あらすじ
身長194cm、赤髪、クールな凄腕武士。……そんな伍樹の正体は、妻・真白にメロメロな「過保護すぎる主夫」だった!
元・伝説の花魁でありながら、家では「いっくん」と甘え、お風呂でぷかぷか浮かぶ真白が可愛すぎて、伍樹の理性は毎日決壊寸前。
「白ちゃん、埃だ! 喉に障ったらどうする!」
「いっくん、お礼なら……私を吸ってもいいですよ?」
「にゃー」と鳴く妻に、理性を保つための「命がけの深呼吸」が止まらない!
笑いと涙、そして「尊死」確実の溺愛ラブコメ。二人の愛が娘の真緒へと繋がる、二十年の軌跡をここに。
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目次
第1話:その男、一途につき
《《》》吉原の夜は、呼吸をするだけで金が舞うと言われるほどに華やかで、そして|酷《こく》な場所だった。
きらびやかな極彩色の街並みの中で、ひと際冷たい空気を|纏《まと》う美しい女がいた。
「氷の花魁」――|真白《ましろ》
白雪のような髪と、誰の誘いも受け流す鋭くも儚い瞳。彼女が通れば、どんな男もその美しさに目を奪われ、そしてその冷たさに心を折られた。
だが、その夜。
彼女の前に立ち塞がったのは、見上げるほどの|巨躯《きょく》(を持つ一人の若い武士だった。
「…………」
194センチという圧倒的な体格、燃えるような赤髪、そして鋭い眼差し。
周りの男たちが気圧されて道を空ける中、その武士――|伍樹《いつき》は、逃げも隠れもせず、真っ直ぐに真白を見つめていた。
(また、物珍しさに寄ってきた|御仁《ごじん》かしら……)
真白は内心でため息をつく。どうせ彼も、力尽くで自分を屈服させようとするか、あるいは金で心を買い叩こうとするのだろう。
真白は冷徹な仮面を崩さず、彼を無視して通り過ぎようとした。
その時だった。
「……君を」
低く、けれど震えるような誠実な声が、彼女の足を止めた。
「君を、ここから連れ出しに来た。今はまだ……金も、地位もない。だが、必ず」
伍樹の大きな拳は、自分自身の不甲斐なさに耐えるように固く握られていた。
真白は驚き、その顔を見上げた。21歳の今から4年前――二人がまだ17歳の頃。
そこにいたのは、欲に溺れた男の目ではなかった。
ただひたすらに真っ直ぐで、愚直なまでに一途な、少年のように澄んだ瞳だった。
「……おかしな|御方《おかた》
真白は思わず、自分でも驚くほど柔らかな声を出していた。
数千の男たちが彼女に跪いたが、これほどまでに胸を打つ言葉を投げた者は一人もいなかった。
遠くで、それを見ていた遊郭のオーナーが、キセルをくゆらせながらニヤリと笑う。
「おいおい、あんな若造が真白を狙うってのか? 面白い。伍樹と言ったか……お前の『誠実』がどこまで通用するか、見せてもらおうじゃねえか」
この日、一人の不器用な武士の「七百両への挑戦」が始まった。
そして同時に、氷の花魁が「恋に生きる乙女」へと溶けていく、長い長い20年の物語の幕が開いたのである。
伍樹は懐にある、なけなしの数銭を握りしめ、心の中で誓った。
(待っていてくれ、白ちゃん。必ず、俺が君を幸せにする)
それが、のちに「伝説の愛妻家」と呼ばれる男の、最初の一歩だった。
🔚
第2話:千両の約束と、七百両の覚悟
「……正気か、あんちゃん」
遊郭の一室。紫煙をくゆらせるオーナーの声が、低く響いた。
目の前には、194センチの巨躯を折り曲げ、畳に額をこすりつける伍樹がいる。17歳の若者が放つには、あまりに重すぎる覇気だった。
「真白を身請けしたいだと? 冗談じゃねえ。あいつはうちの看板、国の宝だ。連れ出すってんなら、千両は積んでもらわなきゃ割に合わねえよ」
当時の千両といえば、今の価値で言えば数億円にも及ぶ大金。下っ端武士の伍樹が一生かかっても手にできるはずのない額だった。
「……貯めます。どれほど時間がかかっても」
伍樹の声は震えていなかった。
その真っ直ぐな瞳を見たオーナーは、ふとキセルを置いた。彼は「面白い男」であると同時に、娘同然の花魁たちを誰よりも愛する「父親」でもあった。
(この目……本気か。だが、千両を貯める頃には真白も俺も老いさらばっちまうだろうな)
オーナーは少しの間を置いて、ニヤリと笑った。
「いいだろう。だが、条件がある。お前がその巨体と赤髪に見合う『誠実』な男だと証明してみせろ。これから四年間、一度も浮気をせず、地道に金を貯め、真白のためだけに刀を振るえ」
「……っ、もちろんです!」
「期待してねえが……もしお前が四年間、その純情を貫き通したなら、不足分の三百両は俺が『ご祝儀』として負けてやる。つまり、七百両だ。それを持ってきな」
伍樹の胸に、熱い火が灯った。七百両。それでも絶望的な額だが、光が見えた。
「ただしな、伍樹。残りの三百両はタダじゃねえ。いつかお前が真白を泣かせるようなことがあったら、その時は|熨斗《のし》をつけてきっちり返してもらうからな。それがお前の『背負うべき愛の重さ』だ」
「……承知いたしました。一生、返さずに済むよう努めます」
――それから、伍樹の地獄のような、しかし幸せな四年間が始まった。
彼は人一倍厳しい任務を請け負い、食事を削り、酒も遊びも一切断った。すべては懐に貯まっていく一銭、一両のため。
真白もまた、オーナーの計らいで伍樹との「|文《ふみ》」のやり取りを許された。
『いっくん、今日は雪が降りました。あなたの赤髪が、白雪に映えるのを早く隣で見たいです』
その手紙を読むたび、伍樹は屋敷の裏庭で「命がけの深呼吸」をして、理性を、そして愛を、研ぎ澄ませていった。
そして四年後。
