閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
1 父様
視界がぼやけ、焦点が定まらない。
無理にピントを合わせようとすればするほど、世界が滲み、霞んでいく。
声を出そうとしても、喉が震えるだけで音にならない。
どうすればいいの、私。
体を動かそうとするのに、全身が強張っていて思うように動かない。
ぎゅっと目を閉じて、もう一度そっと開いてみる。
すると、視界がふいにクリアになった。
ここは……どこ?
冷たい風が頬を撫で、肌を刺すように吹き抜ける。
目の前には闇に沈んだ木々と、星が瞬く夜空。
体はまだ動かない。
だから私は、ただじっと、その場にいるしかなかった。
冷え切った体が痛みを訴えはじめる。
指先から命が遠ざかっていくようで、息をするたび胸がぎゅっと苦しくなる。
このまま凍えて死んでしまうのかもしれない══そんな予感が心に広がったそのとき。
静けさのなか、ふわりとぬくもりが落ちてきた。
目を細めると、月明かりの下にすっと立つ人影。
ふわりと柔らかな毛布が降ってきた。
温かい。
私はほっとしてその人の腕の中で眠りに落ちた。
体がずっと浮いていて、ふわふわしているような感覚。
たまに上から下に落ちるような恐怖。
でもその瞬間体に染み渡るぬくもりと安心感。
私は気づくとすべての感情が詰まった世界にいた。
そっと近くにあったふわふわしたものに触れる。
その瞬間、私の目は開いた。
寝ていたんだ。
「ううっんー……」
私は急に出てくる嗚咽と涙に困惑する。
手が小さい、体も小さい。
それはまるで……赤ちゃん。
周りには誰もいなくて、先ほどまでの安心感はどこ? という状態であった。
「んんーっ……うゎん……」
勢いよく流れてきて止まらない。
私は助けを求めるように大きな声で泣く。
どうしようどうしよう。
そのころ、隣のホールでは。
「魔王様! 人間の赤子を連れて帰ってきたのですか!?」
「育てられないのに、そんなだめですよ!」
魔王がいつものように笑みを張り付けながら口を開く。
「まあまあ、聞いてよ。君らも考えてみなって。森の中で赤子が助けを求めているんだぜ? それがいくら人間の子供だとしても見殺しにするわけにはいかないと思うな」
「……わたくしも賛成ですわ」
沈黙の中手を挙げたのは15ヶ月前出産したフェンリル夫人だ。
今は魔王の変化の魔法によってヒト化している。
「おか、さま?」
フェンリル夫人が抱えているフェンリルの子供リュカが優しいまなざしでフェンリル夫人と人間の赤子がいる魔王の書斎を交互に見る。
「私も、賛成ですわ!」
元気な声で言ったのはワイバーンの夫人ルミルーネだ。
彼女は腕に抱いた我が子のことを愛しいまなざしで見つめる。
「私、このこを生んでから、考えが変わりました。……私、小さい頃は子供のこと。……正直好きじゃなかったんです。でも、やっぱり、見てると癒されるんです。しかもその子の命がかかってると思うだけで力がみなぎるんですわ!」
それと同時にルミルーネの子供アーゼンがくるくると空中を飛び回る。
「「私も、育てたいです」」
次に声を揃えて言ったのは、双子のウィンディーネ夫人、ウォーティとマリニィーだ。
「はい? マリニィーまだ妊娠中でしょう。私はもう産んでるわ」
「あと1週間後ぐらいには生まれるわよ」
「だったらもっと駄目じゃない。魔物のつわりは人間とは比にもならないのよ」
「私のギフトは母性よ。何のためにマリニィー、この私が生まれたと思っているの!?」
二人が口喧嘩を始めたためか、移動魔法でフェンリル夫人、ルミルーネ、ウィンディーネの双子が壇上に上がる。
「さあ、多数決を始めようじゃあないか」
新作出しました。
これからもよろしくお願いします!!
「追伸」
いつも閲覧してくれてる方、ありがとうございます!
そして!!!!!!!!!!
誠に申し訳ございませんでした!!!!!!
更新遅くなってごめんなさい!
2 魔王(の家臣)の子育て
「この多数決は、誰が一番母親として適任しているか決めるためのものだ。ルールは簡単。投票権を持っているのは壇上の4人以外。そして一人一票。悪意のある票は受け付けない。本心を入れるように。決まらない人は白紙を入れなさい」
魔王がそういうと全員の家臣の手元に白い紙とペンが現れる。
サッサッサ……。
書き終わった家臣が魔王に「どこに入れるのですか?」と聞くと、空間魔法が開かれる。
「そこに入れてくれると助かるよ」
魔王がにっこりとほほ笑むとその場に緊張感が走る。
その家臣がそっと空間魔法の中に入れると、ぞろぞろとほかの家臣たちも票を入れる。
魔王の威圧感はすごいものだ。
家臣全員計759票を入れたことを確かめてから集計が始まった。
「フェンリル夫人……189票、ルミルーネ夫人、191票……ウィンディーネの姉ウォーティ夫人、191票、その妹マリティ夫人、188票。よって、ルミルーネ夫人とウォーティ夫人の勝利とする。では次の段階に行くね。ルミルーネ夫人とウォーティ夫人の二人で多数決を取ろうじゃないか。決まらなかったら次はフェンリル夫人とマリティ夫人の多数決にするからね」
そんなこんなで多数決を取った結果、反則が見つかり3人の票が無効となって、全員の票数が同じになり、なんやかんやでじゃんけんになった。
「じゃんけーんぽん!」
じゃんけんは5分ほど続き、私の母親はルミルーネ=ワイ=ヴァーン、そして父親は魔王、ルイゼル=ディア=ヴァルゾレイアとなった。
3 新しいママができたけど、立場上魔王とは結婚できないから、ママとパパが私はいるのに、ママとパパは結婚してない!?!?
