。
「そうですか……」
「では、帰ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、いいですよ。楽しかったです」
「こちらこそ。またお会いしましょう」
その日の夜。
寮にいたわたくしは、何かの気配が遠ざかっていくのを感じた。
「メリーナ様が出ていったということですわよね?」
けれどおかしいわね、わたくしは今聖女ではないのだけど。
あ、もしかして、使節がもう王国を出たのかしら? だったら納得ね。
46.メリーナは、聖女に対し、策を練る
入口から人がやってきた気配がした。
「ただ今連れてきました」
しっかりとした男の人の声がして……その後ろに……
「アナ!」
「メリーナ!」
双子の妹、アナがいた。
何年ぶりの再開だろう! わたしはこっちには戻れなくて、いつもアナが来てくれていたけど……多分、3年ぶりくらい。
懐かしいなぁ。髪の毛が伸びていてちょっと分からなかった。
無事に、会談は終わった。だけど、個人的にクラン様には興味がある。一回しか会えないのはもったいない。懐かしさの秘密も知りたいし。
「クラン様、今度お時間いただけませんか?」
「今度、ですか?」
「はい。ぜひ、クラン様の話を聞いてみたいと思いましたの!」
「そうなのですか?」
「ええ、明日、などはどうでしょうか?」
「明日……分かりました、放課後、また参ります」
結果、明日の放課後、また来てもらえることになった。
ちょっと残念なのは、喜んで、みたいな雰囲気じゃなかったことくらい。まあ理由を具体的に言わなかったせい、というのもあるかもしれないけど……
なんでだろうと考えて、陛下の発言が思い浮かんだ。
「お主が聖女であったら、すべての辻褄があったというのに」
もし、クラン様が聖女であったのなら。
その場合、クラン様は、聖女であることを隠していることになる。
つまり、わたしとはあまり会いたくはないということ。
それだったら、私と会うのにしぶしぶ、といったふうなのも理解できる。
……確かに、辻褄が合いすぎる。
まさか、ね。
だけど、それを否定するものは、治癒魔法が使えなかったことくらいだけだ。それよりは、他の根拠が、確固たる物すぎるよね。
夜は、あまり寝付けなかった。
そして、次の日になった。
「あ、クラン様! お待ちしていましたわ!」
王宮に少しはいるところで、わたしはクラン様を待っていた。
もちろん、はやく謎を解きたくて、待ち伏せしていたのだった。
「メリーナ様……。お迎えに来ていただきありがとうございます」
「いいえー。では行きましょうか」
さあ、はやく話し合いをしましょう!
そして、1つの部屋に到着した。
「クラン様、どうぞお入りください」
「では……失礼致します」
「今日は来ていただき誠にありがとうございます」
「こちらこそ、お呼びいただきありがとうございます」
お互い礼を交わす。
「本日はどういった御用で?」
「クラン様、堅苦しくなくていいですわよ。わたくしももとは平民ですし。あと、人払いは済ませていますから」
「そうですか。できるだけ気をつけますわ」
「そんな感じで大丈夫よ。今日はね、アナのことをいろいろ聞きたいの」
まずは本題からずらさないとね。
「アナの話ね……。実はわたくしはアナと関わり始めたのはここ2,3週間のことなのよね。だからそんなに話せるわけではないわ」
「そうなの? ええと……二人は生徒会で関わっているのですよね? クラン様はどういう経緯で入ったの?」
「あれは……何でしょうか。脅された、といっても間違いではないような気がしますわ」
「一体何があったのよ……」
「わたくしが逃げられないように追い詰めてきたのよ。教室からはやく帰って逃げた日の次の日は寮の前で待ち伏せされたり」
「まあ……だれがそんなことを?」
「サンウェン様よ」
「それは……」
今の話ってサンウェン様の話だよね? あんなしっかりとした人が脅す? 何かの間違いじゃないの?
……信じられない。
まあ聞かないほうが良い話題だろうな。話を変えよう。
「クラン様の子供の頃とか聞いてみたいですわ」
「アナの話はいいのですか?」
「えぇ、それよりもあなたに興味を持ったわ」
もともとの興味、だけれど。
聖女である確信を得られるといいけど……
「そうですわね……。神殿にいたとき、孤児院が襲撃を受けたことがあったのよ」
「それは少し物騒な話ね」
少し、怯えてしまった。
そう、これはまるで、今代の大聖女のよう。
……偶然だよね?
だけれど、なぁ……
やっぱりクラン様って聖女だったりしないのかな?
そう考えたとき、とあることに思い至った。
この懐かしい感じは一度クラン様の魔力を感じていたことで生まれたのではないかな。どうやって消したのかは分からないし、どうして昨日治癒が使えなかったのかもわからないけれど。
けれど、何かがこれは正しいと告げている。
「でしょう? 結局3人ほど死んでしまったのよ」
「3人なら少ない方では?」
「いえ、全員守れなかったのよ。わたくしが弱かったがゆえに」
また、怯えを感じた。しかし、心地よくもあった。
「クラン様が戦ったのですね。素晴らしいですわ!」
「……。もう帰ってもいいかしら?」
もしかして。わたしとの会話、つまらなかった?
じゃあ一旦話を変えないと!
「お待ち下さい。今度はわたくしの話も致します」
「過去ではなく|現在《いま》の話で申し訳ないんですが、まあわたくしは今大聖女を目指しています」
「大聖女?」
「大聖女とは……」
「いえ、大聖女は知っています。しかし、大聖女になるのは非常に難しいと聞いたことがありますわ」
「えぇ、そのとおりです。しかし、わたくしは平民のため、頑張ることに決めたのです」
クラン様が何も言ってくれないし、同情を誘って聖女であることを言ってもらう方向に変えてみた。できなさそうな気はするけど。試してみたら意外とと簡単じゃん、ってなったりするかも。
「そうですか……」
残念だ。やっぱり失敗してしまった。
仕方ない、これ以上話しても教えてくれないだろうし、一旦引こう。
任務に関しては……いちおうの目星は着いたのだし、もう一度任せてもらえるよう図ろう。大聖女の夢は、絶対に諦めないんだから!
「では、帰ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、いいですよ。楽しかったです」
「こちらこそ。またお会いしましょう」
これは、紛れもない本心だった。
この後のことを考えた結果。
メリーナは、決心した。
「皆さん、一度大聖堂に戻りましょう。少し情報を集めてからのほうがいいと思います」
「……分かりました」
皆、渋々とした感じではあるものの、メリーナの指示だからと頷く。
そうして、わたしたちは、軽い報告をした後、王都を発つことにした。
47.メリーナは、とうとう聖女を見つけ出す
わたしたち使節団は、順調……いや、猛スピードですすみ、その日は徹夜で進んだ。
王都から十分に離れたとき、ようやくというか……再び聖女の気配を感じた。
「皆さん、1日2日、ここで待っておいてください。ええと……サズザン、一緒についてきて。王都に戻るわ」
「それが必要なことなのですか?」
「えぇ」
「ではそのとおりに致します。あと……護衛のものには観光させてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。ただし、節度は守ってね」
「はい。しかと言いつけておきます」
「ではそういうことで。サズザン、今からでも大丈夫?」
「もちろんでございます」
「では行きましょうか」
わたしは再び王都に向かった。
「ここがフィメイア学園なのね」
守衛の人に無理を言って開けてもらい、中に入った。はじめは渋っていた守衛も、聖女に配られている印鑑を見せたところ一発で通れた。
そして、寮も同じように中に入り……起こしたせいで怒られた……聖女の気配を感じるところまで歩いた。
サズザンは入り口に置いてきた。
女子寮にサズザンを入れるわけにはいかないからね。仕方がない。
そして、その気配が感じる部屋の扉の前で、膝を抱えて寝てしまった。……扉を防いでいたのは幸いだった。
「どうしたの? というか誰?」
誰かに起こされた。
「あ……すみません。邪魔でしたよね」
「大丈夫なの?」
「えぇ、心配してくださりありがとうございます」
「そう、それは良かったわ」
しばらくたった。
「あら? メリーナ様? いえ、わたくしの目がおかしくなってしまったのかしら?」
ああ、やっぱりこの部屋の持ち主はクラン様だったんだね。
「いいえ、おかしくなっていませんよ。わたくしはメリーナです」
「……どうしてここにいるのかしら?」
「あなたが聖女であることを確かめるためですよ。今、わたくしはあなたから強大な聖女の存在を感じ取っています。あなたが聖女なのでしょう?」
「ええと、それならなんで王宮のときにそれを言わなかったのですか?」
「それは……感じなかったからよ」
「そういうことですよ。わたくしは聖女ではありません」
「でもわたくしは今あなたから聖女の存在を感知している」
「気の所為ですわ」
「それが気の所為ならばわたくしが感じれなかったことも気の所為ですよ。そしたらあなたが聖女であることに何の疑問も抱かないですみます」
「談話室に行きましょう」
「えぇ」
そういうことになった。
「では改めて。クラン様、あなたは聖女よね?」
「違いますわ。王宮でも治癒魔術は使えなかったもの」
「お願いします。わたくしにはその証言が必要なのです」
「嫌よ。わたくしにあなたの事情は関係ないわ」
関係あるはずだよね。
「わたしの事情は関係ない……ね。聖女であることは否定しないのね」
「あら? もちろんわたくしは聖女ではありませんわ。はじめに申した通りなのでてっきり理解してくれているのだと思っていたわ。違うのね」
「えぇ」
「ではわたくしが聖女でないことはどうやって証明すればいいのでしょう?」
そう来たか……うーん、治癒魔法を使ってもらうのはもう参考にならないしなぁ。
そうだ!