約束の七百両を背負って、ボロボロの、しかし最高に凛々しい姿で現れた伍樹を、オーナーは号泣しながら出迎えることになる。
「……バカ野郎。本当に持ってきやがったか……!」
これが、のちに語り継がれる「七百両の奇跡」の全貌であった。
🔚
第3話:屋敷の守護神と、新たな暮らし
七百両という血の滲むような努力の結晶をオーナーに預け、伍樹は真白を迎えに行った。
連れてこられたのは、伍樹が質素倹約を重ねて手に入れた、こぢんまりとした、けれど手入れの行き届いた武家屋敷。
「……今日から、ここが俺たちの家だ。白ちゃん」
真白は、かつての「氷の花魁」の仮面を脱ぎ捨て、新しい生活に胸を膨らませた。
「いっくん、素敵……! 私、本当にここで暮らしていいの?」
「ああ。何があっても、俺が君を守る」
そう宣言した伍樹だったが、その夜、彼の「過保護」な一面が顔を出す。
「白ちゃん、床が冷たくないか!? 藁を足そうか!?」
「いっくん、大丈夫ですよ、畳がありますから……」
「埃だ! 隅に埃がある! 白ちゃんの喉に障ったらどうするんだ!」
伍樹は大きな体を折り曲げ、雑巾を手に猛烈な速さで廊下を磨き始めた。194センチの巨漢武士が、居合抜きの如き速度で埃を駆逐する姿は、真白には少しコミカルに見えた。
「いっくん……もうお掃除はいいから、少し休みましょう?」
真白の優しい言葉に、伍樹は動きを止めた。
そして、お風呂場。
真白は湯船に浸かり、今日の出来事を話した。伍樹は湯船の縁に腰掛け、真白の話を優しく見守った。
吉原の喧騒から離れた、静かな屋敷。
そこには、新しい生活を始めた二人の穏やかな時間が流れ始めていた。
🔚
第5話:看病と子守唄、溶け合う心
ある日の夕暮れ。いつもなら玄関で「白ちゃん、ただいま戻った!」と家中を揺らすような声で帰宅する伍樹が、その日は壁を伝うようにして、静かに帰ってきた。
「いっくん……? 顔色が真っ青ですよ!」
駆け寄った真白がその額に触れると、驚くほどの熱があった。どうやら、連日の無理な任務と、夜ごとの「命がけの深呼吸」による寝不足がたたり、風邪をこじらせてしまったらしい。
「すまない、白ちゃん……。少し、横になれば……治る……」
194センチの巨軀が、布団の上に力なく倒れ込む。
普段、自分を包み込んでくれる大きな体が、今は熱に浮かされ小さく震えている。真白は胸が締め付けられる思いで、手際よく看病を始めた。
「氷の花魁」と呼ばれていた頃には、誰かのために手を動かすことなどなかった。けれど今は、一秒でも早く彼の苦しみを取り除きたい。
深夜、伍樹がふと目を覚ますと、枕元に真白が寄り添っていた。
「……白ちゃん、移るから……離れて……」
「いいえ、離れません。いっくんが私を救ってくれたように、今度は私がいっくんを守る番です」
真白は伍樹の大きな手を両手で包み込み、そっと添い寝するように顔を寄せた。そして、かつて自分が孤独な夜に心の内で歌っていた、優しく切ない子守唄を口ずさみ始める。
「ねんねん……ころりよ……」
透き通るような白髪が、伍樹の赤い髪と混ざり合う。
その歌声と、真白の温もりに触れた瞬間、伍樹の張り詰めていた緊張が、熱とともに溶け出していくようだった。
(ああ……俺は、この人のために強くなりたかったが。この人の前でなら、弱くてもいいのかもしれない……)
伍樹の大きな手から力が抜け、真白の温もりに身を委ねて深い眠りに落ちていく。
二日後、伍樹は驚異的な回復力で完全復活を遂げた。
だが、目覚めた彼は、看病してくれた真白に「お礼に何ができるだろう」と、眉間にシワを寄せてまた真面目に悩み始めるのである。
「白ちゃん、何か欲しいものはないか? 家宝の刀か? それとも新しい屋敷か?」
「ふふっ、いっくん。お礼なら、今度のお休みに……一緒に遠出しましょう?」
そう言って微笑む真白の顔を見て、伍樹は心の中でまた「命がけの深呼吸」を再開するのであった。
🔚
第4話:理性の境界線と、命がけの深呼吸
新婚生活が始まって数日。伍樹にとって最大の敵は、外敵でも埃でもなく、目の前で「いっくん、いっくん」と懐いてくる愛妻・真白その人だった。
その夜、真白は伍樹の大きな背中に、後ろから「ぴとっ」と抱きついた。
「ねぇ、いっくん。今日はとっても月が綺麗ですよ?」
159cmの真白が背伸びをして、194cmの伍樹の肩に顎を乗せる。伍樹の鼻腔をくすぐるのは、石鹸の香りと、真白自身の甘い匂い。
「……っ、う、うむ。そうだな、白ちゃん」
伍樹の体は石のように硬直していた。首筋まで真っ赤に染め、彼は心の中で必死に経を唱える。
(落ち着け、伍樹……。白ちゃんは吉原で苦労してきたんだ。まずは心から安らげる環境を作るのが夫の務め。俺の欲を押し付けて、彼女を怖がらせてはならない……!)
「いっくん、顔が真っ赤。もしかして、のぼせちゃった?」
真白はいたずらっぽく微笑むと、伍樹の耳元で「にゃー!」と小さく鳴いた。先日、近所の猫の真似をして見せたら伍樹が激しく動揺したのを、彼女はしっかり覚えていたのだ。
「……っ、ぐはぁっ!!」
伍樹はたまらず、縁側へ飛び出した。
そして、夜の冷たい空気をこれでもかと吸い込む。
「スーーー、ハーーーー!! スーーー、ハーーーー!!」
庭の木々が揺れるほどの、命がけの深呼吸。
「いっくん? どうしたの、そんなに大きく息をして……」
「白ちゃん! 部屋に戻って寝なさい! 俺は……俺はここで心を清めてから行く!」
「もう、いっくんの分からず屋……」
真白は頬を膨らませて寝室へ戻っていった。一人残された伍樹は、拳を握りしめて天を仰ぐ。
(危なかった……。あと一歩で、彼女を壊れるほど抱きしめてしまうところだった……!)
