これは今から数千年ほど前、まだ星々の瞬きがまばらだった時代。一つの星が世界を駆ける物語。
あれです。
分かる人にはわかる。
500字以内でポンポン投げます
かるーい気持ちで読んでくだされば幸いです。
星座創作とかタグつけてますけど主人公が主人公なので星座ほとんど出番ないっすね…ははは
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目次
 
    
        1.はじまり
        
            これは遥か昔、とある星のお話。
        
        
        目が覚めた。目の前は静かで、誰もいなかった。
ふと、体を起こす。頭上で瞬く星たちは美しく、自分を見下ろしているようだった。
そんなこんなで今日という一日が始まる。
ここは誰もいない場所。広く狭い個人スペース。白い壁と、荘厳さを感じる柱が立った不思議な宮殿である。一人で使うにはあまりにも広く、何故誰もいないのか不思議であった。
先日、このだだっ広い空間に出口を見つけた。その先には不思議と行ってはいけないような気がして、少々億劫だった。
だが幼き好奇心は止められない。今日はこの先へ行くと心に決めている。
小さな体には重たすぎる白い扉をぐっと、開いた。
そこには一面緑の草原が広がっていた。
足元をくすぐる生い茂った草と、髪をなで吹き抜ける風。そして降り注ぐ太陽の光。全てが真新しく、物珍しいものだった。
しばらく、空を行く鳥を追いかけて遊んでいたら疲れてしまった。近くの木の枝に腰掛け、遠くを見渡していた。
すると、遠くに立派な城があることに気付いた…
        
            多分まだ続きます
初めてなので、下手なのは許してやってください。
        
    
     
    
        2.道を往く
        
        
        大きな城の門の前に着いた。
無駄に豪華な装飾と、大きな城の壁がこちらを見下ろしている。
この中には何があるのだろうと、覗きに行ってみようと思ったが……生憎、真実を知ることはなかった。
衛兵に追い出されてしまったのだ。
仕方なく、別の場所へ当たってみることとした。
まずは山を訪れた。
小さな体では登るのも一苦労であったが、苦難の末山頂にたどり着いた。
山からの眺めは一見の価値ありである。
その甲斐あってか、城とは別の方向に町があるのが見えた。
今度はそこへ向かった。
町に到着した。
町人は忙しなく働いている。皆、あの城に住む者の民なのだろうか。
汗ばむ町人の顔は疲れているのか元気がなかった。しっかり休んでほしいものだ。
しばらく町を散策して、日が暮れる頃に帰ろうと思った時だ。
少しばかり、トラブルに見舞われた…
        
    
     
    
        3.邂逅?
        
        
        痛い。
通りすがり、人とぶつかった。
しかしまあおかしな事に特に不注意はなかった。人がいたなら必ず気付くはずだが。
あたかも、そこに急に現れたかのような…
「だ、大丈夫かしら?」
一見華奢に見える少女は転んだ自分にそう言って手を差しのべた。
彼女の手を取って立ち上がる。
「怪我とかはないかしら?良かった…ごめんなさいね。少し、急いでいたもので。」
彼女の格好に目をやる。気付いた。
ボロボロな服を着て、足枷がついている。
これは…諸に囚人であることを指している。
不躾だが聞いてみた。
「あら…気付いてしまった?そうなの、|私《わたくし》は色々あって囚われの身なの。でも気にしないで。大丈夫だから。」
しばらく、不思議な少女と会話した。
時間はあっという間に過ぎて行った。
「あら、そろそろ戻らなきゃね…今日は楽しかったわ、ありがとう!ごきげんよう。」
そう言ってふと、虚空へ消えていった。
彼女がここに残したのは静寂だけである…
        
    
     
    
        4.新世界
        
        
        ひとまず、その場を後にして元の場所へ帰ることとした。
今日はもう遅い。明日の冒険に備えて寝よう。
…目が覚めた。今日は、別の入り口へ行ってみようと思う。
この宮殿には、いくつかの扉がある。思うに、それぞれ別の場所に繋がっているはず。
今日は昨日の扉の隣を開いてみた。
重たい音を立てながら新世界が開ける…
いきなり熱風が押し寄せた。どうやらここは砂漠のようだ。
昨日とは打って変わり、生命が住まうには厳しすぎる熱と乾燥。
足元には身を焦がすような熱さの砂。
一度立ち止まるだけで全身から汗が吹き出すようだ。
ふと、近くを通りすがるキャラバンが見えた。
少し彼らの後をつけてみることにした。
しばらく歩くとやはり町が見える。
しかし昨日草原で見たものとは違い、また別の雰囲気を感じる建物が並んでいる。
奥には、大きな宮殿が建っている。
ここにはどうやら指導者が住んでいるようだ。
砂の民たちは賑やかに何かを語りあっている。
ここにも、冒険の予感がした…
        
    
     
    
        5.星座
        
        
        小高い場所から周りを見渡した。
一面砂だらけであまり違いのない風景が写っている。
よく目を凝らしてみると、遥か遠くに何か建物があることに気付いた。傾いて、半分埋まってはいるが。
気になりはするが、あそこはどうも遠くて行くことが叶わない。残念だがまたの機会にした。
暇なので町を散策してみたら、大声で呼ばれて肩がすくんだ。
「貴様、この町の者ではないな。」
恐る恐る後ろを振り向くと、強面の大きな男の人が立っていた。自分の背丈が低いのも相まって、高い壁みたいに見える。
「旅の者ならば日に注意することだ。暑さは我々の命を容易く拐っていく」
あれ、案外優しい?
試しにこの町について聞いてみたら、意外と細かく説明してくれた。
「ここから南へ行けば商業区に着く。ここでは沢山の品物が売り出されている。土産物ならば、ここで買うことだな。西には料理店が多い。腹が空いているならそこへ行け。おすすめならば干し肉をふんだんに使ったピタだろうな。東側には装備品がある。まあ子供には早いだろう」
案外どころかめちゃめちゃ親切な人だった。
人は見かけによらないとは、この事か。
        
    
     
    
        6.雑談
        
        
        大きくて優しい男の人に、名前を聞いてみた。
「私か?私はしがない兵長だ。名はジュバと言う」
兵隊さんのリーダー格だったのか。どうりで強そうな訳だ。
「かくいう貴様は何という名なのだ?」
あー…名前…
そういえば自分を指す呼称とかなかった。今まで一人だったために必要がなかったからだ。
「む…ならば仮に貴様をバツ印とでも呼ぼうか。」
バツ印。なんか人と思えない呼び名だ。
だけどまあ他に自分だと分かりやすい特徴もないし、仕方ない。
ひとまずそういう事で、ジュバさんに町を案内してもらえる事になった。お金を持っていないせいでほぼ見るだけに終わったが…
それでも楽しい一日だった。気がつけばもう日が沈んでいた。
「もうすぐ夜が来る。貴様みたいな薄着では耐えられないだろう。宿に帰れ。」
と、宿屋まで送ってもらった。泊まってはないけれど…
彼の後ろ姿が見えなくなった後、こそっと扉まで帰った。
        
    
     
    
        7.歩み
        
        
        あれから数日が経った。
今日もまた、新しい扉を開いて冒険に出るつもりだ。
そういえばこの扉はいくつかあるのだが、そのどれもがバラバラの場所に行くわけでもないらしい。
この前は、見たことない場所を訪れた。異国情緒溢れる島国だったようで、話す言葉も違っていた。
その次の日は、なんだか既視感を感じるような場所だった。案の定、前に来た草原に近い所だったようで、少しがっかりした。
ある日は遠くに見えていた雪山にも行った。
灼熱の砂漠とは違ってとても寒かった。
またある日は、建設中の新しい町を見かけた。通りすぎるとお伽噺みたいな城があったりもした。
ここのところ色んな場所へ旅をした。1日だけという制限を自分で設けてはいるが、意欲は満たされていた。
最後の扉を開く。
また外れだ。なんだか見たことある風景にたどり着いた。
平原の辺りはもう来たことあるのだから、まだ見たことのない場所へ行きたかったのだが。
まあでもたまにはそんな日があってもいい。
とりあえず、目の前の森へ歩きだした…
        
    
     
