みずがおしえてくれたはなし
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すいぞくかんのこいものがたり
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目次
人魚と僕とアクアリウム A prologue
まじでなんで書いたのかわからん。でも、読んでくれたら嬉しい。
「なんで君がここに…」
僕の驚きに満ちた呟きは、海の向こうから流れてくる塩辛い風にのってどこかへ行ってしまう。
ここにいるはずのない彼女は、僕の目の前でいつものゆらめく|水面《みなも》のような笑顔を浮かべた。
〈久しぶりだね〉
〈…久しぶり。どうして僕がここにいるってわかったの?〉
〈うーん、なんとなくかな〉
〈なんとなくって…〉
僕が呆れた声を出すと、彼女はそれすらも喜ぶかのように笑みを深くした。
〈ねぇ、覚えてる?あの約束、果たしにきたんだよ〉
〈…〉
〈ちゃんと、《《見ててね》》〉
そう言うと、彼女ーー蒼はおもむろに左手をふわりと上げた。
誰も見たことのない、人魚の舞が始まった。
人魚と僕とアクアリウム #1
僕は海が好きだ。
真っ青な空を溶かし混んだかのような澄んだ海。白い雲も、自由に飛ぶかもめも、全部受け入れて写し出してくれる。一度も見たことがないはずのそれは、僕の心を容易くつかんだ。
...そう、僕は海を見たことがない。さらにいえば、山にも登ったことがない。3歳のときに原因不明の病にかかっていると言われてから9年が過ぎ去ったが、いまだに僕は病院に|軟禁《なんきん》されるような生活を送っている。
食事は美味しくないし、窓から外を眺めることもできない(めまいがひどいのでベッドから出るのを禁じられているのだ)。そんな僕の唯一の楽しみが、病院のすぐとなりにある水族館だった。
そこの目玉であるアクアリウムを時間が許す限り眺めているのが好きだった。車椅子に座っているせいであちこちから見ることはできない。それでも、あちら側が見えるような水の中を鮮やかな魚たちが自由気ままに泳いでる姿を見ると、治療で疲弊した心が癒されていくのを感じた。
ある日、主治医の先生からいつものように許可をもらって水族館にいくと、いつもではありえないほどの人だかりができていた。なにかイベントでもやっているのだろうか?
「おい、ここに人魚がいるって本当か?」
「そうらしいぜ。なんでも、超がつくほどの美少女なんだとか」
人魚?なんのことだ?
そう思う間も無く、荒れ狂う人の波のせいで僕の車椅子は操作不能になる。
そのまま、僕はあっという間にアクアリウムまで運ばれてしまった。人の波から押し出されるように抜け出すと、ちょうどそこはアクアリウムの真正面だった。
そこで僕が見たのは、夢みたいなとしか表せないような光景。
上から降り注ぐ光と煌めく|泡《あぶく》。いつもの美しい景色の中にぽつん|佇《たたず》む少女がいた。
水の中でふわっと広がった黒髪に、輝くような白い肌。ぱちぱちと瞬く長いまつ毛の向こうに隠れた群青の瞳は、いつかの写真で見た澄んだ海と空を思い出させる。
〈…綺麗〉
ただ、それしか考えられなくなった。
これこそが俗に言う「一目惚れ」というものだということは、この時の僕には知るよしもなかった。
必死です。
ゼェハァ…()
人魚と僕とアクアリウム #2
多分超能力で僕の考えを読んだやつと感が鋭いやつ、それと答えが好きで好きでたまらない同士は答えがわかったと思う。
まあ、ここまでは分かりにくいし、わからんのが当たり前。まだ先はあるからゆっくり考えてほしい。
〈ねぇ、もしかして、私の声が聞こえるの?〉
頭の中に響くような声で僕は我に返った。今の声はどこから…?
〈…勘違いか。そうだよね、人間に私の声が聞こえるはずないよね〉
哀しさと寂しさがブレンドされたような声に、僕は思わず声を上げる。
〈聞こえてる!聞こえてるよ!〉
そう声を上げようとしたのに、喉からはなんの音も出ない。でも、その言葉は僕の耳に言葉としてはいってきた。人魚にも言葉が伝わったようで、愛らしい顔がぱぁっとほころぶ。
〈よかった…私、ここにきてから誰とも話せなくて寂しかったの。あなたの声が聞こえた時はびっくりしちゃった〉
〈僕の声?〉
〈うん。綺麗だ、って呟いてたでしょ?〉
…あれは伝わっていたらしい。恥ずかしさに思わず顔が熱くなる。
〈たしかにここは綺麗だよね…そうだ、せっかく話せたんだし、あなたの名前を教えてよ。〉
〈う、うん。えっと、僕は|青澄《はると》。|住之江《すみの》|青澄《はると》だ。君は?〉
〈私は|蒼《あおい》だよ。ねぇ…また、ここにきてくれる?〉
人魚…蒼は、僕の反応を伺うように訪ねてきた。不安そうだが、僕の答えはとっくに決まっている。
〈もちろん!〉
その言葉で君の顔いっぱいに嬉しさが滲んで、ありがとう、と満面の笑みで伝えてきた。
その笑顔は、何度でも恋ができそうなほど綺麗だった。
恋愛もの…ゼェハァ
人魚と僕とアクアリウム #3
{悲報}トトちゃん活動休止
どのぐらいなのかは知らんけど、待ってるからねーっ!!
