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目次
習作1
べろちゅーだけなんですけど一応R
成人済みが未成年に手出してるので注意
翳はよく酒を呑む。
呑むのはいつもビールで、近くのコンビニかスーパーで買ってくる。
冷蔵庫にはいつもビールと薬くらいしか入ってない。
今日も、仕事から帰ってきた翳はコンビニの袋を提げてたから、ああまた酒買ってきたんだなっておれは思った。
「おかえりー」
「ん…」
おれがお絵かきをしてる正面に翳はどっかり座って、袋から缶を取り出した。
「それなに?」
「とりくん、と、うさぎちゃん。ずーくんとユカイな仲間たちの」
「あー、あの朝やってる」
「うん」
言いながら翳はぶしゅっとプルタブを開けてーー翳はちょっと開けるの下手だと思うーーぐっと中身をあおった。
「んっ…ん、…ぷは、はっ、あー♡」
これは、最近気づいたことだけど。
酒を呑んだ翳は、ちょっとえろい。
缶が3本くらい空になると、翳は目がとろんとして、呂律も回らなくなる。
そうしたら大体、テレビを見たりおれのお絵かきにちょっかいかけたりするけど、今日はちがった。袋をごそごそして、大量の菓子パンを取りだす。
「なにそれ?」
「菓子パン」
「いやわかるけど」
「らって、今日職場のひとが、お前細いからもっと食えって、いうから」
そう言って翳は、のろのろと袋を開けた。うすい金色の、まるい、メロンパン。おいしそう。
「ん、…、まずい」
一口食べて翳は顔をしかめた。おれは手を伸ばして端っこをちぎって、自分の口に入れる。
「…おいしいじゃん」
「あまったるい」
「そりゃメロンパンだし」
「あとやる」
「やったー」
おまえも成長期らし、とかなんとか言いながら、翳はメロンパンをおれにくれた。そんなだからがりがりなんじゃないの。
そのあとも、翳はほとんどのパンにケチをつけた。
ソーセージが入ってるパンは、辛すぎる。
ジャムが塗ってあるパンは、べちゃべちゃして嫌だ。
チョコが練り込まれたパンは、ぼそぼそして食べにくい。
おれはメロンパンでお腹いっぱいになって、翳が食べかけのパンをラップにくるんで冷蔵庫に入れるのをじっと見ていた。
結局翳が文句を言わないで全部食べたのは、細長くてうっすら甘い、茶色のパンだけだった。それも最後の方は、口が渇くといって、ビールで流し込んでいる。
「…ぁ、あー…んぅ…む」
あーあ、もうすっかり酔っちゃった。翳がこうやってうわ言みたいに何か呟きだしたら、相当酔ってる証拠。
翳の口の端から透明な涎が垂れていて、ほっぺは林檎の色、目の焦点が合ってない。頭がぐらぐらしてる。あぶないなあ。
「翳」
「んー、」
涎を舌で舐め取って、そのまま唇を食む。ちゅ、ちゅ、小さいキス、触れるだけ、すぐに翳の真っ赤な舌が覗く。口半開きにして、ビールのにおいがする。
「ン、ふ、…む、んぁ、」
「んっ…ぅ、ん」
ぴちゃぴちゃ、水音、濡れた音のキス。翳の口の中はあつい。歯はなめらかで濡れていて、甘いような気がする。ビールの奥に、菓子パンの味がする。
「…あした、おれぁ、あいつのこと、訴えてやるんらからな…せくはらだって」
「なんの話?」
「いったろ、細いから食べろって、いわれて、あれ、せくはらって訴える」
翳は相当酒が回ってどうしようもないらしく、全然関係ない話をしだした。どれだけ酔っても自分が受けた屈辱は忘れないのが翳だ。
「…それより、もっかいキスしようよ」
「…らめ、えろがき。もう寝ろ」
突然抱き抱えられて、そのままベッドに放り出された。ちぇっ。
習作2
病院に行かなければならなくなったと翳がぼやいていた。
低体重、低血圧。そのくせ酒と薬で肝臓と胃はまあまあ荒れている。不健康のお手本のような身体を持つ翳は、お風呂に入りながら、肋の浮いた上裸を撫でさすっていた。
「俺、どこも体調悪くないのに…」
そう呟く翳は珍しくしょんぼりしていて、この前フードコートでカップルとぶつかって水をかけられた挙句、そこにいるのが邪魔なのだというような目で見られてもいつものぼんやり顔を貫いていた翳がしょんぼりしていて、おれは思わず聞いた。