    
        8.危機一髪
        
        
        深い森だ。
草木を分けて進めど進めど、同じような光景ばかりが見えてくる。
周りが全く見渡せないせいか異世界に紛れ込んだような気分だった。知ってた世界の近くにこんな場所があったとは。灯台もと暗しとはこのことか。
途中で色んなものを見かけた。光るキノコだとか、森の動物だとか。全部初めて見たものだ。
気になったものは持ち帰って飾ることにした。光るキノコを数個と、森の木の実を少し拾った。
その時、後ろから感じたことのない気配を察した。
それは穏便ではなく、危険を感じる…
危なかった。反応するのが一歩遅かったら死んでいたかもしれない。
巨大な獣に襲われたのだ。
ゴワゴワの毛皮、軽く自分2.5人分はありそうな背丈、頑丈で鋭い爪。
間一髪、引っ掻きを躱したことで事なきを得た。が、逃げているだけなので当然後ろをつけてきている。
元々運動はしていない訳ではないが、とりわけ体力があるわけでもない。すぐに息が上がってきた。後少し、振りかぶられたところで…
「危ない!」
自分は助かったのだ。
        
    
     
    
        9.宿泊
        
        
        疲れた。
ずっと走って来て、流石に疲労が溜まっている。
「大丈夫かい、君。とりあえず無事なようで何よりだよ」
そう語りかける男は下半身が獣であった。
いわゆる、ケンタウロス。
「あの獣、ずっと昔からこの森にいてね…見境なく襲いかかる狂暴な熊なんだ」
あの獣は熊って言うのか。覚えておこう。
それにしても、何故あんな森の深くで襲われていることに気付けたのか。
耳がいいんだろうか。おかげで助かった。
「そういえば君、こんな深い森になんの用だい?普通なら、道を辿って来るだろう?」
…え。
そんなもの、辺りには見つからなかったが…
「ほら、草原の方の町。あそこからここまで直通の街道があるじゃないか」
…道理でだ。反対側にいたからなのか見つかりもしなかった。
その旨を説明すると
「え!?君、だいぶ変わり者なんだねぇ…」
と困られた。困ってるのはこっちなんだが…
「とりあえず今日はここに泊まって行かないかい?明日にでも出発して、案内してあげよう」
なんか迷子と間違えられている気がする。ともかく、この日は初めての宿泊ということになった。
        
    
     
    
        10.祝い
        
        
        辺り一面草木の匂いがする。
ここは、ケンタウロスが暮らす町なんだそうだ。
案内してくれたのは若い男のケンタウロス。
その手には弓が握られている。
宿を紹介された。広いとも狭いとも言えないワンルーム。
寝床は藁でできている。いつも硬い床で寝ているのでカサカサした藁でも柔らかく感じるものだ。
窓からは神秘的な森の日差しが溢れてきている。
一旦寝転んで、天井を眺める。
さっきまでの疲れがどっと来たのか、あっけなく眠りに落ちた……
…目が覚めた。なんだか外が賑やかだ。
窓からの光はなく、どうやら夜に目が覚めたらしい。
少し様子を見てみることにした。
木製のドアを開ける。
どうやら狩りに出かけていたケンタウロスの群れが帰ってきたらしい。
たくさんの獲物を担いでいた。
獲物の1つを、姿焼きにして皆で分かち合っている。
自分も少し分けてもらった。味が濃厚で塩味がよく効いて美味かった。美味しいものを食べたのは久しぶりかもしれない…。
その日の収穫は、自分も一緒に感謝した。
明日はここを発つ。
その準備だけしてもう一度寝ることにした。
        
    
     
    
        11.朝散歩
        
        
        「おはよう。君は朝早いんだねぇ」
起きて外に出た時に、昨日町まで案内してくれたケンタウロスの若者にそう声をかけられた。
いつもの感覚で起きているから早いとか分からなかった。彼らからすれば、自分はどうも早起きらしい。
「早起きは三文の徳ってことわざを知ってる?」
ことわざ?何だろう。
「早起きすれば少し得するって意味さ」
そうなのか。
まあでもいつもこのくらいに起きているから早起きではない気がするが…
「良ければこの森を案内してあげよう」
そう言って若者は背中に乗せてくれた。
若者は森の中をズンズンと進んでいく。流石暮らしているだけある。
「そういえば自己紹介が遅れたね。僕はアウストラリス。この森で弓使いをしてる。皆からは、変人って呼ばれるけどね…」
弓を使うことは変な事なのだろうか?そう聞いてみた。
「変な事ではないよ。ただ、我々ケンタウロスが使うなら、弓より斧とか棍棒みたいな近接武器の方が強いんだ。」
確かにケンタウロスは足が速い。体の大きさと速度を考えれば妥当かもしれない。
「着いた。ここだよ」
|若者《アウストラリス》に案内されて着いた場所は…
        
    
     
    
        12.ハプニング
        
        
        「どうだい?とても綺麗だろう?」
彼の言う通りで、目の前には綺麗なせせらぎがある。
緩やかで浅い流れ。太陽光で煌めく水面。
全てがこの場所を引き立てていた。
少し眠気にあてられていた顔をここで洗い流してみた。
ちょっとさっぱりした。
「この川は、この森の生命線なんだよ。」
水は大事だからそうなのだろう。この神秘的な場所はなくてはならないのだ。
「じゃあ次の場所に行ってみようか」
そう言って移動しようとした時だ。
ハプニングが起きた。
「…っ!?危ない!!」
後ろから何者かが奇襲してきた。びっくりして転げてしまった。
その正体は…この森に入ってきた時に襲いかかってきたあの熊だ。
「君!こいつは中々ずる賢い。距離を取るんだ!」
そう言われてもこの熊は自分を執拗に狙っている。しつこい奴だ。きっと獲物を捕まえようと必死なんだろう。
奴は立ち上がって襲いかかってくる。
「くらえッ!!」
アウストラリスは弓を放つ。だが熊の分厚い革の前では効き目は薄い。
「くそ…次は目を…ッ」
彼は弓を引き絞る。でも自分には不思議と見えている。
このままでは自分も彼も危ないと。
        
            初めての戦闘シーンですねぇ
頑張ります
        
    
     
    
        13.機転
        
            負傷表現があります。
        
        
        |奴《熊》はまた立ち上がって襲いかかろうとする。自分ばかりを狙って、見えていないかのようにアウストラリスを無視している。
「くッ…これでも…!」
彼は熊を矢で撃つが、熊の防御は攻撃を通さない。ほぼ無傷である。
「だめだ、いくら強く引き絞ろうが奴には効きっこない…」
アウストラリスは半ば心が折れている様子。
それだと被害を受けるのはこっちなんだよな…と思いつつ策を考える。
上から物を落としてみるのはどうだろう。
「なるほど、周りの環境を利用するのか…やってみよう」
自分は熊を誘導し走る。彼には特定のポイントで待機してもらっている。
熊は足が速い。最初に出くわした時もすぐに追い付かれて危なかった。
そして案の定追い付かれて振りかぶられた。
痛い。
幸い致命傷とはならなかったが傷から出血している。やはり森は薄いワンピース一枚で走り回るところではない…
決死の追いかけっ子が続いて、流れはこちらに傾いたようだ。
狙いの場所まで誘導して、アウストラリスの撃った矢が頭上の木をへし折った。
追いかけてやってきた熊は木に押し潰された…
        
    
     
    
        14.絶望
        
        
        「やったぞ、君!」
アウストラリスは喜んでいる。何せ、自分たちで脅威を取り払ったのだから。
「それより、君の傷を処置しなければ。出してごらん」
熊に引っ掻かれた腕を見せる。かろうじて、傷は浅い。
「うん、これくらいなら包帯は足りそうだね…」
その時だった。後ろからただならぬ殺意がした。
奴は、まだ生きていた。
「な…まだ生きていたのか…!?」
奴の目には怨念を感じる。はっきりと『殺す』という意図が見えるくらいには。
「うぅ…戦うことを想定していなかったから矢がもうない…ッ」
彼はもう弓を使って戦えない。周りに利用できそうなものも見当たらない。
正真正銘の、ピンチだ…
「に、逃げよう君!」
アウストラリスが自分を担いで逃げようとした時だ。熊がかつてないくらいの速さで逃げ道を封じてきた。
「こいつ、意図が分かってるのか…!?」
アウストラリスは若干恐怖に呑まれている。
「ああ、こうなるのなら最初から、斧の1つでも練習しておくべきだった…弓なんて所詮、おもちゃでしかなかったのか…?」
…。
        
    
     