お分かりの人も多いとおもいますが、主人公は転生してきた人です!
私がいる部屋のドアが開いた。
ホールに私の鳴き声がこだまする。
(みなさん、すみません!! 勝手に涙が出るんですぅ)
笑顔を張り付けた魔王と一緒に入ってきたのはルミルーネ夫人と呼ばれていた人……いや、魔族だった。
私のことを優しく、そっと持ち上げる。
その手は愛情がこもっていて、私がずっと求めていた暖かさだった。
すっと私の目から涙が引き、にっこりと口角が上がる。
「笑いましたわっ!」
喜び方が小さな子供のようで、私の胸に温かさが広がる。
アーゼンもにっこりと笑っていた。
魔王の微笑みもいかにも父親という感じ。
これが、家族なんだ。
----------------------------------------------------------------
月日が経ち、私は乳兄弟のアーゼンと庭で追いかけっこをしていた。
「待って、ルーフェリア!」
ぱたぱたと小さな羽を揺らして追いかけてくるアーゼンのかわいさがたまらない。
そして魔法を使えて魔族と同じがそれ以上の才能がある自分に惚れる。
「ルーフェリア、そっち行ったら……あっ!」
私が木陰に滑り込むと、アーゼンは勢い余って転がってしまう。
見る見るうちに、アーゼンの目に涙が溜まり、アーゼンは泣き始めた。
「アーゼン!」
私はアーゼンの元に駆け寄る。
「こらこら、ルー。アーゼンをいじめたのかい?」
「父様! ……何て酷い言いようかしら……。私はアーゼンを慰めているの!」
「うっぇ――んっ」
私はよっとアーゼンを立ち上がらせ、服の汚れを落とす。
「人間に追いつけないほうが悪いのよ」
「だってぇ――、ルーフェリアはっすごく、強いっじゃないかぁ――!」
「ふふん、当然よ。私、魔族の頭の娘なんだから」
ちょっと得意げに胸を張ると、アーゼンは鼻をすんすん鳴らしながらも私を見上げてにこっと笑った。
「でも、ルーフェリアが笑ってると…なんか、楽しい」
その言葉に私の胸がきゅっとなる。
アーゼンの言葉は、魔法以上に私の心を動かす力を持っている。
その瞬間、庭の空気がふわりと揺れた。
「ほら、ガーデンに入らないか? お茶でもしよう」
父様が私たちの背中を押す。
「うん!」
私はアーゼンの手を引き、ガーデンの中に入っていた。
きっと、この幸せな日常はずっと続く。
※あとがきですが、おまけ小説をつけようと思いました!
「ふ ろ く」
「ねえアーゼン、私の母様と父様って結婚してないのよね」
「ルーのお母さんは僕のお母さんだぞ」
「知ってるわよ。あんたの父様が私の父様じゃないことも」
アーゼンは何か言いかけて、ふと黙った。
風が庭の木々を揺らし、羽がそっとなびいた。
「でもね、ルー。僕たち、兄弟みたいだと思ってる」
「……ほんとに?」
「うん、だって一緒に笑って、一緒に泣いてるし……家族みたいなものじゃない?」
私は少し照れくさくなって、視線を空へ向けた。
澄んだ青に浮かぶ雲は、ふわりと優しく形を変える。
「そうね……私たちって、変な家族ね」
「変でもいいんだよ! __今家族になれなくても将来夫婦になりたいし__」
「? 何か言った?」
「ううん! じゃあ僕屋敷に戻るから!」
「じゃあね……」
4 ……父様?