「病院きらいなの?」
「好きな奴はいないだろ」
「そうだけど」
「…母さんが…すぐ病院連れてく人だったんだよ。小学生のとき、俺の体重が増えなさすぎ、急に増えすぎ、身長が伸びない、突然伸びた、指が変に曲がってる気がする、かすり傷つくったら細菌が入ってないか調べてほしい…って、心配症なんだ」
意外だった。なんというか翳を見ている限り、翳の親は放任なんだろうなという勝手な想像をしていた。逆だったらしい。
「それでそこの病院の人も、俺たちが行ったら、うわまた来たよみたいな顔して…あー、やっぱり行きたくないな。行かないことにしようかな」
「だめだよ」
翳には長生きしてほしいもん。そう言ったら、翳はびっくりした顔をして、それからきゅっと口をとがらせた。
「いやだね。長生きしてもいいことなんかないし。30くらいで死にたいな。馬鹿みたいに生きて、さっさと終わらすんだ」
「いやだってば」
おれは髪も洗いかけのまま、強引に湯船に浸かり込んだ。翳がうわ、と声を上げる。
翳の身体はあつくて、瞳は濡れていた。
浴槽から立ち昇る湯気がレースのようにおれたちを取り巻いて、その奥の白い明かりが夢のようにきらきらとかがやいた。
習作3
駄菓子屋から帰ったら、翳が今月の生活費を仕分けていた。使わなくなったおくすり手帳に、ガリガリとシャープペンで書きつけている。おれは上から覗きこんだ。
食費より雑費が多い。この雑費というのが酒や薬を指すのだとおれは知っている。翳は肉や魚より風邪薬を好んで摂取する人間だ。そのせいで万年皮と骨で、明日病院に行くことになっている。
またおれは、翳がカフェインとアルコールの中毒者であることも知っている。最近はコーヒーを飲んでいるところはあまり見ないけれど、以前は躍起になってブレスケアを噛んでいた。
「ただいま」
「ん」
くじの景品でもらった小さいゴムボールを翳の頭に載せながらおれが言うと、翳はわずかに首をかたむけて答えた。その拍子にゴムボールが床に落ちて、赤い塊がころころと転がる。
「いじわる」
「んー」
翳は生返事。
「ねえ翳」
「ん」
「今日の、…夕飯は?」
「んー…1000円」
「えー」
翳が突然金額を言い出すのは、「今日は作る気がないからそれで買ってきて」という意味だ。でもおれはそれが翳の料理よりおいしいと分かっていても、買ったご飯を食べる気にならない。大事なのは翳が作ったという事実。
「…じゃあ…トマトとゆで卵。あとコーンスープ。それでいい」
「うん」
トマトは洗って切るだけだし、コーンスープは多分インスタント。それでもおれは翳が用意するご飯が好きだ。
習作4
翳くん視点
職場の喫煙室の、煙が染み込んだ壁、それの黄土色に変色した微細な凹凸を見つめていたら、これがだんだんラメに見えてきた。
で、あいつを思い出した。
あいつ。小さい同居人。実の親から虐待を受けてきて、今は俺と暮らしている8歳のいのち。
俺ぁ子供なんか好きじゃないけど、まあ、あいつならいいかと思うのだ。だってあいつは従順だし、そんなに飯を食わないから。
それより。
最近あいつの中では空前のラメペンブームが来ているらしい。今朝もらくがき帳にぶどうの匂いつきのラメペンをぐりぐりとこすりつけていた。らくがき帳や折り紙のいたるところにラメがなすりつけられていて、きらきらと白っぽくかがやいている。
俺もラメは好きだ。きらきらしているものは基本的に好き。分かりやすいから。
母さんの真珠のネックレスも、イヤリングも、ルージュも、ネイルも、ハンドバッグも好きだった。
つやつやの巻き毛も好きだった。
香水の瓶も好きだった。
華奢で繊細な女の象徴。女の誇示。
母さんのことは嫌いでも、母さんの持ち物は好きだったのだ。
あの人は俺を殴らなかったけど、俺は殴られた方がましだった。
だって父さんから受けた傷は、母さんから貰った愛情より、よっぽど治りが早かったのだ。どちらも俺をぐちゃぐちゃのぐじゅぐじゅにしたことに変わりはないけれど、それでも。