    
        15.立ち上がれ
        
        
        違う。
まだ諦めるべき時じゃない。
何か、手があるはずだ。
「だが君、矢はもうないんだ…攻撃ができない…」
矢はないんだろ?なら、矢の代わりを探せばいい。
そう、例えば…
「…風」
うん。それを、矢にしよう
「待ってくれよ…僕は魔法なんて使ったことなんてないんだよ…?」
大丈夫。君には風の力を感じる。きっとできるはずだ。
時間がない。時間を稼ぐから、頼んだよ。
「ま、待って……ッ!」
…とは言ったものの、どうするか。
正直この枝一本でどうにかなる気もしない。だがとりあえずやらなければ何ともならない。
冒険とは危険が伴うもの。これは第一の試練だ。
熊の前に立ち塞がる。奴は咆哮した。周りの空気がビリビリと痺れて感じる。
でも怯まない。無茶苦茶に枝を振り回して応戦した。
奴の攻撃を受ければひとたまりもない。
できるだけ避けて、気を引く。
動き回っていたら、懐から何か落としてしまった。昨日拾った森の木の実だ。
「…!!」
熊の意識がそちらに行く。そうか、最初から狙っていたのはこっちだったのか…
この隙を見逃さない。すぐさま、攻撃に転じた。
        
    
     
    
        16.逆転
        
        
        弱くてもいい。
一突き、二突きと硬い枝で刺していく。
熊の毛皮は分厚く攻撃を通さない。から、守りの薄い場所…顔を狙って突く。
あわよくば目を、と思ったがやはりそこだけはどうしても奴は守ってくる。
それでも奴の攻撃を見極めて攻撃を入れる。
それはまるで、攻撃と守りのターンバトルだった。
だが体力勝負では野生の動物には敵わなかった。
奴はずる賢い。疲れて鈍くなる時を待っていた。
足元をすくわれて転んで隙を晒してしまった。
まずい。死ぬかも…
…風の音が空を切った。
頭の上から血の匂いがする。
ふと後ろを向くと、アウストラリスが弓を構えている。
「…できた。これが、風を操るということ…」
よかった。魔法を習得したらしい。
そして熊は立ち上がろうとするが、彼がそれを許さない。
「はッ!」
彼の放った風の矢は熊の分厚い装甲を貫通し、心臓を貫いた。
形勢逆転だ。
アウストラリスは熊に幾つも矢を放ち強敵を仕留めた。
「やった。君のおかげだ!」
彼は言う。でも自分は首を横に振る。
この勝利は君の勇気と誇りに捧げよう。
        
    
     
    
        17.帰還
        
        
        いやはや今日は既にいろいろあって疲れた。
まさかあんなに強大な敵を打ち負かすとは。
「本当に君はすごいね。おかげで僕もいい経験になったよ。」
いやまあ、戦ったことはないんだけれどな…
でもいい経験というのは否定しない。冒険には危険がつきものだ。
いつかの訓練にはなるだろう。
「そういえば、君はこれから帰るんだろう?良ければ案内しようか?」
案内なら平気だ。強いて言うなら森から出る道を教えてほしい、と頼んだ。
「!✨喜んで!」
彼の背中にまたがって出発した。
森から出た。時間はあっという間で、もう日は傾きつつあった。
「今日は本当にありがとう。また、いつかここに来てくれたら嬉しいよ」
もちろん。また来るつもりだ。
ケンタウロスの友達を背に歩き出した。
夜の帳が降りてきた頃、かつて訪れた草原の町の近くの扉に着いた。
今日の出来事に思いを馳せながら、重たい扉を開く。
今日はよく眠れそうだ…
        
    
     
    
        18.新たなる旅路へ
        
        
        あれからまた数日が経った。
あらかた扉を周り終えたので、今度は周辺を探索するなどして地形を把握してみようと思う。
とりあえず準備をして、草原の町に続く扉を開く。
溢れる光は眩しく、暖かった。
最初にここを訪れたのはまるっきり1ヶ月前になる。
あの時も今も変わらない。というより、そんな時間経ってないから変わってたらおかしい。
確かあの時ここで不思議な少女を見かけて…
「あら?呼んだかしら」
…平然といた。
今日も脱獄したのかい、君。
「だって…牢の中は退屈だもの」
囚人と思えない自由さだ。というかどうやって抜け出しているんだい君…
まあこんな事を聞いても野暮だろう。
グッと堪えて喉の奥にしまっておいた。
「今日もお話に付き合ってくれるかしら?」
まあ、特にする事もないので付き合ってあげることにした。
        
    
     
    
        19.会話
        
        
        「そういえばあなたの名前を聞き忘れていたわね。」
話はそこから始まった。
名前か…前もこの問題にぶち当たった。
自分を指す呼称らしきものは心当たりがない。今までにそう呼ばれたのは砂漠の兵長ジュバの「バツ印」くらいしか…
「あら、あなた名前がないの?困ったわ…」
そういえば君こそ名前を聞いていない。
「あ、私?私は   よ。」
なんかよく聞こえなかった。名前だけノイズがかかったというか…
「やっぱり聞こえないのね。悲しいわ…」
やっぱりって。知ってたなら事前に言ってほしいものだ。
「それはそうとてあなたに名前がないのは困ってしまうわ。どこかで悩んだりしてない?」
…した。変なあだ名つけられて解決したけど。
「ふふ…なら、私があなたにピッタリな名前を考えてあげるわ。」
自分の…名前…?
いつもひとりぼっちな自分に必要あるだろうか。
その名前を呼んでくれる存在はいないはず。
「いるわよ。ここに。」
君が?
いつも会える訳ではないのに。
「あなたが会いに来る限りはいつでも会えるわ。それより、もう行かないと。次回までには考えて来るわ。じゃあね!」
そう言って再び虚空に消えた。
全くいつも振り回される…
        
    
     
    
        20.前準備
        
        
        まったく、出鼻を挫かれた。
とにもかくにも草原の町に出発した。
改めて見るとこの町は中々大きい。
この世界で一番大きな城に一番近いからだろうか。
相も変わらず町人は忙しく働いている。
先日ちょっとした事でもらったお小遣いでお買い物してみた。買ったものはパンだ。
外はカリカリ、中はふわふわでとても美味しい。
それ以外にも色々買って、一旦休憩する事にした。
町の中心の噴水に腰かけ武器として扱っている木の棒きれを取り出した。
よくよく考えてみればなんでこんなものを武器に旅をしていたんだろうか…
折れてもおかしくないだろうに、よくここまで持ちこたえたものだ。
その功績を称えてすこし磨いてやった。
いよいよ旅立ってみた。
買い物の時に手に入れたコンパスで方角を見ながら進む。
今回は南へ。何が見つかるだろうか。
今からでもワクワクする。
        
    
     
    
        21.開拓
        
        
        歩くこと数十日。ついに辿りついた。
辺り一面広い砂浜だ。
ここなら来たことがある。あの扉で出られる場所の一つだ。
こういう風に繋がっていたのか。
休憩がてら、砂浜で遊んだ。
日差しが眩しい。
しばらく遊んでからふと気になった。
この海の向こうには何があるのか。
海を渡る術があればいいんだが、生憎そんなものは持ち合わせていない。
諦めて浜辺沿いに歩いた。
歩いていたら何やら遠くに見える。何だろうか。
近づいて見てみた。
わあ。海に何かが浮かんでいる。
自分よりも遥かに大きいのにどうして水に浮いているんだろう。
「やあ、小さなお客さん。」
ふと声をかけられた。振り返ると、帽子を被ったおじさんがいた。
「船に乗るのかい?乗り場なら、あっちだぞ。」
これは船って言うのか。
話に聞くとこれで海を渡れるらしい。
都合が良い。乗せてもらうことにした。
初めての、船旅だ…
        
    
     
    
        22.船酔い
        
        
        深い青さの海。水面に輝く陽光。頭上を飛び戯れるカモメの群れ。そして頬を撫でる潮風…
これが船旅か。波で揺られて不思議な気分だ…
………
正直酔ってしまった。船は少し苦手なのかもしれない。
へろへろになりながら甲板を歩いていたら、知っている人影が見えた。
「また会ったね、小さなお客さん。その様子だと、船酔いしたかな?」
全くもってその通り。縦にも横にも揺れるものだから朝ごはんがカムバックしそうだ。
「そんな時は深呼吸をして少し休むといい。船内にある椅子をご利用してくれよ?」
親切なおじさんだ。ありがたく使わせていただくことにした。
椅子で横になる。さっきより幾分マシになった。
外の景色も見えないとなると、退屈するのは目に見えている。
これまでの冒険を振り返ってみることにした…
        
    
     