ギャグ要素は入れないことにします。
ある夜。
私は母様と一緒に寝ていたが目が冴えてよく眠れない。
私はトイレに行くために、部屋を出た。
父様の部屋の前まで行く。
すると何やら中が騒がしい。
私はそっと中をのぞいた。
そこには、父様が背中を向けて立っていた。長いローブが血のように赤く染まり、その足元には倒れた影。
部屋に充満する鉄の匂い。私の目は本能的にその影に向かう。
魔族ではない。人間の姿をした侵入者が、息絶えていた。
「……命を奪うことに、躊躇はない。でも理由なくはしないさ」
父様は低く呟いた。
「でも、僕の家族に手を出すものは許さないよ」
父様は部屋の中には一人しかいないはずなのに、冷たい顔でつぶやく。
私がそっと去ろうとすると、父様が優しい声で呼びかけた。
「ルー。入ってきなさい」
私は震える足でそっと部屋に入る。
血の匂いはまだ消えず、父様の背中が夜の闇よりも重く感じられる。
その瞬間、父様がくるりと振り返り、私をじっと見つめた。
「ルー。怖かったかい?」
私はこくりとうなずいた。部屋の空気は重く、鉄の匂いが喉に刺さる。
魔王――父様は、ゆっくりと赤く染まったローブの裾を払った。
「勝手に入ってきたんだ。魔王城の結界を破ってまでね」
その声には怒りも、悲しみも、あるいは呆れも混ざっていた。
「……人間の冒険者たちだった。王都の名門ギルド所属。“討伐依頼”なんて体裁で、堂々と門を破ってきたよ」
私は思わず息を呑んだ。
「なんで……?」
「理由なんていらないんだろうね。魔王城に“危険がある”って言えば、何でも正義になるらしい」
父様の笑みは皮肉に染まっていた。
「それで……殺したの?」
「そうしないと、こっちが皆殺しにされるところだったよ。家族も、家臣も。彼らは“駆逐”しに来たんだ。先制攻撃をしてきた。僕らはただ、防御しただけさ」
私は言葉を失った。だけど、その手を見たとき、思った。
この手が、私を包んでくれたこと。
この腕が、私を守ってくれたこと。
「……父様のせいじゃ、ないの?」
沈黙が落ちた。空気が静まり返る。
父様は少しだけ目を見開き、そして小さく笑った。
「ルー。もし僕が悪いなら、それでもいい。君がそう感じたなら、僕は受け止めるよ」
私は息を呑んだ。予想していた答えとは違った。
でも、あたたかかった。
「でもね。僕は君を守るために、選んだんだ。何かを犠牲にするしかなかった」
その言葉は苦しげで、でも真っ直ぐだった。
心の中にあった迷いは、まだ消えない。けれど、少しだけ、進める気がした。
5 ピクニック
「うわああああ」
私はなぜだか無性に腹立たしかった。
「何してるの。ルーフェリア」
「つっかれたぁ!!」
昨日見たことは夢じゃなかったようだ。
夜は全く眠れず、体がとてもだるい。
「疲れた……? お母さんのスープでも飲んだら?」
ああ、なんて純粋。
レ・ミゼラブルの感覚だわ。
「わかったわ。アーゼン、呼んできてくれる?」
「僕は召使いじゃないんだぞ」
アーゼンはぷくっと頬を膨らませながらも、結局は素直にうなずいた。
「わかったよ、ルー。呼んでくるね」
ぱたぱたと小さな羽を揺らしながら廊下を駆けていくアーゼン。その背中を見送った私は、ふと窓の外に目を向けた。
空は曇っていて、遠くで雷が鳴っていた。
「……嵐が来るかもしれないわね」
そう呟いた瞬間、部屋の扉が開いた。
「ルーフェリア、スープを持ってきましたわ」
母様が、湯気の立つ器を手に微笑んでいた。
「ありがとう、母様」
私はスープを飲みだがら、ふぅとため息をついた。
--------------------------------------
私がスープを飲み終わっていつものようにアーゼン「で」遊んでいると、フェンリルの子供のリュカ君がやってきた。
「あ……リュカ……」
アーゼンが気まずそうにしているのを尻目に、私は(サイズ小さめの)リュカ君の頭を撫でながら「こんにちは、リュカ君」と言った。
「こんにちは」
リュカ君はそれだけ言うと、私の手の中でニコニコと笑っている。
無言ニコニコ怖いんだけど!?
うちのパパさんみたい。
「ねー、ルーフェリアー。早くあっちで遊ぼうよ!」
さっきまであんなにメソメソしていたくせに、リュカ君が来たとたんその態度とは。
「やーだー。私はしばらくここでリュカ君といるわ。リュカ君、一緒にご飯食べない?」
「うん、いいよ」
アーゼンはむすっとした顔で、私たちの様子を見ていた。
「……リュカばっかりずるい」
その言葉に私はくすっと笑う。
「なにそれ、嫉妬? かわいいじゃない」
「嫉妬じゃないもん!」
アーゼンはぷいっと顔をそらして、窓の方を向いた。
その小さな背中が、なんだかいつもより小さく見える。
「ふーん、じゃあアーゼンは一緒にご飯食べないのね」
「……食べるけどっ!」
勢いよく振り返ってそう言うアーゼンに、私は思わず吹き出してしまった。
リュカ君もくすくすと笑っている。
「じゃあ決まりね。母様にお願いして、三人分持ってきてもらいましょう」
「うん!」
「……」
アーゼンは何も言わなかったが、少し頬が赤くなっている。
母様が三人分の食事を持ってきてくれた頃には、外の雷鳴が少しずつ近づいていた。
「嵐が本格的になりそうね……」
私は窓の外を見ながら呟いた。母様は静かに微笑みながら、テーブルに器を並べていく。
「温かいうちに召し上がってください。リュカ君も、遠慮しないで」
リュカ君はぺこりと頭を下げて、スプーンを手に取った。アーゼンはまだ少しむすっとしていたが、スープの香りに負けたのか、そっと席に着いた。
「「「いただきます」」」
三人で囲むピクニックは最高だった。
アーゼンは少しむすっとしながらも、おいしそうにほおばっている。
「おいしい?」
私がアーゼンに聞くと、嬉しそうに「うん!」と答える姿が愛おしい。
私がニコニコしながらアーゼンとリュカ君を見ていると、後ろから グルルルル…… という唸り声が聞こえた。
「ルー、後ろ!」
アーゼンは驚いたような怖がったような……おびえた顔で叫ぶ。
さっきまでニコニコしていたリュカ君もぎゅっとアーゼンに抱きついていた。
(絶対大丈夫だから、ちゃんと、しっかりして)
私が心の中で自分に言い聞かせると、くるっと後ろを向く。
「あ、ルーフェリアじゃない。びっくりしたー。魔王城に人間が入り込んだかと思ったよ!」
「え、マリシェ……。驚かせないでよ」
「人間だと思ったんだってば」
嵐の予兆だと思っていたのはこのマリシェのオオカミの視線だったらしい。
マリシェはウィンディーネ夫人、マリニィの子供だ。
「マリシェだったのか。いい加減その物騒なオオカミをしまったら?」
「それはリュカ君にも失礼だと思うけど?」
アーゼンの言葉に正論で返すマリシェ。
「ううっ。なんでそんなこと言うのさ」
「本当のことだよー」
マリシェは左手をオオカミに乗せながらあっかんべをする。
「ルーフェリア、私も一緒していい?」
マリシェはオオカミを後ろに座らせ、自分はブルーシートの上に座る。
「え、別にいいんだけど、三人分しかご飯は用意していないわ」
「別にいいよー。私はみんなを見てるだけで楽しいし」
「それは馬鹿にしてるだけでしょ」
リュカ君が突っ込むと、彼女はふふふッと笑った。
「別に? まあ、そういうとこかな」
友達に、「なんかめおの作品ってところどころ馬鹿げてるよね」って言われました。
悲しいです、はい。
いや、別にそれを狙っているんですけどね???