それからというもの、僕は毎日水族館に行くようになった。
〈|青澄《はると》、ヤクソクってなぁに?〉
〈えっと、破っちゃいけない決まり…かな?まぁルールみたいなものだと思うけど〉
〈なるほど。破っちゃダメなのか…〉
〈どっかで約束でもした?〉
〈んーん、違う。ガラスの向こうで人間が「約束したでしょ」って言ってたの。それで気になって〉
なるほどな…約束って言うなら親子とかかな?
〈親子だった?ほら、子供と大人が一緒にいるやつ〉
〈いや、男の人間と女の人間だったよ?「私たち、ケッコンするって約束したよね」って〉
…それって修羅場じゃね?
〈えっと…その人たちの約束はちょっと忘れようか〉
〈えー…わかったぁ〉
まだ|蒼《あおい》は言葉をあまり知らないんだし、変な言葉ばかり覚えさせてはいけない。巨大水槽の中に防水性の辞書でも投げ込んでやれたらなぁ…
〈そうだ、青澄には一緒に来る人とかいないの?大人とかカノジョってやつとか〉
〈…いないよ。誰も〉
父は僕が生まれる前に車に撥ねられ、母は僕を産んだ時に亡くなった。病院の中で何年も生きてきた弊害で同年代の子たちとは話が合わず、彼女なんかはもってのほか。常に僕は独りだった。今では主治医の先生と看護師さんたちが家族のようなものだ。
看護師さんやお医者さんたちに僕と遊ぶ余裕なんてあるわけもなく、僕はいつも一人で水族館を訪れていた。
〈そっかぁ、なら私は青澄とずっと話してていいんだね!〉
君はそういうと、つぼみがほどけるような笑顔を浮かべた。周りから感嘆のため息が聞こえる。
...そうか、蒼は僕と話したいのか。友達にも言われたことがないその言葉はあっさりと僕の胸に入ってきた。感じたことのないほんわりとした温もりが身体中に広がっていく。
〈なにいってんの。僕はずっと君とおしゃべりするさ〉
〈えへへ...嬉しい...〉
せめて、僕が動ける間は。いや、命つきるまでこの言葉は|違《たが》えない。
君のためなら、僕は《《人魚》》にだってなってみせる。
やばい、自己嫌悪で狂いそう()
人魚と僕とアクアリウム #4
ある日、いつもどおりアクアリウムにいくと、|蒼《あおい》は歌を歌っていた。
澄んだ|声色《こわいろ》はあたりを静寂へと導き、空気をも支配する。
誰もがその場に縫い止められたように動かない。|否《いな》、動けない。息をするのも|憚《はばか》られるような空間が、蒼の歌で創られていた。
蒼が歌い終わっても、人々は石像のようにそこから動かない。蒼は不思議そうに辺りを見回した。
〈|青澄《はると》、なんで動かないの?〉
その声に僕は我に帰る。それが伝染するかのように僕の周りから歌の魔法は解け、時間は動き出した。職員らしき人も慌てて去っていく。
〈いやえっと…ちょっと固まってただけ。それにしても、歌うまいね!〉
〈そう?えへへ、嬉しいなぁ〉
蒼ははにかんだ笑みを浮かべる。うっわかわいい。
〈これね、私がちっちゃい頃に誰かに歌ってもらってた歌なんだ。〉
〈へぇ、歌詞とかはあるの?〉
〈あるよ!ああ、さっきは鼻歌だったから歌詞わからないね。よし、本気で歌うよー!〉
そういうと、蒼はすぅっと息を吸い込んで、歌い出した。
〈人魚の女の子は恋をした 相手は人間 人と人魚の恋は常に苦難 二人は陸に上がった 恋を愛と成すために みなのもの よく覚えておけ 黒髪の人魚の名は、〉
「「「「「自由を!」」」」」
突然、外から声が聞こえてきた。蒼は驚いたように歌を止める。
〈青澄!今の音は…?〉
〈外で大人が騒いでるんだ。…「人魚に自由を」って〉
〈ジユウ?ジユウってなに?〉
〈うーん…このアクアリウムにいるのが不自由なら、君がここを出て、海に帰れたら、それは自由かもしれないね〉
胸がちくりと痛んだ。蒼だってこんな狭い|硝子《ガラス》の中に閉じ込められて一生を過ごすのは嫌だろう。それなら、そう遠くない未来には蒼は海に帰ってしまうんじゃ…
〈なんだ、自由ってそんなのか。なら私はいらないかな〉
…いらない?
〈なんで?故郷に帰れるんだよ?〉
〈いや…昔はよく帰りたがってたけど、今は全然かな。〉
〈全然って…〉
〈だって青澄が会いにきてくれるもん!〉
〈っ…!?〉
あまりにも真っ直ぐな言葉に顔が熱くなるのを感じる。そんなの言われたことないしぃ…
〈ここが不自由だろうと、私は青澄が会いにきてくれるこの場所が好き!まったくもう、私の声も聞こえないくせに私がそう思ってるって決めつけるなんて、ただ意見を押し付けてるだけじゃない!…青澄?なんで顔隠してるの?〉
〈いや、気にしないでくれ…〉
今の僕なら空でも飛べそうだ。不思議そうに硝子の向こう側から覗き込む彼女の視線から顔を隠しながら、僕はそんなことをおもっていた。
人魚と僕とアクアリウム #5
「そこの方、一緒に人魚を救いませんか?」
ある日、いつものように水族館に行くと、入り口で大勢の大人がビラ配りをしていた。その中の一人から声をかけられたわけなのだが...