    
        23.振り返り
        
        
        最初は草原。大きな城、それよりも大きな山。不思議と危険の潜む森とケンタウロスの友達。そういえば町で変な少女にも出合ったっけ…
次は砂漠。中々栄えた町で暮らす人々を見た。あんなに暑かったのによく生きていけるものだ。そういえば別日に何もない荒野に辿りついたこともあった。
その次は雪山。打って変わって寒かった。
ここで魔物を軽く狩ったら報酬金が出て初めてのお小遣いをもらった。これは今日使った。
明くる日は建設途中の町を見かけた。
皆せこせこ働いていて話す暇がなく何を作っているのかは分からなかった。仕方なく移動したら、近くに幻想的な国があることに気づいた。ここにも扉があった。
別の日には突然海の中だったこともあった。
溺れかけて大変だった。その日はたまらず別の場所に行ってみたけどそこも海(海底洞窟)で仕方なく諦めたこともあった…
そしてさっき辿り着いた砂浜も、来たことがあった。その日は軽く日焼けするまで海辺を楽しんだ。
思い返してみれば、既にたくさん冒険した。
そして思い出に浸るうちに眠りに落ちた…
        
    
     
    
        24.未踏
        
        
        「おーい、小さなお客さん。もうすぐ着くぞー」
親切なおじさんの声で目が覚めた。だいぶ寝てしまったみたいだ。道中の風景を見損ねた。
自分としたことが…船酔いには抗えなかった。
「ご利用いただきありがとうございます。ここが、華の街だ。」
華の街…その名の通り鮮やかで華やかな街だ。そして何よりここは12ある扉のどれを使っても辿りついたことがない場所だ。
つまり、未知の領域。
新しい冒険に心が躍る感覚がする。
おじさんに別れを告げて街へ繰り出した。
不思議な雰囲気だ。賑やかで、活気があるんだがどことなく引き込まれるような。
歩いていたらいい匂いを嗅ぎ付けた。
その正体は飯店だ。ちょうどお腹がすいていたので行ってみることにした。
見たことない料理の数々。厨房から食欲を刺激するような匂いがする。一体どんな料理が出るんだろう…
とりあえず店長のおすすめメニューを頼んでみた。
昼ご飯が楽しみだ…
        
    
     
    
        25.中華飯
        
        
        目の前にたくさんの料理が出てきた。
どれも熱々で食欲をそそる匂いがしている。
胃袋が叫んでいる…早く食えと…
たまらず口に入れる。熱くてむせた。
だがうまい。今まで食べたことないくらい濃厚で、刺激的な味付けがくせになる。
夢中になって箸を進めていたらあっという間になくなった。
店主に礼を言って、代金を払って店を出た。
腹も満たせたし、本格的に街を見てまわることにした。
よく見ると今まで見てきた国や町に比べて建物1つ1つが高い。2、3階建てなんだろう。
小さな体の自分では見上げるような高さだ。
これまで見てきた町にもちらほら高い建物は散見されてきたが、ここまで高い建物だらけなのは初めてかもしれな…いやそんなことない。自分の拠点である扉の間(仮称)は壁も建物も高かったな…
そんなことは置いておいてちょっとブラブラ歩いてみた。
気がつけば夜だ。時間はあっという間で、一時も待つことを許してくれやしない。
そしてふと気がついた。昼間のうちに宿を探すのをすっかり忘れていた…
今日は野宿だ。とぼとぼと寝れそうな場所を探した…
        
    
     
    
        26.旅へ
        
        
        朝早くに目が覚めた。まだ薄暗い。
路頭で寝ていたものだから、体が痛くてたまらない。
それでも出発するために起き上がった。
面倒臭がらずにちゃんと宿を探しておけば良かった…
町を散策していたら朝市を見かけた。
もう少し明るくなったら開かれるそうだ。
せっかくだから何か買っていこうと思い、少し待つことにした。
…数時間経過。朝市が始まった。
早速訪れて、装備品と食料品、それから薬等を買いそろえた。色んなところで手に入れたお金はもう手元にはなかった。
それでもまたどこかへ向かう。
次はここから西へ。
再び冒険へ繰り出した。
歩く。ひたすら歩く。
ここまでの道で色んな光景を目にした。
雲の上から落ちてくる滝や、輝く花が咲く湖、仙獣が住まうという山など。どれも幻想的だった。
だが十数日も歩いたからだろうか、そろそろ見える光景も変わってきた。
鬱蒼とした木々。空気は湿っていて暑い。
四方から動物の声が聞こえてくる。
ここは熱帯雨林。
様々な生態系が混在する生物の楽園だ。
        
    
     
    
        27.川
        
        
        それにしても蒸し暑い。汗をかいたところで乾かないゆえにかなり不快感がある。
これではたまったものではない。だがワンピース一枚なのでこれ以上脱ぐ服もない…
仕方なく我慢して歩き続けた。
それにしてもかなり変わった場所だ、ここは。
色とりどりの鳥がさえずり、様々な動物が息を潜めている。川は不思議と底が見えるくらい綺麗だった。覗けば、魚やらワニやらが泳いでいる。
船に乗る前の大陸では見かけられない自然がここにはあった。
ふと休憩している時、川の畔で人影を見かけた。好奇心で話しかけてみたら驚かれたのか、消えてしまった。
だがしばらくしたら川から現れた。魚を片手に。
「…」
何もしゃべらない。一体君は何を考えているんだ。
観察していると魚をくれた。ちょうど飯に困っていたので焼き魚として頂いた。悪い者ではなさそうだ。
不思議な彼女は、この川の精霊であり川そのものだそうだ。名をエリダヌス。
字に書いて教えてくれた。
ついでに、次の目的地を尋ねてみた。どこに行くべきかと。
親切な彼女は指を指し導いてくれた。
次はどこへ向かうのか。少なくとも、もうこの雨林は飽き飽きしている…
        
    
     
    
        28.遭難
        
        
        また何日か歩いていたらこの森の端にたどり着いたみたいだ。また大海原が見える。
この大陸での旅も大体終えたみたいだ。
休憩で川に入ってみた。ここは海と繋がっている。磯の匂いが鼻を刺激してくる。
川の水の冷たさに癒されていたら、なにやら背後から物音がした。振り向くとそこには濁流が押し寄せてきていて…
気がつけば海に放り出されていた。
…目が覚めた。ここは…どこだ…?知らない孤島に運よく漕ぎ着けたみたいだ。
それにしても九死に一生を得た。そうでなければ今頃海の藻屑となっていたであろう…
だがピンチであることに変わりはない。何せここは無人島だからだ。
何とかして方角を割り出して海を渡る方法を…
「あら?お客さんかしら?」
びっくりした。後ろから声がかかった。
        
    
     
    
        29.困難
        
        
        水色の長い髪をなびかせ体に木の枝が巻き付いた長身の女性が、そこにいた。
「それにしても、不思議ねぇ。ここには船も来ないというのに。お客さんだなんて、聞いていないから用意ができていないわ…」
女性はあたふたしている。
何かしら脱出方法を知らないかと尋ねてみたが、長い間ここにいたみたいで何も知らないと言われてしまった。どうしたものか…
「ところで自己紹介が遅れましたわね。|私《わたくし》は、ポンプ座ですわ。よろしくしてくださいな。」
ポンプ座…名前の通りなら水が出せそうな名前だ。
それはそうとて自分も軽く自己紹介した。名前は相変わらずないが…
「それにしても、困ってしまいましたわね…このような場所に遭難だなんて」
本当に災難だ。こんなところでつまづくとは…頭の隅から隅まで考えを巡らせてみたが出る方法は一向に見つからない。
いっそのこと泳ぐか?と思ったが波の中で揉まれる間に荷物をほとんど失ったそうで、旅の頼りだったコンパスを失くしてしまった。方角が分からない上にどれくらいの距離があるかも分からない…
「私から1つ、提案がございますわ。」
ポンプ座はそう言った…
        
    
     
    
        30.島暮らし
        
        
        「ここに森を、作りたいのです。種を植え、木を育てる手伝いを、していただけないかしら?」
かなり突飛者な提案だ。というか、木が育つ時間なんてかなり長くないか?
こちらへのメリットが感じられないと伝えた。
「安心してくださいな。木を育てれば、何かに加工ができますわ。それこそ、船を作って海へ漕ぎ出す等もできますわ。」
確かにそうだ。木材は生活の根幹だ。
…ではなくて、木は育つスピードが遅いから、脱出までに時間がかかるというところが問題なのだ。
ポンプ座は定住させようとしているのか…?
「いいえ…一週間、時間をくださらないかしら?それまでに私が、なんとかいたしますわ。」
い、一週間…?短い時間でなんとかできるのだろうか。
ポンプ座は自信がありそうな様子だ。仕方ないのでここは一つ任せてみることにした。
自分は種を受け取って島の丘の上に行った。
なんだかまた新しい生活が始まることになった…
        