それはいい。もう過ぎたことだ。
結局言いたいのは、俺とあいつが、深いところで結びついているということだ。
どうやらそうなっているらしい。
帰りにラメペンを買っていってやろうか。
俺が受けた傷と愛情の分だけ、あいつには快楽だけをあげたいと、今はそう思うのだ。
習作5
白い場所に立っていた。
地面の境界線が分からない。おれは突っ立ったまま、足元を見た。
そこには人が転がっていた。
人が転がっていた。
最初に見えたのは脚だった。見覚えのある、浅葱色のスラックス。
視線をずらすと腹部が見えた。服は捩れてほんのわずか、その下の肌を見せていた。白くて、こわいくらい痩せている、不健康な身体。
息が荒くなっていた。吐き気がした。
どくんどくんどくんと心臓がジャンプを繰り返す。狭い部屋の中で頭と足を交互にぶつけてるみたいに。
視線をさらにずらした。肩が見えた。首が見えた。そして、
目の前に翳の顔があった。
はあっはあっと咽ぶような音を上げているのが自分なのだと、暫く自覚がなかった。
夢を見ていた。人が死んでいる夢。血も外傷もなかったのに、なぜかおれには、あの夢が殺人現場にしか思えなかった。
ふさふさした手触りの敷布団を握り締める。手に、顔に、身体中に汗をかいていた。おそろしかった。ひどい夢だった。心臓はまだジャンプしている。それだけ夢から持ち越されている。
「…ん…」
かすかな声の混じった翳の吐息で現実に戻される。翳はいつもの顔で眠っている。
翳は深い眠りに落ちていて、夢を見ないらしい翳は、ただ暗い、暗いとも認識できない闇の中に目を瞑り、ひたすらに眠る。
おれは翳の無防備な胸元に頭をこすりつけた。腕を回して翳を抱き締めて、足を絡ませて、翳の寝息を耳の間近に聞く。
「ん、ぅ、…ん…」
翳は小さく唸ったけれど、起きる様子はない。
だらんと脱力して、眠り続けている。あの夢の中の人のように、だらんと、力を失っている。
翳の鼓動が聞こえる。どくん、どくん、ゆっくりと打つそれが、翳の全身に血を送り、翳を生かしている。翳の手が温かいのも、こうやって寝息が聞こえるのも全部、身体と比するとずいぶん小さいこの心臓のおかげ。
生きてる。
翳の鼓動を聞いて、温かい身体を抱き締めて、ようやくおれは安心する。陶然とする甘やかな眠気がふたたびおれを誘って、糸を引くようにつれていく。深い眠りが熟れていく。
習作6
翳くん視点
ODなので一応R15
起きたまま夢を見る、ということは、あながち嘘ではないのかも知れない。
最初にそれを言い出した先人がどのようにして見たのかは知らないが、俺はこうやって見る。
俺の頭の中は矜羯羅がっているのに真っ白で、寒いような暑いような嫌な感覚が四肢の先端を刺し続けている。どこで見たとも思い出せない広告の文字がひっきりなしに脳の奥で流れ続けているかと思えば、身体の中身が全て白い綿菓子に取って変わられたかのような気にもなる。
視線をずらした。
網膜に焼きついた残像が補色の影を落とす。
残像は現実よりも鮮やかな色を垂らし、やがて消える。
支離滅裂が膨張する、あるいは停滞する。留まり、膨らみ、衰え、進み、幸福に、不幸に、
「翳!」
子供の叫び声。柔らかくまろい手。
瞬きした。残像はまだいくつか残っていた。
現実は思ったより鮮やかだった。残像より立体的で、匂いと温度があった。
窓の外では鳥が鳴き、隣では子供が泣いていた。
机上に目をやる。ぎ、と首が重い音を立てて、後頭部に固いフローリングの感触がした。
机上には錠剤と酒。
ああ、うん。まあ、そういうこともある。
「そんなに泣くことないだろ」
「だって、翳が死ぬかもって思ったから、だっ、て、俺、いやって言ったじゃん、これ、しないでって、ねえ、」
「…死にゃしないよ…」
風邪薬を大量に飲んだところで死なないんだって。
俺は子供の頭を撫でる。傷んだ髪はそれでも指通りが良くて、毛先が半端に伸びかけている。
切ってやればいいけど、酒入ってるんじゃなあ。
「かわいそうに」
誰に言うともない言葉はフローリングの床に落ちて溶ける。