VTuberとしての活動を始めた少女・白坂凛音。人気を夢見て始めた活動だったが、現実はそこまで甘くなかった。
仲間やファン、事務所との関係に翻弄され、次第に孤立していく。
VTuber活動の華やかさの裏に潜む「孤独」「依存」「競争」「虚無」を描く、全20話の短編シリーズ。
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目次
#1 初配信の日
白い蛍光灯の明かりが、六畳一間の部屋を淡く照らしていた。壁紙は少し黄ばんで、窓際には半分ほど開けかけのカーテン。狭い机の上には中古で買ったパソコンと、見よう見まねで揃えた配信機材。マイクは少し安っぽく、ウェブカメラの画質も最高とは言えない。だが、そこに座る少女の胸は、今までにない高鳴りに満ちていた。
──白坂凛音。十八歳。
高校を卒業してまもなく、進学も就職もせずに、彼女が選んだのは「VTuberになること」だった。
きっかけは些細なものだった。中学の頃からアニメや歌に親しみ、配信文化にも触れていた凛音は、画面越しに笑うVTuberたちを見て、「自分もこんな風に人を楽しませたい」と思った。だが、その夢を誰にも打ち明けることなく過ごしてきた。友人には言えなかった。家族には尚更言えなかった。現実的ではないと笑われるのが怖かったからだ。
けれど──。ある日、勇気を振り絞ってオーディションに応募した。地方の小さなVTuber事務所「LUMINA PROJECT」。大手に比べれば知名度は低い。だが、彼女には十分だった。幸運にも合格通知を受け取り、夢は現実へと転がり始める。
今日がその第一歩。「白坂凛音」ではなく、VTuberとしての新しい名前──「リオナ・シエル」としてデビューする日だ。
パソコンの前に座りながら、凛音は震える指で配信ソフトを確認する。マイクの音量、BGMの設定、コメント表示のウィンドウ。全て問題なし。画面の端に映るのは、青銀色の髪と澄んだ瞳を持つアバター。自分の表情と動きに合わせて滑らかに口が動き、笑みを浮かべている。
「…すごい。本当に、私が…。」
夢に描いた自分が、モニターの向こうで生きている。その事実に、胸の奥が熱くなる。
時計の針は夜の八時を指していた。配信予定時刻まであと五分。凛音は深く息を吸い込んだ。
(大丈夫。緊張してるのは皆同じ。初配信で完璧なんて無理だから、ただ──楽しもう。)
震える手で配信開始ボタンを押した瞬間、カウントダウンが始まった。
5、4、3、2、1──。
モニターの隅に「LIVE」の赤い文字が灯る。ついに、彼女の物語が幕を開けた。
「…こん、こんばんはっ!えっと、初めまして!今日から配信を始めます、リオナ・シエルですっ!」
声が少し裏返ってしまった。だが、それすらも今は愛嬌だと自分に言い聞かせる。しばらくは無人のチャット欄。だが、数十秒後、ぽつりと文字が流れた。
〈こんばんは!〉
〈新しい子だ!〉
凛音の胸が跳ねた。見知らぬ誰かが、自分の声に返事をくれた。たったそれだけのことが、志を震わせるほど嬉しい。
「き、来てくれてありがとう…!あの、今日は自己紹介から始めようと思ってます!」
ぎこちなく言葉を紡ぎながらも、凛音は必死に笑顔を保つ。自分が考えてきたプロフィールを話す。好きなアニメ、得意な歌、苦手な食べ物。チャット欄はまだまばらだが、それでも確かに反応がある。〈かわいい!〉〈がんばれ!〉といったコメントが流れる度、胸の奥がじんわり温まる。
配信を始めて20分。最大同接数は20人にも満たなかった。それでも、凛音にとっては宝物のような時間だった。最後に歌を一曲披露し、声を震わせながら締めの挨拶をする。
「…今日は来てくれて本当にありがとう!まだまだ未熟だけど、これからもっともっと頑張って、たくさんの人に楽しんでもらえるように活動していきます!だから、これからも──応援、よろしくお願いします!」
配信を切ったあと、凛音は机に突っ伏した。疲労と緊張で全身が重い。けれど、胸の奥には確かな熱があった。
──夢はここから始まる。
彼女はそう信じていた。だが、その夢がいつしか「呪縛」となり、彼女を蝕んでいくことを、まだ知る由もなかった。
初の連作シリーズです。
今まで書いたものよりも長文なのでクオリティが少し下がっているかもしれません。
面白さは一切保証できませんよ((
〖誤字脱字訂正〗
8月31日