    
     
    
        31.植林
        
        
        ポンプ座に頼まれたことはただ一つ。
特定の場所に植えた種に水をやること。
奇妙だと思いながら受け取った水を種に撒いてやる。
こんなのんびりするつもりはなかったんだが…まあ今はどうしようもないので彼女に従う他あるまい。
水やりが終わったら適当に食糧を確保する。
ここは孤島。釣りをすれば魚の一匹や二匹釣れるものだ。
そしたら焚き火を組んで串を刺してこんがり焼く。これだけで最高のごちそうができる。
焼き魚を食べていたらポンプ座がこちらに来た。
「あなたは、食事を必要としているのね。」
ちょっと何を言っているか分からない。
食事は誰だって必要な物だろう…
「あぁ失礼しましたわ。私は、何も食べなくても生きていけるものでして…」
なるほど、だから食べ物に関して何も言わなかったのか。
「もし良かったらこれを食べてくださいな。」
そう差し出されたのは僅かな果物だ。
甘味は珍しい。ありがたく受け取っておいた。
こうして、退屈な一日は過ぎていく。
焚き火を眺めていたらすっかり日が暮れたようだ…
        
    
     
    
        32.急成長
        
        
        あれから数日。毎日水やりを繰り返している。なんだかんだでこの時の進みの遅い生活にも慣れてきた。
旅している時の自分はとても急いでいたんだと自覚する。のんびり生きる心も大事なんだと気付かせられた。
それはそうとて一つ驚いた事がある。
なんと植えた種の成長スピードがとても早いのだ。
話を聞くに木になる種だと言うのに、まるで畑に植えられた野菜かのような成長速度だ。いや、それよりも早い。
ここに漂着して4日くらいだと言うのに、もう若木になっている。
「不思議でしょう?ふふふ。」
ポンプ座が後ろから話しかけてくる。
「これはね、私の体から放出した水で育てているから、こんなに早く育つのよ。私の水は植物たちにとって、栄養満点なのね~」
なるほど。だとしてもどんな劇薬肥料を使えばこんな成長早くなるんだか…滅茶苦茶だ。
まあでも森を育てれば脱出を手伝ってもらえるのなら、さっさと育ったほうがいいのは明白だった。
今日も今日とて焚き火で魚を焼いて果物を肴に夜空を眺めた。
        
    
     
    
        33.脱出
        
        
        一週間。長い時間だった。
彼女の言う通り、種を植えたところは全て木になって森が出来上がった。
約束通りの事を果たしたので、ポンプ座に見返りを要求した。
「ええ。小さな森ができたわね。」
それしか返事が来なかった。
約束と違うじゃないか…
「…?どうしたのかしら?私にできることなら、何でも言ってくださいな。」
いやその、それならこの無人島から脱出する手伝いをしてほしいのだけれど。
「それならば、私にできる限りを尽くしましたわ。ほら、この木々が見えるでしょう?」
まさか森を作ること自体が手助けだと言うのか?なら説明不足というか、話が吹っ飛んでいるんだが…
まあ何にせよこれが全てなら仕方ない。
彼女には命を助けてもらった。これ以上求めても不躾というやつだ。
育てた木を切って丸太船を作る。わずかに残っていた持ち物を持って、大海原へ漕ぎ出す。
ありがとう、命の恩人よ。
感謝を告げて元の場所へ帰る旅に出た。
        
    
     
    
        34.我が家
        
        
        食糧よし、飲み水よし。
無人島に迷い混んだあの日とは違って今日は清々しいまでの晴天だ。
こんな日には口笛でも吹いてカモメと戯れるに限る。今日はたくさん集まってくれた。
そうして海を渡っていたら船を見かけた。行きの時乗ったあの大きな客船だ。
集まってくれたカモメたちに合図して、自らの存在を主張した。そしたら気づいたみたいで優しいおじさんが乗せてくれた。
今更ながら知ったのだが、このおじさんは帆座であり、この船の船長だったらしい。しれっととんでもない人と知り合っていた。
船に乗ってからは早かった。あっという間に元の大陸に辿りついた。
また船酔いするなんて事もなく、そして食糧が尽きることもない、本当に無難な旅路であった。
まあ何もないのが一番だ。
最寄りの浜辺の扉から、懐かしの我が家とも呼べる白い空間に帰って来た。
この無機質で退屈な空間も久しぶりだ。いつもなら飛び出したいと願うばかりだが今はこの安息の地でしっかり休もうと思った。
寝転がって|宇宙《そら》を見上げていたら、すっかり眠ってしまった…
        
    
     
    
        35.草原
        
        
        目が覚めた。やはり目の前は静かで、誰もいない。
だがあの日とは違う。今の自分は立派な冒険者であった。
いつの間にかこの星々の世界で顔が利くようになっていた。自分に依頼をくれる人も日増しに増えてきた。そしてふと、感じる事があった。
自分の装備は、貧弱だ。
薄い布一枚のワンピースに裸足。何でも入る大きな鞄に武器の枝。
…どう見たって子供だ。依頼もペット探しだとかおつかいばかりであからさまに子供扱いされている。実際背丈も低くてだいぶ舐められているのが現状だ。
そろそろ小遣いも増えてきたし、装備を整えるか…と思い、草原の町へ出掛けた。
相変わらずここは賑やかだ。道行く人々は歩みを止めずにどこかへ向かっている。だが、広い世界を見て回ったからなのか、はたまた初めて訪れた時より時間が経ったからなのか、少し違和感を覚えた。なんだか、疲弊しきっているような…気のせいだろうか。
そんなことをぼんやり考えていたらまた道すがら人にぶつかった。
「きゃっ!」
聞き慣れた声だった。
        
    
     
    
        36.北極星
        
        
        「びっくりしたわ…久しぶりね。」
声の正体はあの囚人の少女だ。今思えば何の罪を犯したのだろうか。
とりあえず挨拶しておいた。
「それにしてもこの頃顔を出しても会えなかったから寂しかったわ。元気してた?」
まあ元気ではあった。色々あったが。
「うふふ、にしても顔つきが変わった気がするわ~。何かあったのかしら?」
話せば長くなる…が沢山の冒険をした。
そこで色んな人と出会って色んな経験をした。
なんだかんだで楽しかったと伝えた。
「それは良かったわ~。ところでなんだけれど…あなた、確か名前がないって言っていたわよね?」
その通りだ。前から抱えていた問題の一つ。
自分の名前がない。かと言って、すぐ思い付きもしない。
「ほら、前に会った時に考えてきてあげるって言ったじゃない。覚えてるかしら?」
そんな事を言っていた気がする…
「あなたにぴったりな名前を考えてきてあげたの…聞いてほしいわ。
あなたと繋がっている星について調べたの…こっそりね。そしたら、ある事が分かった。あなた、別の世界で"北極星"って呼ばれているみたいなの。だから…あなたの名前は『ポラリス』。」
        
    
     
    
        37.店
        
        
        ぽら、りす…?
なんだかしっくり来ない。
「ふふ…慣れたらきっと、自信をもって名乗れるわよ。」
それはそうとて自分はまだ君の名前を知らないのだが…
「でも言っても聞き取れなかったのでしょう?仕方ないわ。それより、そろそろ行かないと。」
もう時間か。再び少女は虚空へ消えていった。
なんだかんだでまあまあ会ってきたというのにこちらはあの子の事を何一つ知らない…
そんな事より本来の目的を果たさねば。
装備品を売る店に来た。
「らっしゃい」
気力のない店員が出迎えた。顔色が悪く体調が芳しくなさそうだ。
とりあえず良さげな物を選ぼう。後ろから店員がジロジロ見てくるのを感じる。
「ウチの店は子供用なんて取り扱ってませんよ」
いや、その…子供ではないんだが…
ここで言い争っても野暮だ。グッと堪えて喉奥にしまっておいた。
ひとまず買ってみた。ちょっと大きいが…
仕方のないことだ。
「そういえばお客さん」
声をかけられた。
「ウチ、サービスしてるんすよ。していきます?」
サービス?何のだろう。とりあえずいいことだろうしと店員について行った。
これで後悔する羽目になるとは微塵も思わず…
        
    
     