「そうね……フィメイア学園でわたくしが感知した聖女を見つけてもらう、と言うのはどうでしょうか?」
「無理ですわね。大体、勘違いではないのですか? そして、それが勘違いじゃないとしても、メリーナ様が見つけられないはずがありませんわよね?」
「ですからわたくしはあなたを見つけたのです」
なんで分からないの? 分かりたくないのかもしれないだろうけど、ヒマリア家って優秀な人が多い、って聞いていたんだけど……
「それ以外にないのですか?」
「治癒魔術を唱えて欲しいところですが…王宮の時と同じように反応されないのであれば意味がありませんものね……。では、他の聖女に見せるというのはどうでしょうか?」
「どういうことかしら?」
「クラン様はあくまでもわたしの勘違いだと言っているのですよね? でしたら他の聖女の方に見せて皆が感じたのであれば、それは勘違いとはなりませんわ。そのためには大神殿に来て貰う必要がありますが……」
こうなったら最終手段だよね。
「脅し……ですか」
「さあ、聖女で無いのなら何も問題に感じないはずよ」
「えぇ、そうですわね」
「で、どういたしますか? わたくしはあくまでもそうやって身の潔白を証明する手立てがあるとお伝えしただけですわ」
「そうですわね。行ってもいいかもしれませんわ。しかし、あまりこの国を離れたくないのです」
その気持ちは……理解できちゃうなぁ。
「そうですか……では聖女をこちらに連れてきましょうか?」
「いえ、聖女様のお手を煩わすことではありませんわ。ですから、わたくしに聖女を感じているのは気の所為だと思ってはやく帰っていただけないかしら?」
「そうですね……ですがわたくしはやはり聖女を見つけるまで帰りませんわ」
「メリーナ様でも見つけられないのでしょう? そしたらいつまでたっても大神殿に戻れませんわ」
「わたしは構いませんわ。アナと一緒に生活できるんですもの」
「しかし……それでは大聖女が遠のきますわよ」
「ここでの任務失敗のほうが遠のきますわ。ここにいても仕事は出来るもの。問題ないわ」
あれ? クラン様をそう思わせるために言っただけだけど……、言っているうちに本当にそうなってもいいかもしれないな……
「そう、それなら別にいいんじゃないかしら?」
あ、対象から許可がもらえた。
「でしたら、王宮に連絡してきますね。わたしもできることなら学園に通ってみたいのですし……」
「そう、転入はきっと大丈夫よ」
「サズザン、王宮に連絡を頼んでもいい?」
「畏まりました」
そして、王宮に向かった。
「メリーナです」
「えっ? 聖女様? あ、いえ、聞いています」
衛兵はついさっき聞いたばかりで、もう少し遅れてくるのかと思っていた。
「これはメリーナ聖女。本日はどんなご要件で? 使節はもう帰ったかと存じますが……」
宰相様と話をすることになった。
「フィメイア学園に通いたいと思いまして…」
「メリーナ聖女が、ですか?」
うん、虚を突くことができたみたい。なんとなく嬉しいな。
「えぇ、妹もいることですし、ここに来た目的である任務もぜひ遂行したいので」
「しかし、大神殿のほうが聖女様にとっては学べることが多いのでは?」
「学べる内容は別にいいです。わたしは、妹と学園生活を送り、任務を遂行したいだけですから」
「そうですか。では編入手続きをしておいたほうがいいですね」
こんなに簡単に話が進むの?
「ええ。寮で生活するつもりよ。そちらも大丈夫?」
「問題ありません」
「普通の部屋でお願いするわ」
「普通の……ですか? 出来なくはありませんが……」
「わたしはもともと平民よ。問題ないわ。それどころか逆に気が楽でいいわ」
「そうですか。それならそう手配いたしましょう。そうですね。月曜からでも構いませんか?」
「構わないわ。急だったのにありがとうございます」
メリーナが去った後で。
宰相は少し戸惑っていた。
聖女様が、我が国の学園に通う……。警備に問題は無いはずだが、万が一があったらどうしようか? そして聖女様と生活する生徒の方は大丈夫なのだろうか?
思いやりのある宰相であった。
48.クランは、メリーナに対策を講じる
メリーナ様が編入してきた。そういう噂は月曜日の朝の時点から爆発的に広まっていたわ。
それはそうよね。寮にはいたらしいもの。そして流石メリーナ様ね。聖女というのは人の興味を集めやすそうね。
そう言えば……わたくしはメリーナ様に聖女を疑われているのでした。このまま生活していても問題なさそうですけど、このままだったら他の聖女を呼んでくるでしょうね。
では、隠しておきませんと。サンウェン様にお願いしない……昼食の時でいいわよね。
あ、でも時々は聖女が必要になることもあるのかしら? でしたら残しておいたほうがいいでしょうか。そうね……お母様になら使いたいわ。
でしたら「約束」は非常時には使えるものにしておかないといけないわね。どういうふうにしましょう?
そう考えながら、教室に入ると、
「「おはようございます!」」
また挨拶がきた。
「おはようございます……」
いい加減わたくしに挨拶をするのをやめてもらえないかしら?
流石に人数は減ってきているようには見えるけど。
「おはよう、クラン様!」
教室に踏み出そうとしたら、後ろから誰かに声をかけられた。
この声は……
「メリーナ様……」
「ちゃんと眠れた?」
「眠れましたが……話し方、変えたのね」
「だって今はわたしを監視する人はいないもの。聖女を取り繕う必要はないわ」
「しかし評判というものは伝わるものでは?」
「いいのよ気にしないで。わたしはアナと過ごしたいし、あなたが……である証拠を掴みたいだけだもの」
どうやらメリーナ様なりに気を遣って、聖女の部分は隠してくれたらしい。わざわざ気を回してくれる理由が分からないわ。わたくしが聖女かもしれないと広まったほうがやりやすそうですのに。
……いえ、きっとだれも信じないはずよ。きっと。ですからそんな馬鹿げたことを言うのをやめたのでしょう。けっして恩を売るとかは考えていないはずよね。
「そう、わたくしは違うのだから、はやく離れてくださる?」
「嫌だ。まだあなたからは感じるもの。ついでに感じなくさせるメカニズムも探し出さないと」
「はあ……。頑張りなさい」
どうせ無理でしょうけど。わたくしも知りませんもの。強いて言うなら、神々でしょうね。
「もちろん頑張るよ」
「ではまたね。教室の中へは入らないでね」
「もちろん!」
その後、教室の前で立ち呆ける聖女メリーナの姿が見られたそう。
噂を聞いて、もしかして! と思ってしまったのよね。この学園の噂の通りがよくて助かったわ。
急いで駆け付けて、
「(この教室は)入っていいのでしょう?」
「うん」
そして、メリーナ様は無事に教室に入れたみたいだわ。よかったよかった。
まあ、メリーナ様は戸惑っていたけどね。それくらいは仕方ないでしょう。
それにしても……あれも「約束」のうちになるのね。もっと気を付けないと。最近少し気が緩んでいるわ。
「クラン様!」
昼食時。
さて、生徒会室に行きましょうか、と重い腰を上げたところ、メリーナ様がやってきた。
「何かしら? わたくしは忙しいのよ」
「知ってます。ぜひお供させていただけないかな、って」
「無理よ」
「分かってますよ。わたしはクラン様にまだ感じるのを確認したあと、変化がなかったかを見るために来たんだから。これって酷いよね。聖女の居場所は丸わかりじゃない。わたしたちも自由にしたいね」
「わたくしは違うはずよね? なぜ仲間に入れられているのかしら?」
「またまた~。分かっているくせに」
「用事はそれだけ? だったらもう行くわ」
「うん。またね」
そして生徒会室に着いた。
「いらっしゃ~い」
アナはいつも通りだ。
「こんにちは」
「クランか。はやく座れ」
「はい……」
「今日は、メリーナ聖女について話したいと思う」
「え?」
驚いたわ。何か話し合う必要があるほどやらかしたりしたのかしら?
「メリーナ聖女が来たのは皆も知っているだろう?」
皆、それぞれ頷く。
「しかし、彼女は底が知れない。一体何の理由で通い始めたのか……建前はアナと一緒に通いたいということになっているが、それだけではないだろう」
あら? そんなことだったの?
「でしたら聖女を探すという任務を達成するためですわ」
「なぜお前が知っている?」
「まあいろいろありまして」
「クランってメリーナと仲良くなったのね!」
黙っていたアナもようやく口を開いた。
「あぁ……そういうことか」
サンウェン様は察してくれたみたい。流石だわ。
「詳細についてはあとでお伝えしますわ」
「分かった。あとでクランは残れ」
「はい」
そして昼食もなんだかんだ終わり、皆帰った。残っているのはわたくしとサンウェン様だけだ。
「メリーナ様のことについてですが、わたくしが聖女である証拠を掴むために残っているのです」
「なるほど。疑われているんだな?」
「えぇ。今も聖女の気配が出ているようで。ですからまた『約束』していただけません?」
「分かった。どういう内容だ?」
「明日から、わたくし、クラン・ヒマリアが必要だと思ったとき以外、聖女ではない普通の存在として存在する。こういうのでどうでしょうか?」
「ふむ。まあいい、『約束』しよう。しかしなぜ明日から?」
「先ほどメリーナ様がまたいらっしゃって、わたくしに聖女の存在を感知して帰っていったのです。だから、すぐにしていれば生徒会に原因があると見られてしまうもの。それで原因が分かられたら聖女にならなくてはいけないわ。それは絶対に嫌だもの」
「理解した。頑張って隠せ。……国のためには隠さないでほしいがな。力のある聖女が生まれたというのは国の威信を上げることにもなるし」
「そんなことはどうでもいいわ」
「だろうな。ではまた」
48.クランは、メリーナに対策を講じる
メリーナ様が編入してきた。そういう噂は月曜日の朝の時点から爆発的に広まっていたわ。
それはそうよね。寮にはいたらしいもの。そして流石メリーナ様ね。聖女というのは人の興味を集めやすそうね。
そう言えば……わたくしはメリーナ様に聖女を疑われているのでした。このまま生活していても問題なさそうですけど、このままだったら他の聖女を呼んでくるでしょうね。
では、隠しておきませんと。サンウェン様にお願いしない……昼食の時でいいわよね。
あ、でも時々は聖女が必要になることもあるのかしら? でしたら残しておいたほうがいいでしょうか。そうね……お母様になら使いたいわ。
でしたら「約束」は非常時には使えるものにしておかないといけないわね。どういうふうにしましょう?
そう考えながら、教室に入ると、
「「おはようございます!」」
また挨拶がきた。
「おはようございます……」
いい加減わたくしに挨拶をするのをやめてもらえないかしら?
流石に人数は減ってきているようには見えるけど。
「おはよう、クラン様!」
教室に踏み出そうとしたら、後ろから誰かに声をかけられた。
この声は……
「メリーナ様……」
「ちゃんと眠れた?」
「眠れましたが……話し方、変えたのね」
「だって今はわたしを監視する人はいないもの。聖女を取り繕う必要はないわ」
「しかし評判というものは伝わるものでは?」
「いいのよ気にしないで。わたしはアナと過ごしたいし、あなたが……である証拠を掴みたいだけだもの」
どうやらメリーナ様なりに気を遣って、聖女の部分は隠してくれたらしい。わざわざ気を回してくれる理由が分からないわ。わたくしが聖女かもしれないと広まったほうがやりやすそうですのに。
……いえ、きっとだれも信じないはずよ。きっと。ですからそんな馬鹿げたことを言うのをやめたのでしょう。けっして恩を売るとかは考えていないはずよね。
「そう、わたくしは違うのだから、はやく離れてくださる?」
「嫌だ。まだあなたからは感じるもの。ついでに感じなくさせるメカニズムも探し出さないと」
「はあ……。頑張りなさい」
どうせ無理でしょうけど。わたくしも知りませんもの。強いて言うなら、神々でしょうね。
「もちろん頑張るよ」
「ではまたね。教室の中へは入らないでね」
「もちろん!」
その後、教室の前で立ち呆ける聖女メリーナの姿が見られたそう。
噂を聞いて、もしかして! と思ってしまったのよね。この学園の噂の通りがよくて助かったわ。
急いで駆け付けて、
「(この教室は)入っていいのでしょう?」
「うん」
そして、メリーナ様は無事に教室に入れたみたいだわ。よかったよかった。
まあ、メリーナ様は戸惑っていたけどね。それくらいは仕方ないでしょう。
それにしても……あれも「約束」のうちになるのね。もっと気を付けないと。最近少し気が緩んでいるわ。
「クラン様!」
昼食時。
さて、生徒会室に行きましょうか、と重い腰を上げたところ、メリーナ様がやってきた。
「何かしら? わたくしは忙しいのよ」
「知ってます。ぜひお供させていただけないかな、って」
「無理よ」
「分かってますよ。わたしはクラン様にまだ感じるのを確認したあと、変化がなかったかを見るために来たんだから。これって酷いよね。聖女の居場所は丸わかりじゃない。わたしたちも自由にしたいね」
「わたくしは違うはずよね? なぜ仲間に入れられているのかしら?」
「またまた~。分かっているくせに」
「用事はそれだけ? だったらもう行くわ」
「うん。またね」
そして生徒会室に着いた。
「いらっしゃ~い」
アナはいつも通りだ。
「こんにちは」
「クランか。はやく座れ」
「はい……」
「今日は、メリーナ聖女について話したいと思う」
「え?」
驚いたわ。何か話し合う必要があるほどやらかしたりしたのかしら?
