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目次
恋
僕は、孤独で存在感が無い人だった。
元々あまり人との対話が苦手で、一人クラスの端で小説を読んでいた。
一方、彼女は真逆ともいえる人だった。
美しい顔つきとその独特な雰囲気。
昨日転校してきたにも関わらず、学校内でも男女共に人気、というか別格。
とても人目を引く存在だった。
休日、僕は彼女と街で会った。
お互いが気づき、彼女の方が私に声をかける。
意外で、衝撃的なことだった。
どうやら目的地が一緒らしく、二人は一緒にそこへ向かった。
彼女は僕の一歩前を進んだが、置いていかれはしなかった。
僕は緊張していた。
目の前にいる、その白い肌やまるで造り物のような美しい顔つきに、僅かな恐怖さえ抱いていた。
途中、交差点での信号待ちの際、彼女は振り向き訊いてきた。
「何の本借りるの。」
僕は緊張を抑え、平静を装い、最低限の言葉で返事をした。
次に彼女が口を開こうとした時、こちらに向かって暴走した車が来ていた。
僕は、一人で倒れ込むように避けてしまった。
結果、車はギリギリ彼女の服を掠って、そのままどこかへ行ってしまった。
少し遅れて来た風で、彼女の髪がなびく。
僕は倒れたまま彼女を見上げた。
自分のことを優先して、彼女を見捨てるに近い行動をしてしまったことを後悔し、嫌われたのではないか、怒らせてしまったのではないかと不安だった。
しかし、彼女の顔は落ち着いていた。
まるで世界初の化学反応を見たような、でも彼女だけはそれが起こるのを知っていたような、見たことのない表情。
それが安心でもあり、恐怖でもあった。
今までなんとなく美しい人という認識だったが、実際に彼女という人間の洗礼を受け、彼女に対する認識が塗り替えされていった。
きっと恋だった。
彼女という存在に安心し、共感し、執着していたが、それだけでは無かった。
今まで出会ったどの人とも違うタイプ。
怖い物見たさのような特殊な興味関心。
鏡は無いが、何となく今の自分は彼女と同じ顔をしているのではないかと思った。
しばらくは退屈しなさそうだ。
帰
まだ水の張った田んぼ道、彼女の後ろをついていく。
かつては一人、借りてきた本を読みながらだったから、何か動く度にできる水面の波紋にも、暗くなっていく山々にも、何とも言えない空の色にも、足元の長い影にも、気づかなかった。
そして、目の前にいる彼女の背中は、なんとなくこれらの景色と似合ってない気がする。
視界に入ってくる一つ一つの情報を分析しだす今の自分は、まだ緊張しているようだった。
口も開かぬまま、しばらく歩く。
ふと彼女がしゃがみ込み、脇の田んぼの底を見つめる。
僕も歩みを止めたが、立ったままでは見つめた先に何があるのかは見えなかった。
彼女の顔は、少し楽しそうだった。
似合おうが、似合ってなかろうが関係無い。
彼女がこの雰囲気が好きなことが伝わってきた。
僕も気になり、しゃがもうと予備動作に入った時、彼女が立ち上がった。
「蛙の子供だよ。」
嘘か真か、報告のようにそう言い、また歩き始める。
僕も体制を直し、ついていった。
途中、彼女が振り返って、またすぐ前を向いた。
今までも何回かしていたため、特に気にしなかった。
少し先の分かれ道で二人は別々の道へ行った。
彼女と別れ、緊張が和らいでいく。
長い間人と関わってこなかった弊害が、まだ残っている。
空は昏く、映画のような雰囲気だった。
視界の端にあった本を見る。
人気の作家、人気の本。
僕は結局、こういうのに落ち着いてしまう。
あの日以降、よく一緒に本を借りに行く。
どうやらお互いに惹かれてしまったらしい。
正直、本の好みはあまり合わなそうだが、興味のある相手と一緒に居たい感覚は共通しているようだった。
何度目かの会話で、二人の家が思ったよりも近いことを知った。
転校した時に引っ越してきたらしく、ただの散歩もよくするぐらいに気に入っているらしい。
自然の雰囲気が好きで、今日みたいに誰かと帰ることも嫌いじゃないそうだ。
この関係が続く内は、こんな感じの帰り道を何度か経験するのだろう。
そう思い、なんとなく本は家に帰ってから読むことにした。
山
夏休み。彼女のキャンプに誘われた。
彼女の毎年の行事らしく、今年からは家の近くの山を登るようだ。
それなりに整備はされているらしかった。
初めての僕は準備物など教えてもらった。
当日の午後、まずは一人で登った。
急な予定で遅れるらしく、先に行ってとのこと。
今年の夏は最近にしては涼しげで、元気なヒグラシの声が聴こえてくる。
山の中、木の隙間から差す光がまだ地面にハッキリと見えた。
段々と道が細くなっていき、途中小さな滝を見た。
その音を聴いていると、これから異世界に行くような不思議な気持ちになった。
近くに在った知らない花も、そう感じた理由の一つかもしれない。
ずっと坂を登っていくと、頂上っぽい場所に辿り着いた。
場違いな鉄塔が一つ建っていたが、意外と景観の邪魔にはなっていない。
一人きり。広大な自然を見下ろして、本当に異世界に来たような気分になっていた。
大きな達成感と共に疲労も溜まっていた。
しばらくベンチに座って本を読んでいると、ヘットヘトの彼女が現れた。
ようやく人間らしい一面が見れて、少し感動してしまった。
水を飲むなどして休むと、彼女は立ち上がりテントを広げた。
そのまま自立するタイプなので、二人とも重り代わりに荷物を入れ、また少し景色を見る。
丁度、夕日が目の前にあり、さっきとは違い少し物悲しい印象。
隣を見るといつもより少し優しげな彼女の顔があり、自分の心か彼女の声かは知らないが、「綺麗。」と聞こえた。
視線に気づかれる前に、景色の方へ顔を戻した。
夕飯は、お互いインスタント麺をバリバリ食うという風情の欠片もないことで済ませた。
どこかから蛙の声が聴こえてくる。
意識していなかったが、あの日から既に2ヶ月。
テントの端。彼女とは違う本を読みながら、近くにいても自分がそこまで緊張していないことに気づいた。
その時、彼女と目が合った。
「星、見よう。」
誘われて、僕は外に出た。
並んで寝転がり、空を見ると、そこには時間を止めたスノードームのような煌めきがあった。
家の窓から見るものよりも、ずっと綺麗だった。
いったい今日だけで何度感動すれば気が済むのだろう。
それだけ自然が、長い歴史の中で人間に刻んだものが大きいということだ。
白、青、赤。
正直、星座とかには詳しくない。
でも、よく分からないからこその魅力があった。
隣の彼女の夜空を映したその瞳は、かつて無いほどに綺麗だった。