    
        38.野蛮
        
            少し性的?な表現があります
        
        
        店の奥の部屋に入った。正面に鏡のある狭い部屋だ。
「ここではお客さんのカラダに合った服を選べるサービスをしてるんですよ」
買った後に言われても…と思いながらサービスとやらを受ける。
店員が服を取ってきて自分に重ねて見せるだけ。これがサービス…?
うーんと考えていたらなんだか寒気がした。嫌な予感とも言う。
店員が服を伸ばして合わせるフリをして自分の体に触れている。しかもなんか探しているように…
「この辺…どうですか?」
ニヤニヤしながら耳元で囁かれた。
これが普通なのだろうか…?
「ほら、こことか…」とか言いながら下半身辺りをジロジロ見てくるようになってから我慢の限界だった。
店員を退けて部屋のドアを開ける。鍵がかかっていたため少し手こずったがすぐさま飛び出した。
もう二度とあの店には行かない。
しかしまあ買った服は悪くないからこのまま着ることにしよう。多分ワンピースなんか着てたから舐められたのだ。
買い物をしていたらいつの間にか日が暮れていた。服を買った後に別の店で上着も買った。お金がなかったから安いものしか買えなかったが…
とりあえず今日は大満足だ。帰って休むこととした。
        
    
     
    
        39.噂話
        
        
        昨日は散々だったが、今日は違う。
清々しい朝日に照らされながら出掛けている。
ここは砂漠。前にも訪れた事がある。このような不毛の地にも暮らす人々がいて、心を打たれるものだ。
今日の目当ては砂漠の所々にある、所謂ダンジョン。宝探しでもして小銭を稼ごうという算段である。
その前にちょっくら砂漠の外れにある町を訪れた。薬とか食糧品とかを買うために。
薬屋…というか医院を訪れた。
ちょっとした傷薬を貰おうと思って椅子に座っている少女に声をかけた。
「薬ですか?ならこちらで承りますね!」
少女はにこやかに答えてくれた。
受付台にいる黒蛇には少々睨まれている気がするが…
数十分も経たないうちに少女が目的の品を抱えて帰ってきた。
軽く代金を払ったところで、礼を言って次の場所へ向かった。
…さて。食糧を手に入れた。
鞄に必要なものを詰め込んで宿で休んでいる時だ。外からこんな噂が聞こえた。
「ねえ、知ってる?最近不治の病が流行ってるそうだよ…」
「まあ、やぁねえ…」
不治の病、か…
出掛ける前だというのに不穏な事を聞いたな…
ひとまず忘れて鋭気をを養うことにした。
        
    
     
    
        40.ダンジョン
        
        
        翌日、宿屋を出て出発した。
黄金に輝く日に照らされて、砂がキラキラ光っている。汗ばむ暑さの中砂漠を進んで行った。
あれから数日。
いよいよ目的の場所に辿り着いた。見上げる大きさの建物だ。
ここはまだ未踏破のダンジョンで、宝物も多く残っているそうな。
一攫千金、千載一遇のチャンスを掴みとらんと繰り出した。
大きな入り口をくぐり抜けて、暗いダンジョン内部を歩き出した。
事前に購入しておいた松明に火をつけ、周りを警戒しながら進む。
ダンジョンでは少しの油断が命取りになる。
罠などに気をつけておかなければ…
--- 「ガゴンッ」 ---
…こういうことになる。危うく落とし穴に落ちそうになった。
さらに言うなら魔物だっている。ゆっくり腰を下ろしてなんかいたらいつの間にかあの世にいることだろう。
気を引き締め直して、引き続き探索する。
冷や汗を拭いながら度胸試しが続くのであった。
        
    
     
    
        41.探索
        
        
        もう何時間ここに滞在しただろうか。
いや、既に1日は経っているかもしれない。それくらい日がないので時間感覚が分からないのだ。
大きな鞄には使えそうだったり売れそうな宝物が沢山入っている。そろそろ中身を整理しないといけなさそうだ…
このダンジョンは地下10階層で比較的深めで、今半分は攻略したところだ。
1階層が広いので次の階層への入り口を探すのも一苦労だ。
途中魔物にも襲われたりしたが最早戦闘にも慣れたものだ。持っている武器と言えばただの頑丈な枝しかないのに、案外やっていけている。自分は才能があるのかもしれない…
なんて自惚れている暇はない。さっさと食糧をたいらげ、水を飲んで進んだ。
しばらく進んだ辺りで、事態が急変した。
あからさまに魔物の湧く数が増えている。少なくとも、20体ほどの大きな群れだ。
こちらはただでさえ休憩でも警戒しなければならないため疲れが拭いきれていない。この数を捌くのは少々無理がある…
だが頭は冴えていた。後ろには罠がある。こいつを利用すれば…
ふと頭にアウストラリスの事が浮かんだ。あの時もこうして地形を利用していた。
今度も上手くいくはずだ。
        
    
     
    
        42.危険
        
        
        …しくった。よくよく考えてみれば当然だ。
刺のある落とし穴を作動させる場所を踏み抜き、誘導してみた。だが奴らは想像以上に賢く、罠を避けてこちらに一斉に襲いかかってきた。
穴を開けてしまったことでこちらが使える足場が限られかえって分が悪くなってしまった。
魔物の猛攻を枝一つでなんとか躱す。しのぎ切れるか怪しい。
このダンジョンに巣食う魔物を少し舐めてかかっていた。そりゃ罠の位置くらい奴らは把握しているだろう…
なんとか1体1体捌きながら距離を置く。…が。
やはり限度というものがある。少々被弾してしまった。傷ができたところが痛む。
とりあえず一度退散した。プライドとかなんかよりも命のが大事だ。
そしてこの時退いておいてよかった。どうやら魔物が毒を持っていたらしい。
少し息が上がる。丁度消毒薬を買っていて良かった。
休めそうな場所を探して腰を下ろした。
もう何日か大して休めていない生活が続いているためか疲れがどっと押し寄せてくる。
瞼が重い…だが寝る訳には…
睡魔と奮闘していたが、敗れてしまった。
危地にて眠りに落ちた…
        
    
     
    
        43.再開
        
        
        なんだか不思議な心地だ。
天地がひっくり返っているような、周りは寒いのに汗をかいているような。そのような場所で何者かに囁かれている。
「 」
自分では解読できない言語だ。だがなんだか不気味で…
ふと目が覚めた。
目の前には魔物の攻撃があって飛び退いた。
起きて早々の情報量に頭が追い付かないが、考えている暇はない。すぐさま応戦した。
しっかり眠ったおかげか体が軽い。ちゃんと疲れは取れたみたいだ。毒もすっかり消え去っている。
魔物をひとしきり片付けた。
拾得物を纏めておいて、決意新たに再び歩み出す。
いよいよダンジョンも後半だ。ここからまた一段と厳しくなるはず。油断はないように進んで行こうと気を引き締めた。
その前に鞄の中身を整理した。なんでかいらないものが大量に入っている…
準備を整えダンジョンを進む。一度警戒しておけば案外ハプニングは起こらないものだ。魔物の倒し方、罠の避け方等段々慣れてきてスムーズになっているおかげで、サクサクと攻略が進んだ。
気がつけば残りは1階層だけとなっていた。
        
    
     
    
        44.ボス
        
        
        いよいよ最後の階層だ。階段を下りると重たそうな扉が待ち構えていた。
この先にはきっと大物がいる。全身に緊張が走り、体が震える。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。いざ、扉の向こうへ…
扉をくぐると広い部屋に出た。まるでお誂えのように。だがおかしなことに誰もいなかった。
留守…?
まあでも楽ならそれでいい。部屋の奥に見える台座に近寄ってみた。
錆びきった剣が納められている。だが不思議な事に強い力を感じる…
いつの間にか手をかけその剣を手に取っていた。すごく重たい。
今のこれは鉄の塊みたいなもんだからしょうがないか…
帰ろうとしたその時だ。地面が揺れる程の大きな音と共に何かが目の前に現れた。
砂煙が巻き上がり咳き込む。目を開けるとそこには今まで倒した魔物の数倍の大きさの魔物がいた。
硬い甲殻に大きな脚。長く鋭く尖った尾を持つ、巨大な魔物サソリだ。
腕のハサミを一振り。大振りな攻撃故に躱すのは簡単だが攻撃を受けた地面が凹んだ。
凄まじい威力だ…受けたらひとたまりもない。
気を張って立ち向かった。
        
    
     