誠実すぎるがゆえに、一歩が踏み出せない伍樹。
そして、その「一歩」を全力で誘い出そうとする、小悪魔な真白。
二人の「初夜」までの距離は、伍樹の深呼吸の回数だけ遠ざかり、そして同時に、愛の重さだけ深く近づいていくのであった。
その様子を屋根の上で見ていた野良猫だけが、伍樹のあまりの不器用さに呆れたようにあくびをしていた。
🔚
第6話:遠出デートと、お揃いの簪(かんざし)
伍樹の病が癒えた最初の日。真白の希望通り、二人は遠出のデートへと出かけた。
普段、伍樹は公務で凛々しい袴姿だが、この日は落ち着いた藍色の着流し。
対する真白は、花魁時代の豪華絢爛な着物ではなく、淡い桜色のシンプルな小袖。かつての「氷の花魁」の面影はなく、伍樹の腕に掴まりながら「いっくん、見て!」とはしゃぐ姿は、どこから見ても幸せな若妻だった。
「白ちゃん、あまり急ぐな。足元が悪い」
「大丈夫ですよ。……ふふっ、いっくんとこうして歩いているだけで、空が広く見えます」
二人が歩けば、道行く人々が思わず振り返る。
巨漢の赤髪武士と、白髪の可憐な美女。その圧倒的な存在感に「絵になる夫婦だ」と囁き声が漏れた。
陽が傾き始めた頃、真白は一軒の小間物屋の前で足を止めた。
「いっくん、これ……」
真白が差し出したのは、銀細工に小さな白い花があしらわれた一対の簪だった。
「お礼に、私から贈らせてください。いっくん、お仕事の時は懐にしまってお守りにして……お家に帰ってきたら、私のためにこれで髪をまとめて?」
伍樹は絶句した。かつて真白がどれほど高価な贈り物を客から突き返してきたか、彼は知っていたからだ。自分から贈る簪。それは「私は一生、あなたの妻です」という、何よりも重い誓いだった。
「……大切にする。一生、肌身離さず」
伍樹はそれを受け取ると、真白を抱き寄せた。道端であることも忘れ、真白を広い胸の中にすっぽりと閉じ込める。
「いっくん、苦しい……ふふっ、でも、嬉しい」
その夜、屋敷に戻った伍樹は、さっそく簪で髪をまとめた。
いつも結い上げている髪がハラリと肩に落ち、簪一本で無造作にまとめられた姿。
「はへぇ……いっくん、かっこいい……」
真白は思わず呆けて、その場に座り込んでしまう。
「ん? 白ちゃん、どうした? 急に座り込んで、どこか体が悪いのか!?」
慌てて顔を覗き込む伍樹。
「いえ、そういうわけではなくて……。いっくん、なんだか、素敵だなって……」
真白の正直すぎる言葉に、伍樹の顔が瞬時に沸騰した。
彼はそのまま、無言で台所へ逃げ込み、冷たい水で顔を洗う。懐の簪に触れながら、彼は今日何度目かの、そして今までで一番深い「命がけの深呼吸」をするのであった。
🔚
第7話:夫婦の日常、深まる絆
遠出デートから数日。伍樹の生活には、真白への感謝と愛情が満ちていた。
仕事中も真白から贈られた簪を懐に入れ、彼女の温もりを心に感じている。帰宅すると、その簪を大切に真白の髪に差してやるのが日課になった。
「ただいま、白ちゃん」
「おかえりなさい、いっくん。今日も素敵な簪ですね」
真白は、伍樹が贈ってくれた簪を嬉しそうに見つめる。互いに贈り合った簪は、二人の絆の象徴だった。
ある夜、夕食を終えてくつろいでいると、伍樹がふと真白の手を取った。
「白ちゃん、いつもありがとう」
「いっくん…急にどうしたんですか?」
「いや、改めて伝えたくて。白ちゃんがいてくれるから、毎日頑張れるんだ」
伍樹の真剣な眼差しに、真白の頬が桜色に染まる。
「いっくんこそ、いつもありがとう。いっくんのおかげで、毎日が楽しいです」
真白もまた、伍樹の手を握り返す。
二人は言葉少なに、しかし確かに愛情を確かめ合った。その静かな時間に、互いの存在の大きさを感じていた。
「…もっと近くにいてもいいか?」
伍樹が真白に優しく尋ねる。
真白は小さく頷き、伍樹に寄り添った。二人きりの空間は、温かい幸せに満ちていた。
屋敷の外では雪が降り始めていたが、二人の周りだけは、春のような温かさが満ちていた。
🔚
第8話:月一の里帰り、波乱の宴(うたげ)
月に一度、二人は恩人であるオーナーのもとへ里帰りをする。
伍樹にとっては、真白を救うチャンスをくれた「義父」のような存在であり、真白にとっては、吉原で唯一自分を「娘」として愛してくれた大切な人だ。
「よぉ、200両予備軍! まだ真白を泣かせてねえか?」
店に入るなり、オーナーの野太い声が響く。40代半ば、粋な着こなしに遊び心のある笑顔。彼は伍樹の顔を見るなり、盛大に茶化し始めた。
「……オーナー。お陰様で、毎日幸せに暮らしております」
伍樹が真面目に頭を下げると、オーナーは「けっ、相変わらず堅苦しい野郎だ」と笑いながら、最高級の酒と料理を並べさせた。
宴が始まれば、かつての仲間である遊女たちが真白を囲み、「今伍樹様とどう?」と惚気話に花を咲かせる。真白は少し照れながらも、「いっくんは、とっても過保護で……お掃除も完璧なんです」と、幸せそうに「元・氷の花魁」とは思えない笑顔を見せていた。
しかし、夜が深まるにつれ、事態は不穏な方向へ。
オーナーは酒が進むと、極度の「絡み上戸」になるのだ。
「伍樹……お前、本当にいい男になったなぁ……。真白をやるのは惜しかったが、お前なら……お前なら……よし! 今夜は俺が相手だ! 伍樹、こっち来い!!」
酔い潰れたオーナーが、伍樹に勢いよく抱きつこうと突進する。
「お、オーナー!? 勘弁してください! 私には白ちゃんが……!」
「うるせえ! 俺の愛を受け取れぇー!!」
「ちょ、ちょっとお父様!? 離してください!」
真白が慌てて伍樹の腕を引っ張り、それを見た他の遊女たちが一斉に「はいはい、お父さんそこまで!」「伍樹様が困ってるでしょ!」とオーナーを羽交い締めにし、一気に引き離す。
まさに混沌とした宴。
その騒ぎの中で、オーナーは真白の穏やかな横顔をぼんやりと見つめていた。
翌朝、二日酔いで頭を抱えるオーナーに対し、真白は仁王立ちで言い放った。
「お父様。……今度あんな風にいっくんに絡んだら、私、いっくんとお父様には一生口を利きません。死ぬまで、ずっとです!」