「い、いえ、あの」
「この水族館に人魚と呼ばれる少女がいるのは知っていますか?知ってますよね?人魚はもともと海に住んでいたのに突然こんなところで人間の見世物にされているのです!可哀想ですよねぇ?救ってあげたくはありませんか!?」
確かに、故郷から遠く離れたところにつれてこられ、あまつさえ見世物にされるのは気分が悪いだろう。そんな場所から救いたいという気持ちもわからなくはない。だが...
「...その子に、助けてほしいって言われたんですか」
「え?あ、いや、そういうわけでは...」
「彼女がどう思ってるかさえ分かっていないのに勝手に思い込んで...彼女はそんなこと望んでません!自分の偽善のためでこんなことをしてるのなら今すぐどっかいってください!」
あっけにとられたのかぽかんとしている大人を避け、僕は全速力で(でも車椅子だからあんまり速くない)アクアリウムへと向かった。
〈あ、|青澄《はると》おはよ!ねぇねぇ、私すごいこと思い出したの!〉
頬をほんのりと朱に染めながら|蒼《あおい》はこの時間が楽しくてたまらないかのように語り続ける。その全てが演技で、彼女が人間を恨み、この場所に絶望しているようには僕にはどうしても見えない。
確かに、|アクアリウム《ここ》に閉じ込められているのは辛いかもしれない。寂しいかもしれない。でも、彼女がここにいたいと望んでいる限り、僕の役目は彼女の苦しみを少しでもやわらげることなんじゃないか?
〈…ねぇ、聞いてた?〉
〈え?あ、えっと、ごめん〉
〈もう…私はダンスが得意だって話だよ!〉
〈え、ダンス?水中で?〉
〈うん。まだ途中までしか思い出せないんだけど…って、青澄は関係ないでしょ!ずっとずぅーっと考え事してたもんね?〉
彼女はぷくーっと小さな頬を膨らませる。たいそうご立腹らしい…さっきの決意がはやくも崩れそうになって、僕は慌てて言葉をかける。
〈関係あるよ!だって僕もダンスみたいもん!〉
それを聞いた彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。え、そんなに驚くか!?
〈っ…わ、わかった。そんなに気になるなら見せてあげてもいいけど?〉
〈!? やった、嬉しい!楽しみにしてるね!〉
〈それじゃあ…約束!〉
〈うん、約束だ〉
よほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべた彼女と、ガラス越しに小指を触れ合わせた。
喉が痛い…
人魚と僕とアクアリウム #6
親戚(?)のべりおじさんからファンレター来た。ありがとう。
でもさ…べりって女性なのよな。(´∀`)
星屑さんもありがとう!
狂った教祖(べり)のファンレターの後だと癒されます。
どっちも嬉しかったです。ありがとう!
くらげのように透き通った|硝子《ガラス》の中で、|蒼《あおい》は暇を持て余していた。
〈…帰っちゃった〉
ついさっきまで|青澄《はると》とおしゃべりしていたのだが、青澄は若いお姉さんに連れられて帰ってしまった。きっとあれが青澄が話していた「カンゴシサン」という人種なんだろう。見たところ他の人間とあまり変わらないように見えるけど、何か違うのかな?違いを見つけようとカンゴシサンが来たシーンを思い出そうとすると、自然と青澄の笑顔も脳裏に蘇ってきた。
〈あんなに笑顔にならなくたっていいのに〉
青澄がカンゴシサンに向ける笑顔は、自分に向けられるものとはまた違う。その事実が面白くなくて、また私はため息をこぼした。口からこぼれた泡を追いかけて上を向くと、黒い人影が水に映る。
〈あれ、ご飯かなぁ?いつもよりはやくて嬉しいな〉
ご飯は毎日三食もらっているが、いつも硬くてしょっぱい粘土だ。青澄とおしゃべりすることの次に楽しい食事だが、毎回毎回同じものを食べていれば飽きもくる。ご飯をくれる人間もたまに魚を持ってきてくれるが、実を言うと私の好物はわかめである。
今回こそわかめほしいって伝わるといいな、と思いながら私は足をぱたぱた動かして一直線に上へと昇っていく。ほんのちょっぴりの期待を胸に水面から顔を出した。
その途端、世界が逆さまになった。水の中とはまた違う浮遊感に頭が追いついていかない。
「人魚様ぁ!ワタクシめが救って差し上げますよぉ!」
大柄な人間に担がれていると気付いたのは、人間が私に大声で叫んできた時だった。うるさくて思わず顔を顰めると、男はどう解釈したのか顔を綻ばせた。
「ああ、ワタクシなんぞに笑顔を向けていただけるなんて何という幸福…!」
〈笑ってないし!っていうか離してよ!〉
本能的な気持ち悪さに顔を歪めながら、私はジタバタともがいて抵抗を試みる。だが、体に巻きついた腕はびくともせず、逆に力がこもる。
「ああ、人魚様…何も心配する必要はございません。ただ、ワタクシどもにその身を委ねれば貴方さまの願い通りになりますよぉ…」