「メリーナ聖女が来たのは皆も知っているだろう?」
皆、それぞれ頷く。
「しかし、彼女は底が知れない。一体何の理由で通い始めたのか……建前はアナと一緒に通いたいということになっているが、それだけではないだろう」
あら? そんなことだったの?
「でしたら聖女を探すという任務を達成するためですわ」
「なぜお前が知っている?」
「まあいろいろありまして」
「クランってメリーナと仲良くなったのね!」
黙っていたアナもようやく口を開いた。
「あぁ……そういうことか」
サンウェン様は察してくれたみたい。流石だわ。
「詳細についてはあとでお伝えしますわ」
「分かった。あとでクランは残れ」
「はい」
そして昼食もなんだかんだ終わり、皆帰った。残っているのはわたくしとサンウェン様だけだ。
「メリーナ様のことについてですが、わたくしが聖女である証拠を掴むために残っているのです」
「なるほど。疑われているんだな?」
「えぇ。今も聖女の気配が出ているようで。ですからまた『約束』していただけません?」
「分かった。どういう内容だ?」
「明日から、わたくし、クラン・ヒマリアが必要だと思ったとき以外、聖女ではない普通の存在として存在する。こういうのでどうでしょうか?」
「ふむ。まあいい、『約束』しよう。しかしなぜ明日から?」
「先ほどメリーナ様がまたいらっしゃって、わたくしに聖女の存在を感知して帰っていったのです。だから、すぐにしていれば生徒会に原因があると見られてしまうもの。それで原因が分かられたら聖女にならなくてはいけないわ。それは絶対に嫌だもの」
「理解した。頑張って隠せ。……国のためには隠さないでほしいがな。力のある聖女が生まれたというのは国の威信を上げることにもなるし」
「そんなことはどうでもいいわ」
「だろうな。ではまた」
49.クランは、自分の失言を、慌てて取り繕う
放課後。
「クラン様!」
「邪魔よ」
見ていたノアは思った。私みたいだな、と。
「まあいいや、存在確認できたことだし。また明日ー」
「思ったのだけど、あなた、離れていてもわたくしの存在を感知できるのよね? わざわざ来る必要あるかしら?」
「もちろんある! 偉大な……になる方と事前に顔を繋いでおくことは重要だもん」
「そう、もうあなたの顔は覚えたのだからわたくしの信頼を得たいというのならば話しかけないほうがいいわよ」
「そんな……。少し、気をつけるね」
「少しじゃなくて完全に気を付けてほしいのだけど?」
「はいはい、じゃあそんなところでー」
そういってメリーナ様は帰っていった。
はぁ、ひとまず難は逃れたといってもいいかしらね。それにしてもどうしてメリーナ様はわたくしが聖女であることをあそこまでかたくなに信じているのでしょうか?
次の日になった。今日からわたくしは普通の人よ。そう思い、着替えを済ませ、廊下に出ると……メリーナ様がいた。そうなのね。聖女をやめたのだから、メリーナ様の気配を感じることもこれからはないのね。
「なぜいらっしゃるの? 昨日、話しかけない方がいいと忠告したわよね?」
「はい。だけど状況が変わったので。あなたから聖女の気配を感じ取れなくなったから」
「そう。それはおめでたいわね。きっと感覚が正常に戻ったのよ」
「いったい何をしたの?」
「何もしていないわ。昨日帰ってから今日まで、わたくしはメイドの……サリアとしか喋っていないわ」
「ではそのメイドが何かをしたの?」
「思い出しなさい。あなたが一回目に正常に戻った時、わたくしは学園にいたのよ。サリアが関わっているわけないわ」
「そうか……どうしよう?」
そういったきり、黙ったメリーナ様は、しかし何かを思い出したよう顔を明るくする。
「自白はもらいました。あとはこれを大神殿に伝えるだけよ」
どういうことかしら?
「わたしは聖女の存在を感知しなくなったタイミングはいっていないから。それを知っているということはあなたが聖女という事ね」
どうしましょう? まさかわたくしが失言をしてしまうなんて。
これは、どうやって逃げましょう?
考えた。必死で考えた。
「それはですね。わたくしがその方を知っているからよ。それならわたくしが知っていてもおかしくはないでしょう?」
「そういうことにしておくね。じゃあ、明日取りに来るからそれまでにその聖女の方にその植木鉢を癒してもらっていてね」
逃げることができたわ。
つまりこれからはわたくしを通してその聖女に依頼が来るということよね。覆面で皆を助ける聖女。面白そうじゃないの!
この植木鉢は……放課後、リルト―ニア森に行って、そこで治癒をかけましょう。
「サンウェン様、後でお話が」
「メリーナ聖女関連か?」
「はい」
「分かった。後で残れ」
「なんでクランばっか最近いろいろ起こしてんだよ」
うしろでヨハン様が悪態をついていた。
「それで、なんだ?」
「少しやらかしまして……メリーナ様に、聖女はわたくしの知り合いだと言ってしまいました」
「それだったら大丈夫じゃないのか?」
「このままだといずれバレますわ。その前に何か手を打たないといけませんわ」
「一体どういう状況でどうなってそうなったのだ?」
説明する。
朝からメリーナ様に会ってから、失言をしたことを含め、しかたなく知り合いを聖女だとしたこと。
「クラン」
「なんでしょう?」
「それ、メリーナ聖女にはバレていると思うぞ」
「え?」
どういうことでしょうか?
「メリーナ聖女は聖女を見つけたい。それは、任務を遂行するためだ」
「えぇ、分かりますわ」
「では何でそんな任務があるか。それは、聖女を使いたいからだ」
「そうでしょうね」
「ではお前に聖女の知り合いがいたとする。それがお前であろうが、誰か別の人であろうが、聖女を使えることに変わりはないだろう?」
「えぇ、そうですわね」
「メリーナ聖女はお前を聖女だと思っている」
「そうよ」
「だったらせっかくお前を聖女を使える機会を見逃すはずがないだろう」
なるほど……そういうことね。
つまり、バレていたということかしら?
それは困ったわね。でもメリーナ様が周りに伝えないのならこれでもいいのではないかしら?
「でしたらメリーナ様は見て見ぬふりをしてくれるということですわね」
「そうだ」
「なるほど。ありがとうございました」
ふむ。サンウェン様はやはり頭がいいわ。わたくしが気付かなかったところまで気付いてくれたもの。これからももっと利用してもいいかもしれないわ。
放課後、森に行き、治癒をかけた。今は必要な時だ、と念じて。
すると、その中にあった植物は元に戻った。しかし、周辺の草が少し元気になったように見えた。
治癒魔術のコントロールは難しいわね。
この前みたいに光は出てこなかったから、バレないでしょう。
そのころ、神殿では。
「あ!」
「どうされました?」
「リルト―ニア森のこの前の場所の近くでまた治癒魔術が使われた」
「それは! 探してきます!」
「いや、いい。今はメリーナ聖女がいるそうではないか。じきに見つかる」
「そうですか……」
そんな会話も起こっていた。
50.メリーナは、報告を無事に終える
フィメイア学園は居心地のいい場所だった。
アナと同じクラスにもなれ、昨日はとうとう聖女を見つけた。
途中には、いろいろあったけれど、結果的には上手くいったんだから、大聖女になることにはなんの問題もない。
そして、朝、クラン様に植木鉢を取りに行った。
「これで問題ないわよね?」
「……! えぇ」
驚いた。わたしがやっても少しもどるか、ぐらいの枯れ具合だったものが、すっかり元気になっている。この植物、実際は言われていないけど、あの木の一部だよね? それをこんなに元気にするなんて……。改めてクラン様の実力に恐れ入る。あの存在の大きさどおりの実力だ。
「それで、学園からは去るのかしら?」
「いいえ、残るよ。せっかく入ったし、アナもいるもん」
「では報告はどうするの?」
「1,2週間出かけようかな」
「そうしなさい」
クラン様は、人と関わることを嫌う傾向があるけど、本性は優しそうだ。この前も孤児を救えなかったことを悔やんでいたし。
「報告はとある人物でお願いするわよ。わたくしが関わっているなんて言わないでね」
「もちろん。それくらいは理解しているよ」
無意識な「約束」が行われた。二人はもちろん気付いていない。
「サズザン、一旦帰るわよ」
「よろしいので?」
「えぇ、聖女の知り合いを見つけたの。これからは彼女が連絡してくれるわ。そして、あの植木鉢も治癒してもらったの」
「それは良かったですね。大聖女に一步近づいたのでは?」
「そうだといいわよね」
この前は急いだから3日でついたけど、今回は特に急ぐ用事はなかったから5日ぐらいかかって大聖堂に着いた。
それにしても、クラン様はこの木をこんなにも治癒できるんだ。すごいなぁ。
そして、それを見つけたわたしも……
そう想像して、少し、気分がよくなった。
「ただ今戻りました」
大聖女様と教皇様に挨拶する。
二人とも、神殿の中でそれぞれ聖女として、神官として、最も権力が大きい人物である。
「して……植木の中身はどうなった?」
「この通りです」
そして植木鉢を見せる。
「まぁ!」
「これは……驚いたな。人物は……特定できたか?」
「出来ませんでした」
「では……これは誰がしたのだ?」
「その聖女様でございます」
「どういうことだ? 説明せよ」
もとよりそのつもりだ。
「その聖女様はとある人物の知り合いのようでした。そこから彼女に頼んでこれを|行《おこな》ってもらったのです」
「その人物は……誰だ?」
クラン様です。そう言おうとして気がついた。喋れない。
「……」
「誰だ?」
「学園に通っている者です」
「名を聞いておる!」
「言えません」
なんで! 言い訳を考えなきゃ!
「なぜじゃ?」
「そう『約束』をしました」
もう、よくわかんないけど、これしか思いつかないし……そうするしかないか。
「ほう。そういえば……お主はフィメイア学園に通い始めたそうだな?」
「はい。妹もいますので。仕事もできますし。聖女との橋渡しも出来ます」
「なるほどなるほど。では聖女の話に戻ろう」
「何か質問でも?」
「わたくしは聞きたいわ! どうやってこんなにも元気になったの?」
「わたしも知りません。きっと……教えてくれないでしょう」
「そう。わたくしはいいわ。教皇様、どうぞ」
「存在は感知できぬのか?」
「一時的に感知できましたが、今は……」
「そうか。こんど大聖堂に連れてこれぬか?」
「出来ないことはないでしょうが……断られるかと……」
「ふむ。それではどうしようか……。また、何かできそうなことがあれば連絡する。それまでは、あちらで聖女業務に励んでもらえ」
「分かりました」
満足だった。クランの名を伝えることは何故か出来なかったけれど、存在とその威力は知らしめられた。わたしに功績は付くだろうし、聖女全体の株を上げることにもなる。
そうだ、他の聖女たちにも会いに行こう!