「……ひ、光栄な脅しだ……勘弁してくれ……」
オーナーと伍樹は、二人揃って真白の迫力に平伏(ひれふ)すしかなかった。
帰り道。
「白ちゃん、怖かったな……」
「いっくんが優しすぎるからですよ。……でも、お父様も、いっくんが大好きなんですね」
二人は顔を見合わせて笑い、また静かな自分たちの屋敷へと、仲良く手を繋いで帰っていくのであった。
🔚
第9話:ほっぺぷにぷに、ワニ潜水
里帰りでの大騒ぎから数日。屋敷に戻った二人は、また穏やかな日常の中にいた。
「いっくん、お風呂ぉ」
真白に誘われ、二人は広い木のお風呂場へ。
冷え込む冬の夜。湯気の中に、194cmの伍樹の逞しい背中と、159cmの真白の可憐な姿が浮かび上がる。
真白はお湯に身を任せると、いつものように「ぷかぷか」と浮かび始めた。
(……ああ、白ちゃんが浮いている。なんて無防備で、愛らしいんだ)
伍樹はそれを見守っていたが、ふと、ある衝動に駆られた。
彼はそのままバシャリと水中に潜ると、真白の真下へと滑り込んだのである。
(……白ちゃんに何かあった時、即座に支えられるように。俺は今日から『ワニ』になる)
伍樹は驚異の肺活量で、まる3分間、微動だにせず水底から真白を見守る(?)ことに成功した。真白は真下にいる「いっくん」という最強の安心感に、さらに深くぷかぷかとお湯に浸かった。
バハァッ! と伍樹が顔を出すと、真白は優しく笑った。
「おかえりなさい、いっくん。……3分も潜って、何を見ていたんですか?」
「……君という、至宝の安全だ」
伍樹は真面目な顔でそう言うと、今度は真白の頬を指先で「ぷにぷに」と突き始めた。
お風呂の熱で柔らかくなった真白の頬は、つきたてのお餅のように白くて瑞々しい。
🔚
第10話:屋敷の主夫は、埃を許さない
冬の朝。伍樹の朝は早い。
彼は武士として鍛錬を欠かさないが、その情熱は今や「家事」にも注がれていた。
「……むっ、不浄な気配」
194cmの巨躯が、廊下の隅で静止する。伍樹の鋭い眼光が捉えたのは、朝日を浴びてキラリと舞った、たった一つの「埃」だった。
「白ちゃんの通り道に、このような無礼者が……断じて許さん」
伍樹は腰の刀――ではなく、懐から取り出した特製のハタキを構えた。
シュパッ!
空気を切り裂くような鋭い一閃。目にも留まらぬ速さで埃は霧散し、さらに雑巾を手に取ると、彼は居合抜きの如き足さばきで廊下を滑走した。
「いっくん……おはようございます。あら、今日もピカピカ」
目をこすりながら起きてきた真白が、鏡のように光る床を見て目を丸くする。
「ああ、白ちゃん。今、君の足元を清めたところだ。さあ、安心して歩いてくれ」
その徹底ぶりは近所でも有名だった。
「伍樹様のお屋敷は、いつ見ても埃一つないわね」
「あんなに逞しいお侍様が、お茶を淹れたり障子を張り替えたり……真白さんは果報者だわ」
近所の奥様方の間で、伍樹はいつの間にか「理想の旦那様」として不動の地位を築いていたのである。
ある日の午後。
伍樹は、真白が座る縁側のすぐ隣で、真剣な顔をして雑巾を縫っていた。
「……いっくん、そんなに根を詰めなくても大丈夫ですよ?」
真白がクスクス笑いながら言うと、伍樹は針を止め、真面目な顔で彼女を見つめた。
「いいや、白ちゃん。これは君を守るための戦いだ。埃や汚れから君の健康を守り、この屋敷を世界で一番心地よい場所にすること。それが今の俺の、最大の任務だ」
そう言って、また猛然と針を動かし始める伍樹。
真白はその広い背中に、そっと寄り添った。
「ふふっ、ありがとうございます。私の最強の守護神様」
伍樹の手が、一瞬だけ止まる。
「守護神……。うむ、悪くない響きだ」
照れ隠しに、彼はさっきよりもさらに速く雑巾を縫い始めた。その様子を眺めながら、真白は買ってきた和菓子を一口。
「いっくんの縫った雑巾、なんだか強そうですねぇ」
平和な屋敷に、小気味よい針の音が響く。
伍樹の「一生甘やかしたい」という誓いは、今日も雑巾一本、埃一粒にまで宿っているのであった。
🔚
第11話:未来への一歩、震える幸福
その夜の屋敷は、いつも以上に静かだった。
夕食を終え、|行灯《あんどん》の柔らかな光の中で、伍樹は隣に座る真白をじっと見つめていた。その目は、掃除の時のような鋭さではなく、深い思索に沈んでいる。
「……白ちゃん、少し、真面目な話をしてもいいか」
伍樹の低い声が響く。真白は背筋を伸ばし、「はい、何でしょうか」と居住まいを正した。
伍樹は懐から、真白から贈られたあの簪を取り出し、手のひらの上で見つめた。
「俺は、17つの頃に君に出会ってから、君をここへ連れてくることだけを考えて生きてきた。そして今、こうして君と笑い、埃のない屋敷で過ごせている……。これ以上の幸せなどないと思っていた」
伍樹は一度言葉を切ると、意を決したように真白の瞳を真っ直ぐに見た。
「だが最近、思うんだ。……白ちゃんと共に、穏やかな日々を過ごしたいと。共に笑い、共に語らい、この屋敷でささやかな幸せを分かち合いたいと」
あまりに真っ直ぐな、そして急な「未来」の提案。
真白の脳内は一瞬で真っ白になった。
「え! ん? ほえ? ……と、共に……いっくんと、私が……?」
元・氷の花魁、完全崩壊である。
頬は瞬く間に沸騰し、視線は泳ぎ、指先が震える。まさか、あの堅物の伍樹から、これほど直球の「家族」の話が出るとは思わなかったのだ。
「あ、あの……それは、その……はい……私も、いっくんと、共に……穏やかな日々を過ごせたら、きっと……幸せだと、思ってました……」
消え入りそうな声で答える真白。
伍樹はそれを聞くと、我慢できずに真白の小さな体を思いっきりハグした。
「白ちゃん……!!」
「わぁっ! いっくん、苦しいですぅ!」
194cmの筋肉の塊に抱きしめられ、159cmの真白はすっぽりと埋もれてしまう。伍樹は彼女の白髪に顔を埋め、歓喜のあまり「スーー、ハーー」と深く呼吸をした。
(ああ、なんて幸せなんだ。俺の人生は、白ちゃんに出会って、今完成しようとしている……!)