ここでようやく周りを見る余裕ができた。どうやら私を担ぐ気持ち悪い男はどこかに向かって走っているらしい。目の前で次々と移り変わる色に気分が悪くなる。そんな中でも、私があのアクアリウムから遠ざかっているのがわかった。
〈っ…!?は、離してよ!やだ、あそこにいないとっ!〉
青澄に会えない。その言葉は音とならずに空気として口から漏れ出た。いつのまにか体は動かなくなり、喉からヒューヒューと異音がする。
…水から離れすぎた。今の私は陸に打ち上げられた魚と同じ。このままだと…死ぬ。
意識に霧がかかっていく。それに抗うように、私は最後の力を振り絞って手足をバタつかせる。
「人魚様、そんなに怖がらなくても大丈夫…っ!?人魚様!?人魚様ぁ!?」
そこまでが限界だった。視界はあっという間に暗闇に包まれ、体が言うことを聞かなくなる。
…ああ、最期に青澄に会いたかったな。
死を前にしても、私の頭の中に最後まで残ったのは、大好きな車椅子の男の子の大切な笑顔だった。
だいたいここまで来たら、その手の人にはこの小説のモチーフがわかると思います。
ちなみにこれ、既存曲の小説化にあたるらしいです。
二次創作に該当すると思ってなくて焦りました。(΄◉◞౪◟◉`)
人魚と僕とアクアリウム #7
悲しい曲じゃないか、とのご意見をいただきました。悲しくは…ないですね。まあ、恋の歌です。
|蒼《あおい》がさらわれた。それを聞いたのは事件から三日後のことだった。
あの日、病院に帰ると、それを見計らったかのように病状が悪くなった。二日意識が戻らず、一度は死さえも覚悟したと主治医の先生が言っていた。
今は安定しているものの、いつ急変してもおかしくないとお医者さんは言った。そして…言いにくそうに、緩和治療に移ってみてはどうか、とも言った。
緩和治療は「病気を治す」ことではなく、「病気の辛さをやわらげる」ことを目的とした治療。ここに移ることはつまり…
僕の病気は、もう治らない。
そんな死の宣告を聞いても、まだ僕には明るく振る舞うぐらいの気力は残っていた。蒼がいたからだ。
蒼とはまた会える。心配しているだろうか、と考えながら看護師さんに水族館の人魚は元気か、と聞くと、その人はなんでもないことのように言った。
「ああ、隣の水族館の人魚?その子ならちょっと前にいなくなっちゃったわよ?なんでも新興カルトにさらわれたとか…」
怖いわねぇ、と他人事のように呟きながら看護師さんは手早く点滴を変えて病室を|足早《あしばや》に出ていった。
…蒼が、いない?
---
どのぐらい経っただろうか。気がついた時には窓の外は真っ黒になっており、サイドテーブルには冷え切った夕食が寂しく置かれていた。
…蒼が、いない。死を前にしても絶望に飲み込まれなかった僕だが、その理由である蒼が消えた今、もはや生きる意味はない。それと呼応するように死への恐怖が膨れだした。
怖い。
ガシャン!
弾けるような音に僕は我に帰る。食事と一緒にテーブルに乗っていた水差しが倒れたらしい。びっしょりと濡れた右手から刺すような冷たさを感じて、僕は拭き取ろうとタオルに手を伸ばした。
《《僕の体はあっさり起き上がり、タオルを力強く掴んだ。》》
…あれ?病状がひどくなった僕は起き上がることすらできなかったはず。なぜ、今になって自由に動けるようになった?
特に薬を服用したわけでもない。ただ、水差しをひっくり返したぐらいで…
「…まさか、そんなわけ」
口ではそう言いながらも、僕はなにか確信めいた予感を持って予備の水差しを引っ掴む。そして中の水を頭からかぶった。
「っ…、ああ、やっぱりだ」
脳天から貫かれるような冷たさと共に、体の奥から熱が湧いてくる。気だるくない。苦しくない。
これなら、動ける。
もしかしたらこれは幻で、僕は今も生死の境をさまよっているのかもしれない。病気は今も少しづつ僕の体を蝕んでいるのかもしれない。
それでも、今僕がするべきことは決まっていた。
…蒼をさらったカルトはおそらく水族館前で騒いでいた連中だろう。あいつらの目的は「人魚に自由を」。なら、人魚を手に入れたあいつらがまずすることはなんだ?
そうだ。《《蒼を海に帰すこと。》》
こんな素人の推理は当てにならないことはよくわかっている。蒼は今も囚われているのかもしれないし、もしかしたら死んでしまった可能性もある。
でも。
もし、可能性があるならば。
「もう一度、会いたい」
短い人生で初めての強い決意を胸に、僕は生まれて初めて病院を抜け出した。
ちなみにいうと、元の曲には主人公が病気だったとか、カルトに連れ去られたとかそういうのはありません。
当然、気持ち悪い大柄の男もいませんので、あしからず。
人魚と僕とアクアリウム #8
よう!やっと#1に追いついたぜ!
思ったより長かったぜ!(そんなに長くはない)
あと、beri。
当たりだ。
その曲のパロディだ。
大当たりだよっ!