「ただいま!」
「メリーナ! おかえり」
「おかえりなさい」
大親友のネレイア、マクエニに出会うことが出来た。
「今回の任務も無事に終わったの?」
「えぇ。それで、これからフィメイア学園に通うことにしましたの」
「まぁ! どうして?」
「今回は聖女を探しに行ったわけですけど……その聖女様は秘密主義でして誰かは教えてくれなかったのです。なんとかその友人を見つけることが出来ましたので、なんとかなりましたが……これからはその聖女様は匿名で活動されるでしょうね」
「大変な任務だったのね!」
毎回リアクションを返してくれるのはネレイアの方だ。
「ここにはまだしばらく滞在しますが、3日後くらいには帰ろうと思っていますの。寂しくなるから会いに来たのです」
「残ってくださってもいいのよ。わたくしたちは。でも、無理なのでしょう?」
「えぇ」
「そうなのね。また最終日もお会いしましょうね?」
「そんな…………」
「もちろんです!」
よくある青春の1ページみたいな会話をして、仕事をしにいく。
そして、2日後にも会いに行って、そして帰路についたのだった。その手には仕事をもって。
クランはこれからいそがしくなりそうだった。
51.クランは、交流戦というものを初めて知る
水曜日の放課後。
メリーナ様がいない学校生活を満喫していたところに、サンウェン様が爆弾発言を言ってきた。
「もうすぐ、交流戦がある。この学園の……ひいてはこの国の威信を高める重要な交流戦だ。皆にも予選は出てもらう」
「「「「はい」」」」
「聞いてませんわよ」
一体何ですの?
「クランか、一体何だ?」
「生徒会に入れば行事は出なくてすむのではなくて? 入るときにそうおっしゃいましたわよね? でしたら出る意味はありませんわ」
「それは、生徒会主催の行事の場合だ。そして、それに関しても今年は私がたいてい行えるから問題はない。つまり、嘘は言っていないということだ」
「そんなの詐欺ですわ」
「確かに生徒会主催の、というのをつけなかったことは謝ろう。しかし、それとこれは別だ。クランに出てもらうからな。皆も賛成だろう?」
「「「「はい」」」」
って、ヨハン様まで。今まで突っかかれていたというのにどうして急に手のひらを返すのでしょうか? こういうときにこそサンウェン様に反対して欲しいわ。
「去年は惜しくも負けてしまったが、今年は私の名誉もかけて、戦わなければならない。王宮の思惑も絡んでいて申し訳ないが、皆には是非頑張ってもらいたい」
「「「「はい」」」」
「嫌ですわ」
「「お前は黙っておけ」」
まあ……! ヨハン様にもサンウェン様にも怒られてしまったわ。
お二人はやはり仲がよろしいのでしょうね。
「どうしてでしょう?」
「クラン。お前は勝て。全力は見せなくていいから。そしたら褒美をやる」
「いりませんわよ。わたくしはまだ先生から貰えると言われていた報奨もまだ頂いていないのよ。さらなる報奨はいらないわ」
「では何がいい?」
「そうね……」
生徒会を抜ける……と言おうとして、また言えなくて詰まってしまった。
「なんだ?」
「何もないわ」
「「は?」」
サンウェン様とヨハン様がまたかぶった。本当に仲がよろしそうね。
「こいつ、貴族だよな?」
「あぁ、しかも公爵令嬢だ」
「おかしいだろ」
「うん、おかしいと思う」
「いや待てよ。もしかして公爵だから欲しいものはすべて与えられてきたのか?」
「なるほど……それはあり得るな」
「あ!」
「「何か思いついたか?」」
「えぇ、授業を休める権利というのは……」
「お前……それで予選も参加しないようにしようなどと目論んでいるだろう?」
「あら、ばれました? まあ実際はできないのですけどね」
「うーむ、ではこうすればいいのではないか?」
サンウェン様が何かを思いついたよう。
「何かしら?」
「他学年の授業に参加できる」
「なるほど。サボらせはしない、と」
意地ぎたないわね。
「そういうことだ」
そうね……
「面白そうだわ。それならばここにいるみなさんとも戦えたりするのでしょう? より上のことを学べるのなら……退屈にはなりそうにないわね」
「クラン! だったらぜひ私のところに来てね!」
そうアナが答える。
「えぇ、メリーナ様がいないときに行きますわ」
「え、じゃあわたくしも!」
「もちろんですわ!」
「で、これで本当にいいのですか?」
「いいが……交流戦でお前が全試合で勝ち、全体としても勝った場合だがな」
「それでいいですわ。最近またつまらなくなってきたもの。まあちょうどよいでしょう」
そう言うクランを恐ろしげに見る目が10個、あった。
その後、会議は終了し、寮に向かう。
その途中に、
ユシエルお兄様がいた。
「どうされました?」
「交流戦の予選をお前がサボらないかを確認しに来た」
「わたくしがもしやると言っても本番では逃げるかもしれませんわよ?」
「いいや、それはない。兄上からお前が義理堅いことは聞いている」
「まあ心配しなくてもいいわよ。わたくしは出場しますから」
「え? 本当か?」
なぜそれを聞いてきたのにそんなに驚ろいているのかしら?
「そうですわよ」
「なんだ、じゃあ無駄足だったか。で、一体なぜ参加する気になった?」
「サンウェン様が……」
「第一王子が?」
「わたくしは本気を出さなくていいからとりあえず勝て、と。そして交流戦でも勝てた暁には、他学年での授業を受けられるように取り計らうと言ってくれましたので」
「それで受けた、と」
「えぇ、そうですわ」
「第一王子か……なかなかやるではないか」
「お兄様も出ますわよね?」
「もちろんだ」
「それはよかったわ。一人では悲しいもの。ところで、どこと戦うのかしら? そしてそこは強いの?」
今まで疑問に思っていたことを聞いてみた。
「知らないのか!?」
「えぇ、だって聞いていませんもの」
「そうか、では説明しよう」
戦うのはジャネル皇国の貴族だけしか通えないジャネル学園。
そして、去年まで5年間、わが校は負け続けているのだという。それもサンウェン様と同学年の伯爵に。
だが、今年が最後だから負けるわけにはいかない。そこでわたくしの名がサンウェン様からあがったのだという。
サンウェン様がエステルお兄様に頼み、エステルお兄様がユシエルお兄様に頼み……わたくしにサンウェン様とユシエルお兄様からやってきたというわけらしいわ。
「まあ安心した。では頑張って倒してくれ。もちろん勝ってくれよな?」
はぁ……
一体どうしてこんなことに……
52.クランの舐めプの評価は、二分される
「それでは今から交流戦における出場者を選抜する」
サンウェン様のその言葉に……
「「「「「うおー!!!」」」」」
盛り上がるその他大勢。
「方法は、トーナメントで4名。その4名に負けた者、そしてベスト16に入った者から残りの6名をっ選抜する。学のある者の活躍場所は今回はないが、許してくれ。そして、今回の交流戦は、相手国で行われる。つまり、選ばれたものはジャネル皇国に遠征できるということだ。どうだ? 行きたいかー?」
「「「「おー!」」」」
「それでは対戦相手を発表する。残念だが、今日は剣だけだ」
どうやらユシエルお兄様とは当たらなさそうね。
では……ヨハン様とはぶつかるのね……まあ勝つしかないでしょう。
「サンウェン様! 頑張ってください!」
「きゃああー! 流石だわー!」
今はサンウェン様が試合をしている。余裕で勝っていたわ。
また、ソラレーラ様の時は……
「きゃああーー!! ソラレーラ様ー!!」
「相変わらず凛々しいわ!」
「行け! ソラレーラ!」
男女様々から応援が来ていた。
そして、わたくしの時はといえば……
「行け! ガリウス!」
相手方に応援が集まるほど、わたくしは均衡戦を演じたのよ。頑張ったと思わないかしら?
それなのに……
わたくしには応援がないのよ……。悲しいわ。
「クラン様、絶対本気じゃないよね」
「あ、だよな。あの噂から見たら、あんなレベルではすまされんだろう」
「相手が可哀そうだよ、本当に」
よし、そろそろ勝負をつけようかしら。
そして試合は終わった。
ガリウスは、剣が少し強くなった気がした。
その後も同じような感じに試合は進み。
ヨハン様とぶつかった。
「ヨハン様ー!!」
「頑張ってくださーい!!」
相変わらず、わたくしに応援は来ないのね……。悲しいわ。
「よーい、始め!」
カンカンカン。剣の音が鳴り響く。
ヨハン様ってこれくらいの実力なのかしら?
「ヨハン様? もっとかかってきてもよろしいわよ?」
「ああ、すまんな。お前の先程までの試合を見ているとこれくらいでもきつそうな気がしたんでな。……では、本気を出そう」
「そう、楽しみだわ」
ヨハン様が、さっきまでより明らかに強くなった。
「いけーーー!!!!」
男子勢からも応援が来ているようでいる。
「そのくらいなの?」
「いいや、まだまだいける」
また、ヨハン様のスピードがあがった。
「え? 見ろよ、対戦相手を。平然と止めているぞ」
「え? ヨハン様ーーー!!!! 頑張ってくださーーーーい!!!」
あら? やり過ぎたかしら?
五分ほど後。
さて、終わらせましょう。
そうしてまたまた一瞬で終わった。
「ありがとう」
あら? 怒られるかと思いましたのに。
「いい汗はかけましたか?」
「あぁ」
そう、それなら良かったわ。
そして……
「倒せ!」
「今だ!」
わたくしへの応援は未だ来ない。それどころか、相手方への応援が強くなっている気がするわ。
クランは、ヨハンで遊んだものとして有名になっていた。
最終戦。
ここまで来たということはかなり強いということかしら? 楽しみね。
そしてヨハン様よりも弱かったことだし……ということで、一分で終わらせた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
クランは平然と嘘を付く。
結果、残った四人は、わたくし、サンウェン様、ユーリお兄様、ソラレーラだった。
その後の復活戦で、無事、ヨハン様は勝ち上がってきた。
ちなみにクロバートと、アナは魔術士なので、参加していない。
「クラン・ヒマリアを見ました?」
「わたくしは見ましたわ! あの相手を舐めきった戦い。本当に腹が立ちますわ!」
「そうですわよね! あれで生徒会の一員なのですから……」
「先が思いやられますわ」
「しかもあの舐め腐った態度なのに勝ってしまうのですよ?」
「あれは嫌よね?」
「それとは真反対のユシエル様」
「ユシエル様はカッコよかったわよねー!」
「本当あれで兄弟とは信じがたいわ」
「ですわよね。しかもクラン様の方はあまり積極的に会話をしないもの」
「あぁ、孤高の公爵令嬢だものね。きっと内心わたくし達を見下しているのではなくて?」
「きっとそうですわ!」
「流石です! その発想!」
そういう会話もあれば。
「見ました? クラン・ヒマリアを」
「わたくしは見たわ。お優しいのね」
「え?」
「どうして?」
「だって、対戦相手の練習相手をしてくれていたのでしょう?」
「そうなの?」
「だってヨハン様、最後晴れ晴れとした表情だったもの」
「あれは1年生に負けたことに呆然としているのではなくて?」
「いいえ、違うわ。その証拠に復活戦でのヨハン様の戦いをご覧になったでしょう? とても素晴らしかったもの」
「確かに、いつもより洗練されていた気がするわ」
「5年生がそういうならそうなのでしょうね」
「明日のクラン様が楽しみねー」
そういう会話もあった。
しかし……クランは……
できるだけ本気を見せないようにしましょう。それなら、相手と拮抗を演じたほうがいいわね。
相手の練習のため、というのはヨハン様のときに生まれた言い訳を、早速使わせてもらいましょう。
流石だわ、ヨハン様もたまにはいいことを言うみたいだしね。
53.クランは、まさに無双を体現する
本日は、魔術の部が行われる。
今回は、対戦形式ではない。いえ、これも対戦形式ではあるのだけど、直接的な対戦ではない。何かをやって、それの記録で順位をつけ、上位10人が選ばれるのだ。
まずは、遠距離の的当てが行われた。
わたくしの出番は後半の方。
「サンウェン様ー!!」
「きゃぁあーー! アナ様よ!」
「クロバート様もいるわ!」
そして、同じ生徒会役員だというのにわたくしには何も無い。
ちょっとあからさま過ぎないかしら?