一方の真白は、伍樹の胸の中でドキドキと高鳴る鼓動を聞きながら、いつか来るであろう「穏やかな日々」を想像して、また別の意味で「はへぇ」ととろけていた。
屋敷の外では冬の星座が輝いている。
二人の「一生」は、いま、新しい未来への希望という輝きを纏い始めたのであった。
🔚
第12話:伍樹吸い、にゃーの衝撃
「家族の未来」を語り合った翌日。真白の心は、かつてないほどの熱量で「いっくん愛」に支配されていた。
(いっくん、あんなに真面目な顔をして……。もう、大好きが止まりません……!)
夕暮れ時、居間で書き物をしていた伍樹の背後に、真白が音もなく忍び寄る。
「……ん? どうしたんだ、白ちゃ――」
伍樹が振り返るより早く、真白は194cmの大きな背中にダイブした。
「いっくん吸いです……。すー……はぁ……っ」
顔を伍樹の首筋、ちょうど鎖骨のあたりに埋め、思い切りその匂いを吸い込む。お香の清涼な香りと、伍樹自身の温かい男の匂いが混ざり合い、真白の脳内は多幸感で満たされた。
「し、白ちゃん!? 急にどうしたんだ!? 体調が悪いのか、それとも……」
伍樹は耳まで真っ赤にして狼狽(ろうばい)するが、真白の追撃は止まらない。
「にゃー! いっくん、大好きにゃー!」
かつて「氷の花魁」として一世を風靡した女性が、夫の鎖骨に顔を寄せたまま、猫のように甘い声を出す。伍樹の理性は、まさにこの瞬間に崩壊の危機(デッドライン)を迎えた。
「……っ、一回止まれ、白ちゃん! その声は、俺の心臓に悪い……! 襲っちゃうから……本当にもう、一回止まってくれ!」
伍樹は低い声で懇願するように言い、必死に「命がけの深呼吸」を繰り返す。だが、甘えモードの真白は止まらない。
「えー、いっくん吸い、まだ足りません。……あ、いっくんの鎖骨、美味しそう」
「美味しそうって……俺は餅じゃないんだぞ!」
真白が「はむっ」と甘噛みするような仕草を見せると、伍樹はついに限界を迎え、彼女を軽々と抱き上げた。
「……もう、我慢できん。お風呂だ。お風呂に入って、頭を冷やしてくる!」
「わぁっ! お風呂ぉ、一緒に入りましょうね、いっくん」
伍樹に抱えられたまま、真白は満足げに「にゃー」と喉を鳴らす。
その後、お風呂場ではいつもの「ぷかぷかタイム」が始まったが、伍樹はワニのように水中に潜り、3分間ひたすら煩悩を打ち消す修行に励むのであった。
「いっくん、まだ潜ってるの? 私、もうのぼせちゃいますよぉ」
水面から顔を出した伍樹の顔は、お湯のせいか、それとも「にゃー」のせいか、林檎のように真っ赤に染まっていた。
🔚
第13話「はじめての夜、七百両の答え」
「白ちゃん、大丈夫か?無理はするなよ」
夜が明け、伍樹は真白の体調を気遣った。
真白は少し照れながらも、「はい、大丈夫です」と答えた。
「今日はゆっくり休んでいてくれ。朝食は俺が作る」
伍樹はそう言うと、手際よく支度を始めた。真白は、そんな伍樹の姿を布団の中から眺め、幸せな気持ちに包まれた。
食卓には、彩り豊かな手料理が並んだ。伍樹は料理も得意で、真白のためにいつも栄養バランスを考えた食事を作ってくれる。
「いっくん、美味しいです」
真白が嬉しそうに言うと、伍樹は優しく微笑んだ。
「白ちゃんが喜んでくれるなら、何でも作るよ」
食事の後、伍樹は真白のために薬草を煎じてくれた。
「これを飲めば、少しは楽になるはずだ」
真白は、伍樹の優しさに胸がいっぱいになった。
「いっくん、ありがとうございます」
二人は、穏やかな時間を過ごした。伍樹は真白のそばに座り、優しく頭を撫でた。
「白ちゃん、これからもずっと、俺のそばにいてくれ」
真白は、伍樹の言葉に涙ぐんだ。
「はい、いっくん。ずっと、ずっと一緒にいます」
二人の心は、深く結ばれた。それは、運命によって導かれた、特別な愛だった。
🔚
第14話:腰の終焉(おわり)と、誠実すぎる反省
「……いっくん、おはよ、う……」
翌朝。障子から差し込む柔らかな朝日に目を覚ました真白は、そのまま固まった。
「……っ!?」
起き上がろうとした瞬間、腰に走る今まで経験したことのない、重く、痺れるような感覚。
「白ちゃん! 大丈夫か!? やはり無理をさせたか!」