    
        45.猛毒
        
        
        とりあえず枝を一振り。硬い甲殻に弾かれた。まあ当然だ。
弱点を探す。狙うは目だ。殴打がダメそうなら突くしかない。
危険だが正面から攻撃を続けた。
敵の攻撃は単調かつ鈍重。故に見切りやすいのが助かった。なんとかリードできている。
だがこちらの攻撃も通さない硬い守りは中々突破できない。
目さえ潰せればなんとかなりそうなのだが…
相手の動きを読んで翻弄しつつ立ち回るがどうも上手く刺さらない。ならば…
素早く後ろに回り込む。そして背を渡り上から目を串刺しにした。効果アリだ。
サソリは耳を塞ぎたくなるような叫声を上げた。と、同時に長い尾を振り下ろしてきた。
串刺しにした枝が中々抜けず手こずっている間に食らってしまった。再び毒を受けてしまい慌てて薬を探すも、異変に気付いた。
この毒、今までのそれよりも強い…
すぐに視界が歪む。体が痛くなってきた。
まずいとばかりに距離を取ると、辺りが騒がしい。幻聴ではない。
サソリの群れに囲まれている…
        
    
     
    
        46.戦慄
        
        
        本当にまずい事になった。
いくら単調な敵とはいえこの数を相手するとなると話が違う。しかも既に毒を受けている。
消毒薬を探したいところだが隙を晒す事になる…
子分のサソリが一斉に襲いかかってくる。
枝である程度捌く。だが思うように動けない。
息も上手くできない。このままでは毒でやられてしまう気がする。
どうにか突破口を探していたところ、とても嫌な音が聞こえた。枝がひしゃげたような音だ。
この量の硬い虫を捌いていれば確かに劣化はするがまさかこんなタイミングで…
そして予想通りになった。
ボス本体に突き刺そうとした時、枝は大きな音をあげて真っ二つに折れてしまった。
呆気にとられ今までの旅を共にしたどこにでもある枝を見る。あまりにも短くなっていて使えそうにない。
--- 武器が、なくなった。 ---
唐突に訪れた絶望を前に、目の前が真っ暗になった。
        
    
     
    
        47.死地
        
        
        もうどうしようもない。
武器が壊れ、素手でなんとか応戦したものの薬が尽きるだけだった。
囲まれて逃げることもできない。
そんな時だった。あの鉄の塊と思っていた剣が光りだしたのは。
重たくて振り回せないと判断し台座に戻した剣。まるで己を取って戦えと言っているかのようにかすかに光っていた。
台座に向かって走りだし、剣を手に取った。重たくて重心が持っていかれる。だが今はこれしかない。
両手でしっかりと構え、サソリの群れへ振る。
重さと引き換えに莫大な威力をもつこの斬撃はわずか一振りで殲滅した。やはりちゃんとした武器は強いものだ。
さっきまで絶望で鉄の枷を着けられていたかのように重たかった体がびっくりするほど動く。これなら…
巨大な魔物サソリへ一太刀。傷すらつかなかった甲殻を叩き割った。続けて尾。勢いで切断することができた。
いける。剣を高く掲げ重さのままに振り下ろす。
この一撃はサソリの心臓部を穿ち見事倒す事に成功した。
この時、久しぶりに込み上げる達成感を感じたものだった。
        
    
     
    
        48.生還
        
        
        ダンジョンから脱出し、砂漠の外れの町に帰ってきた。
ここで手に入れた様々な宝物を売って、お金を貰う。あれだけ命懸けだったにも関わらずあまりいい収入とは言えなかった。
買取人に文句を垂れたが「どれも品質が悪い」と一蹴されてしまった。たしかに魔物を刺突したり殴打したりしたから納得である…
仕方なく出かける前よりほんの少ししか増えなかった小銭を握りしめてご飯を食べに行った。
料理店の中で見覚えのある姿を見た。医院で見た少女だ。
隣失礼、と声をかけたらにこやかに受け入れてくれた。
昼ご飯を食べながら彼女と会話する。
「ダンジョンに行かれていたんですね!ご無事でなによりです。お薬の方は、効きましたか?」
とても効果抜群だった。あれがなければ3回くらいは死んでいたんじゃなかろうか。
そう彼女に伝えると、
「よかった!僕もお役に立てて嬉しい限りです!」
と明るい笑顔で答えてくれた。
話をしていくにつれて色々知った。
彼女は蛇使い座。そしてあの時受付にいた黒い蛇は相棒の蛇座だったらしい。
人を医療で助けるのが夢なんだと、そう語ってくれた。
        
    
     
    
        49.世界一周
        
        
        蛇使い座に別れを告げ、しばらく歩いて拠点へ帰ってきた。
荷解きをした後、手に持っていた鉄の塊みたいな剣を眺める。あれだけの激戦にいきなり投げ込んだというのに傷やら刃こぼれ(というより欠ける刃がない…)もない。
重たいが、それだけ頑丈な素材なんだろう。
あの戦いのとき、この剣が自分に語りかけるように淡く光ったのを思い出した。それは、夜空に輝く星の明かりのような、清らかな光であったことは覚えている。
今やそんな事がなかったと錯覚するくらいには沈黙しているが…
まあそんなことはどうだっていい。危険を代価に|無料《タダ》で強い武器が手に入ったのだから。
体を休めつつ、次の冒険へ想いを馳せる。
どんな所へ行こうか。どんな人と出会うだろうか。
とはいえ、もうこの世界の大半は歩き尽くしてしまった。未知なる領域なんて、どこにも…
…いや、ある。一番最初に目をつけ、そして知ることすら許されなかった場所があった。
決めた。行き先に備えて用意をし、寝転がって目を閉じる。
次の目的地は、草原だ。
        
    
     
    
        50.三顧の礼
        
        
        早朝。再び草原の扉からあの町へ出かけた。
今回の目的は例の大きな城についてだ。
以前、この城を訪ねてみようとしたが衛兵に追いやられてしまったことがあった。
あれから早3年ほど。気がつけばこんなに時が経っていたのか…
世界は広いというのにこんなに早く踏破できたのもひとえにあの扉のおかげだ。これがあるからこそどこでも気軽に旅できる。
旅の思い出に浸りながら歩いていたら町についた。これでここに寄るのも3度目となる。
思えば毎回訪れる度トラブルがあったもんだ…
1度目は見知らぬ少女にぶつかった。2度目は背筋も凍るような思いをした。今度こそは何もないといいんだが。
「あら、私に会いにきてくれたの?」
不意に声をかけられた。自分を知っていてなおかつ急にその辺から現れる奴と言えば…
「私よ。アストライアよ。」
あすとらいあ?それが君の名前だったのか。
「厳密に言うなら"新しく与えられた名前"ね。本名はこれとは別に存在しているもの。」
そうなのか。
「それより…大事な話があるわ。ちゃんと聞いてほしいの」
少女…アストライアは真剣な顔で語り始めた。
        
    
     
    
        51.依頼
        
            ちょっと色々あって遅れました。
スマンメンミ
        
        
        大事な話…?なんだろうか。
「私…端的に言えば神になったわ。」
…え、は?
少しの間、自分の頭はそれを理解することを拒んだ。やっと言葉の意味を理解した時にはアストライアは話を続けていた。
「まあ、罪滅ぼしのためなのだけれどね。私は今も監視されている」
監視か…人気はしないが神の監視というくらいだからなんか小細工されているんだろう。
それはそうとて神になったこと自体はあまり自分とは関係ない。何が言いたいのか。
「つまり…あなたとあまり話せなくなっちゃったわ…!」
…なんか肩透かしを食らった気分だ。下らないとばかりに踵を返すと、
「待って!ちょっとした冗談よ!お願い!行かないでちょうだい!」
と珍しくアワアワ引き留めてきた。
「本題は…私の造物である天秤を見守っててほしいの。ほら、あまり面倒を見てあげられなくなっちゃうから…」
そういうことか。その天秤はどこにあるのか聞いてみたら、
「砂漠の方に"いる"はずだわ。お願いね。」
と言われた。
まあ今度見てやらなくもないか…
別れを告げて町の中央まで歩きだした。
        
    
     
    
        52.異変
        
        
        草原の町の中央、噴水のある広場に着いた。
いつもは人で賑わっているはずなのだが…やっぱりおかしい。
行き交う人々は疲れたような顔をしている。前にここに訪れた時もそう感じたが今回ははっきりとそう思える。何せ皆足取りが重く暗い顔をしている。一体この町に何があったのか…
気になって住民の一人に話しかけてみると
「子供はいいよなぁ。何も気にせず、自由に暮らしていけるんだから」
と皮肉を言われてしまった。とにもかくにも何かが原因で皆元気を失くしているのは確かなようだ。
聞き耳を立てていると「支配人様がまた民から搾取なさっているようですよ」と世間話が聞こえた。この件はその支配人とやらが関わっているのか…?
やはりあの大きな城を調べる必要がありそうだ。近くへ行ってみる。
青空の中にそびえ立つ城は、威厳とともにどこか不吉な気配を感じさせていた。
        