・配信文化にも振れていた→配信文化にも触れていた
失礼しました。
#2 ファンという存在
初配信を終えてからの一週間。白坂凛音──いや、VTuber「リオナ・シエル」としての日々は、目まぐるしくも幸福な時間に満ちていた。学校にも職場にも行かず、家族には「アルバイトしてる」とだけ告げ、ほとんどの時間をパソコンの前で過ごす。機材の前に座り、配信の企画を考え、マイクに向かって声を出す。まだぎこちなく、配信時間も二時間に満たない。けれど、その画面の向こうには、確かに人がいた。
〈おつリオナ!〉
〈歌声めっちゃ良かった!〉
〈次の配信楽しみ!〉
たとえ数人でも、自分の言葉に耳を傾け、反応をくれる人がいる。その事実が、凛音を日々突き動かしていた。
──配信を切ったあとの静寂は、かつてなら「孤独」と呼べた。だが今は違う。胸の奥に残る余韻が、暗い部屋を照らす灯のように感じられる。
「…もっと、頑張らなきゃ」
自分を待ってくれている人がいる。そう思うだけで、机に向かう姿勢も自然と背筋が伸びた。
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ある夜の配信。リオナはリスナーに質問コーナーを開いてみた。
「えっと、じゃあ今日は、みんなからの質問に答えていこうかな!」
チャット欄に次々と流れるコメント。〈好きな食べ物は?〉〈趣味は?〉といった無邪気な問いから、〈彼氏いる?〉といった茶化すようなものまで、色とりどりの声が飛び交う。
「好きな食べ物はね、パンケーキ!甘いもの大好きなんだ~」
「趣味は歌うことかな?配信でもいっぱい歌っていきたいなって思ってます!」
「彼氏…?えっと…いない、です!」
笑いながら答える凛音の声に、チャット欄は賑わった。
〈処女宣言助かるw〉
〈かわいいww〉
〈もっと歌ってほしい!〉
──楽しい。誰かに求められ、自分が応える。それだけで世界が輝いて見える。
現実の彼女は、友達も少なく、放課後は一人で本を読むか動画を眺めるだけの少女だった。だが「リオナ・シエル」であるとき、彼女は違った。声をあげれば反応が返り、笑えば「かわいい」と言ってもらえる。まるで、夢の中にいるようだった。
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ある日、常連リスナーの名前に気がついた。
〈シエル推し太郎〉
〈深海クラゲ〉
〈黒猫ミルク〉
毎回のように配信に来てくれる人たちがいる。コメント欄に彼らの名前を見つける度、胸の奥が温かくなった。
「いつも来てくれてありがとう…!シエル推し太郎さん、深海クラゲさん、黒猫ミルクさん!ほんと、うれしい…!」
思わず名前を呼んでしまった。すると、画面の向こうで彼らが一斉に反応する。
〈名前呼ばれた!!〉
〈やばい、死ぬほど嬉しい!〉
〈今日もがんばってるね!〉
リスナーの歓喜がコメント欄を埋め尽くす。──その瞬間、凛音の心は強く満たされた。自分の声が、誰かを幸せにしている。自分の存在が、誰かに必要とされている。その感覚は、現実では決して味わえなかった。
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だが、その夜。配信を切ったあと、凛音は気がついた。
「…あれ、私、今…一人じゃん。」
部屋には、冷たい蛍光灯の光と、動作音を鳴らすパソコンだけ。コメントで溢れかえった画面は、ただの無機質なモニターに戻っている。胸の奥に、ぽっかりとした穴が開いたような感覚。配信中に感じた幸福が、終わった瞬間に霧のように消えていく。
──もっと配信したい。
──もっとファンと話したい。
気づけば、そんな衝動が凛音を支配していた。机の上のメモ帳には、次回の配信案がびっしりと書き込まれていく。歌枠、雑談枠、ゲーム配信…。まだ誰も求めていないのに、彼女は必死に企画を考え、予定を詰め込み始めていた。
まるで、それが「自分が存在する証明」であるかのように。
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夜更け、布団に潜り込みながら凛音はスマホを握りしめる。配信アーカイブについたコメントを、一つ一つ読み返す。
〈楽しかった!〉
〈次も絶対見に行きます!〉
〈リオナちゃん大好き!〉
文字だけの言葉なのに、まるで心臓を直接撫でられるように甘く感じる。目を閉じると、画面の向こうのリスナーたちが、笑顔で自分を見つめているような気さえした。