言い方がひどっ!! ……と思った人はファンレターへレッツゴー!!(?)
「追伸」
付録なくなってごめんなさい。
あと終わり方が決まらない。
あと、題名変えてごめんなさい。
6 人間と魔物
コンコン。
「父様~。入っていいかしら?」
私は返事が聞こえる前に管理室へ入る。
「ああ、ルーフェリア。なんで来たんだい?」
「父様に会いたくなったの!」
私はそういうとぎゅっと父様の腰に抱き着く。
「転んでしまうよ」
父様はそういいながらも私の頭を撫でると、私のことをそっと持ち上げた。
私と同じ顔の高さになると、そのまま抱っこされる。
すると。
「君の『母』が来た」
それだけ言うと、父様はまた笑顔に戻って、管理室から出る。
「父様、どこへ行くの?」
私は父様に抱きかかえられたまま尋ねる。
「ああ、庶務室さ。まだ残っている仕事があるからね。いまは資料を探していたんだ」
「庶務……」
部屋につき、父様が私のことをおろす。
私はぐっと父様のローブを引っ張った。
「ねえ、私の……えっと……」
「ああ、彼女は今地下牢で眠っているよ」
その短い答えにも深いところがあるのでは、と思った。
が、私は黙っておいた。
「なんの資料を探しているの?」
「……ん? ああ、人間との分かち合いさ。最近は冒険者と名乗り、滅ぼそうとするものまで現れた。だから……」
「えっ!? ……何人ぐらいいるの?」
私は父様の話をさえぎってしまったことに後悔しながら、上目遣いで聞いた。
「まあ、ルーフェリアが見てしまった人たちも含めて、ざっと100組ぐらいかな」
私は絶句した。
父様は「一人で」そこまでやってきたんだ。
「一人……?」
あ、変だった、と思いながら聞き返す。
「いいや、300人ぐらいさ」
「あ、そうじゃなくて、父様一人でやったの?」
「いいや、だいたい下級層で死んでしまうからね。最後までこれたのはルーフェリアが見たのとあと1組さ」
「あ、そう」
私は胸をなでおろすと同時に、自分の無力さに気がついた。
7 魔王に呼ばれて
「じゃあさ、父様」
「なんだい?」
私は自慢げに胸を張った。
「大きくなったら、すっごく強くなって父様のこと助けるわ!」
私はその時の父様の表情を忘れない。
驚いたような、うれしいような。
少し、寂しいような。
――――――――――――――
夜。
私は父様の言っていた「母」とやらに会ってみることにした。
きっと父様に言ったら怒られてしまうだろうから、ひそかに行くことにした。
「……ルー?」
後ろから声をかけられ、ビクッと体を震わせる。
「何」
パッと後ろを向くと、アーゼンがいた。
「驚かせないでよ。馬鹿じゃないの?」
「なんでそういうこと言うのさ」
アーゼンがむっとした顔で眉を寄せる。
「……で、なんでこんな時間に外に出てるの?」
アーゼンが首をかしげて尋ねる。
私は思わず視線をそらした。
「ちょっと、用事があるのよ」
「嘘だ」
ずっ、とアーゼンが距離を詰めてくる。
この子、こういう時だけ妙に勘がいいのよね……。
「いいでしょ別に。アーゼンには関係ないわ」
そう言うと、アーゼンは不満げに頬を膨らませた。
「あるよ。だって……夜に一人で歩いてたら危ないでしょ」
その言い方が妙に真剣で、私は一瞬言葉を失う。
「……それで? どこ行くの?」
「教えないわ。坊ちゃんは早く寝てなさい」
「やだよ」
大きな声を出しそうになったが寸でのところで止めた。
「本当に、教えないから!」
私がぴしゃりと言い放つと、アーゼンはさらに眉を寄せた。
「……ルーって、そういう時すぐ隠すよね」
「はぁ? 隠すとかじゃなくて、ただ」
私は、ぐっと言葉を止めてしまった。
「ただ何?」
詰められ、言葉が詰まる。
アーゼンは私の顔をじっとのぞき込んできて、その瞳はふだんよりずっと大人びて見えた。
「危ないことしようとしてるんでしょ」
「……っ!」
図星を刺され、息が止まる。
「ち、違うわよ。ただ、地下牢に……」
言いかけてハッと口をつぐんだ。
しまった。
アーゼンは目を丸くした。
「地下牢? ルー、なんでそんなとこ行くの!?」
「知らないほうがいいのよ。だから……」
「行くなよ、そんなとこ!」
アーゼンは思わず声を上げ、慌てて口を押さえた。
「……っ、ルーが行くなら……僕も行く」
「は?」
私は怒りゲージが満タンになる。
「うるさいわね! あんたには関係ないんだから黙っててよ!」
「関係あるって!」
「ないわっ!」
私はばん、と部屋のドアを閉め、鍵を閉める。
ドアの向こうでアーゼンが何か言っている気もしないでもないが、私はそのまま座り込んでしまった。
今日は母様に会えないみたい。
―――――――――――
「ねえ、父様」
「昨日は何があったんだ?」
珍しく父様が怒っていた。
「ご、ごめんなさい……。出来心でした……」
すると父様は、小さくため息をついた。
「ルーフェリア。怒ってはいないよ」