隣で一睡もせずに真白を見守っていた(監視に近い過保護)伍樹が、194cmの巨躯をバネのように跳ねさせて飛び起きた。その顔は、まるで国家の存亡を危ぶむ武士のように深刻である。
「あ、あの、いっくん……腰が、その、言うことを聞かなくて……」
真白が頬を真っ赤にして小声で告げると、伍樹はガタガタと震えだした。
「ああああ! 俺としたことが! 誠実を誓っておきながら、白ちゃんの腰を『終わらせて』しまうなんて! 俺は武士の風上にも置けぬ、ただの野獣だ……! すまない、白ちゃん! 今すぐ腕のいい医者と、最高の湿布と、腰にいい和菓子を買い占めてくる!」
「いっくん、落ち着いて! 幸せの代償ですから、そんなに騒がないでぇ!」
慌てて這い出そうとする伍樹の裾を、真白が必死に掴む。
結局、その日の伍樹の「猛省」は止まらなかった。
「白ちゃん、今日は指一本動かしてはならぬ。トイレも、食事も、移動もすべて俺が運ぶ」
「えっ、さすがにそれは恥ずかしいです……」
「恥ずかしいなどと言っている場合か! これは俺の不徳の致すところだ!」
宣言通り、伍樹は真白をひょいと軽々と(羽毛のように)抱き上げ、屋敷中を移動する。真白は「はへぇ、お姫様みたい……」と見惚れつつも、伍樹のあまりの過保護っぷりに苦笑いするしかなかった。
昼下がり、真白はふと思い出して、伍樹の服の袖を引いた。
「ねぇ、いっくん。昨日のこと……私は、もっと激しくてもよかったんですよ?」
その一言に、伍樹は飲んでいた茶を盛大に吹き出した。
「な、な、何を……!? あれ以上激しくしたら、君は本当に消えてしまうのではないかと……俺は理性の狭間で命を落としかけていたのだぞ!」
「ふふっ、いっくんは心配しすぎです。私、いっくんの全部を受け止める覚悟で、ここに来たんですから」
上目遣いで微笑む真白。伍樹は耳まで真っ赤にして、本日何度目かの、そして人生で最大級の「命がけの深呼吸」をした。
(……白ちゃんは、俺が思っているよりずっと強く、そして罪深いほどに愛らしい……!)
夕暮れ時、伍樹は真白の腰を優しく、本当に壊れ物を扱うようにさすりながら、心の中で誓った。
次こそは、もっと「誠実」かつ「情熱的」な加減を見極めてみせると。
一方の真白は、伍樹の大きな手の温もりに包まれながら、「次の夜」を密かに楽しみにしつつ、また心地よい眠りに落ちていくのであった。
🔚
第15話:一ヶ月後の再来、進化した情熱
あの「腰が終わった」衝撃の朝から、ちょうど一ヶ月。
屋敷の空気は、以前よりもどこか濃密で、それでいて落ち着いた温かさに満ちていた。
伍樹は、真白を大切にしたい一心で一ヶ月の間、指先一本触れるのにも細心の注意を払ってきた。しかし、その「過保護」が、真白にとっては少し物足りない「おあずけ」となっていたことに、朴念仁な武士は気づいていなかったのである。
「いっくん……今夜は、お仕事お休みですよね?」
夕食後、真白が伍樹の膝に、そっと自分の膝を重ねる。159cmの真白が、194cmの伍樹を見上げるその瞳には、一ヶ月分の「恋心」が宿っていた。
「う、うむ。明日は非番だ。……どうした、白ちゃん。またどこか体が痛むのか?」
「いいえ。……とっても元気です。だから、ね?」
真白の手が、伍樹の大きな掌(てのひら)を包み込む。
その瞬間、伍樹の中で眠っていた「一ヶ月分の衝動」が、一気に目を覚ました。
「……白ちゃん。俺は、君を壊したくない。だが……君が望むなら、もう、我慢はできんぞ」
伍樹の声が、いつもより低く、深く響く。
彼は真白をひょいと抱き上げると、寝室へと向かった。
布団の上で、伍樹は真白から贈られた簪(かんざし)を、震える指でゆっくりと抜いた。ハラリとこぼれる白銀の髪。
「……綺麗だ、白ちゃん」
今回の伍樹は、前回とは違っていた。一ヶ月間、真白の体のすべてを観察し、慈しんできた結果、彼は「少しだけの激しさ」と「最高の優しさ」の境界線を見極めようとしていた。
真白が期待を込めて目を閉じると、伍樹の大きな体が覆いかぶさる。
前回よりも深く、力強く。
伍樹が一回動くたびに、真白の口からは蜂蜜のように甘い声が漏れた。
「……あ、ぅ……っ、いっくん……!」
その声を聞くたび、伍樹の理性は激しく火花を散らす。
(……もっと、もっと白ちゃんの声を聴きたい。だが、あまりに激しくすれば、また彼女に無理をさせてしまう……!)