「…ありがとう…。ほんとに…ありがとう。」
小さく呟きながら、凛音は眠りについた。その寝顔は、夢を見ている子供のように安らかだった。
けれど──。その「安らぎ」が、やがて彼女を深い依存の闇への導くことになる。
#3 仲間と競争
初配信からおよそ一ヶ月。VTuber「リオナ・シエル」として活動を始めた白坂凛音は、少しずつ「日常のリズム」を掴みつつあった。毎晩のように机に座り、配信の準備を整える。二時間ほどの枠を取り、雑談したり歌を歌ったり。視聴者は十数人から多くても三十人程度。まだ小さなコミュニティだが、常連が定着してきて、チャット欄の雰囲気も賑やかになりつつあった。
──けれど、その頃。彼女には新しい課題が立ち塞がっていた。
「みんな、こんばんは!今日はね、なんと、初めてのコラボ配信なんです!」
配信開始直後、リオナはいつもより明るい声を張り上げた。画面には、彼女のアバターの隣にもう一人のVTuberが並んでいる。
「やっほ~!LUMINA PLODUCTの元気担当、紗月ルナでーす!」
金色のツインテールに、ぱっちりとした瞳。見るからにアイドル的なデザインで、声も弾むように明るい。同期デビューしたメンバーの一人だった。コメント欄が一気に流れ出す。
〈ルナちゃんだ!〉
〈同期コラボ待ってた!〉
〈かわいい二人組!〉
「今日はね、二人でゲームやっていくから、みんな楽しんでね!」
笑い声を交わしながらゲームを進めていく。ルナの快活なトークは、場を華やかに盛り上げ、コメント欄もどんどん沸いていく。
〈ルナちゃん面白すぎw〉
〈リオナちゃんのツッコミかわいい〉
〈二人のコンビ最高!〉
──楽しい。
確かに楽しかった。だが、凛音の胸の奥には、少しだけざらつく感情が生まれていた。
(…やっぱりルナちゃんはすごいな。)
彼女の明るさは自然体で、コメントを拾うのも上手い。笑わせる間も、声の通り方も完璧だ。リスナーたちの熱狂が、ルナに集まっていくのが分かる。
対して自分は──。相槌やツッコミに徹するばかりで、主導権を握ることができない。
(私…このままじゃ、ただの「相方」になっちゃう。)
コラボ配信は盛況のうちに終わった。最大同接は百人を越えた。今までのリオナの配信では考えられない数字だった。
けれど、その後のことだった。事務所のグループチャットに通知が届く。
〈今日のコラボお疲れ様!ルナちゃんの同接すごかったね!伸び代ありそう!〉
マネージャーの何気ない言葉が、凛音の胸をひどく締め付けた。
(…私の名前、出なかった。)
別に責められたわけじゃない。むしろ「二人のおかげ」と言われてもいいはずだ。けれど、目立ったのはルナだった。
凛音は机の上に顔を伏せた。耳の奥で、リスナーの言葉が蘇る。
〈ルナちゃん最高!〉
〈リオナちゃんもいいけど、やっぱルナちゃんだな~〉
──やっぱり、比べられるんだ。
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数日後。もう一人の同期、花守ことはがソロ歌枠を開いた。
「ことはちゃん歌上手すぎ!」「鳥肌だった!」「これで新人とか信じられん!」
アーカイブを覗いた凛音は、思わず息を呑んだ。透明感のある歌声に、コメント欄は称賛で溢れている。登録者数も、リオナをすでに追い抜いていた。
──胸が苦しい。
同期は仲間。支え合う存在。そう信じていた。
だが、現実は違った。同じ事務所に属しながら、互いの人気を競い合うライバル。数字で測られ、比べられる存在。
「…私だって…。」
凛音は握りしめた拳を見つめた。もっと面白い企画を考えなきゃ。もっと歌を練習しなきゃ。もっと、もっと…。
画面の中で輝く仲間たちを見ながら、彼女は心の奥で焦燥を燃やしていた。
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その夜の配信。リオナは必死に明るく振る舞った。声を張り上げ、笑いを絶やさず、いつも以上にコメントを拾おうとした。
〈リオナちゃん今日めっちゃ元気!〉
〈雰囲気変わった?〉
リスナーの言葉に胸を撫で下ろしながらも、心は安らがなかった。
(…これでいいの?私、本当に楽しめてる?)
画面に映る自分のアバターは、満面の笑みを浮かべていた。だが、その裏側で、白坂凛音の唇は固く結ばれていた。