「……え?」
顔を上げると、父様は少し困ったように笑っていた。
「ただね。アーゼンが相当落ち込んでいるようなんだ。もし君が……彼女に会いたいというならば、アーゼンには気づかれいないようにしないと」
「……はい」
「ああ、俺は怒ってないからね」
父様がその言葉を足してくれたおかげで、私はほっと安心する。
「何かあったならば、彼には一応何か言っておくべきだと思うし、彼が立ち直れると思うなら、何も干渉しなくてもいいだろう。しかし……」
「……何?」
「今日、アーゼンにあったかい?」
私が考え込んでいると、父様が「会っていないだろう」と言う。
「……確かに」
「そうだろうな」
父様は腕を組んで天井を見上げるようにして少し考え込んだ。
「アーゼンは、素直で強い子だ。だからかはわからないが、昨日のことのせいでルーフェリアが家を出てしまったと思っているらしい」
「……え?」
なによ、それ。
私は面白くてくすっと笑ってしまった。
「まあ、俺は会いに行くべきだと思うぜ」
「そう。私、そうするわ」
――――――
結局、アーゼンとは仲直りをして、父上の了承も得て、父上と三人で地下牢へ向かった。
「……誰もいない?」
「……うーん。抜け出されたか、それか転移魔法だね。市民の場所はわかるようになっている可能性もなくはないな」
「……そう」
時は経ち。
私は16歳の誕生日を迎えた。
結局あの日の真相は誰にも分らないし、父様が嘘をついていた可能性は……あるのか?
―――――――――
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
お付きのメイド―――アミュリが深々とお辞儀をする。
「些細なものではございますが……」
と、彼女が私に白い包み紙を手渡す。
「おおーっ、ありがと! 開けていい?」
「もちろんでございます」
私はその場でぺりぺりと包み紙を開けた。
中から出てきたのは、薄い青色の、きれいなリボン。
「……まあ、素敵ねこれ!」
「ルーフェリア様のお気に入りの色でお作りしました。長さも調整できますので、戦闘中でも邪魔にならないかと」
「分かってるじゃないのアミュリ! すごく嬉しいわ!」
思わずぎゅっと抱きしめてしまう。
アミュリは僅かに驚くけれど、すぐに柔らかく微笑んだ。
「ふふ。喜んでいただけて何よりです」
「今日は髪にこれつけようかしら。うん、この色、好きだわ」
「では、後ほどつけさせていただきますね」
――――――――――
「アミュリ~……! 大好きだわ」
「……ちょっとほどほどにしてくださいませんか」
「服の心配より私の可愛い気持ちを優先しなさいよ!」
「はいはい。可愛いのは存じておりますので」
アミュリはくすっと笑い、いつもの落ち着いた口調で言った。
「……まったく、十六歳にもなって甘え方が変わらないのは問題ですよ。
けれど、今日は特別ですから、少しくらいはいいでしょう」
「やった! ありがとう!」
私はスキップしたくなる気持ちを抑えきれず、髪を揺らして鏡の前に立つ。
青いリボンが、私の瞳の色とよく馴染んでいる。
「ねぇアミュリ。これ、今日ずっとつけてるわ」
「ええ。とてもお似合いですから。ただし、魔力訓練をなさる時は外してくださいね? 焦げてしまいます」
「……ああ、それは悲しい! じゃあ訓練の時は外すわ」
すると、その時。
コンコン。
ドアが叩かれる。
「誰かしら……? どうぞ、入って」
扉を開けて入ってきたのは、無口の執事と呼ばれるジルフェートだった。
「……」
「どうしたの?」
「……魔王さまが」
「……」
「……お呼びです」
吃驚した。
暗殺でもされたのかと思った。
「わかった。すぐ行くわ」
――――――――――
簡単な正装になり、私は父様のいる管理室へ向かう。
トントン。
「父様? 何かあったの?」
「許可する前にアーゼンなどの部屋に入ると痛い目を見ることになるぞ」
父様はいつもの微笑みで少し怒ったように言う。
「ごめんなさい、父様。で、何があったの?」
父様はすこし穏やかな顔になると、「お誕生日おめでとう」と付け加えた。
「ありがとう、父様。それだけ?」
「それだけかと思うかい?」
「……思わないわ」
私が少し暗い顔になると、「来たようだね」と、父様。
「?」
父様が視線を扉に向けた、その瞬間。
――カツ、カツ、カツ。
廊下から、ゆっくりと誰かが歩いてくる足音がした。
「ルーフェリア。君の護衛が到着したみたいだよ」
「護衛……? 誰が?」
「君のことを誰よりよく知っている者だ」
(え……まさか……)
扉がノックもなく静かに開く気配。
私は反射的に振り返った
8 護衛
(え……まさか……)
私が後ろを振り返るとドアが開いた。
「アーゼン! うれしいわ!」
言ってから、胸がドキッとした。
顔が赤くなるのが分かる。
こんなふうに素直に言ったのは久しぶりだったから。