まあ、その3人を参考にすればよいでしょう。
どうやら、3人とも、一番奥の的を狙っているよう。
1発目で、その手前を狙い、出来たのを確認してから、2,3発目で一番奥を狙っている。だけど、当たっていないようね。
「クラン、お前は一番奥を狙え」
「……はぁ。そしたらこの競技では1位ですわよね?」
「当たり前だろう」
「分かりましたわ」
出番が回ってきた。
「水槍よ、貫け」
ぴゅうん、ペチャ。
まずは一番手前のものを。
「水槍よ、貫け」
ぴゅうん、バキっ。
そして真ん中にある的を。
的が壊れてしまったけど、まあ仕方ないわよね。最後の一番奥のやつでもきっと壊れてしまうでしょう。……少しぐらい気を付けましょうか。そりゃあある程度の速さは必要だけど、ちょっとなら勢いは衰えると思うわ。
「水よ、飛んで行け」
びゅうん、バリっ。
あらら、当たってしまいましたわ。それは予想通りなのでいとして、割れてしまったわね。それもかなりの勢いで。こんなところまで聞こえてくるなんて。いったいどんなふうに砕けたのでしょう?
まあ仕方がないわよね。
「後の方、ごめんなさいね。2つの的が壊れてしまいましたわ。どうしましょう? 最後の的を狙う方はいらっしゃる?」
全員に首を振られた。
「では問題ないわね。良かったわ」
……あの的はとても頑丈なもので出来ていた……はずであった。
そして次の種目。
今度は命中度ではなく、威力が試される。
つまり、壊してもよいということよね? 楽しそうだわ。
というわけで競技が始まった。前の競技の的とは違って、今回はいくつも予備が用意されているみたい。これなら心置きなく楽しめるわ。
「水槍よ、貫け!」
「火よ、焼き尽くせ!」
「土弾よ、ぶつかれ!」
いろんな魔術が使われているわね。
土って面白そう。土を協力に固めて、それで物を壊すのかしら?
パリン!
あぁ、駄目だわ。物体ではなく放ったほうが壊れているじゃない。
さて、わたくしは何で物体を壊しましょう?
3回試せるみたいだから……
風そして面白そうな土。それで駄目だったら火をぶっこみましょう。
「サンウェン様ー! 頑張って下さい!」
「アナ様ー!! ぜひ優雅なお姿を!」
「クロバート様ー!」
相変わらずわたくしには声援が来ないのね。別にいらないけど、差別されているのは悲しいわ。
サンウェン様、アナ、クロバート様は上から2番目くらいで困っていた。でしたらわたくしはそれを狙いましょう。
「風よ、高くまで運べ!」
風で物体を高く高く上げて……
「解除!」
バリーン!
砕け散ったわ……
そして……それが落ちてきた机……ボロボロね。
「あわわ……」
何やら先生方が忙しそうに動いているわ。まあいいでしょう、次の物体を壊しましょうか。
そうね、さっさと火で終わらせましょう。
「火よ、貫け!」
がッ
一体何の音かしら? そう言ってよく見ると、その物体が貫通していた!
「「「おいおいおいおい!」」」
「馬鹿げてんなぁ」
あら? 初めて声援が来ましたわ。名前は呼ばれていませんけど。
さて、では土で完全に潰しましょうか。
「土の棒よ、貫け!」
土を凝縮させて、硬い細長い物体にした。
ガン!
さっき開けた穴を中心に、綺麗に真っ二つになっていた。
「「「「え?」」」」
「「「「「「すげぇー!」」」」」」
あら? なぜかは分からないけど認められたようね。
先生たちは焦りながら次の物体を準備している。
「水槍よ、貫け!」
皆それぞれで奮闘しているよう。
第三種目。対魔物戦。
魔物を倒すまでのスピードを競う競技である。
まあ瞬殺すれば、1位になれるのよね?
そういうわけで競技が始まった。
皆に準備された魔物は……コンクルート。
「大変ね……」
「は? 何がだ?」
サンウェン様に声をかけられた。
「先生方よ。コンクルートはあまり見かけるわけではないのにそれを探して、捕まえここまで持ってくるなんて……」
この前はコンクルートを|特《・》|別《・》に用意したとか言っていましたのに。
「あぁ。そのことか。それなら王宮も協力している」
「なるほど……。しかしそんなにコンクルートを狩って問題ないのかしら?」
「問題ない。大体第三種目目までには一回選別がなされているからな」
「そうだったの?」
「あぁ、あまり実力がないものは除外している」
「そうなのね。だったら納得だわ。ところで、サンウェン様はどれくらいで倒すのかしら?」
「もちろん一撃だ」
「そう。情報提供ありがとうございます」
「? これだけでいいのか? じゃあまたな」
アナ様がすごかった。その前にサンウェン様がしたのだけれど、それよりも速いのが、見てるだけでも分かった。クロバート様は……サンウェン様より少し遅いくらいじゃないかしら? そう考えるとサンウェン様って凄いのね。剣も魔術も一流並みだわ。
そして出番が回ってきた。
「火よ、焼き尽くせ」
あら一瞬。きっとこれはアナより速いわね。
結局選ばれたのは、サンウェン様、アナ、クロバート様、わたくし、そしてその他6人であった。
「あのクラン・ヒマリアめ……」
「綺麗に優勝かっさらいましたね」
「何なんですのあのデタラメな実力は。しかもサンウェン様にも勝るという!」
「そう言えばサンウェン様とも親しげに話していたわ」
「「「クラン・ヒマリア。許すまじ」」」
「クラン様凄かったわね!」
「えぇ、サンウェン様ともお親しげに話していたわ。優秀な者は優秀な者でつるむのね!」
「クラン様は生徒会に入られているそうですし」
「え? そうなの?」
「はい。前はサンウェン様が迎えに来られていましたが、今は普通に行っています」
「サンウェン様が!?」
「「きゃあーー!」」
「羨ましいわ」
「そうよ!」
「ですけど……」
「実力があるのは本当なのよね……」
「「「うーん……」」」
「流石クラン様……とでも言っておきましょうか」
「ですわね! 流石ですわ!」
54.クランは実力の差を、見せつける
「クラン様ー!」
「は?」
思わず驚きが口から出てしまった。そして昨日までの自分を呪いたくなった。
応援されなくて悲しい……だなんて、応援されてみたらただ迷惑なだけではありませんか!
これから……なにか変化があるんでしょうね……
そう思い、憂鬱になった。
魔術は順位が昨日で決まった。しかし剣術は順位はまだ決まっていない。
そこで、予選での勝ち負けは考慮済みの試合が行われるのであった。もちろん審査員の主観も入っている。審査員が、これが一番強くて、多分この人が……と思ったのならば、その通りの結果が出るように順番を作るのだ。
もちろん予定外の結果もあるだろうが、そっちはそっちで予定外を作ればいいだけだ。
「クラン・ヒマリア対サンウェン・リルトーニア」
「クラン様ー!」
「サンウェン様ー! 頑張ってくださーい!!」
昨日までとは状況が明らかに違うわ。一体何があったのかしら?
「サンウェン様、何分の試合をお望みで?」
「15分だ」
「かしこまりました」
あら? わたくしが強い前提で話が進んでしまったような……気のせいよね。
カンカンカンカンカンカン。
ときどき、カンッ。
小気味いい音が続いている。
静かになったわ。どうしたのでしょう?
どうしたも何も、このようないい戦いは静かに見て、多くを学ぶべきである。
15分後。
カンッ!
その一撃で終わった。
もちろん、この一撃の前くらいから罠は準備しておいたのだけれどね。
審査員は驚いた。記録を控えようと、時計を見たら、ジャスト15分であったからである。そして、恐れた。クラン・ヒマリアを。
「流石ですわ! クラン様!」
「流石です!」
歓声が今日はある。悪い気はしないわ。そう思うのであった。
はじめはあんなにいらないと思っていたのに……
その他にもサンウェン様とヨハン様の戦い。
「サンウェン様ー!」
「ヨハン様ー!」
どっちかっていうと、サンウェン様への応援が多そうね。
ソラレーラとユシエルお兄様の戦いもあった。
「ソラレーラ様ー!」
ユシエルお兄様よりはソラレーラの方が声援をもらっていたわ。まあソラレーラは男子にも女子にも応援される一方、ユシエルお兄様は女子にしか応援されないもの。
応援が少ない……流石家族ですわね。同じですわ。
他にもその他の人の試合もあり、
わたくしが1位。サンウェン様が2位。ヨハン様が3位。ユーリお兄様が4位、ソラレーラが5位、そしてその他だった。
「サンウェン様、これで問題ないかしら?」
「あぁ、十分だ。後はアイツに勝ってくれ……」
「名前はなんといいますの?」
「ゼノイド・ガステリア」
「そうなのね。ところで、サンウェン様は今回2位になったことで評判が落ちたりしないのかしら?」
「しない」
「そうなのですか? わたくしに一個も勝てないというのは評判を落とすに値すると思うのですが……」
「公爵令嬢よりも伯爵令息に負けるほうが痛い」
「わたくしは令嬢、彼は令息なのでしょう? そこは関係ないの?」
「ない」
そして、お前はもう例外と扱われている。
サンウェン様が何か言ったようだったが、聞こえなかった。
思ったよりも早く試合が終わり、昼からは暇になった。
ちなみに授業はない。明日から再開されるわ。そして、月曜日からジャネル皇国に旅立つ。
わたくしは公爵家に帰っていた。
「お父様」
「父上」
ユーリお兄様もいるし、
「父上」
エステルお兄様もいる。
エステルお兄様はなぜいるのでしょうか?