「理性の狭間」で、伍樹は汗を滴らせながら戦っていた。
しかし、真白が彼の首に腕を回し、「もっと……いっくんの全部、ください……」と耳元で囁いた瞬間、伍樹のダムは決壊した。
「……白ちゃん、もう、止まれんぞ!!」
一ヶ月の沈黙を破る情熱は、冬の寒さを忘れさせるほどに熱く、激しく。
伍樹は「誠実」という名の鎖を自ら解き放ち、愛する妻を魂ごと抱きしめた。
翌朝。
伍樹は、スヤスヤと眠る真白の隣で、またしても土下座の姿勢で固まっていた。
「……やってしまった。前回よりも、確実に……激しくしてしまった……。白ちゃん、起きられるだろうか……」
だが、目を覚ました真白は、少しだけ重そうな腰をさすりながらも、今までで一番幸せそうな「はへぇ」という顔で笑った。
「いっくん……おはよ……。昨日、最高に……かっこよかったです……」
伍樹は真っ赤になりながら、爆速で台所へ向かい、腰にいい栄養満点の料理を作り始めるのであった。
🔚
第16話:新たな命、驚天動地の懐妊報告
一ヶ月に一度の情熱的な夜から、半月が経った頃。
いつもなら伍樹の作る和食を「美味しい!」と頬張る真白が、どうにも食が進まない様子で箸を止めていた。
「白ちゃん、どうした? 味付けが濃かったか? それとも、また埃か……!?」
「いえ……なんだか、少し胸がムカムカして……」
伍樹は血相を変えた。
「病か! すぐに産婆……いや、腕利きの医者を呼んでくる!」
「いっくん、落ち着いてください。念のため、お産婆さんのところへ行ってきますね」
数時間後。産婆の元から戻ってきた真白は、屋敷の玄関で待機していた伍樹の顔を見るなり、花が咲いたような笑顔を見せた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「いっくん、あのね……。子供ができたの。私たちの子!」
伍樹は、雷に打たれたように硬直した。
194cmの巨躯が石像のように固まり、手に持っていた掃除用のはたきがパサリと床に落ちる。
「……こ、子供? 俺と、白ちゃんの……?」
「ええ。お腹の中に、小さないっくんか、小さな私がいるんですって」
伍樹の頭の中で、17歳からの4年間、そしてこの1年の日々が走馬灯のように駆け巡った。
「……っ、あああああ!!」
次の瞬間、伍樹は本能のままに真白を抱きしめていた。35cmの身長差ゆえ、真白の体は伍樹の胸板にすっぽりと埋まり、足が少し浮き上がるほどの力強いハグ。
「いっくん、苦しい……ふふ、でも、嬉しいね」
「ああ……ああ!! ありがとう、白ちゃん。俺は……俺はなんて幸せな男だ!!」
伍樹は真白の白髪に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
それは悲しい涙ではなく、700両の努力が「家族」という最高の奇跡に変わった、歓喜の涙だった。
「白ちゃん、今日から君は一歩も歩かなくていい! 指一本動かすな! 呼吸も俺が代わりに……いや、それは無理だが、とにかく俺がすべてをやる!!」
「もう、いっくん。大げさですよ」
翌日から、伍樹の過保護は「神」の領域へと進化した。
真白が少し立ち上がろうとすれば「座っていろ!」と飛んでき、喉が渇いたと思えば最高級の白湯が差し出される。
そして迎えた、月一の里帰り。
報告を聞いたオーナーは、案の定、店中の酒を飲み干さんばかりの勢いで号泣した。
「伍樹……お前っ……! 200両の慰謝料どころか、俺に孫を……初孫を連れてきやがったかぁぁ!!」
オーナーの叫びが吉原の夜風に乗って響き渡る。
二人の愛が紡いだ新しい命は、周囲の大人たちをも巻き込んで、大きな幸せの渦を作り出していくのであった。
🔚
第17話:出産日、そわそわパパとワクワクママ
新しい年の幕開けとともに、その日はやってきた。
真白の産気づいた報せに、伍樹の「冷静沈着な武士」という仮面は粉々に砕け散った。
「白ちゃん! 大丈夫か!? 呼吸だ、深呼吸をするんだ! スーーー、ハーーー! ほら、俺と一緒に!」
「いっくん……深呼吸が必要なのは、あなたの方ですよ……ふふっ」
布団の上で額に汗を浮かべながらも、真白はどこかワクワクしたような、輝く瞳で伍樹を見つめていた。ついに「いっくんとの子」に会える。その期待が、出産の恐怖を上回っていたのだ。
一方、伍樹は屋敷の廊下を1往復するたびに「真白に何かあったら、俺はオーナーに合わせる顔がない(というか切腹だ)」と呟き、床が抜けそうなほどの足音を立てていた。
「伍樹さん! 邪魔だから外に出てて!」
産婆さんに一喝され、194cmの巨躯が震え上がる。
「そ、そんな! 俺がそばにいないと、埃が……! 邪気が……!」
「いいから! シッ、シッ!」
追い出された伍樹は、冷たい冬空の下、庭で仁王立ちになりながら天に祈り続けた。
懐にある真白からの簪を握りしめ、彼はかつてないほど深い、そして震える「命がけの深呼吸」を繰り返す。
(……頼む。俺の命などどうなってもいい。白ちゃんと、子供だけは……!)
数時間後、屋敷の静寂を切り裂くように、力強い産声が響き渡った。
「……っ!!」
伍樹が転がるようにして部屋へ飛び込むと、そこには疲れ果てながらも、世界で一番美しい笑顔を浮かべた真白がいた。その腕の中には、驚くほど鮮やかな「赤髪」を覗かせた、小さなお餅のような赤ん坊。
「見て、いっくん。……あなたに、そっくり」
伍樹は真白の枕元に膝をつき、その震える指先で、赤ん坊の小さな手に触れた。
赤ん坊の顔立ちは真白にそっくりだが、瞳を開けたその瞬間、伍樹と同じ鋭くも澄んだ眼差しが彼を捉えた。
「……真緒(まお)。俺たちの、娘だ……」
伍樹は真白の頭を優しく抱き寄せ、そして小さな真緒を壊れ物を扱うように包み込んだ。
「ありがとう、白ちゃん。……ありがとう、真緒」
194cmの武士の目から、大粒の涙がポロポロと真緒の産着にこぼれ落ちる。
その様子を門の外で聞きつけたオーナーが、「よっしゃあああ!!」と吉原中に響き渡るような声を上げ、その場に崩れ落ちて号泣しているのを、二人はまだ知らない。
「いっくん、泣きすぎですよぉ」
「……うむ。だが、止まらんのだ……」
幸せな涙に包まれて、屋敷に新しい家族の歴史が刻まれた。
🔚
第18話:真白そっくり、いっくん似。真緒の成長。
真緒が生まれてから、早十六年。