アーゼンは、わずかに目を見開いた。
(……あ、嬉しそう)
けれど次の瞬間には、いつもの落ち着いた声に戻る。
「……そう言ってもらえるとは思ってなかった」
「え?」
「護衛役に選ばれたと聞いた時は、俺でいいのかって思ったからな」
いつもより声が低くて、でもどこか、照れではなく安堵があった。
「……父親の前でイチャイチャするのはどうかと思うんだけど」
「……ごめんなさい、父様」
「ねえ、アーゼン」
「なんだ」
私は少し息を吸って、思い切って言った。
「さっきの……私、ほんとに嬉しかったのよ」
アーゼンの足が、一瞬止まりかけた。
でもすぐ歩き直す。
「……そうか」
その返事はとても短い。
けれど、声がわずかに揺れたのを私は聞き逃さなかった。
そして、彼は目を逸らさずに言う。
「俺は……てっきり、お前は誰でもよかったと思ってたからな」
「え……!? 何それ!」
「いや……その、護衛なんて誰がやっても同じだと、お前はそう思うかと思っていたんだ」
「そんなわけないでしょ!」
思わず声が強くなる。
「アーゼンが来てくれたから嬉しかったのよ。あなたじゃなきゃ嫌だったもの」
しまった。
ちょっと素直すぎた。
アーゼンは立ち止まって、私のほうを向く。
「……そうか」
あ、護衛役はなんか将来恋仲になる感じのやつね。
なんか自分が作ったキャラがイチャイチャしてると心が弾むー。
みんなラブコメ書いたほうがストレス発散になるよ。
でもね、一つ気を付けてほしいのが、寝る前に書くと気分上昇しすぎて寝れなくなることですね。
9 夜の話
その夜。
「ルーフェリア様、ルーフェリア様!」
「……なによ」
アミュリがウキウキランランで話しかけてくる。
「今日護衛役! きまりましたよね?」
「……アーゼンだったわ」
「よかったですね!!! 結婚が間近ですよぉ!! 護衛役です! しかも十六歳の誕生日で任命されたのです! 魔族式の運命の隣ってやつですよ、これは!」
「そんな儀式聞いたことないわよ!」
「私が今つくりました!!」
「なんで創作をドヤ顔で言えるのよアンタは!!」
アミュリはふんふんと鼻息を荒くしながら、
勝手に話を進める。
「第一にですね、ルーフェリア様の護衛は命よりも優先して守る存在なのです!」
「まあ、それはそうだけど……」
「第二に!! ワイバーン一族の青年が、自分より強い相手を守ると誓うのは!! 伝統的に!! 非常に!! 希少!!!!」
「そんな昔話知らないわよ!?」
「私も知りません!!! でもシレっとそれっぽく言っておけば良いのです!!!」
「アミュリ、落ち着きなさい!!」
しかし落ち着く気配は一ミリもない。
アミュリは私の両手をがしっと掴んで、めちゃくちゃ真剣な顔で言う。
「ルーフェリア様。今日のアーゼン様……雰囲気、変わってました」
「え……そう?」
「ええ。あれは男の目でした!!」
(こっちが恥ずかしいわ!!)
私は絶句する。
「なんていうこと言うのよ」
「? わるいことですか?」
「……」
「で? ルーフェリア様。 護衛がアーゼン様って聞いたとき、どう思われました!?」
「え……?」
そうだ。
アミュリはその場を知らない。
父様の部屋で、私が素直にうれしいわ! と言ったのを。
だから純粋に知りたくて聞いているだけ。
「どう、って……」
言いよどむ私に、アミュリはさらに詰める。
「嫌だったのですか!? まさか!! え、もしかして予想外で心臓止まりました!? それともあ、やっぱりって感じでした!? はいどっち!? さあさあ!!」
「ちょっ……押さないでよ!!」
アミュリは興奮のあまり、上半身を前に倒す勢いだ。
「だって! アーゼン様ってばいつも落ち着いてるのに、ルーフェリア様のこととなると表情が柔らかくなるんですよ!? 絶対に特別扱いしてます!!」
「特別扱いなんてしてないわよ!」
(……たぶん。いや……どうなのかしら……?)
自分でもよく分からないから余計ややこしい。
アミュリはさらに身を乗り出す。
「で!!! ルーフェリア様はどう思われたのですか!? アーゼン様が護衛だと聞いて!!」
「べ、別に……普通よ! 普通!!」
「普通に嬉しかったってことですか!!?」
「なんでそうなるのよ!!?」
アミュリは目をキラキラ輝かせながら叫んだ。
「だって!!! ルーフェリア様、普通じゃない時の声、私ずっと聞いてきてますから!! 今のは絶対普通じゃなかったです!!」
「っ……!」
思い出す。
昼間の私。
『アーゼン! うれしいわ!』
……あれは、確かに普通じゃなかった。
でもアミュリは知らない。
「ルーフェリア様……?」
アミュリが覗きこむ。
「……図星、ですか?」
「ち、違うわよ!」
「違わないですよね?」
「違うって言ってるでしょ!!」
「ふふふ……?」
アミュリのにやけ顔が強すぎる。
(やだ……この顔、本当に苦手……! すべてお見通しみたいに見えるのよ……!)