…死ぬ前に死にそう。
そんなあほらしい言葉が頭の中で叫ばれ始めたのはつい数分前。
こっそり貯めていた小銭で人生初の夜行バスに乗ったときは、冒険に出たような気分でわくわくしていたものだ。
だけど、まさか僕が車酔いというやつにかかると思ってなかった。くわんくわんと耳鳴りがする中、体のだるさが戻ってきて僕は慌てて腕に水筒の水をぶっかける。
水をかけると動けるようになるとはいえ、すぐに効果がなくなってしまうので、少しでも違和感があればすぐに水を継ぎ足さなければならない。病院から脱走した身でもあるし、もしこんなところで倒れて病院に戻されたら、もう一度出るのはかなり難しいだろう。だから、こんなところで体調を崩している場合ではないのだが…
「うっぷ…」
「そこのお兄さん、大丈夫かい?顔青いよ?」
真夜中の運転で疲れている運転手にさえ心配される始末だ。大丈夫と首をぶんぶん振ってからまた腕に水をかける。
気持ち悪さと体のだるさ、両方と果敢に戦っていたらあっという間に目的地に着いた。
…これが、海。
一番最初に思ったのは、そんな誰でも持てるような感想だった。でも僕にはそれで十分だ。
写真とは違う濃い青の海が一面に広がっていた。大きな月が空と海両方に浮かんでいて、
砂浜へ降りると、砂が足にまとわりついてきた。
足をとられながらも前へ進む。青い絵の具が溶けたような水面に波がたって、あっというまに白い泡になって近づく。
何も考えられない。
〈青澄...?〉
そんな頭の中に、幻が聞こえた。
いや、そんな。まさかと言葉を並べながら、僕はゆっくりと振り返った。
〈なんで君がここに...〉
そこには、幻と見間違うような美しい少女...|蒼《あおい》がいた。
人魚と僕とアクアリウム #9
さて、あと何人当ててくれるんですかね()
こぽぽ、と水の音がして、私ーー|蒼《あおい》の意識は浮き上がった。
目の前に広がっていたのはまっさらな水。でも、いつもアクアリウムにいた色鮮やかな魚たちはどこにもいない。
不意にぴりっとした痛みがせりあがってきた。下を見れば、傷ついた足と地面...するどい岩場が広がっていた。
ここはどこ?
「人魚様ぁーっ!!どうか、お幸せにぃーっ!!」
...覚えのある声が聞こえた。あんなやつ気にしなくてもいい、というわがままな心を押さえて水面から顔を出す。
そこにあったのは、白くておっきなかたまりにのった人間たちだった。
私をアクアリウムからつれだした男は、私の顔を見るなり顔をほころばせる。こちらにむかってぶんぶんと両手をふってきた。
相変わらずよくわからない男を乗せたまま、白いおっきなかたまりはブオロロロと水をはきだしながら猛スピードで離れていった。
あとにのこったのは、私だけ。
そこではじめて私は周りを見回した。あったものは...水。
そう、一面に水が広がっていた。右を向いても左を向いても水。水。水。強いて言うならば、上は青い天井だった。濃い青の上に、白いつぶつぶをまぶしたような天井。
私はここを、|青澄《はると》に見せてもらったことがある。水がいっぱいにためられている水槽だ。確か、ここの名前は...
〈海、か〉
私の呟きは、吹いてきた風に乗って空へ昇っていった。
---
しばらく私は、呆然と海の向こう側をながめていた。
...青澄が見たことないって言ってた場所。まさか私の方が先に見るなんて思いもしなかったな。
紫色と濃い青色に分けられてくっきりとしている線を、私はぼぅっと眺め続けた。
そして、その時は突然に訪れた。
私はその先もいろんな場所へ行ったが、これよりも美しいものを見つけることはできなかっただろう。一生に一度の、夢のごとき短い時間だった。
海の向こう側が輝き始め、唐突に光のかたまりが顔を出す。
そのかたまりは私を置いてするすると上へ昇っていった。
丸い「光」が浮き上がり、海にも輝くような道を残していく。
私は、生涯で初めて太陽を見た。
〈はじめてみた...これが、硝子の外なんだ〉
青澄にも見せたい。
この景色を見ても、私のなかにはやっぱり彼がいた。
はやく彼に伝えたいな。
ねぇ、海ってこんなに広いんだよって。
硝子の外って、こんなにきれいなものばっかりなんだよって。
やばい、どうやって誘導しよう()
人魚と僕とアクアリウム #10
〈暑い…煮えちゃう…〉
あの日の出を見てからしばらく経って、太陽が輝きを増した。また綺麗なものを見られるかと期待していたけど、この暑さにはかなわない。無理、死にそう。
〈このあっつい光、人間にも届くよね?どうしてんだろ…〉
私はとりあえず|青澄《はると》の服装を思い浮かべてみる。青澄は水色っぽい薄いシャツに同じ色の長ズボン、膝には毛布、いつもごちゃごちゃした機械の上に座ってて…
---
〈うん、僕は毎日これ着てるよ〉
〈他の人間はいろんな色の服を着てるのに?〉
〈僕は他の人とは違うんだよ…それに、これはルールなんだ〉
〈るぅる?なぁに、それ?〉
〈えっとね、強い約束みたいなものだよ。絶対破っちゃいけない、大事な約束〉
---
〈あああああ!そうだ、約束!〉
思い出した。青澄にダンスを見せるっていう約束したのに、まだ見せてない!