伍樹の屋敷には、今も変わらず埃一つない清潔な空気が流れ、庭には四季折々の花が咲き誇っている。
「お父様、お掃除ならもう私が済ませましたよ」
鈴を転がすような声とともに現れたのは、十六歳になった真緒だった。
その姿を見て、初めて会う者は誰もが息を呑む。透き通るような肌、可憐な鼻筋、そして柔らかな輪郭――それはかつての「氷の花魁」、母・真白に生き写しであった。
だが、ふとした瞬間に見せる真っ直ぐな眼差しと、燃えるような鮮やかな赤髪は、紛れもなく父・伍樹の血を引いている。
「うむ。真緒、感心だが……あまり無理をするな。埃は俺が『斬る』のが習わしだ」
「もう、お父様ったら。……ねぇ、お母様からも何か言ってくださいな」
伍樹の隣では、三十代後半になってもなお、可憐な乙女の面影を残す真白が「ほへぇ」と幸せそうに二人を眺めていた。
「いっくん、真緒ももう立派なお姉さんなんですから。……でも、本当に不思議ね。お顔は私に似ているのに、中身はいっくんそっくりで、とっても誠実なんですもの」
真白は、娘の赤髪を愛おしそうに撫でる。
真緒は、伍樹の「地道な努力」という気質をしっかり受け継いでいた。家事も、学問も、誰に言われるでもなくコツコツとこなす。そんな娘が、伍樹は可愛くて仕方がなかった。
「……あ、あの、お父様、お母様。実は今日……お話ししたいことがあって」
急に真緒が頬を赤らめ、指先をもじもじと動かした。その仕草は、十六年前の真白が、伍樹を誘惑しようとして自爆した時の仕草にそっくりだ。
伍樹の心臓が、嫌な予感でドクンと跳ねる。
「……なんだ、真緒。欲しい和菓子でもあるのか? それとも、新しい簪か?」
「……ううん。あのね。私……『思ひ人』が、できたの」
「………………は?」
伍樹の思考が、一瞬で凍結した。194cmの巨躯が、まるで古びた巨木のようにミシリと音を立てる。懐にある真白からの簪を無意識に握りしめ、彼はこの十六年で最大級の、そして最も必死な「命がけの深呼吸」を開始した。
「ど、どこの……どこのどいつじゃぁぁあ!!」
「わぁっ! お父様、怖い顔しないで!」
真白だけは「あら、真緒にもそんな時期が。ふふっ、今度連れてきなさいな」と余裕の微笑みを浮かべている。
一方、その報せは風に乗って吉原まで届き、六十代を迎えようとしているオーナーは、「ぎゃははは! 伍樹、ついに年貢の納め時だなぁ!」と、最高に美味い酒の準備を始めるのであった。
🔚
第19話:外見満点、中身は七十点。パパの厳しい審査。
「失礼いたします。真緒さんとお付き合いさせていただいております、|清次郎《せいじろう》と申します」
数日後。真緒が連れてきた男を見て、伍樹は危うく持っていた茶器を握りつぶすところだった。
そこにいたのは、非の打ち所がないほど整った顔立ちをした、爽やかな青年だった。
(……チッ、外見だけなら百点満点ではないか……!)
194cmの巨躯で仁王立ちする伍樹の背後には、どす黒いオーラが渦巻いている。対照的に、真白は「はへぇ、真緒にぴったりのいい男ねぇ」と、のんびりとお茶を注いでいた。
しかし、伍樹の「武士の眼」は誤魔化せない。
清次郎の言葉遣いや、ふとした瞬間の視線の泳ぎ。伍樹からすれば、彼は「甘い」。
「清次郎殿と言ったか。……貴殿、真緒のために七百両貯める覚悟はあるか?」
「えっ……な、七百両!? いえ、それはさすがに……」
清次郎がたじろいだ瞬間、伍樹の評価が「三十点」減点された。
「……中身は七十点といったところか。真緒を任せるには、あまりに心許ない」
「もう、お父様! 昔の話を持ち出さないでって言ったじゃない!」
真緒が頬を膨らませて怒るが、伍樹は譲らない。その横で、真白は全てを見抜いたような、深い「元花魁の微笑み」を浮かべていた。
「いっくん、大丈夫ですよ。真緒が選んだ人だもの……ねぇ、清次郎さん?」
真白の鋭い(けれど優しい)視線に射抜かれ、清次郎は背筋を伸ばした。
実は真緒も、彼の「少し終わっている性格(中途半端なところ)」は百も承知だったのだ。
「お父様、お母様。彼ね、今は七十点かもしれないけど、私が百点にしてみせるわ。……でしょ、清次郎?」
「は、はい! 真緒さんに相応しい男になるよう、精進します!」
真緒の「育成宣言」を聞き、伍樹は「……娘が、あの白ちゃんが俺を導いたように、男を育てようとしている……」と、複雑な感慨に耽りながら、本日百度目の「命がけの深呼吸」をするのであった。
🔚
第20話:三ヶ月の修行、そして満点の男へ。
それからの三ヶ月、真緒の「教育」は凄まじかった。
「お父様は埃一つ見逃さないわ」「いっくんパパは、私が寝ている時はワニになって支えてくれたのよ(嘘ではない)」
真緒のスパルタ教育と、伍樹の道場での「可愛がり(稽古)」の結果、清次郎は驚異の進化を遂げた。
三ヶ月後。再び現れた清次郎は、以前の軽薄さが消え、伍樹も認めざるを得ない「誠実・努力・過保護」の三拍子そろった満点の男になっていた。
「伍樹殿。真緒さんを、一生守り抜く覚悟ができました。……埃一つ、不浄なもの一つ、彼女に近づけさせません!」
「………………うむ。合格だ」
伍樹がついに絞り出すようにそう言った瞬間、真白は「はへぇ、良かったわね」と拍手し、真緒は「当然よ」と誇らしげに笑った。
その報せを吉原で聞いたオーナー(60代)は、「伍樹、お前ついに負けたか! あいつもお前と同じ『真緒教』の信者になっちまったな!」と、店中の遊女たちと大宴会を始めるのであった。
時は流れ、真緒と清次郎が二十歳を迎えた夜。
吉原の馴染みの店で、伍樹、真白、そしてオーナーが集まり、盛大な飲み会が開かれた。
「伍樹……お前が十七で俺のところに来た時はよぉ……」
案の定、滝のような涙を流して号泣するオーナー。
「オーナー、飲みすぎです。白ちゃんに叱られますよ」
苦笑いする伍樹の隣には、変わらず美しく、そして誰よりも幸せそうに微笑む真白。
「いっくん、私たち……本当に幸せですね」
「ああ。白ちゃんに出会えたことが、俺の人生のすべてだ」
二人の視線の先には、満点の男にエスコートされ、幸せそうに笑う娘・真緒の姿。
かつて十七歳で出会い、二十一歳で結ばれた二人の純愛は、次の世代へとしっかりと受け継がれていった。
屋敷の床は今日もピカピカに磨かれ、伍樹は真白の隣で、一生終わることのない「過保護な愛」を注ぎ続けるのであった
🔚