「父上、今度ジャネル皇国に行くことになりました」
「わたくしも同じく」
「聞いておる。そしてクラン、お前は魔術でも剣でも一位だったのだろう? 凄いぞ!」
「あのー……ユーリお兄様は?」
「あ……ユーリももちろん凄い。我が家から20人……いや、18人の中から2人も出てくれるとは!本当にうれしい!」
「で、父上、なぜ私は呼ばれたのですか?」
エステルお兄様が聞いた。
「もちろんお祝いは全員で行うものだ!」
エステルお兄様……お気の毒に……
「というわけで今日は祝いだ! クラン、ユーリは明日から旅の準備をしてくれればよい」
「「分かりました」」
そして、どんちゃん騒ぎ……には勿論ならないささやかなお祝いが行われたのであった。
お母様は……忙しく、今はいない。
わたくしとユーリお兄様は、土曜日に、寮にないものから準備をした後、日曜日の朝、学園に向かった。もちろん、荷造りを進めるためである。
「これとこれがあれば、まあいいんじゃないかしら?」
「駄目です! 公爵令嬢ともあろうお方がそれだけしか荷物を持たないなんて! これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも! 持って行っていただきます!」
「そんなにいらないわ」
「お嬢様ではなく私が持つんですから問題ないのです!」
「いえ……あなたはメイドなのだからあなたが運ぶ必要は無いわよ?」
「いいえ! 私が持ちます! お嬢様には任せられません!」
「ええぇ?」
そんな感じで順調に準備は進むのであった。
うーん……順調、なのかしら、これ?
55.クラン達は、皇国へ出発する
パーパパパパーパーパーパーパーパー!
そんな音楽とともにわたくしたちはフィメイア学園を旅立った。学園総出でのお見送りである。
馬車の中で……
「ジャネル皇国……」
今、メリーナ様がいるのよね。どうしましょう、会ってしまったら。いえ、ジャネル皇国は広いのよ。そんな簡単に会えるはずがないわ。
「どうかしたか?」
ユーリお兄様に声をかけられた。
「なんでもないわ。あ、そう! 聞きたいことがあったのよ! 皇国にはなにかフィメイア王国にはない慣習とかがあったりするのかしら?」
「いや、ないな」
「そう、それは良かったわ。ほかには……」
「まだあるのか?」
「うーん……なさそうね」
「それは良かった。また何か疑問があったら遠慮なく聞いてね、クラン」
ユーリお兄様ってこんな感じで見てみると礼儀正しいわよね。
サンウェン様もヨハン様もわたくしのことはお前、と呼ぶことが多いのよ。実力はわたくしの方が上だというのに。……クレマラ様には感謝ね。
馬車は順調に進んでいく。
今回、生徒会プラスでユーリお兄様の7人と、その他の2つの馬車に分けて乗せてもらっている。貴族が多いため、使用人もいるが、それも別の馬車だ。サンウェン様とかは大変そうね。
わたくしのでああなのだから、きっと王族であるサンウェン様はもっと大変だったでしょう。そう考えた。
「そういえば……」
「何だ?」
ユーリお兄様がまた返事してくれた。
「今の大聖女様の出身ってどこなのかしら?」
「ジャネル皇国だよ」
「自国から生まれたのですか……。教会にとっては喜ぶべきことですわね」
「きっとそうだろうね」
なるほど。
「ガベストラージが来ました!」
3日目のことだ。国境近くにある森を通っているとき、ガベストラージがやってきた。
「ガベストラージ?」
「あら?」
わたくしは聖女の魔力は一般人になったから関係ないことよね?
でしたら……まぁ、こんなに獲物になりそうなほど豪勢なのだから、襲われてもおかしくないでしょう。
「では、みなさん頑張って下さい。わたくしは馬車におりますわ」
「なぜだ?」
サンウェン様の驚かれてしまったわ。
「わたくしは必要ないことで働かないもの。そしてわたくしが動いたら皆さんのためにならないわよね?もちろん、本当に危険なときは手助けするわ」
「そうか。だったらいい。できるだけ、自分たちで頑張る」
「それは良かったわ」
ガベストラージは、推定討伐人数500人。しかし、これは一般人が、の話だ。ここにいるメンバーだったら大丈夫だろう。
「2体目が現れました! 夫婦のようです!」
あらら……大変ね。って結構ヤバいのではないかしら? 戦力に関しては知らないけど、士気も落ちていたりしそう。
「どんな様子かしら?」
「まずいぞ。手伝ってくれ」
「分かったわ。後から来た方だけね」
「助かる」
ガベストラージは風の魔物だ。火は絶対に使えない。
それにしてもドラゴンも風属性でしたし……風属性というのは多く存在しているのかしら? 不思議ね。
「風よ、切り裂け!」
あら、足りないわね。
「風よ、切り裂け!」
あら? おかしいわ、もっと実力があるはずなのだけれど……
あ! もしかして、聖女の魔力を隠しているからかしら。確か聖女はほぼみんな普通魔術を使えるから、きっと、治癒魔術を使えるためには普通の魔術が必要で、普通の魔術を使う場合も、治癒魔術で増幅されたりすることもあるかもしれないわ。
けれど……まだ、聖女に戻りたくはないわ。今は、今の実力で頑張りましょう。目標はもう一匹よりも早く倒すことよ。
さて、久しぶりの全力ね。あら? 久しぶり? いえ、初めてかもしれないわ。
「風よ、切り裂け!」
さあて、全力よ!
「楽しいわね〜」
周りで皆がぎょっとしていた。自分たちはこんなにも大変で、全力を尽くしているというのに、たった一人で楽しんでいる奴がいる。それがまわりのやる気をあげた。
「解除。風刃よ、切り裂け!」
今度は風というか……空気を薄ーくして、切ってみることでもしようかしら?
「あら? 切れるわ」
これなら簡単にいけるんじゃないかしら?もっと勢いをつけて、鋭く、魔物に致命傷を。
「風刃よ、切り裂け!」
「べぎゃあああ!」
魔物ってこんな声をあげるのね。面白いわ。
「よし、倒れたわ!」
「え?」
「早!こっちも急ぐぞー!」
「「おー!」」
そこからさらに士気があがった他の人たちは、なんとか倒すことが出来たようだ。
怪我人は少し出たが、重症ではないし問題ない範囲だわね。
まあ交流戦に出る生徒なのですけど……
「シリル・カーソン、最後の一撃、すごかったぞ!」
あら? サンウェン様が、人を褒めている?
「もったいお言葉です」
それよりも、シリル・カーソン? 何処かで聞いたことが……
って、もしかして昔ドラゴンの話を振ってきた方かしら? 弱いのではなかったの? なぜここに選ばれるくらい強いのかしら? 予想が外れてしまった? それともあのあと強くなった? いえ、それはないわね。もともとの実力でしょう。
まあ……1年生選ばれているのだから将来は有望でしょうね。
そして、一行はジャネル皇国首都アスナウィアンに着いた。
56.クランは自分に、無自覚すぎる
「「「「「ようこそ! ジャネル学園へ!」」」」」
そんな歓待を、わたくしたちは受けた。ジャネル学園とフィメイア学園はもう100年以上にわたり、交流戦を、毎年交代交代で行っている。そして、今年がジャネル学園で行われるのだ。
「お待ちしておりました。私がジャネル学園生徒会長ゼノイド・ガステリアです。またよろしくお願いします」
「私がフィメイア学園生徒会長サンウェン・リルトーニアだ。お招きいただきありがとう。今年も楽しみにしている」
「では、明日から交流戦を始める。今日は歓迎会を行う。皆、存分にお金を使い、存分に食べてくれ」
「「「「「おお!」」」」」
そうして、宴……いえ、歓迎会が始まった。
「こんにちは」
「こんにちは。あなたがゼノイド・ガステリア?」
「そうだ。クラン・ヒマリア」
「何か用かしら?」
「いや、顔を見ておこうと思ってね。あなたは魔術部門でも剣術部門でも一位となったらしいじゃないか。しかもサンウェン様を抜いてね」
「あら? あなたもどちらも1位ではないの?」
「そうだ。だから相手の様子を見に来た。去年までは毎回サンウェン様で少し飽いていたんだが……今年は楽しくなりそうだ」
「あら、それは良かったわ。わたくしを是非とも楽しませてちょうだいね」
「そちらこそ期待しているよ」
「うふふ……」
「あはは……」
「「楽しみね(だ)」」
そう言って去っていった。
一体何がしたかったのでしょう? よく分かりませんわ。
しかし……似た者同士な気がするわね。
これからが楽しみよ。確かに交流戦というのは面白そうかもしれないわ。
「クラン」
「あら? サンウェン様? どうかしました?」
「さっきゼノイドと話していただろう? どんなことを言っていた?」
「そうですわね。サンウェン様に関することでしたら……去年まではサンウェン様ばっかりで少し飽いていたとは、言っていた気がするわ」
「そうか……」
「あとは……いえ、サンウェン様には関係ないわ」
「なんだ?」
「わたくしと試合するのが楽しみだそうよ。きっとわたくしを楽しませてくれるのではないかしら?」
「あちらも楽しみだと言ったのか?」
「えぇ」
「そうか……」
そんな感じで去っていった。
サンウェンは悲しかった。自分がまったく認められていないから。そして、飽きていたと言われて落ち込みは増した。しかし、クランと試合をするのは楽しみだという。一体どういう試合を見せてくれるのか。そう思うと少しは楽しく思えるのだった。
人が多いわ。一旦離れましょう。
そう考えて、人影のないところへ向かう。
ここがジャネル学園。
ジャネル皇国首都アスナウィアンにある、貴族だけが通える学園。
そして、今まで5年間フィメイア学園に勝っている学園。
しかし、今見えている喧騒は、貴族が行うものとしては、騒がしい気がするわ。
そういえば……先程生徒会長ゼノイド・ガステリアの開始の合図に皆さん「おお!」で応えていたわね。これが貴族の学校かしら?
「おや? どうしたの?」
知らない人物が声をかけてきた。一瞬、フィメイア学園の誰かかしらとも思ったが、見覚えがなかった。……つまり、ジャネル学園の男子生徒ということね。
「誰でしょうか?」
「私は交流戦で魔術部門2位のザステラ・フィーセルだ」
「そう、わたくしはクラン・ヒマリアよ。その様子だと、知っていて声をかけたようね」
「おや、そこまで気付かれてしまったか。そうだよ。私は君がクラン・ヒマリアと気付いて声を掛けた」
「何か用でもあるのかしら?」
「ないよ。魔術、剣術両方優れている人が、いったいどんな人物なのか興味を持ったんだ」
「それだったらゼノイド・ガステリアと変わらないわよ。毎日がつまらなくて、そして今回お互い戦えることを楽しんでいる、それだけよ」
「ゼノイドと戦うことを楽しむ……興味深い人だね」
「あら? 自分と実力が近そうな人と戦うのは楽しみではないの?」
「いや、楽しみだ。だけど、学園を背負って戦うとなると、あんまり楽しめないよ」
「大変ね、けれど多分わたくしは勝てるのよ。だから気負わずに楽しめるわ」
今までつらい戦いというのは起こったことがないもの。
みんな隙がたくさんあって、いつでも倒せる。……今のところは。
「それは自信満々だな。ゼノイドも似たことを言っていたよ」
「あら? ゼノイド・ガステリアも今まで本気を出せない、みたいな感じかしら?」
「そうだな。そんなことを言っていた」
「明日は魔術……まずはお手並み拝見ね。だけど、ゼノイド・ガステリアに楽しみにしていると伝えてくださる?」
「いいよ。そのお願い、私が確実にこなそう」
「ありがとう」
ザステラ・フィーセルね。地位はどれくらいあるのかしら?