〈しかも、今青澄ってどこにいるの…?〉
見渡す限りの青。その中心に、私はいた。
---
〈うう、真っ暗…何にも見えないよぉ…〉
とりあえず闇雲に泳いでみることにしたが、すぐに日が落ちて視界は闇に塗りつぶされた。
〈わかんなくなった…こんなとこで、迷ってる場合じゃ無いのに〉
そう、私はこんなところでびびってる場合ではない。青澄とした約束を果たさなければならない。
だって、これは約束なんだから。
〈そんなこと言っても…ん?〉
濃い闇の中に、一粒だけ真っ白な光があった。まるで…私を、呼んでいるかのような。
私の体は自然と動き出していた。もっと速く、あそこに行かなくては。
光の源は大きな石だった。すごく高く積まれた石の中に、キラキラ光る何かが入っている。
その下にあるのは…陸地。やっとだ。やっと、元の場所に帰ってこられた…!
刹那、懐かしい音が響いた。ブオロロロロォとお腹にくわんとくるようなこの音は…
〈青澄が言ってた!あれが「ばす」かぁ〉
人間の世界に近づいていることを確信する。はっきりとした希望を持ち始めた時…
足音が、した。
人間がきた。
隠れる間も無く、その姿を見る。
砂を踏み締めて歩くその姿は。
足元がおぼつかないその歩き方は。
闇夜でも瞬く金の瞳は。
…青澄。
その瞬間、私は水の中から立ち上がった。そのまま、ゆっくりと彼に近づいていく。
〈なんで君がここに…〉
彼が、呆然とした様子で声を絞り出す。
その言葉は、潮風に乗って私のところまでまっすぐに飛んできた。
〈久しぶりだね〉
〈…久しぶり。どうして僕がここにいるってわかったの?〉
〈うーん、なんとなくかな?〉
〈なんとなくって…〉
青澄の呆れた声でさえ懐かしくて、顔が綻ぶ。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
〈ねぇ、覚えてる?あの約束、果たしにきたんだよ〉
〈…〉
〈ちゃんと、見ててね〉
私は静かに手を持ち上げる。
愛する人に捧げる、人魚の舞が始まった。
質問があったので答え〼。
蒼は人魚と呼ばれてはいるものの、下半身は魚ではありません。鱗もありません。見た目は普通の…いや、かなり可愛い女の子です。
んで、水中で息ができて水圧に負けない=水中に住める→なるほど人魚やん
こういう思考です。
関西弁混じってるのは僕の趣味です()
なので、二本足があります。
人魚と僕とアクアリウム #11
よっす、フェンリルだぜ!
これを最終回にするつもりだったのに終わらなかったぜ!
次こそは頑張るぜ!
|蒼《あおい》の手がまっすぐに天を指す。
くるりくるりと回る体は、朝日に照らされてえもいわれぬ神々しさをかもし出していた。
白い足が複雑に地面を踏むたび、彼女が羽織る白いワンピースが羽衣のごとく浮き上がっている。
それは、誰も見たことのない人魚の舞だった。
僕は体が重くなるのも忘れ、呼吸さえも忘れて、ただただ彼女の舞に魅入っていた。
それこそ、死の間際でもかまわないと思えるほどに。
その至福の時間は、僕の命が潰える前に終わった。
〈えへへ...どう、かな?〉
はにかみながら立ち上がった彼女に答える間もなく、僕の体は糸が切れたように地に落ちた。
体が動かない。頭の芯が冷えて、外の音がうるさいぐらいに響く。
ああ、時間切れだ。
〈|青澄《はると》...?青澄っ!なんで...?〉
〈…ごめん〉
〈なんで謝るのぉっ…〉
彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら僕の体を抱える。なんで、どうすれば、と呟く彼女は何かに怯えているようだった。
〈やっと…やっと会えたんだよ?硝子越しじゃなくて、ちゃんと触れられるところで!なのに、こんなの…やだ、やだよ…〉
ぽろぽろと涙をこぼす彼女の頬にそっと手を添える。彼女の|華奢《きゃしゃ》な肩がぴくっと跳ねた。
そのまま、僕はゆっくりと語りかける。
〈泣かないで?蒼には、笑っててほしいんだ〉
〈でもっ…!青澄が、死んじゃうなんてやだよ…〉
〈いいんだよ、これで〉
澄んだ瞳から止めどなく溢れる涙を、そっと拭う。
〈僕はもう十分幸せだもん。蒼と出会えて、僕はずっと楽しかったんだ。短い人生だったけど…最後に、君に会えたから〉
彼女の涙は、いつの間にか止まっていた。
〈蒼、ありがとう〉
彼女の整った顔がくしゃりと歪む。
泣き顔ではなく、笑みの形に。
〈…何、いってるの。私は諦めないから。絶対、絶対あk¥&@:?/〉
そこから先は、もう聞こえなかった。身体中の感覚がふっと消える。
最後に、彼女の笑顔を見られて本当によかった。
そんな言葉を最後に、僕の意識は消えた。
---
こぽり、と口から泡がもれる。
足が地面につかない。ふわふわとした浮遊感に不安を覚えながら、僕は薄く目を開けた。
目の前には、青と白がいっぱいに広がっていた。
…えっと、ここは天国ですかね?
天国ですが?(他人事)
【宣伝】
日記書き始めました。主に学校のクラスメートの奇行を中心に書いていきます。
人魚と僕とアクアリウム #12
目を開けたら、天国がありました。
嘘じゃない。目の前に薄青が限りなく続いている。ここが天国じゃなきゃ、たぶん海の中とか…
〈っ…そうだ、ぼくは…〉
朧げながら直前の記憶を思い出す。そう、僕はあの時|蒼《あおい》に看取られ、確実に死んだはず。じゃあやっぱりここは…?と思考が同じところを巡り始めた時。
〈あ、起きた。おはよう|青澄《はると》!〉
懐かしい声が聞こえた。死の間際に聞いたけど、いくら聞いても飽きない朝日のような明るい声………
〈あお、い?なんでてんごくにいるの?〉
〈違う違う!ここは天国じゃないよ!〉
蒼はそういって、何がおかしかったのかころころと笑い出した。《《口の端から泡が漏れた》》。
…ん?泡?そんな水の中みたいなこと…
〈ここ、海だよ。海の中!〉
んあ?今なんて?