「……アミュリ」
「はい?」
私は枕をそっと手に持ち、
「そろそろ黙りなさい!!!」
「きゃーー!!」
部屋に枕が舞った。
けれどアミュリの声は止まらない。
「でも嬉しかったんですよねぇぇ!! アーゼン様~~!! 聞かせてあげたい~~!!」
「やめて!!」
今日、いちばん疲れたのは儀でも護衛でもなく、間違いなくアミュリの相手だった。
「今日は一緒に寝てあげますっ」
「……なんで?」
アミュリがにやにやしながらベッドのそばの椅子に座る。
「いやぁ、寝言とかでアーゼン様に伝えなければならない愛の言葉などを聞ける気がしましてぇ」
「やめて」
「やめません」
結局格闘をしようとしたが、アミュリはそこにとどまることに成功してしまった。
(魔族のメイドってなんでこんなに動き早いのよ……)
「ほら、早く寝てください。私は、ルーフェリア様の 乙女な寝言 を逃したくありませんので」
「そんなもの言うわけないでしょ!!」
「言います」
「断言しないで!!」
アミュリはすっかり聞き耳体勢で、枕の上で丸くなった私を覗き込む。
「さあ、どうぞ寝てください……あの青年の名前を呼ぶのは遠慮なさらず……」
「呼ばない!!」
「呼ーぶーんーでーすーよぉぉぉ!!」
「うるさい!! 寝れない!!」
「寝られるまで静かにしていますから……」
あ、絶対静かにしないつもりの笑い声だ。
私は観念して布団をぎゅっとかぶった。
(今日はほんとに……疲れた……護衛の話も、アーゼンの態度も、父様の儀式の準備も……頭がぐるぐるしてる……)
まぶたがじわっと重くなりはじめる。
アミュリの気配が椅子でにやにやしているのが分かるけど、もうどうでもよかった。
「……ルーフェリア様。寝ました?」
「…………」
「寝てないですね?」
「ねてる……」
「寝てない声です」
「アミュリ……明日の朝、覚悟しなさい……」
「はい、喜んで!!」
(なんで喜ぶのよ……)
そのまま意識がゆっくりと沈んでいく。
アミュリは私の寝顔をじっと観察しながら、
小声で勝手な解釈をしていた。
「……ふふふ。明日はアーゼン様と何か進展があるんじゃないでしょうか……ルーフェリア様、頑張ってくださいねぇ……」
そこだけ聞こえて、私は心の中で枕を投げた。
そしてその夜、私は結局アミュリが寝るまで眠れなかった。
10 朝食
「おはようございます、ルーフェリア様っっっ!!! 開口一番に言いたいことはあの青年への愛の言b……」
「昨日はアミュリのせいで、全然眠れなかったわ! どうしてくれるのよ!!」
「大丈夫です。寝不足の顔も可愛いですよ!」
「うるさいわ!!! というか!! 何勝手に私の恋の双葉を一気に枯れ木にさせようとしてんのよ!!!」
「……そんなつもりはないですよ? べつに、お嬢様がアーゼン様への思いを私に一方的にしゃべりかけてきたのではないですか?」
「……アミュリ、許さないわよ!!!」
―――――――――
「……はぁ」
―――――――――
私はドアの前にアーゼンがいたとも知らずにそう叫ぶのだった。
朝の用意も済み、ドアを開けると、廊下の反対側の壁にアーゼンが赤いのか青いのかわからないような顔でぼーっと突っ立っている。
(……まさか、きかれた?? 私の……思いが!!!! 全部!!!!)
私は冷や汗を流しながら、アミュリを本気でにらみつける。
「まあまあ、食卓に向かいますよ~」
「……まあまあってなによ」
私がガチギレしているのを見たアミュリは少し申し訳なさそうな顔をする。
(そうよ……反省しなさい……。こんな朝から乙女の寿命を削りやがって……!)
と、そのとき。
「……おはよう、ルーフェリア」
アーゼンがようやく声を出した。
声はいつもの落ち着いたトーンなのに、表情は明らかに動揺の痕跡を残している。
(うわぁあああ、これ絶対聞いてるじゃん!! どうしようどうしようどうしよう……!)
「おはよう……アーゼン……」
言いながら、自分の声が1オクターブくらい上がってるのが分かった。
アミュリは横でなぜか誇らしげにうなずいている。
「では、朝食へ参りましょうかっ!」
アミュリの声で三人で廊下を歩きだした、その瞬間。
低く楽しげな声が背後から聞こえてくる。
「朝から騒がしいと思ったら、実に良いものを見たよ」
私もアーゼンも、アミュリでさえも、ぴたっと固まった。
振り返ると、そこにはじつに……じつにわざとらしいほど優雅な笑顔を張り付けた父様が立っていた。
(終わった……。今日、私死ぬかもしれない……)
食卓に着いたはいいものの、朝から色々あったせいで沈黙がずっと流れている。
しかも父様は私の安全運転なライフに水を差しただけで、朝食にも参加してこなかったのだ。
(余計なことだけして満足して去っていく父様の性格……本当にどうにかならないかしら……)
「……お嬢様、お紅茶をお注ぎ致しましょうか?」
「……結構だわ。ごめんなさいね」
「承知いたしました」
メイド―――セレナは静かに一礼し、余計な詮索もなく控えの位置に下がる。
「セレナはいい子ですよね……」
と、アミュリが耳打ちしてきたので思わず「ふざけんじゃないわよ」と零す。
(あ、まずい。これやある意味婚約者の前では言ってはいけない発言だったのでは……)
「……ルー、この件についてはアミュリが悪いとしておくからちょっと静かにしてくれ」
「いや、でも……」
私は反論しようと思ったが、ぎゅっと口をつぐむ。
これ以上アーゼンを怒らせるわけにもいかないし……。
「……」
また沈黙が続く。
食器の音ひとつしない朝食なんて、魔王城ではとても珍しい。
アミュリはというと、完全に気まずそう。
(あんたが一番悪いのよ!!)