もうすぐ宴も終わりそうね。
あら? この曲は……
「ただ今より、ダンスパーティーに変わります。皆さんそろって踊ってください」
あらら、貴族の学園だしそういうのもあるかもしれないわね。
さて、逃げましょう。
「どこに行こうとしている?」
「ユーリお兄様……」
バレてしまったわ。
「これは交流戦。2校が交流するために行われる、そうだよな?」
「ええ、そうですわね」
「だったらお前も交流をすべきだろう? クラン」
ユーリお兄様……まともだと一回思ってしまったけど、普通の方でしたわ。しかもサンウェン様の同類の方の。
「そうですわね」
そうして、無理やり参加させられているというわけなのですけど……
誘われてしまうのよね。やっぱりフィメイア王国の貴族というのは珍しいのかしら?
57.ゼノイドは、クランに対して闘志を燃やす
「「「「「ようこそ! ジャネル学園へ!」」」」」
さあ、今年も交流戦が始まる。今年も1位をかっさらいたいところだが……
ふふふ、今年は初見のメンバーがいるんだ。どうなるか……
例年通り、生徒会長が、開会を宣言する。
「お待ちしておりました。私がジャネル学園生徒会長ゼノイド・ガステリアです。またよろしくお願いします」
「私がフィメイア学園生徒会長サンウェン・リルトーニアだ。お招きいただきありがとう。今年も楽しみにしている」
「では、明日から交流戦を始める。今日は歓迎会を行う。皆、存分にお金を使い、存分に食べてくれ」
「「「「「おお!」」」」
うん、流石ジャネル学園だ、ノリが良くて素晴らしい。
今年はきっと盛り上がるだろう。
そして、サンウェン様を見つけた。
「やあ、サンウェン様」
「ゼノイドか……今年の対戦相手を見たか?」
「あぁ、見たよ。君が2位と3位に落ちていたね。去年まではどちらも一位だったというのに」
はじめて対戦相手の表を見た時は目を疑ったよ。
「仕方がないんだよ。どちらでも一位になったクランは異常だ」
「そうなのか? それで、2位を奪われたアナ・セントニアはどんな子なんだい?」
「彼女は努力家だよ。きっと活躍してくれるさ」
「ふうん」
まさかこのサンウェンが手を抜くなんてことはないだろうから、きっと本当に負けたんだろう。それは楽しみだ。
「クランはどの子だい?」
「あそこにいる人だ」
「そうか、ありがとう。今年は去年よりも楽しみにしておくよ」
サンウェンの相手はとうに飽きている。
そして、クラン・ヒマリアという少女に声をかけた。
「こんにちは」
「こんにちは。あなたがゼノイド・ガステリア?」
「そうだ。クラン・ヒマリア」
「何か用かしら?」
「いや、顔を見ておこうと思ってね。あなたは魔術部門でも剣術部門でも一位となったらしいじゃないか。しかもサンウェン様を抜いてね」
「あら? あなたもどちらも1位ではないの?」
「そうだ。だから相手の様子を見に来た。去年までは毎回サンウェン様で少し飽いていたんだが……今年は楽しくなりそうだ」
「あら、それは良かったわ。わたくしを是非とも楽しませてちょうだいね」
おや? 思っていることが同じだ。
「そちらこそ期待しているよ」
「うふふ……」
「あはは……」
「「楽しみね(だ)」」
なんと! これは気が合いそうだ。生まれて初めてともいえる仲間かもしれない。
今日は彼女はよきライバルであることを信じて、乾杯としよう。
「ゼノイド、調子はどうだい?」
ザステラ・フィーセルが声をかけてきた。
「上場さ」
「それはよかった。去年は不機嫌だったからねぇ。こちらとしても助かるよ。いったいどうしたんだい?」
去年は確かに不機嫌だったかもしれない。だって毎年戦う相手が同じだったから。それは飽きるだろう。
「クラン・ヒマリアがね、同じことを言ってきたんだ」
「ふうん、何て?」
「戦いが楽しみだってさ」
「お前もそう思ったのか?」
「そうだな。彼女も私と同じで本気を出したことがないんじゃないかな? 私と一緒だ。予想だけど。だけで、だからこそ信頼できる」
「そうか……面白そうだな、話しかけてみよう。誰だ?」
「あそこにいるクロッカス色の髪の毛の少女だ」
「おう、話しかけてみる」
ザステラも彼女に興味を持ったのか。
面白い少女だな。
それにしても暇だな。
アナ・セントニアにでも話しかけてみようか?
「こんにちは、アナ様。1年ぶりですね」
「そうですね、ゼノイド様。……そういえば、今年もどちらとも1位らしいわね?」
「運のいいことにね」
「おめでたいわ。お陰でわたしはあなたと戦わずにすむもの」
「そんな、謙遜でしょう? もし、クラン様がいなかったらあなたと私が戦うことになっていたんでしょうから」
「そうね…‥そう考えるとクランには感謝しないと。……一つだけ助言をしてあげましょうか?」
「助言? 私にそんなものは必要ありませんが……もらえるならもらいましょう」
「クランはね、サンウェン様にも余裕だったわよ。あなたも、そろそろ化けの皮が剥がれてくるんじゃない?」
化けの皮、ねぇ。面白い表現だ。
「もしそうなるのなら非常に面白いと言わざるを得ませんが……一応心に刻んでおきますよ」
「それは良かったわ」
それにしてもセントニア姉妹……平民出身らしいがかなりちゃんとしたものだよな。
この学園の奴らにも見習ってほしい。
それからはふらふら歩いていた。
「やあゼノイド。主役が一人でいるなんてダメではないか」
「別にいいだろう。いったい何の用だ?」
そこには、ザステラがいた。
「クラン・ヒマリアから伝言を貰ったよ。明日を楽しみにしている、だってさ」
「そうか。それはこちらも一緒だな」
「あと、勝てるだろうと言っていた」
「そうか……」
勝てるだろう? それは、こちらの言い分だ。君みたいな5年も学年が下のものに負けるつもりはいささかもない。
最後に笑っているのは、サンウェン様よりもはるかに強い、俺だ。
……いくらあちらもサンウェン様よりもはるかに強い、としてもね。
58.クランは初挑戦を試み、思うがままに楽しむ
昨日のダンスパーティーはまあまあ疲れた。
だけど、今日はいよいよ魔術の部が行われる日よ。
魔術の部は剣術の部とは違って直接対決とは言えないけれど、それでも戦う相手は同じ順位の人どうし。
だから、わたくしはゼノイド・ガステリアと戦うことにはなる。だけど、まあ自分との勝負。そんなの気にしていない。
まずは10位のところから対戦される。
「では、くじで先攻後攻を決めます。……先攻は、フィメイア学園!」
「はい!」
まずは的打ち。
後ろの方を……なんとか当てたみたいね。
「後攻、ジャネル学園!」
「はい!」
そして放つ。先攻よりも後ろへ。そして当たった。
なるほど……これは駆け引きが必要なのね。後攻の人ははじめの方は余裕があれば相手の後ろに追随し、最後の一発で力を見せる。
でしたら……先攻ははじめから力を出して相手の様子を見たほうがよろしいでしょう。はじめは……わたくしのやつがどこまで飛んでいくか確認しようかしら?
そんなことを考えているうちに、出番がやってきた。
「第10戦! 1位同士の戦いだぁ! 先攻は……フィメイア学園!」
「はい」
どうしましょう? 先攻に待ってしまったわ。はじめにやって的を壊してはならないでしょうし、一発目は……駆け引きも面白そうですしやってみましょうか。
「水槍よ、貫け」
真ん中よりも後ろだけど、後ろだとはいえない場所。そこら辺にある的に向かって打った。
バリーン!
あらら……やはり壊れてしまったわ。まあこれであちらは一発目から一番うしろの的を狙ってくれるんじゃないでしょうか。わたくしに壊されてねらえないとなっては大変ですものね。
「後攻、ジャネル学園!」
「はい!」
そして、ゼノイド・ガステリアは打った。
そして……
バリーン!
わたくしの時と同じように後ろの方だけどけして後ろとは完全にはいえないところにある的に向かってうち……そして壊していた。
あらら……仲間がいましたわ。安心した。
そして、この宣戦布告は受け取った。なら、次はわたくしの魔術の力を見せてあげましょう。
うーん、これはうまくいくかしら? 分からないけど、実験は重要よね。今回は試して、次回、そのデータをもとに、最後を狙いましょう。
「水槍よ、行け」
そして、水は遥か高くに飛んでいった。
うーん、どれくらいまで飛んだのかしら? 一応少しは前の方に行くようにしたつもりなのだけれど……
「水槍よ、飛べ!」
ゼノイド様も同じように飛ばしたわ。そして、同じように消えていった……
「この二人は一体何をやっているのか!? 何故か水を上空へ飛ばしました! しかし……落ちて、こない! これは試合を進めるべきか!? しかし、クラン・ヒマリア、3発目の準備を始めた! ……ん?
パリーン!
「誰も魔法は放っていない、放っていないのに、1番手前の的が、2つの水によって割れたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
片方から……わたくしの魔力が感じられるのよね……
「「あ……」」
わたくしは一つの事実に思い当たった。そして、ゼノイド様もその事実に思い至ったよう。
「ゼノイド様、もう一つ……左側の水はあなたのものでしょうか?」
「クラン・ヒマリア。やはり右側に来たやつはお前のものか……」
「今、恐ろしい事実が聞こえてまいりました! なんと、あの2つの水は、クラン・ヒマリアとゼノイド・ガステリアがさっき放ったものらしいのです! 恐ろしい!」
あぁ……なんということでしょう!
けれど、喜ばしい事実ではあるわね。わたくしのほうが先に魔術を放った、そして、ついたのは一緒だった。つまり、わたくしのほうが高く飛ばせた、と言うことよ。
ふふふ、これは勝てそうね。
「ゼノイド様、この勝負は貰ったわ。ではお先に。水槍よ、行け!」
さっき水を放った角度は覚えているから、同じ威力ではなったとしたら……だいたいこんなものでしょう。
「クラン・ヒマリア……やるな」
「あら? お分かりになりました? ですのでもう少しお待ち下さい」
「分かった……と言いたいところだが、私も同じことをさせてもらうから構わない」
あらら……
そしてゼノイド様も唱えた。そして、水はまた高くに飛んでいった。
「またふたりとも魔術を空に放ったー!! 今度は一体どこの的を狙っているのか!? これは前代未聞の大勝負だ! あとは水が落ちてくるのを待つのみだぁ!」
しばらくが経った。
パリーン!
「おおっと! 奥から2番目の的が割れたぁ! これは、クラン・ヒマリアの放ったものか!?」
「違う、私のだな」
「ええ、随分落ちてくるのが早かったようね?」
「ああ、まだまだ実力が足りないようだ」
パリーン!