〈う、みぃ?〉
〈そう、海。えっとね、どこから話そうか…〉
彼女はこてっと小首をかしげながら、僕が意識を無くした後のことを語り始めた。
---
〈青澄ぉ…やだ、やだぁ…〉
青澄の体から力が抜けていくのを、肌から血色が消えていくのを、ただ眺めていることしかできない。無力さを前にして、私はただ泣くことしかできなかった。
不意に周りの空気が冷え、目が反射的に閉じる。ぽたりと髪から雫が落ちるのを見て、波がここまできたことを知った。水滴が邪魔で《《顔にかかった海水を手で拭う》》。
《《青澄を抱え込んでいたはずの、その手で》》。
〈っ!?どこにっ…?〉
焦りを覚えながら辺りを見回す。彼はすぐに見つけられた。
彼がいたのは波の向こう。
彼の体は、すでに半分ほど海に浸かっていた。
〈青澄!〉
あわてて海に飛び込んで手を伸ばす。届きそうで届かず、焦りが募る。
お願い。どうか、それ以上は…
そんな願いも虚しく、彼の体は底に沈んだ。
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〈え、僕死んだ?やっぱりここ天国か…?〉
〈違うって、青澄は生きてるよ!〉
〈じゃあ、いったい…〉
僕が戸惑った声を上げると、蒼はいたずらっぽく笑った。
〈多分なんだけど…私たち、同じなんじゃないかな。私も、青澄も、水の中で生きられるってこと。〉
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〈同じ…?僕と、蒼が?〉
〈そうそう!だってほら、今は全然苦しくないでしょ?〉
そう言われてみたらそうだ。息苦しさもないし、体のだるさも一切ない。
〈た、確かに〉
〈私もびっくりしたよ。青澄、海に沈んだ方が顔色良かったんだもん〉
体をひねるとくるりと水の中でターンする。何処へともなく伸ばした手はどんな時よりも生き生きとしていた。
〈びっくりしたなぁ…でも青澄が元気そうでよかっ、ふぁっ⁈〉
僕を見た蒼がオロオロし始めた。え、そんな泣きそうな顔されても…
その時、頬に温かいものが触れた。
それは頬骨をつたって顎からこぼれ落ち、すぐに海に溶けて消える、ぬぐってもぬぐっても溢れ出してくる。
…あ、泣いてるんだ。
そう思った時には喉から|嗚咽《おえつ》が漏れ出していた。言葉をのせて流れ出す。
〈僕…生きてて、いいの?死ななくていい?蒼と同じとこにいられる?〉
僕はずっと怖かった。自分がこの世界から跡形もなく消えてしまうのはとても恐ろしいことのように思えて、手が震えた。
その恐怖が、苦しさが、辛さが、全部涙になって溢れる。
その涙に、蒼は応えた。
…僕の体を、そっと抱きしめることで。
〈うん、生きてていいんだよ。ここにいてもいいんだよ!〉
僕は子供のように泣きじゃくった。蒼の温もりに縋るように、過去を吐き続けた。
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こうして僕は生き永らえることになった。これから海で生きていくことで、さまざまな人たちに出会うことになるだろう。もちろん、蒼とも…
それはまた、別の話。
もしあなたが海に来ることがあったら、耳を澄ましてみてほしい。蒼が好物を食べられた日なんかは、上機嫌な蒼の歌が聞こえてくるかもしれない。
彼女は今も、幸せそうに笑顔を浮かべている。
僕の大好きな、笑顔を。
おわんねぇ…
でもこれで本編(?)は終了となります。
最後にエピローグだけ書かせてください。おねがいしゃっす。
読んでいただき、ありがとうございます!
人魚と僕とアクアリウム An epilogue
なぜかエピローグができました。
そしてもう気づいた人は気づいたでしょう。
話数、一個ずつずれました。
一話がプロローグになりました。
まぁ、気づかなかったらそれでもいいんです。
もっと重要なお知らせです。
正解者二人目、おめでとうございます。
星屑さんはすごいんです。
これからも星屑さんをよろしくお願いします!