と叫びたいけど、今はもう力が残っていない。
セレナは控えたまま、静かに紅茶ポットを磨いている。
(こういうとき完璧すぎるメイドって逆に怖いわね……)
どうしよう、この気まずい空気。
何か言わなきゃ、とは思うけれど、何を言っても墓穴を掘る気しかしない。
(……あぁぁぁ、アミュリのせいで状況がややこしくなったじゃない……! お願いだから誰でもいいから助けて……)
と思っていた、その時。
コン、コン。
「入るよ」
父様の声が聞こえた。
(……来たわね、最大の爆弾……)
扉がゆっくりと開き、父様がいつもの微笑を貼りつけたまま入ってくる。
「朝からずいぶん静かだね。騒がしいより珍しいんじゃないか?」
「……」
私は助けを求める顔で父様を見たがガン無視されたのであった。
番外編 アーゼンside
「ねえ、アーゼン」
「アーゼンったら!」
「ねね、アーゼン!」
「ね、アーゼン聞いてよ」
これは俺のかわいい婚約者の話である。
……とまあ、俺が歩いていようが剣を振っていようが、ルーフェリアは基本こんな調子だ。
俺は、魔族の中でも戦闘種のワイバーン族。
感情を顔に出さないのが美徳とされる種族だ。
でも。
相手がルーフェリアだと、その規律がだいぶ危うい。
「ねえ、アーゼン。ほんとに昨日ごめんなさいっ! だから、代わりと言っては何だけど……」
俺は剣を磨く手を止めた。
(……何だ。代わりって、なんの話だ? 謝られるようなことをされた覚えは……まあ、多少はあるが)
ルーフェリアは胸の前で両手を隠していて、その指先だけがそわそわと動いている。
「……だから! えっとぉ……。てかなんか言いなさいよ! 小さいころみたいなおてんば感が少しはあってもいいんじゃないの!?」
「……すまない」
俺が謝ると、ルーフェリアはぷくっと頬をふくらませた。
昔から感情が顔に出やすいやつだ。
そこが、まあ……かわ──いや、何でもない。
「謝罪じゃなくて! 反応しなさいよ反応! こう……もっとこう……わあ、ありがとうルー! みたいなやつ!!」
「……」
(無理だ。今そのテンションで言ったら確実に声が裏返る)
感情を抑えるのが習慣のワイバーン族に、そんな芸当できるはずもない。
だが、なぜかルーフェリアは俺の無反応にさらに焦ってきた。
両手を隠したまま、足元でくるくるつま先を回している。
(……何を渡すつもりなんだ)
気になる。
でも催促すると余計に言わなくなるのがルーフェリアだ。
なので俺は、剣を置いて彼女の方へ体ごと向いた。
「ルー」
「な、なによ」
「何を渡すつもりだ?」
その瞬間、ルーフェリアの肩がビクッと跳ねた。
「や、やっぱり! 聞くのね!? いやまあ当たり前よね!? 聞くわよね!? でもほら、こっちも色々と心の準備が──」
「……渡す気がないなら無理にとは言わない」
そう言った途端。
「あるわよ!!!」
勢いよく食い気味に言われた。
(……あるんだな)
「……ほら、受け取りなさいよ。これはもともと……あんたの誕生日に渡すつもりだったけど、ちょっと時期がずれたようね」
「……早すぎないか? 俺の誕生日まであと5ヶ月はあるぞ」
「うるさいわね! さっさともらいなさいよ! グダグダ言わずに!」
勢いよく押しつけられた袋を受け取った瞬間、中身が布ではなく革だと分かった。
(……これはもしや)
取り出したのは、片手ずつの黒の戦闘用手袋だった。
指先だけ爪が出る形になっていて、手の甲には軽い衝撃を吸収する薄い魔革が仕込んである。
ワイバーン族向けの実戦特化型。
そして。
(これ、俺が以前破いた手袋と……同じ型だな)
ルーフェリアがぽつりと言う。
「前に訓練で破けたでしょう? 魔王城の工房で特注してもらったのよ。あんた、爪が鋭いからすぐダメにするんだもの」
「……」
「予備があって損はないでしょ? 護衛やるって決まったし、ちゃんとした装備いるじゃない」
俺が黙ってルーフェリアを見つめていると、
「……っ何よ。私はもう部屋に戻るからっ!」
耳まで真っ赤にしたルーフェリアがすたすたと歩いていく。
「待て」
「……何よ。文句でも……っ」
「ありがとう。ルーフェリア」
ルーフェリアはぴたりと足を止め、振り返りもせず肩をすくめた。
「……べつに。実用的だと思っただけよ」
「大切にする」
「……っそう」
俺がまた剣を磨き始めると、ルーフェリアは数秒立ち止まり、部屋から出て行った。