「審判によると、先程のはゼノイド・ガステリアのものだそうです! そして、残る一人、クラン・ヒマリアによって一番奥の的が割れたぁ! この試合の勝者、フィメイア学園、クラン・ヒマリアだぁぁぁ!!!」
ふう、良かったわ。
「見事だ」
「でしょう? 制御には自身があるのよ」
「制御、な。そこに関しては私はまだまだらしい」
「それにしても……2回目のときに的に当てなかったのはどうして?」
「そりゃああんなふうに宣戦布告されたら乗っかるほうが面白いだろう」
「ジャネル学園ってお硬い貴族の学園かと思っていたけれど、結構緩いのね」
「ああ、そこのところがジャネル学園の誇りでもある。大丈夫だ、ちゃんとやる時はやってくれている」
「そうなのね」
そして、初日が終わった。
フィメイア学園対ジャネル学園。現在6勝4敗で、フィメイア学園が優勢である――
59.クランは試合よりも、食べ物に興味を抱く
そして、第二戦目……の前にサンウェン様、ユーリお兄様に捕らえられた。
「何でしょうか?」
「あれはどういうことだ?」
「私も一緒のことが聞きたい」
「どうと言われましても……水を、高く飛ばした、それだけよ?」
「いや、なんであんなに長く飛んでいるんだ? どれくらいの高さまでいった?」
「さあ……わたくしには分かりかねますわ」
「サンウェン様、クランは多分、本気で分かっていません」
「そうなのか? だが‥‥聞きかじった知識だが、空にも風は吹いているんだろう? その影響とかは受けないのか?」
「風? そんなもの、水がちゃんと風の影響を受けないようにしているに決まっていますわ、ねえ、お兄様?」
「いや、私は魔術は得意ではないからな……分からん」
「そうでしたね。じゃあ、誰に聞けばよろしいのでしょう?」
「知らん」
サンウェン様はそう言って去っていって下さった。
それくらいの分別を持っているならわたくしに関わらないで欲しいのだけれどね。
「いらっしゃーい、食べていって」
首都アスナウィアンを一人……ではなくユーリお兄様と2人で歩く。昼食を探しに。
ここにはフィメイア王国にはない食べ物も多くある。しかし、昨日、目新しいものはたいてい食べてしまったのよね……
そんなとき、とある一軒の店を見つけた。
”海の幸”で作りました
そう書いてあった。俄然興味が湧いてきた。海……まだ見たことがないわ。だけど、本によると、昼も夜も綺麗だそう。そして、獰猛な魔物もいるが、美味しい食べ物もある。
きっとこの店はその美味しい食べ物を扱っているのだろう。
そう思って、入ってみることにした。
「らっしゃい!」
場所を見つけて座る。
「注文が決まったら、手を上げて知らせてください!」
頷き、メニューを見る。
……。
よく分からない海の生き物の名前が羅列されているだけであった。
「お兄様、分かります?」
「いいや、わからないな。すみませーん!」
そして店員を呼んでくれた。さすがお兄様。細かいところで気が利くじゃない。
「はい」
「おすすめは何ですか? どれも始めてで分からないので……」
「そうですね……これなんか如何でしょう? 日替わりメニューですが」
「ふむ……毎日一番いいネタを使う、と。ネタが何だかよくわからないけれど、良さそうじゃないか? クランはどう思う?」
「わたくしもそれで構いませんわ」
「分かった。では日替わりメニューを2つ」
「へい! お待ち下さい!」
「一体どんなやつが来るんだろうな」
「楽しみですわ。うーん……お兄様は海の生き物を見たことがありますか?」
「私もないな。サンウェン様だったら知っていてもおかしくはないが……フィメイア王国もジャネル皇国も内陸にあるからな……」
「そうですわよね……一体どうやって仕入れているのでしょう?」
「お待ちー!」
その時、店主がやってきた。先程までの疑問は聞きたいが……店の営業にも関わるから聞けない。
「うん? さっきの質問のやつでも気になっているのか?」
あぁ……確かに聞かれていてもおかしくはないわね。
「はい」
「内緒だ! だが、海は面白いぞ! 今度行ってみるといい!」
やはりそうなりますか……まあもともと諦めていたから特に何もないわ。
「では、食べましょうか」
「そうだな」
目の前には見たことのない生き物が焼かれて置いてあった。
メニューにも似たような物があり、食べ方が書いてあったので、それをもとに食べてみる。
「! 美味しいわね」
「美味しい」
お兄様も同じみたい。そして、あっという間に食べ終えてしまった。
今日は当たりを引けたわ。明日も……こんな時間があるのかしら?
でしたらまだ楽しめそうね。
そうして、さらに観光して、ジャネル学園に戻った。
午後は破壊実験なのですが……わたくしもゼノイド様もきっと一番強いやつを壊せるでしょうし、さっきの勝ちのお陰でわたくしの勝ちになるわね。
……そして、その通りになった。
残るは一種目。明日の魔物退治だ。
そこにおけるもので、決まる。……そう思っていたのですが。
「え? 行われないのですか?」
「あぁ。お前たちを見ていたら、これくらいで勝敗はつかないだろう……というか魔物をただ虐殺しているだけとなってしまうからな」
「それは……そうかも知れないわね。ではどうするのかしら?」
「普通に一対一で行うそうだ」
「一対一? 危険じゃないかしら?」
「まあ気にするな。ルールでちゃんと縛られている」
「ふうん。まあいいわ。どうとでもなるでしょう」
「その意気だ」
「わたくしよりもサンウェン様はどうなの?」
「余裕だ」
「そう、つまんないわね」
たまには普通じゃないものも見せてほしいのだけれどね。
それでも、アナは引き分け、サンウェン様は全勝ち。
「あはは……すまんな」
あら? 別にサンウェン様が謝ることではなかったのに。
王族のくせしてこういうところは腰が低いわよね。
そう思うのだった。
現在フィメイア学園は、先程よりも差を広げている。
行きの道の途中で、クランに手ほどきを受けた、効果であった……
60.クランはライバルと祝杯を交わす
そして、破壊実験が終わってしばらくして、3種目目が始まった。
「きゃああ! 頑張って下さい!」
「素敵ですわー!」
貴族がするとは思えない応援である。
この雰囲気、嫌いではないわね。
そしてそんな中で始まる魔術での戦い。
これは、対戦を仮想とした試合である。しかし、自分が狙われてはたまったものではない。そこで考えられたのが、中の物を自分として、どちらが先に相手のものを魔法で割れるか。そういう勝負になった。あとは…………それぞれ、1度だけ試合を1分止める権利がある。
たしかにこれなら危険はないのよね。よく考えられているわ。
この試合はジャネル学園の勝ち。
うーん、まったく対策をしていないからか、フィメイア学園は弱いわね。
そして、それからも試合は進んでいった。
「きゃあ! ザステラ様ーーーー!!!!」
「こっちを向いてください!」
「まあ! なんと凛々しいことか…………」
ザステラ・フィーセルのとき、歓声が今までにないくらいになった。これが2位の応援なのね。ゼノイド様にはどんな応援が来るのかしら?
アナは、危なげなく勝ったようであった。
ジャネル学園2位もそこまで大したことは無さそうね。
「最後は、異例中の異例、二人とも並外れの力を持った、我らが生徒会長、ゼノイド・ガステリアと、クラン・ヒマリアの戦いだー! とくとご覧あれ!」
「ゼノイド様ーー! !」
「頑張って下さーーーい! ! ! !」
「フィメイア学園に負けんなー!」
「始め!」
その一言が合図となった。
「「水よ、壁となれ!」」
まず両方とも防御した。そして相手のを破ろうと…………あら? あんまり手応えがないわ。もしかして、ゼノイド様は、力を少しなくしているわたくしと同等までにはなるのかしら?
「タイムで!」
私は声を張り上げた。
周りがざわついているのが感じられる。それはそうだ。こんなに早くからのタイム。そして今までは一度も使われなかったことで、よりざわめきが広まっていく。
さて? どうしようかしら? 考えるのよ。聖女を今解放するのは危険だ。だったらもとの力でやるしかない。あの魔物の時みたいに工夫すれば行けるかしら? まあもしものときは、聖女を使うということにしましょう。今はまだ工夫するときよ。
「問題ないです」
「では、再び。始め!」
短期決戦を狙う。長期は明日に持ち越しましょう。
「水よ、壁となれ! 水よ、反射せよ!」
二重でかける。そして…………
「火よ、焼き尽くせ!」
あの水の壁を、火で蹴散らす。薄くする。そのことを明細にイメージする。よし、行けたわ!
「火よ!」
――ガチャン
何かの物体が壊れた。これで勝ちね。圧勝かしら? まあ一時期危うかったから少しおまけのような感じもありますけど。
「勝者、クラン・ヒマリア!」
…………。
やはり他校でやるとこうなるのよね。ジャネル学園の方が勝ったときは、盛況だったのに、フィメイア学園側が勝ったらしーんとするのよね。これは交流戦ではなかったのかしら? わたくしもある程度は力を出したとは言え、交流は行っているというのにこの雰囲気。悲しいわね。
勝敗は、合計で魔術部門はフィメイア学園の勝ち。
まず、サンウェン様とアナとわたくしで、1位2位3位が勝ってしまったし、他の方も頑張ってくれたので。
順位が一つずれるだけでもかなり勝敗は変わる模様だし、わたくしがいなかったら負けていた可能性もあるわ。
そして、フィメイア学園は6年ぶりの片方の部門とはいえ、優勝を果たしたのであった。
「助かった」
サンウェン様がやってきた。
「まあサンウェン様も貢献したのですから気にしなくていいわ」
「そうか……でも礼は言わせてくれ」
まあ正しいことしか出来ないサンウェン様だったらそう言うわね。
最近思ったのだけれど、サンウェン様は口数が少ない方だ。これで王族として成り立つのか……とおも思わなくはないけど……まあわたくしも一概に人のことは言えないでしょう。
そして昨日と同じく屋台がジャネル学園の校庭に並び始めた……
「やあ」
「あら、ゼノイド・ガステリア。何の用?」
「お礼を言いにきた」
「なにかしたかしら?」
「楽しませてくれたじゃないか」
「あぁ、そのことね。けれどわたくしも楽しませてもらったわ。まさか同じことをしてくるとは思わなかったけど」
「まさかこちらが高度と精度で負けてしまうなんてな」
「ほんとまさかでしたわよね、もう少し耐えてほしかったのですが……」
「要求が高いな。だが、それは私の実力不足だ。あと、最後の試合」
「あぁ……あれは大人げないことをいたしました。申し訳ないですわ」
「いや、楽しめた。あんなに完膚にされたのは始めてだよ」
「そう、それは良かったわ。今度からはあなたも力だけではなく頭も使うことね」
「あぁ、身にしみたよ。明日が楽しみだ」
「明日は……少し寂しいわよね。たったの1試合しかないもの」
「本当にその通りだ。もっと楽しみたかった」
「まぁいずれ何処かで再開するでしょうし」
「まあそれもそうだな」
「では、これからの交流を記念して乾杯しましょう」
「そうだな。乾杯」
その時見えた景色は晴れ晴れとしていた。
ゼノイド様はきっとわたくしより感受性が強い。だったらこの仲間がいない恐怖もわたくしより感じてしまっていることでしょう。そんなゼノイド様が、その孤独から逃れることができそうになっているのだと認識しているのだけど……
わたくしが誰かの役に立てた。
そして、それが似た者だった。それが嬉しかった。