「どこにいったんだ…」
つい先日、息子のように可愛がっていた患者の男の子が突然病院から消えた。
原因不明の病にかかっている彼には、この前寿命わずかだと伝えたばかりだった。彼は事実を受け入れ、それでも瞳には光が灯っていた。これなら…!と希望を持った矢先の出来事に、私は冷静ではいられなくなっていた。
なぜ、今。
もしや、瞳の中に映っていた光は|仮初《かりそめ》のものだったのだろうか。
私が気づいてあげられなかっただけで、彼の胸の内は絶望に塗りつぶされていたのだろうか。
「せんせー!これ見て!」
同じように彼を可愛がっていた看護師が駆けてきた。右手には画面が光った携帯が握られている。
彼女は息を整える時間も惜しいと言わんばかりに、携帯の画面を私の眼前に突き出した。
そこには、とある投稿が写っていた。
【夜行バスから病院服の男の子が降りてきたんだが。なんでこんな時間に海に行くんだ…?止めた方がいい?】
「先生…これ、|青澄《はると》くんですよね…?」
投稿に添付されていた写真に写っていたのは、紛れもない彼の姿。
海にいったと書いてあっただろうか。
海。
自殺にはもってこいの場所。
この瞬間、私は彼が死んだことを確信した。
私は、一人の人間を見殺しにした。
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あれから二十年経ったが、今でもあの子の顔は忘れられない。いや、むしろ時が過ぎ去るたびにより鮮明になっていく。
彼は、私を許してはくれない。
だから、精一杯の罪滅ぼしを繰り返す。
今日も私は彼が自殺した浜辺を訪れた。潮風が心地良い。
砂に足を取られながら、手に持った花を水際に置く。毎日は来れないけれど、それでも月一でここに花をたむけている。
少しの間彼との記憶に思いをはせた後、すぐにそこを去ろうとする。昔も今も、ここにいるのはたまらなく辛い。
だが、今日は去れなかった。
目の前に、青澄の幽霊が立っていたから。
「…先生?」
呆けた声もまた、彼にそっくりで。
気づけば私は砂浜に崩れ落ちていた。
「ごめん…本当にごめん、青澄…」
「ふぇっ!?せ、先生立ってください!砂ついちゃいますよ!」
青澄の慌てた声がして、肩に誰かの手が乗る。
見上げれば、青澄の手だった。
青澄が、僕の肩を掴んでいた。
「青澄?なんで幽霊なのに僕に触れられるんだい?」
「何言ってんですか先生…僕、生きてますよ?」
二人の間を、潮風が吹いた。
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「なるほど…君は自力で病を治したんだね」
「まぁ病じゃなかったんですけどね」
青澄が語った“これまで”は、私にとって衝撃的なものだった。だが同時に納得もしてしまう。アクアリウムの人魚についての論文は世界各地から上がっていたが、その情報と照らし合わせれば全ての症状に辻褄が合うのだ。
「やはり、私は君のことを救えていなかったのか」
私は青澄の病を治すことができなかった。その事実よりも、青澄のそばにいてやれなかったことが私に強く刺さった。
私は、医者と名乗る資格すらもないのかもしれない…
「そんなことないです!先生はいつでも僕を救ってくれたじゃないですか!」
彼は言う。家族がいなかった自分にとって先生や看護師さんたちが家族だったと。先生がいたから、自分は生きる希望を失わなかったのだと。
その言葉が、そこにこもった想いが。
私の中の鉛を溶かしていく。
「…やっぱり君は医者に向いていると思うよ。相手の欲しい言葉をそのまま渡せることは、医者にとって必要なものだ。うん、今からでもどうだい?」
「だから無理ですよぉ!医者ってめっちゃ勉強しないとなれないし…」
「まあまあ、私が教えてあげるから」
「勘弁してください!前に勉強教えてもらったときの地獄はまだ記憶にこびりついてるんですから…」
彼がへにゃりと情けない顔をする。あまりにも面白くて、おもわず吹き出してしまった。
何笑ってんすか、と涙目の彼にぺしぺし叩かれながら私は気づいた。
こんなふうに笑ったのは、彼と過ごして以来だったな、と。
彼はやはり、幸せになれる。
彼は、多くの人に幸せを与えられる。
これも一種の才能だなと、やはりぺしぺし叩かれながら思った。
この後、青澄と談笑していたら海から現れた人魚に「浮気者ぉ!」と|詰《なじ》られ、二人の固い絆(?)で必死に釈明することになったのだが、それはまた、どこかの機会に。
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あるところに、にんぎょさまがおりました。
にんぎょさまはいつもひとりぼっちでした。みんな、わたしのことをながめるだけではなしてもくれない。にんぎょさまはさびしがりました。
あるとき、おとこのこがはなしかけてくれました。にんぎょさまはおおよろこび。ああ、これでさびしくなくなる。
それから、ふたりはたくさんたくさんおしゃべりしました。にんぎょさまは、しあわせでした。
でも、しあわせというものはながくつづきません。いまもむかしもそれはおなじです。おとこのことにんぎょさまははなればなれになりました。
でも、ふたりはあきらめませんでした。さまざまなこんなんをこえて、ふたりはまたであいました。
ふたりはちかいます。
どんなこんなんも、ふたりでこえていくと。
さて。ふたりは、しあわせになれたのでしょうか。
それはわかりません。
わかりませんが、ふたりとも、わらっていました。
りくでは、あるうわさがながれました。
あるはまべには、ふたりのにんぎょがすんでいると。
そのはまべでは、ときどきふたつのうたごえがきこえてくるそうです。
ひとつは、うつくしいおんなのこのこえ。
ふたつめは、ぶきようながらもけんめいにうたうおとこのこのこえ。
それをきけたら、しあわせになれるそうですよ。
めでたし、めでたし。
やっっべ長い。
過去最高きました。詰め込みに詰め込んだらこうなっちゃいました。ゼェハァ
お分かりいただけたでしょうか。この小説は、「マーメイドラプソディー」という歌の曲パロです。こちらで認知した正解者は星屑師匠と親戚のべりおじさん(?)です。おめでとー。
めっっちゃ長い間お付き合いいただき、ありがとうございました!たぶんこれからも続くので、よろしくお願いしまう!