    
     
    
        53.潜入
        
        
        「貴様、ここで何をしている!」
衛兵に見つかった。前もこうして追い出されたのだ。余計なトラブルは不要、とりあえずは撤退した。
問題はここからだ。どうやって城の中を調べるか。城の四方八方を高い壁が囲っている。中に続く道には全て衛兵が警備していて、とても通れたものではない。
ならば…
夜になった。相変わらず門を衛兵が守っている。だが好都合だ。
人気のない場所から高い壁をよじ登る。道具とかそういう物がないのでとれる手段はこれしかない。
なんだかんだこれまでの冒険の経験はとても役に立つ。自分の体も、相応に力が身について壁を登ることだってできるようになった。あっという間に登りきった。鞄に入れておいた縄を壁の装飾に括りつけ一気に下降する。
バレないように静かに。それでいて速く。
城の敷地内には侵入できた。後はどのようにして内部を探索するか。
正直この広い城内の構造を知らないので、迂闊に深入りできない…
だがまあこの程度では止まれない。町人たちの噂の真相を突き止めるためだ。
手軽に入れそうな所から中へ侵入した。
        
    
     
    
        54.衝撃
        
        
        無事に内部へたどり着いた。ここはどうやら広間みたいだ。
豪華絢爛な装飾の数々が床や壁などあらゆる箇所に飾られている。天井からは煌びやかなシャンデリアが吊るされていて、光を直視しようものなら目が潰れそうなほど眩しかった。
中央から階段を上った先に玉座があったが、今は誰もいない。その主はどこにいるのか。
とりあえず別の部屋も探ってみた。特に収穫はなく、机と椅子があったり台所があったり寝室だったりと思ったような情報はなかった。
ただの噂話に過ぎなかったのか。ガッカリして帰ろうと思った時だった。
ふと、廊下を歩いている時に微かな声が聞こえた。声を辿って調べるととある一室に人がいるようだった。誰だろう。
こっそり覗くと背丈の高い着飾った人物が貧しそうな格好をした人物に何か話していた。
会話はよくは聞こえない。だが、なんとなく良いことは話していないのだけは分かる。
貧しい人物は泣きながら着飾った人物に何かを乞いている。だが着飾った人物は何も聞いていない。
すると突然、着飾った人物が貧しい人物から光を奪い取った。光を奪われた人物は苦しそうに叫んで頭を抱え倒れてしまった。
衝撃の光景だった…
        
    
     
    
        55.ならず者
        
        
        とんでもないものを見てしまった。町人たちの噂は本当だった。誰かに気付かれないうちに帰ろうとした時だ。
「おや、秘密を知っておいて易々と帰れるとでもお思いで?」
ドキッとした。さっきまで周りに人はいなかったはずだ…
「クフフ、最初から分かっていましたよ。まさか気付いていないわけ、ありませんよねぇ?子供の|御飯事《おままごと》も、そろそろ終わりですよ。」
冷や汗が止まらない。バレていた上で泳がされていたのか…。
「子供とはいえ機密事項を見てしまったからには…消えてもらいますよ」
いきなり仕掛けられた。大きな手の長い爪から繰り出される一撃をなんとか躱して逃げる。
先ほど出くわした長身の男?は追いかけてくる。
「ワタクシから逃げられるとは、思わないことですよ」
あちらこちらを斬りつけながら迫ってくる。
たまにかすって傷になったりマントが切り裂かれたり…
大変だった。なんとか騒ぎになりつつも逃げ仰せた。
あれから自分はこの町のお尋ね者になるのだった…
        
    
     
    
        56.決意
        
        
        しかし困ったものだ。
秘密を知ってしまったからにはこれからも追われる身になるのは火を見るより明らかだ。
それよりも…見てしまった事の整理をしよう。
あの背丈の高い着飾った人物は間違いなくあの城の主であり、「支配人様」という奴だろう。もう一人の貧しい人物は格好からしてあの町の町人なのは確かだ。
何を話しているのかははっきりと聞こえなかったが、多分税やらを納められず命に等しい星の光を奪われたんだろう。要は人殺しの場面を見てしまったということだ。
そんなんだから支配人の従者或いは協力者であろう奴に殺されかけたと。よくよく考えたらあいつも大きかった。
よく逃げれたものだ…いや、逃がされたのかもしれない。なんとまあ不服だ…
だがこれで一つ分かったことがある。
あの支配人とやらは絶対ろくな事をしない。町人たちはおそらくあのような暴虐の限りを尽くされて疲れ果ててしまったんだろう。
自分の民なのになんでこんな酷い事をするんだろうか。許せない。
この日から自分の心構えは変わった気がする。それくらい、この出来事は自分の中では衝撃だった。
        
    
     
    
        57.旧友
        
        
        あれから数週間。
誰もいないあの拠点でじっとしている日々が続いている。指名手配され捜されているため隠れているが、正直我慢の限界だ。
たまらず扉から飛び出す。飛び出た先は…
「あれ?君じゃないか。久しぶりだね!」
聞いたことのある声だ。出てきた場所は森の前。当然この声の主はケンタウロスの若者、アウストラリスだった。
「しかしまあ君ってば変な所から出てきたね…その扉、何年も前からあったみたいなんだけど開いても何もなかったはずなんだよ?」
この扉自体は昔からあったのか。今は開けると自分の拠点へ繋がっているが。
久しぶりに出会った友と町へ赴く。ケンタウロスたちの町は相変わらず繁栄していて賑やかだ。安心感がある。
「にしても本当に久しぶりだね。初めて会ってからどれくらい経つんだろうね?」
会話はそこから始まった。色々話した…名前の事や行ったところの事。生死を彷徨いかけた事。とある国から指名手配を受けている事。
「そっかあ…君も大変だったね。」
本当にその通りだ。
        
    
     
    
        58.鉄塊の棒
        
        
        「そういえば…見慣れないもの持ってるね、ポラリス。」
そう言って重たい鉄の塊のような剣を指差した。これは砂漠のダンジョンで手に入れた代物だ。その時武器にしていた枝が折れてその場しのぎで使っていた。
「そうなんだ。その……正直に申すと君とは合っていないように見えるんだ。重たそうだし、かなり長いし。」
それはそう。頼れる武器ではあるんだがなるべく持ち歩きたくはないと思っている。何と言っても重たいから。金属がむき出しの柄にゴツゴツしたものがくっついて不恰好な剣…というより最早棍棒なこの武器は体の小さな自分では振り回すのですら難しい。よくよく考えればあの死地からよく生還したものだ。
「うちの集落では武器鍛冶が盛んなんだ。なんてったって狩猟民族だからね。だからさ、その武器…鍛冶屋に預けてみない?」
どうやら自分に合ったように調整してくれるらしい。この上なく良い提案だ。
「決まりだね。鍛冶屋に行ってみよう!」
アウストラリスに連れられ歩いて行った。
        
    
     
    
        59.依頼
        
        
        金属を叩く音とかなりの熱気を感じる。ここが鍛冶屋か…
「おじさん。この子の武器を見てやってくれないかな。」
アウストラリスが気さくに話しかける。鍛冶屋の怖そうなおじさんがじっと自分の手に握られた剣を見つめている。
「…なんだそれは。星銀の塊じゃねえか。」
じっと睨みつけられている気分だ…
「星銀!?君ってば、すごいもの見つけたんだねぇ…」
すごい…のか?その辺の台座に放置されてた代物だけど…
「星銀の価値も知らんとは馬鹿げた若者だ…」
「ちょっとおじさん、ポラリスはすごいんだよ!なんてったってあの熊に一人で立ち向かったんだから!」
鍛冶屋のおじさんに容赦なく突っかかるアウストラリス。なんというか、恐れ知らずだ。あれから勇気がついたのかもしれない。
まあその後「若気の至りはいいが出しゃばり過ぎるなよ」と宥められてはいたが。
とにかく貴重な素材でできたこの武器を見てもらえることになった。
「まったくベルフェニアおじさんは相変わらず頭が固いんだから…」
と文句を垂れるアウストラリスに、話がしたいと耳打ちした。
彼は快く話に乗ってくれた。