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目次
はじまり
「いくよ、なっちゃん」
お母さんにそう声をかけられて、なっちゃんは目をあけた。
なっちゃんの視界には、ようちえんのみず色のスモッグと、なっちゃんのちいさい手と、お母さんに穿かされたちいさいくつがある。なっちゃんは思い出した。ようちえんに行くところなんだった。
なっちゃんは立ちあがる。なっちゃんの顔ほどもあるようちえんのかばんが重たくぶら下がって、なっちゃんのからだは右にかたむく。お母さんがすかさず手をつないでくれる。
「いってきます」
「いってきます」
お母さんが言うのに続けて、なっちゃんも言う。お母さんとなっちゃんが出かけたあとのおうちには誰もいないけれど、そんなときでもちゃんと「いってきます」と言わなければならないのだ。
なっちゃんはお母さんと手をつないだまま、ふらふらと歩き出す。気づけばまた眠りこみそうになっている。お母さんが心配そうになっちゃんにきく。
「大丈夫?まだ眠い?」
なっちゃんはうなずく。お母さんはマスカラを塗ったまつ毛をぱちぱちさせて、困りまゆをつくる。
なっちゃんが眠りやすくなったのは、3週間ほど前からだ。それまでなんの問だいもなく元気にすごしていたなっちゃんは、ある日から突然、日中でもとろとろと眠りこんでしまうようになった。ごはんを食べているときやお友だちとままごと遊びをしているときなど、座っていると急に眠くなる。お母さんは心配して、夜はいつもより早く寝かしつけるようになった。けれどもなっちゃんの眠気はなおらなかったから、まちの大きな病院に行った。お医者さんの言うとおりに検査をうけたけれど、原因はわからなかった。
「だいじょうぶだよ」
お母さんを心配させまいと、なっちゃんはにっこり笑顔をみせた。なっちゃんのおうちは他のおうちとちがって、かぞくがお母さんとなっちゃんしかいなくてお父さんがいないから、お母さんはお父さんのぶんまで働かないといけないのだ。だからお母さんはいつも疲れている。なっちゃんはそんなお母さんが大すきで、だからお母さんにはなるべく心配かけまいとしているのだった。
「そう」
お母さんはあいかわらずまゆが下がったままだけれど、いちおうはほっとした顔になった。それに安心して、なっちゃんは元気よく歩き出す。いちど眠気がさめてしまえばもうへっちゃらだ。どこも悪いところなんかない。
ようちえんにつくと、なっちゃんはお母さんにばいばいと手をふった。ようちえんに通っている子の中には、お母さんやお父さんとはなれたくないあまり、ここで泣きわめく子もいる。けれどなっちゃんはいちどもここで泣いたことがない。そのことでいつも先生にほめられる。なっちゃんはえらいから、お母さんを笑顔で見おくることができるのだ。
なっちゃんのクラスであるあかぐみに入り、お友だちのさやかちゃんとあつみちゃんのところにかけ寄る。きょうもなっちゃんの一日がはじまった。